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2020年5月 1日 (金)

1980年に見た いろいろな回送・試運転(4)

コロナウィルスについてはもう何も述べることがなくなりました。



見出しの最終回は、(1)~(3)以外で撮影した「いろいろな回送・試運転」を見て頂きます。

【転配】
国鉄時代、電車、気動車、客車は寒地向け等一部仕様を変更しているものはあるものの、基本的にはどこへでも行けるような汎用車が多く、集中的に新形式の投入があると、トコロテン式に転配が発生するのが当たり前でした。


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宮原電車区→大垣電車区
6月26日 醒ヶ井・近江長岡 回9104M
クハ153-527+モハ153-69+モハ152-69+モハ153-89+モハ152-89+クハ165-164+クハ165-163+クハ165-169+モハ153-118+モハ152-118+サハ153-8+クハ153-78(アンダーラインは伴車)
(1)、(2)に関連して、京阪神で「新快速」に使用されていた153(一部クハ165)系が、宮原区から大垣区に42両転属しました。残念ながらほとんど撮影できませんでしたが、この日、唯一撮ることができました。4M2Tで2M4Tを牽引する形です。
しかし、最悪の天気で、土砂降りの中どうにか撮っただけ、といった結果に終わってしまいました。


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宮原電車区→田町電車区
7月17日 新所原 回9104M
クハ153-527+モハ153-95+モハ152-95+モハ153-96+モハ152-96+クハ153-510+クハ153-523+クハ153-536(後追い)
6月26日の大垣区への回送同様、宮原区から田町区へも12両の転配もありました。品川区の153系は1~2年後には185系に置換えられたので、わずかの期間のショートリリーフでした。

 

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高槻電車区→静岡運転所
9月30日 名古屋 回9102M
クハ111-174+モハ113-195+モハ112-195+クハ111-489+サロ111-3+サロ111-7+サロ111-6+モハ113-22+モハ112-22+クハ111-500(アンダーラインは伴車)
首都圏同様、京阪神間のローカルにもグリーン車1両が組込まれていましたが、10月の改正でその措置が解かれ、余剰となったグリーン車が転配となりました。この日3両のサロ111が高槻区から静岡所に転配となりました。

※出札掛様から多くの転配画像を、とのご要望がありましたが、諸般の事情により、1980年でアップできるのは3本に留まりました。


【入出場】
入出場は数多く撮影しましたので、ちょっと面白いものをアップします。


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沼津電車区大船工場入場回送
4月21日 保土ヶ谷・戸塚 回8392M
クモヤ22202+クモハ12001+クハ47100+クハ47061+クモハ60810(アンダーラインは伴車)
まだ、旧型国電の定期検査も実施されていました。御殿場線が新性能化されたため、身延線用の戦前型のみとなりました。
別の項でも述べましたが、東海道下り方から大船工場に入場するときは、配線の関係から一旦横浜まで行って折り返す方法が採られていました。大船工場は2009年3月31日で業務を終えました。

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伊那松島電車区浜松工場出場試運転
8月15日 弁天島・新居町 試8587M
クモハ53007+クハ68042+クモヤ22112
流電クモハ52が廃車された後、飯田線の愁眉となった半流張上げ屋根のクモハ53007の最終出場です。

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神領電車区浜松工場出場試運転
5月19日 三河大塚・三河三谷 試8515M
クモヤ90804+クハ111-109+クハ111-405+クモハ40800
この頃の名鉄局の電車の定期検査は、神領区の381系、165系、80系を除いて、浜松工場で施工されていました。(名古屋工場でも一部担当していました。)
この試8515Mのスジは名古屋が19時台となるもので、ここで順光で撮れるのはごくわずかの期間でした。


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府中電車区鷹取工場出場試運転
9月11日 大久保(山陽本線) 試6772M
クモヤ22001+モハ70316+クモヤ22152
関西へも行っています。以前にもアップしていますが、府中電車区70系の最終出場車です。福塩線の70系は翌81年3月には105系に置換えられました。
鷹取工場は関西では全車種の定期点検を実施する100年以上続いた名門でしたが、1995年の阪神淡路大震災により大きな被害を受け、2000年3月末をもってその歴史に幕を閉じました。


【試運転】
「試」というのは、いろいろな意味があります。ここでいうところは、試験の「試」それと、ためしの「試」ですね。


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関西地区軌道検測
12月6日 山崎・高槻 回9672M
クモル23010+マヤ34 2005+クモル23060
首都圏ではクモハ73 2両が専用で牽引車に使われていましたが、関西地区電化区間の軌道検測車の牽引には、高槻区(吹田)の配給車がその任に当たっていました。80年に撮影したのはこの編成だけでした。


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豊橋機関区台検試運転
4月5日 江島・東上 試7583M
クモニ13026+クエ28100+クモニ83102
車両の運用を調べる中で、救援車が台検して試運転が行われることを知り、出掛けました。


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4月5日 江島・東上 試7584M
新城ですぐ折り返してきてしまうので、移動が出来ず、撮影場所を探していたのですが、なぜかここを探し当てました。手前の木は桜のようですが、カラーは撮っていません。また、これ以降ここで撮ったものがないのですがどうしてでしょう。後追いも撮っているので、両向きなのですが・・・。


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大垣、神領電車区台検試運転
6月20日 定光寺 試8613M
クハ153-73+モハ153-126+モハ152-126+クハ153-524+クハ111-2031+クモヤ90804
この頃は神領区で集中台検を施行しており、試運転も中央線(神領~瑞浪)で行われていました。大垣車が入ると、よく撮りに行ったのですが、この日は雨にかかわらず、関西新快速色(しかもクハ153低運転台)が入ることが判ったので、行ったものと思います。


Img419
大垣電車区訓練車回送 
5月4日 新守山 回9639M
クヤ165-1+クモニ83020
試運転ではないですが、こんな車両の回送も撮っています。この日の行き先は多治見でした。クヤ165-1は、元はサハシ153-15を浜松工場で訓練車に改造した車両ですが、特に海側には種車の雰囲気が色濃く残っていました。

Img241
11月24日 木曽川・岐阜 回9541M
クモハ40050+クヤ165-1(後追い)
名古屋から大垣に戻るときにはクモハ40050が伴車に付きました。


【配給】
その名の通り、物資を各工場から運転現場に輸送することですが、最近は少し違う使われ方もしているようです。
ここでは、専ら電車によるものの代表をアップしておきます。


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6月13日 渋谷 配6961M
クモル24002+クモル24051
個々の車両については以前のアップ(配「ル」電車編)をご覧下さい。当時関東の編成はMTが多かったですが、勾配区間に行く場合などで、MMとなることもありました。荷の載る部分の側戸も貨車のように開閉できるものと、固定のものとありました。
撮影場所は、現在は埼京線のホームのあたりです。東急東横線のホームからの撮影です。


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11月27日 (大船)南方(信) 配8098S
クモル145-3+クル144-3(+クモハ73505+クモハ73518) (クモハ73 2両は大船工場の伴車)
(1)でご覧頂いたように、この年、101系を改造した新性能系列145系に配給車ができ、まず首都圏のものから順次置換えがはじまりました。


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11月26日 吹田 配7994レ
クモル24010+クモル24005+サハ100-78+サハ101-75+クモヤ90004
関西の配給列車は、新性能車の入出場も併結されているのを多く見ました。ツナギがどうなっていたかはわかりません。


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11月24日 春日井
中京圏の電車区への配給は各地で見られたように貨車によるものでしたが、神領区の受け取りには専ら同区の救援車クモエ21800が使用され、春日井~電車区を基本、水、木、土(日)曜に運転されていました。(再掲)



【職員輸送】
最近の状況はわからないのですが、この頃は各区~最寄駅に職員輸送が行われており、専用車がありました。


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11月27日 大船 クモハ40059+クモヤ22114
大船区には2両のクモハ40が配置されて朝、夕に職員輸送に使われていました。この日はクモハ40071が入場していたため、クモヤ22で代用していました。首都圏ではほかに、津田沼、豊田、国府津の各電車区、鶴見操車場⇔鶴見などで、運転されていました。



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6月23日 高槻
高槻区の職員輸送には元クモハ42を4扉化したクモハ32002が使用されていました。



【その他】


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雪掻き車試運転
12月5日 柏原・近江長岡 試9254レ
キ552+EF65 114
電車ばかりになってしまいましたが、最後に雪掻き車の試運転です。運転報を調べる中で、偶然見つけたものです。翌年にはDE15 1541が新製配置され、実際にキ552が雪掻きをするところを見ることはできませんでした。 

4回に渡り1980年に私が撮影してきたものをご覧頂きましたが、国鉄時代のころはこれらの他にも、様々な列車が走るシーンが見られました。不出来なものも敢えてアップしたことはご容赦ください。

コロナウィルスとの戦いは延長戦の様相を呈しています。しばらくは有無を言わさずカウチポテト(もう死語かと思っていましたが・・・)状態が続く覚悟をしなくてはならないようですね。そろそろきちんと人生の整理に取り掛からなくてはならないのかもしれません。これからもしばらくはアーカイブを見て頂くことになりそうです。(検査掛)




 



 



 





















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コメント

(1)から(4)まで、1年間でこれだけのものを記録されていたのは凄いとしか言いようがないです。とくに事業用車の本線走行写真はなかなかお目にかかれないだけに目が釘付けになってしまいました。この頃は今と違ってクモル・クル・クモヤに代表されるようにユニークな車両が多かったですね。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2020年5月 2日 (土) 14時32分

イレギュラーな組成や旧型国電の事業用車など、これだけバラエティに富んだ事業用臨電に只々感動です。民営化後のこうした性格の列車は滅多に見られなくなり、チンドコマニア?の自分としては寂しい限りです。思えば大学時代、通学途中に神領→西浜松入場回送をよく目にしたのも懐かしい思い出です。
キヤ97を思わせるクモルは一度も目にしたことがありませんでした。生首的意匠だけにぜひともカメラに収めたかった車両だけに悔いが残ります。引き続き、次回のネタも楽しみにしています。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2020年5月 2日 (土) 22時12分

 ここまで完璧に揃えられたら感服以外の何もでもありません。情報の収集から、撮影への時間の捻出、等、相当大変であったと思います。当時、こうした事業用車の運転にあわせて撮影に行くことはさまざまな要件からほとんど不可能で、少し撮影したにとどまりましたが、こうやって見てみると、もう少し頑張って行けば良かった、と思わざるを得ません(駅長)

投稿: 駅長 | 2020年5月 7日 (木) 22時53分

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