« 2020年3月 | トップページ | 2020年5月 »

2020年4月

2020年4月27日 (月)

1980年に見た いろいろな回送・試運転(3)

コロナウイルス禍、先が見えません😞
誰かさんはGWのことを、STAY HOME週間と呼ぶ、などといっていますが、この週間が終わった後はどのような対策を考えているのでしょうか?一方、担当大臣はGO TOなんとか、と言ってますが、旗を振るべき人間が、現実から目を逸らしてどうするのでしょうか?日本は大丈夫なのでしょうか。
暇に任せて、高嶋哲夫著の「首都感染」という本を読んでいます。今起こっていることに酷似した内容で、そら怖ろしくなります。この本はどのように終わるのでしょうか?

 

さて、一市民は40年前、何も考えてなかった頃に戻って、現実逃避をすることにしましょう。
さて、
新性能電車の廃車回送に続いては、旧形国電の廃車回送です。
「わが国鉄時代 1979年」に続く形で、まず、御殿場線で使用されていた国府津区73系です。

Img042
1月18日 竪堀・入山瀬 回9392M
クハ79389+モハ72142+サハ78113+クモハ73900
雲一つない快晴の下、西富士宮に疎開留置されていた国府津区の73系が大船工場に向けて廃車回送されました。
この頃はまだ富士山に嫌われていませんでした。


Img045
1月18日 (大船)南方(信) 回8392M
沼津からは入場スジで回送されました。上り向きの先頭車はクモハ73900。知る人ぞ知る旧「ジュラ電」の内の1両。旧ジュラ電は車体の載せ替え時に様々な試作をしています。ご覧のように73900は行先方向幕を付け、日よけ対策として運転台窓に傾斜をつけています。



Img313_20200417214101
4月19日 保土ヶ谷・戸塚 回8392M
クハ79939+モハ72145+サハ78455+クモハ73068
国府津区の73系はこの編成の大船工場への回送で消滅しました。


次は神領区の80系です。
なぜか運用をまとめたメモが見つからないので、80系の編成はわかりません。ご容赦下さい。


Img031
3月17日 姨捨・桑ノ原(信) 回9951M
ダイヤ改正で115系に置換えられた神領区の80系は、担当工場だった長野工場に廃車回送されました。この8両は疎開することなく、神領から直接に送られました。

Img144_20200417214001

3月19日 三河三谷・三河大塚 回9154M
神領区の80系は各地に疎開するため、回送されました。この編成は西小坂井に留置となりました。

Img154_20200417214001
3月20日 潮沢(信)・西条 回9951M
旧線を長野に向う神領区の80系。この編成は川中島で疎開留置となりました。
東側(右)では新線工事が行われていました。複線構造ですが現在まで単線のままです。


Img456_20200417214201
4月11日 近江長岡・醒ヶ井 回9532M
神領区の80系の内、8両は醒ヶ井に疎開留置されていましたが、この日に長野へと旅立ちました。
この日は最初から追っかけをするつもりだったため、駅から徒歩圏内での撮影となりました。


首都圏にも廃車回送を見に行っています。

Img515_20200417214301
 5月30日 松戸電車区
クモハ73351+クエ28001+クモハ73086 
東京の友人から、松戸の救援車が、首都圏の軌道検測車の牽引車クモハ73 2両(品川区)と一緒に廃車回送されるとの情報を貰って、上京しました。
友人に案内してもらい、電車区に入れてもらいました。


Img558_20200418135301

5月30日 東京・新橋(有楽町) 回9090M
電車で追っかけ、鶯谷→日暮里→有楽町→品川→大船(南方(信))と撮影していきました。


Img567_20200418204001
(大船)南方(信)
最後、工場に送り込まれる前に、クモハ73351に名残を惜しんで、友人が自作した看板をつけさせてもらいました。いい時代でしたね。



Img343_20200418204801
12月10日 中原電車区
クハ16003+クモハ11270+クモハ40033+クハ16215+クモハ11244
年末になって、南武線浜川崎支線に使われていた最後の17m級国電の回送がありました。鶴見操車場職員輸送用の予備として残っていたクモハ40033も組込まれていました。


Img364_20200418204901
12月10日 日野 回1491デ
途中、豊田区のクモハ40073を拾っていくため、この日は立川経由豊田までの運転となりました。


Img404_20200418211001
12月12日 (大船)南方(信)
クハ16003+モハ11270+クモハ40073+クモハ40033+クハ16215+クモハ11244
午前中に野洲でサロ165の廃車回送を撮って新幹線でワープ、どうにかここでクモハ40 2両を挟んだ編成を捉えることができました。



Img424_20200418205101
12月16日 品川 回9451デ
クモル24020+クモル24051+クモル24002+クモニ13016+クモル24001+クル29001
(1)でご覧頂いたように101系の廃車によって新性能の配給車が各地の国鉄工場で製造されたことにより、旧性能の配給車の廃車が始まりました。




Img426_20200418205201
大崎→田町→品川→横浜→大船と追っかけました。
1980年の廃車回送撮影はこれで終了です。




そろそろ飽きてこられたかもしれませんが、もう1回このシリーズにお付き合いください。
ちょっと変わった試運転や、転配の様子を見て頂きたいと思います。(検査掛)




 

| | コメント (3)

2020年4月26日 (日)

637.初秋の樽見線 日帰りミニトリップ 1981/9/6

 現在、大垣~樽見間で営業を行っている樽見鉄道、前身は大垣~美濃神海間の国鉄樽見線でした。第三セクターに転換されたのは1984(昭和59)年106日、三陸鉄道に続く全国で2番目の特定地方交通線の第三セクター転換だったと記憶しています。大垣~美濃本巣間にはDE10のセメント貨物列車が運転されていましたが、当時はそれほど珍しい存在ではなく、沿線にこれといった観光地もなかったため、ほとんど注目されることのない地味な路線でした。当時から近くを走る名鉄谷汲線にはそれなりの頻度で足を運んでいましたが、樽見線をメインに撮影したことはなく、たまにはこっちを撮影してみてもいいかなくらいの感覚で訪れたものと思われます。

 

※撮影は1981(昭和56)年9月6日の樽見線・名鉄谷汲線(電車運転士)

 

12image1018196

 

22image1028196

 

 樽見線時代の終点の美濃神海です。夏草が伸び放題の凄い状況になっていてビックリな状況でした。こんな風景では終着駅の風情を感じる余韻などありません。この先、樽見まで延伸開業したのは樽見鉄道になってから約4年半後の1989(平成1)年325日のことでした。
【2枚とも 1981.9.6 美濃神海】

 

32image1038196

 

 美濃神海からの折り返し列車を見送って撮影を開始しました。駅構内だけではなく駅間の線路端も夏草で凄いことになっていました。この日はセメント貨物列車は撮影せずに、樽見線の中では比較的風景のよい美濃本巣以北で撮影を続けました。
【1981.9.6 谷汲口~美濃神海】

 

42image1058196

 

52image1088196

 

 撮影ポイントを探しながら沿線を歩いていたら根尾川の鉄橋を俯瞰できそうな場所が見えたので登ってみたところ、イメージどおりの長閑な風景が広がっていました。このあたりの雰囲気は今でもそんなに変わっていないように思います。当時の編成はキハ2648のペアが基本で、キハ26は急行色を維持していました。
【2枚とも 1981.9.6 谷汲口~美濃神海】

 

62image1098196

 

 カメラを左に振ると谷汲口の構内も見渡すことができました。今でこそ桜で超有名な駅ですが、当時も桜並木はあったはずなのに桜の季節の写真は撮っていません。これはちょっとした後悔です。
【1981.9.6 谷汲口】

 

82image1148196

 

 夕方近くの木知原です。ここも全体的な雰囲気は大きく変わっていませんが、線路右側の桜並木はまだ影も形もありません。この時から40年近く経った一昨年の秋、台風の強風により立派に成長した桜並木が無残な姿になってしまったのは残念でなりません。http://b1hanabusa.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-3fad.html#comments
【1981.9.6 木知原】

 

72image1138196

 

 せっかくなので、根尾川の対岸を走る谷汲線も撮影しました。モ7502両編成が夕方の斜光線を受け、いい感じに光ってくれました。
【1981.9.6 北野畑~赤石】

 

92image1158196

 

 この日最後の樽見線の撮影は凄まじいことになっていた夏草をメインにしたいと思い、根尾川沿いのトンネル飛び出しを狙ってみました。この状況は10日ほど前に訪れていた下津井電鉄を思い出してしまいました。日没間近だったため、線路端の夏草の輝き具合が弱くなってしまったのが心残りになりましたが、急行色のキハ26が先頭だったのが救いでした。
【1981.9.6 美濃本巣~木知原】

 

102image38196

 

 帰りは名鉄で帰ろうと思い、近くの赤石から谷汲線に乗車しました。普段はほとんど乗降客の姿が見られない赤石ですが、この日のこの列車に限っては親子連れが乗車しました。この頃のモ700750はまだ窓のアルミサッシ化が進んでいませんでした。
【1981.9.6 赤石】

 

 

| | コメント (3)

2020年4月25日 (土)

NS-31

  タイトル注:近鉄スナックカーの編成記号ではありません 
  
いや、しかし・・・JR九州の大英断をはじめ、各鉄道事業社はついに定期列車運行の調整に手をつけざるを得ない事態となりました。運休、減車、休日ダイヤ導入云々・・・。たしかに三密を持ち合わせていることもあって鉄道、航空等の公共機関の利用者は大幅に減少しましたが、それよりも自動車移動を大胆に抑制させる策を講じないことには、“不要不急の外出は控えましょう”と訴えかけても変化は望めません。GW期間のETC割引を適用除外しただけでは焼け石に水。その分、一般道を走られては元の木阿弥です。そして驚いたのは、他府県ナンバーの自動車を白い目で見たり嫌がらせをする輩がいるとか・・・もっとも、マイカーで越県してまで出かける方が悪いのですが、アホ丸出しだね、アンタも同じ目に遭わせたろか! 
 
さて、「自動車」というワードが出たところで今回はバスネタです。やや過去ネタですが名古屋市営バス90周年事業レトロカラーバスをどうぞ。 
 

U21

2月の某日、所用で名古屋市天白区内を運転していたら、なんだか見慣れない塗装の市バスが前方を走っているゾ。「もしや!?」と追いかけて近付いたら、やはりレトロカラーバスでした。 
  

U22

バスの行先は、その場所から割と近いところだったので追いかけ、追い越して終点に先回り。折り返すまでの間、じっくりと撮影出来ました。 
 


I11

折り返しのバスを、もう一度先回りして撮ってみようと某交差点で待ち構えました。バスの撮影は勝手がわからないし、個人宅やマイカーも存分に写り込んでしまうので、ブログへの画像アップに際して多少編集しましたことをお許し下さい。 
  
公式サイトにも掲載されていたとおり、レトロカラーバスの運用は営業所へ問い合わせをすれば知ることが出来たものの、それほど気にとめていなかったので偶然の出会いに喜び勇んでしまいました。おかげで所用は後回しになってしまったのは言うまでもなく。(出札掛)

| | コメント (3)

2020年4月23日 (木)

復活! 富山港線 

毎日のコロナ、コロナで聞く方も疲れます。昨日(4月21日)の報道では、緊急安全宣言が5月6日に解除されるのか、それとも延長されるのか、といったことが取り沙汰されていますが、・・・。まぁ現状から推して知るべしといったところでしょうか。

 

シリーズものも少々飽きてきた(誰が?)ので、ちょっと寄り道?して、2か月程前の話題になりますが、見出しの件に触れてみたいと思います。
皆さんご存知の通り、2006年4月29日から「富山ライトレール」という三セクだった旧JR富山港線が、北陸新幹線の開業により、南北の線路が繋がって、2020年2月22日に富山地方鉄道に吸収合併され、再び「富山港線」を名乗ることになったことに依ります。

私自身は、東京在住の頃、北陸はとても遠い、という感覚で、ほとんど行ったことがありませんでした。しかし、愛知県に住むようになってから、様々な理由から、多少は身近に感じられるようになりました。
一方、旧型国電を積極的に撮るようになって、戦前各地の私鉄を買収しただ電化線には、多くの旧型国電が走っているのを知りました。その中に、富山港線もあったのですが、73系、しかも青22号塗色の更新車ばかりということもあって、いま一つ触手が動きませんでした。そんな折、友人から唯一予備車として同線に所属する、クモハ40076が運用に入るので、行ってみないか、との誘いを受け、こんなことでもなければ、機会がないので、重い腰を上げたのが1980年のGW明けのことでした。

1980年5月18日
Img470
電鉄富山
モハ14715+クハ15
恐らく、夜行「のりくら」で富山入りしたと思います。富山港線に入る前に、富山地鉄の駅を覗きに行っています。少し前に、同社には名鉄から3800系14両が富山地鉄の譲渡されている、と聞いたために、見に行ったものと思います。
電動車の台車は見慣れないものでしたが、後になって日車製のNK35という台車に履き替えたものと知りました。前照灯がまだ1灯のままで、塗色も濃紺に白帯のこのスタイルを撮ったのは、この1枚きりです。😞


Img474_20200422115601
岩瀬浜 クモハ40076+クハ79934
この日は日曜日で、朝の4連はありませんでした。が、目的のクモハ40が編成の中間い入る心配もありませんでした。
 

Img473
岩瀬浜 
折り返して富山行が発車していきます。この頃はまだ、岩瀬浜でも貨物扱いをしていたようですが、日曜日でウヤだったのか、全く撮影していません。


Img480
岩瀬浜 クモハ73117+クハ79928
もう1本は言わずもがな73・79ペアです。


Img489
城川原
岩瀬浜で何本か取り、交換施設のある城川原に来ました。



Img488_20200422115701
城川原
この時点では富山港線はタブレット閉塞だったようで、珍しくこんな場面も撮っています。


Img522
城川原・越中中島
城川原から歩いてきたようです。クモハ40唯一のカラーです。
 
 

Img524_20200422115801

富山口・下奥井
73系のカラーもこのほかに1枚撮っただけです。
まだ昼くらいですが、別の目的があったので、富山を後にしています。


1985年3月13日


Img965_20200422115901
大広田
クモハ73043+クハ79922+クモハ73049+クハ79920
次に富山港線を訪れたのは、旧型国電のさよなら運転になってしまいました。既にクモハ40の姿はありませんでした。



Img977_20200422115901
岩瀬浜
今ほどファンが集まるわけもなく、静かにお別れしました。



2006年2月19日

Img549
城川原
クモハ475-43+モハ474-43+クハ455-18
3回目の訪問はJR末期でした。この時は電車運転士様にご案内頂きました。
旧型国電引退後は、金沢所の475(457)系が使用されていましたが、最後はリバイバル塗装の475系2本が、なかば専用で使われていました。
(ただ、クハ455には本来60Hz専用のラインは入ってなかったと思いますが・・・。)😖



Img546
岩瀬浜
青い海、青い空に交直色が映えます。
繋留されている舟は四半世紀前とはスッカリ変わっています。


Img554
富山口・下奥井
キハ120-348
電化されていた富山港線も2001年から朝夕のラッシュを除いて、キハ120の単行で運転されるほどのローカル線になっていました。
それが今は・・・!


この後、2か月を経て、富山港線はLRTが走る富山ライトレールに変身し、驚くべき近代路線へと変貌を遂げるのですが、残念ながら、私はまだその実態を見ていませんでした。ライトレール時代を知らないままになってしまいましたが、新たなステージ、「富山地方鉄道富山港線」として、さらに富山市民の足として活躍しているであろう同線を見に行きたいものです。(検査掛)


 

| | コメント (3)

2020年4月20日 (月)

1980年に見た いろいろな回送・試運転(2)

緊急事態宣言が全国に発せられてしまいました。自身の自宅待機もGW明けまで延長との連絡を受けました。
予想できたことですが、日々の罹患者の増加を見るにつけ、とてもその時点でも先が見えるとも思えません。正直、何の希望も持てません。

気を取り直して・・・。
続いて第2弾は廃車回送です。
(1)のコメントに駅長様から体系的にとのご指摘もあり、ここでは少し分けてみたいともいます。

廃車回送の1回目は新性能部門です。
まずは、大垣電車区の155、159系です。
当時はまだ大垣区の2扉のローカル運用に使用されていた153系は非冷房車もあり、また、155系、159系といった元修学旅行用車も多く編成に入っていました。この1980年に関西の新快速が117系への置換えが始まり、これにより宮原区→冷房付153系、165系→大垣区→155系、159系→廃車が始まりました。

 

Img154_20200413182301
1月16日 名古屋 回9548M
クモヤ22118+モハ159-1+モハ158-1+クハ159-2
80年初の回送は修学旅行色で残っていた159系3両でした。この日は追っかけを五条川、名古屋と2回でやめてしまっています。せっかくの編成、何故だったのだろう?


Img029
2月19日 下地・平井(信) 回9835M
クハ159-5+モハ155-8+モハ154-8+クモハ22118
クハ159は修学旅行色の塗り分けのまま、湘南色に塗られていました。
この頃の廃車車両の行先は日本車両でした。
 

 Img141
4月14日 豊川  回9835M
クハ155-11+モハ159-4+モハ158-4+サハ153-103+クモハ22118
159系の電動車ユニットはこれで形式消滅となりました。153系も非冷房のサハが廃車となるようになりました。
 

Img434
5月9日 名古屋 回9548M
クハ159-1+モハ155-1+モハ154-1+サハ159-1+クモヤ22118
編成を組む人が意図したのか偶然かはわかりませんが、各形式のトップナンバーで編成されていました。修学旅行色はサハ159-1の廃車で消滅しました。また159系もこの廃車回送をもって形式消滅となりました。(クハ159の内、-1のみクハ155同様153系に準じた塗り分けとなっていました。)

Img794_20200413182701
7月9日 豊川 (回9835M)
クモハ165-50+モハ164-509+クハ165-186+クハ155-2+クハ155-8+クハ155-6 (アンダーラインは伴車)
今回の回送はクハ155ばかり3両だったので、165系が伴車になりました。偶数向きのものばかりだったので、このような編成になりました。

Img291
12月3日 下地・平井(信) 回9835M
クハ165-133+モハ153-59+モハ152-59+サロ163-5+サロ163-6+クモヤ22118
年末になって「東海」用に配属されていたサロ163 2両も廃車回送されました。サロ163は153系の出力増強、非勾配用の163系という系列唯一の形式でした。
大垣区の廃車回送はこれで一区切りです。


他地区の新性能車の廃車回送も、
気になるものは見に行きました。


Img176
 11月4日 (大船)南方(信)
クモハ101-6+モハ100-6+クモヤ90013 (クモハ73505+クモハ73518)
中央線の201系化が始まり、余剰となる101系にも廃車が出るようになりました。

 

Img252_20200413183501
11月27日 (大船)南方(信)
クモハ157-1+モハ156-1+サロ165-50+サロ165-12+モハ156-2+クモハ157-2
「あまぎ」の183系後(1976年2月)もお召用伴車として田町区に残っていた157系の2ユニットがついに廃車になりました。最後のお召使用からはしばらくたっており、車体の傷みはかなりのものでした。



Img369
12月12日 野洲 回9421M
クモヤ22152+サロ165-69+サロ165-68+サロ165-67+サロ165-66+クモヤ22151
10月1日ダイヤ改正で宮原区持ちの急行「比叡」が大垣区の153(165)系モノクラス8連に変更となりました。余剰となったサロ165は野洲の電留線に疎開していましたが、この日にまとめて吹田に廃車回送されました。



この頃はこういった列車に傾注していて、宮原区のサロ165の廃車回送の日は、中原区の旧形国電の廃車回送と輻輳したのですが、どちらも捨てがたく、資材担当様とともに、この後米原から新幹線に飛び乗り、東京へワープしました。後日それもお目に掛けたいと思います。(検査掛)







 

| | コメント (2)

636.C56160の「SLわかさ」、残暑の若狭路を快走 1981/8/29・30

 1981(昭和56)年の825日~31日の間、小浜線でC56160による「SLわかさ」が運転されました。山陰・中国地方の撮り鉄行脚の余韻も冷めやらぬタイミングでしたが、非電化区間でしかも割と行きやすい場所ということで、衝動的に行ってしまいました。福井県置県100周年と小浜線開業60周年という2つの名目で、12系客車を牽引、敦賀~小浜間11往復の運転だったと記憶しています。さすがに全運転日に参戦というわけにはいかず、829日と30日の2日間の参戦になりました。C56160は前年の1980(昭和55)年11月、北海道鉄道100年記念運転で復活を果たし、小樽~札幌間で出張運転を行いました。「SLわかさ」は出張運転の第2弾となり、その後の出張運転の先駆け的存在となりました。

 

※撮影は1981(昭和56)年829日・30日の小浜線(電車運転士)

 

12image1081829

 

 小浜線はこれまで訪問したことがなく、撮影ポイントもよくわからなかったため、駅を発車してすぐのところなら煙も期待できるだろうということで、美浜駅近くの開けたポイントに陣取りました。残暑厳しい時季だったので、煙はこんなもんかという感覚でした。
【1981.8.29 気山~美浜】

 

22image10181829

 

 

32image10281829

 

 復路は爆煙を期待して、上り勾配のある山間区間に移動しました。本番までにはかなり時間があったので、それまでの間、DE10の貨物列車やキハ58系の列車を撮りながらその時を待ちました。当時は当たり前すぎる存在で、何気なく撮った写真ですが、今となってはシャッターを押しておいてよかったと思っています。
【2枚とも 美浜~東美浜】

 

42image10481829

 

 煙に大いに期待を持ちながら本番を迎えましたが、結果はご覧のとおりほぼスカ状態でした。夏の蒸機とはいえ、せめて往路くらいの煙があってほしかったと恨み節状態の結果となりました。この日は美浜駅近くの民宿で鉄道趣味仲間と合流し、翌日の運転に備えました。
【1981.8.29 美浜~東美浜】

 

52image10681830

 煙に裏切られた前日の敗者復活を成功したいとの思いから、美浜の発車なら煙の確率は高いと考え、翌30日の往路は2日酔いの重い身体を引きずりながら美浜の発車シーンでスタンバイしました。発車直後はまあまあの煙が上がっていましたが、シャッターの切り位置に来た頃には微妙な風の悪戯で煙が折れてしまいました。
【1981.8.30 美浜】

 

62image1881830

 往路撮影後は速攻で移動、復路で最も煙が期待できそうなポジションを確保できたので、残暑に耐えながらひたすら本番列車を待ちました。前走りのキハ58系の普通列車です。
【1981.8.30 美浜~東美浜】

 

72image10981830

 このポイントは逆光の悪条件でしたが、そこそこの煙を吐いてくれました。2日間で4回の撮影チャンスのうち、この時の煙が一番まともでした。残暑厳しい日でしたが、暑さを我慢した甲斐がありました。その後、C56160は各地で出張運転が行われ、自分もそのうちの何回かに参戦することになります。
【1981.8.30 美浜~東美浜】

 

 

| | コメント (3)

2020年4月18日 (土)

STAY HOME!

某報道を見ていて、本当に憤りを感じました。 
医療従事者や緊急事態宣言発出地域からの他府県ナンバー運送便のドライバーに対して、「コロナウイルスをまき散らすから外を出歩くな!」などと罵声を浴びせる輩がいるらしく、その大半が社会の現役を退いた「老害」とか。年配者であるのをいいことに、あたかも犯罪者の如く彼らを排除しようとする行為には怒りを覚えます。ウイルスに感染するかもしれない危険を感じながらも懸命に働いている彼らがどんな気持ちになるのかを考えたことがあるのだろうか?人生の先輩に対して余計なことは言いたくありませんが、アンタらだって彼らの恩恵を受けてきたことがあるはずなのに、そんなことはお構いナシですか?そんなに嫌うのなら自分が他所へ行ってしまいなさい!「老害」こそ外に出るんじゃねぇ!(暴言多謝) 
  
・・・ふぅ、だんだん腹が立ってくるので本題に移りましょう。 
 

83

「STAY HOME!」 感染予防に限らず、今後は災害対策の一環としても発せられそうです。さて上の写真は2012年9月30日(日)、台風接近中にもかかわらず半ば強引に出かけたときのものです。9863レで設定された新製EF210黄帯の甲種輸送はロクロク0番代が牽引する重単スタイル。旅客列車はすでに運転を見合わせているなか、目撃情報によると9863レは予定どおり運転されているようです。天候もそれほど荒れていないので出かけてみたところ、現地に着いたら徐々に雨、風とも強くなってきました。東海道を西進する9863レは東進する台風に立ち向かっていく格好となるので、途中駅での運転中止も予想されましたが、ここ稲沢までは予定どおりやって来ました。 
  

832

おそらく以降は見合わせとなったはずです。暴風雨にもめげずに傘をさしながら片手で撮影した渾身の(?)カットです。 
  

K1_20200418145501

夜中の大雪が止んで一面が白銀の世界となった早朝の木曽川に繰り出しました。路面は積雪でノーマルタイヤでは危険な状態だし、天候も不安定模様なので大人しく家に居ればいいものを、慎重にハンドルを握りしめて訪れたお立ち台は独り占め状態。ところがしばらくしたら同業者が数名集まって来ました。 
  

K3

狙いはこの列車でした。早朝から木曽川にやって来た目的は雪景色のほかに甲種もあったようです。しかしまったく記憶にありません。 
  

K2_20200418145601

雪煙を巻き上げながら走り過ぎる「新快速」、迫力があります。他の車両よりも着雪量が多かったので、前夜は米原停泊だったのでしょうか。 
 
以上、「家でじっとしていなさい」と言われてもおかしくないシチュエーションでの撮影記録でした。  
  

17_20200418145701

全国規模にまで拡大した緊急事態宣言を受けて、当初はそれほど影響を受けないと思っていたテツ的趣味も遂に新型コロナウイルスに脅かされる危険領域に入ってしまいました。まさか定期列車までもが間引かれてしまうほどの事態になろうとは誰が想像したでしょうか。安堵した社会が戻るまで、自宅内でできる趣味活動を続けつつ、どうか皆様、くれぐれも当事者にはならないようご自愛ください。来年の桜の開花が待ち遠しいです。(出札掛)

| | コメント (3)

2020年4月13日 (月)

1980年に見た いろいろな回送・試運転(1)

県の緊急事態宣言が発せられてしまい、4月30日までプチ失業となりました。このままレイオフにならなければいいのですが・・・😞


しばらくはステイホームしなければならないようなので、40年前、1980年に撮影したものを順次アップしていきたいと思います。

前回、甲種車両輸送をご覧頂きましたが、引き続き同年の自力で運転された回送列車や試運転を見て頂きたいと思います。1回目はメーカーで新製された車両や、地方の各工場で改造された車両の回送模様です。



Img149
1月10日 垂井・関ヶ原 回9106M
クモル145-5+クル144-5+クモル145-8+クル144-8
正月早々に101系を種車に広島(-5)、幡生(-8)工場で改造(名義)
された145系配給車が東上しました。予定臨スジの8106レを使ってきましたが、この時期、このスジの列車は名古屋近辺では撮れないので、ここまで来たのですが、ここでも露出はかなり厳しかったと思います。


Img151

Img152
1月11日 名古屋 回9103M
〈T'c・Tc〉〈T'c・Tc〉〈T'c・M'・M・M'・M・Tc〉
この頃はネガカラーだったのですが、褪色がひどく、向かってくる方は修正が厳しいのでモノクロにしましたのでご容赦ください。
日本車両で新製された高槻区(湘南色)、日根野区(関西線色)の113系2000番台10両の出場回送です。当時の日車の出場車は豊川→豊橋→掛川→豊橋という試運転をして、豊橋から自力回送するのがパターンでした。
先頭からクハが5両連続する珍しい編成で、仕事の日ですが、8103レのスジがちょうど休憩時間に当たっていたので、仕事場から撮影しました。



Img180
3月10日 柏原・近江長岡 回9106M
クモヤ143-21+クモル145-6+クル144-6
再び広島工場改造の145系配給車が、日立で新製されたクモヤ143と共に配属の品川区に回送されました。


Img265
3月24日 須磨・塩屋 試6772M
クモル145-4+クハ144-4+クモル145-3+クハ144-3
153系の新快速を撮るため関西を訪れましたが、この配給車の試運転に合わせて来たと思います。この2編成は鷹取工場改造です。



Img394
4月22日 近江長岡・醒ヶ井 回9103M
クハ116-10~+クハ116-9~
関西の新快速置換え用に117系が日車で新製され、従来通り8103レのスジで回送されました。この日はこれを撮るだけのためにここに来ました。



Img399
4月24日 名古屋 回9103M
クハ111-2046+モハ112-2069+モハ113-2069+クハ153-38+モハ152-27+モハ153-27+モハ152-91+モハ153-91+クハ153-523
関西に153系の新快速を撮影に行った1か月後、日車で新製された113系3両(網干区)の出場控車として宮原区の153系が使用されました。


Img745_20200411121401
7月4日 弁天島・新居町 試9971M


Img746
7月4日 新所原・二川 試9971M
クモヤ143-5~
老朽化置換え用に横須賀線用の113系が日車で製造されました。サロ111-1200番台4両、電動車ユニット(1500番台)2組が出場しました。同様な編成で7月17日にも出場しています。
この頃よく通った場所ですが、今は編成後部あたりがソーラー畑になり、線路脇も木が生えたり、雑草が高く撮影できなくなっています。



Img723
7月8日 浜松 試9972M
クハ116-12~+クハ116-11~
日車から2回目の117系が出場し、掛川までの試運転が行われました。




Img784
7月8日 浜松 試9971M
一瞬関西の駅かと見違えますが、折返してきた117系の試運転と大垣区に転属してきた新快速色のクハ153-76と顔を合わせました。

Img862
 8月21日 東急車輌
回送ではありませんが、新車ということで、帰省した折に覗いてきた当時の東急車輌の様子です。711系100番台の
出場が間近のようでした。入換用にDD11の姿も見えます。
 

Img865
2年後に開業を控えた東北上越新幹線用の200系車両も塗装仕立てでピカピカでした。
 

Img110
 10月18日 弁天島・新居町 回7111レ
当時はローカルの近代化が始められており、SLから置き換えられた動力車の車齢が新しいためか、従来の戦前戦後製の35系、43系といった編成そのまま客車に置換えるのが一般的でした。当時客車のメーカーといえば富士重工、新潟鉄工が主体で、富士重製の車両の西への回送は東海道線が使われていました。



以下(2)に続きます。(検査掛)

| | コメント (3)

2020年4月12日 (日)

10周年を迎えて

当「はなぶさ」ブログが開設されてからこの4月で10年を迎えました。ご覧頂いております皆様方には御礼、感謝を申し上げます。ただ、このような事態のなか手放しでは喜べません。一刻も早くコロナウイルスが撲滅されて自粛ムードから解放されることを誰もが望んでいることとは思いますが、未だに事の重大さを理解していない輩がいるのは残念でなりません。大規模の駅のシンボル付近でグループになって待ち合わせをしている若いアンタら、もっと危機感を持ってください! 
 
辛いことばかりつぶやくと益々辛くなるので、本題に移ります。ブログ開設10周年に因み、自身のライブラリーから10周年を記念した画像を10カット選定してみました。ちょうど自宅でテツ活動自粛中なので(→さて、真偽の程は??)作業がはかどります。  
  

853_20200412190201

◆山陽新幹線博多開通10周年 
ワイド周遊券を片手に九州内をテツ旅中、偶然にもこんな記念列車に出会えました(ウソ、実はしっかり旅程を組んでいました)。1985.3.10撮影 
 

864

◆国鉄岡多線(現、愛知環状鉄道)開業10周年 
国鉄最後の年度を迎え、岡多線運用の165系に記念HMが掲出されました。名古屋管理局としては珍しい出来事です。1986.4.27撮影 
 

888

◆名鉄瀬戸線栄町乗り入れ10周年 
10周年にちなみ10歳の子供たちを招待した団臨を記念列車に仕立てて、栄町駅に於いて発車式が催されました。1988.8.20撮影 
 

9410

◆樽見鉄道開業10周年 
国鉄樽見線を引き継いだ3セク樽見鉄道が10周年を迎え、TDEにHMが掲出されました。そういえば、こんな貨物列車が走っていたことも懐かしい思い出です。1994.10.2撮影 
  

9810

◆10揃い 
人気の的、名鉄510形を使用した「平成10年10月10日」記念列車が岐阜市内線で運転されました。ごく普通の臨時列車なので誰もが乗車できました。1998.10.10撮影 
 

20038

◆名鉄犬山線ー名市交鶴舞線相互乗り入れ10周年 
名市交鶴舞線上小田井延長開通による犬山線相直運転が開始されてから10周年を記念した団臨が新鵜沼ー内海間で運転されました。相直区間とは関係ない車両、運転区間ですが細かいことは気にしない。2003.8.17撮影 
 

201309

◆貨物鉄道博物館10周年 
三岐鉄道丹生川駅構内にある貨物鉄道博物館がオープン10周年を記念して三岐線の電車と電気機関車にHMが掲出されました。2013.9.22撮影 
 

20154

◆名鉄空港線開業10周年/中部国際空港開港10周年 
名鉄2000系第10編成には記念マーク、ラッピングが施され、数か月間定期列車として運行されました。今年は15周年で、2008F前面のみに記念マークが施されています。2015.4.23撮影 
 

201710

◆養老鉄道開業10周年 
近鉄養老線を引き継いだ養老鉄道が10周年を迎え、記念団臨の運行や定期列車への記念板掲出が行われました。2017.10.1撮影 
 

20191

◆豊橋鉄道ほっトラム誕生10周年 
豊鉄市内線に待望のLRVが登場して10年。車体に施されたリボンのラッピングはなかなか粋な発想です。まだ記憶に新しいことと思います。2019.1.5撮影

  

新型コロナウイルスや自粛ムードにめげそうですが、体力が続く限り記事の投稿を今後も継続したく思います。不安要素だらけの世の中ですが、皆様もどうかご自愛ください。(出札掛)


| | コメント (4)

635.桜鉄2020 3号車 【天竜浜名湖鉄道西エリアで桜めぐり】 2020/4/8

 桜の見頃に合わせたかのように先週は好天が続いたので、3密回避を前提に生活維持に必要な適度な運動を兼ねて天浜線の西エリアを訪れてきました。各駅の桜の咲き具合は先に訪問された検査掛様・出札掛様のご報告を参考にさせていただきました。ありがとうございました。平日なので、ラッシュ時間帯を避けた列車選択・マスク着用・マイ消毒液持参などの対策を行った上での徒歩鉄となりました。 

 

※撮影は48日の天竜浜名湖鉄道(電車運転士)

 

12_dsc28482048

 湘南色は事前確認どおりの運用に入っていたので、1回目は尾奈で迎え撃ちました。尾奈の桜はほぼ満開でした。自分的には湘南色は初撮影です。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

22_dsc28772048

 都田もいい感じの咲き具合でした。俯瞰できそうなミカン畑の斜面があったので、登ってみました。桜の密度が思ったよりも少なく、ちょっと消化不良でした。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

32_dsc28812048

 新所原から折り返しの湘南色は車両メインにこんな構図で撮ってみました。一般的にラッピング車両は???となることが多い中、このデザインは好感が持てます。この後は東エリアに行ってしまったので、夕方までお預けでした。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

42_dsc29012048

 都田の定番ポジションです。地元企業のCATALERラッピングが来てしまいましたが、側面は別として前面は他のラッピング車両に比べれば自分的にはギリギリ許容範囲です。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

52_dsc29142048

 順光側はホームから撮影してみました。オリジナルカラーが来ると安心できます。毎年目を楽しませてくれる都田の桜、来シースン以降も変わらぬ風景が見られることを期待したいです。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

62_dsc29272048

 都筑の桜も満開でした。イベント車両のTH9200が来ました。団体貸し切り運用がない時は一般運用に就いています。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

72_dsc29472048

 東都筑の桜は初めて撮ってみました。来たのはかけがわ茶ラッピングでしたが、前面はオレンジ1色なので正面がちの構図に限っては我慢できる範囲です。このシーンは降車客がいてほしかったです。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

82_dsc29542048

 天浜線には緑のトンネルっぽいポイントがいくつかあります。ちょっと桜を離れてこのシーンを狙ってみました。チャンスがあれば新緑萌えの季節に訪れてみたいです。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

92_dsc29672048

 スケジュールの都合上、東都筑か都筑のどちらかから次の下り列車に乗車する必要がありました。ホームのシチュエーションは都筑の方がよかったため、東都筑から都筑まで20分ほどかけて歩き、この列車撮影後にそのまま乗車しました。
【2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

102_dsc29992048

 

112_dsc30092048


122_dsc30532048

 夕暮れ時は尾奈を再訪しました。尾奈は桜に関しては全国レベルでも上位にランクされる駅だと思います。ここ最近、台風や強風の被害で壊滅的な状況になっている桜がある中、この風景がいつまでも続くことを祈りたいです。
【3枚とも 2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 

132_dsc30702048

 

142_dsc30902048

 ブルーモーメントの時間帯になって湘南色が西エリアに戻ってきました。この日自分が遭遇したラッピング車両は3種類(YAMAHACATALER・かけがわ茶)でした。これらの車両はなるべく乗車または乗車中の列車と行き違いになるように行動した結果、スローライフと三陸鉄道応援HMは撮れませんでしたが、オリジナルカラーの比率が高くなったのはよかったです。
【2枚とも 2020.4.8 天竜浜名湖鉄道】

 今回は天浜線に乗車する機会を得ましたが、以前に比べて乗客の減少は顕著で、乗客が自分1人だけという区間もありました。とくに通学定期の収入がなくなる学校休校は大きな痛手ではないかと思います。新型コロナウィルスの感染拡大が早く終息しなければ経営基盤・環境が厳しい中小民鉄や三セク鉄道は想定外の存続の危機を迎えることになるかもしれません。地域の重要な交通インフラを守るためにも各方面からの支援の必要性を感じました。

 

 

| | コメント (2)

634.桜鉄2020 2号車 【今シーズンの朝練まとめ】 2020/4/2

 今シーズンの桜、暖冬の影響で咲き始めが例年に比べて早く、見頃は3月で終わってしまうのかと思っていましたが、途中に寒の戻りがあり、見頃がかなり長持ちした感があります。そんな中、3密の条件が重なる満員電車を避けるため、自主的な時差出勤を行いましたが、時差出勤した分の時間は朝練に活用しました。通勤経路の途中での朝練では行くことのできるポイントが限定されてしまうため、目新しいシーンはありませんが、ご笑覧いただければ幸いです。

 

※撮影は42日・6日・9日の名鉄名古屋本線・愛知環状鉄道(電車運転士)

 

12_dsc22742042

 

22_dsc22842042

 宇頭の桜、昨シーズンは台風の塩害により、ほとんど花が咲かないという悲惨な状況でしたが、今シーズンは例年どおりの咲き方に戻っていたのでホッとしました。
【2枚とも 2020.4.2 名鉄名古屋本線】

 

32_dsc23002042

 宇頭は少し早めに撤収して岡崎公園前に転戦しました。たまたま38年前に撮ったほぼ同一アングルの写真を見る機会がありましたが、桜並木は影も形もなく、38年という月日の長さを改めて感じました。
【2020.4.2 名鉄名古屋本線】

 

42_dsc25972046

 毎年朝練を行っている岡崎公園は期待を裏切らない安定の咲きっぷりでした。ただ、ちょっと気になるのは桜の木の老朽化が進んでおり、どこかのタイミングで大規模な伐採が行われないか危惧されるところです。
【2020.4.6 名鉄名古屋本線】

 

52_dsc26082046

 例年、ここは桜まつりの屋台が並ぶエリアになるので、このポジションに立つことはできません。今シーズンは皆様がご承知のとおりの理由で屋台が中止になったために撮ることができたアングルです。
【2020.4.6 名鉄名古屋本線

 

62_dsc26142046

 対岸にも立派な桜並木がありますが、太陽を真後ろに背負う時間帯は桜の花にほとんど陽が当たりません。少しでも陽が当たっている花がバランスよく画面の中に入る立ち位置を探しましたが、自分的にはこれが精一杯でした。
【2020.4.6 名鉄名古屋本線】

 

72_dsc26212046

 少し時間に余裕があったので、近くを走る愛知環状鉄道にも足を運んでみました。少しずつ進んでいた青帯化もかなり進捗し、青帯の4両も日常の風景となりました。緑ベースのオリジナルデザインは残り5編成となってしまいました。
【2020.4.6 愛知環状鉄道】

 

82_dsc30952049

 2日から1週間後の岡崎公園、桜は何とか持ち応えていました。最近では見頃が1週間以上も続いたシーズンはそんなになかったと記憶しています。
【2020.4.9 名鉄名古屋本線】

 

102_dsc31212049

 6日とは写し込む桜の木を変えてみました。シャッターを押した時は気がつきませんでしたが、結果をよく見るとステンレスの車両は9500系でした。前面の顔はインパクトがありますが、側面は先頭部分の赤の面積が違う程度でほとんど3300系と変化がありません。
【2020.4.9 名鉄名古屋本線】

 

112_dsc31282049_20200412000401

 愛知環状鉄道の乙川橋梁の近くには菜の花が咲いていました。ここでの菜の花は初めての撮影です。高架区間が多く撮影ポイントが限られる愛環の中では季節感を出せる貴重なポイントでした。来シーズンも菜の花が咲くことを期待したいです。
【2020.4.9 愛知環状鉄道】

 以上が時差出勤を活用した今シーズンの朝練結果です。心配される新型コロナウィルス、緊急事態宣言が発令されて終息に向けての必死の努力が続けられていますが、なかなか感染拡大が止まりません。少しでも終息につながるいい兆しが見えてほしいものです。

 

 

| | コメント (1)

2020年4月10日 (金)

桜に誘われて 明治村へ

桜の便りを聞いて4月某日、家族サービスを兼ねて明治村に行って来ました。



Dsc_3411
まずはSL名古屋駅に。SLと桜が撮れる場所は少なく、名古屋進入が一番でしょうか。少し上り勾配となるので、煙も吐きます。


Dsc_3423
駅舎横の桜も満開でしたが、常に逆光となるので、空は白トビしてしまいます。


Dsc_3444
歩兵第六聯隊兵舎から京都七條を発車した名古屋行を狙います。今年は六聯前の桜と七條坂の桜が同時に満開で、華やかです。


Dsc_3505
京都七條を発車して品川燈台に向う市電を北里研究所前で、二丁目のレンガ通をバックに撮りました。左の桜がまだ三分咲きくらいで、少々残念。それにしても人が居ません。電車にも乗っていません。


Dsc_3510
品川燈台から戻ってきたところです。


Dsc_3513
村内には至る所にミツバツツジも咲いていました。


Dsc_3771
品川燈台行が京都七條に到着します。背後の桜は花と葉っぱが一緒に出ます。

Dsc_3748
今年は調整池横の桜と、七條坂の桜が一緒に咲いていました。午後になって多少人が出てきたような気がしますが、それでも例年より気にせず撮ることができました。

今日、愛知県の緊急事態宣言が出て、HPを見たら明日4月11日から再び営業休止のようです。明日から不要不急の外出自粛が要請されてしまいました。今年の桜も見納めとなるのでしょうか。(検査掛)





| | コメント (2)

2020年4月 7日 (火)

天浜線に桜を訪ねて ~西部編

来る日も来る日もコロナウイルス関連のニュースばかりで萎える日々、ついに緊急事態宣言が発令されました。わが地元東海地方は対象外とはいえ、あらためて気を引き締めて自己防衛に努めたく思います。  
  
桜満開を迎えた東海地方。たまには馴染みの桜ポイントから抜け出してみようと向かった先はというと、奇しくも検査掛様と同じ日に同じ鉄道線を訪れていました。初参戦の路線ですが、過去の電車運転士様の記事を参考にさせていただき、検査掛様は都田以東エリアで活動されたのに対し、自分は都田以西の4駅界隈で撮影しました(→活動区間がダブっていないことも偶然です)。これによって天浜線ほぼ全域にわたり桜模様をカバーできたことになりますね。
  

M1_20200407224001

朝の都田から撮影開始です。検査掛様の記事にもありますとおり、見応えのある時期はもう少し先のようです。 
  

M2_20200407224101

桜に合わせて車体塗装も重要アイテムのひとつです。知らないうちにラッピング車が増殖しましたが、この湘南色風は好感が持てます。 
  

M3_20200407224201

朝は上下列車とも30分間隔でやって来るので撮影コマ数は稼げますが、見栄えの良い桜にアングルを合わせると、どうしても似たような構図となってしまいます。検査掛様の記事を拝見して、この方角からの撮影は順光となる午後からも再訪するべきだったと反省です。 
  

K2_20200407224301

朝ラッシュ輸送が一段落したので、移動して気賀駅に立ち寄りました。駅構内には満開近い桜並木が出迎えてくれましたが、自由に立ち入れる場所がなく、やはりアングルは限られそうです。 
 

K1_20200407224401

午前が順光となるアングルは少し窮屈。カメラを上に向けて広角気味に撮ってみました。もう少し花のボリュームが欲しいところです。 
  

O1_20200407224401

期待していた尾奈駅は、なんだか様相がおかしいです。昨年の電車運転士様の画像と比べると、枝や花のボリュームが少ないように感じました。伐採されたのか、台風の影響なのか、なんだか物足りません。よりによってモロ逆光時に現れたのは掛川寄りの正面を黒く纏った「ヤマハPAS号」です。運用公開サイトで事前に把握はしていましたが、SLでもないのに黒いラッピングは撮影“パス”したかった・・・(おそまつさま)。  
  

O2_20200407224501

線路端の菜の花は衰退して、代わりに白い花(名前知りません)が幅を利かせていました。  
  

O4_20200407224601

「スローライフトレイン」こと1両1形式のTH3000形も来ました。このようなレトロ調の塗装、歓迎です。この頃、検査掛様は都田で“お仕事中”ではなかったでしょうか。  
  

O3_20200407224701

尾奈駅で最も見せ場となる駅南端からの桜アングルは咲き具合が悪く、断念しました。でもせっかくなので、限られたアングルで試行錯誤しながら上下6本粘りました。  
  

T
次は都筑駅です。ここの桜は「満開近し」でした。午前中に来ればよかったのにと後悔しましたが、逆光アングルにもかかわらず白基調の標準塗装車と桜の咲きっぷりに救われました。 
 
K11
再び気賀駅を訪れました。桜並木を午後の順光で撮るのが目的です。ただしこの場所、ポジション取りにはちょっと苦労します。 
 
K12
構内のミニ花畑にはチューリップが植えられ、桜と共に満喫できました。  
 
K13
構内の人道踏切から駅に停車中の新所原行にカメラを向けました。そこそこ利用者の姿を見かける駅ですが、自粛ムードの影響なのか乗降客は少なく、ついシャッターチャンスを逃しました。このカットを最後に天浜線を後にして帰路に就きました。  
知る人ぞ知る天浜線の桜ビューポイント。愛知、岐阜のメジャーな撮影地とは異なって三密は回避できましたが、満開まではあと一歩でした。来年以降も桜は咲くはず、またチャンスが訪れるさ! 
 
ところで検査掛様、お互いラッピング車の多さには泣かされましたね。(出札掛)

| | コメント (2)

2020年4月 6日 (月)

桜に誘われて天竜浜名湖鉄道へ

今日まさにTVで総理が「緊急事態宣言」を出すという予告をしました。限定的な都府県が対象ですが、コロナウィルス禍は日本でも100名以上の命を奪い、まだまだ先が見えない状態です。
そんな中、能天気な私は最後に手元に残った18きっぷの1日をどこで消費したものか、考えていました。今回18きっぷを購入する際には、これほどの状況になるとは思いもよらず、5日分をどう使うか計画をしたのですが、あちらこちらでイベントが中止になってしまい、正直手詰まりとなっていました。まぁ1日分くらい捨ててもいいか、と思っていたのですが、天気も良く、桜便りが流れる中、次第にウズウズしてきました。そしてついにガマンの限界を超え、4月5日決行に出ました。
行く先は一昨年、昨年と電車運転士様がアップされていた天竜浜名湖鉄道です。おおよそ桜のハズレはないだろうことと、同社のHPを見たところ、SLOWLIFE TRAINことTH3501と、エセ湘南色のTH2101の運転することが確認できたのが、決定打になりました。
密閉・密集・密接の三密には当たらないであろうこと、またマスク、除菌ティッシュ等十分な装備をして出掛けました。



JR利用なので、効率が悪いのは止むを得ません。TH3501、TH2101とも新所原は早い時間に上っていきますので、東海道線掛川経由を採りました。

 

Dsc_3516
219レで原谷に向います。掛川では10人ほど乗っていましたが、ほとんど西掛川で下車し、その後の乗客は数人程。密の「み」の字も感じられません。
途中の桜木で118レ湘南色のTH2101と交換です。予定通り運用に入っていて一安心です。


Dsc_3519
桜木から先、原谷まで、沿線には桜並木が続きます。アジア系の若い女性が、運転台横の特等席からスマホで動画を撮っていました。


Dsc_3522
原谷で下車。下りホームの桜は五分咲で、上の方はまだまだの感じです。


Dsc_3526
当日のメイン、TH3501は120レで来る予定だったので、鉄橋の東で待ちます。一昨年、電車運転士様が撮られた枝垂れ桜は、落花盛んという感じでした。TH3501は予定通り運用されていました。



Dsc_3533
西岸に移動してTH2101の折返しを待ちます。川沿いの桜はほぼ五分咲で、木の上方はまだまだの感じでした。



Dsc_3547
4本撮って都田に向います。乗る列車は原谷交換となり1本ムダになるので、原田まで歩きました。途中に桜がないかと思いましたが、見つからず、少し先まで行ったら幸い、まだ若いですが並木があり、桜越しに撮れました。しかし来たのはSUZUKIのラッピング車。😞




Dsc_3552
原田から乗った227レもラッピング車でしたが、天竜二俣で乗り換え。乗り換えたTH2104には三陸鉄道とのコラボした記念のマークが掲出されていました。(この運用も同社のHPに載っています。)


Dsc_3548-2_20200406205901


Dsc_3561
都田の桜は裏切られることなく見事に咲いていましたが、ここもまだ満開とは言い難い感じです。「駅Cafe Miyakoda」の店の方のお話ではなんとか週末に間にあった、という感じだそうです。
最初に来たのはまたまたYAMAHAのラッピング車。力が抜けます。😞




Dsc_3592
それでも沿線随一の桜の名所です。日曜日とあって、一般の方も見えましたが、外出自粛でか、それとも咲き具合か、少なめでした。
しかも、ほとんど100%鉄道不利用!

Dsc_3610
 東側の踏切からTH3501の戻り、132レを撮りました。この後、TH3501の折返しが天竜二俣止まりとなるため、掛川方へ戻りました。



Dsc_3631
天竜二俣駅横に保存されている遠江二俣区生え抜きのキハ20 443と、なぜかJR化直前に搬入されたナハネ20 347がお色直し中でした。以前、資材担当様が訪れられた時に保存状態を危ぶまれていましたが、どうにか保たれているようで良かったです。
これも特等席から撮影したものです。



Dsc_3646
行きにロケハンして目星をつけた上野部です。俯瞰できると上ってみましたが、桜並木は線路から離れているし、肝心なところにケーブルがざっくり入ってしまいます。手前に名残の梅が咲いていたので、TH3501の返しはここで狙いました。



Dsc_3658
手前に引けば多少ケーブルに目を瞑れます。

Dsc_3676-2
TH3501と天竜二俣交換でTH2101が掛川に向います。後追いですが、さっきより多少学習した構図です。



Dsc_3681
地上戦の方が落ち着くと思って、次の137レを約30分待ってみました。しかし戻ってきたのはYAMAHAラッピング車。運用追えば当たり前か。😞


Dsc_3688
最後、もう陽が山影に入る寸前、天竜二俣仕立ての240レに最後の望みを託すも、アチャーお茶ラッピング車が来ちゃいました。
現在天竜浜名湖鉄道が所有する車両は16両、そのうちラッピング車5両(湘南色のTH2101を除く)が当日運用に入り、結局標準塗装のTH2100形は乗った車両しか撮れませんでした。Ohナンテコッタい!日曜に重点的にラッピング車を運用しているのかもしれませんが、参りました。
まぁこの日の目的がTH3501とTH2101だったことを思えば、十分達成できたということにしましょう。



幸いなこと?にこの日乗った天浜線の列車、1本を除き、いずれも乗車はMAX10人以下でした。「密」にはほど遠い数です。
たしかにコロナ禍は恐ろしいですが、全国一律に不要不急の外出を控えろ、ということが当てはまるのか、考えさせられる日でもありました。一般に外出を押さえることで、多くの中小企業の倒産が懸念されています。ローカル私鉄も当然それに含まれるワケで、公共交通機関の名のもとに、今後どうなっていくのか?各学校の始業が遅れることで収入の一端を担う通学の部分が入ってこないことにもなります。そんなことも思いながら一日乗車券ですごした日でした。(検査掛)














 

| | コメント (2)

2020年4月 5日 (日)

633.桜鉄2020 1号車 【5シーズンぶりの三岐鉄道+凸】 2020/4/3

 新型コロナウィルスに関する最近のご時勢から221日を最後に本格的な鉄活動を自粛していましたが、マスク着用・消毒液の携帯・3密の回避といった感染症対策を実行し、43日、およそ1か月半ぶりに鉄活動を行うことができました。この時季旬の桜を求めて向かった先は三岐鉄道と関西本線のDD51、平日なので効率は悪いですが電車利用の徒歩鉄となりました。三岐鉄道の桜は自分でも意外でしたが、結構間が空いており、5シーズンぶりの訪問となりました。

 

※撮影は43日の三岐鉄道(三岐線・北勢線)・関西本線(電車運転士)

 

12_dsc23652043

 密閉・密集・密接状態となる朝ラッシュの電車を避けるため、早朝に自宅を出発して三岐鉄道入りしました。宇賀川周辺の桜は見頃を迎えていました。3712列車が鉄橋を渡って行きます。314日のダイヤ改正で貨物列車のダイヤが一部変更となっています。
【2020.4.3 三岐鉄道三岐線】

 

22_dsc23772043

 赤電は昨年のGW前のデビューだったため、桜とのコラボは初めてとなります。この日は保々1016分着の303列車で入庫という運用に入っていたので、徒歩鉄でも何とか撮影することができました。
【2020.4.3 三岐鉄道三岐線】

 

32_dsc23832043

 3711列車です。天気予報は終日晴れということでしたが、南方向には微妙に薄雲が広がり、残念ながら青空にはなりませんでした。この日は平日にもかかわらず同業者の姿が見られましたが、それぞれ思い思いのポジションで撮影しており、密接状態は避けることができました。
【2020.4.3 三岐鉄道三岐線】

 

42_dsc24082043

 黄電は終日運用に入っていました。とりあえず赤電と黄電の両方を桜と一緒に撮ることができてよかったです。ちょうどこのあたりが薄雲と青空の境目だったみたいで、北方向は青空が広がっていました。
【2020.4.3 三岐鉄道三岐線】

 

52_dsc24202043

 自分的には下流側の道路橋からの撮影は初めてでした。左側の桜をちょっと欲張りすぎたため、せっかくの501列車の貨車が桜に隠れてしまい、重単みたいな感じになってしまいました。立ち位置をもうちょっと右にすればよかったと反省です。
【2020.4.3 三岐鉄道三岐線】

 

62_dsc24352043

 昼過ぎの3713列車は上流側の道路橋から撮影しました。これまで宇賀川の桜は何回か通っていますが、微妙に早かったり遅かったりしたことが多く、やっとベストなタイミングに当たりました。
【2020.4.3 三岐鉄道三岐線】

 

72_dsc24482043

 撮影を始めてからずっと桜メインのサイド気味の構図ばかりになってしまっていたので、3714列車は機関車の正面がわかる構図としてみました。ここまで貨物列車の運休や貨車なしはなく、順調に運転されたので助かりました。とりあえず三岐線はここで切り上げ、北勢線に徒歩移動しました。
【2020.4.3 三岐線】

 

82_dsc24722043

 

92_dsc24792043

 宇賀川から徒歩だと45分程かかりましたが、北勢線の枝垂れ桜にたどり着くことができました。枝垂れ桜は咲き始めが早いため、タイミングが微妙に遅い感じでしたが、自分駅には許容範囲でした。なお、三重交通カラーは全般検査のため北大社の工場に入場中で、定期運用に復帰するのにはしばらく時間がかかりそうです。
【2020.4.3 三岐鉄道北勢線】

 

102_dsc25152043

 北勢線の次は8072列車に間に合うように関西本線に転戦しました。移動に乗車した北勢線の車両は全車が吊り掛け駆動車なので、久しぶりに吊り掛け駆動の音を堪能することができました。
【2020.4.3 関西本線】

 

112_dsc25472043

 ダイヤ改正後も8075列車のDD51DF200の異型式重連は継続されました。綺麗な斜光線を期待しましたが、薄雲の関係で光が弱くなってしまい、宿題を残してしまいました。
【2020.4.3 関西本線】

 

122_dsc2562

 2084列車の時間になっても薄雲は残ったままで、夕陽ギラリは撃沈でした。2084列車もDD51牽引で残ってくれたのはよかったです。
【2020.4.3 関西本線】

 

132_dsc25772043

 もう少し粘って2110番台の342Mまで撮影を続けました。0番台は2編成のみの少数派ですが、見た目5000番台と劇的な変化がないために注目度は低いものの、撮れるチャンスがある時には撮っておきたいと思います。この日はこれで撤収しましたが、今週の土曜・日曜も鉄活動は自粛です。各地の桜も見頃を迎えたのに加え、天気も晴れ予報で、桜鉄には絶好の条件が整っているのに例年のペースで撮影できないのは心が折れてしまいますが、現在の状況を踏まえると致し方ないです。早く日常が戻ってほしいです。
【2020.4.3 関西本線】

 

 

| | コメント (3)

2020年4月 4日 (土)

豊鉄市内線と桜 2020.4.4

皆様、お久しぶりです。

 コロナウイルス感染拡大防止のため外出を控えるように言われてますが、天気が良くて桜も満開に近づいているので気晴らしに豊鉄市内線の沿線の桜を撮影に行ってきました。【施設区長】

Dsc_6010c

 豊鉄市内線の沿線には桜が少なく、一番桜の木が多い神明公園は電車から桜の木が離れておりなかなか電車と絡めにくいので、井原~赤岩口間の企業の敷地に1本だけある桜の古木を狙ってみました。

 ただ、木が老木のせいか、花の付きがいまいち良くなくボリューム感のない写真となってしまいました。

Dsc_6058c

 少しでも桜の花を強調できたらとなんとか頑張ってみましたが、いかがでしょうか?【施設区長】

| | コメント (3)

« 2020年3月 | トップページ | 2020年5月 »