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2018年3月

2018年3月30日 (金)

532.桜鉄2018 2号車 【天竜浜名湖鉄道 東エリアの駅を巡る】 2018/3/25

 天竜浜名湖鉄道の沿線には桜ポイントが各所に点在しているという予備知識は持っていましたが、これまで桜の時季には行ったことがありませんでした。どこで撮ればいいのか見当がつかなかったので、浜松在住の知り合いにヒントをいただき、それを参考に時間の許す限りいくつかの駅を巡ってきました。

 

※撮影は325日の天竜浜名湖鉄道(電車運転士)

 

【桜木】

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 駅名が示すとおり、下りホーム側に桜がありました。ちょっと線路から離れてしまっているのとバックに工場の白い建物が写ってしまうのが玉に傷でした。写真は233列車です。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道

 

【原谷周辺】

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 原谷~原田間の鉄橋の堤防に立派な桜並木がありました。ただ、3分咲きくらいだったのが残念でした。満開だったら見応えがあったと思われます。132列車に運用されていたSlow Life TrainTH3501)が鉄橋を渡っていきました。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

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 対岸の堤防には大きな枝垂桜がありました。こんな立派な桜があるとは知らなかったので、すごく得した気分になりました。こちらの咲き具合はまあまあで、234列車は1両だったので、いい位置にバランスよく収まってくれました。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

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 235列車はTH3501の折り返しです。今度は縦構図で撮ってみました。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

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 河川敷は公園になっており、家族連れが思い思いに休日の花見を楽しんでいました。ここも満開にはもう一息といった感じでした。鉄橋上にいるのは136列車です。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

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 下りホーム側には立派な桜並木がありました。桜の位置のバランスもよく、とても絵になる駅でした。到着は137列車です。今回は時間の関係で短時間の滞在になってしまいましたが、原谷周辺は桜の好ポイントが点在しており、満開のタイミングの時にじっくり腰を落ち着けて撮ってみたくなりました。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

 

【豊岡周辺】

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 上野部寄りに小さな桜並木を見つけたので、240列車はここで撮ってみました。構図にちょっと無理やり感がありますが、夕暮れの雰囲気が出たのはよかったかなと思います。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

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 1本だけですが大きな桜がある下りホームに139列車が到着しました。桜の花が夕陽にほんのりと赤く染まり、なかなかいい雰囲気を醸し出していました。駆け足で巡った天竜浜名湖鉄道の東エリアですが、時間の都合で今回立ち寄ることができなかったよさげな桜ポイントもありそうだったので、来シーズンの再訪を誓って帰途につきました。
【2018.3.25 天竜浜名湖鉄道】

 

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2018年3月27日 (火)

531.桜鉄2018 1号車 【スタートは大井川鐵道】 2018/3/25

 今年の桜、このところの初夏並みの暖かさが影響してか、東京あたりでは例年よりも1週間から10日も早く見頃を迎えているようで、スタートダッシュに出遅れるとチャンスを逃してしまいそうな状況です。この状況に乗り遅れないよう、例年よりちょっと早めですが、325日に今シーズンの桜鉄を開始しました。これまでの桜鉄は名古屋エリアが中心でしたが、今回は今まで行ったことのないエリアに行きたいと思い、桜の開花状況など、各種情報を仕入れた結果、目的地を大井川鐵道としました。

 

※撮影は325日の東海道本線・大井川鐵道大井川本線(電車運転士)

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 現地到着は530分頃、駅長様とご一緒した10日には天候の関係で行かなかった金谷の富士山ビューポイントでウォーミングアップです。朝焼けに富士山のシルエットが浮かんではいたものの、春霞がひどくてぼんやりとしか見えません。新金谷からの始発列車は元南海車でした。
【2018.3.25 東海道本線】

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 5085列車はEF6627の登板でしたが、線路に陽が当たっていないのに加えて霞もますますひどくなり、富士山がどこに見えているのかわからないくらいの状況になってしまいました。
【2018.3.25 東海道本線】

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 富士山が見えないのでは長居は無用ということで、桜の開花状況を確認しがてら大井川鐵道沿線を北上しました。沿線は3~5分咲きといった感じだったので、3列車と4列車は大和田周辺で撮ることにしました。写真は3列車で、元近鉄車が来ました。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 カメラを右に振ってホームに停車中の姿も撮ることができました。ここは同じ列車をまったく違う雰囲気で撮れる美味しいポイントでした。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 家山で行き違いとなる4列車は時間的に余裕がないため、国道からのお手軽撮影になりました。ここはちらほら程度の咲き具合だったので、桜のボリュームが足りなかったです。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 第1鉄橋周辺は3分咲き程度でした。その中に割と咲き具合がよかった木があったので、5列車はそれをメインにしてみました。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 10日の時は曇り基調で川の水も濁っていたということもあり、6列車でリベンジしました。バックにもう少し山桜があるとよかったのですが…。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 324日から48日までの間は桜ダイヤが実施され、新金谷~家山では蒸機・電機の列車が3往復運転となります。その反動で家山以北の蒸機列車は101列車と102列車の1往復となってしまい、痛し痒しといった状況です。家山周辺では本数は稼げるものの煙は期待できないし、スマホ族の直前乱入のリスクもあると考え、蒸機については家山以南を捨てて、101列車の笹間川鉄橋1本に絞りました。この日の最大の目的だった鉄橋横の超有名な桜はちょうど満開を迎えていました。101列車までの間は電車を撮って時間を過ごしました。8列車が立派な桜を横目に鉄橋を渡って行きました。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 7列車は線路に近づいて桜の花を構図の中に大きく取り込んでみました。この構図で101列車を待つ同業の方が多かったです。自分はとりあえず電車で押さえておきました。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 101列車はできるだけ桜を入れたかったため、立ち位置を変えました。実は桜の時季にここを訪れるのは初めてで、長年の宿題の一つを消化することができました。煙はこれでも一生懸命サービスしてくれましたが、気温が高い関係で薄くなってしまうのは仕方がありません。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 その後、別の目的があったため、沿線を南下しました。途中の第1鉄橋で9列車にぎりぎり間に合いました。ただ、昼を過ぎていたので、すでに太陽は反対側に回っていました。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 順光の時間帯なら富士山が見えているかもしれないという淡い期待のもと、10列車に間に合うように再び富士山ビューポイントに行ってみました。しかし、考えが甘かったようで、見えるには見えていたもののやはり霞の影響でくっきりには程遠い状況でした。
【2018.3.25 大井川鐵道 大井川本線】

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 JR線はちょうど貨物列車の空白時間帯に当たっていたため、電車で我慢です。この時点で1400分を少し回ったくらいだったので、このまま撤収するのはもったいないと考え、この後、思い切って天竜浜名湖鉄道に転戦しました。そちらは2号車でご紹介させていただきたいと思います。
【2018.3.25 東海道本線】

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2018年3月22日 (木)

最終航路の日 《一本列島30周年記念》

30年前の1988年4月10日、四国と本州を結ぶ瀬戸大橋が開通し、この1か月前に開通した青函トンネルと併せて日本列島が遂に線路で結ばれました。イベント好きのワタシは、この歴史的瞬間を味わおうと連絡船と橋で往復するプランを企てました。今回は当時の行動を簡単に振り返ってみたく思います。

4901 瀬戸大橋開通を翌日に控えた4月9日は、すでに朝から岡山にいました。はたして夜行で乗り入れたのか、前泊していたのか、記憶がよみがえりません。仕事を終えてすぐ行動に移したことに変わりはないのですが、それはさておき、岡山でも瀬戸大橋開通の祝賀ムードです。右ホームに停車中の記念装飾電車と、背景の駅ビルに橋を形取った装飾が確認できます。

4902 宇高連絡船最終日ということで貨車の航送作業も同時に見納めとなります。その風景をカメラに収めようと宇野駅の構内を歩き周りました。折しも航送作業に従事するDE10と、宇野始発としてはこちらも見納めとなる「瀬戸」が一枚の写真に収まりました。

4903 控車にはこんなプレートも。本四連絡の輸送形態が大きく変わることへの思いが詰まっていますね。

4904 いよいよお名残乗船です。四国へ渡る船は「伊予丸」でした。
4905 次に岡山に戻って来るときは瀬戸大橋経由となります。万感の思いで方々にカメラを向けました。

4909 港を振り返ると、桟橋からは船を見送る人々、その手前には急行便を担うホバークラフト、奥には宇野線ローカル123系の姿が見えます。

4908 宇野を出航してすぐに高松からの到着便と行き交いました。船体の塗装から「阿波丸」と思われます。

4906 操舵室の様子です。窓越しに撮影したら、ソフトフィルターをかけたようなイメージになりました。趣がありますね(笑)。

4907 遥か西方に瀬戸大橋が目に入ってきました。逆光で霞みがかっているので見辛い画像ですがご容赦ください。「いよいよ明日はあの橋を渡るのだな」。感慨深い心境でした。

4910 高松の手前では、宇野行きの「土佐丸」とすれ違いました。紅白の横断幕が、歴史的一大イベントを迎えていることを物語っています。屋島をバックにシャッターを切りましたが、これが宇高連絡船の航行シーンのラストカットとなりました。そして“最終日の乗船”は意外とあっけない船旅でした。もっと感動的な思い出となるはずだったのですが、割と冷静な自分・・・。

4911 さて、夜まで適当に時間をつぶした後、もう一度高松桟橋で航送作業の様子を見に行こう、と足を運んだものの動きは全くなく、おまけに貨車まで1両もなく、もぬけの殻でした。でもかえって船内の様子がよくうかがえます。

4915 高松駅の乗り場案内板も記録しておきました。そういえば高松駅構内そのものも様変わりしてしまいましたね。

4912 宇野行最終便を務めるのは「阿波丸」です。出航時間に合わせて連絡船さよなら式が催されました。立ち位置の選択を完全に誤りましたがお許し下さい。

4913 出航時間が近付き、式典はクライマックスを迎えました。桟橋にも甲板にも大勢の人たちが手を振りあい、何本もの紙テープが飛び交います。船旅の別れは独特で本当に感動します。やがて船は桟橋を離れていきました。これで宇高連絡船の歴史が終わってしまった、と思いきや・・・。

4914その「阿波丸」は、定期便としてはたしかに最終でしたが、実は後続に臨時便が設定されていました。この写真は、その臨時便「讃岐丸」の出航直前の様子です。ドラを鳴らす心憎い演出が行われました。これで正真正銘の最終出航船となりました。

以上で宇高連絡船は長い歴史に幕を閉じました。しかし感傷に浸っている暇はありません。今度は岡山行「マリンライナー」一番列車に乗車して瀬戸大橋を“渡り初め”するのが目的ですが、なんと、コンコースにはすでに同じ目的の人の列がずらーりと並んでいます。もちろん自分もその列に混じって夜を明かすことになりました。

続く・・・(出札掛)

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2018年3月21日 (水)

530.1981年GW 信州撮り鉄行脚 3号車 【水温む頃の飯田線北部エリア】 1981/4/28

 大糸線の後、なぜ一旦自宅に戻ったのか、今となっては記憶がありません。早朝から飯田線北部で鉄活動をやろうという魂胆で中津川から「きそ7号」に乗車、とりあえず松本に向かい、折り返し中央本線の上り列車で辰野まで行って飯田線入りしたのではないかと思われます。37年も前のことなので、どのような行動パターンをとったのか思い出せないのが正直なところです。

 

※撮影は1981(昭和56)年428日の中央本線・飯田線(電車運転士)

 

 

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 なぜか、中津川で「ちくま4号」バルブをしていました。この頃、夜行急行列車の体質改善が進行中で、名古屋発着の「きそ76号」は10系寝台車と旧型客車の組み合わせでしたが、大阪発着の「ちくま54号」は20系寝台車+12系客車にグレードアップされていました。

【1981.4.28 中津川】

 

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 これは別の日に撮ったものですが、明知線の貨物列車の前後ではDD16が中津川構内で入換を行っていました。
【1981.4 中津川】

 

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 飯田線北部エリアもいろいろな撮影ポイントがあるはずですが、結局定番のここに行っていました。前日の大糸線に続いてこの日も最高の天気で、中央アルプスの峰々もくっきりと見えていました。中田切川の水も心なしか暖かさを増してきたような気がしました。
【1981.4.28 田切~伊那福岡】

 

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 定番の築堤に場所を移します。豊橋行のローカル電車はクモハユニ64000先頭で来ました。最終的にはスカ色に塗り替えられましたが、飯田線へ転属後かなりの間、ぶどう色のままで活躍していました。文字どおり異色の存在でした。
【1981.4.28 田切~伊那福岡】

 

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 旧型国電の合間にはED62の貨物列車もやって来ます。小ぶりな車体のED62には長大編成よりもこういった短編成のローカル貨物の方が似合っています。

【1981.4.28 田切~伊那福岡】

 

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 構図の中に山を大きく入れたいと思い、線路端にも行ってみました。光線がよくないのに加えて線路端のはしごなどの障害物も多く、イメージどおりにはなりませんでした。

【1981.4.28 田切~伊那福岡】

 

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 夕方近くになって旧型国電各型式の普通の走行写真を撮りたいと思い、開けた場所に移動しました。飯田線のクモニ13は原則として先頭に出ることはなかったので、撮影はどうしても後追いになってしまいます。
【1981.4.28 伊那福岡~駒ヶ根】

 

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 お目当てはクモハ4353といった2ドアの電動車でしたが、2時間余りの滞在では自分の都合のいいように来るはずもなく、撮れたのは合いの子のクモハ53008だけでした。張り上げ屋根のままでより原型に近かった007は中間に入っていることが多く、先頭に立つ姿を写真に収めることは至難の業でした。
【1981.4.28 伊那福岡~駒ヶ根】

●次の目的地 小海線
●移動行程 飯田線→松本→小淵沢STH→小海線

 

 

 

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2018年3月17日 (土)

つい、ふらりと

たまには気分転換を図ろうと、ふらりと某商業施設まで

特に何かを買う訳でもなく、ウィンドウショッピングを楽しむ程度

たとえ買い物をしなくとも心を満たしてくれるのは、駐車場から眺める壮大な景色

天気が良ければ恵那山、中央アルプスが遥か望められますが

そうそう、なかでも最も目を引く名峰・御嶽の姿には感動を覚えます

この季節ならではの光景を目に焼き付けておこうと

たまたま持ち合わせていたカメラで記念撮影

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うん、素晴らしい景色

え、何か気になるものが写っていますか?

気のせいですよ、たぶん・・・きっと・・・

(ココへ来た本当の理由って?出札掛)

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2018年3月16日 (金)

529.ダイヤ改正3日前 最後?の凸凸詣で 2018/3/14

 317日はJRグループのダイヤ改正日です。このエリアで一番気になるのは愛知機関区のDD51の動向です。すでにDF200が3両配置され、21日から定期運用に充当されています。改正後は重連を中心に運用大幅減との噂もあり、凸凸を普通に撮れる最後のチャンスかもしれないということで、14日に急遽DD51詣でを行ってきました。ただ、アプローチが電車利用と「こにゅうどうレンタサイクル」のため、これまでご紹介させていただいたポイントばかりで、目新しいものはないことをお許しください。

 

※撮影は314日の関西本線・近鉄名古屋線・四日市臨港線・太平洋セメント四日市専用線・塩浜線(電車運転士)

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8271列車 1回目】
 本当は前の5263列車から活動開始予定でしたが、不覚にも目覚まし時計のセット時間を間違ってしまったため、8271列車からのスタートとなりました。春分も近くなったこの時季では太陽高度が高くなり、赤味とギラリの旬は過ぎてしまいました。
【2018.3.14 関西本線】

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8271列車 2回目】
 四日市到着後は例のごとく、「こにゅうどうレンタサイクル」を借り、四日市エリアでの撮影をスタートさせました。今回は凸凸に敬意を表し、塩浜線内の5263列車ではなく8271列車を選択しました。
【2018.3.14 関西本線】

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 次のターゲットは臨港線にしていましたが、その前にちょっと塩浜に寄り道し、近鉄特急を撮影しました。ラッキーなことに12200系が来てくれました。
【2018.3.14 近鉄名古屋線】

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2便 往路】
 今回は末広架道橋じゃないポイントで撮りたいと思い、四日市からの左カーブを曲がり切ったあたりの直線区間で待ってみました。操車の方が踏切の操作スイッチを扱うため、列車はこのあたりで一旦停止します。
【2018.3.14 四日市臨港線】

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2便 復路】

 復路はどうしても臨港線らしい雰囲気が感じられるここに足が向いてしまいます。
【2018.3.14 四日市臨港線】

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 出荷センターの入換風景も見てきました。自分が行くと動いているのは道産子のDD511ばかりです。白色のDD452は予備車的な存在になってしまったのかもしれません。
【2018.3.14 太平洋セメント四日市専用線】

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5282列車 1回目】
 塩浜線のDF200はまだ撮影していなかったので、とりあえず押さえておきました。運用開始から1か月半が経過したこともあって、違和感はほとんどありません。
【2018.3.14 塩浜線】

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5282列車 2回目】
 機動力のある自転車だと四日市の発車に間に合いました。フルパワーで加速していく姿は迫力満点です。
【2018.3.14 関西本線】

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2089列車】
 せっかく借りた自転車なので、ちょっと頑張ってここまで足を延ばしてみました。思ったよりも時間がかかってしまって、到着はかなり際どいタイミングでしたが、何とか間に合いました。
【2018.3.14 関西本線】

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5365列車】
 これも時間的にあまり余裕がありませんでしたが、何とか間に合いました。
【2018.3.14 関西本線】

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2080列車】
 この時間帯、上り列車は光線がよくありませんが、効率を優先しました。そういえばここまで旋回窓と1回も出会っていません。1回くらいはお目にかかりたいものですが、希望どおりになるかどうか…。
【2018.3.14 関西本線】

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8079列車】
 編成が長いので横構図にしてみました。次位にこの日初めての旋回窓が入っていました。ということで、8072列車は旋回窓が先頭になるので、少し安心しました。
【2018.3.14 関西本線】

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5364列車】
 8079列車の15分くらい後に来るので、ついでにこれを撮ってから四日市方面に移動しました。この界隈、1200分過ぎから1500分くらいの間は結構な本数があるので、光線とポイントにこだわらなければかなり高い撮影効率を確保することができます。
【2018.3.14 関西本線】

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8380列車】
 四日市付近の午後の関西本線上り列車は光線がよくないので、ポイント選びに苦労します。撮れればいいや感覚でここに立ち寄ってみました。
【2018.3.14 関西本線】

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8072列車 1回目】
 旋回窓が先頭なので、機関車ドッカン構図で待ちました。逆光ですが、塩浜線内の凸凸はこの列車だけなので、止むを得ません。この後、自転車を返却し、愛知県エリアへ場所を移します。
【2018.3.14 塩浜線】

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8072列車 2回目】
 白鳥ギラリが定番ですが、たまには違ったポイントを試してみたいと思い、場所を変えてみました。本当はもう少し先へ行きたかったのですが、徒歩鉄の限界で時間切れとなり、中途半端な結果になってしまいました。しかも、線路がほぼ東西に走っているため、太陽がほぼ真後ろになり、側面の光り方もイマイチでした。ちょっとした冒険は消化不良に終わりました。

【2018.3.14 関西本線】

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8075列車】
 前回は日曜日で単機だったため、タキ付きでリベンジしました。ケーブルや高圧線がちょっとうるさいですが、ちょうどいい位置に名古屋駅の高層ビル群が見えたので、構図の中に入れてみました。光線は申し分がないので、DD51の時に撮ってみたかったです。
【2018.3.14 関西本線】

 

 自転車の機動力を駆使して効率的な移動ができたおかげで本数だけは稼ぐことができました。ダイヤ改正後のDF200の増殖具合がどうなるのか、DD51の運用はどのくらい残るのか、とても気になるところです。

 

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2018年3月11日 (日)

日曜日だから

JR現行ダイヤ最後の週末、生活圏内外かかわらず出かけたいところはいくらでもあれど、土曜日は家の都合で自由が利かないため、翌日曜日に外出許可を得て近場に少しだけ撮影に出かけました。近場ということと、改正前の記録という点からもやはり凸に着目してしまいます。しかしこの日は日曜日なので本命の重連凸はほぼ走らず、コンテナ便以外は早朝の8271や単回が撮れる程度です。しかたないねぇ、とあまり気合いが入らず中途半端な気持ちのままで家を出ました。

71 以前に電車運転士様が撮影されたポイントで8271レを狙おうと試みました。構想ではもっと広角気味で狙おうと考えていたのですが、現地に立ったら建造物が背後に写り、スッキリと撮れないことがよくわかりました。ギラリ効果はあまり期待できないことは事前にわかっていたものの、どう撮ろうかと悩んでいたら凸が登場し、写した結果が「なんだ、これ」?素直に定番ポジションに行けばよかったのに・・・、朝からの中途半端な気持ちは災いをもたらします(←言い訳)。日曜日で単機運用だからあきらめもつきますが、もったいないことを。

85 気を取り直して、2085レを日光川で狙うことにしました。ケーブルが目障りですが、フル積載と青空に助けられました。もしも土曜日だったら、きっと編成の前半分は空コキ状態で絵にもならなかったでしょう。

8970 早朝に塩浜に着いた臨6287レの機関車は日中に単8970レで稲沢まで返却されますが、日曜日は高い確率でDE10が連結されて異形式重単となります。この運用も改正後はどうなるかわからないので撮っておきましょう。場所は白鳥(信)付近。そろそろ芽吹く季節ですね。

89 最後は、現役と後任の離合シーンです。改正後もどこかで目にできるかもしれませんが、これも撮れるうちに撮っておきましょう。被写体は白鳥における2089と5282です。5282レは、日曜日だから荷がないので、こんなシーンが撮れるというわけですね。右上に標識が写ってしまったのはご愛嬌です。

日曜日で凸のシャッターチャンスが少ないにもかかわらず、カメラマンの姿がそこそこ目に付きました。改正後はさらに凸を見る機会が半減しそうですが、さて如何な事に?(撮影は朝から気合を入れて挑みましょう・出札掛)

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528.大井川鐡道SLフェスタ関連の注目列車 2018/3/10

 310日は大井川鐡道の千頭で開催されるSLフェスタに関連して、電機が牽引する客車列車の運転と蒸機の重連運転が公式HPにアナウンスされていました。これについて、駅長様からお誘いを受け、自分も久しぶりに蒸機の重連運転を撮ってみたかったということもあり、駅長様と川根路を目指しました。

 

※撮影は310日の東海道本線・大井川鐡道大井川本線(電車運転士)

 

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 早朝に金谷に着いたので、ウォーミングアップを兼ねて東海道本線の貨物列車を撮影しました。名古屋を出る時はバリ晴れだったのですが、現地は雨上がり後のドン曇り、金谷付近の富士山ビューポイントは諦め、金菊カーブに予定を変更しました。ここを最後に訪れたのは荷物列車最末期の頃で、30年以上も前のことになります。コンテナ満載の長大編成の列車がカーブを曲がって行く光景は迫力があります。写真は1060列車ですが、ここで貨物列車を数本撮影後、大井川鐡道沿線に移動しました。
【2018.3.10 東海道本線】

 

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 1001列車のスジで運転された電機の客車列車は予想に反して客車2両をE31と旧型でサンドイッチするという編成でした。茶畑の中をコンパクトな編成がのんびりと走って行きます。こうしてみるとE31の小ささが目立ちます。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 1003列車が蒸機の重連でした。SLフェスタの看板が付くことが予想されていたため、対策としてサイドから狙うことを目論んでいました。駅長様が事前の情報収集をしてくださったおかげで、イメージどおりのポイントにたどり着くことができました。白煙ですが2条の煙が上がり、重連がはっきりとわかります。重連に関しては想定以上の成果でした。前の電機の写真もここから撮ったもので、カメラを少し右に振っています。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 101列車は看板が付くリスクはありましたが、煙が期待できる正面がちのポイントで待ちました。煙はまあまあよかったのですが、淡い期待は裏切られ、思いっ切り目立つ看板付きで現れました。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 復路の蒸気までは時間があるので、その間は電車を撮影しました。第1鉄橋の俯瞰ポイントですが、木々の隙間から何とか抜くことができました。9列車は元南海車でした。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 9列車と下泉で行き違いとなる10列車は元近鉄車でした。今度は縦構図で切り取ってみました。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 看板対策のため、1004列車もサイドから撮れるポイントを物色し、ここにたどり着きました。しかし、この区間は完全スカ区間で煙の「け」の字もありません。おまけに線路上が微妙に陰ったおかげで蒸機が黒い物体と化してしまい、完全に撃沈でした。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 102列車は晴れると逆光になりますが、鉄橋上のサービススモーク期待でここに舞い戻りました。しかし、サービススモークもここまでで、この後は無煙状態になってしまいました。もうワンスパン引っ張ってくれたらと思いましたが、何ともなりませんでした。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 
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 ということで、開き直って後補機の電機を主役に撮ってみました。結果的にはこちらがメインの写真になったかもしれません。
【2018.3.10 大井川鐡道 大井川本線】

 

 102列車の約40分後には復路の電機の客車列車が来ますが、夜に家族運用が予定されていたため、ここまでで撤収し、現地を後にしました。お付き合いいただいた駅長様ありがとうございました。

 

 

 

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2018年3月 9日 (金)

続・南の国のD51

 夜中に雨の音で目を覚ます。最近、天気にはあまり恵まれていないので、心配になってくる。日の出の時間になっても厚い雲がおおっている。まあ、雨が降らなければ、良し、としよう。

 今回、走行するD51はDT668と付番されており、昭和16年に川崎重工で製造された台湾向けD5118号機で、1949年にDT650形に改番されている。1979年の西部幹線電化まで活躍し、1984年に廃車となり、屏東県の公園に保存されていたが、2000年に台湾鉄路管理局へ返還され、彰化の機関庫で静態保存された後、20101213日に動態に復元されている。ちなみに台湾の動態保存蒸機は、これ以外にC57CT270形とC12CK120形がある。 

  さて、肝心のD51の撮影。海をバックに撮れる南廻線の場所は3箇所あり、どこで撮影するか、散々悩んだが、とりあえず知南と太麻里の間の場所を国道から狙い、すぐに追いかけて可能なら太麻里の南で撮影、そして、そこを素早く撤収して一番の撮影地である瀧溪の南のポイントで場所取りをしよう、ということになった。

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 まずは、知南と太麻里の間で昨日とは異なり、国道から撮影する。昨日の場所とどちらが良いか、悩ましいが、海の感じはこちらの方が良い。天気も回復して、薄日が漏れるようになってきた。

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 ダッシュで車に戻り、太麻里通過で速度を落としたときに追い抜いて、2番目の場所に向かう。すでに煙が見えていたが、なんとか撮影ポイントに通過前にたどりついて撮影する。残念ながらレンズを選ぶ時間がなく、信号のリレーボックスらしきものがはいってしまったが、まあ、妥協範囲だろう。

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 途中2駅の停車中に追い抜いたのと、三脚をたてずダッシュした成果があって、今回一番の撮影地である瀧溪で、ほぼベストの撮影場所を確保できた。ここまで来ると、太陽が姿を見せて、素晴らしい条件となってきた。この場所で理想的な写真が撮れたので、全員、大満足である。ロケハンした海の入る3箇所の撮影地のすべてで撮影ができたので、台湾まで来た目的は、ほぼ達したといえる。

  ちなみに台湾の鉄ちゃんは、最近、急激に増えていて、日本にも撮影に来るほどである。今回の南廻線の蒸機にも、当然、多くの同業者がやってきていた。台湾の同業者の撮影パターンを見ると、もちろんクルマでの撮影もあるが、多くはバイクでの追っかけである。雨が降ったらどうするのだろうか、という心配はあるが、機動性は高い。7割以上がバイクでの追っかけのようであった。こうしたこともあって、カメラは1台だけで、三脚をたてる人はほとんどいない。よって、日本に見られる置き三脚での場所取りは、無いと言っても良い。このため、手持ちだけなら直前でもなんとかポジションが確保できる。

  また、台湾の人々の性格もあるのだろうが、狭い場所を譲り合ってくれる。これは日本では見られず、実に嬉しい所作である。今回、この恩恵にあずかったことも何度かあり、この場所もそのひとつである。日本でイライラしながら蒸機を撮影するよりも、精神的には何十倍も楽である。

  この後、つづら折りの道で峠を越え、西海岸に向かう。蒸機列車は、トンネルの西側にある枋野の信号場で1時間半停まるので、余裕を持って追い越しができた。 

  枋野から西側は下り勾配なので、真剣に撮影地を探していなかったが、線路に沿って山間に入っていくとトンネルの上に多くの同業者が集まっているのが見えた。そこまで行くと、カーブしたコンクリート橋が眼下に見えて、なかなか好ましいアングルである。 

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 多くの同業者を見つけたからであろうか、あるいは誰かが頼んだか、わからないが、すこし煙を吐きながら下り勾配を降りてきてくれた。台湾の機関士さんはなかなかサービスが良い。

  ちなみに枋野信号場から枋山にかけては山間にコンクリートの橋梁が連続しており、また枋山駅手前からはバックに台湾海峡もはいって台湾屈指の撮影地であるという。

  再び加祿の長時間停車中に追い抜いて、今度は台湾の同業者から聞いた加祿駅北の跨線橋に向かう。今度はゆっくり行ったので、現地に到着するともう、凄い数の同業者が待機している。日本でも、これだけ集中することはあまりない、と思われるほどの数である。日本から来た同業者もここに集中したようで、何人もの知人に会うことが出来た。

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 最初は無煙で出発し、これはカスかと思っていたら、途中から綺麗な煙を吐いてくれた。台湾の蒸機は気温の高さもあって煙をほとんど吐かない、と聞いていたが、良い方に裏切られて大満足である。機関士さんのサービスも素晴らしい。

  途中駅で若干の停車時間があるので、再び追い抜いて、最後の撮影はGoogle Mapで見当をつけた東海と佳冬の間で行うことにする。

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 すでに電化工事のため、線路脇にコンクリートのケーブルボックスがつくられていて若干のうるささもあるものの、ビンロウの木が入ってなかなか良い雰囲気である。おそらく、かつて蒸機時代の西海岸線はこんな雰囲気だったのだろう。煙こそないものの、こうした雰囲気の写真も台湾らしくて良い。 

  結局、今回は沿線で6回、撮影ができた。いくつかの場所で行き違いや追い抜きがあり、また、長時間停車があるなど、ダイヤが寝ているのが大きく寄与した。加えて場所の選択が良かった上、天候にも恵まれ、さらに煙を吐いてくれたのでどれも満足できる写真となった。 

 しかし、今回、一番満足度が高かった要因は、無粋なヘッドボードがついていなかったことだろう。これまで台湾の蒸機運転の多くには、無粋を通り越したデザインの大きなヘッドボードがつけられていた。今回の運転でも前例通り、ヘッドボードがつけられるのでは危惧していたが、無かったのは大変に幸運であった。まあ、光号の客車が蒸機にはやや派手で、快客用の青い客車だったらもっと良かったのに、とも思うが、そこまで言うのは贅沢、というものだろう。

  台湾の鉄道を撮影するのは、今回が3度目であるが、いずれも満足感が高い。まずは食事のおいしさで、しかも日本の半値くらいの安さである。美味しい駅弁もあり、300~400円で買える。この満足度が好印象に大きく寄与している。夏に行けば、気温が高くて湿度も多そうだが、これまで訪れたのは2月で、日本と気候も変わらない。ただ、台湾の鉄道イベントは鉄道記念日のある6月9日くらいに集中しているので、今後、6月に訪れることもあるかもしれない。ネックとなるのは航空券であるが、LCCの就航によって時期さえうまくあえば、新幹線で東京に行くよりも安く行くことができる。現地に行ってしまえば、鉄道運賃も日本より安い。

  また、機会があれば台湾の鉄道を見に行ってみたいと思う。列車も長編成で手応えがあるし、駅に日本の面影が残っているところも多い。日本の鉄道に失われた鉄道旅の楽しさが台湾に残っている、といっても過言ではない。どうですか、一度、台湾の鉄道を見に行ってみませんか?(駅長)

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2018年3月 8日 (木)

南の国のD51

 海外にご一緒した友人から、2月に台湾でD51が走ることを教えていただいた。南廻(なんかい)線という台湾の最南部の路線を、復活以来初めて走るという。

 南廻線は、台湾西側南部にある枋寮と東側の台東を結ぶ約100kmの路線で、交通が不便であった西側南部(大都市では高雄がある)と東側南部を結ぶ目的で1991年に全線が開業した。これに伴い、台湾が鉄道で一周できるようになった。

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 南廻線は台湾の脊梁山脈の南部を貫くため、延長8kmの中央トンネル始め35のトンネルと158の橋梁があり、また台東の南から大武にかけては太平洋を望んで走る景色の素晴らしい路線である。この路線には一昨年、乗車と撮影に訪れたが、残念ながら天気がもうひとつで、いつかリベンジを期したいと考えていた。

 もうひとつ、南廻線は現在、電化工事が行われていて、2020年に竣功の予定である。すでに高雄側から工事が始められていて、この冬からは曜日を決めて夜の列車を運休し、バス代行も行われている。そんな状況なので、電化ポールの建たない早い段階で南廻線を訪れる必要があった。

 そう考えていた中での蒸機の運転という話である。これは、もう、行くしかない。訪台の日は台湾の正月にあたる春節の最後にあたるため、航空券の入手がやや困難であったが、なんとか納得できる料金で手配できて、台湾にいけることになった。

 まずは、名古屋の友人と台北に飛んで、ここから北回りで鉄道で台東に向かう。台東駅前で以前、ドイツで会った友人とタイとドイツで会った友人に再会してレンタカーを借り、ホテルに荷物を置いて、屋台で前々夜祭である。衛生面では若干疑問もないわけではないが、火を使っているので大丈夫だろう、と考え、コンビニで買ったビールで乾杯する。

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 これで一人500円もかからないのだから、安いものである。味も良くて美味しい。

 翌日は、下見を兼ねて沿線を撮影する。まずは以前にも来た太麻里の太平洋を望む大俯瞰。

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 リベンジだけになんとか晴れて欲しいが、残念ながらもうひとつである。それでも海の碧さが美しい。

 ここを走る列車には、日本製のディーゼルカーである特急の自強号とディーゼル機関車が牽く急行の光(きょこう)号、そして1往復の普通列車がある。光号は本数は少ないが、機関車牽引で絵になるので、これを中心に狙いながら下見を行った。

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太麻里の南側には国道との立体交差があり、ここでも海がはいる。翌日のD51の撮影候補地となることを確認した。

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 続いて、太麻里のひとつ南の金崙で自強号を撮影する。自強号は9連または12連で、日本では見られなくなった長編成であり、撮影していても手応えがある。

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 東海岸は、急峻な台湾山脈から流れ落ちる川がいくつもあり、太平洋に流れ込んでいる。その河口には、このようなコンクリート橋があり、撮影ポイントになっている。

 下見をしているうちに、この区間で最も撮りたい普通客車列車の通過時間が迫ってきたので、再び太麻里に戻って撮影する。この普通列車(種別は普快)はR100形ディーゼル機関車が3両の日本製客車を牽引するもので、枋寮と台東の間を1往復だけ運転している。客車の車内はスハ44を思い出させるクロスシートとなっており、太平洋を望む車窓風景の素晴らしさから乗り鉄にも人気の列車である。

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 最初の写真より、少し下のポイントで撮影する。この太麻里のあたりは太平洋を望む俯瞰ポイントに事欠かず、どの場所で撮影するか、選ぶのが悩ましい。

 続いて、台湾で発刊している鉄道雑誌に載っていた撮影ポイントを探して瀧溪の南に向かう。なんとか場所を探して、光号の客車を使い、台湾を一周する観光列車を撮影する。

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 南廻線で太平洋を入れて撮れる場所は限られており、おそらくここが一番の撮影地であろうと確信する。ただ、問題は立ち位置が極めて限られることである。なんとか、明日のD51はここで撮りたいものだが・・・。
 

 続いて2006年に廃止された多良駅跡も視察する。太平洋を望む景勝地で、観光名所にもなっていて、撮影場所も整備されている。

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 台東から戻る普快列車の時間が近づいてきたため、太麻里と知本の間で場所を探す。

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 ビンロウと思われる木が随所にあって、いかにも南国らしい風情の中、R100形の牽く客車列車がやってきた。これは大変絵になる。ぜひ、D51をここで撮りたいものだ。

 最後に2001年に廃止になった台東旧駅を視察。かつてナローゲージで台東と花連の間を結んでいた台東線で使われていたディーゼルカーを改軌した車両が置かれていた。現在は、台東鉄道芸術村として、台東の観光地の一つとなっている。

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 この晩はホテル隣の焼き肉屋で前夜祭。セルフサービスでいろいろなものが食べられ、ビールを飲んで一人2000円程度である。安くて美味しい。さて、明日のD51は期待通りに撮影できるだろうか?(駅長)

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2018年3月 6日 (火)

白帯の塗装位置が異なる件

(タイトルは “月曜から夜ふかし”風に)

DD51に精通している方にとっては既知ネタかもしれません。それどころか、凸の詳細に関する研究論文がすでにネットや書物などに発表されて皆様は既に把握されていらっしゃるかもしれませんが、自分にとっては目からウロコ的ネタだったので、あえてご報告しますことをお許し下さい。

まぁ、どうのこうのと気にする範疇ではありませんが、先日撮影した↓の写真を見ていたら気が付きました。先頭は旧鷲別機1156号、次位は1028号です。どうやら旧鷲別機の場合、車体塗装の赤とグレーの境界に巻かれている白帯が、ほかの車両と比べて若干高い位置に塗られているようです。

4628 両機の側面によ~く目を凝らすと、左側の1156号では元空気ダメタンクのカバーより上の位置に白線が塗られています。これに対して1028号はカバー上辺の位置になる高さで塗られているようです。カバーが汚れたりしていると、側面から見たときの白帯があまり目立ちません。

Ina その翌日には別の目的で愛知機関区に足を運びました。そうしたら前日撮影した重連ペアが運よく目の前の機関区内で整備中でした。白帯の位置がどの程度異なるのかを検証したかったので連結面にカメラを向けたところ、タイミングよく整備員がボンネット正面扉を開けてくれるではありませんか。よーし、シャッターチャンスだ~(笑)。さて差異は判別できるでしょうか??おや、車体そのものの高さも揃っていない??因みに左側が1156号です。いずれにしても白帯の位置は左側が微妙に高い、かな~・・・。

1028 斜め上から見れば、両タイプの塗り分けの違いがさらに分かります。今まで撮影した画像の中から分かり易いものを探しました。たまたまこれも1028号ですが、一般的にはこれに準じた塗装となっているはずです。元空気ダメタンクのカバー上辺に沿って白線が塗られています。

1146 対する旧鷲別機は1146号。白線はタンクカバーの直上を通るように塗られています。右端に写る一般タイプ塗装にもご注目下さい。

凸運用が減少するまで残された時間は僅かです。インスタ映えには程遠いネタですが、こんな視点からも最後の活躍する姿を目に焼き付けておきたく思います。(出札掛)

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2018年3月 5日 (月)

527.消化不良に終わった立山・毛嵐スクランブル 2018/3/3

 今冬の北陸エリアは例年にない大雪と悪天候のため、すっきりと晴れる日が滅法少なかったように思います。懸案になっている雨晴海岸の立山+毛嵐、スクランブルの機会を虎視眈々と狙っていましたが、自分のスケジュールと天気が合わず、ここまで延び延びになってしまいました。直前の天気予報では33日がバリ晴れ予想だったので、このチャンスを逃してはもったいないということで、スクランブルを決行しました。なお、他のメンバーの皆様にお声掛けさせていただいたところ、検査掛様にご同行いただけることになりました。相変わらずの弾丸鉄でしたが、お付き合いいただきましてありがとうございました。

 

※撮影は33日の氷見線・万葉線・新湊線(電車運転士)

 

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 雨晴海岸は早朝の525Dからのスタートとなりました。朝焼けに浮かぶ立山の景観はまずまずでしたが、3月に入り、気温が低くならなかったこともあってか、毛嵐の出現はありませんでした。かなりハードルは高いですが、来シーズン以降の宿題はそのまま残ってしまいました。
【2018.3.3 氷見線】

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 約50分後の527Dはポイントを変えてみました。上空を怪しい雲が漂い、先行きが心配されます。このシーンに限っては真逆光にならなかったので、結果オーライでした。
【2018.3.3 氷見線】



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529D撮影の時には目の前で波が砕け散りました。絶妙のタイミングでしたが、逆光で波の飛沫がよくわからなくなっており、作品的にはいいのか悪いのか自分では判断しにくいところです。

【2018.3.3 氷見線】

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 この後しばらく立山は完全逆光タイムとなるので、しばらく万葉線で時間つぶしです。新吉久に立ち寄ったところ、新湊方面行はマウンドアップと屋根が設置されたのりばに変わっていました。高岡駅方面ののりばは道幅の関係で設置が難しかったように思えました。
【2018.3.3 万葉線】

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 吉久ののりばは路面にペイントだけと、往時の岐阜市内線・美濃町線を思い出させる風景でした。加越能塗色のデ7073を期待しましたが、この日は米島口の車庫で終日おネンネということで、在来車は広告車両ばかりでした。
【2018.3.3 万葉線】

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 立山が見えるようになる頃を見計らって、庄川の鉄橋に移動しました。怪しい上空の雲もなくなり、ほぼベストな条件になってきました。「ドラえもんトラム」は予定どおりの運行でした。
【2018.3.3 万葉線】

82_dsc40431833

 

 万葉線で時間をつぶしていたところ、午後の新湊線の貨物列車の時間が近づいてきたので、定番ポイントに移動しました。富山常駐のDE10は国鉄色の3501(元DE15)と更新色の1730ですが、この日は運よく国鉄色の3501が来てくれました。
【2018.3.3 新湊線】

 

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 新湊線の貨物列車の撮影を終え、万葉線沿線に戻りました。昼過ぎまでバッチリ見えていた立山ですが、白い雲が広がってきたと思ったら、アッという間に曇り基調になってしまいました。立山はうっすらと見えてはいるのですが、イメージとは程遠い状況に急変してしまいました。夕方まで余裕で見えてくれるだろうと確信していましたが、予想外の展開にテンション大幅ダウンです。天気予報が恨めしく思いました。
【2018.3.3 万葉線】

 
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 これまでだと富山地鉄へ移動するパターンでしたが、今回は海に浮かぶ順光の立山を撮りたいと思い、高岡エリアに留まりました。夕方になれば回復基調になるのではと淡い期待を持って雨晴海岸に向かいましたが、結果はご覧のとおりです。今回の撮影行の後半は何とも消化不良に終わってしまいました。
【2018.3.3 氷見線】

 
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 今回の撮影行とは関係のないオマケ写真です。某サイトをチェックしたら4日はEF6627EF210代走の5070列車に入っているということが確認できたので、急遽、稲沢線沿線に行ってみました。何とか夕陽を浴びて力走するEF6627を撮ることができました。
【2018.3.4 東海道本線】

 

 

 

 

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JRE351系 引退に寄せて

今年も時刻改正の3月が来ました。JR関係では三江線の廃線(廃止は年度末ですが・・・)をはじめ、この地域でもDD51の置換えが既に始まっています。
そんな中、中央東線の特急用として183、189系に変わる車両としてJR化後1993年に登場したE351系が定期営業から撤退することになりました。昨年末2運用が後継のE353系に置き換わって、既に1編成は長野に廃車回送されています。そこでE351系が新製されて配置先に送られた時の様子をご覧頂きたいと思います。

93421993年9月14日
まず量産試作という形で2編成が日立、日車各1編成新製され、1本目は日立から12両で運ばれてきました。日立分は8862レ米原操8860レ稲沢8873レと継送されました。1本目は唯一EF65PFの牽引で、岡山区の1038号機でした。当日は休みでしたが、天気が悪くここでお茶を濁しました。

9342_21993年9月14日
登場時は松本寄が附属編成でした。この日の中央西線の牽引機は当時としては稲沢区の愁眉、EF64 77でした。

9342_31993年9月14日
量産試作車の外観の特徴は、何と言っても空調機の横に張り出した歩み板でした。この系列からクハE351-のように形式番号に東日本のEが入れられるようになりました。

93401993年9月28日
量産試作2本目は日車からで、まず基本のみの8両がこの日、DE10 1519に牽引されて出場してきました。日車の出場車は、連結側に控車としてヨまたはワムを連結してきます。

9340_21993年9月28日
日車からの甲種輸送は9773レ豊橋9775レ笠寺~東港(泊)~笠寺8771レ稲沢8873レと継送されました。この時点ではまだ稲沢区としてEF65の配置があり、当日は47号機が任に当たっていました。
未だに不思議なのは、何故わざわざ東港に取り込んだのか?ということです。9775レから8873レに当日継送するのは難しいのはわかるのですが、稲沢泊では不都合だったのでしょうか。

9342_41993年9月29日
翌日はナントDD51重連(832+820)が笠寺・稲沢間を牽引しました。控車は臨海線に置いてきたようです。この重連牽引もレアですが、ND552とE351系の連結した姿も撮りたかったですね。

9342_51993年9月29日
稲沢からはEF64 32の牽引で松本に向かいました。

93451993年10月14日
日車からの附属編成はやや遅れて出場。やはり東港泊で翌日今度はDD51 746が単独で牽引してきました。この後再びEF64 77に引かれて松本に輸送されました。

E351系は1993年12月から営業運転を始めましたが、しばらくは2本のみで運用されていました。次に登場してくる量産車は2年後の1995年暮となります。

95331995年12月16日
3本目の附属編成も日車新製でした。量産車はクーラーキセの形状も変わって、目障りだった歩み板もなくなりました。
輸送方法が変更され、9773レから8861レに継走され、当日中に中央線9877レに継送可能となりました。牽引はEF65 34ですが、所属は愛知機関区となっていました。控車も大阪寄のみとなっていました。

9533_21995年12月17日
基本編成の3本目は日立製でした。こちらは量産試作編成時と変わらず、8862レ米原操8860レ稲沢8873レで輸送されました。牽引しているのはEF66 123です。貫通形クハで保護シールでカバーされずに輸送されたのはこの編成だけだったと思いますので、後追いで1枚撮っておきました。

9533_41996年1月7日
4本目は日立製で基本+附属の12両でした。天気が良く、伊吹山がよく見えたので、3本目の基本編成と同じここに来ました。この日は4Mもボンネットだったし、2015Mのクロも50番台で本命以外でも成果がありました。

9533_51996年1月7日
時期的に9877レを中央線で撮影するのは難しいので、稲沢線での撮影となりました。

投入当初いろいろと問題になったようですが、さらに痛手となる事故が発生しました。1997年10月12日に大月で入換中の貨物と衝突、松本寄5両が損傷してしまいました。

9851998年3月28日
JR東日本では廃車せずに、新たに日立で車体のみ新製し、事故車両から部品を外し再用して復旧しました。この時の甲種輸送にはEF66 4が当たりました。

985_21998年3月28日
稲沢でEF64 78に付け替えられました。この後走行中は被られてアウトでした。

最後に営業運転時のものを1カット。

98c211998年11月29日
導入当初は附属編成4両が大糸線に乗り入れていましたが、量産編成登場時に試作編成は組替えをして基本8両が入るようになりました。
これはローカルにE127系が入ることになり、169系が撤退するために出かけたときに撮影したものですが、大糸線でこの顔を撮ったのは後にも先にもこの日だけになってしまいました。E351系の大糸線乗り入れは2010年3月に終了しています。

改正まであと2週間足らずになりました。定期営業後も波動用で残るかもしれませんが、最後まで事故なく走ってほしいものです。(検査掛)





















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