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2017年3月21日 (火)

長野電鉄 生え抜き2形式の解体に寄せて

DENTETSUCULBで発表されていたのでご存知の方も多いと思いますが、長野電鉄が自社発注した生え抜きの2形式 ED5000とOS11のお別れ会が3月5日に行われ、その後留置されていた須坂で解体されてしまいました。
長野県の鉄道ファンを自称する私としては残念至極ですが、この機会に2形式を振り返りたいと思います。

Img1581994年5月22日 屋代・東屋代
存在は知っていたものの、実際走るシーンを見たのはこのときが初めてです。旧東急5000系の置換え用に営団3000系が大量投入されたほぼ終わり頃、1回くらいは甲種輸送を、と出かけたときのものです。
このスタイルからもお判りとは思いますが、国鉄のED15に準じた設計で、1927年製造と言いますから90年間、現存していたことになります。1970年に僚機2両が越後交通へ譲渡された後も同社に残り、1979年の貨物輸送廃止後も工事・入換用として使用されていました。

Img9092001年10月14日 木島
鉄道記念日のイベントとして、信州中野・木島間に運転された時のものです。このときは同区間を2往復しました。

Img9752001年10月14日 四ヶ郷・赤岩

Img9812001年10月14日 田上・信濃安田
この約半年後、2002年3月31日にED5001は除籍され、本線の運転はなくなりました。その後は須坂構内で入換に使われいたようですが、実際いつまで動いていたかはわかりません。
僚機のED5002が1990年に越後交通から帰ってきて、登場時の502に改番されて小布施の「長電でんしゃの広場」に保存されていましたが、屋代線廃止の2012年3月に2000系D編成に押し出されて信濃川田に移動。当初は他の同社生え抜きの車両と共に同所で保存の話がありましたが、2015年4月に長野市内の某企業に引き取られ保存されているのが、わずかな救いです。

Img3891995年8月14日 桜沢・延徳
一方、OS11は1966年に地方鉄道としては意欲的な車両として登場したOS1の後継として、長野駅地下化に際して1980年に新製された(今の時点で)最後の長野電鉄生え抜き車でした。ローレル賞を受賞したOS1に比べると、運転台部分がFRPから鋼製になったことや20m4扉が3扉になったことなど、話題性には乏しい地味な車両でしたが、それでも14年ぶりの新車でした。

Img9862001年10月14日 木島
しかし、支線区からワンマン化が始まり、同車が1本のみであることがたたり、その改造から外され、長野電鉄の運用形態の変更から取り残された格好になりました。そのため、使用が限定されるようになってしまいました。

Img4772003年3月2日 小布施
その様な理由から、2005年の旧東急8500系の導入を待たず、新製からわずか23年、2003年3月2日をもって運用を外れました。

Img478
2003年3月2日 夜間瀬
高井富士(高社山)をバックに最後の40‰を登ります。

Img4792003年3月2日 信濃竹原・夜間瀬
夜間瀬川を渡るのもこれが最後。

Img4802003年3月2日 小布施
小布施でのセレモニー。狭いホームに人がいっぱいで、乗務員への花束贈呈もこんな感じ。

Img4842003年3月2日 朝陽・付属中学前
最後の走行をここで。

Img4852003年3月2日 長野
そして営業最終列車を長野で見送りました。

ED5001は除籍から15年、OS11はさよなら運転から14年、これだけ残しておいてくれたのに解体されることになってしまい、冒頭に言ったとおり残念至極です。今も信濃川田に残る同社の2000系A編成が今後どのようになるか気懸かりです。(検査掛)





























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コメント

大正・昭和と生き抜いたED5001、中小民鉄の意欲的なオリジナル車だったOS11、いずれも今日まで保管が続いていましたが、解体という最も悲しいシナリオになってしまったのは寂しい限りです。ED5001はその気になれば走行写真を撮るチャンスがあったのにもかかわらず、チャンスを生かせなかったのは残念です。最近では例外的に静岡鉄道や一畑電車などでオリジナルの新車が登場していますが、当時に比べ経営環境が一層厳しくなった中小民鉄は他社からの譲渡車で何とか凌いでいるという現状を見ると、こういったオリジナル車の解体は残念に思います。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2017年3月21日 (火) 16時05分

またまた貴重な車両が解体されて、寂しい限りです。話は逸れますが、ながでんは鉄関連のイベントをよく企画してくれますが、それだけ地元のファンに愛されている証拠でしょうか。沿線のロケーションも手伝って魅了させられるのもうなづけます。しっかりとイベントを記録されているのは検査掛様ならでは。一度まとめてぜひブログでの公開を希望したく思います。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年3月21日 (火) 20時14分

 ED5000もOS11も解体しちゃったんですねぇ。十年以上、保存していたのに。残念としか言えません。場所の問題があったのは確かなんでしょうか、おそらく、車輌保存に関心のない方が責任者になり、邪魔なら潰しちゃえ、なんて話になったのでしょうか?事業者でもこういう話になってしまうと、車輌の保存はどうしたらできるのか、と大きな課題をつきつけられているような気がします。理想は、鉄道博物館のような施設をつくって、そこに展示して貰うのが将来的にも良い方法なんでしょうけれどもねぇ。それはさておき、ED5000の走りをしっかり撮られているのは、さすがに脱帽です。OS11とのイベント列車。撮ろうと思えば撮れたのかなぁ?なんで撮っておかなかったんだろう・・・なんて、いつもそんな話になってしまいますね。(駅長)

投稿: 駅長 | 2017年3月22日 (水) 14時26分

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