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2017年1月 2日 (月)

伊勢神宮をめざした電車

 新しい年を迎え、三が日に初詣に出かけた方も多いだろう。近鉄に乗って、伊勢神宮に向かわれた方もあるかもしれない。

 名古屋から伊勢への鉄道といえば、まずは近鉄で、ちょっとひねりを入れて快速「みえ」という選択肢もあるだろう。しかし、戦前には伊勢神宮に向かって、もうひとつ鉄道があった。桑名から大神宮前までの路線を運行していた伊勢電気鉄道である。残念なことに名古屋への路線延長をめざしていた昭和7年にメインバンクの四日市銀行の破綻などで経営が悪化し、昭和11年に参宮急行電鉄(現在の近鉄の前身)に買収され、同社の伊勢線となった。その後、参急・近鉄との並行路線である江戸橋以南は廃止されるが、江戸橋~桑名間は現在の近鉄名古屋線として、三重の輸送を担っているのはご承知のとおり。

 伊勢電の大神宮への路線は、参宮急行の開業に遅れること、5日の昭和5年12月25日であった。伊勢電では、その前年の1月に桑名までの路線を開業しており、同区間82.9kmで高速運転を行うために昭和5年に製造されたのがデハニ231形とクハ471形である。同車を使った特急「はつひ」と「かみち」は、同区間を85分で走ったというから、相当の高速運転である。

 先月末に読者の方から、南大阪線で特急「かもしか」号として使用されていたモ5820形のリクエストがあった。このモ5820形は、実は伊勢電デハニ231形が前身である。お正月ということで、伊勢をめざしたこの電車についてご紹介することにしたい。

 モ5820形の経歴は複雑で、ここで詳細を記すのは避けたい(書いている本人もよく分かっていないので(^_^;))が、デハニ231形あらためモニ6231形が名古屋線最後の新造車である6441系の新造にあたり、昭和33年に台車と機器を供出してクニ5421形として養老線へ転出。昭和35年に南大阪線で有料特急「かもしか」号を運転するにあたり、同車が選ばれ、電動車化と扉位置の変更など車体の改造、座席のクロスシート化などを実施し、塗色も黄土色と紺色の近鉄特急色としてモ5820形となった。南大阪線での活躍は昭和45年までで、その後は養老線に転じ、昭和58年まで活躍している。

 読者の方のリクエストは、南大阪線時代のモ5820形かもしれないが、残念ながらその頃の写真は撮影していない。養老線に来てからしばらくは、近鉄特急色でクロスシートのまま動いていたのは記憶にあるのだが、残念なことにこれも撮影できてない。そのような状況なので、ご覧に入れるのは最末期のマルーンになってからの姿である。

 と、いうことで5820形の写真を探してみたのだが、3点しか見つからなかった。しかも、形式的な写真はなく、走りの写真ばかりである。養老線を少し撮影する機会のあった昭和50年代前半には、すでに名古屋線から6301形などが転入し、百鬼夜行の電車が動いていた昭和40年代からおもしろさが半減していたのが、積極的に形式的な写真を撮らなかった理由かもしれない。

1978
 まずは季節外れの桜の写真で恐縮だけれど、室と北大垣の間にある杭瀬川の桜とのショットである。数少ないモ5820形のもっともまともな写真かな?側面が陰ってしまっているのが残念だが。

201236709
 上の写真は昭和53年、この写真は昭和54年で撮影年は異なるが、同じ杭瀬川の桜と撮影している。

1978_2
 これは大垣より南で、駒野と美濃山崎の間と記憶する。このあたり、ミカン畑があって、それを入れての撮影である。揖斐川をバックに俯瞰で撮れるこのあたりは、養老線でもっとも景色の良い撮影地で、昭和53年に撮影している。この場所には、その後も何度か訪れているが、5820形はこの1枚しかなかった。

 と、いうことで、枚数は少ないけれど、かつて伊勢をめざした電車の最後の様子である。こうした由緒ある電車であるし、それなりに遅くまで残っていただけに、もっとしっかり撮影しておけば良かったのだが、ロクに撮影していないのは今にして思えばいかにも残念である。(駅長)

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