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2016年12月

2016年12月31日 (土)

2016年の終わりに  あずさ50年

今年も今日を残すだけになりました。
そんな日に鮮度落ちのネタですが、2016年中に、と思っていたので、押し迫ってのアップとなってしまいました。

中央東線を走る特急「あずさ」は、1966年12月12日に運転を開始して、今年で50年を迎えました。沿線ではそれなりにイベントも行われたようですが、業界でもそれほどの話題とはなっていません。
開業時には東京在住の小学生だった私にとっては、信越線「あさま」が同年10月運転開始をしたのと併せて、、かなりインパクトのあった出来事でした。
今は日本全国で走っている特急列車ですが、当時は「特急」と言えば、「特別な列車」であり、庶民には高嶺の花でそうそう乗れる列車ではありませんでした。
しかし、当時特急の愛称は抽象的なものや事象が使われることがほとんどでしたが、「あさま」「あずさ」はそれぞれ地域の山、川に由来するもので、そのあたりがやや特急としてはどうなの、という感じの拭えない愛称でもありました。

Img1221972年7月15日 新宿
「あさま」の運転開始から2か月ほど運転開始が遅れたのは、山陽スジの181系を転用するにあたって、耐雪耐寒改造が必要だったためで、碓氷越えで8両の短編成だった「あさま」はサロを除けば全て新製の100番台であったのと違い、「あずさ」は上越スジの「とき」との共通運用で、田町電車区配置のモロ、サシ組込10両編成の特急というのに遜色のない編成でした。1969年7月には新潟運転所に移管されています。
写真のクハ181は、151系としての登場時、高速試験に供された3号車で、4号車と共に記念のエンブレムが取り付けられていました。

Img865_21972年12月28日 海ノ口
新宿の写真もですが、この頃はハーフサイズのカメラでの撮影ですので、粗い画像で申し訳ありません。
181系が早々に撤退するとはこの頃はよもや思わなかったので、走行写真を撮っていません。このときも旧型電車狙いだったので、撮ったのもこの1枚きりです。
当初、大糸線の有効長の関係で、最大9両しか入線できないということでしたが、緩和されたのか、72年3月の改正で白馬まで乗入れるようになりました。

Img3501973年12月28日 長野運転所
この年の10月、東北新幹線建設工事に伴って、上野・東京間の連絡線が使用停止となり、「あずさ」は長野運転所に移管され、食堂車の連結がなくなりました。

Img4751981年4月28日 安曇沓掛・信濃常盤 
1973年10月のダイヤ改正で増発された分については、幕張区の183系0番台が投入され、大糸線乗り入れも変更されました。183系0番台は1985年3月ダイヤ改正で中央線から撤退しました。

Img196_21987年8月17日 すずらんの里
1975年12月には181系が189系に置き換わりました。その後1982年11月には上越新幹線開業により、「とき」で使用されていた183系1000番台も戦列に加わりました。当時はサロ2両組込の12両編成でしたが、その後10両、9両と減車されて行きました。JR化を目前とした1986年11月には「あずさ」運用は松本運転所に移管されました。

Img6541991年4月30日 小淵沢・信濃境
1987年12月に他線区に遅ればせながらグレードアップ編成が運転開始され、白とグレーの車体に緑と赤のラインの塗装となりました。

Img1442001年5月4日 日野春・長坂
国鉄時代のイメージ払拭のためか、各地域各線オリジナルの塗装が採用されるようになり、1992年以降「あずさ」もグレードアップ車も含め順次この塗色に改められました。

この後、1993年12月にはE351系、さらに2001年12月にはE257系が投入され、定期運用からは国鉄型は撤退しましたが、未だに臨時運用には189(183)系が使用されているのは皆さんご存知の通りです。

列車の愛称は地域に根差すもので、そう変わるものではないかもしれませんが、時代と共に変化するものでもあります。そんな中、50年同じ線で同じ名前で使用さてきたのは特筆すべきことかもしれません。

ともあれ一年間、お世話になりありがとうございました。
皆様、どうぞよいお年をお迎え下さい。(検査掛)





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446.過ぎ行く2016年…

 2016年も間もなく終わろうとしています。おかげさまでこの1年、無事に終わることができそうです。これも皆様のご厚情のおかげと感謝しております。2016年の漢字は「金」が1位となりました。リオ五輪での日本選手の大活躍に象徴されるように、明るく希望に満ちた日本への期待というのが選考理由のひとつのようです。来たる2017年が皆様にとりまして「金」のような輝きに満ちた年になりますよう、心よりお祈り申し上げます。

 

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 写真は19822月に渡道した際に立ち寄った湧網線です。前年に続いて特定地方交通線を中心に道内をめぐりました。遠軽からの1番列車で現地に向かい、網走からの1番列車を捕獲したものです。氷結したサロマ湖は雪原のように写ってしまうので、単調な風景になりがちですが、この時は朝焼けに助けてもらいました。あれから35年、またまた北海道の鉄道がピンチに陥っています。JR北海道の発表どおりにことが進んでしまうと名寄・旭川・釧路から先の線路がなくなってしまいます。鉄道のような重要なインフラを一企業の経営都合によって存廃を決めてしまっていいものか考えさせられてしまいました。あくまで個人的な見解ですが、国や地域も含めた真剣な議論を重ねたうえで結論を出すべきではと思います。一度めくってしまった線路は二度と蘇ることはないので、将来に悔いが残るような結論に至らないことを祈る次第です。
【1982.2 湧網線 芭露~計呂地】(電車運転士)

 

 

 

 

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良いお年をお迎えください

 やっぱり今年最後のシーンは、白鳥信号場ギラリの72レ。

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 今年1年間、ご覧いただき、ありがとうございました。

 では、良いお年をお迎えください。(駅長)

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2016年12月27日 (火)

445.自分も矢田川グラデーション 2016/12/26

 出札掛様・駅長様が今年も6883列車の印象的な矢田川グラデーションをアップされましたので、自分も遅ればせながら参戦してきました。

 

※撮影は20161226日の中央本線

12_dsc9301161226_2

 本当はもっと条件のよかった24日・25日あたりに参戦したかったのですが、家族運用などの諸事情により、下り坂予報の26日となりました。早朝、自宅で雲の様子を確認したところ、何とかいけそうな雰囲気だったので、とりあえず現地に向かいました。現地到着時は例のごとく低い位置に雲が漂い、今日ははずれかと思いながら列車を待っていると河川敷の遊歩道に懐中電灯を携えた人影が…。暗いうちからの散歩も大変だなぁと思っていたら同じ目的の駅長様でした。しばし情報交換をさせていただいているうちに邪魔だった雲も流れ去り、後はお目当ての列車が来るのを待つばかりとなりました。6883列車の接近音が聞こえたところで「しなの」の送り込み回送が鉄橋上に現れ、一瞬、肝を冷やしましたが、間一髪で回避できました。これまでは列車を主体とした構図で待つことが多かったのですが、上方に三日月が見えていたこともあって、今回は広めの構図で撮ってみました。

 

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2016年12月26日 (月)

トーンジャンプ

 冬の早朝のお楽しみ、中央線6883レの矢田川ブルーモーメント。数々の秀作が本ブログで発表されており、今年はぜひ、作品をものにしようと眠い目をこすりながら、矢田川に向かった。

 天気は快晴。雲ひとつない。これは良いのが撮れそう。やがて、大曽根側からEF64の重連。心配された「しなの」とのすれ違いもなさそう。

 やったー!と思ってモニターの画像を見たら、何かおかしい。妙に粒子が荒れて見える。ISO800で撮ったので、荒れるはずがないのに・・・。

20161221_68831_2

 この大きさではわかりづらいかもしれないが、自宅に戻り、パソコンにデータを写して拡大してみると、画像のグラデーションが飛んで、縞々に見える。

 え、トーンジャンプ??

 一応、デジカメを使う身として、トーンジャンプという言葉くらいは知っている。しかし、今まで撮影していて出現したことはないし(多分、出現していて、気がつかなかっただけだろうが)、カメラも高感度に強い機種なので、安心していた。

 しかし、この写真はグラデーションがモワレのように色が飛んで、明らかにトーンジャンプの症状を示している。トーンジャンプといっても、バンディングのように縞が段上に現れるのではなく、網点の色が部分部分で異なるという感じだ。ノイズかとも思うが、いずれにしてもこれまであまり経験がない。

 空が明るい青色から漆黒に移り変わっていくブルーモーメントは、日没後や日の出前に最も印象的な写真が撮れる魅力的な時間であり、写真撮影の醍醐味でもある。それが、デジカメはこんな問題を抱えているとは・・・。ネットで調べてみると、デジカメでは、グラデーションのようなこのような微妙な色合いのときに、トーンジャンプが発生しやすいとある。フィルム時代には考えられなかった。これは、デジタルの大きな欠点で、これをクリアするため、あえてフィルムで撮っている人もあるということを思い出した。いままで、こんな時間にあまり写真を撮っていなかったので、気にならなかったのだろう。

 今回、トーンジャンプが発生したのには、思い当たる節もある。グラデーションの感じを出すため、露出計の出た目ではなく、モニターの絵を見て露出を決めたからだ。その方が、ISO感度を低くでき、暗い中でシャッター速度と絞りを稼げるということもある。おそらく、露出計の出た目より、一絞り半くらいアンダーの筈である。ただ、それくらいの露出の違いなら、現像するときに修正できる筈だが・・・。

 もうひとつ、グラデーションのトーンを出すため、現像で画像補正を多用したことも原因かもしれない。確かに、トーンカーブで明るくするなど、画像補正を過度にするとトーンジャンプが出やすいようだ。しかし、今回、補正前のRAWデータで見ても,わずかであるがトーンジャンプの傾向が見える。と、なると、過度の画像補正が原因とは言えないかもしれない。

 では、原因はなんだろうか。ちょっと見当がつかない。ご存じの方は、是非とも原因と対策をお教えいただきたい、と思う。

 とりあえず、考えた対策として、露出計の出た目で撮影して、あとから現像でグラデーションのトーンを出すという方法である。これなら、暗部を無理して明るくしないですむので、トーンジャンプの出る可能性が減るはずだ。

 そこで、天候を見て、再び、矢田川に向かった。天候は快晴で、条件は最高であるが・・・

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 なんと、今度はベストの位置で「しなの」とすれ違ってしまった。右に写っているのが、しなののパンタである。ここでは「しなの」とすれ違う可能性が高いのが難点だが、まさかホントにすれ違うとは・・・。

 ただ、肝心のトーンジャンプについては、露出を明るめにして撮影したので、発生していないように見える。

 解決法に目処がついたので、なんとか年内に宿題をかたづけておきたい、と、再度、本日出撃した。現地に着くと、いたのはなんと電車運転士さん(T_T)。早朝からお疲れ様です。

 天候の悪化が予報されているだけに、少し雲がわき始めている。しかし、直前になって雲が切れてきた。さらに6883レの直前に「しなの」が通過。鉄橋の南側ですれ違い、肝を冷やしたが、写真には影響がない。ラッキーである。たまにはこうしたこともあるのだろう。

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  なんとか撮影できた写真がこれである。

 しかし、地平線に雲があるせいか、すこしクリア感にかける気がする。また、最初の撮影時よりも日の出が数分遅くなっているためか、少し露出も下がっている。でも、太陽が最も南側で出るのはこの時期なので、ちょうど今がベストのタイミングなんだろう。

  しかし、この写真でも、ほんの少しだがやはりトーンジャンプしているようにも見える。最初の写真に比べ、ISO感度を上げたことによる粒子の粗さと雲があることから気にならないのだが、グラデーションの部分を等倍で見ると、ちょっと気になる。このあたり、デジタルの限界なのか・・・・あるいは、カメラメーカー(C-MOS)によって異なるのか。カメラによって異なるとなると、これはゆゆしき問題だが。

 折角、早く起きたし、天気も良いのだから、このまま中央線か関西線に撮影に行けば良いのだが、年末で慌ただしく、なぜかもうひとつ気分が乗らないので、3回とも自宅に直帰。日の出直後に帰宅できてしまった。晴天なのに、勿体ないなぁ。

 ちなみに2度目に撮影の列車は、前が広島色、後ろが国鉄色の重連である。これをこのアングルで撮ってしまうのも勿体ない、かもしれないが、シルエットにすれば機関車の色を気にせず、昔撮ったのと同じように写真が撮れるのは、ある意味でありがたいことである。(駅長)

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2016年12月25日 (日)

チャレンジ!ロクヨン

24日(土)、世間は三連休のド真ん中というのに出勤日。そして天気予報は「晴れ」マーク。もちろん休暇届を提出して、いざ木曽路を目指してロクヨン貨物の撮影に出かけました。終わってみれば、初体験の多い一日だったような(特に大した出来事ではありません、期待しないで下さい)。

《濃霧にチャレンジ》

831 冬季の東濃地方は朝霧が発生しやすいことを改めて思い知りました。この状況、どうしようもありません。この日の6883レは広島風更新色と原色の注目機ペアで運用されるはずなので機関車の意匠が判別できればそれでよし、のつもりだったのでとりあえず目的は達成できました。
もし晴れても時季的に陽が当たらない上に濃霧のおかげで、武並ポイントは避けた人が多かったのか、注目重連ペアの割にはそれほどの混雑もなかったのが救いでした。

832 少しは天候が回復してくれないか、と恵那バカ停の間に追っかけて中津川インター裏のお立ち台まで来ましたが、もぉ~っ・・・。まあ、普段はこんな状況下で撮影する機会はほぼ皆無なのでたまにはいいかぁ、と割り切りました。しかし北上すれば霧を回避できたかもしれず、安易な判断ミスでした。


《橋上撮影にチャレンジ》

882 天候は見事に回復してきました。3088レの撮影は坂下の大カーブを順光の角度で捉えられる乙姫大橋からです(←ちゃんと歩道から撮っています)。背景の山を覆っていた雲も徐々に取れて、薄らと積もった雪景色が見え隠れしています。そういえば、この地点からの撮影は意外にも今回が初めてかもしれません。坂下カーブで3088レを狙うときはいつも俯瞰場所に向かってしまうので、たまには正当な撮り方もいいのでは、と思った次第です。


《恋路峠にチャレンジ》

842 3084レの撮影地を考えながら国道を南木曽に向けて走行中、綺麗に冠雪した中央アルプスの山並みが視界に入って来たので、よし、野尻の集落を見下ろす恋路峠からの俯瞰撮影を試みよう、というわけで初挑戦。今年は暖冬で寒波の影響も少なく、恋路峠に向かう道もご多分に漏れず積雪の心配は無用です。反して、アルプスの山々は降ったばかりの雪を抱き、綺麗な雪化粧です。時折り雲が太陽を遮り、本番時ではご覧のとおりで最悪の事態はどうにか回避出来ました。おそらく、アルプスバックとなる野尻駅南方の踏切で構えていたら泣くに泣けない結果となっていたかもしれません。
カメラは2台体制で縦・横アングルで挑みましたが、ここでは横アングルをアップします。


《“ギラリ”にチャレンジ》
751 6883レ撮影の超定番地、武並アウトカーブを再訪して、ギラリ効果に期待して5875レにカメラを向けました。こんな天の邪鬼なカメラマンはいないよネ?などと思いながら通過30分前に現地入りしたら、すでに数名ほど待機していました。ちなみに5875レの前走となるコンテナ貨物81レはウヤのよう。少し損したかな?おまけに撮影の結果は可も不可もなく・・・。

752 5875レも恵那でバカ停するので、その隙に中津川インター裏のお立ち台まで先回り。ここは関西線白鳥(信)の72レと人気を二分する?石油貨物夕日ギラリ定番スポットです。
西の空には薄い雲が広がり、陽射しは弱めなのでギラリもあまり期待できないのではと思いきや、予想以上の効果でした。空の赤み具合や竹やぶの処理など、課題が多少残りましたが次回のチャンスにつなげたく思います。

間もなく年末を迎えます。ワタクシ「出札掛」の今年最後の記事をお届けしましたが、また来年も同じような性格のネタが続くかもしれません。どうか懲りずに引き続き宜しくお願いいたします。(出札掛)

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2016年12月24日 (土)

444.1981年冬 北陸3県の私鉄めぐり 1号車 【富山地方鉄道 市内軌道線】 1981/2/28

 先回の南部縦貫鉄道から夜行急行の3本乗り継ぎ(青森→「津軽2号」→秋田→「鳥海」→長岡→「越前」→富山)で富山入りしました。長岡では深夜の乗り換えとなるため、行程的にはかなり無謀だったかもしれませんが、効率を考えるとこの方法が最適でした。こういった乗り方をするのは自分のようなもの好きだけかもしれませんが、当時は夜行列車のネットワークが充実していたということの証だったのではと勝手に考えています。(電車運転士)

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 1981(昭和56)年2月訪問当時の市内軌道線は南富山駅前~富山駅前~大学前の路線のほか、西町~不二越駅前の支線が残っていました。ただ、この区間も近いうちに廃止されるのではという噂も出ており、手遅れにならないうちに訪れることにしました。結局、西町~不二越駅前間は1984(昭和59)年41日に廃止となってしまいました。

 

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 早朝、富山に到着した後は新富山に向かいました。富山大橋で朝焼けに影を映す立山連峰を撮ろうと思いましたが、霞がひどくてイメージどおりにはなりませんでした。富山大橋上の線路はちょっと前まで単線でしたが、橋の架け替えにともなって複線の立派な線路に変身しており、雰囲気はがらりと変わっています。
【1981.2.28 安野屋~新富山】

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 新富山は道路幅が狭く、のりばと行き違い設備を同じ場所に設置することが難しいためと想像しますが、のりばは単線上に設けてすぐ隣に鵯島信号所として行き違い設備がありました。限られたスペースの中でのやりくりに苦労の跡が忍ばれます。ここも富山大橋の架け替えにともない、大学前までの複線化・鵯島信号所の廃止・新富山電停の移設(大学前方向に約120m)が実施されました。
【1981.2.28 鵯島信号所】

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 この年は全国的に例年にない大雪で、富山も例外ではなく、市街地でもかなりの積雪がありました。また、この日は放射冷却で冷え込みが厳しい朝でした。電車を待つ乗客が吐く息も白くなっていました。
【1981.2.28 諏訪川原】

 

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 この日は冬の北陸には珍しい好天に恵まれました。時間が経つにつれ立山連峰がその姿を見せ始めました。今後の展開に期待が膨らみます。
【1981.2.28 清水町】

 

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 西町から不二越駅前にかけては線路が東西に走っているため、沿線の至る所から立山連峰を望むことができました。おあつらえ向きの場所に歩道橋もあり、撮影には好都合でした。
【1981.2.28 清水町~元町北銀前】

 

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 昼頃になると気温も上がり路面の雪が解け始めました。立山連峰も雲に隠れることなく見え続けてくれました。車両的にはデ70001型式しかないので、面白みには欠けますが、雄大な風景がそれを補ってくれました。
【1981.2.28 西町~中教院前】

 

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 諏訪川原あたりからも立山連峰を望むことができました。こちらは高いビルがあるため、あまり見通しがよくありません。加えて、稜線付近に怪しげな雲が涌いてきました。
【1981.2.28 諏訪川原】

 

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 条件が悪くならないうちに富山大橋にも足を運びました。ここは交通量が多く、車が電車と並走することも多々あり、撮影には苦労しました。この日は鶴来で鉄道研究会の合宿が予定されていたため、富山を後に金沢方面に向かいました。
【1981.2.28 安野屋~新富山】

●次の目的地 北陸鉄道金名線
●移動行程 富山→西金沢→鶴来

 

 

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2016年12月18日 (日)

ラスト か?

     「おっ、またコンビを組んだのか」

残り2両となった愛知機関区DD51の原色機が12月15日から重連コンビを組み、冬の関西線を走行しました。その活躍ぶりは電車運転士様の記事に表されているとおりですが、自分もこのたび運よくカメラに収める機会に恵まれました。
16日に関西線を上ってくる5282レ運用の昼間時に都合がつきそうだったので、さて、何処で撮ればサマになるのだろうと考えて足を運んだ先は、庄内川右岸の伏屋アウトカーブです。

5282 通過10分前まで雲に覆われていた撮影地周辺は、いざ本番時では太陽が顔を出してくれました。カーブの向こうから姿を現した列車は警笛一声、7~8名集まった我々カメラマンの前を軽快に通過して行きました。
本来なら翌日も原色コンビが続くはずだったのに、まさかこの運用でコンビが解消されてしまうとは思いもしない出来事。その原因は853号機の不調にあるようですが、一方、11月で落ちるのではと噂されてきた1805号機は今度こそ最終期の活躍との話もあり、ひょっとしてこのまま2両とも落ちてしまうのか?なんてことは考えられないでしょうけども・・・。そんなわけでDD51原色コンビは16日の5282レがラストシーンとなってしまいそうな予感です。(出札掛)

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2016年12月17日 (土)

443.懲りずにまたまた凸の聖地巡礼2016/12/15

 1215日は、会社と家族運用の両方がフリーとなったため、久しぶりに平日鉄を味わってきました。たまたま79列車に国鉄色ペアが運用されるという情報が舞い込んできたので、目的地は迷わず四日市界隈としました。ただ、平日は車が使えないため、四日市までは電車、その後は四日市駅のレンタサイクル利用ということで、移動エリアがちょっと制約されますが、止むを得ません。セメント列車はこの日も全列車運休でしたが、石油とコンテナだけでもそこそこの本数があるので、それなりに楽しむことができました。


※撮影は1215日の塩浜線・関西本線(電車運転士)

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 レンタサイクルは平日は700分から利用可能で、料金も1120円とリーズナブルなので、四日市界隈で鉄活動するのにはとても便利です。まずは6287列車のタブレット授受狙いで塩浜に向かいました。朝早い時間なので、太陽が昇り切っておらず、線路は建物の影でマンダーラ状態でしたが、ちょうど日当りのいいところに停まってくれたので助かりました。

 

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 朝陽をいっぱいに浴びて5263列車がやってきました。DD51にはやっぱり架線のない線路が似合います。

 

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 6280列車までにはあまり時間がないので、5263列車の反対側のポジションで待ちました。単機でゆっくりと四日市に向かいます。

 

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 四日市に戻る途中構内をのぞいてみると、DD51がいい位置に並んでしました。真ん中あたりにもう1両いれば理想的でしたが、贅沢は言えないです。

 

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 セメント列車は運休なので、自転車の機動力を駆使して関西本線と塩浜線を行ったり来たりすることになりました。国鉄色は79列車まで来ないので、それまでは色にはこだわらずに効率を優先しました。2085列車は現時点での最若番機の825が先頭でした。

 

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 5282列車はタキがあるので、縦構図で撮ってみました。

 

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 5282列車は四日市で22分の停車時間があるので、何とか間に合って発車を撮ることができました。

 

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 79列車のポイント探しを兼ねて四日市周辺をうろうろしてみましたが、光線状態を考慮するとなかなかこれといったポイントが見つかりません。ここで妥協しようと思い、2089列車で試してみました。

 

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 2089列車のポイントは側面に陽が回らないと判断し、79列車は光線優先のポイントにしました。車だったらもっと条件のいいポイントに移動できましたが、自転車では限界がありました。到着時間を過ぎても肝心の列車が来る気配がありません。何かトラブルでもあったのかと運行情報を確認すると、朝日付近の踏切で車が脱輪して桑名~四日市間が運転見合わせとのことでした。結局、79列車は50分ほどの遅れで四日市に到着しました。

 

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 単173列車のタブレット授受を撮るため、塩浜に向かって必死で自転車を漕ぎました。トラブルによる遅れがなければ余裕で撮れるはずでしたが、無情にも途中で追い抜かれてしまいました。仕方なく入換風景と72列車の仕立て入換終了後のタブレット授受を撮りましたが、授受は乗務員ドア越しに行われたので、あっけなく撃沈でした。

 

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 折り返しの72列車は非電化区間で撮りたかったので、再び海山道の陸橋に向かいました。国鉄色の重連を強調したかったので、手前まで引っ張ってみました。ダイヤ乱れがなければ、この後、電車で永和まで移動して白鳥の夕陽ギラリを撮る予定でした。とりあえず遅れの電車で永和に向かいましたが、こういう時に限って予想以上にダイヤの回復が早く、どう転んでも間に合いそうもなかったので、涙をのまざるを得ませんでした。

 今回の国鉄色ペアは何事もなければ15日の79レ→単173レ→72レ→5283レ→単2973レ→78レ、16日の5263レ→5282レ→75レ→6286レ、17日の5271レ→5380レと運用が回るはずでしたが、途中で853に故障が発生、16日の75列車から891に差し替えられ、国鉄色ペアは解消してしまいました。国鉄色ペアは今回が最後との噂もあり、853と1805の去就がどうなるのか気になるところです。

 

 

 

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2016年12月16日 (金)

阪堺電軌天王寺駅前の新ターミナルを見る

 地域の再開発と道路の拡幅に伴い、線路と停留場の移設工事が行われていた阪堺電軌の天王寺駅前の停留場が12月3日に移転した。ちょうど大阪へ仕事で行く機会があり、さらにその仕事は夕方からという絶好の条件だったので、迷わずその前に移設された天王寺駅前を見に行くことにした。

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 これが天王寺駅前の歩道橋から見た旧停留場(左)と新停留場。すでに停留場部分の軌道は撤去されている。新しい停留場には、歩道橋と地下から行くことができる。

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 新しい停留場に停車中の堺トラム。エレベータもついてバリアフリーに対応した停留場になった。

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 新しい軌道はコンクリート道床で、一部は芝生軌道となっている。架線柱はセンターポールで、軌道と道路の境はコンクリートの低い壁が設けられている。右側が旧線で、すでに架線は撤去されている。タイミング良く、残り少ない160形がやってきた。

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 阿倍野ハルカスをバックに天王寺駅前を出発する。芝生軌道になったので、景観的にも向上している。

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 天王寺駅前に到着する堺トラム。奥に旧線が見える。

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 天王寺方面のみ停留場が完成した阿倍野。浜寺方面の路線は、線路の切り替えに備えて複雑な配線となっている。

 今後、旧線を道路化する工事が行われるが、軌道を撤去してすっきりするのはいつ頃になるのだろうか?また、その頃に見に行くことになるだろうが、道路化してしまうと、3枚目のような線路脇からの写真は撮れなくなってしまうだろうなぁ。(駅長)

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2016年12月13日 (火)

再び東京へ

 先週末は、東京で集まりがあり、再び東京へ行ってきました。行きの新幹線からは富士山がくっきり見えて、降りて撮影したい衝動にかられましたが、「のぞみ」では何ともなりません。結局、東京にいた2日間は雲もまったくない素晴らしい晴天でしたが、陽のある内は集まりがあって、写真を撮れたのは半日だけ。集まりが終わった翌日にようやく撮影に行きましたが、結果は・・・・。

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 と、いうわけで、午前中の空いた時間をつかって都電の撮影です。陽の低いこの時期、どこも長い影が出て撮影場所を探すのに悩まされます。ところが、新庚申塚の道路をわたる交差点部分では、道路幅が広く、サイドから光が当たり、電線の影もなく、台車までくっきり。なかなかこうした綺麗な写真は撮れません。そこで、新しい7700形が来るまで待って、形式風に撮影してみました。

 さすがに同じ場所ばかりでは飽きるので、併用軌道になっている熊野前に移動します。ここも建物の影が心配でしたが、午後よりは抜けるようです。

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 タイミング良く7000形がやってきました。もはや動いているのは3両だけ。標準色は、この7002が1両だけです。ただ、正面はオリジナルですが、側面は都電落語会のイベント告知塗装となっています。

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 続いて、登場時の塗装に塗られた7022もやってきました。宮ノ前の公園があるところで、かろうじて影をクリアして撮影できます。

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 荒川車庫の前を通ったら、旧都電色に塗られた7001が外に出ていたので、あわてて降りて撮影します。この日は、貸し切りで運行されたようです。光線状態はもうひとつですが、来年3月で全廃が予定されている7000形の稼働車3両が全部撮れたので、まずは良しとしましょう。

 夜は仲間内で一杯飲んで、宿泊。午後から天気が下り気味という予報でしたが、朝起きたら快晴なので、狙いとした場所に。

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 そう、この時期、一度撮りたかった富士山と小田急のカットです。秦野で降りて撮影しはじめたときには、富士山もくっきり見えて、ベストの条件だったのですが・・・。

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 なんと、本命のLSEの通過する直前の2分前に8合目あたりに雲がわいて、写真の出来はもうひとつ、となってしまいました。うーん、残念。再来年3月にLSEが引退するまでに、機会を見てリベンジを期したいところです。

 しかし、富士山が綺麗に見えるという条件はハードルがなんとも高そう。この場所は、撮影人数も制限されるので、早い内に撮影しないと、廃車の間際には場所取りも大変なことになりそうです。

 小田急を撮影した後は、前回に引き続いて箱根登山鉄道に向かいます。

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 山間を走っているので、とにかく撮影ポイントのないこの路線。GOOGLE EARTHで見ると強羅と彫刻の森辺りがひらけていそうなので行ってみましたが、結局撮れそうなのはこの鉄橋くらい。

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 道路脇からも狙ってみましたが、ちょっとアングル的には苦しい感じです。山間だけに天気も悪くなり、さらには寒くて意気消沈です。

 ここの区間での撮影を諦め、前回も降りたスイッチバックが続く大平台に転進します。ここには何カ所か踏切があって、何とか撮影できそうな感じですが・・。

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 しかし、やはりアングル的には制約があり、厳しいところです。名残の紅葉をバックに金太郎塗装の108を先頭に3連が登ってきました。

 今回、タイミング良く、このモハ1形も乗ることができました。吊りかけ駆動、HLの手動進段、重厚なモーター音など、もはやなかなか乗ることができない古典電車の味わいにあふれ、撮るだけではなく、乗っていても実に楽しい電車です。まだ、しばらくは現役車両として稼働すると思いますが、2月に新型車の2連が運行を始めると運用が減少する可能性があるのが気になります。現時点では、お昼過ぎまで3運用、午後から2運用で旧形車が見られます。

 ただ、この旧形車、車掌さんが由緒ある車両と説明してくれるのは良いのですが、製造を昭和25年としているのが気になりました。昭和25年というのは、車体の鋼体化と形式変更が行われた年で、電装品と台車は大正末期から昭和初期にさかのぼるはずです。まあ、細かい話はさておき、博物館入りしてもおかしくない歴史のある車両が現役で走っているのですし、吊りかけ駆動の乗り心地も素晴らしいだけに、もっと注目を集めても良さそうです。

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 この日の撮影の最後は、スイッチバックの上大平台信号所です。ここから長タマで狙うと、80‰の勾配を降りてくる列車が撮影できます。この日は、残念ながらオリジナル塗装の110は、1往復走っただけで湯本で車両交換が行われ、代わりにモハ1形の3連となってしまいましたが、この角度で見る限り、3連の方が勾配が良くわかります。

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 上大平台信号場の見所は、2列車に一回ある同時進入です。頑張って狙ってみましたが、これが精一杯。これも要再履修ですね。(駅長)

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2016年12月11日 (日)

矢田川 Sun Rise

一度や二度で上手くいくわけがない。ましてや自然が相手なら尚更の事。だから撮影はやめられない。


お馴染み(?)中央線の石油貨物6883レを矢田川でシルエット撮影の季節到来です。個人的にはこのテーマは克服したつもりですが、某ブログにアップされていた画像を目にした途端、再びトライしたくなりました。
その画像とは、左岸のポジションから日の出の方角の空を大きく取り入れて撮影した、空気感あふれるものでした。メインキャストはもちろん重連のロクヨンで、太陽の位置、空のグラデーション、川面の水鏡が引き立て役を演じますが、ファインダーの中の光景は暦によって微妙に変化します。さて12月10日はどのようなシーンに巡り合えたのでしょうか?

Dsc_0030 前走りの下り旅客で予行練習。本番10分前ですが、刻一刻と空の明るさや色が変化するので露出の設定はあまり参考にならず、全体像の確認のみです。ホワイトバランスを曇モードで撮影したので見た目よりもやや赤い空です。水鏡はもともと綺麗に映る所ではないのでせいぜいこんなもんですが、右端からいや~な雲が現れました。そういえば過去の画像や電車運転士様の作品にも似たような雲が出現しています。曲者ですね。

6883 そして本番。その曲者は列車後方ギリギリに覆いかぶさり、さらに頭上にも雲が流れてきました。風もやや強くなり、川面のシルエットは絶望的。露出については、パソコンのソフトで現像した結果、2段ほど絞ればグラデーションを表現できたようですが、後学の為にここではあまり編集をせずにアップすることにしました。因みにホワイトバランスは晴れモード。

01 徐々に雲に覆われてきましたが、太陽が昇る方角の空は影響が少ないようなので、本番は終了しましたが変化する空模様を楽しもうと日の出まで粘ってみました。6883レの10分後には頭上に垂れ込めた雲が朝日を受けてご覧のような様相に。

383 しなの1号は日の出と共演で。流線形はシルエットに向きますね。空は台無しですが、“災い転じて”より印象的なシーンとなったでしょうか。カメラワークや立ち位置など今後の課題は盛り沢山です。次の機会が楽しみです。

しばらくは土曜日の朝の天気予報に注視です。冬の朝練に如何?(出札掛)

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2016年12月 4日 (日)

塩 浜

走行写真ばかりではなく、たまには貨物駅でじっくりと入換シーンを観察してみようと思い、今回は塩浜貨物駅でのDD51にカメラを向けました。そのため走行風景をあえて犠牲にした列車もありますが、たまにはいいよね?
風の噂によると、現在塩浜線で行われているタブレット閉塞が間もなく自動化されるとのこと。今や貴重なタブレットの授受シーンも見られなくなってしまうので、これはイカン!今のうちに撮っておかねばと思い立った次第ですが、先の電車運転士様の記事に刺激を受けたのも出かけるきっかけの一つとなったのは、毎度の如くです。
なお個人情報保護の関係で、人物が特定できるほど顔がはっきりと映っているシーンは極力避けて画像を選定しました。

01 石油輸送が活発になる時期を迎えると、朝の塩浜には2本の石油貨物が続けて到着します。うち1本目は前夜に稲沢を発った臨6287レ。撮影前に、長時間停車する富田駅に立ち寄って列車を確認したら、なんとそこには原色機1805が6287レの先頭に就いていました。前日からの運用からは予想もできない流れに驚きです。さて、6287レが塩浜到着後、すぐに操車掛がタブレットを受け取り、代わりに入換用の無線機を手渡しますが、この角度ではタブレットがはっきり見えず残念ですね。この結果を見て“学習”しました。

02 続いて入換作業が始まるので、どうせ撮るなら原色機、ということで1805号機が構内を行き来するシーンにカメラを向けます。

03 朝陽を浴びながら構内を移動する原色機。美しいです。

04 後続の5263レは、前日からの運用の流れで原色機853が重連の先頭に就く予定です。そうなると、残り2両となったDD51の原色機が双方とも朝の塩浜に現れるという、まさに贅沢すぎるタイミング。かくして運用どおりでした。入換作業がいったん終わって待機中の1805の横を、853先頭の5263レが塩浜に到着します。

05 肝心のタブレット授受シーンは、先の反省を踏まえて横側からカメラを構えました。今度はタブレットの形がよくわかります。授受シーンは午後にもトライしましたが、これが最もマシした。

006 1805が折り返して単6280レの出発準備に入りました。乗務員がタブレットを肩にかけて乗り込みます(これも分かり辛いですね)。

007 重連機関車の入換作業が始まりました。せっかくなので原色機同士が肩を並べたシーンが撮れないものかとうろうろしましたが、辛うじてこれが精一杯です。

008 たとえ貨車はつながっていなくとも、重連機関車が移動する姿は迫力があります。光線状態もさらによくなってきました。画面右後方に見える信号機は間もなく本稼働なのでしょうか。

009 79レを四日市まで牽引してきたDD重連が塩浜まで回され、午後の出荷便72レとして仕立てられます。その組成作業に橋の上からカメラを向けました。乗務員もキャブから身を乗り出して安全確認。

010 転線後、72レの出発準備が整たっところで操車掛がタブレットを持ってきました。このタイミングで行われるとは全く思っていなかったので、おかげで何をしているのか説明しないとわからないシーンになってしまいました。機関車を横から撮れる場所を見つけておいたので、次の機会(←あるのかな?)に活かしたく思います。

撮影中にお会いしました資材担当様、電車運転士様、まさかの原色機2両の登場に、訪れた甲斐がありましたね!この日はセメント貨物が終日ウヤ。おかげで石油貨物に集中できたという結論です。(出札掛)

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442..再度の凸めぐり+尾西線の銀杏 2016/12/3

 

 先週、四日市エリアで凸めぐりをしてきましたが、性懲りもなく今週も行ってしまいました。ただ、日中の列車は、一応、先週ひととおり撮ることができたので、四日市エリアは朝方だけとし、その後は銀杏の様子伺いを兼ねて尾西線に転戦しました。

 

 

 

※撮影は123日の関西本線・塩浜線・名鉄尾西線(電車運転士)

 

 

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 5263列車は853が先頭でした。朝焼けをバックに疾走する姿は格好よかったです。

 

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 富田停車の間に先回りしました。朝陽に国鉄色が映えます。

 

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 さらに追い掛け、塩浜に向かいました。先週失敗した5263列車のタブレット授受を追試することができました。ここでは資材担当様と出札掛様にお会いしましたが、ごあいさつもそこそこに失礼いたしました。

 

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 この日は不定期の6287列車が運転され、しかも1805の担当、短時間でしたが、国鉄色の2両が顔を合わせました。折り返しの6280列車が単機でのんびりと四日市に向かいます。

 

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 ふと気がつくとアーバンライナーが後方に迫っていました。慌てて場所を移動し、何とか同一画面に収めることができました。

 

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 この後、四日市エリアを離れ、尾西線に転戦しました。銀杏は木によっては葉っぱが落ちてしまっており、1週間遅かったかなといった感じでした。

 

72_dsc871316123

 

 沿線をうろうろして、葉っぱが落ちていない木を探しながらの撮影となりました。ここは線路からちょっと離れていますが、何とかまとめることができました。

 

82_dsc880016123

 

 山崎周辺は4日まで銀杏まつりが開催されており、多くの観光客で賑わっていました。この木の下は一般に開放されており、入れ代わり立ち代わり家族連れやカップルが訪れます。ちょうど自撮りカップルが銀杏と電車をバックに写真を撮っていました。

 

92_dsc883316123

 

 先週曇られて撃沈したススキの追試を5380列車で実施しました。完全逆光ですが、ススキが光ってくれてイメージどおりの写真となりました。本当は72列車まで粘りたかったのですが、家族運用が控えていたため、泣く泣く撤収しました。

 

102_dsc885216

 

 おまけ画像です。4日の早朝、先日復活したEF66275052列車で名古屋エリアを通過しました。家族運用の都合で光線がよくなる岡崎以西には行けませんでした。せっかくのチャンスだったのにもったいないことになってしまいました。

 

 

 

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2016年12月 2日 (金)

タブーだった荷物車 マニ30

RMマガジンのライブラリーの新刊は「タブーだった現金輸送車=マニ34・マニ30」です。マニ30の概要そのものについてはライブラリーやWikに譲るとして、この機を逃すと、私が撮ったこのミステリアス?な車の写真を披露する機会もないと思い、スキャンした中から拾ってみました。

Img4611980年6月27日 日本車両豊川蕨製作所
なんとなく現金輸送車があることは知ってはいましたが、実際には見た覚えはありませんでした。
ところがこの日、大垣区の153系の廃車回送を追ってここへたどり着いたら、廃車となった客車が倉庫代わりに使われていました。後になって、これが現金輸送車のなれの果てであることを知りました。二代目のマニ30が1978年~79年にかけて製造されたようなので、数年前までは現役だったのでしょう。ダルマさんではなかったので、撮影したものと思います。妻面はメクラとありますが、一方はこのように貫通路があったようですね。反対側はご覧のような状況で撮影していませんし、全く記憶にもありません。

Img4621980年7月3日 豊橋 荷38レ
日車でマニ30 2006を撮影した一週間後、今度は日車からの113系新製回送を撮影に行き、行きがけの駄賃で荷38レを撮影したところ、機次位に二代目マニ30が連結されていました。ライブラリーに寄れば、機次位に連結されているのは現金輸送中とのことでした。この後、荷物列車が廃止される国鉄分割民営化まで数多くの荷物列車を撮影しましたが、機次位に連結されたマニ30を撮ったのはこれ一度限りです。

Img1141981年3月26日 高槻 レ番号不明
これは川重で新製された185系の試運転を撮りに行ったときのもので、偶然来合わせた荷物列車の最後尾に連結されていました。

Img7611986年9月9日 熱田
この頃は結構1両毎の形式写真を撮っていて、荷物車の写真を撮るために熱田でこの列車(荷38レ)を待ち構えていたのだと思いますが、偶然最後尾にマニ30 2010が連結されていました。最後尾なので、恐らく回送だったのでしょう。

Img7681992年9月15日 豊川 9774レ DE10 1520+マニ30 2010+マニ30 2007+・・・
JRになってからはほとんど見ることはありませんでしたが、WikによればJR貨物に移管され、高速コンテナ列車に連結されていたとのことです。
すっかりその存在を忘れていたのですが、この日飯田線に撮影に出かけた帰り、豊川に入る直前にこの列車が停まっている発見、一緒に行動していた資材担当様と急いで下車し、小走りで専用線まで行って興奮しながら二人でシャッターを切ったのを覚えています。
この頃の9774レは豊川発が19時台で、走行するところは撮影できませんでした。また、写真ではよくわからないと思いますが、タキ2両の後ろに連結されているのは、当時新しいシステムとしてもてはやされたピギーパック用のクム1000形です。
しかし、いつ何のために日車に入場したのか、この頃は課報は熱心にチェックしていたのに、全くわかりません。

Img0141995年3月5日 尾張一宮 レ番不明 EF65 64+マニ30 2009+マニ30 2008+タキ・・・
この日は東急車両から南海電鉄の2000系の甲種車両輸送があり、岡崎方面から追っかけて来て、稲沢を通過したところ、この列車を見つけました。もともとここで甲種を撮るつもりだったので、+αの美味しい列車でした。

Img2972000年9月10日 岡崎 1060レ EF66 102+マニ30 2008+・・・
実はこの前年にJR西日本から譲渡されて間もないEF66 41(もちろん国鉄色)の牽引するコンテナ列車でこの組み合わせを撮り損ねる失態があり(https://www.youtube.com/watch?v=vDBAAQCPyIYに画像あり)、なんとか機会を伺っていて、ようやく高速コンテナに連結されている様子をゲットできました。これがマニ30を線路上で見た最後となりました。

まだRMのライブラリーは見ていないのですが、長いこと同じような写真を撮っていると、意図して撮ってこなかったものも、こうやって振り返ってまとめてみるとなかなか面白いと思いました。(検査掛)




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