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2020年8月

2020年8月30日 (日)

コロナ禍の中での地元鉄-2

 愛知県に続いて、三重県の撮影地です。愛知県に比べ撮影地が限定されるので、メジャーじゃない撮影地も入っています。

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 まずは長島駅の東側。緩いS字の線形は良いのですが、バックの関西線と近鉄をまたぐ跨線橋がうるさいのが難点です。良いのは駅の至近であること。駅を降りてからわずか15秒ほどで、立ち場所もそこそこにあります。

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 続いては、8075レ一番の人気撮影地である朝明信号場、ン?違っている?そうか、今は朝日か。(^_^;) その朝日~富田間の関谷踏切。正面カックンの迫力ある構図が人気の場所で、撮影場所が狭いことから、天気の良い日は「超密」状態です。まあ、1枚はおさえておきたい場所ですが、編成写真としては正面がちすぎるのでもうひとつの感もあります。ここは直前にパンダカラーのクルマが来るので、間違っても道路に車を停めたり、車道部分に三脚を立てないようにね。

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 関谷踏切に飽きた撮影者が行っているのが、四日市手前の北浜の直線です。バックの赤白の煙突が邪魔ですが、長玉で狙うと正面がちの迫力ある構図で撮影できます。

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 この場所では、撮影ポイントが2カ所あり、電柱1本分富田側に寄れば、よりすっきりした編成写真を撮ることができます。個人的には、この角度の方が良いかな。まあ、好み次第でしょうが。

 ここは四日市駅から近いのも良いです。ただ、到着時刻が17時33分なので、これからの季節は撮影が厳しくなるかもしれません。

 人気の8075レ、まずはここに紹介したポイントをおさえておけば、悔いはないところです。

 次回は、名古屋に近い稲沢から笹島までの記録です。(駅長)

 

 

 

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西濃@西濃

西濃地方で西濃便を撮る・・・って、そのまんまやないかい。 
 

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29日、俗に言うカンガルーライナー2059レをEF66-27が牽引するので、少し足を延ばして垂井迂回線まで出向きました。有名撮影地では1時間以上も前から場所取り合戦が繰り広げられますが、こんな猛暑ではそこまで気合も入りません。そしてできるだけ密も避けたいので比較的余裕のあるこの場所を選んだ結果、ピンポイントに雲が襲来して、この有り様でした。編成が陰に入らなかっただけマシです。 
  
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万が一に備えて望遠でも撮っておきました。編成は最後部まで収まりませんが、垂井迂回線らしさと2059レの特徴を表現できたなら目的達成です。 
 
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このまま帰るだけでは納得できないので、ドクターイエローでリベンジを果たすことにしました。いつもなら伊吹山シルエットのアングルで撮るところ、稜線がはっきりしないので季節的に趣向を変えてみました。今春の改正から上りスジは約50分繰り上がりましたが、この差が結構大きく、おかげで上りのドクターイエローを撮影する機会が増えそうです。

いや~暑い!午後からのテツ活動は体に堪えます。猛暑の季節は早朝か夜に限ります。でも、つい出かけてしまう悲しい性・・・。(出札掛)

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2020年8月29日 (土)

続・鉄道ファンにとって甲子園といえば・・・

少々間が開きましたが、引き続き甲子園臨をご覧頂きたいと思います。

 

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1992年8月12日 笠寺・熱田
この日も昼間の上り3本の予定臨のスジは全て甲子園臨で埋まりました。まず9102M(8102レ)で創価高校の回送、幕張区の183系6両でした。


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1992年8月12日 柏原・近江長岡
回8104レで14系、回9106M(8106)で品川区167系 8両、この2本は帝京高校分の回送です。


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1992年8月12日 近江長岡
さらに松商学園は乗客を乗せて8106レスジから約1時間後、169系3連×4の長大編成で来ました。天気が悪く、駅撮りせざるを得ませんでした。ヘッドマークは前年のものがそのまま使われたようです



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1993年8月21日 清州・稲沢
この年は8月9日、18日にも回8104レで14系による修徳高校の回送がありました。これは茨城の常総学院の回送です。485系の7連で一見「しらさぎ」のようですが・・・。


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最後部のクハ481は0番台で、なんと「ひたち」のヘッドマークをつけたままでした。


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1995年8月8日 木曽川・岐阜
2年後、茨城の代表校は磐城高校となりましたが、485系7連で運転されました。2年の間に塗装が「ひたち」専用色に変わっていました。

この後、しばらくは選抜も含めて年1回はこの車両が東海道線を往復しました。


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1999年8月7日 近江長岡・醒ヶ井
時刻ははっきり覚えていませんが、列車番号が9107Mとなっているので、かなりの早朝と思います。当時は車がなかったので、列車を使っての到達はこれが限界だったのでしょう。桐生第一の応援列車でしたが、新前橋区の波動用165系がこの派手な色になって、初めての西下だったと思います。
便利に使用されてきた旧急行形ですが、翌年、浦和学院の応援列車に田町区の167系が使用されたのを最後に、特急形に置換えられ、甲子園臨では名古屋地区で見ることがなくなりました。


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2000年8月10日 名古屋
長野支社の波動用もこの年から189系になりましたが、特製ヘッドマーク付は変わりませんでした。旧あさま塗装も初お目見えでした。
この日の対戦で松商学園は第4試合だったため、珍しく、試合当日現地発で、名古屋は午後の通過になりました。


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2001年8月14日 尾張一宮
当日、横浜高校の回送は183系0番台が使用されましたが、8104レのスジ(回9104M)での回送となったため、当時「ながら」の救済臨で同駅に昼間疎開留置中の新前橋区の165系と、JR東日本車同士が並ぶという珍景も見られました。


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2002年8月11日 清州・稲沢
久しく見なかった客車による甲子園臨が早朝名古屋地区通過で運転されました。一関学院の応援列車で、尾久客車区の24系、25系ハネ8両+カニ24という編成でした。客車による甲子園臨は2007年にも運転されましたが、撮影はできませんでした。


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2003年3月30日 柏原・近江長岡
春の選抜にも運転されることがありましたが、校数も少なく、また陽もまだ短いこともあってあまり記録はありません。これは横浜高校の回送ですが、幕張区の183系6両でした。旧あずさ色の波動用は幕張区と豊田区に各1本配置されていました。


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2003年8月12日 柏原
この年は183系による甲子園臨が多数運転されました。この年の長野県の代表校は長野工業でしたが、お盆に入る最中、長野支社では車両を捻出できず、新前橋区に集められていた波動用183系10連が使われました。


甲子園臨はこの後も2007年くらいまでは運転を確認していますが、実際いつまで設定されていたかは定かではありません。
以前は臨時列車を運転するための「波動用」という車両が各所に配置されていましたが、JR各社に独自の車両が増えてきて、他社に乗り入れが出来なくなり、今後の運転は望むべくもありません。(検査掛)

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2020年8月27日 (木)

コロナ禍の中での地元鉄-1

 ここに書くのは、久しぶりです。とりあえず、現時点では新型コロナウィルスに感染せず、また、熱中症にもかからず、生存しております。(笑

 さて、3月に新型コロナウィルスの感染が急速に拡大し、4月には緊急事態宣言で外出自粛が求められて以来、鉄活動への制約が大幅に増えてきました。個人的には3月下旬以来、新幹線を含めたJRの長距離列車にはまったく乗る機会はないですし、名鉄でも豊橋まで1度、行っただけ。動きが取れません。愛知県でも緊急事態宣言が出され、今週初めには解除されたものの、県からの要請では岐阜、三重以外の県境を越えた移動の自粛を求められています。まあ、こうした状況下では、いくらGoToキャンペーンで宿泊施設の割引があっても、遠くに行こう、という気がおこりません。

 では、地元で鉄ちゃんをするか、ということですが、これといって撮りたいものもほとんどありません。ましてや、昨今の暑さでは、外に出ることも憚られます。しかし、自宅にこもっていては、運動不足になってしまいます。そうした中、これくらいは撮っても良いかな、と思って、機会ある毎に撮影しているのが、関西線の8075レ。そう、DD51とDF200の異形式重連です。

 関西線のDD51は、C57の代わりとして配置直後から見ていますが、少なくともごく最近までは、撮影対象としてみていませんでした。そうした中、ちょっと心が動いたのが、夕暮れのDD51重連の8072レ。冬の夕陽にギラリとサイドを輝かせるシーンはなかなか魅力的で、なんども通いました。DD51の代わりにDF200が入り、肝心のDD51重連は無くなってしまいましたが、それからしばらくして今度はDD51とDF200の異形式重連が登場しました。そして、DF200の増備に伴い、DD51の余命もあとわずか、となってきました。無くなるから撮る、というのは××鉄といって、好ましいものではありませんが、最初で最後のDD51とDF200の異形式重連は記録的な価値もある、と考えて、時間のある時に狙ってみることにしました。

 この8075レ、全国的にも注目を集めているようで、連日、多くのファンが撮影していて、一部、撮影地では「密」状態となっているようです。そうした場所はなるべく避けるようにしていますが、まあ、撮れそうな時には手持ちで直前にアングルを決め、撮影カットを増やしました。それらを順番にご紹介していきましょう。

 まずは、多くの鉄ちゃんが集まる有名撮影地から。関西線なんかにも有名撮影地ができちゃったんですねぇ。まあ、DD51も最後だからやむをえないか。これら撮影地は「密」状態なので、コロナ禍になる前の写真も載せていますが、ご了解ください。

Photo_20200827214001 最初は八田~春田間の庄内川堤防の撮影ポイント。昔、D51を撮った記憶がありますが、何十年かぶりにやってきました。当時は、近鉄との間の堤防上に入れましたが、いまは線路を越えることが出来ず、立ち入りができません。もっとも、立ち入りったとしても、南側にはポールがあって撮影できないので、北側からの撮影限定です。そのため、そろそろ列車の側面は陰ってきているかもしれません。バックに近鉄の跨線橋が入ってややうるさいし、編成が長いと後ろが隠れてしまうので、あまり好きな撮影地ではないですが、インカーブ側から撮れるので、1枚はおさえておきたいところです。ここは立ち位置にも余裕があり、クルマもすぐ下に停められますので、手軽な撮影地です。

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 続いて、新川の堤防道路から撮影する蟹江踏切です。ここはDD51重連時代から、何度も撮影していますが、なぜか3本並んでいる勾配標がちょっと邪魔に感じてしまいます。ここは立ち位置が限られ、しかも道路上なので、三脚の使用には制約があります。そのため、「密」になりやすい場所ですね。夏の間は陽が北側に廻ってしまいますが、この時期、もう陽が南側に廻っているようです。

Photo_20200827215301 次は蟹江~永和間の日光川の堤防。釣り堀横の人気撮影地で、蒸機時代からお世話になっている場所です。ただ、当時は南側からの撮影でしたが、現在はポールがあり、また、ケーブルもあるため、北側からの撮影が主流です。編成を入れるには、ここが一番撮りやすく、かつ綺麗に纏められる場所でしょう。立ち位置が広いのもありがたいです。ここは、まだしばらくは側面に陽があたりますが、10月になると側面光が厳しくなってきそうです。

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 続いて、人気の撮影地である白鳥信号場の北です。ここは8072レのサイドが輝く冬の夕暮れには何度も通いましたが、また、撮影に来てしまいました。撮影ポイントは島津街道踏切の前後とその奥にあります。まずは、島津街道踏切のあたりから。ここは何時行っても順光ですが、アウトカーブから撮るので、貨車は5両程度しか入らず、夏の時期向けです。

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 かつての8072レの撮影ポイントを過ぎて、信号場に近いあたりから。銀色のリレーボックスがちょっと邪魔ですが、島津街道踏切よりは少し横位置から撮れます。

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 もっと信号場に近いあたり。ここは信号がうるさいですね。島津街道踏切からこのあたりまではカーブになっているので、編成は切れてしまいます。それでも廻りが田園で撮りやすいので、多くの鉄ちゃんを集めているようです。

 木曽川を渡り、三重県の撮影地は、次回にご紹介しましょう。(駅長)

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2020年8月24日 (月)

清州駅『稲上1』への珍客

笠寺を午後に出発する赤ホキ8785レは、今春の改正前までは5783レとして日中の貨物列車としては珍しく枇杷島→稲沢は旅客本線を通過する列車でした。ところがこの3月改正では稲沢貨物線を通過する経路に変わり、さらにスジが1時間ほど遅くなったことで夏季の清州界隈で撮影するには好条件となったようです。今回はそれを確かめたく、原色機が充当される日に合わせて清州へ向かったところ、思わぬシーンを目の当たりにすることに・・・。

清州付近には本番30分ほど前に着き、線路の傍らで目撃情報等をチェックしていたら、稲沢方向から何やら黄色い顔の車体が現れました。え、何だ?

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稲沢貨物線の側線『稲上1』に入線し、出発信号の手前で停車しました。このすぐ後ろからは2082レが接近中だったので、よし、並んだ瞬間を狙ってみましょう。そして顔を出した機関車は折しも210のトップナンバー(←スカートが変?)。立ち位置の制約もあり、何とかしたい点はありますが、記録の一つということでご笑覧下さい。
この5分後、キヤが出発していくのを見送り、撮影ポイントに向かおうと機材を片付け始めたら今度は枇杷島方向からキハ75が『稲上1』に入ってきました。え、何?

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乗務員は最後部に乗り移ってヘッドライトを点灯したので、どうやら折り返すみたいです。ちょうど貨物線経由の311系回送列車が上ってくる時間だったので、先ほど同様に顔並びを狙いました。10分ほどして枇杷島方向へ戻っていくのを見届けていたら、いかんいかん、8785がやって来る!慌てて撮影ポイントへ移動して、さあ本番。

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旅客ダイヤの乱れの影響を受けて若干遅延しましたが、陽が少しでも正面に多く当たってくれたら儲けものです。撮影後、ついでに8075レも撮ろうと待っていたら、再びキハ75が枇杷島方向から現れた??そして『稲上1』に再び入線、停止。いったい何なの
 

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急いで傍まで近づいて8075との並びを撮ろうとしましたが、この日は凸運用がないので機関車にこだわることをやめ、光線状態を踏まえて後部(貨車)との並びを思いつきました。撮影後、やはり10分ほどしたら枇杷島方向に折り返していきました。このキハ、話によると訓練運転だとか。
  
都合よく珍客に巡り合えましたが、あくまでも本命は8785です。(出札掛)

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649.最近のモ3203撮影記録まとめ 3号車(Night version 2)2020/8/13

 豊橋鉄道市内線のモ3203、少し前に最近の撮影記録としてDay versionNight versionをご紹介させていただきましたが、今回はその時に撮れなかったシーンをNight version 2としてお届けしたいと思います。お盆中の813日、仕事を終えて何気に「のってみりん」を確認したらモ3203が終列車までの運用に入っていたので、一瞬どうしようかと躊躇いもありましたが、せっかくのチャンスと思い、会社から豊橋へ直行しました。

 

 

※撮影は8月13日の豊橋鉄道市内線(電車運転士)

 

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 豊橋に着いたのが1907分、市内線に乗り継いでまずは東田坂上に向かいました。前回は乗降がなくてまさかの通過、さらに並走する車に被られて撃沈だったので、そのリベンジとなりました。今回は1人だけですが降車があり、車との被りも回避できたので、まずは宿題成就達成です。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 少し歩いて市内線で唯一安全地帯のない東田で赤岩口からの折り返しを待ちました。乗車があればもっと雰囲気が出たはずですが、車とは被らなかったので、贅沢は言えません。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 次の運用も赤岩口系統だったので、赤岩口まで移動しました。到着後、少ない乗客がそれぞれの家路に向かいます。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 赤岩口の折り返し時間は7分ほどあったので、反対側に回って発車待ちの光景を撮影することができました。女性運転士の方が電停に降り立ち、ほっと一息入れていました。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 線路中央に街灯があり、明るさが確保できるセンターポール区間に向かいました。東八町は国道1号線上を走行して分かれるところに当たるので、交通量も多く、車との被りのリスクも高いポイントですが、回避できたので助かりました。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 定番の市役所前の歩道橋です。夜も遅くなってきたので、乗降はないものと諦めていましたが、意外にも男性の降車客がありました。期待していなかっただけにありがたかったです。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 この日の最後は札木の歩道橋を考えていましたが、実際に行ってみると大きな道路標識とケーブルが邪魔して撮影不可能だったので、地上戦に切り替えました。通過されるとかなり苦しい状況になるところでしたが、うまい具合に赤信号のサイクルでしばらく停まってくれたので、焦ることなく落ち着いて撮影することができました。夜も更けてきたので、この日はこのシーンを最後に豊橋を後にしました。
【2020.8.13 豊橋鉄道市内線】

 

 

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648.1982年冬 北の大地で撮り鉄行脚 4号車 函館本線 1982/2/13

 それにしても暑いですね。こうも猛暑日が続くと炎天下のコロナ対策と相まって毎日がしんどいです。ということで、少しでも涼しさを感じていただければと思い、北の大地で撮り鉄行脚の続きとして真冬の函館山線をアップいたします。蒲原鉄道・南部縦貫鉄道・津軽鉄道と3日間の寄り道の後、ようやく北海道に上陸しました。

 

※撮影は1982(昭和57)年213日の函館(山)本線(電車運転士)

 

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 青森から青函連絡船27便に乗船、函館から夜行の41列車に乗り継いで夜も明けやらぬニセコで下車しました。この日の目的は前のシーズンではチャレンジする機会がなかった雪晴れの羊蹄山でした。まずは適当にポジションを決め、早朝に函館山線を走破するキハ82系の「北海1号」を待ちました。冷え込みの厳しい朝でしたが、ニセコの山々をバックにフルパワーで峠路に挑む姿を撮ることができました。
【1982.2.13 ニセコ~比羅夫】

 

 

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 後続の下り客車列車です。山影はまだ陽が当たっていませんが、前夜にそれなりの降雪があったようで、木々の綿帽子がきれいでした。
【1982.2.13 ニセコ~比羅夫】

 

 

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 羊蹄山は目論見どおり、その秀麗な姿を存分に見せてくれていました。上りの客車列車が轟音とともに峠を下って来ました。「北海1号」は後追いを避けた関係で、上りの客車列車は逆光のポジションになってしまいましたが、止むを得ませんでした。逆光の条件でしたが、とりあえず羊蹄山に対する最低限の保険は確保することができました。
【1982.2.13 ニセコ~比羅夫】

 

 

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 早朝の撮影を終え、ニセコに戻る途中に上りの貨物列車が来る時間が迫ってきたので、羊蹄山が見えるポジションにスタンバイしました。半分やっつけ的な感じになってしまいましたが、仕方ありませんでした。

【1982.2.13 ニセコ~比羅夫】

 

 

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 この日の本命は羊蹄山バックの上り「ニセコ」だったので、ニセコから昆布方面に移動しました。その途中に撮った下りの客車列車です。郵便・荷物車の比率が高く、客車はおまけといった感じの編成でした。
【1982.2.13 昆布~ニセコ】

 

 

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 朝のうちはあれだけくっきりと見えていた羊蹄山ですが、気温の上昇とともに頂上付近に雲が涌き、何だか雲行きが怪しくなってきました。キハ2756の「らいでん2号」です。当時は珍しくも何ともないありふれた編成で気合を入れてシャッターを押したわけではありませんが、今となってはこれも貴重なシーンとなりました。
【1982.2.13 昆布~ニセコ】

 

 

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 ニセコで「ニセコ」と行き違いとなる下りの客車列車です。当時の函館山線の普通列車は「らいでん」崩れとごく一部の列車以外はDD51の客車列車が主体で、「ニセコ」や貨物列車も合わせるとまさにDD51天国といった状況でした。
【1982.2.13 昆布~ニセコ】

 

 

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 何とか雲がなくならないものかという祈りもむなしく、上り「ニセコ」が来てしまいました。厳冬期にこれだけ見えれば御の字という声も聞こえますが、朝に雲ひとつない羊蹄山を見てしまった以上、悔しさはぬぐい切れませんでした。
【1982.2.13 昆布~ニセコ】

 

 

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 その後、羊蹄山は完全に雲の中に隠れてしまったため、後続の上り客車列車は列車主体で撮ってみました。よく見ると最後尾の茶色い客車は狭窓ズラリのスハフ32でした。
【1982.2.13 昆布~ニセコ】

 

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 雪国の天候は変わりやすく、小雪がちらついてきました。「北海3号」は当時最新鋭のキハ183系でした。ちょうどこの頃はキハ183系への置き換え過渡期にあたっており、「北海」については1号→2号がキハ82系、3号→4号がキハ183系でした。エンジンは1両あたりキハ82系の360ps180ps×2台)から440ps(先頭車のキハ183・電源装置を持つキハ184は220ps)にパワーアップされ、キハ82系にはない力強いエンジン音が魅力的でした。
【1982.2.13 昆布~ニセコ】

 

112_image11682213

 

 撮影を終えてニセコに戻った頃には天候も回復し、夕陽を浴びた「北海2号」が到着しました。キハ82のデザインは昨今の奇抜なデザインとは違って特急車としての風格が漂っており、自分的には今でも秀逸なデザインだと信じています。
【1982.2.13 ニセコ】

 

 

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 「らいでん5号」で札幌に向かい、翌日の撮影行に備えて栄養補給を行った後、夜行列車に乗車するまでの間、しばしホームでの夜間撮影に勤しみました。写真はこの日の宿となった「まりも3号」です。「利尻」はハネ1両+ロザ1両+ハザ3両+ユニ1両+ニ1両、「大雪5号」はハネ2両+ロザ1両+ハザ4両+ユニ1両+ニ2両といったどちらかというと座席車主体の編成だったのに対し、「まりも3号」はハザ2両+ニとユ各1両に加えてハネ4両・ロネ1両・ロザ1両が組み込まれた豪華編成でした。当時は夜行バスも未発達で、釧路方面にはそれだけの寝台需要があったものと推測されます。「まりも3号」の自由席は1両だけのため、ちょっとした争奪戦がありましたが、何とか席にありつくことができ、次の目的地の道東エリアを目指しました。
【1982.2.13 札幌】

 

 

●次の目的地 根室本線 厚岸方面

 

●移動行程 ニセコ→「らいでん5号」→札幌→「まりも3号」→釧路→厚岸

 

 

 

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鉄道ファンにとって甲子園といえば・・・ 

8月に入ってから、梅雨明けと共に一気に猛暑となり、たまの仕事以外外出する気が起きません。
電車運転士様や出札掛様の行動力には感服します。
さて、私の投稿も春からのコロナ禍と、ここのところの熱中症の脅威で、ご無沙汰しています。
そんなワケで、しばらくまたアーカイブでお付き合い願いたいと思います。


さて、春からのコロナ禍によって今年はイベントや各種の大会がほとんど中止となっています。高校野球も例外でなく、春の選抜、夏の全国ともに中止になってしまいました。選抜については変則的な方法で開催されましたが、各校一回限り、無観客試合となりました。
高校野球といえば、いうまでもなく、選手、そしてその応援団が全国から甲子園球場に集まる日本の年中行事で、人の移動も半端ではありません。最近はJR各社の政策的な事情と、全国で高速道路の整備が進んだせいもあって、その輸送の多くはバスによるところが多くなっていますが、一気の大量輸送ということで、以前は国鉄~JRがその輸送を担っていました。
いつの頃からかこの臨時輸送を「甲子園臨」と呼ぶようになっていたように思いますが、自分や周囲の同類ではこの列車を捉えることが醍醐味となっていました。というのも列車が設定されるのが対戦する日程が決まってからの数日のことで、その短期間で車両のやりくりをするので、どんな車両が、どんな編成で来るのか、ワクワクさせてくれたからです。もっとも、甲子園への輸送は現地早朝着がほとんどであり、自分のテリトリーで撮影するというのは相当ハードルが高く、また、折返し車両が日中回送で帰区するにしても、仕事をしている身ではままなりませんでした。
それでも機会を見つけて撮影したものを、ご覧頂きたいと思います。

868101986年8月10日 木曽川・岐阜
甲子園臨を意識して撮影した最初の列車です。前橋商業の輸送の回送でしたが、185系200番台が使用されました。東北上越新幹線リレー号として投入された車両が失業して余剰が出ていましたが、東海地区を走るということで驚きでした。この日は基本編成7両×2の14両でしたが、同校が勝ち進み、別の日は10両で走ったようです。


898141989年8月14日 神足・山崎
この年は、18きっぷを使って混色編成が数多く出現していた網干区113系を撮影しに関西に行った時、たまたまやってきた倉敷商業の応援列車を捉えることができました。向日町まで回送されているところです。14系12両も壮観ですが、牽引しているEF65 133は後年EF67に改造されており、撮影したのはこれが最初で最後だったと思います。


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1989年8月14日 神足・山崎
岡山からの列車を撮ってからしばらくのち、下り列車の立ち位置に移動したところ、今度は八幡商業応援列車がEF58 150牽引でやって来ました。こちらも12系12連という長編成でした。少しあとで、折り返した倉敷商業の回送も下って行きました。


91815_202008231730011991年8月15日 清州・稲沢
この日は当たり日?で数多くの列車が運転されました。まず、先陣を切ったのは専大北上第1陣、583系9両でした。せっかくのヘッドマークでしたが、小さくてわかりません。


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1991年8月15日 清州・稲沢
専大北上第2陣は続行で、客車13両という長編成をJR貨物のEF65 1053が牽いてきました。客車の編成も14系3両+12系4両+14系6両という変則のものでした。


91815_202008231730021991年8月15日 清州・稲沢
甲子園臨は送り込み一方で、帰りは定期混乗というパターンが多いのですが、この日は前日試合のあった群馬の樹徳の復路があり、高崎の和式客車「やすらぎ」編成が使われていました。(フツーの団臨と変わりませんが😃)


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1991年8月15日 豊橋・西小坂井
当日はお盆の只中というのに日車から甲種車両輸送(JR九州200系気動車)もあり、こちらまで来たのですが、8102レのスジで桐蔭学園の14系10両の回送があり、行きがけの駄賃で撮影しました。


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1989年8月15日 近江長岡・醒ヶ井
日車からの甲種を追っ掛けながら西下して、ここで長野の松商学園の復路を迎え撃ちました。松商学園の第1陣は12系9両。東海道区間はJR東海のEF58 122が牽きました。


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1989年8月15日 近江長岡・醒ヶ井
松商学園第2陣は長野の波動用169系9連でした。後部2編成はこの頃採用されたばかりの新塗色になっていました。また、前後には大きなヘッドマークが取り付けられていました。

前文でも記しましたように、この後各地の高速道路の整備が進み、甲子園への輸送も順次バスにシフトしていくのですが、それでも2010年頃までは鉄道輸送も行われていました。以降は改めてアップさせて頂きます。(検査掛)

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2020年8月16日 (日)

盆休み


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コロナ禍に酷暑の連日で、せっかく好天に恵まれてもテツ活動にはためらってしまうなか、今年も迎えた盆休み。それほど遠出せずに手軽にササっと出かけられる範囲なら少しくらいは許してネ、と向かった先は東農地方です。先日の電車運転士様の記事と重なりますが明知鉄道沿線の風物詩「田んぼアート」と、世間は盆休みでも暦通りの運行が見込まれる西線の石油貨物をターゲットにしました。
  
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6088レの撮影は瑞浪ー釜戸で午前中順光となる築堤で狙いました。この画面の右手奥では道路工事がたけなわで、数年後には線路をオーバークロスするバイパスが架かり風景が一変するかもしれません。さて本番ですが、シャッターを切る直前、左手から211系が現れてあわや裏被り寸前という事態でした(ノートリミング)。機関車の位置からするとベストタイミングはこの次のカットになるのですが、ご推察下さい。そういえばこの近辺では6088と下りローカルがすれ違う可能性が高く、以前も間一髪で交わした経験があります。皆様の今後の撮影に役立てられたら幸いです。 
 
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明知鉄道山岡の田んぼアートに着いた頃はちょうど光線状態も良く、数名の同業者に交じって明知行きにカメラを向けて“ウイルス感染終息祈願”をしました。電車運転士様の投稿画像と同じアングルですが、2週間のタイムラグがあることと車両が異なる点、何卒ご理解ください。 
  
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恵那行き急行は食堂車を連結しているはずが、このご時世で非営業なのでしょうか、麒麟ラッピング車1両のみの運行でした。急行運転なので定番のHMが掲出されているのが救いです。 
 
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この日の日中は麒麟ラッピング車と100形の赤塗装車が使われていました。野志駅では100形の恵那行きを撮影。映える塗装なので逆光でもカラー写真にはうってつけです。 
  
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8084レは原色重連です。機関車をできるだけ大きく取り入れたいことと光線を考慮したことに加え、この日は真夏なのに珍しく中央アルプスがうっすらと姿を現していたので、あえて定番ポイントを外してこの場所で撮りました。画面奥に山の稜線が見えますが少しわかりにくいですね。冠雪の季節に再チャレンジしてみたいです。 
  
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本日の締めは5875レを釜戸ー武並ストレートにて。貨車ともどもグリーン系に囲まれたシーンでした。恵那以遠まで追っかけも可能ですが、暑すぎるのでこれにて帰宅しました。 
  
三密は避けられてもこの暑さはどうにも避けられません。かと言ってテツ活動を無理に我慢するのも体に良くないので、適度にストレス解消して心身ともに強い健康状態を保ち、ウイルス感染から逃れたいものです。(出札掛)

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2020年8月14日 (金)

647.明知鉄道 今年の田んぼアート 2020/8/1

 

 このところ、連日の猛暑日、それにしても暑いです。今年の夏は災害レベルの暑さ対策に加えてコロナ対策がプラスされ、いつもとは異なる夏を迎えています。皆様も猛暑・コロナ両方の対策を十分に行って、この夏を乗り切っていただければと思う次第です。

 今回の話題は明知鉄道の田んぼアートです。今シーズンはコロナの影響で実施されないのではないかと思っていたところ、例年どおり実施されているとの情報がありましたので、確認を兼ねて足を運んでみました。このところ更新が滞っていた関係で、すでに2週間が経過しており、完全に鮮度落ちになってしまいましたが、どうかお許しください。

 

 

※撮影は81日の明知鉄道(電車運転士)

 

 

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 早朝、朝露ビーズ狙いでここに行ってみました。列車の通過が706分頃だったので、気温の上昇とともにかなり乾いてしまい、写真上ではほとんどわからない状況になってしまい、消化不良に終わりました。
【2020.8.1 明知鉄道】

 

 

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 田んぼアート付近を行く上り列車です。今シーズンもしっかりと出現していました。コロナの関係もあり、実現までにはいろいろとご苦労があったものと推測されますが、関係者の皆様のご努力に感謝です。
【2020.8.1 明知鉄道】

 

 

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 今シーズンの田んぼアートはこれです。これまでは恵那市の公認キャラクター「エーナ」がメインでしたが、やはりコロナを意識したデザインになっています。明智光秀が刀でコロナウィルスをやっつけて、私たちはコロナに勝利するといったストーリーになっています。田んぼアートのとおり、1日も早くコロナが終息し、コロナ以前の日常が戻ることを祈るばかりです。
【2020.8.1 明知鉄道】

 

 

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 その後も沿線で鉄活動を続けました。長かった梅雨が明け、やっと訪れた夏らしい風景を切り取ってみたいと思いましたが、ちょっと雲の量が足りませんでした。
【2020.8.1 明知鉄道】

 

 

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 昼近くになっていい位置に入道雲が湧いてきましたが、成長が思ったよりも遅く、列車とのタイミングはベストとはなりませんでした。もう少しモクモク感がほしかったです。自然現象が相手なので仕方がないですが、なかなか自分の思惑どおりにはなりませんでした。この日は午後から家族運用が予定されていていたため、せっかくの好条件でしたが、この列車を最後に帰宅の途につきました。
【2020.8.1 明知鉄道】

 

 

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2020年8月10日 (月)

赤幕スナック

    タイトル注)何処かの飲み屋のことを指しているわけではありません  

 
近鉄特急車の正面に掲出される行先表示は赤幕(地)白文字が標準ですが、12200系に関しては当初から白幕黒文字表示が使われています。ところがごく一部に赤幕白文字の“標準”表示幕を装着して異彩を放つ編成があります。12200系が普段見たことのない色幕を表示していると、何か特別な優等運用にでも入っているのではないかと錯覚を起こしてしまいそうなインパクトを受けます(←ほめ過ぎ??)。
この赤幕編成、そのうち待っていれば撮れるだろう、なんて当初は思っていましたが、これがなかなか手強いです。なにしろ相手は2両編成×2本しかなく、地元名古屋線で目撃されるときは大半が平日しかも不定期なので、東海地方のテツ、特にサラリーマンにとってはハードルが高そうです。かと言って、必死になって関西まで追い求めるほどのことでもありません。そんななか、ほぼ確実に名古屋線内で撮れる機会が不意に訪れました。

  

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名古屋線に入るときの赤幕編成は平日の名阪108レ~168レの大阪方先端2両に連結されるケースが多いようです。特に前パン先頭となる168レは仕事帰りの道草にちょうど良く、今回はこれに照準を当てました。充当された編成は菱形パンのN54。構図はともかく撮れたらヨシ、の手抜き精神で挑みましたがご容赦ください。
  

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せっかくなので168レの送り込み回送からカメラを向けようと、本番の少し早めに現地入りしました。この列車の基本はビスタ+汎用車4両組成ですが、赤幕編成が見られるのは汎用車4両がブツ4編成に代替されたときに可能性があり、たいてい大阪方に連結されます(喫煙車の都合か?)。そしてこのブツ4は数日間同じペアで同じ運用に入ります(ループ運用か?)。ちなみに108レで名古屋着後は名伊1213レに流れるので、この列車でも前パン先頭シーンが撮れます。名駅周辺にお勤めの方なら少し遅めのランチタイムに如何でしょうか。

赤幕編成の運用列車を調べるにはアプリのシートマップが頼りですが、最近ようやく“法則”を知ったので、今後は容易に予測できるのではないかと思うものの、さて次の機会はいつになるのやら。以上、自己満足的こだわりネタでした。おそまつ。(出札掛)

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2020年8月 2日 (日)

密を避けてレール輸送車撮影

8月1日(土)、まず名鉄犬山線においてチキ工臨が早朝スジ9008レで運転されました。日の出前から雲一つない空模様なので、こんなときこそ順光となる場所できちんと撮りたいものですが、どうせ劇パで密状態となることは容易に想像できたので、そんな場所を避けるように布袋ー石仏にて狙いました。せっかくの晴天なのにもったいなかったですが、機関車や貨車の一部にでも朝日が当たってくれたらヨシ、としました。しかし編成後部は建物の影に入り、少し残念な結果。このような状況だからか同業者は誰一人おらず、おかげで密を避けられたのは何よりです。

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この前夜にJR-Cのロンキヤが東海道を西下しており、その後の目撃情報を探ったところ朝6時前に米原まで来ていたようです。停泊場所の都合を考えると、早めに折り返して東海道を東上してくるのではないかと思い、9008レ撮影後は一か八かで木曽川に向かいました。現地には7時過ぎに着いたところ、案の定、すでに10名以上の同業者がスタンバイ中です。おそらくロンキヤ狙いと踏んで一緒に待つこと小一時間。やがて関ヶ原での目撃が上がり、ほぼ直通のスジで姿を現しました。ここでも密を極力避けるべくサイドに逃げて、久々の晴れの写真を撮ろうと青、黄、緑の三色を配しました。メンバーのN様、スクランブル発進お疲れさまでした。

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偶然にも同一日に運転された2本のレール輸送車ですが、梅雨明け初日だけあって天候にも恵まれた分、同業者が集結して密を気にしながらの撮影でした。お互い感染予防に努めながらテツを満喫しましょう。(出札掛)

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2020年8月 1日 (土)

646.最近のモ3203撮影記録まとめ 2号車(Night version)2020/5/27・7/25

 最近のモ32032号車はNight Versionをお届けします。デジタルカメラと手振れ補正のおかげで夜間撮影が手持ちで対応できるため、路面電車を撮る時はついつい暗くなるまで長居をしてしまいます。おかげで帰宅時間が遅くなったり、泊りがけの時は寝る時間がなくなるなどの影響も出ますが、せっかく来たのだから撮らなきゃもったいないという貧乏人根性が出てしまい、気がつけば夜の路面電車にカメラを向けている自分がいます。

 

※撮影は527日と725日の豊橋鉄道市内線(電車運転士)

 

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 527日は運よく夜遅くまでの運用に入ってくれたので、夜間撮影を楽しむことができました。新川交差点をはじめセンターポール区間は電柱の上部に街路照明があるので、明るさが確保できます。赤信号や電停停車中が狙い目です。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

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 駅前からの折り返しは新川で待ちました。上屋の照明でうまい具合に顔が浮かび上がりました。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

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 発車後の電車を流し撮りしてみました。発車直後と交差点の急カーブを曲がる関係で速度が上がらず、流れ具合が足りませんでした。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

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 豊橋駅のペデストリアンデッキからも手軽に夜間撮影が可能です。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

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 駅前を発車したところで再び流し撮りに挑戦しました。駅前だけあって店舗の照明が数多くあり、新川よりは繁華街らしい雰囲気が味わえます。撮影時間は2050分頃、これ以上長居をすると帰宅が深夜になってしまうので、この日はこれにて豊橋を後にしました。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

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 721日も夜まで運転される運用に入っていましたが、昼過ぎにまさかの車両交換があり、夜の鉄活動はお預けになってしみました。25日は2000分頃に赤岩口で運用終了のコースだったので、夜間撮影のチャンスは限定されますが、次の機会はいつになるかわからないので、ここは割り切ることにしました。夕闇迫る東田坂上です。乗降がなく信号のサイクルも青信号だったため、一瞬停車しただけで通過してしまいました。とういことで、このワンカットのみになってしまいました。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

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 その後のチャンスはあと1往復、先回撮れなかった競輪場前と赤岩口を撮影ポイントにしました。まずは上りを競輪場前で待ちました。競輪場前到着前のシーンは明るさもなく条件的には厳しいものがありましたが、何とか写っていました。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

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 その後、同じ電車の到着前→停車中を撮影し、現地確認を兼ねて赤岩口に移動しました。
【2枚とも 2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

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 この日最後の運用を赤岩口で待ち構えました。到着後、折り返すことなくそのまま入庫なので、乗車待ちの旅客の姿が見えないのが残念です。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 到着した電車からは数人の降車旅客がありました。この日の運用はこれで終了で、この後入換を行い、隣にある車庫に入庫します。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

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 電停から車庫には直接入庫できないので、一旦、先の引き上げ線に入換を行い、スイッチバックして車庫に入庫します。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

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 入換を終えて無事に車庫内の留置線に停車しました。左のホットラムは定期検査入場中で休車扱いとなっており、その間は部分低床車の800型が代走します。モ3203の夜間走行もそれなりに撮ることができましたが、まだ撮ってみたいシーンが宿題として残っていますので、できるだけ早く宿題成就を成し遂げたいです。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

 

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