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2019年10月18日 (金)

わが国鉄時代 ー1979年9月ー

この度発生した台風19号により、70人を越える方がなくなられ、また、大勢の方が被災されました。亡くなられた方にはご冥福をお祈りするとともに、被災された方にはお見舞い申し上げます。まだまだ被害の全容がわからないままですが、被災された方には一日も早く元の生活に戻られることを祈念しております。

改めて「わが国鉄時代」を続けさせて頂きます。
仕事にも慣れてきたせいか、9月に入ると結構休みや非番等を利用して、撮影に出かけるようになりました。

 

【9月1日】

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弁天島・新居町
飯田線唯一のぶどう2号だった異端車クモハユニ64000が浜松工場に入場しました。出場時には、当然飯田線旧型国電標準のスカ色になるだろうことは想像に難くないので出かけました。(実際はぶどう2号のまま出てきました。)

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豊橋に戻ってきたら側線にこんな貨物列車が停まっていました。今だったら追いかけて行ったかもしれませんが、ここで1枚撮っただけでした。この頃、日車ではDE15の新製が盛んで、この機はDE15 2515で新庄機関区への輸送だったと思います。両頭式のハズですが、もう一方の頭はどうしたのでしょうか?

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大垣電車区
上の列車を追わなかったのは、当初からこれを撮りにい行くつもりだったようです。以前「エなる電車 絵にならない電車」でもご紹介した大垣区の救援車クエ9421(旧 宇部デハニ350)です。当地区に居住することになってからズゥ~と訪問の機会を狙っていました。
【9月5日】

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弁天島・新居町
40年前のことで、まだ103系を新製していました。日車の出場試運転です。豊川→豊橋→掛川→豊橋と本線試運転をして、その後所属に自力回送されるのがパターンでした。この車はナント山手線用でウグイス色でした。

この後、理由はよく覚えていませんが、12日~15日、東京へ帰省しています。


【9月14日】


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蛇窪(信)・御幸(信)
ダイヤ改正で東海道新貨物線(横浜羽沢経由)が開業するため、線見訓練なるものが行われており、品川区のクモニ13×2と大船区のクモハユ74×2が使われていました。これは品川から新鶴見への送り込みだったと思います。
まだ貨物専用線(品鶴線)だったのでこの駅名間ですが、今なら「西大井・武蔵小杉」となります。


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保土ヶ谷・戸塚
クモハユ74という形式は房総西線の電化時に新聞輸送用にモハ72から3両が改造されました。必要最小限の改造ということで、側面には元車を色濃く残しています。通常の営業時に「ハ」の部分に乗客を乗せたことはないと思います。



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 保土ヶ谷・戸塚
この日は御殿場線で使用していた73系の廃車回送が大船まで運転されました。前にも記したかもしれませんが、大船駅の構造上の問題で、一旦横浜まで上ります。


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南方(信)
横須賀線から大船工場への引き込み線です。
廃車編成が到着し、工場から控車が迎えに来ました。控車も数か月前に廃車回送されたクモハ73×2です。


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南方(信)
廃車編成の鎌倉寄りに控車を連結し、工場専用線に入っていきます。この時点では廃車編成もパンタを上げたまま自走しており、控車は不要と思われますが、工場内で最後に非電化部分にでも押し込むのでしょうか。

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大船・北鎌倉
廃車編成が去った後、間もなくして大船区の試運転(台検?)が通過していきます。

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大船
駅に戻る途中、線見訓練の折返しを撮影。当時、クモハユ74は既に当初の仕事をクモニ83に譲り、牽引車代用となっていました。すれ違う列車が少し写り込んでいますが、この頃は殆ど興味がなく、何やってたんだ!っていう気持ちになります。

【9月15日】

帰京したついでに新性能化が始まった横浜線の73系を撮っています。

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十日市場・長津田
ここはつい半年ほど前の4月1日に開業した十日市場駅にほど近い場所で、駅周辺にはあまり住宅はありませんでした。

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菊名
横浜線にもまだ新聞輸送用として、定期列車にクモニ13が連結され運用されていました。
 
【9月16日】
東京からは大垣夜行を利用して帰名したようです。

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船町・下地
恐らくこれが早朝の623Mに入ることを前もって知っていたから大垣夜行を使って豊橋で降りたものと思われます。かつて〇の子と言われたクモハ53007、運転台窓がHゴム化されているとはいえ、唯一張上げ屋根を残したスタイルは流電亡き後、飯田線の愁眉でした。

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豊橋・平井(信)
車(免許も)がないころでもあり、これを撮ろうとすると至難の業で、ついでに撮れました。
この日は午後から仕事で、早々に帰りました。


【9月22日】

この日は大垣区の浜松工場入場車の中に、教習車クヤ165-1が入っていることを事前に調べていたので、追っかけることにしました。
入場スジがどのようなものだったか忘れましたが、名鉄で追っかけ、4か所で撮影しました。

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尾張一宮
ナント、クヤのパンタも上がっています。
この後、栄生で1枚。

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熱田
雨の中、名鉄の神宮前のホームから。跨線橋が渋い!

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豊橋
今となればサロ165の青帯姿もレアですね。

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新豊橋
帰りがけの駄賃、というほどではないですが、駅に帰る途中に来た豊橋鉄道渥美線の旧東急の1730形をパチリ。
この頃熱心に豊鉄に通っていれば、いろいろ面白い編成や貨物列車も撮れたのに・・・。

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弁天島・新居町
浜松工場から大垣への出場試運転があったのでこちらに行きました。当時の東海道線の快速、ローカルにはまだまだ153系のほかに155系、159系が使われており、このように155系、159系主体の編成も頻繁に走っていました。(出場試運転は変色がひどく割愛します。)


長くなってしまいましたが、また機会を見てアップしていきたいと思います。(検査掛)

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コメント

当時はあたりまえのように走っていた「旧国」の数々。事業用車のバリエーションは検査掛様ならではの収穫の多さにいつもながら感動です。大垣のクヤが走っているシーンも初めて見ました。153系列やキハ8000も懐かしいですが、当時はあたりまえすぎてあまり真剣にカメラを向けなかったのが今になって悔やまれます。いずれも運転室のパノラミック窓はカッコいい(個人的感想)。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2019年10月20日 (日) 22時28分

昭和の鉄道の魅力満載ですね。鉄道のよき時代が思い出されました。自分も撮影しているものもいくつかありますが、取り逃がしたもののほうが多く、検査掛様のようにもっとアンテナを高くしてこまめに撮っておけばよかったと思っても今となってはどうしようもないです。クモハ53007は自分も何回がチャレンジしましたが、いつも中間に入っており、結局、先頭に出た姿を拝むことはできませんでした。これは今でもトラウマとして残っています。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2019年10月24日 (木) 20時11分

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