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2016年10月 2日 (日)

SL江の川号 1992年、晩秋

9月30日、JR西日本は三江線の廃止届を国土交通省に提出しました。100km超の長大路線だけに、随所に待ち受けている風光明媚なシーンを今のうちに記録しておきたいのはヤマヤマですが、自宅から片道500kmにも及ぶ移動距離には気合いを入れて挑まなければいけません(→列車とレンタカーでいいじゃないか、との声が聞こえてきそう!)。まあ慌てることなく、じっくりと遠征の機会をうかがうことにしましょうか。そういえば少し前に資材担当様が当ブログにて三江線の画像を掲載されていました。長距離、長時間の遠征お疲れ様です。
ところで20年以上も前のネタで恐縮ですが、三江線で秋の三連休にC56が走るということで撮影に出かけたことを思い出しました。休日をフル活用して連休前夜に家を発ち、戻ってきたのは連休最終日の深夜。思えばまだまだ若くて無理が利く心身を持ち合わせていた頃です。

11211_sl9433 江津市に着いたのは明け方になってから。車を走らせながらロケハンをしていると、江の川沿いに線路が敷かれているのが見えたので初めの撮影地はここに決めました。現地に着いて一服する暇もなく、すぐに本番。江津からのSLが姿を現しました。【1992.11.21 江津本町-千金】

11212sl9433 線路に国道が並行しているので、簡単に追いつき、追い抜けます。ただ、撮影ポイントは皆目わからずに行き当たりばったり。“それらしい”場所を見つけたら車を停めて撮影、再発進して追いかけ、の繰り返し。【1992.11.21 石見川越ー田津】

11213sl9433 逆光でも何でもいいから、とにかく数狙い。この画像は、ポジフィルムをスキャンして色調を手直したのですが、どうやってもまともな色が再現できないので白黒モードでごまかします事をお許し下さい(編集ソフトの勉強不足)。【1992.11.21 因原ー石見川本】

11214sl9434 SLは石見川本で折り返し。当然機関車はバック運転になります。サイド気味で紅葉バックになりそうな場所を探しますが簡単には見つかりません。【1992.11.21 因原ー鹿賀】

11215sl9439 この日は江津ー石見川本間を2往復運転しました。たまには正当な?撮り方をしようと2往復目の往路一発目は正面から。なお追いかけ後の画像と復路のシーンは割愛します。【1992.11.21 千金ー江津本町】

11221sl9433 翌日は口羽までの1往復を運転。今度は機関車の向きを変えて、往路がバック運転となりました。前日にある程度の目星をつけておいたので撮影場所にはそれほど迷わず、相変わらず何度も追いついては撮影の繰り返し。しかし石見川本以遠は如何に。【1992.11.22 川戸ー川平】

11222sl9433 SLを追い越し後、かなり先行していたので落ち着いて撮影地探し。とある地点から俯瞰できそうな場所を見つけました。【1992.11.22 粕淵ー明塚】

11223sl9433 紅葉をバックにSLが停車する駅を撮れる場所がありました。発車時の煙を狙おうと待機。なんとか期待に応えてくれました。【1992.11.22 潮】

11224sl9433 もはや道路地図帳だけが頼りです。SLを追い抜いた後に撮れそうな場所を見つけたら、とにかく車を停めてカメラを向けました。【1992.11.22 石見都賀ー石見松原 と思う】

11226sl 復路は河原に下りて順光で撮れる場所からスタート。ゲリラ雲の襲来にやられました。あ、日章旗が付けられている。【1992.11.22 宇都井ー伊賀和志 と思う】

11227_sl 対岸の道を走りながら、やはりそれらしい場所でカメラを構えて即本番。後部にDEが連結されていることに気が付きました。【1992.11.22 石見都賀ー石見松原 と思う】

11228sl 因原を出てすぐに差しかかるカーブをアウトから編成重視でラストカット。すでに夕方を迎えて曇ってしまっては露出も上がりません。【1992.11.22 因原ー鹿賀】

快適な道路と地理的条件のおかげで、実際にはここに掲載した撮影場所の倍以上の地点でSLを狙うことができましたが、なにしろシーンの数を稼ごうと懸命だったため、お立ち台っぽいポイントには足を向けていませんでした。が、そんな場所があったのかどうかは定かではありません。

これから遠征を考えていらしゃる方、参考になるでしょうか?しかし24年前の画像ではアテになりませんね。(出札掛)

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コメント

三江線がとても景色の良いところだとよくわかりました。自分がこないだ訪れたのは三の側ですが、こちらは江の側ですね。どこかの平坦線と違ってC56の煙がしっかりと目立ちます。逆向き牽引やDE10の補機付とバラエティー豊か!今こんなの走らせたら沿道は渋滞では済まず、事故通行止めとなること必至でしょうか。だから通常通りでひっそりと終了かあ。個人的にはそれで構いませんけど。
この線に限らず遠征して時々思うのですが、このようなところに当時よくも線路を敷いたものだと感心します。先人の労苦のあとを捨ててしまうことに何とも言えない淋しさも覚える昭和人間です。と言いながら列車に乗らずに追いかけ廻る自分が・・・・(資材担当)

投稿: 資材担当 | 2016年10月 2日 (日) 23時03分

1995年はこんな列車が走っていたのですね。いいロケーション、いい季節ですね。しかし、よく行かれましたね。弾丸ではなく一泊なのでまだ理解できますが・・・。三江線もかつては災害から復旧した線区なのに廃止は残念です。JR西日本には大糸北線や、越美北線など同じように超過疎路線(これらも災害復旧路線)があり、ドミノ式にならないように祈るのみです。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2016年10月 4日 (火) 19時17分

 そういえば、三江線にもC56が走ったことがありましたね。三江線は、C56が現役の時に江津の付近で撮ったことがありますが、川沿いに走って景色の良さそうな路線というイメージがあります。当時でもSLが走ると、それなりに人が集まったと思いますが、小浜線の時を思い出しても今ほどではなかったような・・・。同業者の数も、追っかけの車も限られていたようで、自由に撮れたようですが、さて、今ならどうなっちゃうのでしょうね。それはさておき、廃止までに一度乗りに行かないと・・・。(駅長)

投稿: 駅長 | 2016年10月 5日 (水) 14時14分

三江線のC56、何となく覚えています。この15年前にDD16の貨物目的で三江線に行きましたが、沿線風景はさほど変化がないように思いました。どの写真も紅葉がきれいで秋らしさが感じられます。こういったローカル線には大型蒸機ではなく小振りなC56が似合いますね。この近くだと名松線が災害の痛手から復旧しましたが、再度大規模災害に襲われたら、次はそのまま廃線の可能性が大きいので、そうならないことを願いたいです。山陰本線や木次線と絡めて、三江線も廃線までに行けるといいなと思っています。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2016年10月 5日 (水) 16時30分

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