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2020年7月 6日 (月)

642.1982年冬 北の大地で撮り鉄行脚 2号車 南部縦貫鉄道 1982/2/11

 首都圏をはじめとする一部地域では新型コロナウィルスの感染が続いている中、九州では活発化した梅雨前線による豪雨が各所に甚大な被害を発生させており、この先どうなってしまうのか、想像もできない状況が続いています。新型コロナウィルスの次は大災害と、神様はどこまで試練を与えれば気がすむのかなどと恨み言を言いたくなってしまう心境です。本当に悲しいです。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたすとともに、被災された方々にはお見舞い申し上げます。被害状況から復旧にはかなりの時間がかかると予想されますが、1日も早く日常が戻ることをお祈りいたします。

 

 蒲原鉄道を後に、郡山から「八甲田」の乗客となってちょっと寄り道その2として向かった先は南部縦貫鉄道です。当時は、日本で唯一のレールバスが走る路線として注目されていましたが、1962(昭和37)年の開業当初から紆余曲折があり、1997(平成9)年55日限りで全線休止を余儀なくされました。その後、各方面で復活に向けての努力が行われましたが、現実は厳しく、残念ながら2002(平成14)年731日限りで正式廃止となってしまいました。

 

 

※撮影は1982(昭和57)年211日の南部縦貫鉄道(電車運転士)

 

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 この日の青森エリアは大雪に見舞われていたようで、その影響を受けた「八甲田」は大幅遅れ、目が覚めた時は下車駅の野辺地には程遠い地点でした。こんな状況では南部縦貫鉄道の撮影どころではないと判断し、そのまま青森まで乗車することにしました。浅虫まで来たころで、ダイヤが大幅乱れのため、ここで一旦足止めとなってしまいました。
【1982.2.11 浅虫】

 

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 何とか運転打ち切りは免れ、何とか青森までたどり着くことができました。雪の塊を押しのけての到着だったようで、ED75の前は吹き溜まりのような状況になっていました。前面と側面の着雪具合も浅虫停車中の時とは比べ物にならないくらいで、ここまでの激闘を物語っています。当時はどれだけ時間がかかっても終点までは運転するという鉄道魂みたいなものがありましたが、早々と白旗を挙げて計画運休を行ってしまう今の時代では考えられないです。
【1982.2.11 青森】

 

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 「くりこま1号」も「八甲田」と同じような状況での到着です。どのような状況でも輸送の完遂を責務と考える職員の方々の意識の高さが感じれられ、雪に負けない鉄道の力強さや信頼感を実感しました。
【1982.2.11 青森】

 

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  何号かはわかりませんが、「ゆうづる」だと思います。こちらも大幅遅れでの到着でした。DE10が連結され、車両基地への入換が開始されます。
【1982.2.11 青森】

 

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 しばらく青森で待機していましたが、大雪のために大乱れだったダイヤもある程度落ち着いてきたので、夕方の列車なら撮れそうだと思い、当初の目的だった南部縦貫鉄道に向かいました。西千曳にどうやってたどり着いたか記憶が定かではありませんが、おそらく東北本線の千曳から徒歩で向かったものと思われます。何とか夕方の下り列車に間に合いました。
【1982.2.11 西千曳】

 

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 次の上り列車は露出的にかなり厳しい状況だったので、走行写真は諦めて駅撮りとしました。奇跡的に乗車客があり、レールバスの前照灯とホーム軒下の裸電球と相まって、自分的にはお気に入りのシーンのひとつとなりました。
【1982.2.11 西千曳】

 

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112image10982211

 次も記憶が飛んでしまっており、徒歩で野辺地まで戻ったのか、千曳まで歩いて東北本線の列車で野辺地に向かったのか、思い出すことができません。いずれにしろ、最終列車に間に合って野辺地の夜間撮影を行っていました。当時の南部縦貫鉄道のダイヤは17往復、最終列車の野辺地の発車は1850分でした。1826分に上りの最終列車が野辺地に到着してしばらくは人の動きがありませんでしたが、発車間際になって数人の女子高生がレールバスの乗客となりました。陽の長い時季ならまだ明るい時間の1850分が最終列車の発車時刻とは…。乗客が極端にの少ないローカル鉄道とはいえ当時でも驚きでした。
【3枚とも 1982.2.11 野辺地】

●次の目的地 津軽鉄道

●移動行程 野辺地→青森STH→五所川原→津軽鉄道

 

 

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コメント

 時々拝見しています。
私も南部縦貫鉄道は末期に一度乗りました。2月の、それもかなりの積雪がある中、千曳~西千曳を歩かれたとは驚きです。

投稿: モハメイドペーパー | 2020年7月 7日 (火) 20時16分

北国の鉄道には雪のあるシチュエーションがよく似合います。特に、素晴らしい風景をトコトコ走るレールバスはまさにフォトジェニック。学生時代に野辺地で出会いましたが、運行本数が少ないので、それなりの写真を撮るには時間も苦労も費やされそうだったので沿線での撮影は断念しました。その「良さ」に気付かなかった感性の無さ、今となっては情けない限りです。
なるほど、撮影本数を稼ぐには単に野辺地で乗り換えるのではなく「徒歩連絡」という手もあったのですね。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2020年7月 7日 (火) 20時39分

モハメイドペーパー様
ご返事が遅くなって申し訳ありません。当ブログへのご訪問ありがとうございます。後に登場したLE-Carシリーズと違って本当の意味でのレールバスは魅力的でした。千曳~西千曳は道路がしっかりと除雪されていたので、30分くらいでたどり着くことができました。今後ともよろしくお願いいたします。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2020年7月12日 (日) 10時23分

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