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2019年7月

2019年7月27日 (土)

600.1981年夏 山陰・中国地方撮り鉄行脚 2号車 【風光明媚な海岸めぐり】 1981/8/20

 この作文を書いている今、台風6号が東海地方を通過中ですが、進路にあたるエリアで被害がないことを願うばかりです。おかげさまで、「はなぶさ」へのアップが通算600回を数えることができました。本来なら600回記念的な内容で進めるところかもしれませんが、とくに思い当たるネタもないので、通常モードを継続したいと思います。2日目は浜田以西の山陰本線の風光明媚な海岸をいくつか回ることにしました。真っ青な夏の日本海を期待しての撮り鉄でしたが、幸いにも天候に恵まれ、ほぼイメージどおりの写真を撮ることができました。

 

※撮影は1981(昭和56)年820日の山陰本線(電車運転士)

 

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 早朝、浜田STHをチェックアウトして最初に向かった先は三保三隅~岡見間の海岸です。山陰本線の中でも屈指の美しさを誇る海岸風景ということで、最優先で訪れたいポイントのひとつに挙げていました。ちょうどおあつらえ向きの高台があり、下りの客車列車からスタートしました。山陰本線といえば旧客天国のイメージがありましたが、この頃になると一部の列車には50系客車が進出しており、そろそろ旧客の行く末に暗雲が立ち込めるようになってきました。
【1981.8.20 三保三隅~岡見】

 

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 高台上のポジションを少しずつ変えながら撮影を続けました。この区間は山口線経由の「おき」も走行するため、キハ181系の特急に関しては割と効率よく撮影できました。
【1981.8.20 三保三隅~岡見】

 

 

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 高台での撮影を切り上げ、波打ち際にも降りてみました。ここは変わった形の岩が点在しており、それを構図の中に取り込んでみました。旅客列車の合間に時折姿を見せる貨物列車は退屈しのぎにはもってこいの存在でした。先ほどの高台を含む風光明媚なこの海岸ですが、後に火力発電所が建設されてしまった関係で、海岸自体が消滅してしまい、撮影ポイントとしても過去のものになってしまいました。線路も山側にトンネルを掘って付け替えが行われ、この当時の面影を偲ぶこともできません。
【1981.8.20 三保三隅~岡見】

 

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 昼からは岡見の鎌手側で撮影しようと思い、徒歩で移動しました。その途中に「おき」が来たので慌ててカメラを取り出し、シャッターを押しました。
【1981.8.20 岡見~鎌手】

 

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 その後、日本海の荒波が打ち寄せる青浦エリアの岩場に陣取り、しばらく撮影を続けました。この時は鉄橋が見える岩場ではなく別の岩場だったようです。ここでは写真の181系の「おき」・キハ40系のローカル列車のほか、キハ82系の博多「まつかぜ」なども撮影していました。
【1981.8.20 岡見~鎌手】

 

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 夕方、もう1か所行きたいポイントがあったので、青浦の岩場を撤収して鎌手に向かいました。途中によさげな砂浜があったので、立ち寄ってみました。コバルトブルーの海の色が印象的でした。
【1981.8.20 岡見~鎌手】

 

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 ここにもいい感じで撮れそうな高台があったので、貨物列車を待ちました。よく見ると重連でしたが、列車の見える範囲がく、結果論ですが、もう少しポイントを考えればよかったとちょっとだけ後悔が頭の中をよぎりました。
【1981.8.20 岡見~鎌手】

 

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 この日の最後の目的地としていたのはあまりにも有名な惣郷川のコンクリート橋でした。当時は俯瞰ポイントの存在など知る由もなく線路端での撮影となりました。夕陽を浴びたタラコ色のローカル列車が橋を渡って行きました。
【1981.8.20 須佐~宇田郷】

 

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 日没近くになった頃を見計らってシルエットも撮っていました。ただ、ポジション選択を誤り、中途半端な構図になってしまいました。もう少し線路から離れたポジションを探せばよかったと思ったものの後の祭りでした。
【1981.8.20 須佐~宇田郷】

 

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 撮影を終え、国道を歩いている途中、宇田郷を発車する貨物列車の姿が見えたので、露出が厳しいのはわかっていましたが、夕暮れ感につられてとりあえずシャッターを押しました。画像処理で何とかここまで持ってきましたが、自分の技術ではこれが限界でした。
【1981.8.20 須佐~宇田郷】

 

●次の目的地 三江線

●移動行程 宇田郷→下関→「さんべ6号」→江津→三江線 

 

 

 

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台風6号接近中

    「人生、たまには良いこともあるさ」 ・・・体が震えた瞬間  ↓
  

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早朝4時半。大雨のため静岡で抑止されていた下り「サンライズ」は、約2時間半遅れで愛知県三河地方を西進中。
 
「今ならお立ち台まで間に合うかも」、しかし外は二の足を踏みそうな空模様です。
 
ターゲットが現れる頃には、少しは露出も上がるだろうと一か八かでスクランブル発進!
 
そして、台風接近中の荒天だというのに、なんと奇跡が起きました。
 
通過数分前、天と地との“すき間”から朝陽が射しこみ、そこへほどなくして飛び込んできた「サンライズ」遅5031M。
 
まさに“サンライズ×サンライズ”、目の前で文字どおりに展開されたシーンに感動です。

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目撃情報によると、SRC佐川貨物51レはサンライズを追従するように東海道を西進中。
 
それならばと、サンライズから待つこと7分、淡い光線を浴びながらSRCが登場~。
  
5781
SRCが通過した時刻は本来なら5781レが来る時間。
 
おや、この状況ではやはり時変か?そしたら約10分後に現れました。
  
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福山通運53レも、まだ愛知県内を走行中との目撃情報。ヨシ、これも撮れるゾ。
 
その場所と時間から推測すると普電3301Fの続行で来る可能性。結果、的中でした。
 
26日夜、東海道線は雨量規制により静岡ー浜松で22時過ぎから4時間近く運転見合わせとなりました。影響を受けた利用者の方々には申し訳ないですが、こんなときはテツの血が騒ぎ始めます。遅れて来ることを見越して撮影対象に選んだのはサンライズ、SRC佐川急便、福山通運53レの3本。何れもインスタ映えする列車ですが、地元では夜が明けぬうちに通過するため、なかなかお目にかかれません。そんなわけで異常事態を承知のうえで出かけた次第です。
台風接近中だというのに、もの好きな同業者はこの場所では誰一人と見かけませんでした。しかし撮影時は雨にも祟られずに済んだのは幸いでした。(荒れた天気の日はおとなしくしていましょう・出札掛)

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2019年7月24日 (水)

大雨の功罪? 悲喜交々の一日

一昨日7月22日夜、静岡地区は大雨で東海道線が抑止されました。
23日は休みで久々の太陽の下で撮影ができると準備していたのですが、行先の変更(日車入場の小田急30000系甲種輸送を撮って大井川鐵道へ→?)をやむなくされました。
抑止された時刻からすると、相当数の夜行が各所で止められているはずでしたが、23日朝PCを開けてみると未明に解除されたとのことで、順次運転が再開されている様子でした。チェックした時刻にはすでに下りのSRCは浜松を通過しており、恐らく爆走していることが想定され、捕獲は厳しい、ではサンライズは?というと浜松で運転を打ち切った様子。上りは遅れてもそのまま東上すると思われたので、下りは回送で西へ送られるだろうことは予想できました。他にもEF66 27牽引の2059レ、福山エキスプレスも数時間の遅れで走り出したようなのでとりあえず西に向かってみました。

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55レに間に合うように揖斐川築堤に向いましたが、駐車した途端、列車が見えたのでやむなく車から撮影。
2059レは当然この列車より後のハズですが、ここにいた同業者はこれを撮影した後、全員撤収したので、行っちゃったのかナ~と諦め移動。(影響のないと思われた赤ホキ臨貨も定刻には来ず)😞

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携帯で某サイトが見れなくなってしまったので、東海道下りの遅延列車を撮るのを諦め、せっかく西に来たので恐らく影響のない北陸貨物でも撮影していこうと思い、時間潰しにここに寄ってみました。上りのコンテナを2本ばかり撮って、14時には移動しなければ、と思っていた頃、踏切が鳴って下り列車接近の表示。ダイヤにないので遅延貨物か?と思っていたら「パォ~ン」という聞きなれないタイフォンが鳴って現れたのはサンライズ!慌ててカメラを持って車を飛び出しどうにかゲット。14両という長さに救われました。直前まで雲を被っていた伊吹山も山容を現してくれて好条件で撮れました。(後追いですが・・・)😃

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一旦4076レを北陸線内で撮って3095レを迎え撃つべく彦根に行き撮った後、欲をかいて追っかけて北陸線に向いました。この頃この後方をEF66 27の2059レが12時間以上の遅れをもって走っているとも知らずに・・・😞😞😞

悲喜交々の一日でした。(検査掛)








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2019年7月22日 (月)

木曽川での朝活

 学校は夏休みシーズンに入ったにもかかわらずなかなか明けない今年の梅雨ですが、一年で最も日の長いこの時期をぼーっと過ごすわけにはいきません。先月は久しぶりに木曽川を訪れ早朝のカモレを捕獲いたしました。
 先ずは上下のフクツー便を狙いました。現地は5時前、露出が厳しいのですが現像で何とか見られるようになりました。

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Df140054
   (上) 55レ  EF66116吹     2019.6.14
   (下) 54レ  EF66125吹     2019.6.14 

 先に下りがやってきて、じきに上りも来ます。コキ21Bなので気持ち短い分、なんとか編成を収めることができました。
 5時になると日が射せば下のような感じで綺麗に陽が当たるようになりました。


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    1053レ EF210-112新     2019.6.14

 少し待たねばなりませんがEF510もやって来ます。

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    4084レ EF510-505富山     2019.6.18

 急いで場所を移動して下り列車を狙いますが間に合わないこともあり、その時は運が無かったものと諦めるしかありません。

Df185781
    5781レ EF641046愛+ホキ22B     2019.6.18


 天気は良くなかったのですがこの時しかないと思いロングレールチキも撮りに出かけました。コキより車長が短いため同じ21Bでも横がちの構図が可能でした。
 

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    8090レ EF66110吹     2019.6.17

 せっかく出掛けたので赤茶色のコンテナが目立つこの列車迄ねばりました。

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    1094レ EF210-11岡     2019.6.17

 連続の早起きは体にこたえます。平日はこの列車が限界、このあとは急いで帰宅しました。(資材担当)
 ※字句に修正を加えました。


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2019年7月21日 (日)

599.1981年夏 山陰・中国地方撮り鉄行脚 1号車 【出雲平野の築地松と一畑電鉄】 1981/8/19

 この半年以上、しばらく過去ネタが途絶えておりましたので、久々にUPしてみたいと思います。1981(昭和56)年の夏は約1週間の日程で、これまで足を踏み入れたことがなかった山陰本線沿線と中国地方のローカル線を中心に撮り鉄行脚をしていました。この時の撮り鉄行脚は初訪問だった一畑電鉄からスタートしています。

 

※撮影は1981(昭和56)年819日の一畑電鉄(電車運転士)

 

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 山陰ワイド周遊券を携え、京都から「山陰」の乗客となり、終点の出雲市まで乗り通しました。948分の出雲市到着後、一畑電鉄に乗り換え、とりあえず川跡に向かいました。待っていたのはデハ1型のデハ6、北松江線の電化開業に際して1927(昭和2)年に新造された生え抜き車両で、訪問当時はワンマン化改造を受けた後で僚友のデハ3とともに大社線専用となっていました。
【1981.8.19 川跡】

 

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 タイトルにある築地松とは松を大きな壁のように整然と刈り込んだ防風林で、出雲平野の独特な散居村景観を作り出しています。この時は築地松と電車の組み合わせを目的のひとつにしており、大社線沿線には比較的多くの築地松が点在しているとのことだったので、足を運んでみました。現実は築地松はあるにはあるものの、ベストな位置にあるものを見つけることができず、電車との組み合わせとなるとなかなか手強い相手でした。電車の背景になっている長方形の防風林が築地松で、線路を挟んだ左奥にもその姿を見ることができます。
【1981.8.19 川跡~高浜】

 

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 俯瞰なら築地松の散居村風景がわかりやすいのではないかと思い、チャレンジしてみましたが、登ったポイントがよくなかったこともあって、イメージとは程遠い感じになってしまいました。
【1981.8.19 高浜~遙堪】

 

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 大社線は適当なところで見切りをつけ、北松江線に移動しました。車中からロケハンをしたところ、布崎あたりの田園風景がよさそうな感じでした。築地松があるのに加えて宍道湖に近いこともあって水郷的な雰囲気も漂っており、出雲平野らしい写真が撮れたと思っています。なお、出雲平野の風物詩となっている築地松ですが、維持管理に手間がかかるのと害虫などによって松そのものが刈れてしまったりして年々その数を減らしているとのことです。様々な保存活動も行われているみたいですが、現状はかなり厳しいようです。
【1981.8.19 園~布崎】

 

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 宍道湖沿いの区間は北松江線の定番シーンです。ポイントに立ったのが夕方になってしまったため、すでに線路部分は影になってしまっており、電車の存在感が薄れてしまいました。
【1981.8.19 秋鹿町~津ノ森】

 

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 日も暮れて走行写真は厳しくなったため、駅撮りをしようと思い、秋鹿町に立ち寄りました。木造の古びた駅舎・ホーム上屋などがいい味を醸し出しており、昭和30年代の臭いがプンプンしていました。ちょうど松江温泉方面からの用務客が降り立ち、雰囲気を盛り上げてくれました。写っているデハ63は元を正せば1941(昭和16)年製の元西武鉄道モハ200型で、一畑電鉄に転入の際に2ドア化とセミクロスシート化改造を受けています。
【1981.8.19 秋鹿町

 今回の訪問はスタートが遅かったこともあって、ヌシ的存在のデハニ5253、川跡の3並びなどの一畑名物を撮ることは叶わず、消化不良な結果に終わってしまい、その後の再訪を誓いつつ後ろ髪を引かれる思いで一畑電鉄を後にしました。

●次の目的地 山陰本線 浜田~益田 方面
●移動行程 一畑電鉄→山陰本線→浜田STH

 

 

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2019年7月20日 (土)

1975年の箱根登山鉄道(高校鉄研仲間の撮影会)

昨日、箱根登山鉄道最後の吊掛車モハ103+モハ107が引退を迎えたそうです。
1か月前にお別れ撮影をアップさせてもらいましたが、それ以前にはいつ箱根登山鉄道を訪れたか、というと、ナント1975年の4月、今から44年前でした。

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まずは大平台の駅。線路の配線は基本的に現在と変わりありませんが、駅舎は現在のトイレあたりにあり、構内踏切で強羅方面のホームに渡るようになっていたようです。

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来るのはこの形ばかり(実際は3形式あるようなのですが、区別がつきません😞) 。この頃はすべての車両が両運転台で吊掛車でした。パンタグラフも普通に菱形のものでした。この日の記録は2連ばかりですが、閑散期の平日は単行でも運転されていました。

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左が今も現役のモハ108(モハ2型)、右が早い段階で廃車になったモハ115(モハ3型)。ホームが2両分しかありません。

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次は上大平台信号所です。写っているのは鉄研の仲間です。今はフェンスがあって構内に入ることすらできませんが、当時はこんな位置で撮っても何も言われませんでした。

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↑の柱の位置で撮ったものでしょう。

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塔ノ沢です。ここも湯本方面ホームに行くためには、今は跨線橋がありますが、当時は貧相な構内踏切でした。大平台側のトンネルは今も当時のままですが・・・。

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湯本側は現在、3両化に対応してトンネル開口部が複線化され、ホームも一部トンネル内まで延伸されています。

撮影会の割にはあまり枚数がありません。運転頻度も少なかったかもしれませんが、そう長い時間いなかったようです。

オマケで1978年に小田原で本命のついでに撮影したものを添付しておきます。

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この日の本命は、御殿場線用72系電車の小田原乗入れでした。たまたま来たのがモハ114の装飾電車。なにやら「90」の文字が見えますが、どうやらルーツとなる小田原馬車鉄道開業90周年記念ということのようでした。

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記念電車の折返しをトンネル上から撮っています。おそらく、デュアルゲージを意識したのでしょう。

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モハ101が来ました。信号柱に串刺しですが・・・。

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狙いはこっちだったようで、あとコンマ数秒待てばモハ101は架線柱から抜けたのに・・・。残念😞

今回、残念ながら吊掛車は引退ですが、それでも残るモハ1型、モハ2型の車体は1950年に載せ替えられたものであり、もっと撮りに行くべきだったかなと後悔しきりです。(検査掛)


  



 







 

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曇天朝練

夏季早朝しか走行シーンを撮れない季節限定の列車を狙うため、がんばって早起きをすると、外はド~ンヨリ。さて、どうしましょ?考えてみると、どうしても“今”撮らなければいけない被写体というわけでもなく、わざわざ曇りの日に行く必要もなく、また次の機会もありそうだし、初めて目にする相手でもないし、でも・・・目が覚めてしまったから、しょーがねーなぁ。
 

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名鉄犬山線上り9008レは運転頻度が少ないので、撮影チャンスが巡ってきたらできるだけ記録しておきたいという思いが優先して曇り空にもかかわらず出かけてしまいました。目的地は、布袋駅付近の上り高架線と下り線が分離するあたりです。勾配を駆け下りてくる上り列車を後部までキレイに抜けて、編成にも勾配の角度が緩く付いてアクセントをつけてくれるベストポジションですが(位置によって脚立必須)、やがて下り線の高架化工事が完了するとこのような見通しも効かなくなるかもしれず、今のうちに撮っておこうと当地を選びました。ただし晴れると逆光気味となる角度でもあるので曇天歓迎ポイントです。しかしさすがに曇り空の早朝は露出が足りませんね、雨が降らないだけマシですが。そこで、とある方から譲り受けたF1.8単玉レンズを装着して挑むことに(IN市のT様、重宝しています)。
 
上の2カットは何れも同じ曜日で同じ時間帯、似たような空模様なのに、チキ工臨ではホキ工臨よりも倍近くの同業者を目にしました。あまり目にできない列車だけに注目を集めたのでしょうか。
 
長く梅雨空が続きます。昨年のような酷暑と比べたらラクなほうですが、そろそろ青空が恋しくなりました。いいかげんに“晴天朝練”したいですね。(出札掛)

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2019年7月18日 (木)

人知れず日本車両に入場したJR東日本の35系気動車

昨日の例会は10人出席で盛り上がりました。そんな中、国鉄OBの方から、気動車の編成にまつわる話が出て、さらに機関換装の話になりました。実は1991年度、JR東日本の気動車のうち、35系が機関換装のため、遠路東海道を下ってきて、日本車両に入場していました。あまり知られていないようなので、ここいらで発表しておきたいと思います。

 

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1991年7月2日  DE10 1525+キハ30 39+キハ35 528+キハ30 97
私が最初に気が付いたのはこの日でした。当時JR東日本で35系DCを使っていたのは、八高線と久留里線だけになっており、この日は八高線用高崎区の3両でした。基本は首都圏色と言われる塗色でしたが、相模線からの転入車は同線専用色のままでした。

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1991年7月30日  DE10 1573+キハ30 22+キハ30 21
約1か月後、今度は久留里線用の木更津区の2両の入場がありました。この塗色はアクアラインをイメージした、とのことですが・・・。
木更津区の入場はこの後10月1日(キハ30 40+キハ30 31)にもありました。

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1991年9月10日 DE10 1523+キハ30 78+キハ35 159+キハ30 30
八高線用は3両ずつ入場しました。この日も最後尾を務めるのは旧相模線塗色のキハ30でした。留置線から3番線に転線します。豊橋はこの時はまだ旧駅舎で、跨線橋も年代ものでした。

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1991年9月10日
本線走行らしいところで撮ろうとしたものでしょう。

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1991年11月11日 DE10 1520+ヨ+キハ30 40+キハ30 31
なかなか出場が撮れませんでしたが、この日ようやく撮ることができました。この2両は10月1日に入場した車両で、約40日で出場してきました。

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1991年11月11日 EF65 22+キハ30 40+キハ30 31
この日は珍しく、EL牽引を撮りに浜松以東に行っています。今年6月1日、東京メトロ2000系を撮った場所ですが、30年近く変わらずに撮れるのが嬉しいですね。

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1991年12月13日 DE10 1573+ヨ+ヨ+キハ35 520+キハ30 66+キハ35 108
高崎区の出場も撮ることができました。11月の時もそうでしたが、ヨは単に西浜松までの回送のようです。

19911213
1991年12月13日 DE10 1522+シム+シム+シム+キハ30 79+キハ35 527+キハ35 530
今までは気動車の単独入場でしたが、他の日車への入場車両も併結されてきました。シム100は新幹線車両の控車でしたが、もう見ることはないのでしょうね。

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1992年2月7日 DE10 1547+タム+タキ+ヨ+ヨ+キハ30 77+キハ30 99+キハ35 530
遂にはケミカルタンカーまで併結されてきました。廃車でしょうか?

私の撮影はこの2月7日で切れています。
実際何両の35系DCが日車に入場したかはわかりません。P誌によると35系の機関換装は45両に及びます。ただ、実施は「大宮」となっています。

一方、1991年と言えばまともな?事務職だったハズ。このような回送は恐らく平日でしょうからどのように時間を作ったのか、我ながらナゾです😵



 

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2019年7月16日 (火)

ココログの不調について

 出札掛さんによれば、相変わらずココログが不調らしい。それを見て、こちらもこの記事をあげようと思ったが、相変わらず、パソコンから写真を上げることができなかった。一方、スマホからは記事を書けるのだから、パソコンの相性やブラウザの問題などもありそうだが、いずれにしろ、改悪まえには問題なく使えたのだから、対応できるはずだ。

 ここで問題なのは、ココログを無料サービスとしてではなく、有料サービスとして、月に950円を支払っていることである。これは、複数人で記事を書こうとすると、有料設定にしないといけないためだが、有料なら、尚更、使いやすく、と、言うより、支障なく使えるようにすることは、当然であろう。苦情も相変わらずあがっているようだが、それに対応しないのは、不思議と言う他はない。クレームを出しても無しのツブテである。

 このような状況が続くなら、150万アクセスを機会に、残念だがブログの移設か閉鎖を検討しないといけないかもしれない。

 

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2019年7月15日 (月)

カシオペア/バラ/アルピコ など

7月14日なんて、暦的にはまさしく梅雨最盛期。よって悪天候となることは元々覚悟ができていたので、大雨でも降らない限りは足を運ぼうと決めていました。雨対策グッズを準備して、同行希望されていた電車運転士様を迎えに行って、いざ向かった先は篠ノ井線。ターゲットはもちろん・・・。
 

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現地には朝4時前に到着し、明るくなってロケハン開始。定番ポイントには先客が既に集結していますが、思いのほか出足は鈍そうです。数カ所確認して落ち着いた場所は、電車運転士様ご教示のポイントです。ではさっそくリハーサルしましょう。きょうは日曜日なので来れば儲けもの、と早朝2本の貨物列車に淡い期待を寄せます。小雨に煙る中、まず2085レがやって来ました。
 

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続いて5463レを待ちました。時間になり、踏切の警報機が鳴り出したのでラッキー! えっ、「・・・なんだ、これ」?そこにやって来たのはEF64の重単です。某趣味サイトによると、どうやら金曜日の夜に稲沢を発った8081レの機関車です。休日が続く都合上、篠ノ井区へ停留させるための疎開回送なのでしょうか。それとも前日の篠ノ井線事故が関係しているのか、はたまた運転計画通りなのか、まぁ撮るには撮れたので結果オーライです。
 

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まるでカシオペアが雨雲を連れて来たかのように、雨足が強くなると同時に本番を迎えましたが、平穏無事に収まりました。同業者の混雑もそれほどなかったのは予想外です。おそらく、このような天候であることに加え、関東では東北線旧客回送、関西では紀勢線サロンカーなにわ等運転されたことで、大激パの5月ほど集結しなかったのではないかと思われます。
というわけで8時前には「仕事」が終わってしまいました。せっかくここまで来たので、この後はしなの鉄道線に転戦してスペシャル塗装編成を狙うために坂城へ向かいました。
 

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向かった先は坂城のバラ公園です。時期的に花のピークはとっくに過ぎてしまいましたが、まだまだ綺麗に咲き誇る姿も目にすることができたので、次の目的の都合上、昼まで粘ることにしました。
 

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湘南色の2両編成が長野ー小諸の機織り運用に入ったので3本撮ることが出来ました。でも115系に対して2両では少し物足りないですね。
 

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すでにしおれてしまった花もあり、なかなか納得いく構図が思い浮かばず、悪戦苦闘の連続でした。腕が試されているようでコワいです。今回のスペシャル塗装車は3編成に出会えました。続きは次回のお楽しみです。
 

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電車運転士様の発案で、12時台に姨捨を上って来る2084レを俯瞰ポイントにて狙うことにしましたが、如何せん日曜日なのでウヤも覚悟の上です。結果、やっぱりウヤでした。そうなってもよいように保険をかけておいた「しなの」を載せます。
 

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ここからの眺望は本当に素晴らしいです。幸い、梅雨の時期にもかかわらず善光寺平もはっきりと見渡すことが出来ました。1時間ほど撮影しましたが帰宅するにはまだ早いので(笑)、続いてアルピコ交通へと向かいました。
 

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ここでも電車運転士様の発案で撮影地を数カ所巡り、初めて訪れたポイントでカメラに収めることが出来ました。
 

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ただ、この日のリバイバルカラー編成は残念なことに朝のみの運転でした。また機会があれば、色違い編成同士の離合シーンを撮りたく思います。

811 帰路の途中で81レを撮影することにしました。向かったポイントはこちらです。通常ならまだ明るい時期なのに、かなり露出が落ちてきました。ゆえにヘッドライトが眩しく輝きます。
 
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線路際の木々もかなり成長してきました。そのうち立ち位置が限られてくるのではないかと危惧します。牽引機は無印1027号。2両のみの希少価値ですが、もう少しなんとかしてほしいです。

以上、夜行日帰り21時間労働の恒例弾丸テツでした。今回も数々の撮影ご教示とナビゲートをしていただきました電車運転士様、いろいろとお世話になりました。御礼申し上げます。(出札掛)

PS:やっぱりブログ投稿時の調子、悪いですね。記事作成中に一時的にフリーズすることも。自分のPCが古いせい?

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2019年7月13日 (土)

598.思わぬ収穫の四日市エリア 2019/7/12

 712日は年に何回かある平日鉄ができる日になりました。自分的平日鉄は基本的に電車利用の徒歩鉄になるため、四日市エリアに傾くことが多いですが、今回も例外ではなく、ほかに行きたいところも思い浮かばなかったこともあって、四日市エリアに足を運びました。

 

※撮影は712日の塩浜線・関西本線・近鉄名古屋線(電車運転士)

 

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 この日は朝から曇り基調の天気だったこともあり、5263列車の塩浜線に間に合うように直接四日市に向かい、いつもどおりこにゅうどうレンタサイクルを借りて塩浜線に自転車を走らせました。今回は定番ではないこんなポイントで撮ってみました。草生した専用線の雰囲気を感じていただけたら幸いです。
【2019.7.12 塩浜線】

 

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 いつもだと臨港線に向かうパターンが多いですが、たまにはDD51を優先してみようと思い、海蔵川で5363列車と2085列車を撮影しました。
【2枚とも 2019.7.12 関西本線】

 

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 5282列車を撮影するため、塩浜線に戻りました。ここも初めてのポイントです。
【2019.7.12 塩浜線】

 

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 久しぶりに近鉄との掛け持ちをしようと思い、富田方面に自転車を走らせました。ちょうど5365列車・2080列車・6079列車を効率よく撮影できました。
【3枚とも 2019.7.12 関西本線】

 

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 12200系に期待をしつつ近鉄の線路端でしばらく撮影を続けました。4両の短い編成でしたが、2列車が来てくれました。この日は珍しく同業の方が何人かいらっしゃったので、2枚目の12200系がお目当てかと思っていたら通過後も立ち去る気配がないので、何か面白いものが来るかもしれないと思い、自分ももうしばらく居座ることにしました。
【2枚とも 近鉄名古屋線】

 

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 1時間20分程待っていたらこんなのが来ました。自分的には近鉄のモトの走りは初撮影です。先日現役を引退した養老鉄道のD12編成の廃車回送のようでした。運転情報はまったく知らないままここへ立ち寄ったら来てくれたので、思わぬ収穫になりました。
【2019.7.12 近鉄名古屋線】

 

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 モトを撮った関係で予定を変更したことから8072列車は物理的に撮れない結果となりましたが、8075列車はここで何とか間に合いました。この後、所用があったため、2084列車は諦めざるを得なく、後ろ髪を引かれる思いで現地を後にしました。
【2019.7.12 関西本線】

 

 

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2019年7月 7日 (日)

梅雨の晴れ間の七夕企画 二題

じめじめ梅雨空のせいで何もせずにいると、ただでさえ鈍い腕がさらに鈍くなります。だからと言って悪天候の中をわざわざ追求するほどの希少価値かつ魅力的な被写体があるわけでもないので、こんなときは運転日限定の企画列車でも撮りに出かけてカメラの機能保全と撮影感覚の鈍化防止に努めましょう。
  
そんなわけで、6日は城北線で毎年運転される七夕列車に着目です。と言っても定期列車にHMを掲出するだけ(車内は短冊等それなりの装飾)なので、適当な時間に出かけて撮ってくればOK、と昼頃の列車にカメラを向けたら、あれ、普段通りの装いでやって来た??↓

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おかしい・・・もしや車両故障による運用変更??公式サイトで確認したら、この日の七夕列車は日中時だけ運行がなく、15時台まで来ないようです。うかつでした・・・。そこで清州近辺で貨物を撮りながら時間をつぶすハメに。
 

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さーて、今度こそ本番といきましょう。あれ、知らないうちに晴れてきたがや(笑)。この時間まで粘ったおかげで幸いにも晴天下での撮影が出来ました。
  

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長良川鉄道では、中部学院大学短大部幼児教育学科とのコラボで年に数回ほど企画列車が運行されています。題して「あそびスタートレイン」。7日は七夕トレインとして、チャーターした車両を定期列車に連結して運行されます。さて、公式サイトに記載されているラッピング車の当日の運行予定によると、「チャギントン」はイベントで貸切使用とあり、これで七夕トレインの車種は判明しました。さらに「GJ8マントレイン」の運行予定を見ると、ちょうど七夕トレインの往路スジと同一の行程となっております。すなわち、ラッピング車が重連で運行される可能性が大きいと推測されます。そして読みが当たりました。まずは七夕トレインの送り込み回送を後方に連結した美濃太田行きです。
  

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場所を変えて、本運転列車の撮影です。先頭側のみ特製HMを掲出して、特別な列車であることをアピールしています。しかしデザインは初年の8年前から変わっていません。使い回しているのでしょう(ごもっとも・汗)。
  

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朝は薄い雲に覆われていましたが時間が経つにつれてほぼ消滅し、ラッピング車の撮影にもってこいの条件が整いました。
 
この週末、東海地方の一部では梅雨の中休み。雲が途切れて晴れ間がのぞきました。このまま夜を迎えたら、星に願い事が届くかもしれませんねぇ。(メルヘンチックに:出札掛)

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597.伊豆急クモハ103引退興行リターン(100%達成とはならず…😢) 2019/7/5

 先週末に参戦した伊豆急クモハ103のラストランイベント、天気をはじめとする諸事情により自分的には納得いかない結果となりました。このまま終わってしまうのは何とも悔しい気持ちが残るだけになりそうだったので、リターンマッチを画策していました。天気予報と睨めっこしつつ決行日をいつにするか悩んでいましたが、連日の芳しくない予報の中、それでも最もまともそうな日は5日と判断し、この日にスクランブル参戦してきました。急遽のお誘いにもかかわらず今回も検査掛様にご一緒していただけることになりました。

 

※撮影は75日の伊豆急行(電車運転士)

 

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 早朝、現地に到着した時は曇り空でしたが、徐々にお日様が顔を出し、まさかの展開になってきました。水平線クッキリの青い海、これぞ伊豆急といった光景に興奮しながらシャッターを押しました。
【2枚とも 2019.7.5 伊豆急行】

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 1000分過ぎまで優等列車は来ませんが、せっかくの好条件なので、車両には拘らずに各定番ポイントを巡りました。クモハ103の列車まで何とか持ちこたえてほしいと祈りつつ、撮影を続けました。
【3枚とも 2019.7.5 伊豆急行】

 

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 この日のクモハ103の初列車は片瀬白田1018分着、残念ながら祈りは通じず、薄曇りの中での通過となりました。早朝の晴れが想定外と自分自身に言い聞かせ、次のポイントに移動しました。
【2019.7.5 伊豆急行】

 

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 折り返しはあまり時間がなかったので、海バックの定番ポイントで待ちました。ここでクモハ103を撮るのは自分的には念願でしたが、青い海ではなかったのがちょっぴり残念です。
【2019.7.5 伊豆急行】

 

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 この日のクモハ103の運転は伊豆急下田~片瀬白田間の2往復、2往復目の往路は波打ち際で砕ける波とのコラボを狙いましたが、タイミングが合わず、見事に外れでした。他の列車でもチャレンジしましたが、なかなか思いどおりになりませんでした。
【2019.7.5 伊豆急行】

 

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 最後はここで締めくくりました。泣いても笑ってもクモハ103の撮影は最後になりました。先週のリターンマッチは100%達成とはいきませんでしたが、こういうこともあるさと半ば強制的に自分自身を納得させました。EF58EF65PF牽引の客車「踊り子」が運転されていた頃のポジやネガを見るとG車込みの68両で運転されている100系が写っています。どれも本命列車のついでに撮ったものばかりで、もう少し真剣に向き合っていればよかったとの思いが頭の中をよぎりました。これでまたひとつ、昭和の名車が姿を消すことになりました。
【2019.7.5 伊豆急行】

 

 

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