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2019年6月30日 (日)

伊吹の麓でSRCなど

G20大阪サミット開催に伴うSRC時変運転をはじめ、いくつかのネタ的列車をまとめて狙おうと、高温多湿の悪条件の中を向かった先は西濃地方。大幅なダイヤの乱れが生じない限り東海地方では走行シーンの撮影など絶対不可能なSRCを、天気が良ければ伊吹山バックで撮ろうと目論んでいたのに、この天候では望めるはずもありません。しかし潔くあきらめきれないので、雰囲気だけでも味わおうと伊吹山の麓を目指して車を走らせました。
 

D12

着々と車両の「東急化」が進む養老鉄道。このたび2両の「D12」編成が7月で引退することに伴い、6月25日からラストランマークの掲出を始めました。まずは行きがけの駄賃として、この列車を狙おうと友江付近に立ち寄りました。近鉄の準急系統板を模したマークです。
 

9050
SRC撮影のメインテーマとしていた伊吹山の姿が曇り空で見えないのであれば、かえって撮影ポイントの選択肢が増えるので、まんざらでもありません。思い当たる場所を順番にチェックするため初めに関ヶ原の旧中山道にやって来たら、紫陽花の群集発見。ハイ、ここで決まり(笑)。正当な列車写真も捨てがたいですが、「今日(きょう)」しか撮れない季節限定シーンを優先しました。後追いですが違和感ないですよね?ちなみに上り9050レです。
 

56

SRCの20分後をフクツー貨物56レが追いかけてきます。SRCとは編成の条件が異なるので、56レに対して後追い撮影は妥協できません。紫陽花と機関車と貨車を一緒に収めようと欲張った結果、自分の能力ではこんな撮り方が精一杯でした。
 

8865

この日は“編成は当日のお楽しみ列車”8865レの運転日です。目撃情報によると、EF64の原色機とEF510との異形式重単のようです。56レからあまり時間がないので、有名ポイントに急いで移動。お立ち台には同業者がそこそこ集結していたので、遠巻きにして狙いました。もしも晴れていたら赤・青・緑の鮮やかなコントラストが撮れたのに、残念です。
 

Dy

奇しくもこの日はドクターイエローの検測運転日でもあります。関ケ原周辺では撮影ポイントが数カ所ありますが、今回は手軽な十九女池に初トライしました。季節の花々などが楽しめるスポットです。今の時季はスイレンやヒメコウホネが池の中に咲いていますが、カメラに収めるには小さすぎてはっきりわからず却下。おまけに橋梁は修繕中なのであまり目立たせたくないし、さて、どうやってこのポイントを消化しようかと池の周りを歩いた結果、ハァ~、中途半端に終わりました。しかし運の良いことに、通過直前に太陽が顔を出し、雲に隠れていた伊吹山も直前で姿を現し、さらに水鏡も収められたので、これでご了承ください。
 

9051

SRC下り9051レの撮影は、単線区間の走行シーンを撮りたかったので垂井迂回線を選びました。編成の最後部までギリギリ入るとは思いもせず、全くの偶然です。しかし今にも降り出しそうな雨雲の襲来で露出が狂い、一生懸命補正しました(汗)。
 

Beer

きょうは汗だくの一日でした。こんな日の夜はビールが最高にウマイ、というわけで夕方の買い出しに出かけたらこんなの↑売っていました。某大型スーパー限定品です。
 
貴重なシーンを狙おうと沿線各地は大賑わいだったことと思います。目撃情報の件数の多さがそれを裏付けています。ネット社会のオソロしさを今さらながら実感しました。(出札掛)

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コメント

SRCはフィーバーしたでしょうね。設定どおり無事運転されてなによりでした。私は諸般の事情により、初日のみでした。9050レは共和、9051レは大府~逢妻の跨線橋でしたが、跨線橋は雨の平日にもかかわらず、20人以上はいましたね。関ヶ原の紫陽花、きれいですね。草が高いのが難点ですか・・・。ビールはコースター狙いで行くと、シクレをゲットするまで、結構かかりそうですね。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2019年6月30日 (日) 19時20分

思わぬプレゼントとなったSRCの日中走行、自分は諸般の事情により6/27のみ、それも近場でしか参戦できませんでした。せっかくのチャンスだったので、遠征したい気持ちもありましたが、止むを得ませんでした。北海道急行のHM、ガンガン飲んで無事にコンプリートされることをお祈りいたしております。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2019年7月 3日 (水) 14時29分

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