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2019年7月20日 (土)

1975年の箱根登山鉄道(高校鉄研仲間の撮影会)

昨日、箱根登山鉄道最後の吊掛車モハ103+モハ107が引退を迎えたそうです。
1か月前にお別れ撮影をアップさせてもらいましたが、それ以前にはいつ箱根登山鉄道を訪れたか、というと、ナント1975年の4月、今から44年前でした。

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まずは大平台の駅。線路の配線は基本的に現在と変わりありませんが、駅舎は現在のトイレあたりにあり、構内踏切で強羅方面のホームに渡るようになっていたようです。

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来るのはこの形ばかり(実際は3形式あるようなのですが、区別がつきません😞) 。この頃はすべての車両が両運転台で吊掛車でした。パンタグラフも普通に菱形のものでした。この日の記録は2連ばかりですが、閑散期の平日は単行でも運転されていました。

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左が今も現役のモハ108(モハ2型)、右が早い段階で廃車になったモハ115(モハ3型)。ホームが2両分しかありません。

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次は上大平台信号所です。写っているのは鉄研の仲間です。今はフェンスがあって構内に入ることすらできませんが、当時はこんな位置で撮っても何も言われませんでした。

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↑の柱の位置で撮ったものでしょう。

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塔ノ沢です。ここも湯本方面ホームに行くためには、今は跨線橋がありますが、当時は貧相な構内踏切でした。大平台側のトンネルは今も当時のままですが・・・。

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湯本側は現在、3両化に対応してトンネル開口部が複線化され、ホームも一部トンネル内まで延伸されています。

撮影会の割にはあまり枚数がありません。運転頻度も少なかったかもしれませんが、そう長い時間いなかったようです。

オマケで1978年に小田原で本命のついでに撮影したものを添付しておきます。

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この日の本命は、御殿場線用72系電車の小田原乗入れでした。たまたま来たのがモハ114の装飾電車。なにやら「90」の文字が見えますが、どうやらルーツとなる小田原馬車鉄道開業90周年記念ということのようでした。

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記念電車の折返しをトンネル上から撮っています。おそらく、デュアルゲージを意識したのでしょう。

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モハ101が来ました。信号柱に串刺しですが・・・。

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狙いはこっちだったようで、あとコンマ数秒待てばモハ101は架線柱から抜けたのに・・・。残念😞

今回、残念ながら吊掛車は引退ですが、それでも残るモハ1型、モハ2型の車体は1950年に載せ替えられたものであり、もっと撮りに行くべきだったかなと後悔しきりです。(検査掛)


  



 







 

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コメント

当時は線路の傍で堂々と撮影していても怒られず、良い時代でしたね。そして車両は旧型のハコばかりで、うらやましい限りです。そして、まさか単行運転も行われていたとは想像もつきません。それだけ利用者が少なかったのでしょうか。
このたび新車が増備されて103&107が役目を終えますが、まだリバイバル塗装車が残存しているので箱根・小田原方面へ機会があれば狙ってみたく思います。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2019年7月21日 (日) 00時18分

前照灯はシールドビーム化されておらずパンタも菱型のままで外観的にも好ましいですね。1000系(ベルニナ号)が登場する前でしょうか…。来る電車は今でいう旧型ばかりでよき時代だったことと思います。車両は少しずつ世代交代が行われていますが、沿線の雰囲気はそれほど変化していないので、喧騒を避けるため車両はにこだわらない再訪をしてみたいと思います。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2019年7月21日 (日) 12時05分

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