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2018年1月

2018年1月31日 (水)

520.2018年雪鉄はじめ 【長良川鉄道】 2018/1/28

 このところ、日本列島付近には最強寒波が居座り、先週は東海地方の平野部でも積雪がありましたが、平日ということもあり、残念ながら雪鉄はお預けとなりました。平野部で積雪があるということは、山間部では大雪の可能性が高く、アメダスの積雪深を確認すると長良川鉄道沿線の長滝は60cmを超える数値となっており、ちょっと遠出すれば雪鉄ができるだろうということで、今シーズン初の雪鉄目的で長良川鉄道に足を運んでみました。

 

※撮影は128日の長良川鉄道(電車運転士)

 

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 国道156号線を北上するにつれ、苅安を過ぎたあたりから本格的な雪景色になってきました。何とかシャッターが切れる明るさになった頃合いを見計らって、最近メジャーになりつつある自然園前のアウトカーブポイントの2004列車からスタートしました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 2001列車を撮るため相生付近まで南下しました。このあたりでもそれなりの積雪が残っていました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

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 次の上りの2006列車は郡上八幡で行き違いとなるので、遠くへの場所移動はできず、近くのポイントで待ちました。背景の木々の着雪がもう少し残ってくれていればよかったのですが…。
【2018.1.28 長良川鉄道】

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 郡上八幡以北だと木々の着雪はクリスマスツリーに近い状態でした。雪のない時には撮らないポイントですが、せっかくの雪景色なので、2008列車はここで撮ってみました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

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 郡上大和まで来るとかなりの積雪でした。2003列車は乗降客を期待しましたが、寒い日曜日の午前中の下り列車ということで、乗降はないまま、列車は静かに発車していきました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

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 今回はなるべく今まで撮ったことのないポイントを巡ることにしていました。桜や鮎釣りの時季は対岸から撮っていましたが、雪景色ということでアウトカーブ側から10列車を狙ってみました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

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 北濃まで行くと積雪は1m近くあり、完全に雪国の様相でした。5列車が到着すると数人が降りてきましたが、いずれも乗車目的の観光客か同業者で、全員、折り返しの2012列車に乗車したようです。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 

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 2012列車は雪がない時は田んぼだと思われる高台に登ってみました。当然、除雪はされているはずもなく、人力ラッセルを余儀なくされました。雪深い集落の雰囲気を感じ取っていただければ幸いです。

【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 「ながら1号」は北濃近くの雪深いエリアで撮りたいと思いましたが、サイドが開けているポイントがなく、結局、あまり目新しさのない正面がちの構図になってしまいました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 「ながら1号→2号」は北濃での折り返し時間が12分しかないため、「ながら2号」は駅撮りでお茶を濁しました。これまでの積雪がしっかりと残っていたため、豪雪地帯の雰囲気を感じることができました。人と乗降確認用のミラーがなければ駅撮りとは思えないシチュエーションでした。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 2007列車は開けたポイントに移動してみました。晴れていれば雪原の微妙な凹凸がいい感じに写るはずでしたが、曇り空では下半分が真っ白になってしまい、単調な絵になってしまいました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 

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 2007列車を撮った直後に何やら怪しい雪雲が涌いてきたと思ったら、あっという間にこのような状況になってしまいました。2014列車が降りしきる雪の中をやって来ました。待っている間は辛いものがありましたが、撮りたかったシーンをゲットすることができました。

【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 2007列車の次に北濃に来る列車は約2時間後になってしまうので、郡上八幡まで南下しました。途中で知らない間に2007列車を追い抜いてしまったらしく、運よく郡上八幡止まりの2011列車との並びを撮ることができました。深々と降る雪は止む気配がありません。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 2016列車はナガラ201が来るということがわかったので、側面のイラストを目立たないようにするため、正面がちに撮れるここに移動しました。モノトーンな世界をナガラ201が通過して行きました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 2013列車と2018列車の行き違い風景を撮ろうと思い、郡上大和に向かいました。降りしきる雪の中、上下列車が行き交います。郡上大和での行き違いは昼過ぎと夕方の12回しかないので、それなりにレアなシーンです。夕方になって底冷えの状況になってきたので、道路が凍結する前にと思い、この日はこれにて撤収しました。
【2018.1.28 長良川鉄道】

 
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 おまけの写真ですが、前日の27日は国鉄色に戻されたEF64 10283088列車の先頭に立つということで、急遽、矢田川に足を運びました。これまで、東海道本線運用ばかりでしたが、やっと中央西線運用に入ってくれました。これで西線通いの楽しみがまたひとつ増えました。
【2018.1.27 中央本線】

 

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2018年1月28日 (日)

「カラシ」

全検後の塗装について何かと噂のあるEF65。今後は現在2両のみの国鉄色車が徐々に増殖していくとなれば、その希少価値も徐々に薄れ、やがては唯一の「カラシ」塗装車こと2127号の注目度がより一層増してくることも考えられます。そんな「カラシ」をいざカメラに収めようにも、ただでさえ我が地元中京地区で見られるEF65は一日1往復、しかも日中に見られるのは東海道下り貨物の5087レしかないのに、そうそう都合よく「カラシ」が訪れるはずもなく、なかなか苦戦を強いられます。

271 昨年末の29日、新鶴見からのお年玉?として5087レの運用に就いた「カラシ」です。ところがこの日は4時間近くの遅れで東海道を西下中。おかげで稲沢では、本来なら逆光になるポジションですが側面まで陽が回り、最悪の光線状態は回避できました。ただ、肝心の正面部は影となり、「いっそのこと曇ってくれればよかったのに」と思ったのは贅沢な願いでしょうか。

272 上りのEF65は、5086レとして深夜2時に名古屋を通過するので言うまでもなく撮影不可能ですが、28日(日)は、関西地区の目撃情報によると13時間遅れで当該が走行中、しかも「カラシ」が牽引しているようです。これは千載一遇のチャンス(笑)とばかり、天候は良くありませんがスクランブル発進。5086レが名古屋地区を日中に通過するシーンを表せる場所に向かい、小雪が舞う中、10名近く集まった同業者で当該を見送りました。

そのうち、現更新色車が注目の的になる時期が訪れるのでしょうね。面白い現象が起こりそうです。(出札掛)

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2018年1月27日 (土)

四国の路面電車 遠征記 4ー広島編

 松山からフェリーで瀬戸内海を渡り、次は広島です。広島港につくと、広電が迎えてくれます。夜の停留場は、留置線代わりになっているのか、何本もの電車が停まっています。

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 翌朝は、検査掛さんの写真を参考に、日の出の光景が撮れるのではないか、と御幸橋に向かいます。

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 なんとか撮れそうな雰囲気ではありますが、肝心の場所に高いマンションが建っていて、目立ってしまいます。

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 場所を変えて1枚。側面の輝きがもうひとつです。

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 この橋は自動車の通行量がかなり多く、自動車に邪魔されて、なかなかうまく撮れません。結局、このあたりが限界でした。

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 冬の時期ゆえ、街中では建物の影がでて撮りづらそうなので、南側が開けている元宇品口に移動します。タイミング良く、元神戸市電591の570形582がやってきました。装飾車に使われることが多いため、装飾していない姿を撮るのは久しぶりです。この車両は1形式1両の実質的には動態保存車です。

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 この場所は背後に高架道路があってあまり絵になりませんが、手前に車道がないため、車両写真を撮りやすいところです。南側に建物がなく、開けていて影がでませんし、本数も多く、次々やってきます。(残念ながら、訪れた時には薄雲が出てしまいましたが・・・)タイミング良く、もはや2両となってしまった元大阪市電の750形762、元京都市電の1900形、そして元福岡の3車体連接車3000形と、数が減じてレアになった車両が続行でやってきました。

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 ホテルに戻り、朝食を食べながら、路面電車を撮影します。レストランから原爆ドームと一緒に電車が撮影できるこのホテルは、広島の常宿です。

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 雲が出てきて、曇基調なので、建物の影がでないだろうと、胡町の歩道橋に向かいます。しかし、ラッシュ時ではないので、電車の連なりにも限界があります。今度は、朝ラッシュの時間に来たいものです。この歩道橋では、わずか30分ほどの間に同業者が二人も現れました。単なる観光客が写真を撮っているのとは様子が違っています。JRで撮るものが減ったので、路面電車に興味が移っているのでしょうか?

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 車内から、元西鉄北九州線の500形である600形602が7系統で動いているのを確認したので、それを横川駅の近くで迎え撃ちます。この車両も1形式1両の動態保存車です。

 この後、本格的に曇ってしまったので、横川駅から可部線の再開区間を乗りに行きました。広島に戻ると晴れてきたので、再度、路面電車の撮影です。

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 横川駅で広電の乗り場に行くと、ちょうど被爆電車の現役車の1両である650形652がやってきました。定期的に動いているのは2両だけで、しかもこの時には臨時に江波の運用に入っていたようなので、ここで撮影できたのは幸運です。

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 陽が傾いてきたため、少しでも陽が当たるところを探し、相生橋の上で狙います。1000形3連節車の最初の導入車両、ピッコロがやってきました。この車両は未撮影でしたので、ラッキーでした。

 名古屋に戻る前に、夕暮れの雰囲気が撮れるのではないかと小網町で最後の撮影。

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 狙いはピッタリでしたが、現地に着くのがほんの少し遅れ、ベストの時間の撮影は逃してしまいました。残念。まあ、これでも合格点ですが、時期を見て再履修したいところです。

 今回の広島の撮影、結局市内線だけで宮島線にはいけませんでしたが、1形式1両のレアな車両3形式のうち、1156を除く2両を撮ることができました。さらに被爆電車や1000形連接車の最初の車両ピッコロなども撮れました。天候はもうひとつだった時間もありますが、なかなか撮れない車両が撮影できたので、まずは広島を訪れた目的達成です。(駅長)

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2018年1月26日 (金)

519.1981年GW 信州撮り鉄行脚 1号車 【春まだ遠き飯山線】 1981/4/25

 去年の7月以来、途絶えてしまっていた過去ネタを久しぶりに再開したいと思います。1981年のGWは信州ワイド周遊券を有効活用して、信州エリアを行脚していました。この当時、GWは残雪の名山や新緑を求めて信州方面に出向くことが多くなっていたようで、まずは初日に訪れた飯山線からスタートします。

 

※撮影は1981(昭和56)年425日の飯山線(電車運転士)

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 この時は、名古屋から夜行の「きそ5号」で長野入りしたと思われます。今にも雨が降り出しそうな天気で、出鼻をくじかれたような感じです。戸狩で下車し、上境方向へ歩きました。途中、上り列車を適当なポイントで撮影しましたが、屋根の傾斜が急な民家が雪国を物語っています。写真をよく見ると、一昨年の秋にC11が飯山線を走行した際に撮ったポイントに程近いということがわかりました。C11の時は、列車がいる踏切の左奥の斜面でしたが、全体的な雰囲気は35年前の当時とそんなに変わっていないように感じました。
【1981.4.25 戸狩~上境】

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 さらに、森宮野原まで足を進めました。当時、全線にDD16の貨物列車が上下1本ずつ設定されており、これが飯山線を訪れた一番の目的です。ただ、ダイヤでは戸狩~森宮野原(だったと思いますが、記憶が定かではありません…)は単機回送のため、貨車なしのはずでしたが、なぜかこの日はワム2両がくっついており、いい方の想定外でした。今では超メジャーなポイントとなっている栄大橋はまだ開通しておらず、俯瞰気味のアングルはこれが精一杯でした。このあたり、さすが日本屈指の豪雪地帯だけあって、4月の下旬でもこれだけの雪が残っており、春まだ遠きといった雰囲気でした。泣き出しそうだった空はついに雨へと変わり、おまけに川霧も発生、時には真っ白になって何も見えなくなるといった状況の繰り返しでしたが、お目当ての列車の時は、何とか視界が確保できて安堵したのを覚えています。
【1981.4.25 横倉~森宮野原】

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 横倉付近も川霧のおかげでこんな感じでした。幻想的な風景が展開されていましたが、こんなアングルでしか撮れていません。なぜもっとまともなポイントを探さなかったのか、記憶には残っていませんが、もったいないことをしてしまいました。
【1981.4.25 横倉】

 

 ネガを確認すると、この日はなぜかこの3カットで終わっています。時間的にはまだまだ余裕があったはずなのにと当時の記憶をたどってみましたが、よく思い出せませんでした。おそらく、こんな天気だったので、飯山線の乗り潰しに予定変更したんじゃないかと推測しています。

 

●次の目的地 大糸線 電化区間

 

●移動行程 飯山線→長野→松本→辰野STH→「アルプス13号」→大糸線

 

 

 

 

 

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四国の路面電車 遠征記 3 ー松山編 2 

  続いて、松山市内を走る坊ちゃん列車です。

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 蒸気機関車の姿を模したディーゼル機関車ですが、こうやって撮るとそれなりに様になっています。

 機関車は2両有ります。

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 明治21年製の1号機関車。独・クラウス製の甲1形で、現在の高浜線を走った最初の機関車です。

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 明治41年製の14号機関車。1号と同じクラウス製の甲5形で、同じようなスタイルに見えますが、運転室窓や煙突の形、安全弁などに違いがあります。

 速度が遅いので、あまり流れていませんが、一応、流し撮りです。失敗するときも少なくないですが、このように気楽に撮るときには意外に成功したりします。

 伊予鉄道では、別子銅山からの譲受車などを含め、こうした蒸気機関車が18両使用されたといいます。当初は762mm軌間でしたが、昭和6年の高浜線改軌・電化にあわせ、1067mmに改軌され、貨物輸送に活躍しました。ディーゼル化にともない昭和29年までに全車廃車になっています。この機関車の本物は、梅津寺公園に保存されているほか、映画撮影用に製作されたレプリカが、2016年12月に松山市駅近くの伊予鉄道本社ビル1階に開設された「坊っちゃん列車ミュージアム」に展示されています。

_5d47948 このミュージアムは、スターバックスの店舗内にあるのがユニークです。

 さて、「坊ちゃん列車」のように街中で蒸気機関車を走らせるのは、他に例がないわけではありません。

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 これは、ドイツのダルムシュタットでの蒸機運転。レプリカではなく、本物の蒸気機関車です。

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 こんな列車が、街中の歩行者ゾーンを堂々と走るので、たまりません。もちろん、煙を吐きますが、街のアトラクションとして気にしていないようです。

 この機関車は、鉄道を走る蒸気機関車の形をしていますが、むしろこうした形の機関車が街中を走ることは珍しく、屋台形の機関車が客車を牽いて街中を走るのが一般的でした。

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 こんな形の機関車ですね。路面電車が実用化される1880年代までは、こんな蒸機列車が街中で運行されていたのです。これはキムゼーというドイツ南部の鉄道ですが、スイスのベルンとチェコのブルノには街中を走る屋台形機関車が残り、年に何度か運転されています。ただ、残念なことに、まだ撮る機会がありません。

 さて、松山に戻り、坊ちゃん列車。やはり道後温泉の駅舎をバックにしたカットは外せません。

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 夏目漱石が乗った頃の坊ちゃん列車の道後温泉の駅は、この場所ではなく、左手奥の引き込み線のあたりにあったそうです。

 2編成が運転されるなら、すれ違いもあるわけで、それを狙ってみました。

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 なんとか、松山城をバックにした市役所前で、すれ違いを撮ることができました。(^_^)v

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 松山市駅での折返しは、機関車を転向させた後、人力で客車を入れ換えます。これもひとつの見物となっていますが、結構大変な作業です。

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 機関車を付け替えて、松山市駅を出発します。

 この後、高浜線で松山観光港に向かい、フェリーで広島に渡りました。(駅長)

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2018年1月24日 (水)

四国の路面電車 遠征記 2 ー松山編 1 

 高知に続いて、松山にやってきました。松山の路面電車は、伊予鉄道が運行しています。この路面電車も、高知と同じく、塗装変更が進んでいます。さらに、昨年秋には、新しい低床車モハ5000形も登場しました。訪れるネタは、少なくありません。

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 まずは、新車のモハ5000形。定番の市役所前で撮影です。松山の路面電車で、このカットは逃せません。

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 続いて、古風な駅舎が印象的な道後温泉でも撮影します。ここでのカットも、是非とも押さえておきたいところです。

 このモハ5000形は、それまでの低床車であるモハ2100形の改良形で、ボギー車でありながら、台車間を低床化しています。室内も随分広くなり、ボギー車の低床車としてはかなりよくできた車体となりました。同型が、札幌市にも導入されると聞いています。

 松山の路面電車の見所として、大手町での高浜線との平面交差があります。車体色がみかん色というかオレンジ色に変わったので、ここも1枚押さえておきたいところです。

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 路面電車に鉄道線、おまけに路線バスまで入ってくれて、見事にオレンジの新色が揃いました。

 この大手町駅前での鉄道線とのツーショットは、比較的交差するので撮りやすいのですが、意外に難しいのが本町六丁目での城北線と本町線のツーショットです。本町六丁目の6系統と、城北線の2系統は発車時間が同じなので揃いやすいはずなのですが、意外にうまくいきません。本町線は30分間隔なので、うまく撮れないからといって、次の電車を待って撮るのも辛いところです。

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 本町六丁目を発車したばかりの6系統モハ2100形と城北線の電車をかろうじて1枚の写真にまとめることができました。

 たまたま訪れたのは、センター試験の日でした。センター試験の会場は、城北線沿いの愛媛大学と松山大学です。受験生のために、単線の鉄道線である城北線に、定期運用ではなくなってしまった続行運転が見られるのではないか、と思い、朝の城北線を訪れてみました。

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 予想通り、鉄道線では続行運転が行われていました。続行運転の臨時便には、臨時の系統板が掲げられ、方向幕は本来は道後温泉~JR松山駅前行きの5系統で運転されていました。運行本数は見た限りでは3本だったようです。

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 松山の路面電車では、蒸気機関車を模した「坊ちゃん列車」も運転されています。新車の低床車と出会う、こんなシュールな光景も見られます。

 次回は、「坊ちゃん列車」の走る光景を紹介しましょう。(駅長)

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2018年1月22日 (月)

四国の路面電車 遠征記 1 ー高知編 

 先日、松山で集まりがあり、そのまま往復するのでは面白くないので、高知と広島に寄り、路面電車を見てくることにしました。

 まずは、かつてのJAL線を移管したFDAで小牧から高知に飛びます。小牧空港から出発するのは久しぶりです。北側に飛んだのに、意外にも岐阜から琵琶湖上空に出るのではなく、中部空港の上から潮岬に出て、南側から高知に着陸しました。

 高知龍馬空港から高知市内へは、通常なら空港バスですが、空港のすぐ北の後免付近でも撮影したいため、高知市内に出てしまうと非効率です。しかし、空港から後免に行くバスは無くなってしまっていてありません。そこで調べると、土佐くろしお鉄道の「のいち」駅に行くワンコイン(500円)の乗り合いタクシーがあることがわかりました。これなら、土佐くろしお鉄道の後免町で降りれば、すぐ前がとさでん交通の後免町停留場です。乗り継ぎが良く、9時には後免町に着くことができました。

 後免町の併用軌道区間で少し撮影した後、ごめんへの路線で最も長閑さのある長崎へ向かいます。今回の高知は、土佐電鉄からとさでん交通へ事業者が変わった事により、電車の塗装も変わったので、それを撮影することが目的です。長崎のこのポジションには、過去に何度も来ているのですが、電車の塗装が変わってしまったので、再度、撮り直す必要があります。幸いにも2本待って、新しい塗装の車両が来てくれました。

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 続いて、隣の停留場の明見橋まで歩きます。この停留場辺りから高知方向を見ると、カーブしているので、道路の横に未舗装の複線の軌道が敷かれている様子がよくわかります。

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 ちなみに電車の奥の方に停留場がふたつ、接近しておかれていることがわかるでしょうか?この停留場は、一条橋と清和学園前で、この間は63mしかなく、日本で一番短い停留場間距離となっています。これは、清和学園前の学生のために清和学園前の停留場を新設した事によるもので、一条橋で降りるとすぐ高知側の橋を渡るときに線路側に広い歩道がなくて危険であることから、停留場を設置したことによるようです。

 つづいて、一気に高知駅前まで乗って、駅前のホテルに荷物を預けます。ちょうど元名鉄のモ590形がやってきたので撮影します。理由は不明ですが、現在も桟橋線の高知駅前~桟橋通五丁目間だけの運行です。新会社設立により、塗色が変わるかと思いましたが、前面にマークをつけただけで、相変わらずスカーレットの塗色のままでした。

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 続いて伊野方面に行き、河川改修で移設された八代通停留場を見に行きます。この停留場付近の歩道橋から見ると、朝倉から伊野にかけての道路脇の単線区間が綺麗に撮影できます。ここの車両の方向幕のLEDは1/160以下しか写らないので、極力、シャッター速度を下げて撮影します。

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 八代通にある八代信号場では、いまでは珍しくなった通票の交換が見られます。200形の機器を流用して車体を新造した2000形は、従来通りの塗装のままですが、なぜか前面に新会社のマークをつけていません。

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 市内を通り過ぎて、再び、伊野線に向かいます。夕方に伊野に向かう低床車ハートラムを撮影することが目的です。ホントは舟戸で降りるべきでしたが、間違えて田辺島通で降りてしまいました。しかし、望遠で新木方面を狙うと、夕方の光線に架線が光ってなかなかのムードです。

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 さらに伊野方に向かい、小籠通で夕陽と共に撮影しようと試みますが、絶好のタイミングで電車が来ず、来たときには太陽が雲に入ってしまって、撃沈。今年に入って、夕陽ギラリは2連敗です。

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 松山には、10時過ぎの高速バスで向かう予定です。それまで、前日に撮れなかった朝倉の単線併用軌道を撮るべく、早朝に出撃します。乗換のはりまや橋で降りると、ブルーモーメントの絶妙なタイミング。ちょうど原色の200形がやってきたので、これ幸いと撮影します。

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 朝倉と鴨部の間は狭い道路の北側に単線の軌道が敷かれていて、とさでん交通の最大の見所となっています。美濃町線にもこうした軌道があったように、かつては全国に少なからずあった単線併用軌道も、残るのはここだけとなりました。うまくクルマが来ずに歩行者や電車を待つ乗客の姿もあって、なかなか良い雰囲気で撮影できました。

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 ここから反対を向き、市場前信号場を見ると、こんな感じ。狭い道路にバスと電車が輻輳し、バスは右側通行で走っていきます。良く状況を知らずに運転していると、正面衝突してしまいそうです。

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 高知最後の撮影は、ホテルの部屋から高知駅を俯瞰するカット。タイミング良く、土佐くろしお鉄道からの乗り入れ車も写り込みました。路面電車と鉄道のアクセス改善の事例として、こうしたカットも撮っておきたいところです。

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 このカットを撮影後、高速バスで松山に向かいます。(駅長)

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2018年1月21日 (日)

伊豆箱根鉄道甲種輸送を撮りに行った日(しかし富士山は微笑まなかった・・・)

タイトルとは裏腹に、本当は富士山を撮りたかったのですが・・・。

昨年2月に伊豆箱根鉄道駿豆線に撮影に行ってから、185系「踊り子」のリベンジを考えていたのですが、1月19日に大雄山線車両の入場の情報が入ったので、この日に行こうと決めていました。
幸い当日現地は☀予報で、駅長様を誘って未明に出発しました。
しか~し、だがしか~し・・・。
現地に近づくにつれ富士山が見えないことがハッキリしてきました。そして駅長様からでたコトバ!「大雄山線はどこで撮る?」。えっ、コデ撮るの?

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平日ということで、もう一つの目玉、小田急LSEは1運用で、「はこね5号」を撮って、大雄山線に向かいました。
沿線全線、小田原のベッドタウンで、開けたところはないと思っていたのですが、駅長様に調べてもらって、この場所に行き着きました。待っている間に元西武色車もやって来ました。

Dsc_7184やがて、ツリカケモーター音も高らかにコデ165に牽引された入場編成がやって来ました。それにしても平日なのにナント同業者の多かったことか・・・。

Dsc_7189「はこね5号」を撮った時に、駅長様が同業者からGSEの試運転情報を聞き出してくれたので、一度戻り撮影することができました。(ギリギリでしたが┐( ̄ヘ ̄)┌ フゥゥ~)

Dsc_7194どーせ富士山が見えないのなら、コデの返却回送も撮って行こうということになり、撮影場所を探しましたが、ナントカたどり着いたのがここでした。後追いですが仕方ありません。

Dsc_7199あれやこれや撮っていたらLSEが戻って来る時刻になっていたので駿豆線に移動する前にここで撮って行きました。

Dsc_7210余裕でここへ来るつもりでしたが、着いたらもうED33の送り込み回送が大場を発車する直前になっていました。どうにか間に合いましたが・・・。
箱根を越えたら日差しは出ましたが、富士山には嫌われたままでした。

Dsc_7241送り込み回送撮影後、本命まで2時間余りありましたが、同業者が多く、じっとここでガマンガマン。日没と競争でしたが、どうにか太陽ももってくれ、終わりよければすべてよし、で本日の予定は終了。

せっかく直前に情報を提供頂いた電車運転士様、生かせずに申し訳ありませんでした。
また、一日ご一緒し、案内して頂いた駅長様、お疲れ様でした。(検査掛)

















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関西線DL歳時記 1月編

11_2 某日の5263   床下抜き!って、たまたま連写したら写っただけのこと

煙突から煙が出ていたので、本来なら隠したいところをあえてフレームイン。地域らしさを表現したつもりで。
   

12 その16分後の8271   太陽は上まで昇り、モロ逆光

21 その6日後の5263   空が白い・・・ 光線も弱い・・・

重連ですが、今回もあえて煙突と共演。バランスのほどは如何?

22 その16分後の8271   朝焼けなるも光量不足 でもおかげでモロ逆光へっちゃら

31 その翌日の6287   おー、ついにレッドベア登場!

凸との異形式重連に興奮。いよいよ本格稼働に向けて足慣らしでしょうか。

32 その折り返し、単6280   機関車の連結順は変わらず

33 先回りして単8970    あれ、凸は置いてきたの?

日曜日所定(?)のDEが相手となり、今度はDFが先頭で帰路に就きます。

34 さらに先回りして稲沢の手前で

資材担当様、塩浜からの追いかけお疲れ様でした。


DF200の運用開始で、早朝に狙うことのできる凸のダブルヘッダーも、1本だけになってしまいます。もっとも凸が消滅するわけではないので慌てる必要はありませんが、悔いのないように凸ならではのシーンを1コマでも多く記録しておきたく思います。(出札掛)

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2018年1月19日 (金)

518.開業30周年を迎える愛知環状鉄道 2018/1/18

 今年131日で開業30周年を迎える愛知環状鉄道、これに関連した企画がいろいろあるようですが、そのひとつとして118日から貫通ドアにシールタイプの記念HMが掲出されるということで、どんな具合なのか様子を見てきました。

 

※撮影は118日の愛知環状鉄道(電車運転士)

 

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 HMは貫通ドアにシールタイプのものが貼られていました。G6編成を除く19編成に掲出されています。G6編成は近々全般検査で名古屋工場に入場するようなので、掲出は名古屋工場から帰ってきてからのようです。
【2018.1.18 愛知環状鉄道】

52_dsc156518118 

 掲出期間は37日までの予定とのことです。約2か月弱の間、2000系はこの姿で運行されます。
【2018.1.18 愛知環状鉄道】

62_dsc1513 

 HMを拡大してみました。図案化した30の数字をメインに、沿線4市の花(岡崎:藤・豊田:向日葵・瀬戸:椿・春日井:桜)をあしらったデザインとなっていました。

 

 23日の土曜日は、豊田産業文化センターで開業30周年記念イベントが予定されており、専用の大型円型HMを掲出した記念列車(北野桝塚945分頃発→瀬戸口1025分頃着、団体扱いで一般乗車は不可)の運転も愛環のHPでアナウンスされていました。

 

 

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2018年1月16日 (火)

517.スクランブル富士山鉄 2018/1/14

 12月から正月明けにかけて、家族運用やら何やらで遠出が難しく、時間限定の鉄活動で我慢せざるを得ない状況が続いていました。そんな中、直前になって14日に遠出ができるチャンスが巡って来たので、天気予報・天気図からの気圧配置・気象衛星の写真などと睨めっこしながら行先をいろいろ考えましたが、ちょっとした美味しいおまけが期待できることもあって、昨シーズン消化不良に終わってしまった富士山鉄のリベンジに決め、未明の国道1号線を東進しました。

 

※撮影は114日の東海道本線・伊豆箱根鉄道駿豆線・小田急小田原線(電車運転士)

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 スタートはこの時季自分的に恒例になっている赤富士狙いで東海道本線を見下ろすこの高台にしました。赤富士がピークの時間に上りの貨物列車は来ないため、ここは電車で我慢です。
【2018.1.14 東海道本線】

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 駿豆線の富士山バック定番ポイントに移動します。運よく西武のリバイバルカラーが来てくれました。現地の天気は予想どおり雲ひとつないバリ晴れ、夕方までこのままの状態がキープされることを祈りました。
【2018.1.14 伊豆箱根鉄道駿豆線】

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 線路に陽が当たる頃合いを見計らい、1068列車と「踊り子102」号の時間に合わせて再びここに来ました。ここでは1068列車をアップしておきます。
【2018.1.14 東海道本線】

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 続いて「踊り子105号」を捕獲するため、速攻でここに舞い戻りました。東海道本線の高台とここは車で78分の至近距離にあり、お目当ての列車に合わせて何回も行ったり来たりすることが可能です。これは朗報ですが、今までこのアングルだとちょうど真ん中あたりのいい位置に鎮座していた電柱が道路工事の関係なのか離れたところに移設されており、処理に悩まずに撮れるようになっていました。
【2018.1.14 伊豆箱根鉄道駿豆線】

52_dsc134118114 

 ちょっとした美味しいおまけとはこれです。この日は日中に70000GSEの試運転が海老名~小田原で3往復実施されており、LSEと掛け持ちで撮ることができました。バーミリオン1色の塗色はなかなか目立つ存在です。
【2018.1.14 小田急小田原線】

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 当然のことながら本命はLSEです。昨シーズンもここに来ましたが、まさかの想定外の霞によって撃沈したので、そのリベンジです。この日はクリアな快晴、富士山もこれ以上の見え方はないといった状況だったので、「はこね18号」で何とか宿題を成就することができました。
【2018.1.14 小田急小田原線】

72_dsc136217114 

 GSEの試運転が続行で来ました。おかげさまで効率よくLSEGSEを撮影することができました。展望席を有する先頭部はVSEよりもさらにシンプルになっており、これはこれでよいのかもしれませんが、フラッグシップ的な車両なので、もう少し凝った意匠があってもよかったのではないかと感じました。
【2018.1.14 小田急小田原線】

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 もう1LSEを撮るために再びここに向かいました。午後の「はこね23号」だと太陽がかなり回り込んでしまい、側面の日当たりが弱かったです。やはり、ここは午前中に訪れるのがいいようです。
【2018.1.14 小田急小田原線】

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 せっかくのバリ晴れなので、石橋の俯瞰エリアにも寄り道しました。前回訪れた時は判断ミスもあって貨物列車を撮ることができなかったので、ここでも宿題を成就することができました。写真は5095列車です。
【2018.1.14 東海道本線】

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 反対側の斜面にも移動し、「踊り子108号」を迎えました。日の短い時季なので、午後の遅い時間になると鉄橋に山の影が落ちてしまうのではないかという危惧がありましたが、取り越し苦労に終わってよかったです。
【2018.1.14 東海道本線】

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 夕方の「踊り子114号」はこの日3回目の立ち寄りで待ちました。何か定点撮影のような感じになってしまいましたが、その時々で富士山の様々な表情を見ることができたのはよかったです。
【2018.1.14 東海道本線】

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 3回目の駿豆線は直線の方の定番ポイントに行ってみました。車体の一部に影が落ちてしまいましたが、何とか日没に間に合いました。
【2018.1.14 伊豆箱根鉄道駿豆線】

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 この日、自分的に最後のミッションとしていた夕方の赤富士です。日没ギリギリのタイミングでしたが、車体に何とか残照が残ってくれました。夕方は富士山に陽が当たる面積が小さいので、見栄えは朝の方がよかったです。日の出から日没まで、毎度相変わらずの活動パターンですが、終始富士山は最高のかたちで見え続けていたので、体力的にはしんどかったですが、自分的には富士山三昧の充実した1日になりました。
【2018.1.14 伊豆箱根鉄道駿豆線】

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2018年1月12日 (金)

北勢エリアで運だめし

1月7日(日)は朝から降水確率0%の快晴予報。この貴重な天候を黙って見過ごすわけにはいきません。かねてからの目標達成を目指すべく、関西線某所に向けて夜も明けやらぬ寒空の下、家を出ました。さぁ今年の初撮りです。運だめしの始まり~。
なお、先の電車運転士様の記事に載せられた撮影日と撮影地が被るところがありますが、ご了承下さい。

001 ここは以前から目を付けていた築堤です。写真は5263レ。ちょうど太陽が昇る位置と機関車とが重なり、凸から後光が射す縁起の良い?画が撮れました。日曜日なので単機牽引でしたが、これはこれでOKかなと思います。ただ、この位置からは線路を少し見上げる格好となるため、どうしても足回りが隠れ気味になってしまいます。カメラポジションを線路のレベルに合わせると、今度は背後に高速道路が写り込んでキレイなシルエットが出来ないので痛しかゆしです。ベストポジションにはあと一歩、研究の余地がありますね。

002 そして5263の16分後に続行する8271レはご覧のとおり、完璧に凸のてっぺんから後光が射しこんで、思わず拝みたくなりました。こんな画が撮れたなら本日の仕事は8割がた終わったようなもの。でもやっぱり重連シルエットを狙いたいですね。

003 ちなみに名古屋方面の上り列車は手前の線路を走るので、足回りまで抜けます。写真は8271の数分前に通過する4312M。朝日の窓抜きを撮れたのは幸いでした。

004 8271を追いかけて海蔵川まで来たら、雪をかぶった鈴鹿山系が目に付いたので、思い切ってこんな撮り方をしてみました。

005_2 次のターゲットである凸貨物までにはやや時間が空くので、近鉄線に転じて原色の特急車両や「特急70thマーク付アーバン」などを撮影。できれば12200系が先頭の編成が欲しかったのですが、粘る時間もないので次の機会に賭けましょう。

006 再び海蔵川に戻り、次のターゲットは凸の5363レと2085レ。定番の撮り位置では若干食傷気味なので(←贅沢!)、たまには視点を変えて広角で凸を仰ぎました。石油貨物がほぼウヤのせいか、同業者は少なめのようです。

007 今回は日曜日だったので、「異形式重連」になる確率が高い単8970を待ちました。結果は狙いどおりですが、ここでは順光となる後追い画像を載せます。全国探してもDD+DEを毎日ではなくても見ることができるのは、もはやココだけではないのでしょうか?(資材担当様、情報提供感謝です)

008 養老鉄道では1月からの上下分離に関連した各種系統板の掲出が始まりました。桑名近辺にて適当に待っていたら、ラビット編成の桑名行「開運号」登場!これまた縁起の良い事ですが、事前にわかっていたならもっと撮影地に気を配ったものを・・・。

009 折り返しのラビットはミカンの木とともに収めてみました。南濃みかん?多度みかん?

010 午後からは三岐鉄道の撮影に集中です。冠雪した鈴鹿の山並みを記録しておこうと、この場所に来ました。電車運転士様とは数時間差で訪れたことになりますが、順光の時間帯は過ぎていました。三重交通色の200系が撮れたらいいなと思っていたら、なんと一発目で現れました。幸運が続きます(笑)。ところでこのお立ち台、ポジションによっては脚立がないと木の枝をかわすことができません。でも、以前からそんなに成長していましたっけ?

011 続いて、これも電車運転士様とは数時間差で、おなじみのポジションにやって来ました。被写体は3716レ。やはりベストな光線状態は過ぎてしまったようです。

012 北勢線に戻り、もう一度200系を同じ場所で狙います。今まで撮ったことのない構図で遊んでみました。

013 ここからも伊吹山が望めるのですね、せっかくだから記念撮影して、以上で撤収しました。

なにかと予期せぬ幸運が続き、順調な滑り出しです。ただ、この運がやがて災いをもたらさぬよう、きょうの結果は謙虚に受け止めたく思います。こんな調子で今年もどうかお付き合いの程、あらためて宜しくお願いします。(出札掛)

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NO・DO・KA 引退

また、ジョイフルトレインと呼ばれた車両が廃車のため、長野に回送されました。

JR新潟支社の「NO・DO・KA」という名の485系3両のカーペット車です。

Dsc_0910これは2010年10月に長野から飯山線 森宮野原まで運転された多客臨です。

Img178ご存知とは思いますが、この編成は新潟支社のジョイフルトレインとして改造された58系気動車「アルカディア」が火災を起こしたため、急遽代替として1990年に登場した編成で、登場時は「シルフィード」という名で、全車座席のグリーン車でした。名義上は3両ともサロ189からの改造ということですが、車体は新製、艤装も他の485系からの流用です。改造時から非電化線区に入線するときにはDL牽引を想定していました。見辛いですが、連結器は自連です。
上の写真は1994年に信越本線軽井沢まで入線したときのものです。

Img132改造間もない1990年の秋にはF-1関連の団臨でJR東海エリアまで乗り入れ、関西、紀勢、参宮線ではユーロ色のDD51 1037に牽引されています。(このときはメンバーの方々とご一緒しました。)

Dsc_0947残念ながら「NO・DO・KA」単独で自走しているシーンは撮影していないので、これは飯山線の復路を後追いで撮影したものです。
2001年には再改造されカーペット敷きとなり、普通車になりました。

昨年夏には同じく485系のジョイフルトレイン「いろどり」(長野支社)が先に廃車になり、国鉄型のジョイフルトレインも先が見えてきた気がします。
火災にあった旧「アルカディア」のうち2両が、現役最後の58系DC(ジョイフルトレイン「kenji」)として健在(と言っても・・・)という皮肉な結果となっていますが、JR後に新製された車両も廃車が始まっている今、国鉄型が去っていくのも当然のことなのかもしれません。(検査掛)

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2018年1月 9日 (火)

撫順電鉄の電車-2

 続いて、「撫順電鉄 撫順砿業集団運輸部 -満鉄ジテとその一族-」をもとに満鉄ジテに由来しない車両と、沿線の写真などからご紹介したい。

■115編成

2013a553611
 本書では写真がなく、幻の車両となっている115編成は、かなりの記録がある。1975年に国鉄で廃車になった車両を長春客車廠で電車化改造をした車両のようで、1980年代末に廃車になったという。

2013a554111_2
 台車はシュリーレンタイプで、流線型編成の中間車の台車にも多く使われている。

2013a553631_2
 おそらく115編成の車内。ジテ編成がロングシートに対して、こちらはクロスシートである。座席に番号が付いているのは、国鉄客車時代の名残だろうか?

2013a553651
 おそらく115編成の運転台である。

■117編成

2013a554101

 1978年に1930年代製造の木製客車の台枠を流用して鋼体化を行った車両のようで、正面デザインは東風4型ディーゼル機関車の設計を流用しているという。

■謎の車両

2013a5535811
 続いて、車庫で撮影したと思われる謎の車両群。一番後ろの青色の流線型車両は、おそらく前回紹介した247であろう。その前のドア間6枚窓の両運転台電車は、1929年製の撫順炭砿200形であると思われるが、本書掲載のイラストとは若干外観が異なる。その前の電気機関車と貨車改造かと思われる客車は、見当が付かない。

■駅の風景

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 通過線スタイルの配線であるこの駅は、撫順電鉄の中心駅である砿務局駅で、通過線にしているのは旅客列車の時間調整の折りに貨物列車を通過させるためであろう。

 停車中の車両は102編成で、先頭車はジテの付随制御車であるハフセ2の改造車である。

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 撮影場所は不明であるが、乗客の多い駅で行き違う110編成(左)と109編成。109編成の電動車は、ジテ駆動車ゆかりの車体の短い電動車であるが、逆光のせいか、しっかりした写真を撮影していない。何とも残念である。

■機関車

 最後に石炭輸送に活躍している機関車を2点。

2013a554351_2

 超ド級の電気機関車は、中国国産の150トン機、韶峰150形と思われる。

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 スイスのクロコダイルを彷彿とされる3車体連接電機で、チェコのシュコダ製37E形。残念ながら、正面側からのカットはカラーでは撮影していない。

 これら電気機関車は、現在でも活躍しており、撫順に行くと見ることができるようだ。

             ★                    ★

 撫順電鉄の電車は、2000年代になると運行本数が次第に削減され、朝夕のみの運行となり、さらに2009年には一日一往復になり、2010年には廃止されてしまう。2000年代には中国に行っているので、撫順まで行って、この後の状況を見ることは可能だったが、残念ながら、その機会は訪れなかった。訪れた時と比べて、かなり規模が縮小していると聞いていたので、いまさら行こうと思わなかったのだろう。

 これら車両の一部は、大集線の水泥廠駅近くに放置されているという。動いていれば見に行きたいところだが、廃車で朽ち果てている状況では、もう見る機会は無いだろう。

以上、最近発売された「撫順電鉄 撫順砿業集団運輸部 -満鉄ジテとその一族-」を元に、小生撮影の写真から若干の考証を加えてみた。書籍では、一部考証ができていなかった部分もあるが、だからといってこの書籍の価値を減ずるものではない。すなわち、欧米とは異なり、戦後から1980年頃までの中国の鉄道には全くといって良いほど資料がなく、考証することが極めて難しいからである。そうした状況の中、ここまで特定の車両群についてまとめられたのは、素晴らしいことであり、その労苦に敬意を表したい。内容はかなり精緻で、これら車両にかなり興味を持っていないと分かりづらい点が多いかと思われるが、興味をお持ちなら、ぜひ、手にとってご覧いただきたいと思う。(駅長)

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2018年1月 8日 (月)

516.三岐鉄道冬景色 2018/1/7

 正月明けの3連休、6日は家族運用のために身動き取れず、8日は雨予報だったので、中日の7日に鉄活動をしてきました。この日の太平洋側は穏やかな晴天という予報だったので、富士山狙いで静岡方面にという選択肢もありましたが、夜に新年会を予定していたこともあって遠出はできず、ちょっとごぶさた気味だった近場の三岐鉄道を訪れてみました。

 

※撮影は17日の関西本線、三岐鉄道三岐線・北勢線(電車運転士)

 

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 三岐鉄道に行く前にここに寄り道しました。自分の中では半ば定例化している8271列車のシルエットです。日曜日のため、単機牽引でした。

【2018.1.7 関西本線】

 

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 後ろを振り返ると冠雪した鈴鹿の山々が赤く染まっていたので、御在所岳バック狙いでここに移動しました。早朝の時間帯は上りの貨物列車の設定はないので、電車で我慢です。

【2018.1.7 関西本線】

 

32_dsc08901817

 年末に寒波が襲来した関係でしょうか、鈴鹿山系はいつもの年より雪の量が多いように感じました。竜ヶ岳をバックに朝明川を渡る3712列車です。その後は雪をかぶった鈴鹿の山々をメインに三岐鉄道の冬景色を追ってみました。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 

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 3711列車は宇賀川の鉄橋で待ちましたが、ここはバックの山に特徴がなく、ちょっと物足りない感じでした。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 

52_dsc09271817

 一旦、三岐線を離れ、北勢線に浮気しました。クリスマス装飾を解かれた200型も元気に走っていました。藤原岳の見え具合もクッキリでした。
【2018.1.7 三岐鉄道北勢線】

 
62_dsc09341817

 

 竜ヶ岳をバックに眼鏡橋に続く築堤を登って来ました。左の高圧鉄塔と右にある電柱をクリアしようとするとちょっと窮屈な構図になってしまいますが、止むを得ないです。
【2018.1.7 三岐鉄道北勢線】

 
72_dsc09421817

 

 再び三岐線に戻ります。冠雪した藤原岳が綺麗に見えていたので、3714列車は定番構図で待ちます。先日、全般検査を終えたばかりのED451が先頭でした。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 

82_dsc09531817

 三里で行き違いとなる501列車はポイントを移動する時間がないため、陸橋の反対側で撮りました。この日は好天に恵まれた休日ということもあって、各ポイントでは同業の方の姿が見られました。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 
92_dsc09671817

 

 遠くには伊吹山も見ることができました。ちょっと無理やり感はありますが、構図の中に入れてみました。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 
102_dsc09721817

 

 3713列車はクリアな青空バックにするため、ワイド気味に見上げる構図で撮ってみました。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 

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 502列車はいつもどおりの白ホキ2両の短編成、こちらは地上戦で対応してみました。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 
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 200型の運用に合わせ、またまた北勢線に移動しました。ここは以前から気になっていたポイントでしたが、ほぼイメージどおりにまとめることができました。
【2018.1.7 三岐鉄道北勢線】

 
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 3716列車ではせっかく見えていた伊吹山を何とか生かしたいと思い、沿線をロケハンしてたどり着いたのがここでした。電柱が林立して窮屈な感じになってしまいましたが、これが精一杯の対応でした。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 
142_dsc10181817

 

 503列車は貨車なしの重単なので、正面ドッカンで撮ってみましたが、残念ながら正面に陽が回らずお顔潰れとなってしまいました。三里で行き違いとなる3716列車との絡みで伊勢治田以南が時間的に厳しかったので、仕方がなかったです。せっかくのいい天気だったので、日没までいたかったのですが、夜に新年会が控えていたこともあって、これにて撤収しました。
【2018.1.7 三岐鉄道三岐線】

 

 

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撫順電鉄の電車-1

 昨年暮れに、日式の台湾時刻表を発行している日本鉄道研究団体連合会というところから、ちょっと興味深い本が発売された。

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 「撫順電鉄 撫順砿業集団運輸部 ―満鉄ジテとその一族―」と名付けられたこの書籍は、今まで解明されていなかった撫順炭鉱の電車の歴史をまとめたものである。撫順炭鉱とは、中国の東北部、瀋陽の西にあるアジア最大級といわれる露天掘り炭鉱である。この炭鉱の石炭と従業員の輸送用に、撫順市内には電化路線が張り巡らされていた。そこで活躍していた電車が、南満州鉄道の電気式ディーゼルカー、ジテなどを改造した一連の電車である。

 名鉄ファンの方には、この車両の前面を見ただけで、850形「なまず」が思い浮かぶのではないだろうか。もちろん、この前面デザインは名鉄850形のために設計されたのではなく、当時の流線型ブームにのっかり、日本車両が設計したものである。屋根の前面が垂れ下がった印象深いデザインのルーツは、おそらく米国のビュレット・ライナー(Bullet Liner)にあるのだろう。

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 この流線型デザインを採用した日本車両を代表する車両が、1935年に製造された南満州鉄道の電気式デーゼルカー「ジテ」である。いうならば、名鉄の850形は、ジテの設計の流用といえる。 

 ジテは、ジテ1+ロハフ1+ハフ1+ハフセ1の4両編成6本が製造され、大連近郊の輸送に使用されたという。しかし、戦争終了後は保守上の理由から撫順電鉄に移り、電車化されて(電気式ディーゼルなので、モーターが付いており、電車化はさほど難しくない)使用された。 

 ここまではよく知られた話であるが、よくわからないのは、撫順電鉄には同型の流線型車両が少なくとも10編成は存在しており、また編成も6~7連となっていることから、その数が合わないのである。そうした疑問を解明したのが、上記の書籍である。

 この撫順電鉄には、1982年夏に訪れている。その時に、ここの車両を撮影しているが、その由来については長年、疑問のままであった。この本によって、長年の疑問も解消した。結論から言えば、1960年代以降に固定編成の電車を増備するにあたり、ジテ由来の流線型のデザインが使いやすかったことから、編成に組み入れる車両をその外観に改造をしたためらしい。

 さらに、写真を整理してみると、書籍では不明とされる車両についても撮影していることがわかった。それらを自分自身の整理を含めて、順番に紹介したいと思う。

■104編成と108編成

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 まずは撫順電鉄の中心である砿務局近くにある車庫で撮影した104と108である。 

 104編成は、満鉄などの雑多な車両を寄せ集めて固定編成化しているようで、前後の制御車は1938年に日本車両で製造された2両編成のディーゼルカー、ジハ3(軽油動車に改造されてケハ7)の改造車という。本書では記載されていないが、おそらく唯一の前面スカートが取り付けられた車両である。

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 108編成は、電動車は1929年に製造された撫順炭鉱200形電車を前面の改造工事を行って流線形化するとともに、元華中鉄道キハ42000形(日本のキハ07と同形)とキハ40000形を付随車化した車両によって固定編成化したものという。車体は大改装されて、リブ付となっている。

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 モノクロでしか撮影していないが、電動車の108-1の台車や電装品はジテ由来のものであるという。

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 ただ、本書では108編成の反対側の制御車はキハ40000形改造車とあるが、撮影した写真では流線型の顔つきとなっている。このあたりは、今後、解明する必要があるだろう。

■105編成

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 制御車側の105-7の写真である。正面が3枚窓なので、ジテとは系列が異なることがわかる。1932年以降に製造された日本車両製のガソリンカー、キハ3が出自のようである

■107編成

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 電動車側から走りを撮影した唯一の写真である。この編成は、1936年に6両が製造された満鉄のディーゼル車、ケハ5を改造したもので、電車化に伴い先頭車を流線型に改造したようである。 

■109編成

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 この制御車も、正面3枚窓なので、上記と同じガソリンカー、キハ3が出自である。一番後ろの車体の短い電動車が、実はジテの動力車改造の車両であるが、なぜか、この車両中心の撮影をしていない。

2013a554241_2 あるのはこんな写真だけ。このような角度で撮影している、ということは、貴重な車両であることは認識しているのだろうが、撮影していないのは何とも残念である。 

■110編成

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 撫順電鉄の運行開始にあたり、1914年に米国のGEより輸入した木造車を1960年代に鋼体化改造をしたもので、流線型の先頭形状であるが、車体は補強用のリブのついた車体となっている。台枠流用のためか、車体幅がやや狭く、細面の顔つきで、 尾灯が車体からはみ出して取り付けられている。

■247号車

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 1937年に2両が日本車両で製造された両側が流線型の外観を持つ両運転台の軽油動車ケハ6を電車化したもので、もう1両は改造されて104編成の中間車となっている。本書では217号車として紹介されているが、写真のように247号車が正当であろう。廃車体の1の番号がかすれて読み誤ったのではないか、と思われる。

 こうやって、自らの撮った写真を分析してみると、6編成撮影していながら、なんと満鉄ジテ由来の車両の写真は1枚もなく、すべてが偽ジテばかりであることがわかった。(泣) とはいえ、これら写真の希少性は損なわれるものではない(と、思う)。

 続いて、撫順電鉄の流線型先頭車以外の車両について、ご紹介したい。(駅長)

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2018年1月 7日 (日)

木曽の御嶽とロクヨン

新年を迎えて早や1週間経つというのに、今さら昨年末のテツ活報告をお許し下さい。

撮れそうで撮れない、中央線と御嶽山の組み合わせ。辛うじて恵那ー美乃坂本間で山容を拝むことはできますが、それなりに1枚の写真に収めようとすると、ポジションはかなり限られます。

17120 ワタシの記憶が確かならば(古っ!)、木曽御嶽バックに走るロクヨン貨物を撮影したのは6年ぶりです。被写体は8088レですが、機関車の正面に陽が当たるまでにはもう少し時間がかかりそうです。8084レなら最適なのですが、所用などもあって今回はそこまで粘りませんでした。諸条件が整った貴重なチャンスが得られたならば、たとえベストシーンではなくとも「撮れるときに撮る」初志を貫きたく思います。

12012 こちらはほぼ6年前の画像で、同じく3088レ(当時)です。某敷地(←空き地です)の脇に三脚を据え、やや茂った木々の隙間から狙いました。今回、久々に現地に着いてみると、なんと雑木林が著しく成長して線路を見通すことはおろか、立ち入ることすら不可能な状態でした。やはり「撮れるときに撮る」ことが大事であるとあらためて痛感した次第です。


ところで、今回出かけることになったきっかけは、愛知機関区からの少し早いお年玉をゲットするためでした。

17121 ご存じの方も多いと思いますが、EF64重連仕業に昨年末から2両の広島更新風塗装機がご丁寧にエンド揃いで組まれました。6883レに充当された某日は天候にも恵まれ、木曽路には多くのカメラマンが集結。自分は初めに武並に向かいましたが、陽が当たらないせいか人出は15~20名程度の軽~い混み具合。反して、追いかけ先の中津川インター裏はなかなかの盛況ぶりでした。その追いかけ中に恵那市内で目に飛び込んできたのは、くっきりと姿を現した木曽の御嶽山。つい誘惑されて、8088レと絡ませて撮りたくなったというわけです。

実は御嶽山バックで気になるポイントがあります。ただ、撮れたとしてもアングルが窮屈で被写体もかなり小さくなりそうなのでお勧めできない(披露するまでもない)かもしれませんが、機会を見つけてトライしてみたく思います。(出札掛)

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2018年1月 4日 (木)

2018年初撮り

 飲んで食べて・・で、運動不足になってしまうお正月。通常生活への復帰と運動不足の解消を兼ねて、今年の初撮りに行ってきました。

 とはいえ、いまさら撮るもの、撮りたいものもないけれど、そろそろ撮っておかなければいけないのが、車体色を変更中の近鉄と名鉄の特急車。

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 そこで、初撮りは近鉄へ。手軽に近鉄富田駅で狙ったら、新旧エースの色違いが撮れました。まあ、これが撮れればとりあえずの目的達成かな。

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 もうひとつ、これも近鉄富田駅で撮影したエースカー。これ、ちょっと珍しい(らしい)写真なんだけれど、違いがわかります?

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 12200系はさんざん撮ったはずだけれど、これも撮れるうちに撮っておきましょう。正月期間中は増結してくるので、長い編成で撮影できます。

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 上の場所は編成はわかりやすいけれど、編成途中に踏切が入ってしまうのが難点。少し下がったこの位置は、ちょっと正面がちだけれど、踏切は入りません。どっちが良いかなあ?まあ、お好み次第かな。

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 4日から動き始めたタンカー列車も撮影します。DF200の本稼働が何時になるかわからないけれど、もうすぐ動き出すことだけは間違いないでしょう。いよいよなくなるとなると、関西線のDD51はヒートアップしてくるのは確実なので、静かなうちに撮っておきたいところです。

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 この場所は、反対側では何度も撮ったけれど、この角度は撮ってなかったので撮影。四日市らしい写真ということで、これもワンカットは欲しいところです。

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 で、最後は定番の白鳥信号所。残念ながら、列車が来るときだけゲリラ雲にやられ、ちょっと光のパワーがなくなってしまいました。まあ、これだけ側面が輝いているので撃沈、というわけではないけれど、ベストの条件の可能性もあっただけに、ちょっと残念でした。今年もゲリラ雲には悩まされそうです。(駅長)

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515.遅ればせながら矢田川グラデーション 2018/1/4

 今シーズンもメンバーの皆様方が通われている矢田川グラデーション、正月3が日が開け、世間の流れが通常モードに戻る14日、6883列車の運転も再開されるだろうということで、仕事始めの出勤前の朝練でしたが、遅ればせながら自分も参戦してきました。

 

※撮影は14日の中央本線(電車運転士)

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 冷え込みは厳しかったですが、雲ひとつない快晴、絶好の条件で6883列車を迎えることができました。昨年末、出札掛様から情報提供があった右岸の工事と重機ですが、シルエットならほとんど影響はありませんでした。年末から正月にかけては工事もお休みだったようで、重機の位置は変わりませんでしたが、4日以降はどのような動きになるのか予測がつきません。工事自体はまだまだ終わりそうな感じではなかったので、明るい時間帯の下流側からの撮影はしばらくお預けでしょうか…。
【2018.1.4 中央本線】

 

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2018年1月 3日 (水)

年始のご挨拶

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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

昨年は幾度か蒸気機関車を撮りに行き、改めてその素晴らしさに目覚めました。
また、年末には久しぶりに18きっぷでのんびりゆっくり旅をする楽しさも思い出しました。今年はその二つを楽しみたいと思っております。(検査掛)

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2018年1月 2日 (火)

514.2018年の鉄事始め 2018/1/2

 2018年、ここまでは正月らしく比較的穏やかな天候が続いています。2日のたまたま早朝に目が覚めてしまい、ふと東の空を見上げると、適度に雲があってなかなかいい感じに思えました。ということで、自宅から15分ほどで行ける矢田川で2018年の鉄事始めをしてきました。正月中のため、6883列車は来ないことはわかっていましたが、朝陽と雲との競演に期待してみました。

 

※撮影は201812日の中央本線(電車運転士)

 

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 日の出直前に「しなの1号」が通過して行きました。ちょうど低い位置の雲が茜色に染まりました。流線型の先頭車はシルエットになっても存在感があります。

【2018.1.2 中央本線】

 

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 「しなの1号」通過後、もう少し粘ると朝陽が鉄橋の上に顔を出します。電車の場合はカメラを左に振って撮ることができます。ちょうど朝陽の窓抜きができましたが、上空の雲が厚すぎたのがちょっと残念です。

【2018.1.2 中央本線】

 

 6883列車の朝焼けグラデーションも魅力的ですが、その後も雲と朝陽の状況によってはドラマティックなシーンが期待できるので、時間が許せるなら撤収せずにもう少し居座ってみるのも選択肢のひとつかもしれません。

 

 

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2018年1月 1日 (月)

本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

明けましておめでとうございます。

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        【単8970レ】 DD51889愛+DE101592愛       2018.01.01

JR貨物のDLの世代交代がじわじわと着実に進んでいるようです。
従来は見るだけでパスしてきたシーンも記録した方がいいのかもと思うようになりました。絵心に乏しくなかなか実行はできませんが・・・・、と毎年同じようなことをつぶやいている気がする。
 (資材担当)


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513.2018年もよろしくお願いいたします。

 2018年が明けました。2月には平昌で冬のオリンピックが開催されますが、日本選手の活躍を期待したいです。2018年も変わらぬお付き合いをいただけると幸いです。今年もよろしくお願いいたします。

 

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 立山連峰の後方から朝陽が昇るこのシーン、足を運んだ日は時季が遅く、太陽の昇る位置がかなり東に寄ってしまっており、毛嵐の毛の字もありませんでした。ハードルはかなり高いと思いますが、今シーズンこそ、毛嵐+朝焼けの立山連峰をリベンジしたいです。天気予報と睨めっこしながらスクランブルをかけたいと思います。(電車運転士)

 

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2018年 本年も宜しくお願いします

 

    明けまして  おめでとうございます

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ちょうど30年前の春、青函トンネルと瀬戸大橋が相次いで開通、日本列島が1本のレールで結ばれました。小生・出札掛はこの歴史的な瞬間を見届けようと四国は高松まで遠征しましたが、当時の様子は瀬戸大橋開通30周年記念日が近付いた頃にご報告するとしましょう。

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てな感じで今年もライフワークの一環としている週イチのブログアップを最新・過去盛り込ませて続けていきたく思います。いつまで経っても相変わらず稚拙な内容ですが、引き続きお付き合いいただければ幸いです。(出札掛)

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あけましておめでとうございます

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 本年も弊ブログを宜しくお願いいたします。

                                     駅長

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