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2015年12月

2015年12月31日 (木)

383.過ぎゆく2015年

 2015年も間もなく終わろうとしています。自分的にはおかげさまで大過なく過ごすことができました。これも皆様方のご厚情の賜物と感謝しております。今年の漢字は「安」が選ばれました。選考理由のひとつにテロや大規模災害など、不安を感じたり安全が脅かされる出来事が多かったというちょっと明るくない方のイメージが先行したようです。来たる新しい年は悲しい出来事がなく、「安」心して過ごせる年になることをお祈りしたいと思います。東海地方は比較的暖かい年越しとなる予報ですが、時節柄、皆様方も体調を崩されないよう、どうかご自愛ください。

128183 

 この写真は大学4年の夏に訪れた蒲原鉄道です。本来なら真剣に就職活動に勤しまなければならない時期でしたが、この段階で内定はゼロ。今から思うと冷や汗ものでしたが、当時はお気楽モードの状態で「青春18のびのび切符」をフル活用して夏休みの大事な時期を放浪していました。この頃は村松~加茂間も健在で、どこにカメラを向けても絵になるこれぞローカル私鉄といった風景があちこちに点在していました。たまたま電車を待っていたところ、いきなりやって来たのがこの列車です。まったくのサプライズで、シャッターを押した後はえらく得した気分になりました。こういった鉄道風景は今では激減してしまいましたが、幸い、自分が住んでいるエリアは必死に頑張っている三セク鉄道が健在なので、撮りたい魅力的な列車や車両が年々減少して行く中、風景に重点を置いた鉄活動をしてみようかなと考える今日この頃です。
【1982.8.3 土倉~高松】(電車運転士)

 

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2015年 年末のご挨拶

毎年言っているように思いますが、2015年も今日一日を残すのみとなりました。

今年も鉄道界でも様々なことがありましたが、私自身年初には思いもしなかった方向に分岐することになりました。このことがこの先の人生に吉と出るか凶と出るか皆目見当もつきませんが、せっかく切り替えたので、リフレッシュして納得のいく人生にしたいものです。

さて、今年を締めくくる一枚ですが、「私が鉄道写真を撮り始めた頃」シリーズ!?の原点とでもいうべき一枚を選んでみました。

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1961年登場した82系気動車による特急列車のうち、上野ー大阪間のいわゆる「信越白鳥」を1965年運用分割し、上野ー金沢間の特急として誕生した元祖「はくたか」です。この2か月後の10月1日、電車化され上越線経由となって長野を通らなくなってしまいました。その名が今年3月北陸新幹線の愛称として長野に戻ってきました。

今年一年、お付き合い頂きありがとうございました。
皆様どうぞよいお年を。(検査掛)

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2015年12月30日 (水)

白鳥信号所16時22分

 所用のついでに、ふとした気まぐれから訪れた関西線の白鳥信号所。DD51の貨物なんて・・・・と思っていたのが恥ずかしくなるような素晴らしいドラマが、ここで繰り広げられた。これはちょっとはまってしまいそうだ。

 313系の普通列車3335Gが、ゆっくりと白鳥信号場の待避線側に進入する。出発信号機の手前に停まると、ゆっくりと反対側からDD51重連に牽かれた貨物72列車のタンク車が夕陽を浴びてやってくる。信号場の場内信号を超えたあたり、養老山地に沈む夕陽にDD51のサイドがギラリと輝き、これぞ機械美の極致といってもよい美しさを見せる。これぞ鉄道撮影の醍醐味・・・。

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 最初に訪れた日、西側にはちょっと雲があり、空はあかね色でサイドも光ってなかなか良い雰囲気であったものの、ちょっとひかりかたが物足りない感じだった。そこで、天候の状態を見て、西側に雲の無い快晴の日を選んで再度出撃した。

 さて、快晴の日はどうか・・・。

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 まずは理想的なギラリ!である。ホントはもう少し奥の位置で光ってくれると理想的である。12月のはじめの日没が早いときなら、もう少し奥で光ったのかなあ?あるいは立ち位置でも変わるかもしれない。

 この重連が行って、20分後にはやはりタンク車の貨物75列車がやってくる。現在ではここの通過は日没後だが、来年になるとエロエロ光線で迎え撃てるかもしれない。 

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  地元のくせに今までこんな良いポイントを知らなかったの、と馬鹿にされそうだが、DD51の貨物などに興味が無かったのだから、ある意味、しょうがない。しかし、DD51の活躍も秒読みとなった段階で、こうしたシーンを撮影できたことはラッキーと言えそうだ。

 先に書いたように、ベストのタイミングはもう少し日没が早い時だったかもしれない。しかし、まだしばらくは夕陽にギラリのシーンが楽しめるのではないだろうか。シャッターチャンスは同じ位置だけど、撮る場所によって微妙に光り方が異なるだろうから、年明けにも天候の具合をみて、再度、出撃してみたいところだ。

 改めて考えてみると、このところ、北海道のDD51重連にはまっていたので、関西線のDD51重連に関心を持つのも当然かもしれない。来年3月のダイヤ改正で機関車の牽く客車列車は消滅するので、今後の鉄ちゃんの関心は機関車の牽く貨物列車に集まるであろう事は予想される。そうなると、国鉄時代の面影を留める関西線のDD51と中央線のEF64は、一躍注目を集めることになるかもしれない。この日没の時間帯には、白鳥信号所では30分ほどの間にDD51重連が2本撮れる。これはひょっとしたら、いまどき、凄いことなんだろうな。

 名古屋周辺は撮るものが無い・・・なんて、これまで愚痴を言っていたが、来年からは名古屋が鉄ちゃんのメッカになってくるかもしれない、と思ったりもする。

 ということで、本年の記事はこれが最後となるでしょう。1年間、ご覧いただき、ありがとうございました。来年も宜しくとお願いすると共に、皆様にとって良い年であるよう祈念申し上げます。(駅長)

PS/2枚目の写真は、ちょっと邪魔なものを消してありますので、その点宜しく。(^_^;)

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2015年12月27日 (日)

イベント列車

       12月26日、静岡発岡崎行臨時急行「家康号」運転。

う~ん、撮りに行こうか行くまいか・・・、相手は373系、専用ヘッドマークが掲出されるものの、あの小さな表示面積では正面ドカン級のアングルをとらないとまったく映えないし、それほど写欲がそそられるようなネタでもないしねぇ。でも・・・行ってしまいました~(笑)。しかしわざわざ車を駆使して好条件の撮影地探しをするほど気合いも入らないので、なんでもいいから撮れればよし、というわけで今回は鉄道利用で岡崎までのプチ電車旅と洒落込んでみました。

2601 「家康号」は岡崎14:50着、折り返し14:56に回送となって静岡まで戻るスジ。到着ホームは、構内配線と定期列車の発着時間から下り1番線=4番ホームと容易に判断できました。でもホーム撮りをするつもりは毛頭ありません。事前にグーグル~を閲覧すると、どうやら駅西に隣接した公営駐輪場から4番ホームに入線する列車を撮影出来そうです。これは労せずして済みそうだと思い、ではぶっつけ本番といきましょう。
さて、上の画像は到着まで数分と迫った頃。助役さんがホームの安全を確かめています。取材陣もスタンバイ状態に入りました。おや、岡崎市長もお出でましですね。

2602 そして列車は定時に到着しました。正面に陽が回らないのは承知していましたが、別にいいんです、撮れたから。

2603 ヘッドマークはステッカー式のよう。岡崎着後、剥がして回送幕にしてしまうのかと思いきや、そのまま折り返していきました。おかげで、回送といえど順光で撮れたので、とりあえずヨシとしましょう。4番ホームから発車する上り列車も日中では珍しいことかと。

2604 なんといっても本日一番の収穫はコレでしょう(笑)。グレート家康公「葵」武将隊とオカザえもんも、家康号の乗客をお出迎えに繰り出しました。ひと仕事を終えて、コンコースではファンサービスの最中。

JR東海管内の多客臨としては珍しく一日片道1本のみの運転となった「家康号」は、家康公顕彰四百年祭フィナーレの一環だけに様々なイベントが列車の内外で催されましたが、終着駅でもそこそこの賑わいを見せるとは思ってもみませんでした。たまにはこんなのも面白いですね。(出札掛)

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2015年12月26日 (土)

北海道の宿題解消・・・・の筈だったが

 この時期、北海道に行くなら、路面電車の延伸だけでなく、いくつかやり残していることを片付けたい・・・と、いうことで、まずは来年3月、新幹線の開業で消えるカシオペアの撮影です。しかし、ご存じのように運行はわずか週3往復。しかも、帰りの札幌発はすでに日没状態で撮影は不可とあっては、極めて効率が悪いのが難点。でも、カシオペアだけの撮影でなく、他の目的と組み合わせれば効率的にもなんとかなりそうです。

 とはいえ撮影にあたり、この時期、レンタカーの運転はちょっと怖い、ということで、列車使用の徒歩となると撮影地も限られます。結局、思いついたのは駅から近い撮影ポイントのある大岸。

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 現地に着くと、おお・・・雪がない。ガッカリ。しかも、雲が厚くて、小雪混じりの悪天候。暗い。そんななか、スーパー北斗が通過。まあ、これはこれで雰囲気が良かったけれど。

 しかし、普段の心がけが良いのか、カシオペア通過時には天候が回復してきました。(^_^)

320mm

 バリ晴れとはいかなかったけれど、まずは合格点の写真かな。

 カシオペアはもう1日、撮影を予定していたので、どこに行こうか迷ったけれど、その後の行程を考えて結局同じ場所に。ちょっと立ち位置とレンズを変えて、狙います。この日は、曇ってしまったけれど、天気予報は雨だったので、まずは満足かな。

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 カシオペアを撮影後は、一気に深川まで移動して、来年廃止予定の留萌線の増毛まで乗りつぶし。留萌線自体はD61を撮影に散々通ったので、沿線はある程度覚えてますが、留萌~増毛間は未乗だったので新鮮です。それにしても、蒸機時代に比べ、沿線はホントに寂しくなってます。恵比島など、駅前に人家すらありません。これではJR北海道も大変だ。

 D61を撮ったのはどこだろう、と頑張って前の方で注視していったけれど、さすがに記憶が定かではありません。乗客は20人ほど乗っているものの、マトモな乗客と思われるのはわずか。まあ、それは予想通りですが、不思議なことに車窓をじっくり見ていたり、窓越しに駅名板を撮る人はあまりいない。中には寝ている人もいる。(T_T)

 では、沿線に関心が無いか、というとテレビで有名になった明日萌こと恵比島ではほとんどが撮影していたので、そうではないようですが・・・・初めて乗る路線、しかも廃止間近の路線なら、どんなところがじっくり見ておきたいと思うのだけれど・・・・最近の鉄ちゃんの考えていることはよくわかりません。

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 と、いうことで、終着の増毛駅に到着。このさみしい雰囲気を撮影するのに、どれだけの時間、待ったことやら・・・・・1時間の停車時間があって良かったぁ。

 増毛の後は札幌に戻って泊まり、翌日は札沼線の新十津川に向かうことにします。ここで、新十津川まで乗れば、JR北海道の全線完乗。(^_^)v 国鉄時代から40年かかって悲願達成です。もっとも、乗っていない路線が廃止になって未乗路線が少なくなったわけで、あまり誇らしい完乗とはいえませんが・・・。

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 ところが石狩月形まで来たら、様子がおかしい。なんと、除雪車両が踏切を支障したとかで、この先、運休というのです。代わりにタクシー→ここも乗り鉄が多いので、バスに変更とか(^_^;)。ありゃ、またですかぁ。

 どうも乗り鉄は、似つかわしくないというかのように、目に見えない大きな力で阻止されているようです。今年だけでも、夏にデンマークからドイツへの渡り鳥ルートで車両航送部分だけ列車運休とか、ドイツとチェコの国境を1列車で4度越す列車の最後の区間でバス代行とか・・・・それぞれ、貴重な経験はしたのですけどねぇ。でも、まずはまともな乗車体験をしておきたい。

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 不思議なことに、代行バスはわずか10分ほどでやってきました。結構、こうしたことが頻繁にあるんでしょうか?いかにも慣れている、という感じです。

 結局、石狩月形~新十津川間は未乗で残ってしまいました。当面、路面電車は大きな変化はなさそうだし、撮りたい列車もないし・・・・。今回、全線完乗が出来ていれば、当面、北海道に来る目的はなくなったのに・・・・・また、この未乗区間乗車のために渡道しないと行けないのかなぁ。(駅長)

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2015年12月25日 (金)

札幌の路面電車 ループ化開業

 ニュース等でご覧になった方も多いかと思いますが、12月20日に札幌の路面電車が市の中心部で延伸されました。西四丁目(名古屋の栄にあたる)と夜の繁華街のすすきのを結ぶ400mの路線で、これを機にこれまでの路線をつなげて環状運行が始まりました。また、この新規路線は、わが国で初めて歩道寄りに走るサイドリザーべーションで建設されたところが画期的です。

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 折角の機会なので、この記念すべき日に立ち会おうと札幌を目指しました。

 開業記念の発車式は19日の午後2時過ぎから西四丁目で行われると聞いていたので、まずはそれを見ることにします。

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 テープカットに続いてくす玉割りが行われ、招待の子ども達を乗せた記念電車が出発していきました。

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 その後、初乗りの市民を乗せた試乗電車が5本運転されました。この日は西四丁目の交差点は交通を遮断して歩行者天国化されており、欧米のトランジットモールを見るかのような光景でした。

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 開業初日の20日には、朝一番でササラが走るだろうと予測し、早起きして開業区間に向かいました。ササラは5時50分頃、開業区間を一往復しました。

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 続いて6時30分過ぎに、一番電車がポラリスで到着。営業運転が開始されました。

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 では、新線区間を撮影しましょう・・・というわけで、明るくなってからすすきの交差点に。やはりすすきののランドマークであるニッカのこの看板を入れないと、札幌らしさは出ません。

 ここで、大問題発生。最近の電車は方向幕がLED化されていて、シャッター速度が速いと切れてしまうのです。LEDが切れないのは、ポラリスは1/100程度、旧形車はメーカーが異なるのか、1/60程度が限界です。さて、どうするか・・・。

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 まずはシャッター速度を落とす方法。しかし、晴れると1/60のf20くらいになってしまい、逆に回折現象で画像が甘くなる心配が出てきます。

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 車両単体では流し撮り、という手もありますが、こうした風景重視の構図ではお手上げ。ま、諦めて方向幕の文字切れには目をつぶるしかないか・・・。

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 折角なので、すすきので夜遊びもせずに、頑張って夜景を撮影。しかし、さすがすすきの。夜が賑やかです。というか、朝まで賑やか。ササラを撮りに早朝に街に向かうと、夜遊びした若い女の子が一杯、歩いてきます。聞けば、一番電車が走るまで飲み明かすのが常套化しているらしい・・・・名古屋あたりでは考えられません。

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 この時期、メインストリートの駅前通は、街路樹にイルミネーションが取り付けられています。それとあわせて、ポラリスを撮影・・・・したはずだが、木のイルミネーションが写っていない(T_T)

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 おっと、次のカットでは写っていた・・・。

 どうやらこうしたイルミネーションもLEDなので、目には見えない速度で点滅している・・・のかなぁ。これも風景重視なので、ポラリスの方向幕が切れちゃってる。これ以上、シャッター速度を落とすと動態ブレが心配だし・・・。

 札幌に限らず、電車の方向幕のLED化はどんどん進みそうだけれど、さて、どう対処したら良いのでしょう。正面からばかり撮るわけにはいかないし・・・悩みます。(駅長)

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2015年12月21日 (月)

382.富山地鉄のレトロ駅めぐり 2015/12/5

 高岡・富山での所用は4日の金曜日で終了しましたが、せっかくなので富山でもう1泊して5日は富山地鉄の撮影を目論んでいました。あわよくば冠雪した立山連峰をなどといった超希望的観測を抱いていましたが、当日は発達した低気圧の影響で土砂降りの雨+強風が吹き荒れるといった最悪の天気で、立山連峰なんかは全く話にならず、気持ちは思い切り萎えてしまいました。それでも、帰るのはもったいないといういつもの往生際の悪い癖が出てしまい、2,000円で市内線を含めた地鉄全線が1日乗り放題のフリー切符(夏季は2,500円)が発売されていたこともあって、走行写真は早々に諦め、木造のレトロ駅舎を巡ってみることにしました。

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 せっかく購入したフリー切符なので、できるだけ遠方から攻めてみたいと思い、宇奈月温泉方面に向かいました。最初に下車したのは「浦山」、地鉄には珍しい島式ホームでした。
【2015.12.5 浦山】(電車運転士)

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 若栗」は単線の棒線駅にもかかわらず、立派な?駅舎が健在でした。石積みの古風なアプローチが何とも言えない雰囲気です。かつては駅係員が配置されていたのか、駅舎内には出札口の跡が残っていました。構内を見ると架線柱の間隔や左側の空き地の雰囲気から行き違い設備があったものと思われます。
【2015.12.5 若栗】(電車運転士)

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62_dsc257915125    「舌山」は黒部市内の主要駅といった感じの駅でした。駅前広場側はあまり特徴のない外観でしたが、線路側はなかなか渋い感じが漂っていました。ホームにも立派な木造の待合室があり、乗車客がいればさらに雰囲気はよくなったのですが、残念ながらこの列車での乗降はゼロでした。
【2015.12.5 舌山】(電車運転士)

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 「西魚津」は駅舎フリークには有名な駅で、威風堂々した構えで風格が感じられます。線路側から見た感じもなかなかのもので、かつての賑わいが偲ばれます。配線はオーソドックスな22線の行き違い駅です。たまたま西魚津行が到着しました。この後、転線作業が行われ、折り返し宇奈月温泉行きとなります。
【2015.12.5 西魚津】(電車運転士)

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 「寺田」は本線と立山線のジャンクションです。ジャンクションは同一ホームから分岐するというのが一般的ですが、寺田は分岐してから別々のホームから発着するパターンで、デルタ線のような形態をしています。駅本屋はレトロ感があるもののそれほどインパクトのあるものではありませんが、本線と立山線のホームの間にある立派な建物はその昔は信号扱い所と待合室でしたが、覗いてみると倉庫になっており、現在は使用されていないようです。この駅に立ってみてふと吉良吉田の駅が思い出されました。
【2015.12.5 寺田】(電車運転士)

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 「岩峅寺」は昨年に続いての訪問となりました。今回は駅舎の写真を撮り忘れたので、大雪だった昨年のものを使用しました。待合室内には岩峅寺の駅が映画のロケに使用された内容の写真などが飾られており、そのために窓枠を木製のものに交換したなど、その時のエピソードが綴られていました。
【2015.12.5 岩峅寺】(電車運転士)

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 今回の番外編として「有峰口」を取り上げてみました。昨年に立ち寄った時にたまたま写真を撮っていました。堂々とした構えを見せる駅舎もそうですが、注目したいのは1970(昭和45)年に有峰口に改称する前の「小見駅」の表示が今でも残っているという点です。今ではひっそりとした佇まいの駅になってしまいましたが、かつては有峰湖の玄関口の駅として賑わったことが想像されます。
【2014.12.6 有峰口】(電車運転士)

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 番外編その2は「越中三郷」です。駅名表記が富山地鉄になる前の「富山電鉄」の表記が今でもそのまま残っており、これにはびっくりでした。この時は時間がなくて駅舎の写真を撮っただけで次の目的地に移動してしまいましたが、チャンスがあればじっくり撮影したい駅のひとつです。
【2014.4.26 越中三郷】(電車運転士)

 

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2015年12月20日 (日)

越境運用

今年も、先日発表された来春のJRグループダイヤ改正の概要に一喜一憂してネタを探す時期がやってまいりました(笑)。

さっそく、わが地元名古屋界隈において映像的に消滅するネタはないだろうかと公式サイトをチェックしたところ、キハ40系の件はあえて取り上げるまでもないですが、ちょっと驚いたのは、大阪「しなの」取り止めと、早朝・夜間に設定されている大垣発着のJR西日本エリア直通運転見直しの記事。この2件に共通している点が越境運用であることから察すると、利用率の低さが理由というよりも他社乗り入れを整理したいという大人の事情が見え隠れするようで(謎)、利用者は不便を強いられるのは避けられません。ともあれ、ネタ的インパクトはそれほど大きくないかもしれませんが、国鉄時代から継承されてきた運行体系がここに来て見直されるという歴史的な変化。今だに分割民営化の波が押し寄せて来るとは予想もしていませんでした。

2009m 名古屋以西で「しなの」=383系を記録できるのもあと3カ月。関ケ原を超えるシーンなどがあればベストですが、今まで意外に撮っていないんですね~。カメラをぶら下げて伊吹山の麓を今まで何度も散策してきたはずなのに、「しなの」を撮影してきた確実な記憶がなく、どちらかといえばネタ列車撮影が主でしたから、「しなの」はそのついでに撮影という“従”扱い。やはり「しなの」は木曽路の風景が似合うという固定観念が邪魔をしてロクに記録していなかった結果なので仕方ありません。一生懸命になるほどのネタでもないですが、最近ようやく冠雪した伊吹山をバックに383系が疾走するシーンを一度くらいはカメラに収めておきたく思います。

150809 期間限定のこんなシーンも見納めとなります。撮影は2015年8月9日。下り「ムーンライトながら」が終着駅大垣に到着して大垣発下り二番列車と肩を並べたシーンで、“東日本と西日本の車両がJR東海の駅で出会う”という面白い場面です。大垣発は現在姫路行きですが改正後は米原での乗り換えを余儀なくされます。しかしこの時間帯は名古屋方面から接続する定期列車がもともと設定されていないので、それほど大きな影響は現れないとは思いますが、特に青春18族には気の毒なことです。

876 “東と西の車両が東海で出会う”場面と書いたところで、ふと思い出した画像があったのでついでに載せてみました。と言っても貨物編ですが(笑)。
早朝の東海道下り1151レを牽引してきた新鶴見区のスペシャル塗装機関車が愛知機関区構内での機回し中に、稲沢発8865レに充当される機回し準備中の岡山区のスペシャル塗装機関車と一瞬の出会いがありました。貨物カマの東西各所属機同士が出会うシーンは日常各所で見られますが、この画像はスペシャル塗装機同士の出会いということでご笑覧下さい。2008年7月6日の出来事です。

3か月間限定の越境運用ネタですが、宜しければお試しください。(出札掛)

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2015年12月19日 (土)

381.高岡・富山で夜の路面電車めぐり 2015/12/4・5

 このところ、いろいろなことが重なって1か月ほどブログアップが滞ってしまいました。12月の上旬に高岡・富山を訪れる所用がありましたので、ちょっと鮮度落ちになってしまいますが、生存報告も兼ねて両市の路面電車の様子をご紹介いたします。昼間は真面目に用事をこなしていたので、暗くなってからしか撮影ができませんでした。それでも、VRのおかげで手持ち撮影でもanythinng OK。改めてVRの威力に感謝です。

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 用事が終わって最初に向かったのは万葉線です。明るさが稼げそうな片原町に向かいました。道路上に行き違い設備がある電停なので、何とか行き違いの風景を撮りたいと思っていましたが、幹線道路だけあって交通量が多く、なかなかタイミングがうまくいきません。「ドラえもんトラム」が高岡駅に向けて発車して行きます。
【2015.12.4 片原町】(電車運転士)

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 片原町は高岡随一の繁華街なので、それなりに乗降があるのではと期待しましたが、冷たい雨がそぼ降る寒い夜では人の出足も鈍いようです。それでも何人かが足早に電車に乗り込んで行きました。ここの電停は道路上にペイントがしてあるだけで、かつての岐阜市内線を思い出しました。
【2015.12.4 片原町】(電車運転士)

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 高岡は適当に引き上げ、富山に向かいました。ライトレールの富山駅北付近のイルミネーションは今年も健在でした。昨年は突然の大雪でひどい目に遭いましたが、今年は冷たい雨、いいコンディションになかなか巡り会えません。
【2015.12.4 富山駅北~インテック本社前】(電車運転士)

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 南側に移動して撮影を続けました。新富町は富山駅前の飲み屋街といった感じで、ちょうど忘年会シーズンに突入したところということもあって、人の流れが活発でした。路面電車には活気がある街の雰囲気が似合います。
【2015.12.4 新富町】(電車運転士)

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 富山駅前から新富町方面を見たところです。街のネオンが繁華街の雰囲気を盛り上げています。大学前から来た電車はこのまま直進して富山駅に乗り入れます。
【2015.12.4 富山駅~新富町】(電車運転士)

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 北陸新幹線の開業に合わせて富山駅も大改修が行われ、以前の駅の面影はまったくありません。それに合わせて市内線も富山駅の直下に乗り入れるようになりました。昨年訪れた時はまだ工事中だったので、初見参となりました。ひっきりなしに電車が来るといった感じで、本数の多い時間帯には3本並びも期待できそうです。
【2015.12.5 富山駅】(電車運転士)

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 「レトロ電車」も相変わらず限定運用に就いていました。今回は歩き鉄なので、1回くらいは乗ってもいいかなと思っていましたが、結局、撮る方を優先してしまいました。帰りの時間が迫ってきたので、これで新富町を後にしました。
【2015.12.5 新富町】(電車運転士)

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 最後に駅の直下に乗り入れた富山駅を覗いてみました。全部で3線あり、到着電車や発車する電車がひっきりなしに出入りします。こぎれいな雰囲気にまとめられており、近い将来、ここから富山駅の下を通ってライトレールと直通する日が楽しみです。
【2015.12.5 富山駅】

 

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2015年12月12日 (土)

ホテルの窓から【旧シェラトンホテル札幌編】

JR新札幌駅に隣接した高層ホテルは「ホテルエミシア札幌」。その姿、まさに新さっぽろのランドマークです。11年前の2004年4月末、きわめてマジメな観光旅行で道央エリアを訪れ、このホテルに宿泊しました。当時は「シェラトンホテル札幌」という名称でしたが、Wikipediaによると、その後の紆余曲折があって「ホテルエミシア札幌」に改称されたとのことです。

チェックイン時に手渡されたホテルキーの部屋番号を見ると、高層階の部屋であることはすぐに見当が付きました。朝を迎え、一大パノラマの絶景を期待してカーテンを開けて外を眺めたら、お~っ、はるかに伸びる線路が見える!これぞまさしく「鉄泊」向けの部屋ではありませんか!!

04042501 西の方角は、白石駅を過ぎて函館本線と千歳線が分岐する付近を見渡すことが出来ます。タイミングよく721系と今は亡き特急型781系が並走しながら離れていくシーンを捉えることが出来ました。手稲山をバックに、右手には高くそびえる札幌駅のJRタワーが目に入ります。左手前には札幌貨物ターミナル。DD51の姿も小さく確認できます。

0404253 千歳線の列車を目で追うと、新札幌駅手前まで追従することが出来ます。もう少し写り栄えのする被写体なら良かったのですが、今回はあくまでもマジメな観光旅行なのでそこまで粘るわけにはいかず、止むをえません。背景の街並みは豊平区の辺りでしょうか。

0404251 別の窓から外を眺めると、函館線の森林公園駅方向が見渡せます。はるか遠くに見える雪をかぶった山容に目を引かれます。低層の雲が消えたら山の全容が現れて北海道らしい雄大なシーンを目の当たりにできたかもしれませんが、やはりそこまで粘るわけにもいかないのでこのカットをもって泣く泣くあきらめました。

札幌の街並みに混じって線路までも見渡すことのできる部屋に泊まれたのは、偶然とはいえ感激ものです。しかし線路の見える範囲は、建造物等が障害となり限られてしまうため、その地点でシャッターを切ると、どうしても列車が小さくなってしまうのが難点です。ご興味のある方、渡道した際はぜひどうぞ。(出札掛)

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2015年12月 8日 (火)

里の紅葉もそろそろ・・・

12月に入り、里の紅葉も終盤を迎えています。

Dsc_012812月1日 金山 81レ
紀勢線の40系気動車も一段落し、家の周りの木々も色づいてきたので、以前電車運転士様がアップされた、市内で唯一紅葉と中央線が一緒に撮れるここへ上ってみました。
桜はほぼ真っ赤になっていましたが、銀杏はようやく色づき始めたばかりといったところでした。
当日は所用もあり、この後5875レをここで撮って撤収しました。

Dsc_032412月7日 高蔵寺・定光寺 1653レ
約一週間、間を置いて出かけました。まずはお立ち台通信に載ったここへ。色的にはおそらくMAXではないでしょうか?

Dsc_033612月7日 高蔵寺・定光寺 642M
一旦引き揚げ、午後再びこの区間に来ました。
午前中にここへ登れることを確認して、上り貨物を撮れないかと思いましたが…。どうやっても高圧鉄塔が中央に入り込んでしまうので、絵的には厳しいですね。まぁチャレンジしたということで。

Dsc_034012月7日 高蔵寺・定光寺 5875レ
月曜日ということで81レはありません。この直線部分も高圧鉄塔が入ってしまいますが、紅葉がピークということで良しとします。

Dsc_036212月8日 金山 81レ
一週間で銀杏は黄色く色付きましたが、桜はだいぶ落葉が進んでいました。先頭が広島更新色で変化が付きました。

Dsc_036912月8日 金山 5875レ
約20分後の5875レは縦位置で伊吹山のシルエットを入れてみました。

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12月8日 金山 5875レ
冬至に近いこの時期、14時前でも影が伸びてきて2両目の機関車にかかってしまっています。

紅葉も今年はそろそろ終盤です。桜に比べれば撮れる期間も長いようですが、新規開拓はなかなか難しいですね。(検査掛)










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2015年12月 7日 (月)

9863レat笠寺 二題

最近のJRの貨物列車のほとんどはコンテナのみの編成で、幸い当地方で見られる車扱い貨物も、ほとんどが専用貨物です。したがって、東海道線では、機関車の回送や、貨車の工場入出場などは、そのための列車が週数回運転されています。最近、2日連続でこのスジで特殊な車両が回送されたので、ちょっとご紹介を。

まずは12月4日。

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この日は、出札掛様のご紹介のように海外へ譲渡される伊勢区の40系気動車の回送が笠寺から大江埠頭まで運転されたのですが、その直前にこの列車が笠寺を通過し、短時間で思わぬ?収穫がありました。
岡山へ新製配置される、「東芝」製のディーゼル?機関車HD300-19です。雑誌では見ていましたが、実物を見るのは初めてでした。
角ばったボンネット部分がまさにスイッチャーという感じですね。一見、ED30をホーフツとされました。
この日は、甲種車両輸送なので、EF65 2067(新)の牽引でした。

 

翌5日は。

Dsc_0304この日の荷は、新形式の貨車 ホキ1100-1です。日本車両で新製後、東静岡~西浜松間で試運転が行われていましたが、4日に笠寺で会った友人に翌日に返却がある、と聞いて再訪しました。
この日の牽引機は所定の愛知機関区のEF64 1000番台でした。

Dsc_0295最近の貨車は試作番号の-901ではなく、最初から-1で登場します。(ホキ2000も)
今回の新製には諸説ありますが、こん後続くのか?不明です。

Dsc_0293試運転のお伴にはこんな車両がついていました。検測用と思われますが、「リサーチ キャビン」と書かれていました。かつてはマヤ11という客車型の試験車がありましたが、どうなったのでしょうか?

 

以上、貨物ネタ二題でした。(検査掛)

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2015年12月 5日 (土)

大江埠頭 着

4日の午後、所用で名古屋市某所へ向かっていたときのこと。名鉄築港線に沿って県道を進んでいたところ、同線名物のクロスポイントが見える地点でチラリとその方向に目をやると、何やら作業員の方々がポイントの詰所付近でたむろしていらしゃる・・・。加えて、傍にある踏切の警報機付近には鉄ちゃんと思しき数名のカメラマンの姿。車を停めてしばらく様子をうかがっていたら、脚立を担いだ、いかにも鉄な人々がドヤドヤと集まって来ました。いったい何事だー?紛れもなくレアな列車が来そうな気配なのに、どうせカメラなんて持っているわけ・・・ぁ、あった(笑)。

1241 やって来たのは、海外譲渡のため前日に伊勢区を去った6両のキハ40系でした。しかしカメラマンの多くは“後追い”方向にカメラを向けています。おそらく笠寺から牽引してきた機関車が最後部にぶら下がっているので、それを狙っているのでしょうか。それとも定番かつ順光アングルだから?上の写真がその結果です。開業50周年を機に施されたリバイバル塗装機ND552 7が笠寺からの牽引を務めたよう。記念ヘッドマークが華を添えます。

1242 列車は築港線のデルタ地帯でスイッチバックして、埠頭に向かいます。先回りして、すでにスタンバイしている三脚の列の横にこっそりと入り込み、夕日を受けながら進んでくる譲渡回送編成にシャッターを押しました。バックには、旬な話題の「MRJ」のカンバン文字が写り込んでいます。

1243 埠頭手前の構内で先頭の機関車は切り離され、ここからは譲渡車を埠頭に押し込むため推進運転となります。最後部につながっていたND552 10がそれを務めます。先頭のキハに作業員が乗り込み、ゆっくりと埠頭に進入していきました。

1244 編成の中間にはツートン塗装車、キハ48 6502も。ツートン塗装と言えど、この車両にカメラを向ける機会はそれほどなかったので、せめて国内最後の姿くらいは記録に残しておこうと思いシャッターを押しました。現役時代のように、今回も編成にアクセントを添えてくれました。

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1246 埠頭に無事到着した譲渡車両たち。第二の職場での健闘をたたえましょう。機関車は切り離されてクラへ戻ります。

大江埠頭から船積みされる鉄道車両の搬入作業を、初めて目にすることができました。天候にも幾分恵まれて、ラッキーな一日。(所用そっちのけ・出札掛)

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2015年12月 4日 (金)

香港 1980/2005・・3

 少々、時間が空いてしまったが、香港の続きを。

 香港では、2階建ての路面電車以外に、広州を結ぶ鉄道線である九広鉄路を何度か撮影している。現在の香港鉄路(MTR)の東鉄線である。

 最初にここを訪れたのは1980年で、まだ非電化の時代である。なぜ、この路線を撮影に行ったかといえば、国境を越えて中国の列車が香港までやってきていたからだ。当時、中国は竹のカーテンにおおわれ、まだ、行き来に制限があった。その頃の中国入国のメインルートが交易会の開かれていた広州で、1978年から香港(紅磡)と広州の間で直通列車の運転が始まっていた。このような時代なので、中国の列車など、まだ見ることは極めて難しかった。そこで、香港に行った機会に、それをわざわざ撮影に出かけたわけである。

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 当時の中国のディーゼル機関車の標準型、東風3型が牽引する中国直通列車。場所は、現在の大埔墟と大学の間である。もちろん、現在は大きく風景が変わっているので、当時の面影はほとんどない。

 この時には、国境の羅湖から来る普通列車も撮影している。

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 とてもではないが、これが香港とは思えず、東南アジアの後進国の鉄道のようだ。現在、このDLと客車は大埔墟にある鉄道博物館で保存されている。折角ならば、この列車の走りを撮っていると貴重だったのだろうが、おそらく本数が少なかったのだろう。撮っているのはこの1枚だけである。

 ところで、この写真、どこで撮ったのか、まったく記憶がなかった。大埔墟かな、と思っていたが、なんとなく雰囲気が異なる。今回、同時に撮影していたモノクロのネガを見てようやく場所が判明した。

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 ここは大埔滘(タイポカウ)という駅で、電化により廃駅となったらしい。場所は大埔墟のやや大学寄りで、かつては港があり、渡し船が運航されていたようだ。

 香港の紅磡と中国国境の羅湖を結ぶこの路線は1983年に電化され、その直後に香港を訪れていたことから、その時にも撮影に来ている。

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 現在の大埔墟の南のあたりで、電車の最後部あたりにかつて大埔滘の駅があったと思われる。一番上の中国直通列車の写真は、おそらく電車の最後部あたりの場所で写しているのだろう。

 この時には大埔墟からタクシーで山の上に行って、電車を俯瞰撮影もしている。

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 すでに埋め立て工事が始まっているが、もちろん今はこんなに長閑な風景では無い。

 この1983年に香港を訪れたときにも、中国との直通列車を集中的に狙っている。

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 まずは上の電車と同じ大埔墟の南側。当時は、中国直通列車は2往復あったと記憶する。

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 そして、大埔墟の駅通過。電化以降、住宅開発が始まり、現在、このあたりは高層住宅が林立している。

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 そして香港側のターミナル、紅磡である。バックに見える緑は、香港島だろうか。この紅磡も駅舎はそのままであるが、周囲はビルが建って激変している。貨車が並んでいるところを見ると、この頃には貨物扱いをしていたようだ。

 その後、香港に行っても中国との国際列車を撮ることはなかった。時間的な余裕がなくなったこともあるが、中国にも入国しやすくなり、中国の列車に希少価値が無くなったこともあるのだろう。次に直通列車を狙ったのは、2012年に香港を訪れたときであった。

 この時の目的地は広州であったが、行きに車窓を見ていて、撮影に良さそうな場所が見つかったので、帰りに撮影のため、降りてみた。そこは粉嶺の南側で、こんな場所である。

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 香港とは思えない、緑が豊かで長閑な場所である。しかし、この時には時間を調べずに行っており、夕暮れでタイムアップとなって直通列車を撮ることはできなかった。ちなみに写っているこの電車、上の電化当初の車両を5扉化し、正面のデザインを変えた車両で、オリジナルとのあまりの違いに驚かされる。ちなみに英国製のこの車両は吊りかけ駆動なので、高速運転では懐かしいモーター音を楽しむことができる。

 ここでの撮影のリベンジをすべく、そしてまもなく香港への新幹線が開業すると、中国への直通列車は廃止となるだろうから、その撮影を目的に、再度、粉嶺に降り立った。一見、山の中に見えるが、実は駅から10分弱の距離で、後ろ側には高層住宅が建ち並んでいる。

 しかし、しかし、残念ながら3年ほどの間に木が伸びて、同じアングルでの撮影は不可能となっていた。

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 車両に木がかかってしまうので、同じアングルでの撮影はできない。やむをえず、ちょっと画角の制約があるが、イン側から狙う。

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 ここで、もう一本列車狙いたい列車がある。それは、一日一往復の中国への直通寝台車である。香港から中国の北京と上海へ隔日で運行されている。

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 後ろの緑色の客車が北京への直通車。ほぼ一日の行程だ。機会があれば、一度乗ってみたいと思う。

 香港と広州との直通列車には、あと、香港が車両を持つ日本製の2階建て客車がある。今回はその撮影ができなかったが、機会があればそれも狙ってみたいものだ。(駅長)

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