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2016年8月

2016年8月27日 (土)

5282×79

※タイトルの数式を見て、ピンときた方はかなりのDD51通? 「答は417278だね」と考えるのが普通ですが・・・。

25日、愛知区に転属してきたDF200がついに本線上に姿を現し、試運転として夜中の関西線を四日市まで往復しました。いよいよDD51の終焉が近付きつつありますが、DFの仲間がわんさかと押し寄せて来ないうちに、DD51の勇姿を撮り溜めておきたく思います。

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笹島信号場では、昼の12時過ぎになるとDD51の石油貨物5282レと79レが行き違うシーンを向野橋から眺めることができました。輸送シーズンともなれば毎日のように重連運用同士となって迫力ある離合シーンを目の当たりにできたものの、意外にも同業者の姿はそれほど見かけませんでした。やはり重連運行ともなれば有名お立ち台に繰り出して一列車ごとに狙うのが定番なのでしょう。
さて自分の場合はと言えば、土曜の昼のお楽しみと称して、このシーンを撮りに向野橋までごくたま~に出撃していました(なぜ“土曜”なのかは追及しないで下さい)。しかし他のネタと被ったり天候が芳しくないとき、もしくは名古屋市内を訪れていないときは足を向けなかったので、みなさんが想像する程しょっちゅう撮っていたわけではありません(笑)。

Dddd1 笹島には5282レが先に到着します。本線上からゆーっくりと場内に進入してくるので、なかなか停止位置まで到達しません。「まだまだ、もっと手前まで」、離合シーンのベストポジションに近付くまでシャッターを押さずにじっと構えていたら、やがて下り本線の出発信号が「青」に変わりました。そして名古屋方向から79レが接近、5282レの横を力行しながら通り過ぎて行きます。続いて上り出発信号が「青」を示し、5282レのDDも加速を始めて稲沢へと向かいます。

Dddd2 5282レの接近するタイミングによってはこんなシャッターチャンスになってしまうこともあります。
ところでこのシーンを撮影するにあたり、重連で来るのかどうか、特に事前にチェックするわけでもなく、場合によっては単機、最悪の場合はウヤの時もあるので、いつでも都合よく重連同士の離合シーンに巡り合えるわけではありませんでした。

今春の改正により離合地点は八田駅に変更されました。今まで手軽にDD重連同士の離合を撮ることができたポイントだけに、ちょっと残念です。(出札掛)

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2016年8月25日 (木)

国鉄特急色+αな休日

毎度?の事情で8月20日から信州に行くことになりました。
とにかく行けばいいので、20日は一日鉄チャンすることにしました。休日と言っても月半分は仕事に行かないので、堅気なサラリーマンさんにはちょっぴり申し訳ないのですが、まぁご容赦を。

Dsc_06112016年8月20日  信濃境・富士見  9071M
この日は中央東線に189系が2本走る日なので、ここへむかいました。前回のパターンから富士急行線で「ホリデー快速富士山」、「山梨富士」が走る日は、臨時「あずさ」に充当されるのは「スーパーあずさ」色のM52編成であろうと、高をくくっていたら、トンネルから飛び出してきたのは、国鉄色のM51編成でビックリ!当初は天気もあまり芳しくないので、ここで2種類の塗色を撮影したら撤収しようと思っていましたが、返しの回送まで粘ることにしました。

Dsc_06152016年8月20日  信濃境・富士見  回9446M
9071M通過から10分程しかないので、あまり遠くに行くこともできず、やむなくここで迎え撃つこととしました。両側とも徒歩を伴うので、結構タイトでした。

Dsc_06392016年8月20日  小淵沢・信濃境  9061M
回9446M撮影後、小海線に移動しました。しかし、如何せん天気が悪く、どうしようもありません。そうこうしているうちに「はまかいじ」の通過時刻になり、手短な場所で待ち受けました。B3編成が来ましたが、そういえばこれも国鉄特急色でしたね。

Dsc_06482016年8月20日  信濃境・富士見  回9440M
山も見える状況ではなかったので、M51編成の折返しもここで済ませました。

Dsc_06562016年8月20日  小淵沢・甲斐小泉  228D
回9446M撮影後にウロウロしていたら、ヒマワリを見つけたので、天気が悪いのは承知で、撮ってみました。

Dsc_06742016年8月20日  小淵沢・甲斐小泉  8225D
ここは不思議な場所で、前後に向日葵とコスモスが植わっていたので、撮り分けてみました。もう少し天気が良ければ、と思いましたが、なんとか以っていた雨も降りだしたので、ここで撤退しました。

翌21日直前に購入したDJ誌にまたまたビックリするような情報が載っていました。なんと三セクになった旧信越本線にJRの臨時列車が運転されるというのです。

Dsc_06852016年8月21日  古間・黒姫
早朝6時前に現地に到着しましたが、既に三脚、脚立の乱立で、なんとか2段脚立で抜ける場所を確保。この時点では、まだ黒姫山も見えていたのですが・・・。

Dsc_06952016年8月21日  古間・黒姫  9340M
本命の583系がやってきたときはご覧の状況。それでもなんとか線路が靄に包まれるのは回避しました。
しかし、新潟の廃車回送さえ首都圏を経由してくるのに、よくぞ三セクに乗り入れてきたものです。

Dsc_07102016年8月21日  豊野・牟礼  9340M
牟礼の8分停車で先回りをすべく、上記の場所を脱兎のごとく抜け出しました。途中、前を農作業に行く軽四に先行され、どうなることかと思いましたが、なんとか切り抜け、北信五岳道路へ。こちらは道路上とはいえ、キャパがあるので何なくゲットできました。

Dsc_07142016年8月21日  豊野・牟礼  9340M
さらに善光寺平へ降りて行くところをもう1ショット。これにて終了です。

20日の天気の悪さはともかく、2種類の国鉄特急色を撮影できて満足しました。しかし、オールマイティとはいえ、ここのところ583系は東奔西走、運用の凄さにビックリです。願わくば、再びまみえることを祈りたいものです。(検査掛)


























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2016年8月22日 (月)

暑いので出かけようという気にならないけれど・・・

 自宅で冷房の効いた部屋の中にいれば気持ちが良いが、それでは運動不足になってしまう。ということで、体力づくり(我慢大会)を兼ねて、ちょっと興味がわきそうなネタに出撃することにした。

 まずは、お盆まっただ中の8月14日に行われたホキの定期検査に伴う舞木への9004レである。どれくらいの同業者が集まるか、興味があったが、もっとも賑わいそうな菅生川の堤防下には10数人が集まっている。デキを取り始めた頃は、同業者はほとんど居なかったが、旧形デキがなくなり、EL120に変わっても、結構な人が集まっている。EL120の珍しさもあるだろうが、それだけ撮るものがない、ということなのだろうか。

 この日、自宅を出るときに天候がもうひとつだったので出撃しようかどうか、迷ったが、案の定、現地に着くとドン曇りである。

_5d38227
 ISO1600にして、ようやく撮影できるくらいで、なんとも気分が高揚しない。

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 おまけに舞木の工場下の築堤は、予想以上に草が伸びて足回りを隠してしまう。ようやく撮れたのは、ここだけ・・・。まあ、天気の悪さについては、この時期、晴れるとこの角度からは撮れないと、納得するしかないようだ。この後、中央線のEF64原色重連を見に行くも、土曜日と言うことで、案の定、重連単機で撃沈である。

 お盆も終わり、天気の具合を見て、草の伸び方が気になっていた関西線の白鳥信号場に様子を見に行く。サミットの時には綺麗に草が刈られていたのは承知しているが、残念ながら、その時には動きが取れず、撮影できなかった。

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 そこで定番位置の現状である。ちょっと草の伸びが大きく、足回りが微妙に隠れてしまう。誰か、草を刈ってくれないかなぁ。

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 5月の頃に草が刈られて良かったという弥富手前の市江川に沿ったところで狙ってみるが、ここもやはり草が伸びていて、かろうじて撮れる、という程度。やはり、撮れるときに撮っとかないといけないというのを痛感する。

 22日は6000系と1850系の廃車回送があるというので、朝から大江に向かう。

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 どこから情報を聞き出すのか、わからないけれど、黒山のひとだかりである。

 まずは大江駅の北側で撮影。東名古屋港行きの列車をどこで撮ろうか、迷ったが、晴れると定番の場所は完全逆光になるので、多くの同業者が居た環状線の跨線橋に向かう。ここで撮影して良いのかどうかわからないけれど、取りあえずは光線状態が良い。

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 そういえば、この位置で6000系の搬入を撮影したことがあったなぁ。その6000系もついに廃車ですか・・・。なんともいえない感慨にとらわれてしまう。

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 このあと、名電築港で電車の吊り上げショー(^_^;)があるというので、ついでにそこまで見ていくことにする。1850系を吊り上げようとしている時に、タイミング良くEL120形が回送されていった。

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 クレーン2基で1850形が吊り下げられ、台車と分離して、運ばれていく。つい最近まで、動いていた車両のこうした姿を見るのは,何とも辛いものだ。

 平日にもかかわらず、ここにも同業者多数。夏休みのせいもあるのか、年齢層が大幅に若返っている。というか、同年代をほとんどみかけないのは不思議である。話している内容を漏れ聞いていても、理解しづらい話が少なくない。撮りたい車両や列車がなくなってきているのはわかるが、鉄道趣味のターゲット自体が変わってきているのであろうか?なにかそんなことを、ふと、感じてしまった。(駅長)

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2016年8月21日 (日)

美しき電車たち

 暑い、あつい、アッチイ。これだけ暑いと、リハビリをしなければ、と思うものの、鉄ちゃんに行く気にもなれない。ということで、冷房を効かした室内で写真の整理である。

 古いポジを整理する中で、20年ほど前に海外の友人から貰った写真の中に、実に魅力的な写真のあることに気がついた。それらについては自分で撮影していないのがいかにも残念だが、自分が撮影した写真とあわせて紹介するとしよう。

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 この写真を見たときに痺れてしまった。明かり窓から漏れる光が、なんと優雅なことか。飾りの付いたアーチ状の窓が何とも美しく、まるで工芸品のようである。今の鉄道車両では、こうした味わい深い雰囲気を感じることはできない。

 この電車は、1907年に製造され、アメリカ東海岸のフィラデルフィアのPhiladelphia  &  Westernという鉄道で走っていた。ポールが付いているが、集電は第3軌条からしていたらしい。

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 この電車の昼の姿。場所はフィラデルフィアの街中、デラウエア川沿いにあったペンズ・ランディングという歴史的な場所にある保存鉄道である。川沿いの道路上に線路があり、古い電車の保存運転を行っていた。しかし、残念なことに、1990年代中頃に車庫が火災にあっており、これら車両は現在は残っていないと思われる。

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 このPhiladelphia  &  Westernは、戦後にRed Arrowという愛称をもつPhiladelphia Suburban Transportation Companyに統合されてしまう。その66系統で運行されていたのが、1926年にブリル社で製造されたこのセンタードアの車両である。これら電車は郊外は新設軌道を走り、市街地は路面を走って都心に乗り入れていた。アメリカの郊外鉄道にはこうした運行形態の鉄道が多く、それらはインターアーバン(Interurban)と呼ばれた。

 インターアーバンの全盛期は1920年代で、モータリゼーションが発展する前である。すなわち道路を走る内燃機関の乗り物がなかったことから、鉄道で都市間を結んだわけだ。そのため、ある程度の規模の街には、必ずインターアーバンの路線があった。

 当然のことながら、これら路線はT型フォードのような自動車が増えてくると、その役割を終えることになる。規模の小さな路線は戦前に廃止となったが、一部は戦後まで残った。台車でも有名なブリル社の本社のあったフィラデルフィアには多くのインターアーバン路線があったが、現在もそのひとつが、地域の交通を担うSEPTAのNorristown High Speed Lineとして残っている。

 そのNorristown High Speed Lineの世界的に有名な電車がコレである。

Photo
 名鉄の850形ではない。満鉄のジテでもない。三河鉄道のジハでもない。その流線型デザインのオリジナルが、このブリル社が1931年(昭和6)年に製造したBullet(弾丸)である。流線型全盛時に製造されたこの車両は、世界に影響を与えた。

 なお、このBulletは1990年まで現役であり、その最後の姿を見ることができた。

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  なお、現在、Norristown High Speed Lineは、こんな味気ない電車に変わってしまっている。

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 さて、アメリカのインターアーバンといえば、最も有名なのが前面の丸窓も印象的なこの車両だろう。

Blimp
 ロサンゼルスを中心に、サンタモニカやロングビーチなどに路線を延ばしていたパシフィック・エレクトリック(Pacific Electric)のBig Red Carと呼ばれたBlimp(飛行船)である。全長20mに達する堂々たる電車で、こんな大型の車両が連結して、ロサンゼルスの街中の道路上を走っていたのである。

Burinpu
 パシフィック・エレクトリックは1961年に廃止されたが、それまでこのBlimpが活躍した。

Pe
 もっとも、この車両は元からPEではなく、1911年にAmerican Car and Foundry で製造され、サンフランシスコの近くで活躍していた。ひとつがサザン・パシフィックの電化近郊線であるInterurban Electric Railwayで、ベイブリッジを渡ってサンフランシスコまで乗り入れており、もうひとつが Northwestern  Pacificで、こちらはゴールデンゲート・ブリッジ(当時は橋はなかった)の北側に路線があった。

 これら路線は第二次大戦前に廃止となり、戦時下はオークランドにある海軍の施設の輸送にあてられたが、戦後になってその路線がなくなったことから、PEに移され、廃止まで活躍したのである。

 パシフィックエレクトリックには、こんな電車もあった。

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 Descansoと名付けられた霊柩電車である。目的はともかく、この電車もステンドグラスの丸窓があって、実に美しい外観である。

 サンフランシスコはロサンゼルスと共にインターアーバンが発達していた都市で、Peninsular Railwayにはこんな魅力的な電車が動いていた。

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 最初にご紹介したPhiladelphia  &  Westernの46と比べると若干のやぼったさはあるが、この車両も窓の上部が丸く縁取りされ、美しい。1900年代初期に製造されたインターアーバンの車両は、こうした美しい車両が多かったのだろう。

 最後にあまり知られていないキューバのインターアーバン。

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 首都ハバナのカサブランカを起点に運行されており、チョコレートで知られるハーシーのインターアーバンと呼ばれている。

 キューバは戦前にはアメリカと関係が深かったが、ご存じのように戦後は国交が断絶してしまい、失われた世界のように、アメリカのインターアーバン車両が最近まで残っていた。

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 このハーシーのインターアーバンは、現在も路線が残り、細々と運行されているようだ。しかし、車両は2000年頃にスペインのマドリッドで運行していた電車に取り替えられて、こうした車両は現在では見ることができないはずである。(保存車として残っているかもしれない)

 なお、本稿についてはしっかり調べて書いていないので、間違いも多々あるかと思うが、ご了解いただきたい。(駅長)

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2016年8月18日 (木)

撮影対象物が増えた件

SL「北びわこ」の撮影にあたり、ご存じの通りあのスカスカぶりでは、今さら爆煙を求めるつもりはありません。それでも“それなりの”場所に向かえば幾らかの煙は期待できるものの、所詮は「北びわこ」。たしかに煙の出具合も大事ですが、間もなくD51にその役を譲るC56の活躍シーンも見納めになることを思うと、「スカびわこ」などと言っていられず、以前よりも湖北エリアに足を運ぶ頻度が若干多くなったような気がします。しかし沿線風景は殆どが平坦で大きな変化に乏しいので、どうしても似たような場所や構図で妥協してしまうのは腕が悪いが故。せめて稲の成長ぶりで時季を感じ取れるように試行錯誤しながら撮影を楽しみたく思います。

S1 煙ポイント確保のための場所取りをするつもりは全くないので、最近は本番前の腕試しとして、梅小路からのSL送り込み回送を狙うようにしています。9時過ぎに米原へ到着する電蒸重単にカメラを向けてから「北びわこ1号」の撮影地探しに向かいます。見慣れれば何てことはないように感じられますが、「北びわこ」運転時のオモシロ被写体として撮影プランに加えています。また、夕方の返却回送はSLの顔を拝められるので、できればそちらも注目したいですね。

S2 坂田ー田村間でロケハン中、すでに首を垂れつつある稲穂が目に付いたので、ここで「北びわこ1号」を待ちました。通過時は薄雲に覆われて稲の輝きが表現できず、残念でした。
ところで最近、近江鉄道にリバイバルカラー・俗に言う「赤電」編成が登場したのは記憶に新しい事と思います。「北びわこ」撮影の合間の時間つぶしに、タイミングが良ければ「赤電」に巡り合うことも出来るので、これも撮影ターゲットに加えられそうです。

O1 しかし難点が多少あります。なにしろ近江鉄道各線の運転本数の少なさと広範囲に及ぶ運用エリアがネックです。赤電は各編成と共通運用のためか、直前の目撃情報などを把握していないと「今は何処にいるのだろう、それよりも運行しているのだろうか」と見当もつきません。さらに撮影地情報の予習も得ておかないと、お立ち台探しに右往左往してしまいます。さて、この日は事前に近江鉄道の車両運用を扱っている某サイトと2日前の目撃情報を拾って、【貴生川→彦根11:44着】と推測。「北びわこ1号」を撮影後で十分間に合うので、さっそく挑みます。しかし勝手がわからないので今回は無難な手段を選択し、独特のスタイル700形による「ギャラリートレイン」との離合シーンを、雑草に覆わた(失礼。)彦根口駅でゲットしました。

O2

O3運用情報によると、彦根着後は入庫するらしいです。彦根駅まで追いかけたら、タイミングよく構内の入換シーンを撮ることができました。

3 赤電撮影を終えた後、再び坂田ー田村間で、かなりの引きで「北びわこ3号」を撮りました。撮影者が大勢訪れると、こんな遠目のアングルはとても決断できません。煙が出ないのは承知の上とは言え、SL列車にしては物足りなく感じますね。やっぱり“それなりの”場所に足を延ばした方が、どうやらよさそうです。

Pf11 最後に木ノ本へのお迎え単機を撮って本日は撤収。この日のPFは出場後間もない純正国鉄色機でした。足回りまでピカピカなのでドアップで撮れば良かった。 

これからは、湖東~湖北へ出向いた際は赤電撮影もプランに入れられたらラッキーですが、はたして叶うでしょうか?撮影日;2016/08/14 (出札掛)

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2016年8月16日 (火)

423.お盆も休まず鉄活動 【王滝森林鉄道・明知鉄道】 2016/8/14

 メンバーの皆様、お盆休みはどのようにお過ごしだったでしょうか? 自分的には公休と有休を組み合わせて1315日がお盆休みとなり、本来ならゆっくりしたいところでしたが、とくに家族運用もないのに自宅でじっとしているのはもったいなく感じ、結局、お盆休み中でも休むことなく鉄活動は継続となりました。そんな中、14日は王滝森林鉄道の体験乗車会があるという情報をキャッチし、6月に続いて松原スポーツ公園を訪れてみました。

 

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 体験乗車会は1000分からだったので、その前に明知鉄道に寄り道しました。ちょっと寝坊しかけましたが、何とか上りの1番列車に間に合いました。稲の葉っぱについた朝露が朝日に輝き、なかなかいい雰囲気でした。列車の側面もギラリとなり、ほぼイメージどおりの写真を撮ることができました。
【2016.8.14 阿木~飯羽間】(電車運転士)

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 場所を移動し、再び朝露狙いに挑戦しました。ところが、直前になって大きな雲が太陽を覆い隠し、きらきら光っていた朝露はご覧のとおり何の変哲もない緑の田んぼとなってしまいました。せっかく朝露がたくさんついていたのに残念な結果になってしまいました。
【2016.8.14 飯羽間~極楽】(電車運転士)

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 さっきの列車が通過後、晴れ間がのぞいてきたので、気を取り直して仕切り直しをしましたが、予想以上に稲穂が成長しており、朝露きらきらとはいきませんでした。スタートは幸先がよかったのですが、なかなかイメージどおりにはならなかったです。
【2016.8.14 阿木~飯羽間】(電車運転士)

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 明知鉄道に長居し過ぎたため、王滝森林鉄道は2便からの参戦になりました。御岳山は残念ながら雲の中だったので、思い切って夏雲を取り込んでみました。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 この日はどこかの大学の陸上部の合宿が行われており、いつもは駐車場となるグラウンドは合宿生が練習に使用中で、処理に苦労する車の姿がなく、森林鉄道を撮影する側にとっては助かりました。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 当日は管理棟ではなく御岳山の献花台の前が起終点となっていました。全部で6便が運転される予定となってしましたが、家族連れを中心に体験乗車会は盛況で、運休となる便はありませんでした。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 連結作業の微調整は客車を人力で引っ張ってカプラーの朝顔部分を密着させ、ピンを差し込むといったワイルドな方法で行われていました。車体が小さくて軽い森林鉄道の客車ならではの光景です。
【2014.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 管理棟側の機回し風景です。いつもとは趣向を変えて左の土手の上から俯瞰気味に撮ってみました。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 体験乗車会の最中は晴天に恵まれ、シャッターを押す手にも力が入ります。夏雲がいい感じで流れて行くので、今回は車両主体よりも夏雲を活用した夏らしい風景を中心にまとめてみました。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 献花台前ののりば付近には向日葵が植えられていました。構図的にはちょっと苦しい感じでしたが、機回し風景の中に強引に入れてみました。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 作業場をのぞいてみるともう1両のSKWのレストアが最終段階に入っていました。緑色ではなく黄色と茶色のツートンに塗られているようです。109日の森林鉄道フェスティバルでのお披露目に期待したいです。
【2016.8.14 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 81列車がお盆期間中の関係で運休だったので、体験乗車会の後は再度明知鉄道に転戦、農村景観日本一になったこともある富田地区で農村風景を狙ってみました。田んぼもかなり黄色く色づいており、暑い中にも秋の気配が感じられました。
【2016.8.14 阿木~飯羽間】(電車運転士)

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 続いて野志の田園地帯に移動しました。逆光にはなりますが、たまには違った場所から撮ってみようと思い、いつもとは反対側に陣取ってみました。もう少し高さがほしいところでしたが、これが精一杯でした。
【2016.8.14 山岡~野志】(電車運転士)

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 いつもの定番の場所も稲穂が黄色くなりつつありました。稲刈り前のイエローカーペット状態の時に再訪したいと思います。午後から車両が差し替わり、2運用ともオリジナル塗色車での運転となったので、ラッキーでした。
【2016.8.14 山岡~野志】(電車運転士)

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 その後、雷雲が近づき、曇り基調となってしまいましたので、最後は駅撮りとしました。お盆の真っただ中ということもあってか、親子連れがいたりしていつもと客層が異なるように感じました。岩村は典型的なローカル線の交換駅といった雰囲気が随所に醸し出されており、好きな駅のひとつです。
【2016.8.14 岩村】(電車運転士)

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2016年8月14日 (日)

BAD DAYS

撮影に出かけると、いつでもベストシチュエーションに巡り合えるとは限らないことくらい百も承知ですが、でもやっぱりメインターゲットがやって来たときに限って遭遇した悔しい思いは拭い去ることができません。お盆を迎え、最近経験した「BAD SITUATION」につきましてご先祖様に厄払いをしていただこうと思い(←なんか罰当たりな)、2件ほどピックアップしました。ご笑覧下さい。

【ドクターイエロー@ひまわり畑】
大垣市の平町では毎夏8月上~中旬にひまわり畑を楽しむことができます。新幹線の間近の休耕田を活用して植えられているので、ドクターイエロー走行日には“イエロー&イエロー”と題して多くのカメラマンが撮影に訪れます。幸いなことに今年は運転日が休日と重なることもあり、現場にはその瞬間を狙うカメラマンで早くから賑わうことが予想されました。しかしこの暑い中で場所取りして待ち続けるのもシンドいだろうし、一般の見物客もわんさか押し寄せて来るので人影を避けて撮影することは困難だろうと思い、そこで逆転の発想、「ドクターイエローを撮る人たちを撮る」ことにして、ひまわり畑に向かいました。
三脚を据えた場所は、ひまわり畑を軽く俯瞰できる川の堤防。現地に着いたのは通過の40分ほど前ですが、案の定、畑の周辺はすでに満員。ただ、ベストアングルはかなり限られているので、ほとんどの見物客&カメラマンがほぼ同じ方向にカメラを向けています。

Dy11 通過直前に1台のワンボックスが進入し(普通に通行可の道路なので特に問題はありませんが)、つい気を取られた隙にドクターイエローが現れました。集中力を欠いたせいでほんの僅かシャッターチャンスが遅れ、先頭の顔が障害物にかかってしまいました。でもイザとなればキレイに修正すればよいので、まぁいいです。そして、続けて雲台をパンして列車の先頭を追いかけながら次のシャッターポイントに接近、連写開始。

Dy2 これはこれで、ほぼ狙いどおりでした。そしてこのカットの0.5秒後、ほぼ全員が注目していたシャッターポイントにドクターイエローが到達した瞬間、あってはならない出来事が起こりました。さて、どのような事態だったのでしょう?答えはどなたかのブログやツイッターの書き込み等をご参照ください。因みに撮影日は7日(日)です。
自分ではなく、むしろシャッターポイントにカメラを向けていた方々に対して「BAD SITUATION」だったことでしょう。お気の毒様でした。

【雲、居座る】
愛知のEF64原色機が8月から重連を組んでいます。ただ残念な事に、運用上の都合で会社の休日にはお目にかかることができず、やきもきしていたところ、ようやく13日(土)の3084レにおいて撮影の機会が訪れました。今回の重連は微妙に異なる塗装をまとった1019号機が組まれているので、その差を表現するためサイドから狙おうと矢田川に出かけました。この考えが運のツキ。

5875現地には少し早めに着いて5875レから撮影開始。しかし頭上には重たそうな雲が浮かんでおり、撮影地の周辺だけを覆っています。本命の通過まであと20分。依然として雲が流れてゆく気配もなく矢田川橋梁の周囲だけが曇り、皮肉にも数キロ先のマンションには陽が当たっています。

3084 こういう時に限って列車はほぼ定刻で現れ、ハイ撃沈。肩を落として帰途に就き、ふと稲沢市の方角の空に目をやると、大きな影を作るような雲なんて全く見当たりません。こんなことなら、自宅からほど近い稲沢ー清州の定番地に向かえば順光で撮れたのに・・・。あー、なんてことだ。ますますレア度を増す原色重連ペアがしばらく継続される事を祈ります。

何時でも都合よく撮影条件が揃うわけがない、ので鉄道写真はやめられません。不運が重なった後はイイことがありますよね?きっと。(出札掛)

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1956年生まれ

来るべき日が来ました。早かったような、ようやくという気がしないでもありません。昨年定年を数か月前にして早期退職をして、やりたい仕事に就いてから、淡々と過ごして当日に至りましたが、人生の通過点であり、たいした感慨はありません。
それでもなにかしてみようと思い、同い年の鉄道車両を探してみました。しかし、この年は、数年後に起きる国鉄車両の劇的な変化の直前で、特にモニュメント的な車両はありませんでした。
国鉄では唯一、気動車の新形式キハ44800(→キハ55一次車)が、東武1700系に対抗して製造されましたが、残念ながら両形式とも撮った記憶はありません。

Img717東京都電8000系(8053)   1972年11月   浅草
旧型車の置換えと路線の廃止の両方を見据えた軽量簡易な構造の面白味のない車両でしたが、これも1972年11月12日の城東地区の都電全廃と共に消えました。長いものでも16年で消滅しましたが、この8053号だけは未だに千葉県でカフェとして利用されているようです。また、富山地鉄や、万葉線の7000形はこの車をもとにしてるそうで、意外と長命を保っていますね。

Img331富山地方鉄道14780系(14769+14770+14783+183)  1993年5月20日  舟橋・寺田

Img360富山地方鉄道14780系(181+14781)  1993年5月20日  荏原・三郷
この年は名鉄3800形から譲渡された14710系の最後の1編成を撮りに行ったのですが、14760系や10020系を除くと地鉄の形式に詳しくなく、来たものを撮っていた中に、かろうじて写っていました。上の第3編成は1958年製で、冷房搭載のうえ、台車も国鉄から購入したDT32系に履き替えています。第1編成は製造当初前照灯は1灯でしたが、後に地鉄の特徴である2灯に、車体裾もストレートに改造されたそうです。ただ、廃車まで冷房は搭載されなかったようです。

Img163名古屋鉄道モ560形(←北陸鉄道2200形)(562)  1988年5月28日  長良橋・鵜飼屋
北陸でもう一形式、この車が誕生しています。北陸の活躍は11年で終止符が打たれ、1968年名鉄に譲渡、私にとっては馴染みの深い車両になりましたが、それも1988年で終わりになりました。この562号はご存知のように社会実験用に福井鉄道に再び移籍しました。その後はあまり使われることもなかったようですが、2006年、JR貨物北陸ロジスティックスに拾われて、現在は彼の地でレストアされているようです。再び元気な姿が見られることが期待されます。

Img612_2富士急行3100系(3101+3102)  1983年10月24日  田野倉・壬生
冒頭で「特にモニュメントとなる車はない」と言いましたが、日本初の狭軌WN駆動車として登場したのがこの車両で、地方鉄道としては画期的な車両でした。富士急の車両形式の4桁のうち、最初の2桁は昭和の年号が使われるという法則により、3100系となりました。1958年に製造された第2編成は不幸な事故により1971年に廃車となりましたが、この編成は1997年まで使用され、廃車後は中央東線廃線跡で保存されているとのことです。(再掲)

Img833豊橋鉄道ED400形(401)  1984年3月29日  三河田原
1955年に小野田セメント田原工場が増産を開始したことで、増備された東洋工機製の電気機関車。同時期に製造された三岐鉄道のED45とよく似た外観です。が、私が走行を見たのは、後にも先にも貨物輸送廃止当日のさよなら列車だけでした。

Img744三岐鉄道ED500形(←大井川鐵道←大阪セメント)(501+502)  2000年11月23日  富田
大阪窯業セメント伊吹工場専用線用に日立で製造されました。「津島軽便堂写真館」にその詳細が紹介されています。中部国際空港工事完了後、501は予定通り2003年3月に大井川鉄道に返却されましたが、残った502は一時期西藤原に保存されたものの、2015年5月に解体されたようです。

製造後60年も経てば過去帳入りして当たり前ですが、そんな中、1両が現役であり、負けてはいられませんね。また、撮影した他の3形式がどんな形であれ残存しているのは驚きです。
1956年生まれとされている車両はWikから拾い出したもので、漏れている車輌がありましたらご教授頂ければ幸いです。(検査掛)















 

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スマホカメラテスト

 3ヶ月にわたる懸案事項がようやく終わり、久しぶりに線路脇にたつことができた。とはいえ、久しぶりの線路脇だと、勘が鈍っていることが甚だしい。まだ、しばらくはリハビリが必要なようで、頭が痛い。

 それはさておき、必要に迫られて、ガラケーをスマホに買い換えることにした。ポケモンGOをやるためではないので、念のため。(^_^;)

 まだ、使い始めて2日目だけれど、いろいろできることに驚いてしまう。通話料を減らすため、フリーSIMの機種を購入したのでうまくセッティングできるかどうか、不安だったが、現在の所、速度も含めて問題はなさそうなのはありがたい。

 自撮りをするわけではないので、前のカメラは不要だけれど、それでは売れないので、前後ろにカメラが付いている。前のカメラは通常の800万画素だが、バックのカメラは1600万画素。現在、使っているAPS-Cの一眼レフと遜色がない画素数である。

 折角なので、どんな風に写るのか、鉄道を撮影してみた。場所は中央線の庄内川鉄橋である。

Photo
 指でレンズの一部が陰ってしまっているが、これはご愛敬と言うことで・・・(^_^;)

 これでは解像度はよくわからないので、等倍に伸ばしてみた。

Photo_2
 おお、びっくり。ピンが来ているし、電車も止まっている。発色は相当、難有りだが、じっくり現像すればそれなりになんとかなるかな?

 さすがにスマホで本格的に撮ろうという気にはならないけれど、これだけ写っていれば、いざというときに使えるかな、ともおもってしまう。少なくとも、食事の写真を撮るだけでは、勿体ない性能であることだけは確かなようだ。

 スマホでこれだけ撮れるなら、コンデジは売れなくなるだろうなぁ・・・。カメラメーカーも大変だ。

                                             駅長

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2016年8月13日 (土)

422.長良川鉄道 夏色風景 2016/8/10

 このところ猛暑が続いており、この時季の鉄活動は熱中症と隣り合わせで、常に命懸けといっても言い過ぎでないかもしれません。自覚症状を感じたら無理せず勇気ある撤収も必要と感じます。お互い体調管理には気をつけたいものです。そんな中、先日の小海線のような喧騒とは無縁の長良川鉄道でまったりと夏色風景を楽しんできました。

12_dsc274716810

 稲の葉っぱに付いた朝露が朝日に輝くシーンを狙いたいと思い、周囲が開けて線路が南北に走っているところを地図で予習した結果、まずは条件に合いそうなここへ直行しました。現地に着いたところ、背景には山があり、さらには線路端の雑草が伸び放題で足回りがまったく見えない状況で、完全に場所選択誤りでした。
【2016.8.10 関市役所前~関下有知】(電車運転士)

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 ちょうどこの季節の長良川は各所で鮎釣りの太公望の姿を見ることができます。午前中の早い時間の光線がいいのはこのポイントなので、しばらく撮影を続けることにしました。最古参となったナガラ201が鉄橋を渡って行きます。
【2016.8.10 赤池~深戸】(電車運転士)

32_dsc276016810

 ここは1000分頃から1100分頃にかけてラフティング軍団が川を下ってきます。それとの組み合わせを狙いましたが、列車とのタイミングが合わずに撃沈でした。気を取り直して観光列車「ながら」を待ちます。427日から運転が開始された「ながら」ですが、自分的には初お目見えで、今日の目的のひとつでした。
【2016.8.10 赤池~深戸】(電車運転士)
 
42_dsc282816810

 昼近くになって光線状態がよくなるここに移動しました。北農から折り返してきた「ながら」は単行でした。郡上八幡で1両を切り離したようです。色合いは在来車と似ていますが、「ながら」の方が赤みが強いので、写真写りは「ながら」の方がいいように感じました。
【2016.8.10 自然園前~山田】(電車運転士)
 
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 復路の「ながら」は郡上八幡で31分停車するので、その間に郡上八幡の近くなら上り列車を撮ることができます。単行かと思ったらナガラ501503が来ました。ここは夕方近くにならないとこちら側に陽が当たらないようです。
【2016.8.10 相生~郡上八幡】(電車運転士)
 
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 すぐに美濃太田方面に移動すればもう1回「ながら」を撮影できます。往路で切り離した車両を再度連結して郡上八幡からは2両で美濃太田に戻ります。この時季は沿線のあちこちで鮎釣り人の姿を見ることができ、単調になりがちな構図に変化がつけれるので、撮る側としては助かります。
【2016.8.10 深戸~相生】(電車運転士)
 
72_dsc285116810

 郡上八幡近くのこのポイントは釣り人がたくさん集まるので、複数の釣り人を写し込むのに適しています。本当は川遊びをしていた家族連れを入れたかったのですが、列車待ちをしている間に撤収してしまい、仕方なく釣り人に路線変更しました。この後、家族運用が控えていたため、この列車を最後に長良川鉄道を後にしました。
【2016.8.10 郡上八幡~自然園前】(電車運転士)

 

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2016年8月 7日 (日)

宵の明治村への誘い

暑い日々が続きますが皆様お元気でしょうか?

各地で納涼の行事が行われていますが、明治村でも期日は限定的ですが、「宵の明治村」という展開をしています。
鉄道関係ではSL、京都市電(区間短縮)とも運転時間の1時間繰り下げを実施するとともに、京都市電は閉村時まで京都七條停留所で点灯の上留置しています。

Dsc_05452016年8月6日  SL名古屋
「宵」の期間、男女とも浴衣での入村料は500円と割安なので、村内は浴衣姿で華やかです。

Dsc_05532016年8月6日  京都七條
灯ともし頃(19:00)の様子です。

Dsc_05802016年8月6日  京都七條
早い時間帯は結構入れ代わり立ち代わり車外、車内とも写真を撮る一般の方がみえますが、辛抱強く待てば静かな状態で撮れる瞬間があります。

Dsc_0588

2016年8月6日  京都七條
展示車両は2両のうち、比較的きれいな2号車ですが、窓はほぼ解放状態なのは止むを得ません。

Dsc_05942016年8月6日  京都七條
20:30から帝国ホテル前の広場で花火が打ち上げられますが、同じ画像に写し込むのは無理でした。というわけで、そこまで粘る必要はありませんので、ご家族で行かれてもいいと思います。

8月の土日祝日、お盆の期間はちょっと一息いれて、「宵の明治村」へ行かれてはいかがでしょうか。(検査掛)




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1986年 30年前の信州撮影行(その2)

7月29日、一旦帰宅して着替えを済ませ再び「きそ」の客となります。翌朝、小諸経由で小海線に入りました。

Img582

1986年7月30日  海尻・松原湖  230D
かつて高校生だった駅長様がお気に入りだったここへ行きました。まずは、当時小海線の主力、キハ58とキハ52の3連が小淵沢をめざします。

Img5831986年7月30日  海尻・松原湖  9233D
小海線での一つの目的がこれ。外装をこのようにした、キハ52 122+
キハ52 123を「ときめきの恋列車」として清里~軽井沢を1日2往復していました。

Img5841986年7月30日  海尻・松原湖  9134レ
9233Dと小海交換でこれがやって来ます。こちらは「パノラマ八ヶ岳号」、トロッコ列車の先駆けとなったような列車で、ヨ8000に乗る列車でした。

Img5851986年7月30日  信濃川上・佐久広瀬  9135レ
こちらも中込~小淵沢を1日2往復する設定で、折返しはここで狙いました。どうってことのない撮影地ですが、佐久広瀬から歩いて歩いてメチャメチャ暑かったことを今でも忘れません。

Img5861986年7月30日  信濃川上・佐久広瀬  239D
せっかくなので1時間ほど待って次のローカルも撮りました。

Img5881986年7月30日  野辺山・信濃川上  243D
佐久広瀬に戻り野辺山に向かいました。信濃川上方に徒歩で向かいました。最近、「旧型客車 八ヶ岳号」をここで撮影したものがアップされていましたが、イノシシ避けが設置されていて、高い位置からでなければダメになっていました。

Img5891986年7月30日  野辺山・信濃川上  9238D
さらに川上寄りに歩き、側面に日が当たる場所を探しましたが、時間切れで千曲川上流に架かる橋で「ときめきの恋列車」を撮りました。

Img5901986年7月30日  野辺山・信濃川上  9136レ
先日「旧型客車 八ヶ岳号」回送を撮ったあたりの逆向きと思われます。よくこんなところまで徒歩で行ったものです。
この日はこの列車の折返しを野辺山で撮って撤収しました。

Img5221986年7月31日  上田・西上田  回9334レ
29日同様再び「きそ」に乗り、早朝長野へ。この日はあまり撮影経験のない私鉄、600Vから1500Vに昇圧される上田交通へ足を踏み入れることにしていました。行きがけの駄賃、というか上田折返しの団臨があったので、今日こそはEF62牽引か、と期待を寄せていったのですが、EF64が来てしまいました。

Img5261986年7月31日  三好町・赤坂上
このときの目的は、上田交通生え抜きの車両より、東急から譲渡されたこの車輌を見たい、というのが本音だったような気がします。場所の選択も、旧東急車のモーター出力の関係から上田~中塩田限定だったためです。

Img5971986年7月31日  三好町・赤坂上
モハ3310は先に上田入りしていたので、あまり興味はなかったのですが、クハ3772は幼少のみぎり東急目蒲線でさんざんお世話になった車です。

Img5991986年7月31日  三好町・赤坂上
しかし、正直驚いたのは、この車が来たときでした。元ガソリンカー!豊鉄でク2400形を見て以来で、まだこのような車両が現役で走っているのは衝撃でした。

Img7581986年7月31日  上田・城下
場所を変えてク252の帰りを待っていましたが、帰ってきたのは相棒のこの車だけでした。

Img7601986年7月31日  上田
別の場所に向かうべく、、上田駅に戻ります。旧東急サハ5350改造のクハ290形を連結した丸窓電車モハ5350形(5353)が待っていました。ホームには、夏休みでどこかへ出かけるのか小学生に団体がいました。

Img7641986年7月31日  軽井沢・中軽井沢  3041M
この頃の私は国鉄>私鉄という構図なので、この場所にやって来ました。

Img5021986年7月31日  軽井沢・中軽井沢  3010M
短い時間で、489系ボンネット「あさま」のほか、「白山」「そよかぜ」、189系「あさま」も撮れてラッキーでした。しかし、ここに来たのは・・・。

Img7661986年7月31日  軽井沢・中軽井沢  9238D
これを撮りに来たわけです。

Img7921986年7月31日  別所温泉
再び上田交通に戻り終点の別所温泉につきました。

Img5101986年7月31日  別所温泉
よほどインパクトが強かったとみえ、普段撮らないようなスナップ的な写真を撮っていました。

Img5121986年7月31日  別所温泉
さらにこんな構図の絵も。我ながらビックリ!

Img513_21986年7月31日  舞田・八木沢
行きのロケハンで最も塩田平らしいと思われたここで、なぜか1列車撮っただけで帰路に着きました。

それにしても30年前は体力がありましたねぇ。我ながらビックリです。(検査掛)










  


  

























  

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2016年8月 6日 (土)

1986年 30年前の信州撮影行(その1)

調子に乗って30年前の信州撮影行をアップしたいと思います。
この頃は普通自動車免許取得してまもなく、車も持っておりませんでしたし、長野道も未成でした。
まだ日本国有鉄道の時代で、信州ワイド周遊券で7月27日~31日(28日は仕事をしました。)都合4日、夜行を駆使し、信越本線、中央本線(大八廻り)、小海線、上田交通を廻りました。

 まず、27日は信越本線長野以北を目指します。

Img2371986年7月27日  長野  9816レ
夜行「きそ」で未明の長野に到着。7番ホームに大ミハ和式客車「みやび」が停まっていましたが、篠ノ井方面に先行する列車がなく、発車を後ろから撮らざるを得ませんでした。この5か月後、悲劇の結末を迎えることなど、知る由もありませんでした。

Img2381986年7月27日  長野  4801レ
そのしばらく後、大阪から「ちくま」が到着。この当時は12系一般車7両+20系寝台車3両の堂々たる編成でした。

Img2421986年7月27日  長野  791レ
この時期に信州を訪れることにしたのは、信越本線のヌシとも言えるEF62が消えそうだ、との情報を得たためです。この日は休日で、専用貨物が運休で、撮れた貨物列車はこれ1本だけでした。

このあと、何の躊躇もなく、ホームの運転事務室に行き、「今日の臨時列車、教えてください。」ようなお願いをし、迷惑そうな顔をされながらも、キッチリ情報を入手しました。

Img7441986年7月27日  古間・黒姫  9323M
黒姫駅からほど近いこの場所に向かいました。すでに本命を待つ同業者が10名程度居た記憶があります。(僅かなものです。)
まず、来たのは海水浴臨「かもめビーチ」。上信道などものの陰もない時代、長野県内から日本海へは、まだまだ列車需要があったようです。小諸発(6両)+松本発(3両)の169系9両でした。

Img7451986年7月27日  古間・黒姫  3006M
当時長ナノの189系は、サロが1両減車されたものの11両の特急として相応しい編成でした。残念ながら黒姫山は雲の中です。

Img7471986年7月27日  古間・黒姫  9312レ
ジョイフルトレイン華やかりし頃で、なんと岡山のサロンカーがこんなところに入る時代でした。
先ほどの同業者の一人いわく、「もうほとんど牽引機はEF64になってしまって、今日は久々のEF62の登場だ。」とのことでした。当日はこの後数本の臨時客車列車が走りましたが、この言葉通り、他は全てEF64牽引でした。

Img7491986年7月27日   豊野・牟礼  8010M
午後になりこちらに移動しました。信越本線の駅からは遠いこの場所ですが、飯山線信濃浅野からならば、10分程度で到着できます。
当時は、繁忙期に381系も妙高高原まで乗り入れていました。

Img7531986年7月27日   豊野・牟礼  3042M
489系もまだ国鉄特急色でした。柱がこちら側ですが、現在はあるケーブルがなく、スッキリ撮れましたね。よく見ると上信道の工事は始まっているようです。

Img7541986年7月27日   豊野・牟礼  9366M
団体輸送のために急行「天竜」用の編成が妙高高原まで乗り入れており、長野での作業時間が取れないためか、ヘッドマークも掲出されたまま、サボも入ったままでした。長野寄りには新急行「かもしか」塗色の改造車が連結されていました。

Img7561986年7月27日   豊野・牟礼  9315レ
またまたジョイフルトレインの登場です。パッと見た目普通の12系和式ですが、中央にサロンを組み込んだ新ニイの編成です。名古屋から直江津までスルーでユーロ専用機EF64 66が牽引したようです。

Img7571986年7月27日   豊野・牟礼  9334レ
またまたまたジョイフルトレイン、名ナコ和式が来ました。この後、「きそ」が直江津発で運転されていたので、日中に4本もの客車列車が撮れたオイシイ日でした。

Img5711986年7月29日  小野・塩尻  5663レ
この日は夜勤明けで出足が遅かったので、ここ旧東塩尻信号所のみを訪れました。みどり湖駅から距離的には近い場所にありますが、高低差がすごく、一度登ったら降りるのが嫌になりました。
飯田線からの継承タンク車を篠ノ井区のEF64が塩尻まで運んで行きました。
旧東塩尻のホームは画面右手奥にあります。

Img4971986年7月29日  みどり湖・塩尻  434M
この頃はまだ木々が低く、旧東塩尻信号所から新線が見下ろせました。

Img5731986年7月29日  小野・塩尻  154M
辰野・塩尻間のローカルには主に119系が使われていました。

Img5741986年7月29日  小野・塩尻  5377レ
こんどは八王子区のEF64がセメントを運んできました。
比較的短時間に2本の貨物列車が撮れました。

Img5751986年7月29日  小野・塩尻  3526M
ここでの最後は新急行色となる快速「天竜」です。この塗り分けも115系と同一の新信州色に変更になり、短期間に終わりました。

当日の下り「きそ」に乗るべく、この日は早めに帰名しました。(検査掛)















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2016年8月 5日 (金)

大追跡

検査掛様、電車運転士様の記事にもありましたとおり、7月30日(土)はDD16が牽引する旧客のイベント列車が小海線で運転されました。編成、ロケーションとも写欲をそそられる魅力に誘われて、当初は電車運転士様にご同行しながらカメラに収めたいと思っていたところ、諸事情により断念。代替案として翌31日(日)、小海線中込で一泊した編成を長野まで返却する回送列車の撮影に単独で挑むことにしました。

中込の発車は夜も明けやらぬ朝5時前なので、少しでも露出を稼ぐため、まず初めは周囲が開けた場所で撮ろうと選んだ地点は羽黒下駅北方の踏切付近。的外れの場所だからなのか、早朝のためなのか、同業者の姿は皆無。あまりにも静まり返った日の出間もない撮影地。本当に来るのかな~?と半信半疑で待っていたら、推定通過時刻に羽黒下駅の場内信号が「青」に変わりました。これで確信。

01 予想外に速い速度で通過していきました。ただの回送ですから、あえてゆっくり走る必要もないわけで。さあ、機材を片付けて延々と続く追跡開始!追っかけの車は意外と少ないのかな?と途中で国道に入り、ふとバックミラーで後方を覗いたら、うわー来るわ来るわ、暴走運転するたくさんの車が集団で迫って来ます。そのおかげで馬流駅付近で列車を追い抜きました(笑)。

02 小海を過ぎた辺りに、国道から手軽に撮れる逆S字カーブ俯瞰ポイントがあり、すでに数名が待機していました。こちらもすぐ傍の駐車帯に車を留めてスタンバイ。しばらくして列車は姿を現しました。朝日が当たるまでにはまだ時間が早かったようですが、被写体はゆっくり進んでくるのでシャッター速度を落とせば露出は十分です。

03 高原の撮影地・野辺山ー信濃川上は眩しい朝日が照りつけ、雲一つない青空です。同業者の多くは、夏季の早朝にキレイな編成写真を撮れる期間限定ベストポジション一カ所に集結していましたが、当方は出遅れたこともあって少し離れた場所で構えました。ごく普通の画像に納まりましたが、集結ポイントから狙えば朝日ギラリのシーンが撮れたようで、少し後悔です。
回送運転なので、客車の窓は閉められて美しい容姿を眺めることができる代りに乗客の姿がなく、物足りないかもしれませんが、変な輩が身を乗り出して撮影妨害されるよりはマシでしょう。

04 小海線の見せ場のひとつである小淵沢の大カーブ。ピーカン天気の下、丸見えの甲斐駒ケ岳と大勢のカメラマンに迎えられて被写体はゆっくりとした足取りで檜舞台を過ぎていきました。序盤戦の小海線を無事終えて、ここから中盤戦に入ります。

05 小淵沢では約1時間バカ停するので、その間に次の撮影地・富士見のコンクリート橋梁に先回り。ところで列車は小淵沢から進行方向を変えます。ということはDD16も2エンド側が先頭になるので、この機関車の特徴を表現するにはとても好都合。よって以降はサイド気味のアングルを優先的に選択することにしました。撮影ポジションは旧線の築堤をよじ登った場所。晴天のおかげで背景の山もはっきりと見えて橋梁全体を見渡す大スケールの風景を撮ることができます。3両編成の短めな被写体が風景に飲み込まれてしまわないよう、あえて橋脚の一部をカットして山バックを強調してみました。

06 富士見駅では10分ほど停車するので、その間に追い越して第二候補撮影地に考えていたポイントに間に合うことができたら儲けもの、と車を走らせたら割と順調に進み、余裕でその場所に到達しました。心配だったのは、ちょうど上り「あずさ」が通過する時間と近接しているため被られる可能性があること。しかし実際には1分差で回避できました。

07 今回の回送運転に際し、注目すべき点のひとつに旧線の辰野経由で走行することが挙げられます。ツイッター等の書き込みによると、旧客車の難燃性の問題で塩嶺トンネルを通過することができないための措置だとか。決して鉄チャンを楽しませる為ではありませんが、詳しい情報をご存じの方、フォロー願います。
前述の撮影地から高速道で途中をワープした結果、目的地には通過の1時間近く前に着いてしまったので、予め三脚で場所撮りをして、心地よい風が吹き抜けるなかで、しばしの間ノーンビリ。通過数分前には続々と追っかけ車がやって来ましたが、それほどの数でもありません。そして全員がスタンバイした後、小野駅を過ぎて善知鳥峠に挑むターゲットが通り過ぎて行きました。

08 さていよいよ終盤戦を迎えます。一気に篠ノ井線の名撮影地エリアまで飛び、ターゲットを待ち構えます。向かった先は西条駅西方のお立ち台付近。途中、撮影場所をチェックするべく寄り道をしたせいで現地着はかなり遅くなり、ベスポジは満員御礼のよう。潔くあきらめて、たまには接近戦の撮影も悪くはないなとアウトカーブ地点でカメラを構えました。
撮影後に自分を呼ぶ声が聞こえて振り返ると、あら、検査掛様がいらっしゃっていました。検査掛様の記事にもありますとおり、すでに長野に来られていたとのこと。挨拶もそこそこで別れてしまい、たいへん失礼いたしました。

09 坂北駅30分停車の間に、次のお立ち台である大カーブへと向かいます。さあ、現地は大変な賑わいとなっていました。

10 なんとか隙間を見つけて立ち位置を確保。まずは遠目に見える築堤カーブを望遠で狙い、もう1台のカメラでは目の前を通過する瞬間を広角気味に狙いました。

11 聖高原駅でも30分の停車時間が設けられていました。もう、感無量です(笑)。次の撮影は複数の候補地を考えましたが、結局、前方を走る車の後を追って辿り着いたのは高速道と交差する地点。通過5分前はゲリラ雲の襲撃に遭いましたが、本番時は無事に太陽が顔を出して晴天下のラストカットを得ることができました。

8時間にも及ぶ貴重な編成の追っかけ撮影は青天率100%で無事完遂。もう充分です、たぶん。(出札掛)

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2016年8月 3日 (水)

2016年夏 信州を走る「DD16+旧型客車」(その2)

7月30日は白樺湖畔の宿で目覚めました。外は深い霧で天気はどうか?と思いましたが、高原特有の朝の状況だろうと出発しました。

本命の「旧型客車 八ヶ岳号」の中込発は10:24なのと、撮影時間帯に中央線で189系の臨時列車が5本走るので、最初は昨日同様「のぞみ大橋」へと向かいました。

Dsc_03912016年7月30日  青柳・茅野  6M
現地到着は8:00過ぎ。まずはE353系が登場して去就が注目されているE351系が新宿を目指します。

Dsc_03972016年7月30日  青柳・茅野  回9460M
「ムーンライト信州81号」で白馬へ到着後、ただちに新宿に回送される長ナノN102編成です。

Dsc_03982016年7月30日  青柳・茅野  9071M
回9460Mの3分後、「あずさ71号」が来るので場所の移動もできず、「のぞみ大橋」から覗きこんで撮影。M50編成を期待したのですが、「スーパーあずさ色」が来てしまいました。
この後、小淵沢近辺に貼りついて189系を主体にしようか悩みましたが、結局のところ大勢に流されました。

Dsc_04112016年7月30日  高岩・八千穂  9214レ
本命の旧型客車はここから追っかけることにしました。10:30頃にもなるとトップライトになるので、昨日の230Dの場所でもよかったのではないかと反省しきり。

Dsc_04132016年7月30日  松原湖・小海  225D
二発目は山中の雰囲気を感じさせるここにしました。一人だけ反対方向にカメラを向ける人物がいたので、訝っていると下りで急行色がやってきました。

Dsc_04392016年7月30日  松原湖・小海  9214レ

Dsc_04462016年7月30日  野辺山・信濃川上  9214レ
信濃川上のわずかな停車時間で間に合うか一か八か賭けてみました。ここも尋常ではない同業者がいましたが、かなりのキャパがあるので助かりました。

Dsc_04792016年7月30日  小淵沢・甲斐小泉  9215レ
ここで電車運転士様とお会いしました。挨拶もそこそこに失礼しました。(というわけで9214レは割愛します。)
折返しも外カーブで狙いました。晴れて贅沢ですが、夏らしい雲が欲しかったですね。通過時、ヘッドマークがないことにドヨメキが起こっていました。

9215レはスジも立っていて時間的に苦しいのと、進む方向に真っ黒な雲が出ていたので、ここで撤収しました。

31日の回送は、主たる用事との兼ね合いで、篠ノ井線内でとどめることにしました。それでも3回の撮影が可能です。

Dsc_05082016年7月31日  明科・西条 
通過30分くらい前に到着した時点ではそれほどの同業者数ではありませんでしたが、時間を追うごとに追っかけ組が次々と到着し、それなりの人数になりました。

Dsc_05202016年7月31日  坂北・聖高原
姨捨以外どこで撮っても光線状態は良くないので、2発目は有名撮影地を避けました。

Dsc_05312016年7月31日  姨捨・桑ノ原(信)
最後は、篠ノ井線で唯一順光で撮れるこの区間で撮ろうと考えて、長野道開通前の記憶をもとに現地に行ってみたら、かなり木が育っていて、4両を抜こうとすると善光寺平は諦めなくてはならない状況でした。編成が切れるのは避けたかったので、ここで撮ることにしました。
最後はお天道様に裏切られることなく、気持ちよく撮れましたので、これにて撤収です。

以上久しぶりの3日連続「鉄」で、一応満足の得られる結果でした。
参戦された電車運転士様、出札掛様、お疲れ様でした。(検査掛)




















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2016年8月 2日 (火)

2016年夏 信州を走る「DD16+旧型客車」(その1)

前週に引き続き信州を旧型客車が走ります。
JR東日本に唯一残ったDD16 11が7月29日、長野~小淵沢~中込(回送)、30日、中込~小淵沢~中込、31日、中込~小淵沢~長野(回送)と走りました。情報通の方から回送の時刻を教えて頂いたので、同居人の迎えという大義名分のもと、なんと3日とも撮影してしまいました。

Dsc_02922016年7月29日  青柳・茅野
まずは29日、線形からこの日が最も順光で走る日です。回送は、長野を未明に出て青柳に6時過ぎに到着、ということで、まずは「のぞみ大橋」で待ち構えます。日も出たりするのですが、本命の通過時はドン曇りでした。ここにも20名以上の同業者がいました。

Dsc_03102016年7月29日  富士見・信濃境
青柳の長時間停車を利用して先回りします。青柳のプチ撮影会でも次から次へと同業者が来るので、あまりキャパがないこの場所で足場を確保できるか不安でしたが、どうにか潜り込むことができました。ただ、前回来たときは、もう1スパン前でも撮れたような気がしましたが、木が伸びてダメになったようです。ここも太陽には見放されました。

Dsc_03382016年7月29日  小淵沢・甲斐小泉
甲斐駒は雲の中でしたが、キャパが広いこの超有名撮影地には平日にもかかわらず、100人を超える同業者が集まっていました。そんな我々の願いも空しく、ここでも太陽は微笑んでくれませんでした。

Dsc_03502016年7月29日  野辺山・信濃川上
小淵沢大カーブからの追っかけ組でここもかなりの人数が集まりました。もうすぐ収穫を迎えるレタス畑の中をゆっくり通過していきました。バックに見えるはずの八ヶ岳はご覧のように雲の中でした。ようやく雲も切れて、夏らしい雰囲気で撮れました。

Dsc_03562016年7月29日  佐久海ノ口・海尻
上記区間の後は撮影地は考えていなかったので、行き当たりばったりでここにしました。最初は橋梁を横がちに撮るつもりで国道を折れたのですが、たもとにあった大輪のダリアが目に入ったので、こちらを選択しました。次から次へとやってくる同業者たちに、この花を植えたおじいさんや、近所のおばあさんが何事かと驚いておられました。感謝!

Dsc_03672016年7月29日  馬流・高岩
さらに小海の数分停車で先行し、高岩あたりを目指しました。特に特徴のない場所ですが、同業者が数人構えていたので、撮れると判断してハンドルを切りました。追っかけではやむを得ないかもしれませんが、撮っただけ感は拭えません。

Dsc_03742016年7月29日  馬流・高岩  225D
旧型客車の追っかけはここでやめて、向日葵が咲いている場所があったので、ムリムリ写し込みました。期せずして首都圏色が2両目に入っていました。

Dsc_03782016年7月29日  馬流・高岩  230D
翌日のロケハンを兼ねて八千穂方に向かうと、やはり向日葵を植えている農家を線路沿いに見つけ、ここで気動車列車を2本狙ってみました。願わくば国鉄急行色を期待しましたが、残念ながら一般のキハ111+キハ112でした。

この後16時頃まで撮影しましたが、天気も怪しくなってきて、気力が失せてきたので撤収することにしました。
当初は宿泊費を浮かせるため、同居人の実家のある北信まで行くつもりでしたが、出発直前に白樺湖畔に激安の宿を見つけ、高速代や翌日の予定も考慮し、その宿に泊まることにしました。
30日、31日の結果はまた後程。(検査掛)
















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2016年8月 1日 (月)

421.「旧型客車八ヶ岳号」in小海線 2016/7/30

 7月は長野県内の各地で旧型客車を使用したイベント列車が注目を集めていましたが、30日は小海線でDD16+旧型客車の「旧型客車八ヶ岳号」が運転されました。前日の29日には送り込み、翌日の31日には返却回送の設定があり、本音を言えば、看板が付かない前後の回送を狙いたいところでしたが、スケジュールの都合上、参戦できるのは看板装着が必須の30日しかありませんでした。小海線のDD16+旧型客車の組み合わせは、自分的には2009(平成21)年の秋以来で、ほぼ7年ぶりのことになります。

 

12_dsc206616730

 「旧型客車八ヶ岳号」は往路の中込発車が1024分と比較的遅い時間だったので、その前にウォーミングアップを兼ねて小淵沢のカーブでしばらく気動車を撮影しました。甲斐駒ヶ岳は頂上付近に微妙な雲がかかっていましたが、中腹にはいい感じの雲がたなびき、早朝の高原の雰囲気が出ていました。
【2016.7.30 甲斐小泉~小淵沢】(電車運転士)
 
22_dsc209616730

 往路はぜひ行ってみたい俯瞰ポイントがあったので、大事をとって早めにスタンバイしました。背景に姿を見せるはずの八ヶ岳は残念ながら雲の中でしたが、入道雲がいい感じで涌いてきたので、思い切って構図の中に取り込んでみました。
【2016.7.30 佐久海ノ口~佐久広瀬】(電車運転士)

32_dsc996616730

 本命の列車までにはかなりの時間があったので、それまでは気動車列車の撮影を続けました。時間が経つにつれ、八ヶ岳の姿が徐々に見え始め、期待が膨らんできます。たまたま急行色のキハ110が来ましたが、近くで見ると違和感があるものの遠目には写真写りがよく、これはこれでいいのかなと思いました。
【2016.7.30 佐久海ノ口~佐久広瀬】(電車運転士)

 

42_dsc212816730

 結局、期待を持たせた八ヶ岳は見えそうになかったので、DD16の列車は空をカットした構図を選択しました。次回のチャンスがあれば八ヶ岳がきれいに見えるときにリベンジしたいです。
【2016.7.30 佐久海ノ口~佐久広瀬】(電車運転士)
 
52_dsc213316730

 ほんのちょっと左に移動すると小さな鉄橋を渡る列車を撮ることができました。手前の木々の成長がかなり進んでおり、鉄橋が見えなくなるのは時間の問題と思われます。
【2016.7.30 佐久海ノ口~佐久広瀬】(電車運転士)
 
62_dsc214616730

 野辺山で約1時間の停車時間があったため、小淵沢のカーブに先回りできました。ここは往路の最後のポイントとなるため、追っかけ組も次々と集結し、最終的には激パの状況になりました。残念ながら、ここも八ヶ岳は雲の中だったので、背景の入道雲を入れる構図で待ちましたが、列車通過時には雲のかたちが崩れてしまい、100%満足とはいきませんでした。
【2016.7.30 甲斐小泉~小淵沢】(電車運転士)
 
72_dsc217616730

 復路はカーブのイン側で撮ろうと思い、速攻で場所を移動しました。入道雲がいい感じだったので、崩れないことを祈りながら待ちましたが、直前になって築堤から手前が薄曇りになってしまい、悔しい結果となりました。DD16の前部をよく見ると看板が付いていません。最初から予定されていたのか、急遽の変更だったのかはわかりませんが、ちょっとしたサプライズでした。
【2016.7.30 甲斐小泉~小淵沢】(電車運転士)
 
82_dsc220116730

 復路は途中の長時間停車がなかったため、追跡は諦め、ここに居座ることにしました。夕方近くになってわずかな時間ですが甲斐駒ヶ岳の頂上が姿を見せてくれました。この時季だと残雪がなくなってしまっているので、見た目普通の山とあまり変わりませんが、とりあえず撮れてよかったです。
【2016.7.30 甲斐小泉~小淵沢】(電車運転士)
 
92_dsc220816730

 地図を確認すると中央東線の富士見のお立ち台までは10分ほどで行けそうだったので、とりあえず行ってみたところ、ギリギリで「あずさ21号」に間に合いました。この後、再び小海線に向かうつもりでしたが、急な夕立に遭い、雨が止んだ時は日没時間となっていたため、撤収して帰途につきました。
【2016.7.30 信濃境~富士見】(電車運転士)

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