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2017年4月 3日 (月)

466.36年前の岡山電気軌道 1981/3/23

 

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 片上鉄道の全通50周年記念列車の翌日は岡山電気軌道を訪れていました。東山本線(岡山駅前~東山間)3.1㌔、途中の柳川から分岐する清輝橋線(柳川~清輝橋間)1.6㌔の合計4.7㌔のミニ路線です。営業㌔が日本一短い路面電車ですが、創立以来100年以上、一度も社名変更をしたことがない伝統ある事業者です。現在は車両の世代交代が進み、「MOMO」の愛称がある低床車も活躍中です。当時は各所からの譲渡車が主力で、車種もそれなりにバラエティーに富んでいたのと外観も大きく手を加えられていないこともあり、自分的には興味をそそられる対象でした。

 

※撮影は1981(昭和56)年323日の岡山電気軌道(電車運転士)

 

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 まずは、運行本数が多く岡山駅をバックにできる柳川付近に陣取り、来る電車を撮影しました。2500型は元呉市電の700型です。
【1981.3.23 西川~柳川】

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 1000型は元秋田市電の200型です。都電の6000型の窓の上下方向を拡大したようなスタイルでした。当時、秋田市電の生き残りが現役だったのは岡電だけだったように記憶しています。
【1981.3.23 西川~柳川】

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 3800型は元名古屋市電の1550型です。3ドアの大ぶりな車体が特徴でした。当時は勉強不足で、名古屋市電が岡山に嫁いでいるというのを知らなかったので、ちょっと意外に感じました。手前に少しだけ見える分岐線は清輝橋方面の線路です。
【1981.3.23 柳川~表町入口】

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 旭川を渡る京橋の上はセンターポール区間で有名でした。今でこそ、軌道改良を行ったところは各所でセンターポール区間が見られますが、ここのように渋い感じとは違った近代的な仕様になっており、雰囲気はまったく異なります。
【1981.3.23 西大寺町~小橋】

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 京橋を横から撮ると岡山城を入れることができました。平城なので思ったよりインパクトがありませんでしたが、この時はこれが精一杯でした。
【1981.3.23 西大寺町~小橋】

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 元東武日光軌道線の100型だった3000型は数も多く、当時の岡電の主力車両でした。正面2枚窓が特徴で、現在も2両が生き残っています。1両は「KURO」に装いを改め、もう1両は日光時代の塗色に戻されています。
【1981.3.23 門田屋敷】

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 7000型は開業70周年を記念して導入された車両で、路面電車としては熊本市交通局の8200型に次いで日本で2番目の冷房車です。デビューして間もない頃の姿を捕らえることができました。ちょうど同時期に長崎と広島でデビューした軽快電車の流をくむ近代的な車体でしたが、機器類は旧型車(元呉市電の800型だった2000型)を流用しており、純粋な新造車ではありませんでした。2両が新造されましたが、両方とも健在なのはうれしい限りです。
【1981.3.23 門田屋敷】

 

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 終点の東山はバックに緑の山がありなかなか好ましい感じの電停でした。奥の左に曲がった線路の先に車両基地があります。近くに女子高があり、下校時間帯の電停は女子生徒に占領され、華やかな雰囲気に包まれます。
【1981.3.23 東山】

 

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 小橋から中納言にかけては道幅も狭く、昔ながらの街並みを行く感じでした。老舗の和菓子屋がいい雰囲気を醸し出していたので、アングル的には苦しかったですが、何とか画面の中に入れてみました。
【1981.3.23 中納言】

 

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 柳川付近は岡山の中心街といった感じで、人の流も多く、活気が感じられました。写真は柳川から清輝橋方面を見ています。
【1981.3.23 柳川~郵便局前】

 

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 東山本線と清輝橋線の分岐点です。清輝橋線の電車はここで大きく右に舵をとって清輝橋に向かいます。
【1981.3.23 柳川】

 

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 終点の清輝橋は旅客の安全確保のため、隣接する歩道橋からの乗降でした。今ではバリアフリー化のため、すぐ近くに横断歩道が新設され、歩道橋を使わなくても乗降ができるようになっています。
【1981.3.23 清輝橋】

 

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 ビルかマンションだったかは忘れましたが、清輝橋線を俯瞰できる建物がありました。夕方近くになって陽もかなり傾き、線路はほとんどビル影に覆われていましたが、ピンポイントで抜けるところがありました。
【1981.3.23 大雲寺前~清輝橋 ※この当時は東中央町の電停はありませんでした】

 

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 2600型は元呉市電の600型です。形態的には2500型とそっくりで、パッと見では区別がつきませんでした。呉市電の廃線時期と岡電の車両需給のタイミングが合ったのか、岡山に呉市電の生き残りが集結していたといった感じでした。
【1981.3.23 中納言】

 

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 夕暮れ近くになって岡山の街並みも茜色に染まっていました。自分で言うのも何ですがなかなかトラマティックなシーンを撮ることができました。初めて訪れた岡電でしたが、短い路線の割には見どころもあり、車両のバラエティーも豊富で、予想以上に楽しむことができました。
【1981.3.23 西川~柳川】

 

 

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コメント

36年前を振り返ると、軌道線にはあまり興味を示さなかった頃で、岡山電気については岡山駅前でカル~く撮影したことしかなく、車種も軽快電車と3000型のイメージしかありません。ましてや岡山の街並みを取り入れての撮影法など思いも浮かばず、視野が狭かったことが悔やまれます。撮影には一日を費やされたのでしょうか。やはり名作を生むには時間をかけることも大事ですね。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年4月 4日 (火) 09時34分

1981年頃は旧型国電に入れ込んでいた頃で、路面はほとんど対象外でした。福塩線など2度も行っているのにねぇ(。>0<。)かろうじて可部線に行ったときに広電を撮ったくらいで、それもほとんど車両主体、京都が撮れた、大阪が撮れたと喜んでいたので、今思うと情けないです。電車運転士様のセンスもあるのでしょうが、そこここに時代が反映されていて、素晴らしいです。幸い、近年路面を廃止しようなどというアホな市もないので、見習って撮ってみたいです。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2017年4月 7日 (金) 22時31分

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