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2017年1月12日 (木)

449.1981年冬 北陸3県の私鉄めぐり 2号車 【北陸鉄道 金名線】 1981/3/1~2

 北陸3県の私鉄めぐりは富山県に続いて石川県に進みます。石川県で訪れたのは北陸鉄道の金名線です。当時、金沢エリアの北陸鉄道は金名線のほか、石川線・浅野川線・小松線が盛業中でしたが、この中では風景もよく、最もローカル線らしい金名線を選択しました。金名線はその線名から想像できるとおり、越美南線と接続して金沢と名古屋を結ぼうという壮大な志を持って建設された路線です。当然のこととは思いますが、夢のような計画が実現できるはずもなく、結局、加賀一の宮~白山下間の16.8㌔が金名線として営業を続けてきました。これまでに廃止となったローカル線と同様、過疎化とモータリゼーションの影響で利用客は減少を続け、自分が訪問した1981年当時でも日中の輸送は並行するバスが肩代わりし、列車の運転は朝と夕方・夜間に限られ、晩年の北恵那鉄道や同じ北陸鉄道の能美線と同様の輸送形態となっていました。その後、手取中島~広瀬間の手取川橋梁の橋台を支えていた岩盤の風化や橋台の洗窟が発見され、最悪は橋梁の崩落という危険が高まったため、1984(昭和59)年1212日から全線の運転を休止しましたが、復旧されることなくそのまま1987(昭和62)年429日付で廃止となってしまいました。

 

※撮影は198131日・2日の北陸鉄道金名線(電車運転士)

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 自分が訪問した1981(昭和56)年3月当時の金沢・小松エリアの路線図です。小松線は何とか健在でしたが、すでに尾小屋鉄道・能美線の姿はありませんでした。現在は石川線の野町~鶴来間と浅野川線が残るのみで、路線図には載っていない早くに廃止された路線も含めると何とも寂しい状況です。

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 列車の運転は朝と夕方・夜だけということで、夕方の列車に間に合うように現地入りしました。ほぼ中間に位置する釜清水は唯一の交換可能駅で、通票の授受風景が見られました。これを撮って同じ列車で白山下を目指します。
【1981.3.1 釜清水】

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 終点の白山下で列車を降り、撮影ポイントを物色していたところ、俯瞰できそうな斜面を見つけたので、とりあえず登ってみました。眼下に線路が見えましたが、いつもの悪い癖で風景を取り入れ過ぎてしまい、肝心の列車が米粒になってしまいました。
【1981.3.1 三ツ屋野~白山下】

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 前の写真の反省から線路端に移動しました。トロリー線の支持方式がカテナリーではなく直接式で、いかにもローカル線といった雰囲気でした。
【1981.3.1 三ツ屋野~白山下】

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 撮影ポイントを探しながら加賀一の宮方向へ歩きました。途中、手取川と線路が近くなったところに手取川の渓谷が刻んだ断崖絶壁を流れ落ちる滝があったので、構図的にはちょっと苦しかったですが、何とか列車と絡めることができました。終日まったく陽が当たらない場所だったので、底冷えに耐えながら長時間列車を待つのは結構辛かった思い出があります。
【1986.3.1 釜清水~下吉谷】

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 ようやく底冷えから解放され、無理のないポイントで列車を待ちました。富山と同様、この年は積雪が多く、雪の壁で足回りが隠れてしまいました。
【1981.3.1 釜清水~下吉谷】

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 とりあえず釜清水に到達しました。ここでは通票の授受をじっくり撮りたいと思い雪の壁の上にスタンバイしました。夕暮れが迫り、露出的には厳しい条件でしたが、雪の反射光のおかげで何とか撮ることができました。
【1981.3.1 釜清水】

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 この日は当時所属していた鉄道研究会の集まりが加賀一の宮の民宿で予定されていたので、白山下で折り返してきた列車に乗車して加賀一の宮まで戻ってきました。白熱灯の照明に構内と車両が浮かび上がり、なかなか渋い雰囲気が醸し出されていました。これはバルブしなさいという神のお告げと信じてもうひと頑張りしました。蛍光灯や水銀灯の明かりがない夜景は温かみがあって夢中でシャッターを押しました。
【1981.3.1 加賀一の宮】

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 線路レベルにアングルを変更してさらに撮影を続けました。加賀一の宮でも雪の壁が自分の背丈以上に高くなっており、この年の豪雪を物語っています。こんな絶妙の雰囲気を持った駅でしたが、残念ながら2009(平成21)年111日で鶴来~加賀一の宮間が廃止され、それ以来この駅に列車が来ることはなくなってしまいました。
【1981.3.1 加賀一の宮】

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 翌日は雪晴れの朝を迎えました。清々しい風景とは裏腹に前夜の深酒の影響で二日酔いの重たい頭を抱えながら早朝より鉄活動を開始しました。最初に向かった先は釜清水、11回(というように記憶していますが、間違っていたら申し訳ありません。)しかない列車交換を撮るためです。右側の列車の正面に絶妙のタイミングで電柱の陰がかかってしまったのと通票の授受がうまく撮れなかったのが心残りですが、撮り直しがきかないので、どうしようもありませんでした。
【1981.3.2 釜清水】

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 バックの雪山が綺麗だったので、逆光承知で白山下からの列車を待ちました。結果的に金名線の訪問はこの時が最初で最後になってしまい、その後に訪れる機会を得られなかったのは残念でなりません。夏場の緑豊かな季節にも行ってみたかったです。
【1981.3.2 釜清水~下吉谷】

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 朝の運転が終わると夕方まで列車が走らないため、11本を大切にしなければいけないのですが、その意識が強すぎて撮影ポイントをあれこれ迷っているうちに時間切れになってしまいました。結局、ありきたりの写真になってしまい、もったいないことをしてしまいました。
【1981.3.2 釜清水~下吉谷】

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 朝の最後の列車は手取川の渓谷を入れて撮りたいと思い、周辺をうろうろしましたが、このポイントに落ち着きました。もう少し現地にとどまりたかったのですが、夕方まで列車が来ないのではどうしようもありません。後ろ髪を引かれる思いで金名線の撮影を終了しました。この後はバスで金沢に出て、次の目的地にしていた福井方面に向かいました。
【1981.3.2 釜清水~下吉谷】

●次の目的地 福井鉄道 南越線

●移動行程 釜清水→(バス)→金沢→武生

 

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コメント

 北陸鉄道の金名線は、あまり写真を見ることがありません。それは、日中がバス代行になり、走っていなかったことが大きいのですが、そうした路線に、しかも豪雪の冬に行かれて撮影されているのは、さすが電車運転士さんと驚嘆します。この路線は、名古屋からの夜行のりくらで行くと行きやすかったこともあって、2~3度訪れているのですが、手取川を入れての構図など、こうしたバラエティにとんだカットでは撮影していません。それにしても、よく撮影されたものです。(駅長)

投稿: 駅長 | 2017年1月13日 (金) 12時51分

鉄道移動で撮影していた頃は、列車本数が少ない線区への訪問は、効率性を重視しがちになるため足が遠のいていました。そんな路線にもかかわらず沿線ならではの風景をシッカリと撮影されている電車運転士様の「お家芸」にいつもながら恐れ入ります。えっ、加賀一宮で合宿でしたか・・・。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2017年1月13日 (金) 18時07分

よくぞこの季節に金名線に行かれましたね。その成果が詰まっています。とても私には撮ることができない写真で、圧倒されます。朝夕しか走っていないのにもかかわらず、そのことすら感じさせません。特に加賀一の宮の夜景はとても雰囲気があって素晴らしい!(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2017年1月13日 (金) 22時31分

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