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2017年2月 3日 (金)

452.1981年冬 北陸3県の私鉄めぐり 3号車 【福井鉄道南越線】 1981/3/2~3

 北陸3県の私鉄めぐりの締めくくりは福井鉄道の南越線です。訪問時の南越線は国鉄の武生のすぐ東側、どちらかというと裏手に位置していた社武生から粟田部までの間の8.7㌔を結んでいました。かつてはその5.6㌔先の戸ノ口まで路線がありましたが、1971(昭和46)年91日付で廃止されていました。残っていた社武生~粟田部間は五分市にあった化学工場の貨物輸送の関係で何とか生き残っていましたが、残念ながら、こちらも1981(昭和56)年41日付で廃止となってしまいました。結果、この時の訪問は廃止の約1か月前ということになり、滑り込みのような状況でした。

 

※撮影は198132日・3日の福井鉄道南越線(電車運転士)

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 南越線の路線は武生からしばらく北陸本線に並行して北に向かい、北府を過ぎると東へ向きを変え、北村あたりまでは住宅街を走り、その先は田園地帯を進むといった感じでした。風景的にはこれといった見どころはありませんでしたが、各駅ともローカル私鉄そのものといったなかなかの雰囲気を醸し出しており、走行写真よりも駅撮りの方がメインになってしまった感があります。

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 この日は午前中に金名線の撮影を終え、夕方近くに南越線まで移動してきました。能美線の廃線時に寄り道した際に登った俯瞰ポイントに行ってみました。バックの田んぼが白一色となっており、夏よりも列車の存在感が感じられました。
【1981.3.2 村国~塚町】

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 雪原を滑るように南越線の列車が進んで行きます。右に写る煙突が五分市に隣接した化学工場で、ここの貨物輸送があったおかげで社武生~粟田部間が19814月まで持ちこたえることができました。
【1981.3.2 北村~五分市】

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 陽もかなり傾き、雪原が赤く染まってきたので、シルエットを狙ってみました。例のごとく、いつもの悪い癖が出て、風景を欲張りすぎたため、列車が米粒になってしまいました。
【1981.3.2 北村~五分市】

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 社武生に戻った頃には夜の帳が下りていました。この年の冬は福井県も記録的な豪雪に見舞われ、駅の周囲にも雪の壁ができていました。前日の加賀一の宮ほどではありませんが、雪が多かったこともあり、ここのバルブもなかなかの雰囲気でした。翌日も南越線の撮影を予定していたので、この日の宿は武生ステーションホテルとしました。
【1981.3.2 社武生】

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 武生ステーションホテルを早々にチェックアウトし、一番列車で終点の粟田部に向かいました。到着した時はあたり一面が霧に覆われ幻想的な雰囲気が漂っていました。ところで、車両関係ですが、てっきり南越線専用車両のモハ131132のどちらかが来るものと思っていたら2日間ともなぜかモハ11が代走しており、ちょっと違和感がありました。検査の都合か何かだったのでしょうか?
【1981.3.3 粟田部】

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 この日の朝は冷え込みが厳しく、福井県の平野部でも-10℃以下になっていたと記憶しています。このため、架線やケーブルが真っ白に氷結しています。バックの山は何の変哲もない普通の山ですが、こんな気象条件だったので、名山みたいに見えました。
【1981.3.3 五分市~粟田部】

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 五分市は南越線のシチュエーションからすると駅舎やホームが立派すぎるくらいの佇まいを見せていました。この列車はなぜか南越のヌシ的存在の130型が来ました。自分的には南越線にはこの車両が一番しっくりきます。
【1981.3.3 五分市】

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 デキ1牽引の貨物列車が五分市の化学工場を出て、武生方面に向かいます。廃止1か月前でしたが、貨物列車はまだ健在でした。雪でわかりにくいですが、ボンネットの付け根に載っているエアタンクが特徴の凸型機です。
【1981.3.3 北村~五分市】

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 貨物列車撮影後は各駅に立ち寄りながら武生方面に向かったようです。なぜか車両がまたモハ11に差し替わってしまいました。北村は割と立派な駅舎が健在でした。
【1981.3.3 北村】

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 塚町はホーム上に掘立小屋のような待合室があるだけの駅でした。こんな駅でも寒さの厳しい冬の昼間にもかかわらず乗車があったのには驚きでした。
【1981.3.3 塚町】

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 村国はボロボロになった廃車体がある駅でその筋の方には有名?な駅でした。雪に埋もれてわかりにくいですが、正面はタマゴ型の5枚窓、屋根はダブルルーフといった古典的な車体でした。ここでも予想に反して乗降がありました。こうしてみるとご婦人の割合が多く、当時は運転免許を持った女性が少なかったのか、日常の移動には鉄道を使うというのが当たり前といった風潮がまだまだ生きていたのかもしれません。
【1981.3.3 村国】

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 福武口は武生の中心市街地にも近く、福武線の武生新とは地下道で結ばれており、社武生よりも活気が感じられました。自分的には福武口が南越線の表玄関といった感じがしました。
【1981.3.3 福武口】

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 南越線の撮影はひと通り終わったので、武生構内の外れで北陸本線の列車を撮ることにしました。現地に行くとDD16が入換を行っており、DD16フリークの自分としては予想外の収穫でした。
【1981.3.3 武生】

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 「立山」・「ゆのくに」が「雷鳥」に格上げされて姿を消した後も「くずりゅう」は細々と生き残っていました。それでも、HMは健在で、存在感を示していました。この当時は種別表示がまだ鉄板で埋められていなかったみたいです。
【1981.3.3 武生】

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 EF70はまだまだ主力として活躍していましたが、一つ目の若番機は絶滅危惧種になっていました。シールドビーム2灯改造機でしたが、とりあえず、撮ることができてよかったです。
【1981.3.3 武生】

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 「雷鳥」と「しらさぎ」が行き交います。特急街道を象徴するシーンです。サロ・サシ組み込みの長大編成は特急としての貫禄が十分に備わっています。
【1981.3.3 武生】

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 最後に社武生の全景を撮影して帰途につきました。右のデキ3は除雪用だったみたいで、反対側には大きなスノウプラウが取り付けられていました。貨物列車を牽引してきたデキ1は庫の中で休憩中でした。この約1か月後に南越線は廃止されてしまったので、これが最後の訪問となりました。廃止1か月前というのに2日間とも同業者の姿を見ることはなく、葬式鉄で溢れる昨今の状況を見ると信じられない状況でしたが、自分のペースでまったりと撮影できたのはよかったです。
【1981.3.3 社武生】

 

 今回は北海道から続いた18日間の撮り鉄行脚、今回で終了となります。とにかく、無事に帰って来ることができてよかったです。長い間お付き合いいただきましてありがとうございました。

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コメント

この頃は北陸線の主要駅から中小私鉄線が幾つも伸びていましたが、優等列車やネタ列車しか興味を示さなかった当時の自分は、これらの路線にはほとんど目を向けずにいました。歳をとるにつれてようやくその「良さ」を認識するようになりましたが、すでに手遅れですね。雪深い田舎を走るローカル線を見るとノスタルジックな世界に引き込まれたようで、まさしく電車運転士様の真価発揮。懐かしさを覚えるシーンに感動です。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年2月 4日 (土) 20時01分

 懐かしい南越線の姿を拝見しました。ここは何度か行っているのですが、日野川の鉄橋で撮ったりとか、安直な撮影ばかりで、ここまで力を入れていないので、改めて北陸のローカル鉄道の魅力に気がついた次第です。駅の乗降シーンもさることながら、終点近くで撮影された雪山バックの写真は良いですね。当時は、雪中撮影もしていた頃だけに、もう少し頑張ってこの辺りも行っておけば良かったと思います。(駅長)

投稿: 駅長 | 2017年2月 5日 (日) 09時26分

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