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2017年12月

2017年12月31日 (日)

年末ご挨拶

今年も今日を残すのみとなりました。

Img2751984年5月27日 八丁堀

今年、しばらく訪れていなかった広島に行く機会に、それも2回も恵まれ、原爆ドームを見てきました。
アメリカ大統領が変わって以来、どんどん世界がキナ臭くなってきて、将来が案ぜられます。72年前に悲劇に見舞われたヒロシマは、その痕跡をほとんど見ないほど復興をしていますが、過去の悲劇を忘れてはならないと改めて感じました。
今回は見ることのできなかったこの電車ですが、今は被爆当時の塗装に塗り直されて、修学旅行時の団体などで使用されているとのことです。
2018年に世界戦争の針が進むことのないように祈りつつ、今年を終えたいと思います。
今年一年ありがとうございました。
皆様もどうぞ良い年をお迎えください。(検査掛)

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512.過ぎ行く2017年…

 11月から年末にかけて公私ともにバタバタしておりましたので、12月2日以外は本格的な鉄活動ができないでいました。とはいうものの、禁断症状に耐えれるわけがなく、関西本線のDD51などに細々と通っていました。ベストな条件はなかなかハードルが高く、足を運ぶたびにストレスをためて帰ってくることが多かったですが、定番のポイントながら何とか好条件で撮れたものもありました。

 

12_dsc91351711

 

【2017.11.10 関西本線】

 

22_dsc06851712

 

【2017.12.30 関西本線】

 

 2017年も間もなく終わろうとしています。2017年も変わらぬご厚情を賜り、厚くお礼申し上げます。おかげさまで、何とか無事に過ごすことができました。振り返って見ますと、この1年も想定外の事件・出来事・災害などが多く、時にはやりきれない気持ちになることもありました。2017年の漢字は「北」になりましたが、某国の挑発的行動に象徴されるようにどちらかというといいイメージではない方の印象が強かったように思います。2018年は心が温まるような感じが選ばれる年になってほしいと願うばかりです。それでは、皆様、よいお年をお迎えください。(電車運転士)

 

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 写真はまだ旅客営業を行っていた頃の同和鉱業小坂鉄道です。貨物営業もそれなりに盛況で、DD13タイプのDLによる様々な組み合わせで峠越えが行われていましたが、その中の目玉は3重連運転でした。ただ、重連やプッシュプルという場合もあり、行けば必ず見られるというものではありませんでしたが、この日は運よく撮影することができました。なお、嬉しいことに小坂構内では今でも保存活動が継続されています。機会があればですが、当時の面影を偲びに足を運んでみたいものです。

【1983.2.11 茂内~小坂】

 

 

 

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2017年12月30日 (土)

年末のご挨拶

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 やはり、年の暮れにふさわしいのはこの場所のこのシーンでしょうか。

 明年も宜しくお願いいたします。

                                              駅長

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2017年12月29日 (金)

青春18きっぷ 中国地方鉄道ネタめぐり3日間の旅(3日目)

三次に泊まったとなれば、翌日の行き先はこの時季決まっています。
18きっぷが出て通勤列車並みの混雑が噂されている、4月1日廃線となる三江線です。
前日の天気予報では雲南地方は終日☁、江津市は☁時々☀ということでしたが、朝5時の三次はまだ細かい雨が降っていました。実際三次5:38の始発浜田行に乗ってみると、乗客は20人程。もっとも、どう見ても目的は同じ方々ばかりでしたが・・・。

Dsc_6873三次からは暗闇を走って何も見えない辛抱の時間が1時間ほど続き、口羽に到着。30分程停車するので、乗客は三々五々時間を潰します。写真を撮ろうにも同業者が車両とホームを出たり入ったりでこの1カットを撮るまでに結構時間がかかりました。

Dsc_6888暇に任せて駅前へ。クリスマスのイルミネーションがなければ、いい雰囲気で撮れたのですが・・・。

422Dは石見川本で下車。1本でも多く撮りたいので、後続(と言っても約4時間後)の424Dを石見川本の北で、さらに2時間後の425Dを駅長様のカットにもあった因原の南側の鉄橋で撮るつもりで計画をしていたところ・・・。

Img950出発前に川本町を検索していて、「道の駅 かわもと」でこんな記事を見つけました。レンタサイクル!しかも無料!これは使える!と思い、2台しかないので予約した方がいいと思い、観光協会に電話したところ、時間は12:00~14:00、しかも返却は川本駅前の「三江線おもてなしサロン」に、ということでした。時間はともかく、↑の文面から、返却は因原駅横の、「道の駅 かわもと」でOKのようにとれませんか?

というわけで424Dの撮影は諦め、町内バスで因原へ。200円余分な支出でしたが、運転士さんと三江線の話が出来て無駄な出費ではありませんでした。
425Dは駅長様とほぼ同じカットなので省略。

Dsc_6925因原からは424Dから段落としの426Dに乗りますが、ここでもバス運転士さんの情報が役立ちました。通常2両が3両に増結された、と聞いていたのです。
この日はこの列車に乗るまで日付印を押してもらえず、車掌氏が乗務していたので、ようやく押してもらうことができましたが、ナント米子車掌区印でした。

Dsc_6952426Dは江津ひと駅手前の江津本町で下車。折返しの429Dを撮るのですが、対岸に渡っている時間はなく、千金寄りの橋で撮りました。河口あたりは日が射しているのですが・・・。

Dsc_6962列車はゆっくりゆっくり江の川に沿って走っていくので後追いですが何カットも撮れます。

Dsc_6989さらに奥のトンネル入り口まで。

Dsc_7013429D撮影後、徒歩で江津駅に向かいますが、帰りがけの駄賃、山陰本線の列車が撮れます。短い時間で2本の列車が撮れました。これは3005D「スーパーおき5号」。直前まで日が射していたのですが・・・。

Dsc_7043江津から折返し三江線の客となります。浜原行で、段落としで三次行となるのか、と思ていたら、三次からの同じキハ120に乗り換えでした。

Dsc_7048この後、ほぼ貸切で三次まで。残念ながら三次~口羽間は車窓は楽しめませんでした。三次からは多少コスパは張りますが、夜行バスで直帰です。

相変わらずネタを追うような3日間でしたが、久しぶりにタップリ、ローカル線を楽しめました。
また春になったら18きっぷの旅を考えようかな。(o^-^o)
ご覧頂きありがとうございました。(検査掛)




















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青春18きっぷ 中国地方鉄道ネタめぐり3日間の旅(2日目)

2日目はまだ明けやらぬ広島の街から始めます。
今回はとりあえず広島電鉄の未乗区間を乗ってみようと思い、JR広島駅から5系統に乗って広島港を目指しました。

Dsc_6570_2

途中の皆実町6丁目を通り過ぎるところで、1、3系統の御幸橋街路灯が印象的に映ったので、途中下車して撮っていくことにしました。
日曜日ということで車も少なく、ほぼ思い通りのカットが撮れました。こちらの系統なら単車も多いだろうと思い、京都か大阪が来るまで待ってみることにしました。

Dsc_6575橋の東詰で待っていたのですが、ようやくやってきたのは3系統西広島行の京都市電で、皆実町6丁目の交差点を曲がってくるのを確認して必死に西詰に走り、どうにか日の出の光と共に撮れました。が、これを撮った1分後に消灯され、終了。
この後、予定通り広島港に向い、3系統で相生通りへ。しばらく紙屋町あたりで旧型を待ちましたが、なかなか来ません。横川駅~江波の8系統なら走っているのではないかと、十日市町の交差点に移動します。

Dsc_6600少し待つと横川駅から」京都がやって来ましたが、大阪や生え抜きの350すらなかなか来ません。

Dsc_6612やっと来たのは9:00すぎ、大阪の900です。
この後、30分程ステイしてみましたが、京都以外は姿を見せず、次の予定のために横川駅へ。

Dsc_6675岩国にやって来ました。
本日の一つ目の目的は、錦川鉄道に譲渡された元烏山線のキハ40 1009の撮影です。
当日、広島地域でローカル線のイベントを手掛ける安芸矢口企画が募集した「中国地方ローカル線ファンミーティング」の団体列車として錦町・岩国間に1往復運転、という情報を得て、それを撮影しようというわけです。
天気次第で、錦川鉄道内で撮ろうかとも思ったのですが、撮影地の情報が少ないことと、本数が稼げることで、お手軽に岩徳線でお茶を濁すことにしました。
降り立ったのはここ西岩国。昭和4年開業時は岩国として開業、同9年には山陽本線の駅となったということで、実に立派な駅舎です。

Dsc_6685隣の川西との間に掛る錦川鉄橋で撮影します。予報通り雨が降ってきてしまいました。いずれイベント車に改造されるとの噂ですが、今のところほぼ烏山線時代のままです。

Dsc_6695約10分後、岩徳線のローカルが来てしまうのでステイして撮りました。

Dsc_6702団臨は岩国10分停車ほどで折返ししてきます。時間がないため、少し離れて後追いで撮影。

Dsc_6718団臨後、次の下りまでは30分程時間がありましたので、対岸に渡って河原から雨に煙る岩国城を入れて撮りました。

Dsc_6725帰りは川西から。幸いなことに女性3名の乗車があり、スナップさせて頂きました。

Dsc_6753_2雨でなければ山陽本線の大畠瀬戸に行くつもりでしたが、この視界では行っても無駄だと思い、岩徳線に留まってもう1本ローカルを撮りました。日曜のせいかうまいことに親子連れがフレームインしました。
このあと、本日二つ目の目的を果たすため、広島に戻りました。

Dsc_6781_2ハノーバー238号のクリスマス電車です。一発目は、17:05から西広島でイベントをするためその回送を雨降る中、土橋電停で待ちました。

Dsc_6802追いかけて西広島まで行きましたが、いい場所には停まっておらず、撮影会を後ろから。

Dsc_6807先行して道幅の狭い小網町あたりで。観客がいようがいまいがサンタは手を振っていました。

Dsc_6822こちらは横川駅での様子。

Dsc_6836横川でのクリスマス電車撮影中に大阪の913がやって来ました。

Dsc_6854クリスマス電車最後のショットは猿猴橋電停で。
クリスマスデコ、これはこれでいいのですが、改めてフツーの238号を撮りに行かねば・・・。

2日目の撮影はこれにて終了。翌日の予定のため、芸備線に乗り込みます。3日目もご覧頂きたいと思います。(検査掛)






















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2017年12月28日 (木)

JR東海の国鉄色 キハ40(下)

 さて、肝心のミャンマーで走る国鉄色キハ40です。JR東海で国鉄色に塗られたキハ40系のうち、3両の行方はわかりました。残るはキハ40 3005と6309の2両です。

 しかし、しかし、6309はヤンゴンの環状線で動いているところは見られたものの、なんと編成の中間に押し込まれていました。

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 しかも、ネスカフェのラッピング付。これでは、せっかくの国鉄色も台無しです。

 加えて、もう1両の国鉄色、3005は、夏前にマンダレーに転属してしまったとか。よって、ヤンゴンの環状線で見られるのは、この1両だけ。せっかく、キハ40の国鉄色を求めてヤンゴンを訪れたのに、これではなんともなりません。(泣)

 やむをえず(^_^;)、JRから行ったキハ40とキハ11を撮影します。

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 これはヤンゴンから東へ向かい、隣のパズンダン駅との間。JR東海のキハ40系は30両が整備されているようですが、うち13両がヤンゴンの環状線で使用されているようです。こちらのキハ40系はJR時代の塗色を留めていますが、もう1本の編成は、ネスカフェのラッピングがされています。

 線路は道路代わりとして、歩く人が少なくありません。

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 こちらはパズンダンを出発してヤンゴンに向かうキハ11の4連。キハ11は21両が整備され、4連で主に環状線で使用されています。

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 次いで、ヤンゴンを出発するキハ40系の5連で、ラッピングされた編成。後ろに写るのは、壮大なヤンゴン駅の駅舎です。

  しかし、乾期のこの時期、貫通扉はことごとく開いていて、なんとも絵が締まりません。

Kiha40
 ちなみにヤンゴンのキハ40の乗り方は、こんな具合。扉は開けっぱなしなので、ステップに乗っていくこともできます。こちらの方が、涼しいのかな?さすがに、屋根まで登る人はいません。と、いうか、ミャンマーの鉄道は建築限界が小さく、跨線橋での屋根上の余裕が少ないため、屋根に乗ることができないのです。このため、ミヤンマーのキハ11は屋根を落として冷房機を積む改造を行っています。

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 改造したキハ11の天井はこんな具合。 

 こちらはヤンゴンの北側にあるダニンゴンという駅で、駅全体が市場になっていることで知られています。右のパラソルの下はお店です。以前は、もっとホーム全体が市場のようになっていましたが、ちょっと縮小されている感じです。

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 そして、これはダニンゴンの北にあるコンピュータ大学駅に停車中のキハ11 2連です。岐阜行きと表示されていますが、高山線ではありませんので、念のため。(^_^;)

 この駅、一応、大学の最寄り駅ですが、運転されるのは1日にわずか1往復のみ。この列車も7時過ぎについて、午後3時までここで乗務員共々、お昼寝です。そんなくらいなら、回送してしまえば良いように思うのですが、なぜか長時間の留置となっています。ちなみに、この駅も、先に紹介したティラワ同様、駅にたどり着ける満足な道はありません。

 JR東海色の車両はこれくらいにして、あとはオマケ画像。

 ヤンゴンというと、バスファンには日本の中古バスが大量に輸出され、扉位置を付け替えて走っていることで知られています。しかし、今回、訪れてみると、日本の中古バスは、市内では全くといって良いほど、見られなくなっていました。

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 そうしてこれらバスは、郊外の道路上に放置プレイ状態。これだけホコリをかぶってしまっていると、このあと、どのようなことになるのでしょう?

 もうひとつのオマケは、ミヤンマーの優等列車。時刻表が入手できなかったので行き先はわかりませんが、パズンダンまでの複々線区間でローカルと思われる客車列車と併走しました。

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 奥にはJR東日本から譲渡されたキハ40系も写っています。

 このシーンだけ見ると、なかなか見応えもありそうですが・・・・このあと、左の普通列車は、信号待ちで延々と停車。ミャンマーの鉄道は、インフラの整備が悪く、軌道状態が悪いことによる揺れや長時間の信号待ちが少なくありません。

 まあ、それがミャンマーの鉄道らしい、といえば、それまでなんですが。(駅長)

 

 

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2017年12月27日 (水)

青春18きっぷ 中国地方鉄道ネタめぐり3日間の旅(1日目)

12月に入って寒さが一段と厳しくなってきました。観光業に携わる仕事柄、この季節いきおい休みが増えます。今月は4連休となる週が2回あり、1回目は年賀状書き他、年末の整理に費やしましたが、さて、2回目となる23日~26日はどう過ごしたものか、思案しておりました。
まず最初に思ったことは、「青春18きっぷ発売されているけれど、寒いしねぇ~」といきなり消極的に。しかし、今月初めの真岡鐵道訪問以来ほとんどカメラを手にしていないので、だいぶ鉄分が不足気味なことも確か。それでは買ったこととして何処へ?と、まず何年かぶりにJR時刻表を買ってみました。高いですね~1,183円!まだ1,000円は超えていないと思っていたので(一体いつの話をしているんだ(┐(´д`)┌ヤレヤレ))・・・。
平行してネットから情報を仕入れていると、最初に目にしたのが、「津山まなびの鉄道館で、DF50を転車台で回す」というもの。そーいえば、津山にそんな施設が出来ていたっけ。DF50か、結構イイかも。ところで、18きっぷで行けるンだろうか、等々・・・暇に任せてどんどん妄想が膨らんで行き、遂に18きっぷを買ってしまいました。
さて、前段が大変長くなってしまい恐縮ですが、これからが本題です!

Dsc_6349まず、当地方から津山への入り方ですが、姫路から姫新線経由or岡山から津山線経由、どちらを選択するか迷いましたが、多少時間はかかるが乗ったことのない姫新線経由を選択しました。
まず驚いたのが、姫路駅。いつのまにか!高架駅になっており、しかも東海道線から姫新、播但の両線に乗り換えるのに、ラッチがある、まず一度目のビックリ。ホームに上れば待っているのはステンレスカー キハ122。最後に姫新線のキハ47を見たのは、加古川線が電化されて、加古川線カラーと播但線カラーが混用されていた頃のことで、まさにウラシマ状態です。さらに時刻表で見て、やけに「余部(「あまるべ」ではなく「よべ」と読みます。)行、余部発」が多いと思っていたら、余部の先に姫路鉄道部が移転していたのですね。

そんなこんなで興味津々の道中です。

Dsc_6353さて、姫新線とはいえ、姫路-新見間の直通は一本もありません。もっと言えば列車はアチコチでブツブツに乗継が必要ですが、その中でも上月-佐用間はちょっと特殊です。
どちらで乗り換えても、約1時間待ちなのですが、佐用は智頭急行線の乗換駅となっています。そんなわけで、佐用で降りるとその間に3本の列車が撮影できます。
まずは特急「スーパーはくと5号」。トンネルの向こうから4灯のヘッドライトを照らしながら高架橋を降りてきました。

Dsc_6368数分後、姫路から乗ってきたキハ122が上月から折り返してきました。

Dsc_6380その10分後、佐用から乗るキハ120がやって来ます。この後、これに乗って津山を目指します。

Dsc_640414:20に津山に到着。すると「ノスタルジー」編成がホームから転線中。岡山経由を選択していたらこれに乗ってくることになったようです。既に本命が見えていますが、慌てず、駅近郊で中国勝山行のキハ40単行を撮って、「津山まなびの鉄道館」に向かいます。

Dsc_6466ぐるっと回って入口へ。300円払って入場します。

Dsc_6436まずは今日の主役とご対面。周りには三々五々家族連れやら同業者やらが廻るその時を待ちます。

Dsc_6433D51 2を収容している横に設置された「旅立ちの汽笛」(D51 755)の吹鳴と共に静かにDF50が廻り始め、5分で2回転しました。それにしてもD51 2の飾りつけは・・・。

他には▽の車両が収容されています。

Dsc_6465こちらは気動車群。58系2両なら一方はパノラミックウィンドウ車にしてもらいたかったですが・・・。

Dsc_6462こちらはDL群。一番左はDF50の場所ですね。岡山に留置されていたDE50 1も幸い解体されずにこちらに収容されました。なぜか機関車の収容線には軒が設置されていました。このほかにDD13とDE15が収容されています。

Dsc_6480津山15:54発の津山線快速「ことぶき」で岡山へ。先ほどの「ノスタルジー」編成の折返しでした。

Dsc_6487乗り継ぎ時間の合間に駅前に出て岡山電軌狙い。7802とMOMO2を撮りました。さらに西へ。

Dsc_6508翌日の本命撮影のため、投宿後広島駅前でナイト撮影のプラクティス。なにしろなるべく荷を軽くしようと、三脚を持たずに夜間撮影をしようというのだから虫がイイ話ですが、これもデジタルの賜物です。

Dsc_6523最後はやや暗めの荒神橋上でトライ。

1日目はこれにて終了。本日のJR移動キロ 594.4km。後日2日目、3日目をご覧頂きたいと思います。(検査掛)




























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2017年12月26日 (火)

JR東海の国鉄色 キハ40(中)

 2016年3月に廃車となって、ミャンマーに送られるはずだったJR東海のキハ11とキハ40系15両は、なぜ、いまも金城ふ頭に留まっているのでしょうか?

 実は、その前にミャンマーに輸出された車両18両が、陸揚げされた港のティラワに今も留められたままになっているのです。

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 到着から2年近くも放置され、見るも無惨な状態となっているキハ11 109。この後ろに14両の車両が連なっています。

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 その中にはキハ48 6502と思われる国鉄色の車両も含まれています。

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 駅寄りの側線には、なぜかキハ11が3両。

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 台車は仮台車になっています。

 留置された様子はGoogle Earthで見ることができます。

Photo

 これら車両の番号は、以下の通りです。(一部推測を含む)

 ティラワ駅側線 キハ11 4+1+5(南より)

 保税側線 キハ11 109+キハ48 5518+キハ11 2+キハ11 107(または110)+キハ11 110(または107)+キハ48 6502(国鉄色)+キハ48 6816(?)+キハ40 3002(または3003)+キハ40 3306+キハ48 6501+キハ40 3003(または3002)+キハ40 3001+キハ40 5501+キハ40 3010+キハ48 5001(南より)

 これら車両は、2015年12月頃に廃車になり、翌年1月にミャンマーに輸送された車両かと思われます。

 どうしてこれら車両は、ミャンマーまで運ばれたものの、他の車両のように改造して、運行されないのでしょうか?それは、通関上のトラブルなどで、これら車両の引き取りをミャンマー国鉄が拒否しているから、と伝えられています。

 ミャンマーへのJR車両の譲渡は、ODAのような国が絡んだ援助では無く、純粋な商取引だそうです。間に商社がかんで、JRとミャンマー国鉄(過去には名鉄や第三セクターの気動車もありました)の間を取り持ち、これら廃車車両をミャンマー国鉄に売却しているといいます。しかし、2015年11月に行われた総選挙で、アウン・サン・スー・チー議長が率いるNDLが大勝し、2016年3月にそれまでの軍事政権にかわる新政権が発足したことから、それまで軍事政権が決めた施策はことごとく破棄されることになりました。これら車両は、2016年1月頃にミャンマーに輸送されたと思われますが、体制変更のあおりをうけ、通関上の問題を理由にミャンマー国鉄が受け取りを拒否したのでは無いか、と想像されます。

 ミャンマー国鉄における日本の車両は、ヤンゴンの環状線他、ミャンマー各地の列車で使用されています。しかし、中国からの援助でミャンマー国鉄に新しい車両が導入されたり、環状線には電気式のディーゼルカー導入の計画があったりします。こうした昨今の状況からみると、これら車両を再生して使用する、ということは状況的に厳しくなっているのかもしれません。ティラワ港のこれら車両も、このまま朽ち果ててしまうかもしれません。そうなると、金城ふ頭に残る車両も今後どうなるのでしょうか?

 ところで、ヤンゴンの南にあるティラワ港一体は経済特区に指定され、体制変更にともない急激な近代化が進みつつあるミャンマーの象徴的な地域として、日本企業も進出しています。

 ティラワ港への路線は、Toe Gyaung Kalay(トーチャンカレー)~Thilawa(ティラワ)間で26.6kmの距離があります。開業は2003年で、1993年に中国の援助でバゴー川を渡る3kmの長大な鉄橋の完成を経て、ヤンゴンとの間が結ばれました。しかし、運行は朝夕わずか2往復だけで、DLが3両ほどの客車を牽引しているだけです。上の航空写真をよーく見てもらいたいですが、なんと駅舎はあるものの、そこに至る道路は無く、道路からは線路を跨いで列車に乗るしかありません。そのような状態では、せっかくの経済特区といっても鉄道はまったくといってよいほど寄与しておらず、地元の人がわずかに利用するだけの路線となっています。

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 これは、その経済特区内をティラワ終点に向けて走る旅客列車。経済特区といても、まだ、開発はこれからです。

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 せっかくの客車列車なので、ヤンゴンに戻る列車はしっかりと狙ってみました。

 撮影場所は東大学支線との分岐駅であるOhkposuで、こうやってみると、池の横で公園の一角にある美しい場所のように見えますが・・・・

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 撮影しているのは、こんな場所だったりします。闖入者にカメラが珍しい子ども達が寄ってきて、撮影にも一苦労でした。(駅長)

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2017年12月24日 (日)

JR東海の国鉄色キハ40(上)

 JR東海の路線から消えたキハ40系。すでにその姿を見なくなってから2年近くが経とうとしています。2011年4月からは5両がクリームとオレンジの国鉄色に塗られて人気を集めました。さて、その国鉄色の車両は、いま、どうなっているのでしょうか?

  JR東海で廃車になったキハ40系のうち、その多くはミャンマーで第二の歴史を刻んでいることがよく知られています。美濃太田運輸区や伊勢運輸区での最後の活躍をしたのち、キハ11とともに笠寺まで回送され、名鉄築港線で名古屋臨海鉄道のDLに牽引され、保税埠頭まで輸送されたので、撮影された方も多いのではないでしょうか?

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 実は、2016年3月に伊勢運輸区で廃車になり、ミヤンマーに輸送される筈だった車両は、現在も国内に留まっています。その中には、最後まで国鉄色で活躍したキハ48 3812と6812の2両も含まれています。

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 さて、その場所は、というと、名古屋港の金城ふ頭にあるふ頭です。より詳しくは、フジトランスコーポレーション金城荷扱所近くの埠頭ということらしいですが、この場所は保税地域として港湾関係者以外の構内立ち入りが禁止されているため、間近で確認することはできません。

 しかし、あおなみ線の金城ふ頭駅のホームからは、かなり距離はあるものの、留置されている様子を見ることができます。

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 少々、ガスっているのと、手前にトラックが停まっているのでわかりづらいですが、放置された車両群を遠望できます。

 ご存じのように、あおなみ線の金城ふ頭駅はJR東海の「リニア・鉄道館」の下車駅です。しかし、ここで降りる鉄道ファンでこの車両群に気がついた方は、どれくらいいるでしょうか?

 さて、徒歩では近づくことのできないこれら車両群ですが、海からなら見ることができます。その方法は、金城ふ頭と名古屋港ガーデンふ頭、そして中川運河を北上してささしまライブを結ぶ水上バス「クルーズ名古屋」に乗ることです。

 金城ふ頭からの水上バスは、名古屋港トリトンラインとして運行されていましたが、この10月8日からは社会実験としてささしまライブまで延長されて運行されています。この水上バスの金城ふ頭の乗り場は車両群の放置されているふ頭のすぐ北にあることから、出港時に船上から間近に車両群を見ることができるわけです。

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 画像が小さくてわかりづらいですが、右側のふ頭の先端に放置されている車両群を見ることができます。

 船が出航すると、右手に車両群を間近に見られます。

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 では、ここに留置されているのは、どんな車両でしょうか?Google-Earthでは留置中の車両の様子を見ることができます。留置されている車両は15両のようです。

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 ネットで調べてみると、留置されているのはキハ11系3両、キハ40系12両とあります。具体的には、キハ11が3,7,10、キハ40系がキハ40 6311、キハ48 5302、6302、5802、5807、3809、3812、5817、6804、6809、6810、6812で、3812と6812は国鉄色の車両です。

 これら車両は、2016年3月に伊勢運輸区で廃車になり、即日に笠寺まで回送されて東名古屋港の保税岸壁に運ばれた車両かと思われます。どうしてミヤンマーに輸出されず、名古屋港に留め置かれたままになっているのでしょうか?(駅長)

 

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冬至のころ

最も南寄りの方角から太陽が昇る冬至。矢田川で6883レをシルエットで狙うには最適な条件です。冬至からは一日遅れましたが23日、どのようなシーンが待ち構えているのだろうと眠たい目を擦りながら、今季二度目の矢田川朝練を実施しました。
今回もやはり左岸から、ただし線路にできるだけ垂直の角度となるよう、やや後方にポジションを取りました。


「しまった、単玉レンズを忘れた」

通過5分前、思いのほか暗い・・・。そりゃそうですよね、なにしろ6883レの通過時刻は日の出の20分前。暁の空を甘く見ていました。シャッター速度と画質は犠牲にしたくないので、露出で稼ぐしかありません。明るめのレンズは所有しているものの単焦点しか持ち合わせていないのでフレーミングに融通が利かないことから、おそらく無意識に機材の選択肢からは外れていたのでしょう。やむなく感度を上げて、いざ本番。

2383 キーンと引き締まる空気感がそれほどないせいなのか、空の光量もなんとなく弱く感じられ、シルエット効果はご覧のとおりやや半減の結果となりました(→いや、単なる露出不足でしょう。だから単玉レンズ付けなさいって)。ヘンなところに雲が湧いてこなかっただけでもヨシとしましょう。両岸には数名ずつの同業者の方々。お疲れ様でした。
この後30分もすれば、朝日が昇りドラマティックなシーンが展開されるはずですが、ちぎれ雲の集団が西の方角から迫って来たのでいざぎよく撤収。家内が寝ている間に家を出て起きる前に帰宅して、完全犯罪を成し遂げました(笑)。

二度めの矢田川朝練もまた、「しなの」被りもゲリラ雲も避けることができましたが、そうそう都合よくいきません。次のトライでは被害を受けそうな予感がするので当分ここは避けましょう。(出札掛)

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2017年12月17日 (日)

やじうま

良く言えば報道写真、悪く言えば「ただの野次馬」。

035_2 今さら説明するまでもないでしょう。滅多に目にすることのない珍景だからといって騒ぎ過ぎないように、ほどほどにしましょう。何しろ一歩間違えば大事故につながるところでしたから。

030_2 在来線12・13番線の端には野次馬対策として規制ロープと注意書きがありました。

051_2 個人的に注目したのはこのモーターカー。新幹線の事業用車については詳しく知りませんが、こんなにも目の前で見ることは二度とない・・・かな?

085_2 上り列車はすべて15番線発。数分間隔で同一ホームを発着するサマは、某大手私鉄の駅を連想させますね。

6801_2 上りホームの列車案内板です。14番線側はとうぜん無表示。当該編成も写っていますが、整備の都合で12と13号車間の幌が外されていることがわかります(一部画像を加工してあります)。

5601 N700の妻面にカメラを向けました。営業路線上では絶対目にできないことです。連結部にはアダプターのようなものが装着されています(一部画像を加工してあります)。

7101 今度はN700側からモーターカーを撮影しました。この角度から眺めると、色といい形といい、某私鉄のデキを少しだけ連想します(一部画像を加工してあります)。

日中のみならず、深夜にも及ぶ復旧作業に従事された方々には本当にお疲れ様です。それにしても、なぜもっと手前の駅で列車を運休できなかったのでしょう?定時運行を優先するがあまり安全面が置き去りにされ、その背景には何やら歪んだ事情が見え隠れしていそうな気がするのは考えすぎでしょうか。マーフィーの法則?当てはめたくはありませんが、福知山線事故のような大惨事が起きないことを願うばかりです。(出札掛)

【おまけ】

031_2 事故関連写真ばかりでは心が痛むので、中和しましょう。この日、ダイヤ上にない重単が突然通りかかりました。どうやら福山貨物56レを牽引してきたロクロクの折り返し運用で遅延の単571と思われますが、なぜかロクヨン、しかも広更色がぶら下がっていたので、つい得した気分になり画像を載せました。平凡なトピックスですがお許し下さい。この日は西でも東でも東海道本線の障害が発生して貨物の運行はガタガタだったので、その影響かもしれません。

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2017年12月10日 (日)

くまモン電車

 山口線のあとは、熊本まで足を伸ばしました。単に新幹線で帰るのは面白くなかったのと、マイルで熊本空港からの無料航空券を確保していたからです。

 熊本を訪れた目的は、西鉄時代の塗装に復元された連接車の5000形の撮影です。この連接車は、平日の朝夕のみの運転。こうした機会でないと、なかなか撮影できません。

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 しかし、撮影となると日の出の遅いこの時期は厳しいものがあります。しかし、上熊本の手前で東側が開けた場所があり、まずまずの条件で撮影ができました。

 上熊本までは、熊本電鉄が来ています。そこで久しぶりに熊本電鉄に乗車することにします。やってきた電車を見てビックリ。

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 なんと、車体のあちこちにくまモンが描かれています。さすが、熊本。途中駅で降りて、走りを撮影。幻想的に朝霧が立ちこめる中、くまモン電車が姿を現しました。

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 霧が晴れてきたので、順光で1枚。なんとも賑やかな電車です。この電車は、もとは東京メトロの01形です。地下鉄電車に集電装置、というのは相当、違和感があります。

 撮影を終えて北熊本まで乗って、、藤崎宮からの電車と並べて撮ろうとしてビックリ。藤崎宮から来る電車から、多くの人が降りてきます。様子から見ていると、外国からの観光客のよう。

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 その後、調べてみると、これら乗客は台湾からの観光客とわかりました。

 熊本電鉄では、台湾に精力的にセールスを行っており、近年は観光ルートに組み入れてもらっているそうです。その甲斐あって、近年の利用者数は地方鉄道で一番の伸びを示しているそうです。北熊本の駅舎には売店もあって、さまざまなグッズを販売していました。駅舎の前に出ると、大型観光バスが3台停まっています。と、いうことはざっと100人が利用したわけです。絶対数の少ない地方民鉄で、この数字は馬鹿になりません。

 今回の熊本では、「熊本わくわく1DAYパス」を購入しました。このパスは、700円でエリア内の路面電車、バス、熊本電鉄に乗れる極めて利便性の高い1日券です。北熊本はそのエリアの最北ですが、バスにも乗車できるので、撮影のため、バスを使って黒髪町の併用軌道に先回りしました。

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 やはり熊本に来たら、ここでの撮影は欠かせないですね。やってきた電車は元東京都交通局の6000形で、こちらもくまモンのラッピングがされています。

 熊電の撮影はこれで終わって、バスで中心部にでて路面電車の撮影に移ります。とはいえ、肝心の5000形が出てくるのは夕方になってから。せっかく1日券があるので、終点の健軍まで乗って、この季節らしいイチョウ並木の綺麗なところをチェック。

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 側面が陰っているけれど、なんとか建物の影が無いところで撮影できました。

 再び、中心部の通町筋に戻り、夕暮れの風情の漂う中、痛々しい熊本城を入れて撮影。やはりここからは熊本城がみえないと締まりません。一刻もはやい復興が祈念されます。

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 最後にISO感度をあげて、通町筋を発車する5000形連接車を撮影。この条件下で撮影ができるのですから、まさにデジカメさまさまです。
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 これを最後に撮影を終了し、熊本空港に向かって名古屋に戻りました。(駅長)

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Training in the Early Morning at Yada River

↑意味、合っているのかしら??

先日、所用で名古屋市の矢田川右岸を車で走行していたら、えっ、JR中央線橋梁の真下で何やら護岸工事らしき作業をしているではありませんか!しかもユンボが2機も動いております。うゎー、これでは6883レのシルエットが撮れないではないか、と嘆いたものの、もしかしたら左岸側から狙えば障害を回避できるかもしれません。ただ、機関車を真横から狙う位置に立つと貨車が背景の木々に埋もれてしまい、もしくは貨車までシルエット抜きにしようとすると後追い気味のアングルになります。どのポジションを選択するか、好みが分かれるところです。

9日の朝5時前、その気はなかったのですが自然と目が覚めて外を覗いたら雲がほとんどないキレイな夜空、降水確率も0%だったのでつい・・・。

83 幸いファインダーの中に映る雲は一つもなく、被りが心配される「しなの」回送も直前に通過して、まずまずの成果を得ることができました。ところでこのシルエット撮影に際して、当ブログのバックナンバーから駅長様のトーンジャンプに関する記事を予め読み返して、露出に関する予習をしておきました。しかし現像技術はまだまだ未熟で微妙な感じです。日々勉強ですね。
朝焼けを強調したかったのでWBを曇モードにして少しデフォルメしましたが、実際にはもう少し青みがかった空だったかも?

1m スッキリと澄んだ空だったので、せっかくだからとシルエット撮影に適した流線形車両(→しなの1号)が来るまで待ちました。ちょうど朝日が線路から顔を出すタイミングになるよう、架線柱にも気を配りながら立ち位置を微調整。川にも反射してドラマチックになったでしょうか?

矢田川右岸からの6883レのシルエットは当分の間お預けかもしれません?どなたか検証していただければ幸いです。(他力本願・出札掛)

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2017年12月 8日 (金)

【続々】亀嵩への旅

 三江線沿線撮影の2日目です。

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 まずは宿泊した温泉の前の道路で撮影します。駅を発車してきた列車と江の川が1枚の画面に入り、なかなか好ましいカットとなりました。

 さっそく、追っかけを開始します。

 しかし、口羽までの新線区間はかなりの高速で走るので、追いついて撮影するのはほとんど不可能です。

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 口羽の先で追いつきました。霧が晴れて、陽が差してきました。

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 川霧が立ちこめた山間に、車両がギラリと光り、なかなか良い感じです。口羽から南は、警戒運転を行っているため、速度が遅く、何度も追い抜きができますが、線路が川の南側、道路が北側を走っている場所が多く、残念ながら晴れてしまうと山の陰や逆光になって、あまり撮る場所がありません。

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 この日は休日で、同業者が多く、追いかけにも制約があるので、一番の撮影列車424Dは撮影ポイントを決めて狙うことにします。まずは、2本のイチョウの木が美しい作木口のあたり。川が蛇行しているので、このあたりでは車両に陽があたります。

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 そして、三江線最後のカットは、これぞ三江線という江の川を入れた大カーブの俯瞰撮影としました。ここでの決まった1枚があれば、三江線の撮影は合格点です。

 結局、列車に乗ることは無く、並行する道路から見た三江線の印象ですが、陰陽連絡線として建設されたものの、蛇行する江の川に沿っていることから距離が無駄に長くなったことに加え、沿線の人口も希薄であり、かつ、目立つ観光施設も乏しいため、鉄道としての存続は大変厳しいと考えられます。個人的には、鉄道はできる限り将来の資産として残すべきと考えていますが、三江線は旅客流動にもあわず、公的に負担して残すだけの意義は少ないと考えざるを得ません。

 ただ、皮肉なことではありますが、そうした路線ほど沿線風景は美しく、キハ120形気動車が1~2両で走る路線は、無限と言える撮影場所に恵まれています。残すところあと4ヶ月。これから冬になり、撮影には条件が厳しくなりますが、機会があれば再度訪れてみたいだけの魅力にあふれる路線であることは間違いありません。(駅長)

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2017年12月 5日 (火)

再会 C12 66

Img7041971年1月4日 飯山

駅長様に習って、まず約47年前に撮影した今回の主役、C12 66です。
11月末から4日ほど、所用で関東地方に行ってきました。最終日となった12月2日、予報が快晴とのことだったので、考えた末、2年前の初頭、駅長様と電車運転士様が相次いで訪問された真岡鐵道に行くことにしました。

Dsc_6124下館に着くと、JRホームに3列車が並ぶことが判ったので、撮ってみました。こうやって並ぶと、411系で撮ってみたかったですが、411系は4連なので、うまく纏まったかは?

Dsc_6135今回は久しぶりの歩き鉄で、電車運転士様同様、蒸機列車は往復各1回しかチャンスはありません。そんなわけで、久下田で下車。交換する上り列車を数人の高校生が待っていたので、撮らせてもらいました。

Dsc_6147久下田で降りたもう一つの理由は、言うまでもなく蒸機列車の下館への送り込み回送を撮りたい、と思ったからです。運転台カブリツキでロケハンをして、下館寄りにまだ黄葉した木があったので、絡めることにしました。正面がちにすることで、DL単独牽引列車のようにしてみました。
ぶら下がって来た機関車に思わず「ニコッ」(v^ー゜)ヤッタネ!!
真岡鐵道所属の2両の蒸機は、時代の差こそあれ、いずれも飯山線で撮影した機関車であり、どちらにしても「再会」というわけですが、本日の牽引機は嬉しいことにC12 66でした。前にも記しましたが、約47年振りの再会です。

Dsc_6153折本交換で下りのローカルが来ます。ちょっと線路から離れたら、雲の上に山の頂が頭を覗かせてました。山容から榛名山のようです。もう少し裾まで見えたら良かったのですが・・・。

Dsc_6158久下田交換で上りローカルが来てしまいますので、先ほどの木を強調してみました。

Dsc_6191定番の跨線橋から。同業者は他4名でした。
検査出立てか、至極美しく、HMもなくいいショットとなりました。駅長様のご友人の話で、C12は黒い煙を吐く、とのことでしたが、残念ながらそこは違いました。

Dsc_6211「SLもおか」を追いかけて茂木まで行ってみました。
不覚にも電車運転士様に教えてもらった「常総線・真岡鐵道共通一日自由きっぷ」の真岡鐵道のフリー区間は下館⇔益子間というのを見落としていて、打ち切り運賃のため550円別途かかりましたが、それでも取手往復を考えると、かなりのコスパなので止むを得ません。
茂木について見学デッキに上ってみましたが、既に機関車は転向を終え、給水していました。その傍らで乗務員たちが談笑していました。

Dsc_6220給水を終えたC12が、ターンテーブルの北側に移動した後、一組の母子がデッキに上がって来たので、ひと声かけて写真を撮らせてもらいました。一言二言お話をしましたが、お子さんが機関車大好きで、毎週のようにここに来ているとおっしゃっていました。

Dsc_6229少しして、ホームに降りてみると別の母子が見学通路でC12を眺めていました。
母「もう行くよ~」 子「まぁ~だ」

Dsc_6247運転台カブリツキでロケハンしましたが、上り列車で間違いなく煙を吐きそうなのは、やはり茂木から矢天場まで。有料撮影地まで行ってみましたが、この日は快晴で陰影が強くパス。
途中の「道の駅もてぎ」の傍らにメタセコイアが数本植わっており、とりあえず道から下りのローカルを撮ってみました。

Dsc_6254_2ローカルは茂木6分の停車で折り返してきます。道の駅の公園に入って家族連れとコラボできないかアングルを探しましたが、時間切れに。
実はこの左側には、メタセコイアと蒸機をフレームに入れようと同業者が20人程スタンバッてます。これらが後でひと悶着・・・(。>0<。)

Dsc_6284本命はローカルの15分後、茂木を発車します。場所を探しあぐねて、結局は↑の写真の道の法面で構えることにしました。客車の最後の1両が陰に隠れますが、どうにか煙室戸にも陽が回り、イイ感じで撮れました。ただ・・・。

実は「SLもおか」が茂木を発車する時刻に、道の駅のスピーカーから発車の案内が放送され、遊びに来ていた家族連れが公園に移動してきたのです。当然近くで見たいので、メタセコイアの下にある生垣あたりまで来ますよね。それが列車の来る直前ということもあって、同業者たちのカメラにフレームインします。と、怒号が!!!。ほとんどがもういい年こいたオッサンばかりで、そんなところでセットしていれば一般の人が入ってしまうのは予め判るハズ。このことがSNSでアップされてまた撮り鉄の立場を悪くされないことを祈るのみです。
駅長様から激パだった山口線沿線の人々の協力体制を伺ったがったばかりで、実に情けない思いをしました。

Dsc_6301蒸機列車の真岡入庫列車も当然狙います。しかし、季節は冬至に向かう一番日暮れの早い時季、電車運転士様のようにギラリは望むべくもなく、撮れるところで撮りました。それなりに夕暮れ感は出ていると思いますので、良しとしましょう。

これにて終了。C12 66といい再会が果たせました。またいつか訪問できればと思います。(検査掛)













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【続】亀嵩への旅

 木次線の亀嵩に行った話は先に書きましたが、せっかくここまで行くなら、来年春に廃止となる三江線に寄りたくなります。と、いうことで、三江線にも寄ってきました。

 当初は夜行バスで出雲市に出て、一畑電鉄を撮影し江津で宿泊。翌日に江津から三次行きの列車に乗る計画でしたが、たまたま友人が現地で撮影している、ということで、クルマに便乗させていただき、撮影することにしました。

 まずは、江津本町の街中の橋を渡るところを江の川の対岸から撮影します。

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 実はこのアングル、少し立ち位置は異なりますが、まだC56が走っていた昭和49年7月に撮影しています。

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 当時に比べ堤防が嵩上げされ、鉄橋の橋脚が見づらくなっています。

 その後、一気に三次近くまで走り、昼間帯に三江線を走る424Dを追撃します。三江線はご存じのように、かつては北線と南線にわかれており、浜原までの三江北線は戦前の昭和12年7月、口羽までの三江南線は戦後に着工され、昭和38年6月に開業、昭和50年8月31日に全線が開業した歴史があります。

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 三次~口羽間は昭和30年代の開業のため、橋もコンクリート造りとなっています。

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 所々にある橋から、江の川を入れて撮影もできます。

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 口羽から北は昭和50年代の建設だけに、ローカル線とは思えない立派な路線です。こんな路線が廃止になるとは信じられません。

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 天空の駅として、三江線のシンボルとなっている宇津井駅。ホームまで120段を超える階段があるようです。丸いボールのようなものは、ライトアップの照明とか。

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 浜原から北は、一転してローカル線の佇まいとなります。因原あたりに若干の町がある程度で、人家もほとんどありません。よくもこんなところに線路を建設したものと感心します。

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 鉄橋のある因原付近は撮りやすい場所です。

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 俯瞰でも撮影できます。ただ、家並みが写るこの風景は三江線には似つかわしくありません。

 この日は天気が悪く、雨も降りだしてきました。しかし、見方を変えれば低く雲がたなびく風景も味があります。

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 この日、最後の撮影はかつての終点で、数少ない行き違い駅の浜原で。

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 この後、沿線の温泉に泊まって、翌日の撮影に備えます。それについては、後日、紹介しましょう。(駅長)

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2017年12月 4日 (月)

511.思いつくままに晩秋の風景をめぐる 2017/12/2

 北国では雪の便りも聞こえ、季節は確実に秋から冬へと進んでおり、名古屋周辺でも秋は終盤戦を迎え、晩秋の気配が漂っています。そんな中、最後の秋を楽しんでこようということで、とくにこれといったターゲットはありませんでしたが、思いつくまま名古屋周辺をめぐってきました。

 

※撮影は122日の関西本線・名鉄尾西線・中央本線(電車運転士)

 

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 冬至が近くなり、そろそろ矢田川グラデーションの時季になってきましたが、5263列車なら同様に日光川でもグラデーションが狙えるのではないかと足を運んでみました。矢田川のように真横構図というわけにはいきませんでしたが、それらしい雰囲気になったのではないかと思います。

【2017.12.2 関西本線】

 

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 場所を移動するのも面倒だったこともあり、8271列車も同じポイントに居座りました。通過が日の出直後で、ちょうど朝陽の床下抜きができるかと思いましたが、DD51では床下が目いっぱい詰まっているので、思惑どおりにはなりませんでした。
【2017.12.2 関西本線】

 

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 続いて黄色く色づいた銀杏狙いで尾西線に移動しました。残念ながら見頃はすでに終わっており、木によっては葉っぱが全部落ちて骨だけといった状況の木もありました。ここの3本の木だけは何とか葉っぱが持ち応えていました。
【2017.12.2 名鉄尾西線】

 
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 しばらく山崎周辺をうろついてみましたが、どの木も葉っぱが落ちて悲惨な状態になっている中、この木だけがかろうじて撮影に耐えることができる状態でした。地元に方に話を伺うと前日は風が強かったため、それで一気に葉っぱが落ちてしまったとのことでした。前の週に行かなかったのが悔やまれます。
【2017.12.2 名鉄尾西線】

 
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 尾西線の撮影をひと通り終え、木曽の方面を望むと御嶽や中央アルプスがクリアに見えていました。ここで8084列車のちょっとした宿題を思い出してしまい、時間的にも何とか間に合いそうだったので、一気に中央本線沿線まで広域移動してしまいました。宿題としていたのはこのポイントです。以前に出札掛様からヒントをいただいており、そんなに苦労することなく見つけることができました。
【2017.12.2 中央本線】

 
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 その後は帰りの道すがらで81列車を撮ろうと思い、国道19号線を南下します。今回は地上戦にしてみました。晩秋の気配が漂うなか、夕方の斜光線を受けながらいい感じでやってきました。コンテナが歯抜けだったのがちょっと残念でしたが…。
【2017.12.2 中央本線】

 
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 この付近では5875列車は81列車の約10分後に続行で追いかけてくるため、速攻でポイント移動しました。線路端のススキが逆光に浮かび上がるのと、背景のバイパス工事が逆光なら目立たないだろうということで、ここに直行しました。でき栄えは微妙な感じですが、ポイント移動に制約があるため、止むを得ません。
【2017.12.2 中央本線】

 

 

 

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2017年12月 3日 (日)

白鳥シルエット

金曜日の夜、翌朝が「晴れ・降水確率0%」予報を示していると、朝練に挑むか挑むまいか、気持ちが揺らぎます。

631 画像は凸貨物5263レです。撮るには撮りましたが、何かと多くの課題が残りました。ある程度予測はしていましたが凸のカタチ、しかも重連をアウトカーブから完璧にシルエットにするには難ありです。もっと引きつければなんとかなりそうですが制約もあって・・・。信号所の直線を真横から狙おうとしたものの、すっきりとした背景が得られそうにもないので見送ったのですが、どうなんでしょう。

632 追いかけてもう一度。う~ん、背景・・・。
もっと南下すれば凸×2をキレイに架線柱間で抜くことができそうな場所があるので、もっと日の出の時刻が遅くなればトライしたく思います。

711 陽が昇り、シチュエーションも大きく変わるだろうと思い、続行でやって来る8271レで再挑戦。朝日の輝きをお供にできました。

712 先週土曜日は単機牽引だったようなので今回もそうかなと思っていたら、アラ、重連。こんなときは凸1両のほうがスッキリ抜けられるのでしょうけども。
どの位置でシャッターを切った瞬間を良しとするのか、それとも立ち位置はどうなのか、そもそも場所の選択ミス?やはり課題は盛りだくさんです。ただ、このように早朝は凸が2本連続で走って来るおかげで、1本目でミスをしてもすぐに修正して2本目に活かせることもできます。失敗を恐れずにいろいろと試してみたく思います。

2両目のDF200が間もなく稲沢にやって来ます。運用の置き換えもカウントダウンに入るのでしょうか。凸のシャッターチャンスが半減される前に、機会があれば凸×2のシルエットに再挑戦するとして、今回はこれで勘弁して下さい。(出札掛)

《速 報》

71 日本車輌から名鉄パノラマカー7011Fの復刻版が登場、なんてみえみえな冗談はヤボですね。ついに小田急の新型ロマンスカー70000系がベールを脱ぎました。

72 ひいきするつもりではありませんが、あのデザインを見るとなんとなく余所事とは思えないし、天候も良いのでブラリと見物に出かけてきました。さて、LSEの行く末や如何に。

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2017年12月 2日 (土)

亀嵩への旅

 先の記事で、山口線のD51200のデビューを紹介しましたが、今回の旅の主目的は山口線ではありません。昔、大変お世話になった方が、奥様のご両親の介護を目的に島根県にお住まいになっており、その方に久々に会うことが一番の目的でした。そのついでに山口まで足を伸ばしたわけです。

 その方が現在、住まれているのは木次線の亀嵩。この名前にご記憶の方も多いでしょう。そう、松本清張の名作「砂の器」の舞台となった地です。しかも、お住まいのお宅は江戸時代からの歴史があり、「砂の器」のロケでも使用されたとか。これは是非とも見たいものです。

 まずは木次線の亀嵩駅。駅がそば屋となっていることで知られています。

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 もっとも、奥出雲のこの辺り、そばが名物とあって、至る所にそば屋があります。

 ところで、この亀嵩の駅、国道から離れたところに位置しており、周囲にそれほどの住宅はありません。田舎の寂しい駅かと思えばまったく違っていて、町は駅から4kmほど離れた山側にあります。きけば、江戸時代には三沢氏の城があり、城下町として栄えていたようで、いまも旧街道沿いに当時の面影を留めています。木次線の線路が国道から離れて遠回りしているのは、少しでも亀嵩の町に近づけようとしたわけで、こうしたことは実際に訪れて、見てみないとわかりません。

 亀嵩の町には、「砂の器」の舞台となった場所がいくつもあります。町の中心にある湯野神社は、ハンセン氏病で放浪を続ける父子が神社の社殿に隠れているところを亀嵩駐在所の三木巡査に見つけられた場所で、「砂の器」舞台の地という記念碑が建てられています。

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 また、この近くの道の駅には、ロケで使った派出所のセットが展示されています。

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 ロケに使われたという知人のご自宅は、個人宅なので、ここではカット。m(_ _)m
 

 さて、ここまで行くならば、出雲坂根のスイッチバックは見逃せません。昔は旧道から3段スイッチバックが全部見えたようですが、現在は木が伸びて1段目と3段目しか見ることができません。しかも、道路からは見えず、少し山を登る必要があるので、よく知った人と行かないと場所を見つけるのはなかなか大変です。

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 木の間から撮る撮影ポイントからは、かろうじて「奥出雲おろち号」が全編成入ります。

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 出雲坂根のホームからは、スイッチバックを越えて到着する列車も狙えます。しかし、現在、ここにやってくる定期列車は、わずか3往復しかありません。

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 かつてホームから湧き出ていた清水は、「延命の水」として整備され、駅舎寄りに移されています。駅舎は観光地化され、「奥出雲おろち号」の走る日は、売店も出ます。

 出雲坂根のスイッチバックを訪れるのは初めてですが、現地を訪れるとなぜ、スイッチバックにしなければいけなかったのか、セミループ線の線形と合わせて、その理由がよくわかります。やはり百聞は一見にしかずです。

 しかし、現在は直ぐ横に立派な国道のループ橋が整備されおり、かつての陰陽連絡の役割を担った木次線もまったく出番が無くなってしましました。さらにJR西日本は、こうしたローカル線に極力維持費をかけないようにしており、安全を確保するため、見通しのきかないところは制限25kmで何時でも停まれる速度で運行しています。

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 乗っている列車から、直ぐ横の整備された国道をクルマが70km/hを超える速度で走って行くのを見ると、寂しくなるものがあります。直ぐ隣の三江線は来年春で廃止されますが、さて、木次線は後どうなるでしょうか?(駅長)

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