« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »

2020年6月

2020年6月27日 (土)

641.紫陽花の季節に旧三岐カラーと初対面 2020/6/21・27

 619日、緊急事態宣言に続いて県をまたぐ移動も解除されたことから、感染予防対策を実施しながら近場から徐々に鉄活動を再開しております。最近、自分的にちょっと気になっているのが三岐鉄道です。というのはクモハ101=クモハ102(元西武の401系)の2両が旧三岐鉄道カラー(ダークブルーとクリームのツートン)に塗り替えられたからです。三岐鉄道のリバイバルカラーは黄電・赤電に続いて3編成目となりました。旧三岐カラーは1977(昭和52)年まで使用されていたとのことでしたが、当時は名古屋在住ではなかったため、現物を見る機会はありませんでした。今回、初対面を果たそうと思い、久しぶりに三岐鉄道を訪れてみました。

 

※撮影は621日・27日の三岐鉄道三岐線・北勢線(電車運転士)

 


12_dsc613720621

 

62_dsc622820621

 

72_dsc625020621

 東藤原のセメント工場の定期修繕も終了し、紫陽花も見頃となっているだろうと思い、3710列車に合わせて紫陽花ポイントを訪ねてみました。とりあえず、赤電は運用に入っていました。電車の運用を確認しがてらしばらくここで撮影を続けました。
【3枚とも 2020.6.21 三岐鉄道三岐線】

 

22_dsc614720621

 

32_dsc615320621

 赤電に続いて黄電も運用に入り、セメント貨物列車に加えて白ホキの貨物列車も運転でしたが、肝心の旧三岐カラーが来ません。自分が滞在中にその姿を見ることはできなかったので、お休みのようでした。この日の最大の目的が達成できないことがわかり、テンションダウンのまま撮影を続けました。
【2枚とも 2020.6.21 三岐鉄道三岐線】

 

42_dsc618220621

 

52_dsc619020621

 旧三岐カラーが来ないとなれば、安心?して北勢線との掛け持ちができました。眼鏡橋近くの紫陽花ポイントは花の付きもよく、今シーズンは当たり年でした。
【2枚とも 2020.6.21 三岐鉄道北勢線】

 

82_dsc625620621

 

92_dsc626420621

 早朝は曇り基調だった天気もいい具合に回復したので、青川の鉄橋にも立ち寄ってみました。毎度ワンパターンのアングルですが、前々日にそれなりの降水量があったため、水量が多く、流れに迫力がありました。
【2枚とも 2020.6.21 三岐鉄道三岐線】

 

102_dsc631720621

 

112_dsc633520621

 知らないうちにか木が伐採され、周辺の土地が整備された状況が線路端から見えたため、とりあえず行ってみました。撮るには撮ることができましたが、もう少し高さがほしいところです。上空には夏雲が漂い、6月といいながら風景は夏そのものです。この日は夕方近くから家族運用が予定されていたため、502列車まで撮影して撤収するつもりでしたが、期待に反して運休、旧三岐カラーは来ないし、501列車は重連単機とちょっと消化不良の鉄活動でした。
【2枚とも 2020.6.21 三岐鉄道三岐線】

 

 旧三岐鉄道カラー、どうしても早いうちにリベンジしたくて27日に再訪問してきました。運用は公開されていないので、ギャンブル的要素が大きいのは承知の上での訪問となりました。

 

122_dsc651020627

 21日と同様、電車の運用確認を兼ねて紫陽花ポイントの3710列車からスタートしました。紫陽花はまだ見頃の状態を継続していました。
【2020.6.27 三岐鉄道三岐線】

 

132_dsc652320626

 早朝の電車は4運用ありますが、現地到着後に最初に見届けた2運用ははずれ、雲行きが怪しくなりかけた3運用目、旧三岐カラーが来てくれました。前面のステンレス保護化粧板の撤去・乗降ドアの塗装・行先表示版枠の取り付け・標識灯枠の赤色塗装・社章と車号の白色塗色・楕円形の社名銘板をシールで再現など、黄電と赤電同様、塗色だけではなく細部にまでこだわった点が随所に見られ、まったく違和感がありません。1970年代からそのまま活躍を続けてきたのではないかと錯覚してしまいそうです。
【2020.6.27 三岐鉄道三岐線】

 

142_dsc656120626

 

152_dsc658120627

 

162_dsc662620627

 

172_dsc665220627

 

192_dsc667120627

 昼前に保々の車両区に入区という運用でしたが、撮影チャンスは複数回あるということで、その後は旧三岐カラーの運用に合わせて沿線を行き来しました。晴れ基調の天気予報に反して終始薄曇りの状況でしたが、とりあえず主要ポイントで旧三岐カラーを撮影できたのはよかったです。ただ、遠景は現行カラーの方が写真写りがいいように感じました。次回はバリ晴れ下での撮影を敢行できればと思っています。
【5枚とも 2020.6.27 三岐鉄道三岐線】

 

212_dsc653520627

 

222_dsc659420627

 

232_dsc6620206

 

182_dsc666320627

 

202_dsc667820627

 当然ですが、旧三岐カラーの合間に貨物列車も撮影しています。日曜日と土曜日の各1日だけしか見ていないので何とも言えませんが、ダイヤ改正前の1503列車の設定がなくなった関係なのか、901列車の編成が短くなったり、501列車が重連単機やタキ1両だけだったりと白ホキの動きがダイヤ改正後は変わったように感じました。この日も午後から家族運用が待っていたため、3713列車を撮影後に三岐鉄道を後にしました。夜まで見届ければ白ホキの動きももう少し把握できたかもしれないという点は次回の宿題にしたいと思います。
【5枚とも 2020.6.27 三岐鉄道三岐線】

 

 

| | コメント (1)

2020年6月26日 (金)

宣言解除

緊急事態宣言が解かれて初めて迎えた日曜日。全国規模の移動は自粛要請の中、わが地元東海三県内なら移動も容認されたとはいえ油断はできませんが、今までの憂さを晴らそうと早朝から行動開始しました。
 

9004

ここは“二密”、もの凄いカメラマンの数に圧倒されました。自粛の反動なのか、相当なレアネタなのか、好天気に誘われたのか、ともあれ何事もなく撮ることはできました。大半は車に飛び乗って追いかけ組。おそらく舞木方面はドエライことになるだろうと思い、自分は現地に留まり撮影を続けて、この後のプランを練りました。 
 

700_20200626174801

最近の白ホキは超短編成。見栄えは劣りますが、僅かな貨車を機関車が重連で牽くシーンはかつての某ローカル線貨物を思わせるようで画的には面白い被写体と思い、衣浦臨海の鉄橋に向かいました。この方角で全編成がフレームインするとは思いもしませんでしたが、背景と同化して少しわかり難いですね。緊急事態の影響なのでしょうか、早く元の編成長に戻ることを願っています。 
  

171_20200626174901

次は名鉄線に転じて1700系を狙いました。次のターゲットまでの時間つぶしではありますが、入梅前の貴重な晴天なので撮れるときに撮ろうと思い立っただけのことで特筆事項はありません。  
  

Leg

1週間前にチェックしたアプリによると、162レ名阪特急は前パンが先頭に立つスナック4連単独運用。HC85の試運転と時間的に近接するので天秤にかけた結果、スナックを選択したら残念な事に差し替えられていました。おや?とアプリで再確認したところ、いつの間にか「この列車に禁煙室はありません」の文字が消えている??後日になって、差し替えられた理由がなんとなく判明しました。しかたがないので、ちょうどやって来たあおなみ線のレゴラッピング編成でお茶を濁して、次の目的に向かいました。 
 

Dy_20200626174901

庄内川右岸からドクターイエローを捉えました。望遠で狙ったので陽炎を拾い、画像はメラメラしていますが止むを得ません。緑地で遊ぶ親子連れが共演してくれました。 
 

172_20200626175201

次のターゲットまでの時間つぶしに、再び1700系を追いました。国府宮ー奥田は開けている割に線路端の雑草が障害となって、意外とシャッターポイントが限られます。なんだかパッとしないですね。  
  

165

名鉄1700系と近鉄12200系の共通キーワードは「絶滅寸前・大手私鉄特急・前パン車両」。165レ名阪特急も前パンが先頭に立つスナック運用のはず。今度は直前にアプリで確認したので間違いありません。外出自粛の影響による減車措置期間が終了して、再び少なくなったスナックカーの前パン先頭運用は徐々に貴重なシーンとなりつつあります。光線ヨシ!『名阪運用・スナック単独・前パン先頭・順光』の各条件が揃ったところで撮影することを目標としていたので、撮影ポイントはさておき、いちおう達成です。天気は良好ですが、疲れたので緊急事態解除後初の気合の入った?活動は以上でお開き。  
  

51_20200626175301

帰り道の途中に富吉区を覗いたら、スナックカーが留置されていました。この数日前、名阪運用中のスナックカーが動物と接触して貫通扉の窓を破損、富吉区に緊急入区したようで、某SNSによるとこの編成が当該のようです。そのため、先述したとおり162レにあたる車両運用が急きょ差し替えられたのではと推測します。自分は未確認でしたが、当該は復刻塗装のNS51とか。逆光なので、わっかーせんがね。 
  
少しづつテツ活動も再開してストレス解消といきたいところですが、ネタ的臨時列車の運転や各種イベントはまだまだ自粛ムード。まぁ、あせらず、ゆっくりゆっくりと・・・。(出札掛)

| | コメント (1)

2020年6月14日 (日)

640.1982年冬 北の大地で撮り鉄行脚 1号車 蒲原鉄道 1982/2/10

 

 新型コロナウィルス関係、国の緊急事態宣言は解除されたものの、県をまたがる移動は都道府県によって対応が異なるようなので、もう少し、過去ネタでつなぎたいと思います。1982(昭和57)年の冬は、前年に続きワイド周遊券片手に北海道で撮り鉄行脚を敢行していました。ご紹介が長丁場になりますが、懲りずにお付き合いただけると幸いです。


 

Photo_20200613174501

  この年は北海道には直行せず、道中、ちょっと寄り道してから北海道入りしました。最初の寄り道は新潟県の中部を走っていた蒲原鉄道です。前々年が初めての訪問でしたが、田舎電車そのものといった雰囲気に魅了されてしまい、再訪を誓った上での2回目の訪問となりました。

 

 ※撮影は1982(昭和57)年210日の蒲原鉄道(電車運転士)

 

12image2482210

 蒲原鉄道へは米原から「きたぐに」に乗車、長岡で普通電車に乗り換え、加茂から蒲原鉄道入りしました。当時の「きたぐに」は10系寝台車と12系座席車の組み合わせでした。長岡はこの年11月開業予定の上越新幹線の工事が最終段階で、「きたぐに」の到着ホームは新幹線駅の高架下になっていました。
【1982.2.10 長岡】

 

22image10282210

 最初に向かった先は行き違い可能駅の七谷です。前夜に降雪があったようで、ありがたいことに周囲の山々はクリスマスツリー状態になっていました。モハ61(←西武鉄道←武蔵野鉄道)と武骨な前面2枚窓のモハ41が顔を合わせました。
【1982.2.10 七谷】

 

33image10482210

 あまりにも雰囲気がよかったので、次の列車まで七谷に留まりました。嬉しいことに雲の切れ間から一瞬日が差し、雪晴れの状況となりました。
【1982.2.10 七谷】

 

42image10482

 その後、徒歩で村松方面に移動しました。切通区間で電車を待っていたところ、全線開業時からの生え抜きのモハ12が来てくれました。前回は村松で留置中の姿しか撮れなかったので、どうしても走行写真が撮りたかった車両です。どんな構図にしろ、モハ12を撮ることができたのは大満足でした。
【1982.2.10 七谷~冬鳥越】

 

62image10182

 場所を少し移動して次の電車を待っていたところ、いきなりED1のラッセルが現れました。てっきり村松でお休み中と思い込んでいたので、想定外のできごとはモハ12と合わせて2重の喜びとなりました。
【1982.2.10 七谷~冬鳥越】

 

72image10182

 冬鳥越の目の前はスキー場になっており、最上部からの俯瞰に挑戦しました。さすがにスキー板を履かずにリフトに乗る勇気は持ち合わせていなかったので、奇異の視線を感じながらゲレンデの隅っこをえっちらおっちらと登りました。ゲレンデは地元小学生のスキー教室で賑わっていました。
【1982.2.10 冬鳥越】

 

82image8822

 ゲレンデの頂上からは七谷方向を望むことができました。同じポジションでまったく異なるシチュエーションを楽しむことができる美味しいポイントでした。苦労して登った甲斐がありました。
【1982.2.10 七谷~冬鳥越】

93image10182_20200613234101

 せっかくモハ12が動いているということで、車両メインのカットも押さえておきました。1930(昭和5)年生まれの当時でもレトロなスタイルは好ましく感じました。
【1982.2.10 冬鳥越~土倉】

 

112image10822

 撮影しながら村松方向へ移動を続けました。モハ12は途中で入庫することなく終日運用に入っていたみたいで、繰り返し撮影できたのはありがたかったです。
【1982.2.10 土倉~高松】

 

122image10882

 これまで小康状態を保っていた天気も夕方近くになって雪が激しく降り続く状況に変わり、視界がきかないこともありました。幸い電車通過時は小降りになってくれたので、何とか撮影できました。
【1982.2.10 高松~大蒲原】

 

132image782210

 降りしきる雪の中、降車客が足早に家路を急ぎます。高松はホーム上に簡素な待合小屋があるだけの簡素な造りで、いかにもローカル線の駅といった雰囲気が田舎電車にベストマッチでした。
【1982.2.10 高松】

 

142image882210

 明るいうちに何とか村松にたどり着くことができました。夕方のラッシュに備えてモハ81(←越後交通)=モハ31=モハ71(←西武鉄道←武蔵野鉄道)の3両編成がスタンバイしていました。モハ81は収容力が大きいため、朝夕のラッシュ時がおもな活躍舞台でした。
【1982.2.10 村松】

 

152image10182210

 蒲原鉄道の撮影終了後は五泉から磐越西線の列車に乗車、郡山に向かいました。途中、野沢で長時間停車があったので、夜間撮影に勤しみました。もう少しSGの蒸気が上がってくれたらもっと夜汽車の雰囲気が出たと想像できますが、贅沢は言えないです。郡山からは「八甲田」の乗客となり、東北本線を北上しました。
【1982.2.10 野沢】

 

●次の目的地 南部縦貫鉄道

●移動行程 郡山→「八甲田」→青森→千曳→(徒歩)→南部縦貫鉄道(西千曳)

 

 

| | コメント (2)

2020年6月 6日 (土)

W V

SNS等で近鉄情報をのぞき見していると、3月のダイヤ変更以降、「ビスタカー重連」というワードをときおり目にするようになりました。近鉄系も情弱なので目撃情報だけを頼りに少し調べてみると、平日の大阪線でビスタ重連の定期運用が見られるようです。ただし7604レと1901レの名張ー大阪難波間に限られるので、平日の夕方にわざわざ足を運んで撮りに行くのもどうなんでしょう?東海地方の鉄チャンには縁がないネタだなぁ、と思っていたら、やはり平日で不定期ではありますが、どうやら名古屋線でもビスタ重連が走っているようです。ちょっと食指が動いたので調べてみると、名古屋行108レと難波行168レがそれに該当するようです。 
  

108

108レは順光で比較的撮り易い列車です。ただ、編成をそれらしく撮影できる場所に向かいたくとも何かと時間の制約があって、こんな場所から失礼しました。名古屋着後は米野で分割されて、各々名伊特急に運用されます。  
   
1681名伊特急運用後は各々富吉まで回送され、再び重連に組成されて168レに入るため名古屋へ回送されます。次に狙ったのはこの送り込み回送。18時過ぎの富吉を、名古屋行「ひのとり」通過後に出区します。時間的に撮影は夏季に限られそうです。  
  

168

さらに普通列車で追いかけて途中で降りて、168レを迎えます。空の機嫌が良かったのでギリギリで夕陽のエロ光線を浴びたシーンが撮れました。 
  

99829

せっかくなので、過去に撮った30000系ビスタ重連二態を振り返りました。ビスタEXに改装される前のイベントとして、1999年夏休み最後の週末にオリジナル編成のさよなら運転が重連で催されました。大型HMに副票付きの大サービス。その伊勢方先頭を飾るのはダブルデッカーに特徴のある最終増備編成V15です。この編成のみ、2階建車の屋根が出っ張った構造になっているのですね(←ネットからの受け売りで失礼)。ところでこの撮影場所はどこでしょう?(ヒント:名古屋市中村区)  
  

070504-812

2007年5月、某サイトでビスタ重連の情報をかぎつけて、長島まで撮影に来ました。GW期間における輸送力増強策の一環だったように記憶しています。多客期にしばしば登場していたEX重連は神出鬼没。近鉄通の方なら事前に情報を得て、もっと多くのシーンを捉えていることと思います。自分としてはこの1コマしかなく、貴重なカットとなりました。  
  
6月13日から「ひのとり」運用が第二次増備車により拡大されることに伴い、ビスタ重連運用も変更される可能性がありますが、一部の編成が姿を消すかもしれないスナック4両編成車をビスタEXで置き換えれば、8両組成列車において重連運用が増えるのではなかろうか、と勝手に妄想しています。(出札掛)

| | コメント (2)

« 2020年5月 | トップページ | 2020年7月 »