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2017年4月29日 (土)

配「ル」電車(その2 関西編)

配ル電車その2は吹田工場=大タツ所属車です。
その1で記しましたように、シナ所属車に比べ、タツ所属車の特徴は、両運車率が高く、クルは1両(それも使っているところを見たことがない)のみということです。

81182300023002クモル23000(+クモル23002)  1981年3月26日  甲子園口
タツ車は前面窓がHゴム化されたものが多く、行先表示枠がないのが特徴です。一部の車両には白い〇に「配」という表示が車体に直接書かれて(もしくは貼られて)いますが、ないほうが多かったです。23000は31系改造です。クモル24は元系列によりある程度番台分けがなされていますが、クモル23はよくわかりません。

8122200123000クモル23000(+マヤ34 2007+クモヤ22001)  1981年3月26日   東淀川
改造顔の多い中、23000の下り方は不思議なことに原型を保っています。横樋も直線で残るなど、正面だけ見るとなかなかです。元は片運転台車なので、こちらが原型だったと思われますが、パンタを後位側に移設したものと思われます。
また、ご覧のように、関東では専用のクモハ73 2両で運転されていた高速軌道検測をクモル23 2両で行っていました。四半期ごとに行われていたので、頻度が高く、このためにクモル23の配置が多かったのでしょうか。

81172300223000クモル23002(+クモル23000)  1981年3月26日  吹田
23002は元30系で切妻となっています。この車も元は片運でしたが、同じ顔をしていました。旧型国電は偶数向き、奇数向きを車号で分けていましたが、この種の電車のパンタの向きはいろいろでした。(ジャンパ受は上り向)

804623003クモル23003  1980年11月19日  吹田
23003は33系それも荷電(モニ53→クモニ13)からの改造車なので、荷物室の扉はそのまま生かされていました。

81192301024013113クモル23010(+クモル24013+113系)  1981年3月26日  吹田
23010も23003同様荷電からの改造ですが、両側に荷物室があり、無蓋部分が少ない(しかも固定)構造です。この車も横樋はカーブしたものになっていますが、窓枠は原型のままです。
また、タツの配給電車は新性能電車の入出場に際し、併結運転もしていました。シナの場合は旧型国電のみを併結していましたが、タツの車両には新旧読み替え装置が装備されていたのでしょうか。

805023060クモル23060  1980年12月6日  大阪
こちらも元荷電ですが、木造鋼体化の13020番台からの改造のため、切妻構造となっています。なぜこんな番台分けなんでしょうか。

81162400524010クモル24005+クモル24010  1981年1月8日  尼崎
この2両はシナからの続き番で30系からの改造です。タツのクモル24は基本ペアでほぼ固定編成でした。この2両は行先表示枠は残されていましたが、いつも空でした。前面窓は全てHゴム化されていました。

80112405224053

クモル24013+クモル24012(+103系+クモヤ90007)  1981年2月17日  吹田(操)・都島(信)

80112402124022クモル24022+クモル24021  1981年2月17日  須磨
この4両はいずれも31系からの改造ですが、なぜか番台分けがされています。前面のHゴム化はマチマチですが、3枚のうちいずれかは施工されています。
この2編成もほぼ固定編成でした。

Img220クモル24052+クモル24053  1980年11月26日  摂津富田
これは木造鋼体化改造の50系が種車ですが、貫通扉を埋め込まれてシルヘッダーを施しているうえ、Hゴム化しているため、31系と見紛いそうですが、運転室上に通風孔があるので見分けがつきます。この2両もほぼ固定編成でした。

Img466クモヤ22001(+マヤ34 2007+クモル23000)  1981年3月26日  大阪
これは以前ご紹介した貨物新幹線試作車ですが、試験後コンテナを積む部分に板を嵌める形で配給車然としたものです。形式は最後まで「ヤ」でした。31系のクモハからの改造ですが車体部分は種車の面影は全くありません。

さて、タツの配給電車は以上ですが、シナにもタツにも所属していない配「ル」電車が1両いました。

809クモル23050(+クモニ83102+クハ68410+クモハ54111)  1980年3月25日  高塚
こちらはトヨ配置で浜松工場との間で運転されていましたが、無蓋部に荷物を積んで走っている姿は見たことがありません。ほとんど牽引車という使い方でした。種車は060同様木造鋼体化のクモニ13020番台ですが、荷物室が両側にあり、無蓋部分は22001と同じです。運転室窓が101系のように傾斜したもので、しかも2枚で構成されていて旧型国電としては特異な姿でした。

旧型国電を追い始めた1978年頃はあまりにも醜い姿となったと感じていてあまりカメラを向けなかったのですが、最終的には毎週のように大阪に通っていました。2回に渡り長々と、興味のない方には本当に申し訳ありませんでした。(検査掛)

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コメント

同じクモルでも関東と関西では地域性があり、それぞれ特徴が違うんですね。各車両の豊富な写真の量もそうですが、しっかりと分析されているのには恐れ入りました。クモルの車両そのものも懐かしいですが、間に挟まったり後に続く各種車両も興味深く拝見しました。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2017年5月 1日 (月) 10時17分

吹田のクモル系だけでもこれほど多くの編成が存在していたとは驚きです。顔つきがほとんど異なるので撮影の醍醐味はありますが、走行シーンすらなかなか見られなかったのが(情報弱なだけ)残念です。やはり数多く通われた検査掛様の努力の賜物でしょうか、見事なライブラリーに感服です。次のネタも楽しみにしています。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年5月 1日 (月) 17時54分

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