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2017年7月30日 (日)

1972年夏のお話 房総東線から外房線へ

せっかく陽が長いというのに、7月に入ってほとんどアップするほどのネタがありません。そんなこんなで生存証明ということで45年前の夏のお話です。

かつてDC王国として名を馳せた千葉の国鉄路線ですが、この頃になってようやく電化の波が届くようになりました。

Img1231972年7月14日 新宿
この頃、首都圏から千葉への優等列車の始発駅は、両国を基本として、一部が新宿まで乗り入れていました。
気動車最終日の「そと房」ですが、なん号かは不明です。翌日、線路の名前は「房総東線」から「外房線」に代わり、急行「そと房」も発展的に廃止されるのですが、新宿では取り立てて最後の日のセレモニーはありませんでした。先頭はキハ28の冷房車のようですが、電源車ではなさそうで、2両目がキハ26なので、冷房できず、窓が開いています。

Img126_21972年7月14日 新宿
一方、1969年7月に先んじて千倉まで電化されていた房総西線の優等列車は既に電車化され、新製冷房車の165系最終グループで運転されていました。しかし、永年親しまれてきた「うち房」の愛称は、今日が最後です。私同様の鉄道ファンが最後を惜しんでいました。
主たる始発駅の両国はこの日を最後に主役の座を降りることになりましたが、当時の私としては、同じ東京にしても遠い場所で、行ったこともありませんでしたので、どのような状況だったのか知る由もありません。

Img134_21972年7月15日 安房鴨川
翌日、鉄研の仲間と「外房線」初の特急「わかしお」の一番列車に乗り、未踏の地、安房鴨川まで行きました。土砂降りの雨に加え、乗るために新宿でのセレモニーも見ることはできませんでした。この日、東京地下駅も開業したのですが、初めて登場した千葉県への特急「わかしお」「さざなみ」ともに一番列車は新宿発だったので、その様子は伺いしれません。復路は東京着の「わかしお」で帰ったはずですが、全く覚えがありません。ただ、ほとんど乗っておらず、簡易リクライニングの振動音が耳についた記憶があります。

Img1621972年8月20日 新宿
なぜか一か月後、再び新宿で撮影しています。(通学で毎日新宿は通過していたのですが・・・)
「内房線」「外房線」となってから、すっかり近代化?され、海水浴臨の快速にも新製の113系が投入されていました。隣に写っている中央線の客車と比べると見違えるようでした。内房線千倉行が「青い海」、外房線安房鴨川行が「白い砂」と命名されましたが、形容詞をつかった愛称が新鮮でした。

Img1681972年8月20日 新宿
内房線、外房線とも最優等列車は特急となりましたが、急行も165系で残りました。こちらは房総半島を一周する循環運転となり、時計回りが「みさき」、反時計回りが「なぎさ」となりました。発着は相変わらず新宿、両国両駅でした。

Img1631972年8月20日 新宿
銚子行は相変わらずのDC急行で運転されており、成田線経由は「水郷」、総武線経由は「犬吠」でした。

相変わらず?のハーフサイズでの粗い画像で失礼しました。(検査掛)












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コメント

さすが東京地区。事欠かないネタの中でも房総方面の急行は各列車がHMを掲出して楽しませてくれました。自分がカメラを向けた時期は153系列が引退する頃だったので、すでに一部の列車はHMの付かない編成もあり、コンプリートしようという思惑が外れてしまいました。DC時代から記録されていらっしゃる検査掛様がうらましいです。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年7月30日 (日) 19時21分

 いまでは面影もありませんが、そーいえば、昔は千葉は気動車王国なんて、言ってましたねぇ。房総は、名古屋からは行きづらいので、あまり縁がありません。一度乗ったときには、海辺を走っているかと思ったら、意外に山の中が多いので、驚いた記憶があります。気動車王国だった片鱗は、いすみとか小湊に残っているのですね。桜の季節にでも行ってみたいところですが、人が多そう。(駅長)

投稿: 駅長 | 2017年7月31日 (月) 08時52分

房総半島は小湊・いすみ・久留里線に行ったくらいで、ほとんど未踏の地です。急行が主役だった頃は律義にHMが掲出されて、被写体的には面白かったと思いますが、写真を撮っていないのが悔やまれます。今では車両の世代交代も進み、後を継いだ特急も東京の地下から発着するようになり、また、房総方面のターミナルとして賑わいを見せていた両国の寂れ具合を見ると隔世の感があります。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2017年7月31日 (月) 10時31分

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