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2015年11月

2015年11月25日 (水)

あきらめきれない紀勢東線

先日の検査掛様の記事にもありましたとおり、21日(土)はワタクシ《出札掛》も紀勢線に遠征して、紀勢線南部エリアからは間もなく撤退すると噂されている伊勢のキハ40系の撮影に一日費やしてきました。今までツートン編成の紀勢南部運用に合わせて8月と10月に遠征してきたものの、思ったような結果が伴わなかったり、撮り逃したシーンも山ほど残っており、ここで未練を残してはならないとの一心で三度目の出撃となりました。最後の悪あがきでしょうか。

では、好天に恵まれた当日の成果をご報告いたします。なお午前中は検査掛様と行動を共にしましたため、記事内容が重複することのないよう一部を略します事をお許し下さい。


まずはキハ40単行で運行される早朝の320Dでウォーミングアップ。しかしこの時季はどこで撮っても日の出前となるため確実に狙うには駅撮り必至ですが、あえてそれを狙います。

01 栃原駅の跨線橋から上り列車を狙うと、ちょうど撮りやすい位置に先頭が停車してくれるはず。しかし車両だけを写すのはつまらないので簡素な駅舎の明かりをアクセントに添えようとカメラを構えたら、陽が昇る方角がフレームインしました。朝焼けを期待するものの、雲に覆われてなかなか理想の空模様には変化してくれません。やがて列車が到着、数名の利用者が乗り込みました。

021 今さら撮影地の新規開拓など、悪あがき以外の何でもありません。ダメなら定番ポジションで撮ればいいだけの事、と保険をかけて古里海岸沿いの線路が見えるポイントを探したら、木々の隙間から辛うじて望める場所を発見。浜辺は見えずとも遠くの山容に着目しましたが、「いったい何を撮ったのさ?」と疑問の声が聞こえてきそうな画。どうせ薄曇りの天気だったので仕方ないネと割り切りました。古里海岸である証拠に、ランドマーク?が目立つように写っています。
この後、見晴らし台俯瞰ポイントに移動してツートン編成の327Cを撮ろうと待機していたら、偶然にも検査掛様とお会いし、昼までご同行することになりました。

05 10月に自分が新鹿海岸を訪れた時は、曇り空のためエメラルドブルーの海はグレーに変わり大撃沈でした。きょうは雲一つないピーカンで、再履修にはもってこいの条件。検査掛様が6月にブログアップされた場所にてエメラルドブルーの海を撮影したく、ご本人様に撮影ポイントまでご誘導いただきました。その節はありがとうございます。
現地に着くと、なんと2艘の船がまるで図ったかの如くベストアングルの位置に係留されています。左手のヨットに帆が張られていればと欲を言うのは贅沢、これだけでも十分です。懸念していた光線状態もクリアしたころに南紀1号が通過。その時タイミングよく、右手のクルージング船に小型ボートが近付いてアクセントを添えてくれました。本当に文句なしの美しい景色、感謝感激!

そしてツートン編成328Cを撮影後、検査掛様とはここでお別れしました。

08 328Cを追撃しようと国道バイパスを経て海山ICを降り、時計を見たら328Cを20分近く先行していました。そこで向かった先は、再び古里海岸。8月頃は鉄橋のど真ん中に木が生えていて撮影の障害となっていましたが、見事に解消されて自由にアングルを選べるようになりました。今度は浜辺から狙おうと海岸沿いからカメラを構えたら、ここにも1艘の小型漁船?がベストポジションに係留中、再び船とのコラボを収めることが出来ました。時間的に光線状態がきわどいようですが、心配ご無用。電車運転士様の先日の記事にて予習済みです。


三瀬谷の紅葉が気になったので、328Cの3カット目は定番ポジションにてお出迎え。10名強の同業者に加わって、資材担当様もいらっしゃいました(ご挨拶そこそこで失礼しました)。そして328Cの折り返しである333Cが三瀬谷に戻って来るのは16時前。雲ってしまったら適当な場所に移動しようと思って待機していたら、鉄橋は夕日を受けてエロエロ光線状態です。太陽が山の稜線に沈むタイミングもどうにか回避できそうだったので、これならツートン編成が斜陽を浴びて鉄橋を渡るシーンを撮れる!「どうか陰りませんように」との祈りが通じました。実は早朝の5連322Dもここで撮影しておりまして、この際だから三瀬谷鉄橋の朝・昼・夕をまとめてご覧ください。

M1
M2
M3

帰路の国道42号線を走行中、夕日がまぶしく川添駅の周辺を照らしていたので夕焼けのシーンでも撮れないだろうかとちょっと寄り道。駅近くの踏切から線路を眺めると、線路の先に夕陽が落ちていくようで、もしかしたら“夕日ギラリ”が狙えるかもしれません。太陽が山の稜線に隠れるまでには幾分時間がかかりそうに見えたものの、この時季は「つるべ落とし」とはよく言ったもので、あっという間に陽が落ちるので気が気でなりません。次の列車、上り南紀号が来るまであと20分。う~、きわどい・・・。

09 列車接近、残念な事に太陽は山に沈みましたが、辛うじてステンレスボディが残照を拾いました。背景には、怪しげな夕焼け空にそびえる山がシルエットになり、インパクトのある画に仕上がりました。せめてあと5分早く、つまり1週間ほど前なら夕日ギラリを撮ることが出来たかもしれませんが、この列車は臨時特急「南紀84」、毎日運転していませんからご注意を、というオチでした(笑)。

撮り逃がしたポイントはないだろうか、考えたらキリがありませんが、また出撃できる機会があれば今度こそ最後の悪あがき。(出札掛)

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2015年11月24日 (火)

紀勢線(多気以南)40系気動車に別れを

11月も下旬、冬の気配が迫ってきました。正式なアナウンスがあったわけではないのですが、紀勢線の40系気動車が11月をもって多気以南の運用から撤退するとの噂を聞いています。予報を見ると、下旬は天候が思わしくなく、終日☀となるのは三連休の初日、21日だけということでした。この日を逃すと行く気もなくなってしまうのではないか、と思い、重い腰を上げることにしました。

Dsc_0743多気・相可 327C
出札掛様の情報から、この日のワンマンツートン編成は327Cからの運用であろうことは予測できたのですが、わけあってここにしました。

Dsc_0749徳和・多気 909C

多気の櫛田川北側の跨線橋に行きました。堤防から撮影すると写り込んでしまい、歩き鉄からすれば邪魔な存在ですが、別なアングルでの撮影が可能となりました。(脚立使用)

Dsc_0757徳和・多気 322D
現在のJR東海の40系最長編成をここで撮りたくてツートンを犠牲にしたのですが、あろうことか順光側に工事用のネットが張られ、ガックリ。(脚立使用)

Dsc_0764紀伊長島・三野瀬 327C
紀勢道を使い、ツートンを追い越したのですが、ここ以外に思いつきませんでした。波頭を期待しましたが、実に穏やかなものでした。ここで、出札掛様にお会いしました。

Dsc_0772三野瀬・船津 326D
326Dをどこで撮ろうか迷っていたところ、出札掛様から提案頂いたこの展望台にしました。手前の家々が煩いですが、小さいながら漁港も入り、人々の営みが感じられる一枚になりました。この後は紀伊長島付近に留まるつもりでしたが・・・。

Dsc_0779新鹿・波田須 328C
出札掛様が新鹿に行かれるとのことで、同行させてもらうことにしました。通過時刻が正午前なので、行く前は陽が回らないのでは?と思っていたのですが、杞憂でした。青い海に白い船、申し分のないロケーションをツートン編成が上って行きます。

Dsc_0789梅ケ谷・紀伊長島 328C
間に合うのか一抹の不安はありましたが、紀勢道を飛ばし当ブログで電車運転士様がアップされた孫太郎の展望台を目指しました。連休初日で道路状況が不安でしたが、12:35には駐車場に到着、遊歩道を登っても余裕がありました。

Dsc_0793_2梅ケ谷・紀伊長島 328C
電車運転士様のご教授通り、船溜まりのカットからほんの少し移動して、荷坂峠に挑む絵面が撮れ、おいしいお立ち台でした。

Dsc_0802梅ケ谷・紀伊長島 331C
小一時間待って下りをアップで狙いました。

Dsc_08111紀伊長島・三野瀬 331C
331Cは紀伊長島で長時間停車のため、なんなくこの場所まで先回りできました。が、インカーブ側には陽は廻っていないし、海も太陽が高い分、青く撮れませんでした。

この後、ツートンの折返し333C、非ツートンの6502号車を含んだ335Dを適当な場所で撮り、帰途につきました。東名阪道の渋滞には閉口しましたが、成果のある一日を過ごすことができました。撮影場所を参考にさせて頂いた電車運転士様、一部同行させて頂いた出札掛様、ありがとうございました。(検査掛)








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2015年11月23日 (月)

香港 1980/2005・・2

 先に香港は変化が激しく、3年経つと風景がすっかり変わってしまう、と記したが、中には35年間経っても変わらないところもある。そのひとつが、香港島の中心、セントラル(中環)に近い旧最高法院外部のあたりである

 香港の路面電車は、香港島の北側をほぼまっすぐに東西に走っているので、あまり変化はない。それがこの旧最高法院外部の前はSカーブになっていて、さらにやや高い位置から撮影できるので、好んで何度も訪れている。

Photo
 1983年に訪問したときの写真で、電車が4両も映り込んでいる。2階建て電車が次々やってくる香港のイメージにふさわしいカットである。

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 現在のこの場所は、このような感じである。あまり印象は変わっていない。もっとも立ち位置は大きく変化しているし、良い場所に微妙にケーブルが入る。

 昔に比べると続行運転を撮影するのは難しくなった。全線に併行して地下鉄が開業したので、若干本数が少なくなっているのだろう。加えて、この場所は電車以上にバスが通る。それを入れずに続行風景を撮影するには、よほど条件に恵まれないといけない。今回、2時間ほどねばってみたが、最も良いカットで3両が一画面におさまっただけであった。

 香港の印象のひとつに、建物から道路に飛びだした看板がある。

1980_2
 これは1980年の撮影であるが、特に夜は電飾されて、綺麗だった。しかし、建物の建て替えなどの折にはこの看板が撤去され、段々、寂しくなっている。

1996

 これは1996年に南回りで欧州に行ったとき、香港でトランジットの合間に撮影した夜のシーン。銅羅湾の単線区間のこのあたりは、特に看板の密集度が高くて好きだった。それが、現在ではこのようになっている。

2015
 建物が工事中のこともあるのだろうが、看板が撤去されてしまっている。すっきりしたが、香港らしさが無くなったようで寂しい。

 この場所は、銅羅湾から競馬場のある跑馬地(ハッピーバレイ)への分岐線が分かれてすぐのところであるが、この分岐箇所では電車が滞留するので、こんな写真も撮れた。

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 ところがこの場所、現在は電車の本数が減ってしまったため、せいぜい4両くらいしか入らない。ちなみに3枚上の夜景の写真は、この後ろの高架道路の下から反対側を見て撮影している。

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 ところで、注意深くご覧になっている方は、同じ2階建てでも車体が変わっていることに気がついていることだろう。現在の車体は1980年代後半に更新されたもので、やや丸みを帯びて、スマートな外観となった。ただ1両、120号がメモリアルカーとしてそのままの姿で更新され、現在も運行している。

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 あまり場所は良くないが、取りあえず新旧のすれ違い。

 さらにこの更新車体は、2012年頃から再び更新されているようだ。これが最近更新された車体と未更新車の並びであるが、見た限りでは方向幕がLED化されているくらいしか気がつかない。

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 ところがWIKIPEDIAによると、車体は木骨!構造が鉄骨構造に変わり、さらに制御方式はVVVFインバータ制御となり、駆動も三相交流誘導電動機となっているという。また、車内に停留場案内も取り付けられている。

 こうした大規模な改造にもかかわらず、外観がほとんど変わっていないことは何とも好ましい。変えないことで香港の路面電車のイメージを大事にしているのかと思う。(あるいは、外観を変えると大変なので、そのままにしているのかもしれないが・・・)

 新聞報道によれば、都心の一部区間を廃止するような要望が出されていたり、あるいはその逆に都心部の自動車の通行を遮断してトランジットモール化の話も出るなど、これからいろいろありそうな香港の路面電車。風景も変化に富んでいるし、ちょっと我慢すれば東京より安く行けるようになったので、また、行く機会も出てきそうだ。(駅長)

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2015年11月22日 (日)

香港 1980/2005・・1

 11月はじめの飛び石連休に、海外の鉄道に造詣の深い友人たちと香港に行ってきた。中華料理は一人ではいろいろな料理を食べることができないのが難点だが、何人かで行くことで香港の中華料理を堪能しよう、というのが目的である。と、いうことで、昼は鉄道、夜は香港の食を楽しむという、まさにこれ以上ない、充実した海外旅行となった。

 香港へのフライトには、LCCの香港エキスプレスを使った。なんといっても、値段の安さは魅力である。値段がしょっちゅう変わるので、如何に安いタイミングで航空券を買うかがポイントであるが、うまくいけば新幹線で東京に行くより安く香港まで往復できる。レガシーのエコノミーよりさらに狭い座席で4時間のフライトが我慢できるかどうか、心配だったが、これは最初から覚悟していたので,意外に抵抗はなかった。ただ、いくつか問題はある。

 まずは、運行時刻が何度も変わること。航空券を購入してから、2度、変更があった。しかも、その案内は日本語ではなく、英語と中国語である。さらに、乗客は、90%が中国系である。帰国時に、日本人がほとんどいない中部空港のイミグレを初めて見た。中国系の来訪目的というと、爆買が思い浮かぶが、香港から日本に爆買に来るとは思えない。フライトはほぼ満員だったけれど、どんな目的で、どんな層が乗っているのだろうか?

 閑話休題、香港に初めて行ったのは昭和55年である。今から、35年前で、2度目の海外であった。当時のツアー代金は、3泊4日で8万円くらいであった、と記憶する。おそらく、今回の旅行はそれよりも安くすんでいる筈だ。当時と値段が変わらないというのは、凄いと言うべきか、当時がいかに高かったか、と言うべきか。ちなみに路面電車の運賃は、現在は40円であるが、当時は30円くらいでなかったかなぁ。

 日本では十年一昔、最近は五年でも結構様子が変わるが、香港はさらに変化がはやく、三年一昔、といっても良いほどのすさまじい変わり方をしている。さて、35年前の香港はどうだっただろうか?

 まずは、路面電車の北角(ノースポイント)である。ここは香港島の北東にあり、路面電車の路線が分かれて市場の中に入っていくことで知られている。現在はこんな感じ。

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 人と電車が渾然一体になっていて、トランジットモールの原型というべきか、素朴な魅力にあふれていて、これはこれで十分魅力的な場所であるが、それが35年前はこのような感じであった。

Photo
 おお、まさにカオスの世界である。生活力あふれる香港の姿がここにある。もっとも、あまり綺麗な空間ではなかったが・・・。

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 同じ場所だけれど、もう1枚。それにしても、いかにも東南アジア、という雰囲気が満点である。これから見ると、いまは綺麗になりすぎてしまった感がある

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 香港には3年後の昭和58年にも訪れている。この時も、北角に撮影に行っている。この頃は3年でもそれほど、変化はないようだ。

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 この時は人が少ないし、光が当たっているので、光線の良い朝の内に訪れているようだ。この場所、両側のビルが高いので、早朝か、時期を選ばないと陽が当たらない。

Photo_2  続いては銅羅湾にあった工場と車庫。その後、この車庫は屈地街の埋め立て地?に移転し、現在は香港でも人気の商業ビルとなっている。

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 ビルの少し右後ろに見える高架橋は当時のままである。

 もう一箇所、ご覧に入れよう。これは銅鑼湾の少し東にあるヴィクトリア・パークのあたり。1982年にはこんな感じだったが・・・・ 

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 現在は近代的高層ビルが林立して、様子が随分変わっている。
 

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 香港島で最も高いビクトリアピークも見えなくなってしまった。この頃に建ったばかりであろう高層マンションは変わっていない。昔は、午前中に順光で撮れる良い場所であったが、いまは公園の木が生長して太陽の光が当たらずに、撮りづらくなってしまったのが残念だ。(駅長)

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380.秋色通信2015 【飯田線秘境エリア】 2015/11/21

 11月も下旬となり、紅葉シーズンも終盤戦となってきました。土曜日は6883列車が運転される確率が高いので、これを撮影後、久しぶりに天竜峡を中心とした飯田線の秘境エリアへ転戦する予定でいました。ところが、前夜の飲み過ぎがたたって目が覚めた時は700分を大きく回っており、6883列車は諦めざるを得ませんでした。実際には10461016のペアで運転されていたようで、もったいないことをしてしまいました。このまま家で不貞寝かとも思いましたが、この3連休は21日しか晴れそうになかったので、折れる心を奮い立たせて自宅を出発しました。行先は、当初の予定どおり飯田線の秘境エリアとしました。

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 今回の秘境エリアは旧型国電が健在の頃に訪れたきりになっていた平岡以南としてみました。とりあえず、伊那小沢を目指しましたが、ルートとなった国道418号線はさすが400番代の国道とあって車1台が通れる程度の道幅とくねくね道の連続で、結構疲れる状況でしたが、距離は120キロ程度とそんなに長距離ではなく、約2時間半でたどり着くことができました。付近をロケハンしていたところ、伊那小沢を遠望できるポイントがあり、まずはここで「伊那路2号」を撮影しました。
【2015.11.21 伊那小沢】(電車運転士)

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 次の511Mは中井侍の俯瞰ポイントで撮るつもりでしたが、太陽の位置が低いこの時季では肝心の線路に陽が当たっておらず、慌ててポイントを変更しました。時間に余裕がなかったため、「伊那路2号」と同じポイントとなってしまいました。
【2015.11.21 伊那小沢】(電車運転士)

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 続行の「伊那路1号」は平岡ダム湖のエリアで撮るしかないと思い、ポイントを移動しました。いつのも定番アングルは線路端の木が邪魔するようになっていたので、鉄橋をサイドから狙ってみました。時季が遅いこともあったかもしれませんが、紅葉の色がくすんだような感じで錦秋には程遠い状況でした。
【2015.11.21 平岡~為栗】(電車運転士)

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 この日は「秘境号」の運転日だったため、1246分の到着だったら線路にも陽が当たるかもしれないと淡い期待を抱きながら現地に向かいましたが、懸念していたとおり、線路には陽は当たらず、しかもこんな時に限ってバリ晴れ、列車の部分は真っ黒になって撃沈でした。後続の519Mも同じような状況でしたが、幸いにも薄曇りとなってくれたので助かりました。紅葉はピークを過ぎてしまっていたようで、来シーズンへの宿題がまたひとつ増えてしまいました。飯田線の中でも最も列車本数の少ないエリアだけあって次の列車は約2時間半後の1555分、夕方に家族運用が控えていたこともあって、時間的には早いですがこの列車を最後に帰途につきました。
【2015.11.21 中井侍】(電車運転士)

 

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2015年11月20日 (金)

大江埠頭 発

11月17日(火)の午後、所用で名古屋市南区へ出かけた際に名鉄東名古屋港駅の横を通り過ぎようとしたとき、目に飛び込んできたのは駅に停まっている名古屋臨海の機関車1両!!なんだ、コレ?そして機関車の埠頭側のデッキには数名の作業員が乗り込んで、今まさに埠頭に向けて発車しようとしているではありませんか。
廃回?甲種?でも荷の姿は見当たらず、いったい何をしに行くのだろー?あ~あ、こんなときにカメラを持っていれば・・・おゃ、あった(笑)。

01 三菱自動車前の踏切まで先回りして、機関車を待ち構えました。よく見ると開業50周年のヘッドマークが装着されています。衣浦臨海のようにマークの装着をPRするわけではなく、毎日、しかも特定の機関車に必ず付けられているわけでもないようなので、神出鬼没の記念マークですが、こんなカタチでお目にかかれるとは思ってもみませんでした。そして目の前を機関車はノロノロと進んでいきました。その先には・・・。

02 敷地外からちらりと埠頭を覗いたら、なるほど、2両のマルタイを迎えに来たようです。やがて埠頭から現れた“甲種”編成、ではちょっと追いかけてみましょう。同業者でパニックになりはしないかと周囲を見渡したところ10名前後で、これならマイペースで挑めそうです。それにしても皆さんよくご存じです。

03 再び三菱自動車前の踏切にて。露出の上がらない曇り空ですが、列車の速度が遅く、踏切手前では遮断機作動のため必ず停車するので高速シャッターはほぼ不要、ゆえに感度をそれほど上げる必要もないのが幸いです。

04 列車は東港駅まで行くのは予想できたので築港線のデルタ地帯でスイッチバックする、ということはヘッドマーク装着側エンドが先頭に立つことになるので、それっぽく撮れるポジションでスタンバイ。ところでこのHM、カートレインのデザインをモチーフにしています。名古屋臨海はこの手の芸がお得意のようで。

最近は、JR東海キハ11、40系の海外譲渡で大江埠頭への輸送が注目を浴びていますが、今回はその逆コース、大江埠頭発の甲種貨物列車という貴重な光景と50周年記念マークをカメラに収められて、偶然の産物にしては一石二鳥の収穫でした。(所用ほったらかし・出札掛)

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2015年11月15日 (日)

砕石散布

名鉄築港線にて15日(日)の朝に行われたバラスト散布作業。予想はしていましたが、日曜日の朝だけあってカメラマンが大集結です。自分にとってEL120によるホキ工臨編成をカメラに収めるのは初めての事ですが、それよりも築港線を工臨が走るシーンを見るのも初めてなら、バラスト散布作業そのものを目にするのも名鉄に限らず初めての事。経験豊富なメンバーの皆様からすれば信じられないかもしれませんが、○十年の鉄活動を続けてきてようやくこれらの初経験をした15日の朝でした。

Kor1 朝9時前、砕石を積んだホキ工臨がミュージックホーンを高らかに鳴らしながらやって来ました。どうも機関車がミュージックホーンを鳴らすのは違和感アリアリに感じてしまうのですが。そういえばEL120のホーンをナマで聞いたのも初めてです。

Kor2
Kor3 さて、いよいよ作業本番です。工臨編成が東名港から折り返して来ました。ゆっくりと動きながら1両目のホキからバラストを散布しています。

Kor4 やがて3両目のホキからもバラストが下ろされました。微妙なハンドルさばきで散布の量を調整しています。カメラマンも工臨の動きに合わせて三々五々と線路沿いにスタンバイ。

Kor6
Kor5 無事散布を終えて工臨は大江に到着しました。約40分間に及ぶ同業者との競い合いも無事終了しました。

日中の列車運行がない築港線だからこそのシーンです。従事された方々、お疲れ様でございます。そして現地でお会いした駅長様、あいさつもそこそこで失礼いたしました。(出札掛)

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2015年11月14日 (土)

379.秋色通信2015 【錦秋の(には遅かった)立山砂防軌道】 2015/11/11

 今年、新緑の時季に足を運んだ立山砂防軌道、紅葉の美しさも格別ということを耳にしていましたので、ぜひこの目で確かめてみたいとチャンスをうかがっていました。スケジュール調整をした結果、1111日を決行日としました。天気予報は芳しくない状況でしたが、この日を逃すと次は来シーズンということになってしまいますので、リスクを承知で強行してしまいました。なお、お声掛けさせていただいたところ駅長様とそのご友人にご同行いただきました。相変わらずの弾丸ツアーでしたが、お付き合いありがとうございました。

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 砂防軌道が動き出すまでには時間があったので、地鉄の立山線で時間を稼ぎました。早朝の常願寺川には川霧が漂い、幻想的な風景が展開されていました。先のブログにアップされていた駅長様の秀作とは立ち位置が違うものをアップしてみました。
【2015.11.11 本宮~立山】(電車運転士)

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 砂防軌道は11月上旬までの運転ということを聞いていましたが、第2週まで運転されるのか確かな情報を得ることができなかったため、現地確認ということになりました。運転があるかどうかわからないまま朝の山登り列車の時間に合わせて撮影ポイントに向かいました。そこから千寿ヶ原の車庫を観察していたところ、シャッターが開いて、続々と列車が出てきました。これで列車の運転は確実となり、一同ホッと胸をなで下ろしました。肝心の紅葉はピークを過ぎてしまっていて錦秋にはちょっと遅かった雰囲気だったので、10月下旬頃に訪れるのがベストのように感じました。それでもお名残りの紅葉は十分楽しめ、列車も露払いのモーターカーを含めて6列車が山に登って行ったので、まずまずの成果を得ることができました。
【2015.11.11 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 昼前に山から下りてくる列車までの合間に元京阪3000系を撮りに有峰口の鉄橋に向かいました。紅葉の時季に訪れたのは初めてでしたが、まあまあの雰囲気でした。四季を通じて絵になる鉄橋です。
【2015.11.11 千垣~有峰口】(電車運転士)

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 6月の時は立山線に浮気しすぎて昼前の山下りの列車がまともに撮れなかったという反省もあり、教訓を生かして時間に余裕を持って行ったつもりが、すでに山からの列車が千寿ヶ原に降りている最中でした。慌てて撮影ポイントに向かい、とりあえず1列車は撮ることができました。
【2015.11.11 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 次の列車を期待して撮影ポイントを移動しました。カメラのセッティングが終わったところで警笛音が聞こえ、もう1列車を撮ることができました。さらに次の列車が来ることを信じて待ちましたが、一向に来る気配がありません。結局、撮影できたのは2列車だけ、先回に続きまたまたやらかしてしまいました。やっぱり浮気はしちゃいけないということなのでしょうか…。前回の教訓を生かしきれなかったのが残念です。
【2015.11.11 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 昼一番に山へ向かう列車はスイッチバックで待ちました。ところが時間になっても列車が動く気配が感じられません。今日はもうダメかと諦めかけていたところ、車庫外に放置プレイ状態になっていた人車の編成がおもむろに動き出しました。これで最悪の事態は回避することができましたが、結局、登って行ったのはこの列車だけ、昼一番の列車の続行運転は期待できないのかもしれません。
【2015.11.11 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 夕方の山下りの列車はこの時季だとすでに真っ暗になってしまうので、撮影は厳しく、その後は地鉄沿線に転戦しました。立山大橋で列車を待っているとやってきたのは最古参となった14720系でした。
【2015.11.11 本宮~立山】(電車運転士)

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 巡り会うチャンスが少ない14720系だったので、線路端で撮っておきたいということになり、急遽、追い掛けることにしました。何とか先回りすることができ、岩峅寺の手前でゲットできました。
【2015.11.11 岩峅寺~横江】(電車運転士)

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 富山の平野部に降りてきたら立山付近とは打って変わってのバリ晴れ状態、ただ残念なことに立山連峰は雲の中、秀麗な姿を拝むことはできませんでした。仕方なく順光側から元京阪3000系を狙いました。元西武のレッドアローは平日ということで一般運用に入っており、その姿を捉えることはできませんでした。
【2015.11.11 越中荏原~越中三郷】(電車運転士)

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 下流側にススキが生えているところがあったので、シルエットにならないか試してみましたが、太陽の位置が鉄橋に対してほぼ平行していたため、思ったようなイメージにはなりませんでした。
【2015.11.11 越中荏原~越中三郷】(電車運転士)

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 新宮川の田園地帯に場所を移しました。編成写真でも撮ろうと周辺をウロウロしていたとき、ふと立山連峰の方向を見ると剣岳の頂上部分が雲の上に見え隠れしていました。列車が来るまでの間に少しでも雲が取れないかと祈るような気持ちでいましたが、結果は時間切れでご覧のとおりの状況となりました。まったく見えないことを思えば救いがあるかもしれませんが、何とも消化不良に終わってしましました。
【2015.11.11 新宮川~中加積】(電車運転士)

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 間もなく陽が沈みそうになる頃、シルエットを狙おうと思いましたが、線路が地面と同じレベルのため、足回りがきれいに抜けないこともあり、線路に近づいてのアングルとしてみました。夕焼け雲が思ったよりも少なく、中途半端な感じは否めません。やってきたのは元東急の8590系でしたが、やっぱりステンレス車体の4ドア車は地鉄には違和感ありありです。
【2015.11.11 新宮川~中加積】(電車運転士)

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ちょっとだけ南海

 大阪で午後から所用があったので、少し早めのアーバンに乗ってちょっとだけ、南海を撮影。

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 難波で見たラピートの横にはこんなキャラのシールが貼られていたけれど、いつからなんでしょう?もともと、顔つきがロボットのキャラっぽいので、もっとうまく展開すれば面白いのに。

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 と、いうことで、粉浜にいってラピートを撮影。聞いた話では、LCCとインバウンド旅客増加で、南海空港線は前年比130%の伸びだそうです。インバウンド・バブルはいつまで続くのか・・・・。

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 もちろん狙いは、期間限定のサザンの旧塗色。ただ、この場所のネックは普通が裏かぶりになる可能性が高いことで、この場所のベスト位置で裏かぶりをしてしまいました。よって、ちょっと信号が邪魔だけれど、まあ、気にはならないかな。

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 折角なので、阪堺も少しだけ撮影。来年1月末には住吉公園への路線が廃止されるので、正月にはこのあたりも大賑わいすることになるでしょう。

 この後、阪堺に乗って恵美須町へ。ここから難波へ路面電車延伸の構想があるけれど、地元も乗り気だし、インバウンドなどでうら難波のあたりが活況を呈しているようなので、ひょっとしたら具体化してくるかもしれません。(駅長)

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2015年11月12日 (木)

南木曽 秋真っ盛り2015年

11月11日、北陸弾丸ツアーを辞退して、天気予報で☀とでた南木曽地区に紅葉狩りに出かけました。
資材担当様から6883レの運転が始まったとの情報を得て、例年の状況から水曜日は運転されると確信し、自宅を出発。日が短くなってきたこの時期、6883レの初っ端をどこで狙うか、迷いながらの19号を走らせます。

Dsc_0595瑞浪・釜戸 6883レ
武並西は二発目の中津川IC横と雰囲気がよく似ていることもあり、白狐温泉の直線を選択しました。しかし、6883レ通過時、ツースパンは抜けましたが、タンク車はマダラになってしまいました。バックの山も一旦日が射しましたが次々に雲が架かり撃沈しました。武並はどうだったのでしょうか。

Dsc_0603美濃坂本・中津川 6883レ
恵那での特急退避で追い抜いて撮りました。定番の追っかけ方?ですね。

Dsc_0614落合川・坂下 3088レ
6883レは大桑で3088レと×なので、6883レを追っかけるか、3088レを待ち受けるか再び迷いましたが、3088レを大俯瞰で狙いました。3088レは定期列車の列車番号ながら夏季は週2回しか運転されていなかったようなので、運転されているかどうか不安でしたが、杞憂でした。昨秋もここで撮りましたが、ここの紅葉はこれが限界でしょうか。EF64の組み合わせも同じになってしまいました。

Dsc_0627大桑・須原 1007M
3084レを福島あたりまで迎えに行く途中、伊奈川鉄橋によってみました。ここはだいぶ紅葉が進んでいました。

Dsc_0629倉本・上松 1826M
3084レは倉本、大桑、野尻と数分~10数分停車していくので、効率よく、しかも紅葉バックで撮ろうと、探しましたが、今一つ場所がなく、以前一回苦し紛れで撮影した立町バス停横で撮ることにしました。直前のローカルは縦位置で。

Dsc_0635倉本・上松 3084レ
編成が長いと家の屋根が入ってしまいますが、なんとか編成は切れずにすみました。この日の3本はいずれも国鉄色が先頭で来ました。

Dsc_0644須原・倉本 3084レ
10日ほど前、王滝村の公民館祭りついでに来たこの場所を再訪です。電車運転士様の画像と比べて頂くとだいぶ紅葉が進んだことが判ります。今まで鉄ちゃんには会いませんでしたが、ここにはほかに2組いました。
野尻・大桑間は何とも撮る場所がなく、編成が切れても道の駅横でねらうべきでした。

Dsc_0650坂下・田立 3084レ
再び南下しながら場所を探しましたが、新たには見つからず、時間切れでここになりました。川面ということもあり、結構色づいていましたが、まだ13時というのに山の陰が迫り、オマケに雲の量が増えてきて、結局ドボン。ローカルが被りそうになりましたが、なんとか先頭は抜けました。
Dsc_0663釜戸・武並 81レ
あとは下り2本。光線的にはかなり厳しいとは思いましたが、効率の良い(というか、2本とも走行を撮ろうとすると)ここしか考えられませんでした。

Dsc_0668釜戸・武並 5875レ
約10分後の5875レ、夕陽ギラリになるかと思いましたが、そううまくいきませんでした。

とりあえず現在の中央西線の紅葉の現況です。参考になれば幸いです。
北陸弾丸ツアーの皆様、ドタキャンして申し訳ありませんでした。(検査掛)













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夜明けの光景

 段々、被写体が減って、撮るものがなくなってきた日本の鉄道。でも、ちょっと視点を変えると絵になる写真が撮れるのではないか、と思って、デジカメの高感度を使った夜明けの光景の習作を。

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 まずは電車運転士さんに連れて行っていただいた富山地鉄の立山線。名古屋から夜行で走って現地に到着すると、川霧がでて、実に良い感じ。そんななか、室内灯を輝かせて、立山行きの一番電車が上ってきました。この写真が撮れたので、まずは満足です。この日の目的は、電車運転士さんが発表してくれることでしょう。(^_^;)

 調子に乗って、一度狙ってみたかった名古屋前の高層ビルをバックに名鉄電車を狙います。この角度、パノラマカーがなくなるときに狙った記憶があるけれど、久しぶりのカット。新しく建築中の高層ビルが、工期末期で窓に明かりが点っているのでは、との期待をもってですが、成果は如何に?

_5d32963
 ちょっと前照灯のフレアが気になるけれど、まずは良い雰囲気です。そんな光景を撮影していたら・・・・

_5d32994
 なんと、デキ400がチキを牽いてやってきました。(T_T)

 現在は新川に常駐していて、たまに大江まで単機で行くことがあるとは聞いていましたが、なんとチキを牽くとは・・・・?久々の貨車牽引のデキの姿を撮れて、大満足。もう少し、地平線に雲がなかったら高層ビルが赤く輝いてベストだったのだろうけれど、そこまで望むのは贅沢でしょうねぇ。

 また、頑張って朝練をしないといけないかな?(駅長)

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2015年11月 8日 (日)

モ512

  (個人的話題で恐縮です)
11月3日は我が家の○○記念の日。朝からピーカンでカメラ片手に遠征したくなりそうな天気ですが、きょうばかりはぐっとこらえて家庭運用に従事です。ここで単独行動でも起こそうものなら今後の鉄活動に影響を及ぼす恐れがあるので、たまには「非鉄の日」と称して過ごすことにしました。

同居人を助手席に乗せて、記念の日に関係した思い出の地、谷汲(けっして“鉄”が目的ではありません)へ向けて車を走らせました。やがて根尾川を越えて目に入って来たのは、かつて名鉄600V線区を訪ねてよく通った、見覚えのある懐かしい風景。

そういえば、旧美濃駅に保存されている名鉄の丸窓電車モ512号が来年3月まで旧黒野駅に里帰り(でも本来は美濃が郷里なんですよネ?)されていることを思い出しました。同乗者を説得して、一目見ておこうと寄り道。

Dsc_4812 往時を偲ぶことのできるホームが、1面1線のみですが駅名票や上屋も含めてそのまま残されています。これで架線でもあれば、今にも動き出しそうなシチュエーション。旧駅舎は化粧直しされて、建物内はミュージアム等として活用されています。今回は立ち寄りませんでしたので次の機会にでも。

Dsc_4823車の中に偶然持ち合わせていたカメラを取り出して(→どうやら作為的)、“今でも現役”風に見えそうなアングルを探してあれこれとシャッターを押しました。

Dsc_4801 綺麗に整備された状態を保ちながら2番線に停車中?のモ512に、揖斐、谷汲各線で活躍していた頃の印象を重ねました。きょうは小さな運転士が担当のよう。

Dsc_4811 記念撮影ができるように、プレートが置かれてありました。訪れたのは午後3時頃。午前中なら車両に陽が当たっていたかもしれません。

Dsc_4809 上屋にも「おかえり」プレートが掲げられていました。周辺は「レールパーク」として公園が整備され、地元のちっびこ達の遊び場となっています。
同乗者ほったらかしで、つい撮影に専念。何が「非鉄の日」だ(笑)!


588_00101 モ512現役時代末期の晴れ舞台として、2000年9月30日~10月1日に運転された510形3連運転を思い出します。写真は、10月1日の1000レの先頭に立つモ512。かつてないほどの大勢のカメラマンで沿線が賑わったのもご記憶にあるのでは?

1066_910808 モ512が先頭に立つもっとも古い写真を探したら、1991年8月8日にJR岐阜駅前で撮影したものが見つかりました。諸先輩方のライブラリーに比べたらかなり最近の時代になりますが、どうかご了承ください。
改装される前の新岐阜百貨店ビルをバックに、岐阜駅前電停に向けて交差点を曲がるところです。定期急行運用として現れる夕方4時頃は建物の影が伸びて、シャッターポイントも限られます。ビル影から顔を出したところでシャッターを切りました。白い塗装を纏い目一杯に陽を浴びる正面を強調しようと狙ったはずが、もう少し我慢して首を振ったところでシャッターを切ればよかったのに、的外れでしたね。

当ブログでは、今年4月にモ512の里帰り記事を駅長様が載せられていました。それを拝見していつかは寄ってみたいと思いつつ、7カ月経ってようやく実現となりました。理由は、何かと多忙な日々を過ごしてきた単に忘れていただけ。 (出札掛)

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2015年11月 5日 (木)

378.秋色通信2015 【懲りない紀勢路詣で】 2015/11/3

 1024日に出札掛様に同行させていただいて訪れた紀勢本線、運用が順番どおりに回れば113日はオレンジツートンペアが327C328C333Cと、多気以南を1往復半する運用に入りそうだったので、どうしようか迷った挙句、性懲りもなくまたまた紀勢本線に行ってしまいました。これまで324C331C338Cの運用は何回か撮ったことがありますが、今回のパターンは初めてのことだったので、これまでとは異なる条件で撮れるのではないかという期待のもと、撮影を試みてみました。

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 この日の手始めは相賀の定番俯瞰ポイントでのShainingSea、狙い目は324Cですが、11月上旬では微妙に早い感じでした。やはり太陽のベストな位置は12月上旬です。
【2015.11.3 相賀~尾鷲】(電車運転士)

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 327Cは新鹿海岸で撮ることに決めていたので、速攻で移動しました。順調に移動できたおかげで326Dに間に合いました。海岸に釣り人の姿が見えたので、構図の中にお入りいただきました。
【2015.11.3 新鹿~波田須】(電車運転士)

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 327Cは予定どおりオレンジツートンペアでした。これまでは県道からの撮影ばかりでしたが、岩場に降りることができたので、いつもとは違う雰囲気を狙ってみました。ところが、新鹿940分発では太陽が反対側に回ってしまい、列車はどこでしょう?的な写真になってしまいました。条件がよくなくてもオレンジツートンは存在感が失われないというもののちょっと無理がありました。風景を欲張りすぎるいつもの悪い癖が出てしまいました。
【2015.11.3 新鹿~波田須】(電車運転士)

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 出札掛様から古里海岸の線路端の草刈りが行われたついでに橋の真ん中付近にあった邪魔な木も伐採されたという情報をいただきました。現地確認したところ、情報どおりシャッターの切り位置の自由度が大幅に改善されおり、328Cはここで撮ることにしました。
【2015.11.3 紀伊長島~三野瀬】(電車運転士)

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 328Cは紀伊長島で8分の停車時間があるため、紀伊長島の先で追いつけるかもしれないという淡い期待を持ちながら追っかけを開始しました。時間的に厳しかったので、半ばあきらめムードで車を走らせましたが、ギリギリのタイミングで何とかシャッターを押すことができました。荷坂峠の険しい地形を克服した線路を象徴する風景です。
【2015.11.3 梅ヶ谷~紀伊長島】(電車運転士)

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 夕方の333Cまでには時間が空くので、もう少し荷坂峠付近で撮影を続けました。国道260号線と孫太郎方面への県道の分岐点付近から尾根筋に登る遊歩道からは紀伊長島の漁港を見下ろせるポイントがありました。「南紀6号」が漁港を横目に通過して行きます。
【2015.11.3 梅ヶ谷~紀伊長島】(電車運転士)

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 前の写真のポイントからほんの少し移動するだけで荷坂峠へのアプローチ区間をサイドから俯瞰できるポイントがありました。331Cが軽快な足取りで峠を下ってきました。温暖な紀伊半島の海沿い地域ということもあり、紅葉はやっと色づき始めたばかりといった雰囲気でした。
【2015.11.3 梅ヶ谷~紀伊長島】(電車運転士)

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 333Cの多気の発車は1523分、陽が短くなったこの時季は何とか許容の範囲で撮れるのは三瀬谷の鉄橋くらいしかないと思い、現地に向かいました。陰った背景にオレンジツートンと鉄橋が夕方の斜光線に浮かび上がり、印象的な風景に出会うことができました。撮影後、予想以上の場面設定に満足して帰途につきました。
【2015.11.3 三瀬谷~滝原】(電車運転士)

 

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2015年11月 1日 (日)

DD51 852 の晴れ舞台

まぁ~、すごい人出。予想はしていましたが、疲れた・・・。

1 10月31日、衣浦臨海鉄道40周年大祭に参加してきました。二日間限定の異形式重連、しかも代役は原色機指定というだけで注目を浴びるというのに、記念ヘッドマーク掲出となれば、もう大激パは避けられません。撮影のメジャーポイントである明石公園橋上は未明から置きゲバだらけのようなので、初めから見向きもせず、碧南市駅北方の碧インター地点を目指しました。現地着は7時過ぎでしたが、既に満員御礼。辛うじて脚立を使えば撮れそうな立ち位置を確保しました。そして定刻、「FA・炭カル輸送25周年」のマークを掲げたDD51原色機を先頭に5570レが大勢のカメラマンに迎えられながら現れました。

2 衣浦臨海鉄道の公式HPによると、碧南市駅では入換作業を中断して約10分間の撮影時間を設けるとのこと。どのような状況になるのか予測不能ですが、とりあえず行ってみましょう、ということでいざ出撃。

3 5570レの入換が一段落したところで線路敷地内が開放されました。当方も群衆に紛れて撮影タイム。

4 折り返し5571レの出発までの間に、DD51単機による訓練運転が東浦ー碧南市間で3往復されるとのこと。撮影タイムの終了後、DD51が解放されて1往復目の試運転が仕立てられました。大府側は「開業40周年」マークです。

51 さて、本番終了後のメジャー撮影ポイントは如何だろうかと様子を覗いたら、翌日の本番撮影の為の場所取り三脚や脚立が置きっぱなし状態ですが、それらをかわせば同業者は多めながらも足場は確保できそうだったので、ここにとどまり試運転の撮影を済ませることにしました。

6 撮影待機中は、明石公園に出かける家族連れの方々が興味深そうに三脚や脚立の行列を注目していました。さながら「ナニコレ珍百景」にノミネートされそうな・・・。

52 この画像は2往復目の復路を撮影したものです。ちょうどシャッターを押そうとしたところ、あれ、機関車の速度が落ちて、この地点で停車してしまいました。お~っ、まさかファンサービス?それとも訓練の一環?因みに3往復目の往路も、やはりこの付近で一旦停車していました。

7 5571レは、激パの臨海線を避けて比較的自由度が高い武豊線内で撮影することにしました。カメラを構えたのは石浜ー緒川間。列車はかなり速度を落として通過していきました。ヘッドマークは「FA・炭カル~」。貨車の編成に合わせて前後を付け替えたようです。

8 さて次は、必然的に31日限定メニューとなる、DD51牽引による半田埠頭系統列車の撮影です。激パにうんざりして半田埠頭近辺まで足を運ぶ気は全くなかったので、尾張森岡ー緒川間でお茶を濁しました。開業40周年ヘッドマークを掲出したDD51が、バリ晴れの中を過ぎていきました。この日は、以上で帰宅しました。

9 翌11月1日は家庭運用のためイベントには参加せず、代わりに撮影したのがこの列車です。二日間の大役を終えたDD51 852 が、締めくくりとして東海道下り5767レに充てられました。

今後も鉄道関連のイベントが継続的に催されるよう、そして社会的な批判を浴びないよう、自分も含め、節度のある行動を意識していきたいものです。(出札掛)
PS:資材担当様、お疲れ様でした。

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377.秋色通信2015 【木曽路で紅葉鉄】 2015/10/31

 秋も深まり、高山地帯から始まった紅葉も徐々に下界へ降りて来つつあるようです。今シーズンの紅葉は、巷では1週間ほど早いといわれており、例年のペースで準備しているとチャンスを逃してしまいそうなので、注意が必要のようです。そんな中、王滝森林鉄道の今年の秋の体験乗車会が1031日に行われたので、紅葉も見頃になっているだろうということもあり、104日に続いて訪れてみました。現地でお会いした検査掛様・施設区長様、お疲れさまでした。

12_dsc0818151031_2 

 体験乗車会は午後からだったので、それまでの間は中央本線で紅葉鉄を楽しみました。木曽福島以南の紅葉はピークにはあと一歩という感じだったので、藪原まで足を伸ばしてみました。毎度の定番アングルで恐縮です。6883列車だったらよかったのですが、残念ながら運転はなく、後走りの「しなの5号」で帳尻合わせしました。
【2015.10.31 宮ノ越~藪原】(電車運転士)

22_dsc0835151031_2 

 3084列車は以前から気になっていたポイントを訪れてみました。このあたりは標高が1000mに近いので、広葉落葉樹の葉っぱが落ちてしまっており、紅葉はわずかにピークを過ぎてしまったという雰囲気でした。
【2015.10.31 贄川~日出塩】(電車運転士)

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 その後、3084列車の後を追いかけましたが、停車駅が木曽平沢と倉本の順番だったので、なかなか追いつかず、倉本でやっと先行することができました。このあたりの紅葉は来週あたりが見頃でしょうか。ここで検査掛様とお会いし、王滝方面に向かいました。
【2015.10.31 須原~倉本】(電車運転士)

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 現地入りしたところ、予定どおり体験乗車会が始まっていました。ここで検査掛様と施設区長様に合流、しばし公園内での撮影を楽しみました。王滝村の紅葉はちょうど見頃を迎え、まさに秋色風景といった感じでした。残念ながら御岳は頂上付近が雲に覆われ、全容を拝むことはできませんでした。昨年の噴火で亡くなられた方のご冥福と行方不明の方の1日も早い発見を公園内の献花台でお祈りしました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 現地に向かう途中、付近の道路を走っていると公園の外側から撮れそうな雰囲気だったので、とりあえず行ってみました。列車は小さくなりますが、背景の紅葉が見事だったので、満足のいく結果を得ることができました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

62_dsc0896151031 

 この日が午後からの運転だったので、このポイントも列車に陽が当たってくれました。初めて紅葉の時季にメインのポイントで走行写真を撮ることができました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 この日の体験乗車は管理棟側の乗り場ではなくて、反対側の献花台付近が起終点となっていました。この便にはかわいいお客様が乗車しました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

82_dsc0925151031 

 逆向き運転のときはできるだけサイド気味に撮りたいのですが、紅葉を絡めるのに絶好のポイントがありました。今回、一番撮りたかったイメージに近いシーンです。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 公園内にはところどころにもみじが植えられており、黄色主体の山肌の紅葉に対して鮮やかな赤やオレンジがいいアクセントとなってくれました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

102_dsc0960151031 

 この日は穏やかな晴天に恵まれ、家族連れが公園を訪れる姿も見られました。公園内の保存鉄道ならではの光景です。その昔、駅構内の線路が子供の遊び場や生活道路の代わりになっていたところもあったなぁということがふと頭の中をよぎりました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 管理棟付近に足を運んでみると、10月上旬に赤く色づいていた桜の木は葉っぱが落ちてしまいましたが、別の種類の木が彩りを添えてくれました。
【2015.10.31 松原スポーツ公園】(電車運転士)

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 体験乗車会は1500分過ぎに終了したので、その後は81列車に転戦しました。夕陽ギラリ狙いで伊奈川鉄橋にスタンバイしました。前走りの「しなの17号」は理想的な斜光線の中を通り過ぎて行きました。
【2015.10.31 大桑~須原】(電車運転士)

152_dsc1087151031_2 

 81列車の通過は「しなの17号」の約25分後、10月末では夕陽が持つかどうか心配でしたが、案の定、悪い予想は的中、無情にも夕陽は通過の10分くらい前に稜線の向こうに沈んでしまいました。伊奈川鉄橋での81列車の夕陽ギラリは10月中旬が限界のようです。
【2015.10.31 大桑~須原】(電車運転士)

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