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2016年11月20日 (日)

438.1981年冬 北の大地で撮り鉄行脚 10号車 【異国情緒漂う街の路面電車+α】 1981/2/26

 この年の北海道撮り鉄行脚もやっと最終日を迎えました。最終日は国鉄から離れて路面電車めぐりとしました。北海道には函館と札幌に路面電車が健在ですが、ロケーションを重視して函館市電をターゲットとしました。

 

Photo

 路線図のとおり赤色が現在の路線ですが、1981(昭和56)年当時は水色の宝来町~松風町、薄緑色の函館駅前~ガス会社~五稜郭公園前の路線が健在でした。廃止は平成に入ってからですが、当時からいつなくなってもおかしくないという噂を耳にしていましたので、水色と薄緑色の両区間での撮影は最低限のミッションとしていました。

 

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 早朝の車の少ないうちに、まずは行きたかった相馬株式会社に直行しました。異国情緒あふれる函館市電を象徴するシーンです。この西洋風の建物は今でも健在なのはありがたいです。
【1981.2.26 末広町~大町】(電車運転士)

 

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 函館は坂の街です。函館の港をバックに坂の上から市電をサイド気味にというのもぜひ撮ってみたいシーンでした。
【1981.2.26 末広町~大町】(電車運転士)

 

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 函館らしい風景が気に入って、しばらくこのポイントに居座りました。できるだけ海を入れたくて横構図でも撮ってみました。

【1981.2.26 末広町~大町】(電車運転士)

 

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 街中をうろついていると俯瞰ができそうな建物を探してきょろきょろしてしまうのは鉄の悲しい習性です。何とかそれらしき建物を見つけて上ってみましたが、交差点内に1両が収まらなかったので、消化不良に終わってしまいました。
【1981.2.26 十字街~末広町】(電車運転士)

 

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 末広町界隈を後に谷地頭方面に移動しました。谷地頭の電停は急坂の下にあり、そこから坂を上ってくる市電は函館市電の定番風景です。
【1981.2.26 青柳町~谷地頭】(電車運転士)

 

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 続いて、平成4年に廃止された区間に向かいました。ちょうどおあつらえ向きの位置に歩道橋があり、撮影には重宝しました。1000型は骸骨電車こと車体乗せ換え前の都電7000型です。函館へ来てから正面が非対称に改造されてしまいましたが、側面は手が加えられておらず、面影を残していました。
【1986.2.26 栄町】(電車運転士)

 

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 反対側に振り向くとこんな感じで撮れました。さっきの1000型が戻って来ました。当時の函館市電は500型が一大勢力を占め、時たまやってくる1000型や800型の方が珍しい存在でした。
【1981.2.26 栄町~宝来町】(電車運転士)

 

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 もうひとつの廃止候補の区間にも足を運びました。500型が続行で来ました。函館駅前~ガス会社前~五稜郭公園前も廃止が噂されていたものの、各電停ではそれなりに乗降があり、廃止という感覚はあまり実感できませんでした。
【1981.2.26 宮前町】(電車運転士)

 

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 宮前町付近はそんなに広くない道路上を市電が走っており、車の交通量も多いため、市電はかなり肩身の狭い思いをしていたのではないかと感じました。
【1986.2.26 ガス会社前~宮前町】(電車運転士)

 この後、ある理由があって、青函連絡船には乗船せずに急行「宗谷」で札幌に向かいました。この当時の「宗谷」は函館11時45分発、山線経由で約11時間の道のりを経て、終着の稚内には22時48分の到着するという今では想定がありえない列車でした。

 

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 「宗谷」の札幌到着は1634分、走り写真の撮影にはちょっと厳しい時間でしたが、とりあえずすすきの電停に向かい、夕暮れ迫る札幌の街を行く市電を撮影しました。当時はスパイクタイヤの全盛期、冬になるとその粉塵で街が埃っぽくなるのは雪国の定番風景でした。
【1981.2.26 すすきの】(電車運転士)

 

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 函館から札幌に舞い戻った理由のひとつが創成学校前(現在の資生館小学校前)でのバルブ撮影でした。札幌随一の繁華街すすきののネオンをバックにした構図は札幌市電を象徴する風景のひとつです。昨年12月、すすきの~西4丁目の線路がつながり、長年の懸案であったループ化が実現しました。札幌市電も新たな局面を迎えたわけですが、これがさらなる活性化につながることを期待したいです。
【1981.2.26 創成学校前】(電車運転士)


 札幌に戻ったもうひとつの理由が、特急の食堂車で北海道での撮り鉄行脚の終了を祝って一人打ち上げを行うことでした。当時、ワイド周遊券での特急乗車は認められておらず、特急券は別払いでしたが、最終日くらいは自分へのご褒美としてのささやかな贅沢は罰が当たらないだろうということで実践に移しました。札幌から乗車したのは釧路からの「おおぞら6号」、当然のごとくキシ・キロが組み込まれた堂々の13両編成で、特急ではなくて特別急行といった種別がふさわしい内容でした。車掌も「特別急行 おおぞら6号 函館行」と案内していたように記憶しています。キシ80で蝦夷定食を肴に飲んだサッポロ黒ビールの味は未だに忘れることができません。「おおぞら6号」の函館到着は020分、青函連絡船の深夜便に乗り継いで北の大地を後にしました。

●次の目的地 南部縦貫鉄道
●移動行程 札幌→「おおぞら6号」→函館→青函連絡船2便→青森→野辺地→南部縦貫鉄道

 

 

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コメント

路面電車を撮りに札幌も函館も2月に訪れているはずなのにじっくりと時間をかけて巡ったことがないので、雪景色のシーンは新鮮に感じます。北海道となると、どうしても雄大な風景に目を奪われがちで路面電車系は二の次になってしまう自分はまだまだ未熟。廃線候補のエリア含めてしっかりと記録されていらっしゃる点は、さすが電車運転士様です。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2016年11月21日 (月) 18時20分

鉄道ファンを名ののる身としては不謹慎極まりないのですが、北海道の路面電車は、SL撮影の間合い(観光の間合い?)とか、社員旅行の朝練とか、家族旅行の土産買いのついでとか、でしか撮ったことがありません。2都市とも雰囲気のある街を走っているので、一度はきちんと撮って見たいものです。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2016年11月21日 (月) 22時45分

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