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2020年7月

2020年7月28日 (火)

645.最近のモ3203撮影記録まとめ 1号車(Day version) 2020/5/27・ 7/21・7/25

 今年の梅雨は長いですね。いつもならとっくに梅雨が明けて本格的な夏を迎えているはずですが、梅雨明けの気配すら見えません。このまま何となく8月を迎え、気がついたら台風シーズン、今年の夏は短い期間で終わってしまうのでしょうか…?

 新型コロナウィルスも新たな展開を見せていることもあって、自分的には遠出の自粛ムードは継続中です。ということで、近場で楽しむことができ、標準色のまま一般運用に入っている豊橋鉄道市内線のモ3203をターゲットにする機会が増えています。ある程度数がまとまったので、その成果をご紹介したいと思います。最近は昼間の撮影だけではなく、夜間撮影にも触手を伸ばし始めていて、夜の鉄活動もそれなりの成果があったので、昼の活動をDay Vershion、夜の活動をNight Versionの2部作としてお届けいたします。まずは1号車のDay Versionから…。

 

※撮影は527日と721日・25日の豊橋鉄道市内線(電車運転士)

 

 

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 モ3203の運用は「のってみりん」で確認後、自分の都合のいい運用に入っている日を見計らってスクランブルをかけました。新川交差点はサイド気味に撮影できる数少ないポイントです。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 市役所前は近くに高校がある関係もあって、人の動きが活発な電停です。線路と直角方向の信号が青になると銀輪軍団が交差点を横切って行きました。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 東田坂上は朝夕の登下校時は高校生で賑わいます。昼間は電車によって降車旅客がいたりいなかったりで、それが撮影成果を大きく左右します。この時は適度な降車旅客があったのでラッキーでした。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 前畑~東田坂上間は市内線唯一の石畳区間があります。石畳を強調したくてあえて逆光で狙ってみました。ここは前後の交通信号の連動の関係で車と被るリスクが高く、なかなか思った位置でシャッターを押すことができません。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 夕暮れ時の市内線です。夕陽ギラリを期待しましたが、ちょうど薄雲の周期に当たってしまい、ギラリ度が中途半端になってしまいました。この日は夜遅くまでの運用に入っていたので、この後は夜の鉄活動に転戦しました。
【2020.5.27 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 5月27日からしばらく経った7月21日、再び市内線を訪問するチャンスを得ました。「のってみりん」を確認するとこの日も夜までの運用に入りそうだったので、スクランブルをかけました。昼頃の豊橋到着のタイミングで走行位置を確認し、豊橋公園の迎え撃ちからスタートすることにしました。
【2020.7.21 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 東田坂上で派手な装いのエールラッピングのモ803とうまい具合のタイミングでに離合しました。新顔のエールラッピング、かなりインパクトが強い印象です。
【2020.7.21 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 運動公園前のこのポイント、ビール電車やおでんしゃでは何回も撮影していますが、普段着姿のモ3203は久しぶりです。降車旅客がゼロだったら絵になりませんでしたが、2人降りてくれたので助かりました。このシーンを撮影後、停車中のモ3203に乗車しました。夜の鉄活動に向けて車内で作戦を練っていたところ、競輪場前でまさかの車両交換、せっかくイメージしていた夜間撮影が絵に描いた餅になってしまいました。
【2020.7.21 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 こうなっては市内線に留まる意味がなくなってしまいました。代替を思案したところ、8075列車に何とか間に合うことがわかったので、速攻で豊橋を後にしました。天気はドン曇りで理想の条件には程遠い状況でしたが、予定になかった行動だったので致し方ありません。
【2020.7.21 関西本線】

 

 

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 悪夢の日から4日後の7月25日、家族運用を終えて何気に「のってみりん」を見たらモ3203のアイコンが出ていました。時刻表を追っていくと20時00分頃に赤岩口の車庫に入庫する運用だったので、ちょっとだけでも夜の鉄活動ができればいいやということで、衝動的に豊橋へ向かいました。豊橋到着は17時40分頃、赤岩口からのモ3203にギリギリ間に合うタイミングが新川交差点でした。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 1枚くらいはノーマルな走り写真を撮りたいと思い、センターポール区間ではなく、車との被りリスクが少ない前畑で運動公園前行を待ちました。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

 

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 東田は市内線で唯一安全地帯がなく、道路上から直接乗り降りします。ここへ来るたびにかつての岐阜市内線や美濃町線の岐阜市内区間が思い出され、自分的にはお気に入りの電停です。ここも乗車旅客がいるかいないかで雰囲気が大きく変わってしまいます。この時はたまたま2人の乗車があったので、ほぼイメージどおりの結果を得ることができました。その後は徐々に周囲が暗くなっていったので、夜の鉄活動モードに移行しました。
【2020.7.25 豊橋鉄道市内線】

 

 

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2020年7月26日 (日)

原色凸

DD51の原色車は東海地方から姿を消して久しいですが、少し足を延ばしてJR-Wエリアまで向かえば目にすることができます。とは言っても普段は事業用臨の運用が大半なので、カメラに収めるには情報収集を要します。で、今回は23日(木・祝)に亀山鉄道部所属キハ120の検査出場車配給列車が運転されることを知り、原色凸の加太越えに焦点を当てて出かけました。再び移動自粛の不穏な空気が漂い始めている最中なので躊躇しましたが、撮りたいのだから仕方ありません(汗)。天気予報も気にしないっ。
  

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行きがけの駄賃に撮った2080レです。祝日のせいか、積載率が低いのはやむをえません。この15分前には6079レを撮影しましたが、肝心なところに車が突然フレームインして台無し。あまりにも悔しいので速攻で画像消去してリベンジを誓いました。よって画像はありません(悲)。
  

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加太に足を運んだのは何年ぶりでしょうか。以前は撮影できたはずの幾つかのポイントも成長した草木で阻まれてしまい、けっきょくお手軽に撮れる場所で撮影しました。すぐ傍には俯瞰ポイントもありますが、ラクして撮りたいのでこの位置で妥協した次第です。列車は不意に姿を現しますが、奥から聞こえてくるエンジン音とゆっくりした速度のおかげでシャッターチャンスを逃すことなく撮ることができました。
  

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凸は加太駅で数分間停車するので、事前にチェックしておいたポイントまで先回りして再びカメラを向けました。通過直前、ほんの僅かに明るさが戻り、思っていたよりも稲が映えました。以上でメインイベントはあっけなく終了。休日だけあってそこそこの同業者が集まりましたが“密”になったのはごく限られた場所だけだったように思えます。
  

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帰りがけの駄賃で、8075レを朝日の築堤で狙いました。定番の関谷踏切には入り込める余地はあったものの、それほど明るくなかったのでサイドビューを流しました。思いきりスローなシャッター速度で仕留める自信がないため背景があまり流れませんでしたが、もう1段は落としたかったですね。
  

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ここで8075を狙った方はご存じかと思いますが、反対方向からはすぐに2084レがやって来るため身動きがとれません。せめて画角を変えてオーソドックスに撮ろうとしたら裏目に出ました。見事な空コキ編成に涙・・・。おあとがよろしいようで。
  
幼いころから馴染みのある塗装は、やはり落ち着くし好感が持てることを再認識しました。原色は秀逸です。(出札掛)

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2020年7月20日 (月)

コントラスト

昼下がりの庄内川緑地から線路を見上げると、そこには鮮やかな空が広がっていました。よし、きょうはこの色を存分に取り入れようとPLを付けて本番に備えます。まずはシャッターポイント確認のため定期列車で試し撮り。真っ白な車体に合わせてアンダー気味に撮影してもなお白飛びがちな明るさに、「あと1/2絞るか?」。しかし本番は黄色塗装。修正不要ではないかと悩んだ挙句、やっぱり露出をさらに落として、さて結果や如何に? 
 

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ま、たとえしくじっても画像処理で救済できますけどね(←言わない約束)。最後部が隠れましたが、もちろん承知のうえです。PL効果も相まって、美しい紺碧の空とのコントラストを得られたことに自己満足を感じた日。(出札掛)

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2020年7月19日 (日)

644.1982年冬 北の大地で撮り鉄行脚 3号車 津軽鉄道 1982/2/12

 青森STHを早朝にチェックアウトし、奥羽本線→五能線と乗り継いで津軽鉄道に向かいました。前日の大雪は小康状態となり、予定どおり乗換駅の五所川原に到着しました。雪は止んでいたものの上空は雲に覆われ、岩木山の姿を望むのは厳しい状況でしたが、冬場に見えること自体が奇跡に近い状況なので、想定内のこととして撮影を開始しました。

 

※撮影は1982(昭和57)年212日の津軽鉄道(電車運転士)

 

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 五所川原からの乗り継ぎ列車はストーブ列車でした。五農高前で高校生が下車した後の車内は地元客の社交場みたいな雰囲気になっていました。ダルマストーブの温もりが車内を包んでいました。
【1982.2.12 オハ31車内】

 

 

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 ストーブ列車は嘉瀬で下車しました。軒先の大きなつららが冬の寒さの厳しさを物語っています。
【1982.2.12 嘉瀬】

 

 

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 雪の壁の上でスタンバイしていると下りの混合列車が到着しました。客車よりも貨車の方が長い本格的な?混合列車です。
【1982.2.12 嘉瀬】

 

 

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 列車が到着すると乗客が駅舎からホームに出てきました。女性陣は頬かむりで完全防備している人が多く見受けられました。
【1982.2.12 嘉瀬】

 

 

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 走り写真を撮るため、金木方向の築堤で列車を待ちました。来たのは国鉄のキハ11を譲受したキハ24025と24026です。この頃は10系気動車の置き換え時期に当たっており、各地の非電化ローカル私鉄では国鉄から譲り受けた10系気動車が活躍する姿を見ることができました。
【1982.2.12 嘉瀬~金木】

 

 

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 津軽中里からストーブ列車が戻ってきました。後ろ3両がダルマストーブを積んだオハ31で、1両目は元西武鉄道の電車から改造されたナハフ1200です。ナハフ1200は灯油を使用する独立した暖房装置を積んでいたので、機関車からの暖房供給は不要でした。3両あったオハ31の1両(オハ31 1)は国鉄時代の姿に復元され、大宮の鉄道博物館で大切に保存されています。
【1982.2.12 嘉瀬~金木】

 

 

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 金木に上りの混合列車が到着しました。構内踏切を塞いだかたちで停車したので、乗客が足止め状態となっています。機関車は貨車を連結したまま左の側線にいる貨車を迎えに行くため、大入換が始まります。
【1982.2.12 金木】

 

 

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 入換が始まって構内踏切が通れるようになると乗車客が一斉にホームに移動します。列車は入換が終わるまで発車を待たなければならず、何とものんびりしたダイヤです。混合列車ならではの光景です。
【1982.2.12 金木】

 

 

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 入換が終わって再び客車の前に貨車と機関車が連結されました。間もなく五所川原に向かって発車となります。
【1982.2.12 金木】

 

 

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 津軽鉄道は各主要駅での人の動きが活発で、活気が感じられました。とくに冬場はその傾向が強かったようです。道路の除雪体制が今ほど整っていなかったこと、地吹雪でホワイトアウトした時の危険性に加え、この手のローカル私鉄としては概ね40分間隔という破格のフリークェンシーを提供していたこと、冬季でもダイヤどおりの運転が確保されていたこともあって、沿線住民の信頼度が高かったことによるものと思われます。
【2枚とも 1982.2.12 金木】

 

 

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 金木は腕木信号機とタブレット閉そくが現役でした。これは今でも継続されているようで、貴重な鉄道風景です。
【1982.2.12 金木】

 

 

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 桜の季節は大賑わいの芦野公園も冬の時季は訪れる観光客は皆無で、静かなたたずまいが周囲に漂っていました。オフシーズンは時折、地元利用客が乗り降りするだけで、桜の時季の喧騒が嘘のようです。
【1982.2.12 芦野公園】

 

 

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 この日の津軽鉄道最後の目的地は津軽飯詰としました。今は行き違い設備が撤去されてしまいましたが、当時は金木と並んで定期的に行き違いが行われていました。ここも沿線の主要駅のひとつで、列車到着のたびに人の動きがありました。この時の津軽鉄道訪問は、生活感を題材にしたいと思い、走り写真よりも人の動きを入れたシーンにたくさんカメラを向けてしまいました。
【3枚とも 1982.2.12 津軽飯詰】

 

 渡道前に蒲原鉄道・南部縦貫鉄道・津軽鉄道と3日間の寄り道をしてしまいましたが、これでやっと津軽海峡を渡り、本来の目的地である北の大地に上陸することになりました。

 

 

●次の目的地 函館(山)本線

 

●移動行程 五所川原→青森→青函連絡船27便→函館→41列車→ニセコ

 

 

 

 

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2020年7月13日 (月)

束の間の晴れ間は無用?

「えっ、三重連??」
11日(土)、昼時に何気なく各方面の目撃情報を漁っていたら、西線8084レの書き込みに目を疑いました。「これは是が非でもモノにせねば」。しかしこの時、既に8084は中津川付近を走行中のはずで、好撮影地が点在する東農方面へはとても間に合いそうにありません。そこで思いついた候補地はキャパの広い矢田川か、編成をきれいに抜ける清州近辺。考えた結果、キャパの広さと“引き”の広さを考慮して矢田川に決めました。定番ポイントは、晴れたら好ましくない時間帯を迎えていますが、梅雨真っ只中の空模様では陽が射す様子もなく、今回だけは曇り空を味方につけて、いざ本番。

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「あっ、晴れた」。通過数分前にまさかの展開、雲の隙間から青空が見えてきました。本番直前に下り普通が通過したときは曇りかけたものの、再び太陽が顔を出してご覧のとおりとなりました。思ったほど側面はつぶれなかったので結果はOKでしたが、こんなときの晴れ間は痛しかゆしです。

すべてエンド揃いで次々位はムド扱い、いやそれよりも撮れただけヨシとしてご笑覧下さい。(出札掛)

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2020年7月12日 (日)

643.久しぶりに名古屋港線のレール輸送の様子うかがい 2020/7/11

 九州に続き、飛騨地方を中心に豪雨による甚大な被害が発生しています。身近なところでは愛知環状鉄道がのり面崩壊による線路内土砂流入により、7日の始発から8日の昼過ぎまで北野桝塚~三河豊田間で運転見合わせになるなど、今回の豪雨は想定外のことが多すぎます。これ以上被害が拡大しないことを祈るばかりです。

 

 ところで、DE10+キヤ97による名古屋港線のレール輸送、理由はわかりませんが、616日から運休が続き、このまま終わってしまうのではないかと心配していたところ、74日から運転が再開されました。時折雨がぱらつく生憎の天気でしたが、久しぶりに様子をうかがってきました。今回は入換風景が見たくて名古屋港での定点撮影となりました。

 

 

※撮影は711日の名古屋港線(電車運転士)

 

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 8660列車は単機でしたが運転がありました。名古屋港線は今や貴重となったタブレット閉そく式が現役です。到着後、タブレットの授受風景を見ることができます。

 

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キヤ97の留置場所には直接入線できないので、一旦手前に引き上げて折り返しキヤ97を迎えに行きます。

 

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4両一度に引き出してくるのかと思っていたらまずは2両が出てきました。

 

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手前の引上線でスイッチバックし、真ん中の線路に2両を据え付けます。

 

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残った2両を引き出すため、同じ作業が繰り返されます。

 

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残った2両を迎えに行きます。手前の引上線の有効長が短いので、2両ずつに分けた入換作業になるものと思われます。

 

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先に据え付けられた2両と同じ線路に転線し、連結作業が行われて4両となります。

 

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連結作業終了後、DE10は切り離され、右の線路を使って機回し作業が行われます。

 

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 機回しを終えたDE10が名古屋方向に連結され、連結作業終了後、名古屋方向の所定停止位置に引き上げ、8661列車の発車までしばらく待機となります。この一連の作業は30分ほどで終了です。

 

 その後は、駅長様・施設区長様が活動されているグループの企画展を拝見しに金山至近の会場に向かいました。会場では施設区長様にいろいろとご対応いただきました。施設区長様、ありがとうございました。

 

 

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2020年7月 8日 (水)

束の間の晴れ間の有効活用

梅雨前線がもたらした甚大な災害に各地で遭われました方々には、心からお見舞い申し上げます。年々肥大化する異常気象は地球温暖化が原因の一つでもありますが、ではその温暖化を推し進めているのはいったい何なのか・・・いろいろ考えさせられます。

梅雨真っ只中、この日は一日雨模様の予報。ならば家の用事を済ませて午後は昼寝と決め込んでいたのに、ふと空を見上げると薄陽が射している?? どんよりした曇り空や雨降りよりはマシ、と腰を上げてターゲットに定めたのは、出場したてでピカピカのドクターイエローT4編成による試運転です。撮影ポイントは、曇天なので気合いも入れず手軽にサクッと撮れて、かつ晴れると逆光となる場所を選びました。ここでドクター~を撮るには上下列車とも必ず逆光となります。たとえ晴れても、それを逆手にとって目の前に広がる稲を光らせる演出もありますが、今回は曇天を想定していたのでそんなつもりはなかったのに、まさかグリーンカーペットが輝く光景に恵まれるとは、天気のいたずらに憤慨、いや興奮しました。Dーライティングを強めに設定して空の白飛び対策を施して、あとはピカピカの車体がどこまで逆光に耐えうるか、いざ勝負!そして通過数分後、太陽は南から流れてきた雲に覆われました。

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陸田で稲沢貨物線を走る下り列車を順光で撮るには夏場の夕方がベストです。この日はまさに諸条件が重なりました。目撃情報によると、17時前に通過するスジの臨貨8091レが運転されているらしいです。ドクター~から8091レまでの間は約30分。移動とセッテイングを含めても時間は十分です。線路脇の雑草が成長してシャッターポイントは制約を受けますが、数打てば当たるだろうと挑んだ結果はこのとおり。雲が湧いて一度はあきらめていた太陽は再び姿を現して、撮影地周辺を照らしてくれました。8091レのおかげで陸田での理想的な順光写真が撮れましたが、それよりも注目すべき点は貨車のほうですか?


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終日雨予報だったはずなのに束の間とはいえ晴れ間を満喫できた日曜日の夕方の稲沢界隈でした。(出札掛)

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2020年7月 6日 (月)

642.1982年冬 北の大地で撮り鉄行脚 2号車 南部縦貫鉄道 1982/2/11

 首都圏をはじめとする一部地域では新型コロナウィルスの感染が続いている中、九州では活発化した梅雨前線による豪雨が各所に甚大な被害を発生させており、この先どうなってしまうのか、想像もできない状況が続いています。新型コロナウィルスの次は大災害と、神様はどこまで試練を与えれば気がすむのかなどと恨み言を言いたくなってしまう心境です。本当に悲しいです。お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りいたすとともに、被災された方々にはお見舞い申し上げます。被害状況から復旧にはかなりの時間がかかると予想されますが、1日も早く日常が戻ることをお祈りいたします。

 

 蒲原鉄道を後に、郡山から「八甲田」の乗客となってちょっと寄り道その2として向かった先は南部縦貫鉄道です。当時は、日本で唯一のレールバスが走る路線として注目されていましたが、1962(昭和37)年の開業当初から紆余曲折があり、1997(平成9)年55日限りで全線休止を余儀なくされました。その後、各方面で復活に向けての努力が行われましたが、現実は厳しく、残念ながら2002(平成14)年731日限りで正式廃止となってしまいました。

 

 

※撮影は1982(昭和57)年211日の南部縦貫鉄道(電車運転士)

 

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 この日の青森エリアは大雪に見舞われていたようで、その影響を受けた「八甲田」は大幅遅れ、目が覚めた時は下車駅の野辺地には程遠い地点でした。こんな状況では南部縦貫鉄道の撮影どころではないと判断し、そのまま青森まで乗車することにしました。浅虫まで来たころで、ダイヤが大幅乱れのため、ここで一旦足止めとなってしまいました。
【1982.2.11 浅虫】

 

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 何とか運転打ち切りは免れ、何とか青森までたどり着くことができました。雪の塊を押しのけての到着だったようで、ED75の前は吹き溜まりのような状況になっていました。前面と側面の着雪具合も浅虫停車中の時とは比べ物にならないくらいで、ここまでの激闘を物語っています。当時はどれだけ時間がかかっても終点までは運転するという鉄道魂みたいなものがありましたが、早々と白旗を挙げて計画運休を行ってしまう今の時代では考えられないです。
【1982.2.11 青森】

 

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 「くりこま1号」も「八甲田」と同じような状況での到着です。どのような状況でも輸送の完遂を責務と考える職員の方々の意識の高さが感じれられ、雪に負けない鉄道の力強さや信頼感を実感しました。
【1982.2.11 青森】

 

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  何号かはわかりませんが、「ゆうづる」だと思います。こちらも大幅遅れでの到着でした。DE10が連結され、車両基地への入換が開始されます。
【1982.2.11 青森】

 

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 しばらく青森で待機していましたが、大雪のために大乱れだったダイヤもある程度落ち着いてきたので、夕方の列車なら撮れそうだと思い、当初の目的だった南部縦貫鉄道に向かいました。西千曳にどうやってたどり着いたか記憶が定かではありませんが、おそらく東北本線の千曳から徒歩で向かったものと思われます。何とか夕方の下り列車に間に合いました。
【1982.2.11 西千曳】

 

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 次の上り列車は露出的にかなり厳しい状況だったので、走行写真は諦めて駅撮りとしました。奇跡的に乗車客があり、レールバスの前照灯とホーム軒下の裸電球と相まって、自分的にはお気に入りのシーンのひとつとなりました。
【1982.2.11 西千曳】

 

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 次も記憶が飛んでしまっており、徒歩で野辺地まで戻ったのか、千曳まで歩いて東北本線の列車で野辺地に向かったのか、思い出すことができません。いずれにしろ、最終列車に間に合って野辺地の夜間撮影を行っていました。当時の南部縦貫鉄道のダイヤは17往復、最終列車の野辺地の発車は1850分でした。1826分に上りの最終列車が野辺地に到着してしばらくは人の動きがありませんでしたが、発車間際になって数人の女子高生がレールバスの乗客となりました。陽の長い時季ならまだ明るい時間の1850分が最終列車の発車時刻とは…。乗客が極端にの少ないローカル鉄道とはいえ当時でも驚きでした。
【3枚とも 1982.2.11 野辺地】

●次の目的地 津軽鉄道

●移動行程 野辺地→青森STH→五所川原→津軽鉄道

 

 

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2020年7月 1日 (水)

ニューフェイス HC85

キハ85の後継車がデビューしてから早くも半年が経ち、試運転も盛んに行われています。そろそろ飛騨路や紀州路に馴染んでくるころですが、この意匠、どうも写欲が湧きません。ほかにも近頃の新造車を見るたびにそう思えてまうのは、それだけ自分が歳を取った証拠なのでしょうか、つい世代ギャップを感じずにいられません。まぁ、毛嫌いせずに世代交代の記録を残すことにしましょう。
そういえば今回の新車は正面に愛称表示がありません。よって試運転中のシーンを写真で表したくとも、単なる普通の走行写真ではキャプションで補足しないとわかりません。そこで試運転ならではのシーンを撮ろうと思いついたのは昼過ぎの白川口駅。


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まず、試レが下り1番に到着します。この時間帯になると正面から陽が当たるとは思ってもいませんでした。
  

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次に、後続の下り「ひだ11号」が運転停車。停止位置はご覧の通りで少し残念です。直後、後方から「ひだ10号」が進入して3本が並びました。「ひだ」は貫通、非貫通の両スタイルが揃い、まさに三者三様です。
 

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「ひだ10号」着後すぐに「ひだ11号」が発車します。信号機を抜けて顔を出した瞬間、バランスはよくないですが納得できるシーンを撮ることができました。この日はダイヤ上の順番通りに入線、出発する見事な定時運行。おかげで想定内のシャッターチャンスでした。どうやら試運転スジは幾つかのパターンが設けられているようです。名古屋を12時に発車するスジはこのパターンに入る可能性があります。お試しください。
 
3本並びを撮るために選んだこの場所、実はちょっと苦労しました。下り出発信号機と線路脇の雑草をかわすため立ち位置が制限されて、このポジションが精一杯。とりあえず課題はクリアしたので、早くHCに馴染むよう努力?したく思います。(出札掛)

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