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2016年7月

2016年7月29日 (金)

寒い夏

いくぶん過ごしやすく感じる今年の夏。「冷夏か?」いや、これで平年並みかもしれませんが、毎年酷暑に耐えながら外回りの仕事をする汗かきの我が身にとってはたいへんありがたいことです。しかし盛夏をアテにして仕事をされている方々のことを考えると、あまり喜んでばかりもいられませんね。

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“超”冷夏の鉄活動の思い出を一筆。

01
復活C62を求めて渡道した1992年8月13日は朝から小雨混じりの空模様です。予想外の気温の低さに困惑しつつも上り9162レを銀山付近で手堅く撮影後、下り9163レの撮影地を求めて列車で移動中に、雨はついに本降りになってきました。傘をさしながら重たい荷物を掲げて延々と歩くのもシンドイので、この際、駅から近いポイントでお茶を濁すことに決めました。下車したのは塩谷駅。「ニセコ」は同駅で運転停車の後、目前に迫るオタモイ峠を越えるため猛然とダッシュして勾配に挑みます。もしや爆煙に巡り合えるかもと期待を込めて、しばし待合室で雨宿り。じ~っとしていると、とにかく「寒い」。上着のボタンをとめたところで半袖姿では身震いを抑えることができません。夏の北海道とはいえ、まさかこれほど気温が下がってくるとは思いもせず、ちょっと侮っていました。
通過1時間前、冷え切った体にムチ打って撮影ポイント目指していざ出発。駅を過ぎて短めの勾配を登るシーンを捉える地点に辿り着き、あえて真正面ドカンは避けて客車の姿が写るポジションに三脚を据えました。気温も低く、この降雨量と湿度ならたとえ「ヤラセ」でなくともそこそこの煙が上がるだろうと目論んで迎えた本番。結果、期待を裏切ることなく爆煙と共に現れたC62をカメラに収めることができました。同業者は他に見当たらず、迫力あるシーンを独り占めできたのはこの上ない贅沢です。


02
ただ、しくじったことがありました。撮影直前の時点で既にフィルムカウンタが30を超えていたので慎重にシャッターを切ろうと心がけていたのに、あと一歩のところでフィルムが終わりました。ケチケチせずに新しいフィルムと入れ替えていればよかったのに、ああ後悔。(出札掛)

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420.1981年冬 北の大地で撮り鉄行脚 8号車 【流氷のオホーツク海】 1981/2/22・23

 先回に引き続き、寒~い写真をお届けいたします。今回はオホーツク海沿岸を走るローカル線、興浜南線と興浜北線です。興浜南線は名寄本線の興部から雄武までの19.9㌔、興浜北線は天北線の浜頓別から北見枝幸までの30.4㌔を結ぶ路線で、雄武~北見枝幸がつながれば興浜線としてオホーツク縦貫線を構成するはずでした。しかし、両線とも第1次特定地方交通線に指定され、興浜南線・興浜北線とも1985(昭和60)年7月に廃止、オホーツク縦貫線の構想は夢で終わってしまいました。両線を訪れた最大の目的は列車と流氷の組み合わせでしたが、当時はインターネットもあるはずはなく、はたして流氷が接岸しているかどうか正確な情報をつかめないまま、若干の不安を抱えつつ、札幌から「大雪7号」の乗客となりました。

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 早朝の遠軽で名寄本線の1番列車に乗り換え、興浜南線の分岐駅となる興部に向かいました。興部から興浜南線の列車に乗ってしまうと撮影効率が悪くなってしまうため、乗車は後回しにして、とりあえず、線路伝いに沢木方向に歩くことにしました。海岸沿いに出ると流氷は理想的なかたちで接岸しており、流氷を見下ろす適当な高台はないかとポイントを探しましたが、なかなか見つかりません。そうこうしているうちに雄武からの列車が来てしまい、中途半端な感じでの結果に終わってしまいました。
【1981.2.22 興部~沢木】(電車運転士)

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 興浜南線は15往復しか運転がなく、11本の列車が貴重になりますが、興部からの2番列車はポイント選択誤りで撃沈、足取りも重く沢木までたどり着きました。ここまで来てこれといったポイントを見つけることができず、途方に暮れていたところ、集落の向こうに丘のようなものが見えたので、ダメ元覚悟で登ってみました。そこは子供たちがスキーやソリ遊びをするための小さなゲレンデで、眼下には流氷に覆われたオホーツクの雄大な景色が広がっていました。ここからの景色はまさに自分がイメージしたとおりのもので、一気にテンションアップでした。
【1981.2.22 興部~沢木】(電車運転士)

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 末端ローカル線の悲しい性で次の列車までは約4時間のインターバルがありました。その間、沢木の小さな待合室の石油ストーブで暖を取りながら時の経つのを待ちました。頃合いを見計らって先ほどのゲレンデに登りました。今度は標準レンズで集落も写し込んでみました。この日はたまたまオレンジツートンのキハ22が興浜南線を往復しており、車両的には当たり日でした。この頃は北海道でもキハ22のタラコ化が進行しており、オレンジツートンのキハ22は貴重な存在になりつつありました。
【1981.2.22 沢木~栄丘】(電車運転士)

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 夕方の興部からの列車は漁港の防波堤の上から流氷を目一杯入れて撮ることにしました。太陽の光がないと流氷はただの雪原になってしまいますが、好天に恵まれたことで流氷にも質感が出て、満足な結果を得ることができました。撮り鉄はこの列車を最後に撤収し、乗りつぶしを兼ねて雄武まで1往復した後、名寄経由で旭川に向かいました。その後は、宿代の節約と撮影効率を考えて、旭川から「利尻」を捕まえて音威子府→浜頓別のルートで興浜北線入りしました。
【1981.2.22 興部~沢木】(電車運転士)

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 「利尻」は深夜の音威子府で23分の停車時間があるため、バルブに挑戦してみました。この夜気温は-20℃以下になっていたらしく、空気中の水分が凍って氷の結晶となり、それが解けることなくそのままのかたちでパラパラと降り続いていました。まさに雪印マークがとめどなく空から落ちて来るといった感じでしょうか? 下手をすると寒さのためにフィルムが折れたり、素手で三脚を触るとそのまま手が凍りついてしまうので、細心の注意を払っての撮影でした。漆黒の空に高く上がるSGの蒸気が印象的でした。これを撮影後、天北線の1番列車で興浜北線の分岐駅の浜頓別に向かいました。
【1981.2.23 音威子府】(電車運転士)

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 音威子府から乗った天北線の1番列車は北見枝幸行を併結していたので、そのまま興浜北線に乗り入れてくれました。目梨泊で下車して斜内山道を目指しました。興浜北線もうまい具合に流氷が接岸しており、流氷に関してはラッキーな巡り合わせでした。神威岬の灯台の上によじ登り北見枝幸からの1番列車を待ちました。ちょうど日の出の時間と重なって流氷の割れ目から見える海面が赤く染まり、感動的な風景でした。
【1981.2.23 斜内~目梨泊】(電車運転士)

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 せっかく苦労して登ったポイントだったので、折り返し浜頓別からの2番列車もここに居座ることにしました。ところが、列車の通過直前になって急に怪しい雪雲が襲来し、流氷が霞んでしまいました。前日の興浜南線から続いていた幸運もここまでかといった感じになってきました。
【1981.2.23 斜内~目梨泊】(電車運転士)

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 その後のスケジュールを照らし合わせると、この日撮影可能な列車は5本でしたが、3本目と4本目は雪雲にやられて撃沈、最後の5本目となる昼過ぎの列車に望みを託しました。奥の方は雪雲で霞んでいますが、手前は薄日が差し、それなりの条件になったまではよかったのですが、もっといいポイントはないかと欲張ってウロウロしすぎた結果、時間切れになってしまい、何とも中途半端なポイントでの撮影になってしまいました。悔むに悔まれない気持ちを引きずったまま北見枝幸まで1往復した後、今宵の宿となる「利尻」に乗車するため、浜頓別から天北線で稚内へと向かいました。
【1981.2.23 斜内~目梨泊】(電車運転士)

●次の目的地 日高本線

●移動行程 稚内→「利尻」→札幌→「えりも2号」→日高本線

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2016年7月26日 (火)

2016年夏 信州を走る「EF64+旧型客車」

最近はネタ列車が走るとどこでも激パとなるのが必定なので、できれば避けたいのですが、キーワード「信州」「旧型客車」となると、どうしても「行きたい>行く必要はない」という悪いクセが出てしまいます。
今回は、7月23日に松本(上諏訪)~富士見間「かもしか」、24日に松本~信濃大町間「信濃大町駅100周年」という設定で、モチベーションは微妙だったのですが、別件が伴うので少々日程を調整してカメラを携えて行くことにしました。

23日は別件の都合上、松本→上諏訪の1本だけ撮ることになりました?
狙いを「大八廻り」区間に定め、目玉となるこの大カーブに行ったのですが、如何せんローカル線、草ボウボウで同じレベルではどうにもなりません。他の区間に移動しようと思ったのですが、ふと振り返るとやや高い位置に住宅らしいものが見えたので行ってみることにしました。

Dsc_01862016年7月23日  信濃川島・塩尻  9560レ
登ってみると、どうにかある程度草をかわせる場所でした。が、どう見ても5両分抜くのは難しそうでした。

Dsc_0189移動してもいい場所がある保証もなく、ここに決めました。

Dsc_0194通常の踏切からのシャッター位置あたりでしょうか。
これ以上右には行けないので、このカットが限界です。
23日はこれで撤収しました。

翌24日も幸い☀でした。
この日は用事も済み、朝から自由な行動がとれますので、大糸線に行く前に行きがけの駄賃と洒落ました。
Dsc_02092016年7月24日  稲荷山・篠ノ井  8230D
「ムーンライト信州81号」に使用された189系の回送があるので、この場所に来たところ、すこし線路から離れた位置に向日葵が咲いていたので、編成の短い列車はこれを絡めてみました。

Dsc_02162016年7月24日  稲荷山・篠ノ井  回9231M
ここでの本命は6両なので向日葵との絡みは諦め、少しだけローアングルにしてみました。

Dsc_02392016年7月24日  梓橋・一日市場  9371レ
この日の本命は松本発が11時台なので、北上する列車を撮るにはこの区間しかないと思い行ってみました。
一部に水が張ったままの田圃があり、夏雲を映していたので狙ってみましたが、時折吹く風で水面が揺れて今一つでした。
下りの本命は途中駅の停車時間があまりなく、一発勝負でした。
Dsc_02542016年7月24日  梓橋・一日市場  4234M
本命は縦位置で撮りましたが、やはり横位置の方が良かったと後悔しています。

Dsc_02732016年7月24日  中萱・南豊科  9372レ
復路は曇ってきてしまい、一応安曇沓掛から追っかけて4か所撮りましたが、北アルプスもボヤけており、満足できる出来栄えにはなりませんでした。

Dsc_02782016年7月24日  回9???レ  平瀬(信)
情報通の方から当日長野へ回送となることを聞いていたので、予定では18時頃の通過ながらどうにか撮れるのでは、とこの場所へきました。ところが実際には17:34頃突然現れました。場所の移動中ではなく、なんとか撮れてホッとしました。HMはつけっぱなしでした。

夏休みに入った週末であり、ある程度の同業者は予想できましたが、沓掛以外はそれほど集中したワケでもなかったので、まあ納得の成果でした。
さて、次の週末は?(検査掛)
























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2016年7月24日 (日)

ポケモンGO

大きな社会現象を引き起こしておりますが、何なんでしょうねぇ。いろいろなトラブルが発生しており、今後も想定外の事故が起きる(巻き込まれる)恐れもあります。人間の愚かさが露呈される毎日。何度か痛い目に合わないとわからないのでしょうね。どうせ、そのうち飽きてくるのではないかと思うのですが。
車の運転中、夢遊病者のようにうろつくゲーマーと接触して加害者に“させられない”ように、もしくはスマホに夢中のドライバーに突っ込まれて被害者にならないように、あるいは歩行者同士の衝突も当然想定されますから、外出する時は皆さんお互いに周囲の状況にじゅうぶん留意しましょう(まるでテロ対策ですわ)。

ゲームとは直接関係ありませんが、ここで地元名鉄のポケモンGO号を載せましょう。←結局コレが言いたかったのね。

0706 ポケモンのラッピングを初めて車体に施したのは2007年。それ以来毎年1~3編成のポケモントレインが登場して利用者の目を楽しませてくれます。 【2007/06/15】

1607では今年の最新画像を。 【2016/07/10】

世間の流れについてゆけない(そのつもりもない)ゲーム弱者のひがみを感じるこのごろです。(出札掛)

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2016年7月23日 (土)

419.1981年冬 北の大地で撮り鉄行脚 7号車 【DD51パラダイスの函館山線】 1981/2/21

 東海地方にも梅雨明け宣言が出され、夏本番を迎えました。これからしばらくの間は猛暑日を含む暑い日が続くものと思われ、先が思いやられます。一服の清涼剤ではないですが、中断していた冬の北海道の寒~い写真をお届けします。今回はわずかな本数のローカル列車が行き来するだけになってしまった函館山線です。当時は「北海」・「ニセコ」・「宗谷」といった優等列車が健在で、まだまだ幹線としての面目を保っていました。加えて優等列車の合間に来るローカル列車や貨物列車はDD51の牽引で、気動車列車の方が珍しいといった状況で、まさにDD51パラダイスの様相を呈していました。


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 稚内から乗車した「利尻」は終着の札幌まで乗り通し、寝過ごしを心配することなく久しぶりに爆睡できました。とりあえず札幌から小樽行の普通列車に乗り換えました。小樽では乗り換え時間を利用して、駅撮りに勤しんでいたところED76の客車列車が停車中でした。ちょうど50系への置き換えの過渡期で、真紅の客車が増殖中でした。
【1981.2.21 小樽】(電車運転士)

 
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 別のホームにはキハ46のペアが停車中でした。キハ46はキハ45の北海道バージョンで、わずか6両の少数派でした。この日の目的地は銀山でしたが、接続列車は然別行で、倶知安行はその後だったため、とりあえず然別まで先行することにしました。
【1981.2.21 小樽】(電車運転士)

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 乗車した然別行はいきなり次の塩谷で長時間停車です。しばらくするとDD51ダブルを先頭にした客車列車が入線してきました。小樽・札幌方面への通勤客が続々とホームを歩いて行きます。
【1981.2.21 塩谷】(電車運転士)

 
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 終点の然別に着くとそれまで小康状態だった雪が猛然と降ってきました。後続の倶知安行までは約1時間の待ち時間がありましたが、その間に下りの「北海」が来るので、降りしきる雪に悩まされながらもホームでスタンバイしました。猛然と雪煙を巻き上げながら、「北海」はほぼ定時で通過して行きました。
【1981.2.21 然別】(電車運転士)

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 何とか目的地の銀山にたどり着きましたが、雪は一向に止む気配がありません。吹雪の中、銀山を通過する「らいでん2号」です。この直後、タブレットを取り損ねて急停車、助士が雪に埋もれたタブレットを探すのに手間取り、10分くらい遅れて発車しました。この先もこんな天候が続くとなると先が思いやられますが、目的地を変えるわけにもいかず、どうしようもありません。
【1981.2.21 銀山】(電車運転士)

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 こんな天候でしたが、とりあえず、然別方向に移動を開始しました。幸いにも降り続いていた雪はピタリと止み、陽も差してきました。そんな中、DD51の下りの普通列車が新雪を蹴散らしながら軽やかに峠を下って行きました。
【1981.2.21 銀山~然別】(電車運転士)

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 この日のメインの列車となる「ニセコ」です。2両のDD51の咆哮が周囲の山々に響きます。函館までの真冬の厳しい道のりはまだまだ続きます。客車は14系に代わった直後でしたが、荷物車を含む8両の編成は老舗急行の貫禄が備わっており、C62重連を知らない自分にとってはこれでも迫力満点でした。
【1981.2.21 銀山~然別】(電車運転士)

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 青函航送の郵便・荷物車の関係もあるのか、山線の普通列車は客車列車が主力で、DD51フリークにはたまらない路線です。新雪が木の枝に積もり、綺麗なクリスマスツリーの状態になっていました。雪晴れにDD51の赤色が映えます。
【1981.2.21 銀山~然別】(電車運転士)

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 山線を走る急行のうち、「ニセコ」は別格として、さすがに「らいでん」は客車列車というわけにはいかず、キハ2756で運転されていました。ここでは客車列車の比率が高く、気動車の方が珍しい存在でした。
【1981.2.21 銀山~然別】(電車運転士)

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 この当時は、貨物列車も細々と運転されていました。先頭に立つのはもちろんDD51。線路の両側が高い雪の壁に覆われていたため、アングルが限定され、似たような構図の写真が多くなってしまいましたが、DD51を堪能できました。まさにDD51パラダイスの1日となりました。
【1981.2.21 銀山~然別】(電車運転士)

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 撮影終了後は札幌に戻りました。この日は「利尻」に乗る予定でしたが、それまでの間、バルブ撮影を楽しみました。旭川からの「ライラック14号」雪まみれで到着、ここまでの死闘を物語っています。後年、この状態を解消するために運転席のガラスの上に風洞のようなものが設置されましたが、この当時はまだ未設置でした。
【1981.2.21 札幌】(電車運転士)

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 釧路行の「狩勝7号」が入線して来ました。まだ石勝線が開通していなかったため、「まりも」ではなく「狩勝」です。「狩勝7号」はオロネを含む10系寝台車主体の豪華編成でしたが、手前のホームに711系の普通列車が停車中だったため、せっかくの10系寝台車を連ねた編成がよくわかりません。
【1981.2.21 札幌】(電車運転士)
 
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 最近まで活躍していた711系は札幌近郊ではごく当たり前に見ることができ、とくに撮影対象にはしていませんでしたが、とりあえずシャッターを押しておきました。写真の編成は側面方向幕が設置されているので、室蘭電化時に増備された100番台です。
【1981.2.21 札幌】
●次の目的地 興浜南線・興浜北線
●移動行程 札幌→「大雪7号」→遠軽→興部→興浜南線→名寄→旭川→「利尻」
      →音威子府→浜頓別→興浜北線

 

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2016年7月18日 (月)

なんとなく三岐鉄道

18日(月)、平年より早めの梅雨明けですか・・・。くれぐれも熱中対策を怠らないよう、万全の体勢を整えて鉄活動に励みましょう。

さて、当初の天気予報によると18日は「曇時々晴」を示していたので大人しくしていようと思っていたのに、気が付いたら、あれ?「晴」マークに修正されているではありませんか。これは我慢できませんねー、というわけで目的地を思案、久しぶりに三岐鉄道を訪れました。選んだ理由は特になく、ただなんとなく。珍しい列車が運転されるわけではありませんが、そのほうが同業者も少なく自由に撮影を楽しめますから。
主な狙いは三岐線の貨物列車と北勢線の三重交通塗装編成。この地へ赴けば自ずとカメラを向けたくなる被写体は誰もがほぼ一緒ですが、まぁ特定列車にこだわらず、出たとこ勝負で気楽にいってみましょ~。

01 三岐線の貨物列車の合間に北勢線を訪ねるパターンは毎度の如し。効率の良さを実感できるプランです。早朝は何の目論みもなかったので、とりあえず北勢線の名所「めがね橋」付近に行けばどうにかなるだろうと思い、車を走らせました。竜ヶ岳をバックに朝の光を正面に浴びて現れた上り列車。一本目でいきなりターゲットに出会えました。幸先良いスタートです。

02 午前中に藤原岳をバックに撮るポイントから3712レを狙いました。

03 大安の鉄橋から3711レにカメラを向けました。ちょっと冒険心で挑みましたが、下り貨物に適したポイントではなさそうですね。シャッターチャンスもほんの微妙に早切り。

04 次の三岐線貨物が来るまでの間、三重交通塗装編成が運用通りなら定番ポイントにタイミングよくやって来るので、編成が差し替えられないことを祈りながら列車を待ちました。

05 フライアッシュを牽引する501レは保々駅で30分前後停車します。余裕で追っかけできるので、まずは保々~山城にて。なんじゃ、この短い編成は?

06 朝明川鉄橋手前のカーブで二発目の撮影。付近の田圃には案山子が方々に“見張り”をしているのでコラボしてみましょう。編成が短いのなら、それなりのアングルで。

07 続いて3714レが来るので保々~山城に戻りました。

08 3713レまでの時間もそれほどないので、急いで反対方向に移ってカメラをセット。何度となく来たことのある定番ポイントのため同じようなアングルになりそうだったので、思い切って広角気味に狙いました(実は、これ以上手前に引くと線路端のカメラマンがアングルに入ってしまうので)。

09 3716レは場所の選択を誤り、えんぴつころがし画像になってしまいました。暑さも頂点に達し、思考回路がオーバーヒートしかけたせいですね、きっと。ちょうどこのころ、ラジオから聞こえてきたのは梅雨明けのニュース。どうりで。

10 即行で撤収し、北勢線に転じて三たび三重交通塗装編成を撮影します。差し替えもなく、順当に流れているようです。感謝。

11 3715レは丹生川駅手前の勾配カーブにて。暑すぎて、なんだかやっつけ仕事っぽくなってきました。

12 またまた北勢線に移り、西桑名から折り返して来る三重交通塗装編成を待ちましたが、ついに差し替えられました。しかも行先幕がLED化された編成です(少しわかりにくいですが)。ツキも失ったところで本日終了。

安定の三岐鉄道。撮影ネタに困ったときは選択肢のひとつかな?(出札掛)

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2016年7月10日 (日)

418.EL120の朝練 2016/7/10

 710日は情報通の方からいただいた情報によると9005列車と9004列車が両方とも運転されるということで、早起きすれば効率よくEL120の工臨が撮影できるチャンスでした。週半ばの天気予報では雨予報だったので、参戦は諦めていましたが、直前になって晴れ予報に変わったので、予定を変更して朝練に行ってきました。


 

12_dsc159816710

 稲の葉っぱに朝露がびっしりと付いていたので、9005列車は逆光側に回りました。現地に到着した時は朝露がいい感じで光っていましたが、列車の通過時刻の頃になると太陽がちょうど薄雲の中に入ってしまい、光が弱くなってしまいました。何とか画像修正て対応しました。
【2016.7.10 富士松~豊明】(電車運転士)

 

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 豊明で折り返す9004列車は宇頭~新安城の田園地帯で撮ることにしました。すでに数名の方々が陣取っておられましたが、デキ400の時に比べれば静かなものでした。まだ太陽の位置が低く、田んぼに落ちる自分の影で自爆するので、カメラを上に向けざるを得ませんでした。夏雲でも浮かんでいれば夏らしい雰囲気を出すことができましたが、薄雲が広がるだけで、間延びした感じになってしまいました。せっかくの晴れの天気でしたが、家族運用が控えていたので、朝練だけで撤収しました。
【2016.7.10 宇頭~新安城】(電車運転士)

 

 

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2016年7月 9日 (土)

「あすか」を振り返る

ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、JR西日本に所属のジョイフルトレイン(←死語)「あすか」の展望車2両が先日トワイ用客車1両とともに吹田車両所に回送されました。ネット上では廃車説、検査説、いろいろ憶測が飛び交っており、今後の動向が気になります。確かな裏付けは得られていないですが、こんなときしか過去の活躍ぶりを振り返るきっかけがありませんので、今まで撮影した「あすか」のトピックス的画像を適当にピックアップしてみました。個人的ライブラリーの範囲内で恐縮です。

89512 東海道を上って名古屋まで来た「あすか」が運用終了後、名古屋車両区に取り込まれました。折しも先日から来名していた「サロンカーなにわ」とご対面。大ミハ所属のジョイフルトレイン2大編成が名古屋で肩を並べることはそうそうないはずと思い、このシーンをフィルムに収めたい一心で、東海道線内で撮影後、ここまで追いかけてきたように記憶しています。【1989/05/21】

93117 秋本番を迎えた11月初め、「あすか」が西から加太を越えてきました。この日はほかにも加太を越える団臨が2本運転され、名撮影地周辺で効率よく撮影することができたもののすべて上り列車。定番のお立ち台で格好の被写体となる下り列車の設定がなく、少し残念でした。【1993/11/07】

94527 今回の目玉画像です(笑)。東海のゴハチ、しかも122との組み合わせが実現するとは思いもしませんでした。意図的だったのでしょうか?【1994/05/27】

941025 さらに157との組み合わせもご覧いただきます。機関車運用上の都合なのか、意図的なのかは追及しませんが、ま、いろいろと事情があるのでしょう。【1994/10/25】

96127 稲沢貨物線を走行するシーンです。当時は大きな建造物もなく背景もすっきりして、綺麗な編成写真が撮れました。時の流れを感じさせます。ユーロ塗装機との組み合わせもネタ的要素として強いです。【1996/01/27】

0064 東海に所属するEF65の原色機との組み合わせはそれほど撮っていませんでしたが、頻度は少なかったのでしょうか。【2000/06/04】

941161 関西地区から、HMを掲出したDD51が牽引して高山線に乗り入れました。HM掲出情報は事前に把握していたので、それとわかるように鵜沼の築堤で接近戦。【1994/11/06】

96529 HM関連をもうひとつ。こちらは滋賀県湖東地区からの団体が静岡方面まで往復したときのもの。PFとの組み合わせはありきたりですが、HMが華を添えてくれます。画像は復路のシーン。【1996/05/29】

前述の通り、確実な情報をキャッチするまでは「あすか廃車」とは断言できません。現代社会の悪しき現象ですが、ネット上の噂に惑わされないようにしないといけないですね。まぁ、ただの情報弱者のひがみですが。でも・・・「サロンカーなにわ」に比べると「あすか」の稼働率は低い、それどころか営業運転している姿をめっきり見ていませんねー。やっぱり廃・・・?(出札掛)

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2016年7月 8日 (金)

417.夕練での3分間のドラマ 2016/7/7

 1年で最も日の長いこの時期、出勤前の朝練はちょこちょこ実行していますが、近場であれば会社帰りの夕練ができます。7日は梅雨の中休みの晴天だったので、夕焼けシルエット狙いでいつものポイントに寄り道してみました。

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 現地到着は18時40分頃、期待とは裏腹に西の空の低い位置には厚い雲が居座り、先行きが怪しい状況になっていました。それでも、わずかな期待を胸に撮影を続けました。
【2016.7.7 一ツ木~富士松】(電車運転士)

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 今日ははずれの日かもしれないと諦めて撤収しようかと思っていたところ、何やら急に西の空が赤くなり始めました。せっかく来たので、この後の展開がどうなるのか見届けることにしました。
【2016.7.7 一ツ木~富士松】(電車運転士)

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 前の写真から3分後の状況です。空いっぱいに茜雲が広がり、またとない絶好の条件になってきました。後は列車が来ることを祈るばかりです。祈りが通じたのか、絶好のタイミングで列車が来ました。このポイントは幾度となく通っていますが、これだけ見事な夕焼けは初めてお目にかかることができました。神様に感謝です。七夕のプレゼントとしては十分すぎるくらいでした。
【2016.7.7 一ツ木~富士松】

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 さらに3分経過した後の状況はご覧のとおりです。雲の状況・赤さ加減は刻々と変化し、ベストな条件だったのは正味3分くらいだったでしょうか? まさに3分間の劇的なドラマでした。
【2016.7.7 一ツ木~富士松】(電車運転士)

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 もう少し粘ってみましたが、赤色の部分がどんどん小さくなり、明るさもなくなってきました。このあたりが限界だったので、この列車を最後に撤収しました。
【2016.7.7 一ツ木~富士松】(電車運転士)

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 この日は早朝に豊明→矢作橋で9004列車が運転されました。せっかくなので眠い目をこすりながら朝練に行ってきました。電車利用だとまともなポイントはここしか行くことができませんが、EL120の赤、空の青、稲の緑のコントラストが鮮やかでした。朝練→会社→夕練と長い1日でしたが、効率よく???時間を活用することができました。
【2016.7.7 矢作橋~宇頭】(電車運転士)

 

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2016年7月 4日 (月)

416.「北アルプス風っこ」in大糸線 2016/7/2

 出札掛様の記事にあったように、72日は大糸線の電化区間で「北アルプス風っこ」と称した臨時列車が運転されました。「びゅーコースタ風っこ」車両をDD16EF64でサンドイッチし、松本~南小谷を1往復しました。自分的にはDD16のイベント列車はごぶさたの感があったので、梅雨の真っ只中で好天は期待できませんでしたが、参戦してきました。なお、検査掛様と出札掛様にお声掛けさせていただいたところ、快く参戦していただきました。相変わらずの弾丸鉄でしたが、お付き合いいただきましてありがとうございました。

 

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 この日は「北アルプス風っこ」前座ではありませんが、早朝に液晶テレビTV電車の「彩いろどり」の団臨が運転されました。写真はその送り込み回送です。
【2016.7.2 安曇沓掛~信濃常盤】(電車運転士)

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 DD16の本命列車までにはたっぷりと時間があったので、ロケハンを兼ねて松川鉄橋の俯瞰ポイントに行ってみました。ところが、川原の木々が成長して鉄橋周囲はジャングル状態になってしまっており、鉄橋上に見えるのは電車1両半と昔とまったく様相が変わっていました。
【2016.7.2 白馬~信濃森上】(電車運転士)

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 36年前のほぼ同一ポイントからの眺めです。五竜岳が背後にそびえ立つ絶景ポイントでした。スカイブルーの旧型国電の編成が鉄橋を渡って行きます。36年の月日は鉄橋周囲の風景を大きく変えてしまいました。
【1981.4.26 白馬~信濃森上】(電車運転士)

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 カメラを右に振ると白馬三山をバックに撮ることもできました。ここも列車手前の木々が成長し、線路がほとんど見えなくなっていました。この頃は早朝に1往復、非電化区間からの気動車列車が信濃大町まで乗り入れていました。
【1981.4.26 信濃森上~白馬大池】(電車運転士)

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 五竜岳バックのこのポイントは健在でした。7月に入ってもわずかに残雪が残る五竜岳でしたが、梅雨時ということもあり、何とか見えたといった感じでした。
【2016.7.2 信濃森上~白馬大池】(電車運転士)

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 「北アルプス風っこ」を撮るため,一旦、平野部に戻りました。DD16HMを目立たないようにするため、広角でサイド気味に撮ってみました。
【2016.7.2 有明~安曇追分】(電車運転士)

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「北アルプス風っこ」はゆっくり走るのとところどころの駅で停車時間があるため、十分に先回りが可能でした。2回目は木崎湖を一望できる展望ポイントに向かいましたが、曇りの上に霞がひどく、限りなく撃沈に近い状態でしたので、写真は割愛させていただきます。3回目は八方尾根バックの定番ポイントにギリギリで間に合いました。昼を過ぎたころから、なぜか天気が急速に回復し、バックの山々の見え方がかなり好転しました。
【2016.7.2 信濃森上~白馬大池】(電車運転士)

 復路の1回目はどこで撮ろうか思案しながら車を走らせていたところ、回復しかけた天気はさらにいい方向に進み、北アルプスの山々もこの時季にしてはクリアな見え方になってきました。せっかくの好条件を逃すのはもったいなく、再び木崎湖の俯瞰ポイントに登ってみようということになりました。ここは北大町を過ぎた直線区間から信濃木崎・稲尾・海ノ口、さらにその先まで見渡すことができる絶景ポイントです。複数の列車で編集したので、列車とポイントの順番が時系列的になっていませんが、その点はご了承ください。

 

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 信濃木崎手前の直線区間を行く「あずさ55号」です。
【2016.7.2 北大町~信濃木崎】(電車運転士)

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 信濃木崎の街並みを過ぎると、線路はしばらく木崎湖沿いを進んで行きます。
【2016.7.2 信濃木崎~稲尾】(電車運転士)

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 稲尾を通過し、さらに木崎湖沿いに進みます。
【2016.7.2 稲尾】(電車運転士)

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 このあたりで線路と木崎湖が最も接近します。
【2016.7.2 稲尾~海ノ口】(電車運転士)

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 海ノ口の近辺は小さな船溜まりもあり、なかなかいい雰囲気です。
【2016.7.2 海ノ口】(電車運転士)

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 海ノ口を過ぎると木崎湖とはお別れし、列車は箱庭のような風景の中を進みます。
【2016.7.2 海ノ口~簗場】(電車運転士)


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 列車は木崎湖→中綱湖→青木湖と進んで行きますが、途中に小さな峠越えがあります。
【2016.7.2 海ノ口~簗場】(電車運転士)

 
 この一連の写真はすべて同一の立ち位置で撮ったものです。ひとつの列車を何回も撮ることができるので、メモリーカードの消費量が半端ではありません。メモリーカードに余裕を持っておいて幸いでした。チャンスがあれば、ネタ列車に関係なく紅葉の時季にも訪れてみたいと思いました。


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 「北アルプス風っこ」の復路は信濃大町・信濃常盤での停車時間を利用して、安曇沓掛の定番ポイントに先回りできました。さっきまでバリ晴れだった天気が短時間のうちに曇り基調になってしまい、メリハリがなくなってしまったのは残念です。
【2016.7.2 安曇沓掛~信濃常盤】(電車運転士)

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 この後、有明~安曇追分でもう1回撮影して帰途につきました。長野道を走っている最中にダイヤを確認すると贄川あたりなら81列車が撮れそうだったので、急遽、塩尻ICで長野道を降りて国道19号線を南下しました。ここでの81列車は陽が長い時季の限定で、露出的にはちょっと厳しいですが、何とか撮ることができました。
【2016.7.2 贄川~日出塩】(電車運転士)

 

 

 

 

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2016年7月 3日 (日)

チビロクイベント

7月2日、JR系で唯一長野に在籍しているDD16によるイベント列車の運転が大糸線で行われました。久しぶりの客臨運用だけに食指が動きます。出撃を図ろうとしていたところ、同車両をこよなく愛する電車運転士様のお誘いで実現することができました。当日は予報に反して午後から晴れ間が覗く空模様となり、まずまずの成果を得られましたが、詳しくは撮影ツアー主催者様からのレポが載るかと思われますのでそちらをご覧ください。


DD16に関して、個人的に思い出されるシーンの数は割と少なめです。大学生活のスタートと共に鉄活動が活発化し始めた頃には、貨物運用の廃止など、すでに第一線を退く傾向にあったので、「わざわざ撮りに行くのは面倒だね」と後ろ向きの思考ばかりが優先していた結果なので自業自得です。もっとも、財政面の乏しさや運転情報にも疎かったことが、その背景にはありますが。
幸い、地元から比較的近場の美濃太田にはDD16が在籍していました。しかし目を向けたころは既に定期運用もなく専ら工臨等の臨運用に従事するばかりなので、情報を採取しないと走行シーンを押さえることができず、なかなか手強い相手であるとの認識を覚えました。

8593 某日、ふと耳にした情報によると、どうやらDD16が太多線を走るらしいとのこと。とは言っても太多線内で運転が終わるわけではなく、何処かの地に向けてその目的を果たすために運転されるはずです。今ならそこまで追究して情報を得るところでしょうけども、当時はそんな思考回路など働くはずもなく、“太多線をDD16が走る”話だけで精一杯。そして当日、同線最大の見せ場である美濃川合の橋梁に足を運び、その貴重なシーンをフィルムに収めることができました。【1985/09/03 単9461】
単機であることはわかったいたのに、撮り方や場所に問題アリ・・・ですね。チビロクのかわいらしい姿は背景に負けてしまいました。

8594 この画像は、七尾線まで乗り鉄・撮り鉄に出かけたときのもの。能登中島駅を降りて線路沿いに歩いていたら、列車が来るはずのない時間に近くの踏切が鳴り始めました。臨時列車だろうか?立ち位置など考える余裕もなく、慌ててカメラを構えたところに現れたのが、なんとDD16牽引のホキ工臨でした。
やはり撮り方や場所に問題アリ・・・ですね。予めわかっていればそれなりの場所で待機していたのですが。まぁでもDD16である証拠にナンバープレートが判別できるので、ギリギリ及第点とさせて下さい。【1985/09/04】
←あれ、太多線撮影の翌日だ

今回は、大学時代に撮ったチビロクの非旅客運用シーンを載せました。できれば各ローカル線で貨物運用に活躍していた頃に訪れてみたかったのですが、もはや機関車も、貨物列車も、ましてや路線すらありません。(出札掛)

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