« 1972年 飯山線蒸機最後の春(その1)  | トップページ | 明治村 京都市電と紅葉と遠足 »

2016年11月27日 (日)

あの撮影地は今・・・

某日、仕事の都合で新城市を訪れることになりました。そこでふと脳裏をよぎったのが、新城までの道中に見かける飯田線の超有名撮影地・東上ー野田城の大カーブ。久しく足を踏み入れていませんが現在どうなっているのでしょう?
かつてはさまざまな注目列車が走行して、事ある毎にカメラマンが訪れてお立ち台らしさを呈していました。しかしあまりにも過熱気味になり、芳しくない事象を引き起こしてお立ち台の存亡が危ぶまれそうになりましたが、今では平穏を取り戻しているはずです。それもそのはずで、走る車両は味気ない銀電ばかりとなり、時折り工臨や検測で運転されるキヤ系があれど、見慣れてしまうとやや食傷気味。当然、ネタがなければ訪れる同業者も少なく、ゆえに撮影画像をブログで目にすることもなく、もしや当撮影地は知らないうちに撮影不可の状態となってしまったのでしょうか?今回、せっかくその付近を通るので確認がてら足を運んでみました。撮影に夢中になり過ぎて所用の約束時間に遅れないように、かなり早めに現地入りして少しだけ道草。

2601 ま、案ずるまでもなかったようですね。お立ち台周辺の風景は昔から変わらないままで安泰、胸をなでおろしました。

2602 足回りまでスッキリと撮影できるカーブも昔のままです。ただ、やって来る列車は先述のとおり銀電のみなのでオーソドックスに撮ってもあまり変化がありません。

2603 そこであえて逆光気味の角度からカメラを向けて列車を光らせようと試みました。キラキラと目立たせることで、飽きがちの銀電に主役の座を主張してもらおうという魂胆。

2604 銀電の輝き度はハンパではないので思い切り露出を絞らないといけませんが、せっかくのお立ち台なので絞り過ぎて風景をつぶしたくありません。カメラワークが問われるところですが、一度目の挑戦で最良の結果が得られるほど世の中アマくありません。画像処理ソフトを駆使すれば済むことですが、面倒ですし・・・。

今なお健在のお立ち台。一見したところ休耕田の区画はほぼなかったように感じました。田植えの季節になれば、静寂な撮影地にフォトジェニックな変化をもたらしてくれることでしょう。

ところで、どうやら近日中に再び新城市を訪れることになりそうです。日程は天気予報次第で決めるとしましょう→
オイオイ。(本当に、ホントウに仕事なんですって・出札掛)

|

« 1972年 飯山線蒸機最後の春(その1)  | トップページ | 明治村 京都市電と紅葉と遠足 »

「出札掛」カテゴリの記事

コメント

撮りたいものがなくなると行かなくなってしまう撮影地、ありますよね。飯田線もここ数年行ってないし、当分行かないだろうなぁと思います。ひところは足しげく通った場所だけに気にはなりますが・・・。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2016年11月27日 (日) 16時39分

 久しぶりに東上~野田城の大カーブの写真を拝見しました。懐かしい場所で、今も無事に撮れるのは、昔に戻ったようで嬉しく思います。では、さて、行って撮影するか、というと・・・検査掛さんと同じですねぇ。当分、行くことはないだろうなぁ。(駅長)

投稿: 駅長 | 2016年11月28日 (月) 12時13分

種々の事情で消滅する撮影地が多い中、ここは無事でしたか…。出札掛様の画像を拝見するまで、正直言ってここの存在を忘れかけていました。来る車両がステンレスの213・313系ばかりでは訪れる同業者もほとんどなく、画像アップもされない現状は理解できます。車両中心ではなく、風景中心を目的として訪れるのもいいかもしれませんね。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2016年11月28日 (月) 15時41分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/591904/64550245

この記事へのトラックバック一覧です: あの撮影地は今・・・:

« 1972年 飯山線蒸機最後の春(その1)  | トップページ | 明治村 京都市電と紅葉と遠足 »