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2020年4月27日 (月)

1980年に見た いろいろな回送・試運転(3)

コロナウイルス禍、先が見えません😞
誰かさんはGWのことを、STAY HOME週間と呼ぶ、などといっていますが、この週間が終わった後はどのような対策を考えているのでしょうか?一方、担当大臣はGO TOなんとか、と言ってますが、旗を振るべき人間が、現実から目を逸らしてどうするのでしょうか?日本は大丈夫なのでしょうか。
暇に任せて、高嶋哲夫著の「首都感染」という本を読んでいます。今起こっていることに酷似した内容で、そら怖ろしくなります。この本はどのように終わるのでしょうか?

 

さて、一市民は40年前、何も考えてなかった頃に戻って、現実逃避をすることにしましょう。
さて、
新性能電車の廃車回送に続いては、旧形国電の廃車回送です。
「わが国鉄時代 1979年」に続く形で、まず、御殿場線で使用されていた国府津区73系です。

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1月18日 竪堀・入山瀬 回9392M
クハ79389+モハ72142+サハ78113+クモハ73900
雲一つない快晴の下、西富士宮に疎開留置されていた国府津区の73系が大船工場に向けて廃車回送されました。
この頃はまだ富士山に嫌われていませんでした。


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1月18日 (大船)南方(信) 回8392M
沼津からは入場スジで回送されました。上り向きの先頭車はクモハ73900。知る人ぞ知る旧「ジュラ電」の内の1両。旧ジュラ電は車体の載せ替え時に様々な試作をしています。ご覧のように73900は行先方向幕を付け、日よけ対策として運転台窓に傾斜をつけています。



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4月19日 保土ヶ谷・戸塚 回8392M
クハ79939+モハ72145+サハ78455+クモハ73068
国府津区の73系はこの編成の大船工場への回送で消滅しました。


次は神領区の80系です。
なぜか運用をまとめたメモが見つからないので、80系の編成はわかりません。ご容赦下さい。


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3月17日 姨捨・桑ノ原(信) 回9951M
ダイヤ改正で115系に置換えられた神領区の80系は、担当工場だった長野工場に廃車回送されました。この8両は疎開することなく、神領から直接に送られました。

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3月19日 三河三谷・三河大塚 回9154M
神領区の80系は各地に疎開するため、回送されました。この編成は西小坂井に留置となりました。

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3月20日 潮沢(信)・西条 回9951M
旧線を長野に向う神領区の80系。この編成は川中島で疎開留置となりました。
東側(右)では新線工事が行われていました。複線構造ですが現在まで単線のままです。


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4月11日 近江長岡・醒ヶ井 回9532M
神領区の80系の内、8両は醒ヶ井に疎開留置されていましたが、この日に長野へと旅立ちました。
この日は最初から追っかけをするつもりだったため、駅から徒歩圏内での撮影となりました。


首都圏にも廃車回送を見に行っています。

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 5月30日 松戸電車区
クモハ73351+クエ28001+クモハ73086 
東京の友人から、松戸の救援車が、首都圏の軌道検測車の牽引車クモハ73 2両(品川区)と一緒に廃車回送されるとの情報を貰って、上京しました。
友人に案内してもらい、電車区に入れてもらいました。


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5月30日 東京・新橋(有楽町) 回9090M
電車で追っかけ、鶯谷→日暮里→有楽町→品川→大船(南方(信))と撮影していきました。


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(大船)南方(信)
最後、工場に送り込まれる前に、クモハ73351に名残を惜しんで、友人が自作した看板をつけさせてもらいました。いい時代でしたね。



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12月10日 中原電車区
クハ16003+クモハ11270+クモハ40033+クハ16215+クモハ11244
年末になって、南武線浜川崎支線に使われていた最後の17m級国電の回送がありました。鶴見操車場職員輸送用の予備として残っていたクモハ40033も組込まれていました。


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12月10日 日野 回1491デ
途中、豊田区のクモハ40073を拾っていくため、この日は立川経由豊田までの運転となりました。


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12月12日 (大船)南方(信)
クハ16003+モハ11270+クモハ40073+クモハ40033+クハ16215+クモハ11244
午前中に野洲でサロ165の廃車回送を撮って新幹線でワープ、どうにかここでクモハ40 2両を挟んだ編成を捉えることができました。



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12月16日 品川 回9451デ
クモル24020+クモル24051+クモル24002+クモニ13016+クモル24001+クル29001
(1)でご覧頂いたように101系の廃車によって新性能の配給車が各地の国鉄工場で製造されたことにより、旧性能の配給車の廃車が始まりました。




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大崎→田町→品川→横浜→大船と追っかけました。
1980年の廃車回送撮影はこれで終了です。




そろそろ飽きてこられたかもしれませんが、もう1回このシリーズにお付き合いください。
ちょっと変わった試運転や、転配の様子を見て頂きたいと思います。(検査掛)




 

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コメント

検査掛様のライブラリーに、あらためて頭が下がりました。〇〇管理報をチェックすれば運転計画を把握できたとはいえ、当時、ここまで熱心に撮影されている方はあまりいらっしゃらなかったのではないでしょうか。個人的には馴染のある80系。長野までの帰らぬ旅は衝撃的でした。次回の記事では転配画像などを載せていただけるとのことで、国鉄ならではの大移動劇を楽しみにしています。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2020年4月29日 (水) 15時00分

廃車回送だからこその組み合わせや走行線区のバラエティ、興味深く拝見しました。これだけの蓄積はなかなか見られないと思います。広域回送も全国組織だった国鉄らしい対応だと思いました。自分も自作の看板を持ち込んで何回か装着させてもらったことがありました。今と違ってファンと職場の方々の信頼関係が保たれていたよき時代でした。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2020年4月30日 (木) 14時43分

情報を収集し、広範囲に撮影をされていることに、改めて感服です。廃車回送は、飯田線の旧国など、何度か撮影したことはありますが、当時、これだけ撮影されている方はごく限られているでしょう。普段、その路線を走らない車両が走るのは、当時でも貴重で目をひきましたが、時間がたって、今となってみると、本当に貴重な記録になってますね。(駅長)

投稿: 駅長 | 2020年5月 1日 (金) 09時23分

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