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2017年4月 1日 (土)

リニア鉄道館 選ばれた車両&選ばれなかった車両

前回、長野電鉄の生え抜き2形式が10年以上保管されていたにも関わらず解体されたことをアップさせて頂きました。
同じころ、リニア鉄道館6周年との報に触れ、「そ~言えばJRにも似たようなことがあったなぁ」と思い、暇に任せて振り返ってみました。あまり、風呂敷を拡げても収拾がつかなくなってしまうので、思うが儘のことに絞ってみます。

1991年の年末、保留されていた165系や80系DCが相次いで浜松工場に送られたのですが、なぜか相反する列車が走りました。

Img6631991年12月20日
当日の朝、キハ80 3両を牽引して西浜松に行ったEF58 122が、ナントこんな編成を引いて出てきたのです。後ろに控えるのはクハ103 75+モハ102 210+クモハ103 91+キハ82 75+キロ28 2303。最初は恐らく六文銭をもっらたであろう車両ですが、寸でのところで免れたようでした。

Img6991991年12月20日
先回りができたようで、名撮影地?でも撮ることができました。

Img7571992年1月10日
上の編成で、一旦名古屋まで運ばれた後、103系を切り離して編成を組み替えキハ30 51を繋いで、美濃太田まで運ばれました。

Img7371992年1月10日
この日もどんな手段かは忘れましたが、美濃太田には先回りできたようです。
既に佐久間レールパークはオープンしていましたが、気動車の保存がなく、スペースもないことから、この3両は別の場所に保存されるのだろう、と思っていました。

Img1771992年12月12日
一方、前年に一緒に戻された103系ですが、なぜかほぼ一年後、来た道を戻って行きました。一年前の画像と比べると、車体がきれいに塗り変えられたようなのに、戸外に置いておかれたのか、雨の跡が付いていました。また、クモハはパンタが撤去されており、モハも集中型のエアコンが撤去されていました。また、牽引する機関車は同じEF58 122ながら、茶色に塗り変えられています。

これら6両(+EF58 122も)はいづれも保存されることなく、旅立ちました。

Img8091994年2月2日
次は181系DCです。先輩の82系DCがJR東海で現役で頑張っている中、四国で御用済みとなったキハ181-1とキハ180-1が甲種車両輸送で運ばれてきました。言うまでもなく181系DCの初投入となった「しなの」用として、名古屋第一機関区に配置された車両で、JR東海にとっては縁浅からぬ車両です。

Img8171994年2月2日
稲沢で牽引機をDD51 875に交替して名古屋に運ばれました。
この後、キハ181は元の国鉄特急色に塗り変えられ、佐久間レールパークに展示され、同パークの閉鎖後は皆様ご存知のようにリニア鉄道館に保存されました。
一方、キハ180は2013年に解体されたとのことです。

Img8291996年3月5日
リニア鉄道館に収められた車両の中で、今一つ?なのが、このキハ48036です。履歴が判らないのでなんとも言えませんが、その頃のトップの方の思い入れが強かったのでしょう。

Img7931996年3月5日
甲種車両輸送されるときに既に復元されていて、このまま佐久間レールパークに送られたと思います。ちなみに、元は国鉄キハ11 26→茨城交通キハ113だそうです。


Img5722001年8月1日
リニア鉄道館用に多くの車両が美濃太田に運び込まれたようですが、ほとんど撮影はできませんでした。撮影できたのは、この列車だけです。ちなみ編成はDD51 749+クモハ103-18+クモハ165-108+モハ164-72+クハ165-120です。
この中で選ばれたのは、幸い原型のヘッドライトが残っていたクモハ165-108のみで、DD51 749も含め過去帳入りとなりました。

先にも記しましたように多くの車両が美濃太田に運び込まれたようですが、ほとんど解体の道を辿りました。JR東海程の会社でも厳選?された車両しか保存されなかったのですから、中小の私鉄では、たとえ由緒ある車両でも保存は難しいのでしょうね。時がたてば会社のトップはドンドン若返って行くわけで、その人の思い入れで選ばれるとなると、鉄道車両の保存は先行き厳しいと思わなければならないのでしょう。そういう意味では、リニア鉄道館も、京都鉄道博物館もいい時期にオープンしてもらったのかもしれません。(検査掛)

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コメント

うわわ、珍ドコ版配給列車の数々・・・、感動的です。いろいろな思惑の下で発生するこれらの列車の記録が後々に重要な意味を示すようになることをあらためて感じました。保存車両の選定基準はどこにあるのでしょうか。残るも消えるも時の運次第?211系以降は魅力のない車両が大半なので(個人的意見)、今後は廃止となる車両が現れても静態保存の発想は浮かばないでしょうね。画像の最後にある165+103回送は、自分もにんじんカーブ付近の築堤で撮っていました。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年4月 1日 (土) 21時37分

写真を拝見して、美濃太田にシートを被せられて長期間留置されていた車両があったのを思い出しました。結局、全部が保存されることはなくあの世へ旅立った車両もありました。選考の目安は知るよしもありませんが、国鉄時代を知らない世代が経営幹部になっているので、保存に対する価値観や思い入れが変化しており、今後はエッって思うような予想外の展開があるかもしれませんね。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2017年4月 2日 (日) 10時37分

解体された車両も残してほしかった

投稿: あかさたなはま傘知己 | 2017年7月28日 (金) 18時11分

はじめまして。小鉄と申します。

私はこのあたりが地元で、親父の影響で小さい頃から鉄道ファンだったので、よく美濃太田にも連れていってもらいました(お目当ては動いてるワイドビューとかでしたが)。シートにくるまれた車両を見て「なんだこれ」と思ってたら親父が「もう使ってない車両だ」と教えてくれたのを覚えてます。当時はよくわかっていなかったですが、今思えば貴重な車両ばかりだったのですね。103系の東海色はなんとなく似合ってるし残しておいてほしかったな…とか思います。

投稿: 小鉄 | 2017年11月 9日 (木) 03時41分

>小鉄様
ご覧頂きありがとうございます。
内容からすると随分若い方とお見受けします。お父様共々、今後とも「はなぶさ」をよろしくお願いします。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2017年11月 9日 (木) 18時15分

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