« 1980年に見た いろいろな回送・試運転(2) | トップページ | NS-31 »

2020年4月23日 (木)

復活! 富山港線 

毎日のコロナ、コロナで聞く方も疲れます。昨日(4月21日)の報道では、緊急安全宣言が5月6日に解除されるのか、それとも延長されるのか、といったことが取り沙汰されていますが、・・・。まぁ現状から推して知るべしといったところでしょうか。

 

シリーズものも少々飽きてきた(誰が?)ので、ちょっと寄り道?して、2か月程前の話題になりますが、見出しの件に触れてみたいと思います。
皆さんご存知の通り、2006年4月29日から「富山ライトレール」という三セクだった旧JR富山港線が、北陸新幹線の開業により、南北の線路が繋がって、2020年2月22日に富山地方鉄道に吸収合併され、再び「富山港線」を名乗ることになったことに依ります。

私自身は、東京在住の頃、北陸はとても遠い、という感覚で、ほとんど行ったことがありませんでした。しかし、愛知県に住むようになってから、様々な理由から、多少は身近に感じられるようになりました。
一方、旧型国電を積極的に撮るようになって、戦前各地の私鉄を買収しただ電化線には、多くの旧型国電が走っているのを知りました。その中に、富山港線もあったのですが、73系、しかも青22号塗色の更新車ばかりということもあって、いま一つ触手が動きませんでした。そんな折、友人から唯一予備車として同線に所属する、クモハ40076が運用に入るので、行ってみないか、との誘いを受け、こんなことでもなければ、機会がないので、重い腰を上げたのが1980年のGW明けのことでした。

1980年5月18日
Img470
電鉄富山
モハ14715+クハ15
恐らく、夜行「のりくら」で富山入りしたと思います。富山港線に入る前に、富山地鉄の駅を覗きに行っています。少し前に、同社には名鉄から3800系14両が富山地鉄の譲渡されている、と聞いたために、見に行ったものと思います。
電動車の台車は見慣れないものでしたが、後になって日車製のNK35という台車に履き替えたものと知りました。前照灯がまだ1灯のままで、塗色も濃紺に白帯のこのスタイルを撮ったのは、この1枚きりです。😞


Img474_20200422115601
岩瀬浜 クモハ40076+クハ79934
この日は日曜日で、朝の4連はありませんでした。が、目的のクモハ40が編成の中間い入る心配もありませんでした。
 

Img473
岩瀬浜 
折り返して富山行が発車していきます。この頃はまだ、岩瀬浜でも貨物扱いをしていたようですが、日曜日でウヤだったのか、全く撮影していません。


Img480
岩瀬浜 クモハ73117+クハ79928
もう1本は言わずもがな73・79ペアです。


Img489
城川原
岩瀬浜で何本か取り、交換施設のある城川原に来ました。



Img488_20200422115701
城川原
この時点では富山港線はタブレット閉塞だったようで、珍しくこんな場面も撮っています。


Img522
城川原・越中中島
城川原から歩いてきたようです。クモハ40唯一のカラーです。
 
 

Img524_20200422115801

富山口・下奥井
73系のカラーもこのほかに1枚撮っただけです。
まだ昼くらいですが、別の目的があったので、富山を後にしています。


1985年3月13日


Img965_20200422115901
大広田
クモハ73043+クハ79922+クモハ73049+クハ79920
次に富山港線を訪れたのは、旧型国電のさよなら運転になってしまいました。既にクモハ40の姿はありませんでした。



Img977_20200422115901
岩瀬浜
今ほどファンが集まるわけもなく、静かにお別れしました。



2006年2月19日

Img549
城川原
クモハ475-43+モハ474-43+クハ455-18
3回目の訪問はJR末期でした。この時は電車運転士様にご案内頂きました。
旧型国電引退後は、金沢所の475(457)系が使用されていましたが、最後はリバイバル塗装の475系2本が、なかば専用で使われていました。
(ただ、クハ455には本来60Hz専用のラインは入ってなかったと思いますが・・・。)😖



Img546
岩瀬浜
青い海、青い空に交直色が映えます。
繋留されている舟は四半世紀前とはスッカリ変わっています。


Img554
富山口・下奥井
キハ120-348
電化されていた富山港線も2001年から朝夕のラッシュを除いて、キハ120の単行で運転されるほどのローカル線になっていました。
それが今は・・・!


この後、2か月を経て、富山港線はLRTが走る富山ライトレールに変身し、驚くべき近代路線へと変貌を遂げるのですが、残念ながら、私はまだその実態を見ていませんでした。ライトレール時代を知らないままになってしまいましたが、新たなステージ、「富山地方鉄道富山港線」として、さらに富山市民の足として活躍しているであろう同線を見に行きたいものです。(検査掛)


 

|

« 1980年に見た いろいろな回送・試運転(2) | トップページ | NS-31 »

検査掛」カテゴリの記事

コメント

 富山港線の旧型国電、クモハ40はもちろんのこと、72系もまったく、といいほど、撮ってません。あの頃、旧型国電はあまり関心無かったからなぁ。しかも、72系ですからね。今にしてみれば、大変勿体なく、残念です。岩瀬浜のあたりもかなり変化してますし、このあたり、貨物線も入り組んでいたので、訪れれば面白かったはずです、単に興味が無かっただけ、というのは、なんとも残念至極です。(駅長)

投稿: 駅長 | 2020年4月24日 (金) 21時59分

富山港線に、いかにも旧国な車両も在籍していたのですね。73,79系の顔つきと塗装にはどうも馴染めませんでしたが、記録の一つとしてきちんと?撮っておけばよかったなと後悔しています。晩年はなんとも不釣り合いな475系。そういえば自分も富山港線末期の撮影ツアーに参加していました。懐かしい思い出です。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2020年4月24日 (金) 23時51分

普段は予備車として城川原で休んでいることが多かったクモハ40の本線走行は貴重ですね。自分が行ったときは当然ながら城川原におり、通常の車両運用でした。こうして見ると岩瀬浜手前の風景も今風に変わってしまい、趣がなくなってしまいました。ライトレール化に続き、市内線との直通運転が開始されるのなど、ここ数年大きな変化を遂げた富山港線、コロナが終息したら再訪してみたいです。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2020年4月26日 (日) 09時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 1980年に見た いろいろな回送・試運転(2) | トップページ | NS-31 »