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2016年8月21日 (日)

美しき電車たち

 暑い、あつい、アッチイ。これだけ暑いと、リハビリをしなければ、と思うものの、鉄ちゃんに行く気にもなれない。ということで、冷房を効かした室内で写真の整理である。

 古いポジを整理する中で、20年ほど前に海外の友人から貰った写真の中に、実に魅力的な写真のあることに気がついた。それらについては自分で撮影していないのがいかにも残念だが、自分が撮影した写真とあわせて紹介するとしよう。

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 この写真を見たときに痺れてしまった。明かり窓から漏れる光が、なんと優雅なことか。飾りの付いたアーチ状の窓が何とも美しく、まるで工芸品のようである。今の鉄道車両では、こうした味わい深い雰囲気を感じることはできない。

 この電車は、1907年に製造され、アメリカ東海岸のフィラデルフィアのPhiladelphia  &  Westernという鉄道で走っていた。ポールが付いているが、集電は第3軌条からしていたらしい。

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 この電車の昼の姿。場所はフィラデルフィアの街中、デラウエア川沿いにあったペンズ・ランディングという歴史的な場所にある保存鉄道である。川沿いの道路上に線路があり、古い電車の保存運転を行っていた。しかし、残念なことに、1990年代中頃に車庫が火災にあっており、これら車両は現在は残っていないと思われる。

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 このPhiladelphia  &  Westernは、戦後にRed Arrowという愛称をもつPhiladelphia Suburban Transportation Companyに統合されてしまう。その66系統で運行されていたのが、1926年にブリル社で製造されたこのセンタードアの車両である。これら電車は郊外は新設軌道を走り、市街地は路面を走って都心に乗り入れていた。アメリカの郊外鉄道にはこうした運行形態の鉄道が多く、それらはインターアーバン(Interurban)と呼ばれた。

 インターアーバンの全盛期は1920年代で、モータリゼーションが発展する前である。すなわち道路を走る内燃機関の乗り物がなかったことから、鉄道で都市間を結んだわけだ。そのため、ある程度の規模の街には、必ずインターアーバンの路線があった。

 当然のことながら、これら路線はT型フォードのような自動車が増えてくると、その役割を終えることになる。規模の小さな路線は戦前に廃止となったが、一部は戦後まで残った。台車でも有名なブリル社の本社のあったフィラデルフィアには多くのインターアーバン路線があったが、現在もそのひとつが、地域の交通を担うSEPTAのNorristown High Speed Lineとして残っている。

 そのNorristown High Speed Lineの世界的に有名な電車がコレである。

Photo
 名鉄の850形ではない。満鉄のジテでもない。三河鉄道のジハでもない。その流線型デザインのオリジナルが、このブリル社が1931年(昭和6)年に製造したBullet(弾丸)である。流線型全盛時に製造されたこの車両は、世界に影響を与えた。

 なお、このBulletは1990年まで現役であり、その最後の姿を見ることができた。

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  なお、現在、Norristown High Speed Lineは、こんな味気ない電車に変わってしまっている。

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 さて、アメリカのインターアーバンといえば、最も有名なのが前面の丸窓も印象的なこの車両だろう。

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 ロサンゼルスを中心に、サンタモニカやロングビーチなどに路線を延ばしていたパシフィック・エレクトリック(Pacific Electric)のBig Red Carと呼ばれたBlimp(飛行船)である。全長20mに達する堂々たる電車で、こんな大型の車両が連結して、ロサンゼルスの街中の道路上を走っていたのである。

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 パシフィック・エレクトリックは1961年に廃止されたが、それまでこのBlimpが活躍した。

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 もっとも、この車両は元からPEではなく、1911年にAmerican Car and Foundry で製造され、サンフランシスコの近くで活躍していた。ひとつがサザン・パシフィックの電化近郊線であるInterurban Electric Railwayで、ベイブリッジを渡ってサンフランシスコまで乗り入れており、もうひとつが Northwestern  Pacificで、こちらはゴールデンゲート・ブリッジ(当時は橋はなかった)の北側に路線があった。

 これら路線は第二次大戦前に廃止となり、戦時下はオークランドにある海軍の施設の輸送にあてられたが、戦後になってその路線がなくなったことから、PEに移され、廃止まで活躍したのである。

 パシフィックエレクトリックには、こんな電車もあった。

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 Descansoと名付けられた霊柩電車である。目的はともかく、この電車もステンドグラスの丸窓があって、実に美しい外観である。

 サンフランシスコはロサンゼルスと共にインターアーバンが発達していた都市で、Peninsular Railwayにはこんな魅力的な電車が動いていた。

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 最初にご紹介したPhiladelphia  &  Westernの46と比べると若干のやぼったさはあるが、この車両も窓の上部が丸く縁取りされ、美しい。1900年代初期に製造されたインターアーバンの車両は、こうした美しい車両が多かったのだろう。

 最後にあまり知られていないキューバのインターアーバン。

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 首都ハバナのカサブランカを起点に運行されており、チョコレートで知られるハーシーのインターアーバンと呼ばれている。

 キューバは戦前にはアメリカと関係が深かったが、ご存じのように戦後は国交が断絶してしまい、失われた世界のように、アメリカのインターアーバン車両が最近まで残っていた。

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 このハーシーのインターアーバンは、現在も路線が残り、細々と運行されているようだ。しかし、車両は2000年頃にスペインのマドリッドで運行していた電車に取り替えられて、こうした車両は現在では見ることができないはずである。(保存車として残っているかもしれない)

 なお、本稿についてはしっかり調べて書いていないので、間違いも多々あるかと思うが、ご了解いただきたい。(駅長)

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コメント

よき時代の優雅・重厚な車両は魅力的です。貴重な車両が火災で焼失というのは残念です。キューバは最近アメリカとの関係が改善されつつあるので、こういった鉄道が広く紹介されるのを期待したいです。車両番号の書体が名鉄とそっくりなのには何となく親しみを感じました。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2016年8月24日 (水) 09時06分

若いころは全く興味を覚えなかった海外の古い電車ですが、重厚でデザインも洒落ていて好ましいですね。特にポール集電には親しみが湧きますが、これだけ長い車体でも大丈夫だったのでしょうか?(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2016年8月25日 (木) 16時22分

ハバナのハーシーインターアーバン、懐かしいです。現地はスペイン語なので、<ヘルシー>!と呼んでいます。
スペイン語は「h」を発音しないので、例えばハバナはラ・アバーナといいます。しかし(頑固な?)フランス語と違って外来語の場合はhを発音します。
これらの旧タイプのも観光用?に残ってはいるようですが、現役時代というか私が見た頃とは塗分けが違っています。この屋根の張り上げの浅いタイプは見たことがありません。
また、電機(凸型、ステイプルキャブ)もあります(した)。そしてこの電機が使われていた製糖工場もあったのですが、撮り損ねたのが今も実に残念です。他の工場はモチロン蒸機でした。
ハバナから約100㎞東のマタンサスという都市まで結んでいますが、マタンサスというのはなんと「虐殺」という意味で、これは史実に基づいています。日本ならこういう名前は忌避されて消滅でしょうね。(あまらぼ鍋屋町)

投稿: あまらぼ鍋屋町 | 2016年8月26日 (金) 20時54分

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