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2015年11月23日 (月)

香港 1980/2005・・2

 先に香港は変化が激しく、3年経つと風景がすっかり変わってしまう、と記したが、中には35年間経っても変わらないところもある。そのひとつが、香港島の中心、セントラル(中環)に近い旧最高法院外部のあたりである

 香港の路面電車は、香港島の北側をほぼまっすぐに東西に走っているので、あまり変化はない。それがこの旧最高法院外部の前はSカーブになっていて、さらにやや高い位置から撮影できるので、好んで何度も訪れている。

Photo
 1983年に訪問したときの写真で、電車が4両も映り込んでいる。2階建て電車が次々やってくる香港のイメージにふさわしいカットである。

Photo_2

 現在のこの場所は、このような感じである。あまり印象は変わっていない。もっとも立ち位置は大きく変化しているし、良い場所に微妙にケーブルが入る。

 昔に比べると続行運転を撮影するのは難しくなった。全線に併行して地下鉄が開業したので、若干本数が少なくなっているのだろう。加えて、この場所は電車以上にバスが通る。それを入れずに続行風景を撮影するには、よほど条件に恵まれないといけない。今回、2時間ほどねばってみたが、最も良いカットで3両が一画面におさまっただけであった。

 香港の印象のひとつに、建物から道路に飛びだした看板がある。

1980_2
 これは1980年の撮影であるが、特に夜は電飾されて、綺麗だった。しかし、建物の建て替えなどの折にはこの看板が撤去され、段々、寂しくなっている。

1996

 これは1996年に南回りで欧州に行ったとき、香港でトランジットの合間に撮影した夜のシーン。銅羅湾の単線区間のこのあたりは、特に看板の密集度が高くて好きだった。それが、現在ではこのようになっている。

2015
 建物が工事中のこともあるのだろうが、看板が撤去されてしまっている。すっきりしたが、香港らしさが無くなったようで寂しい。

 この場所は、銅羅湾から競馬場のある跑馬地(ハッピーバレイ)への分岐線が分かれてすぐのところであるが、この分岐箇所では電車が滞留するので、こんな写真も撮れた。

1980
 ところがこの場所、現在は電車の本数が減ってしまったため、せいぜい4両くらいしか入らない。ちなみに3枚上の夜景の写真は、この後ろの高架道路の下から反対側を見て撮影している。

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 ところで、注意深くご覧になっている方は、同じ2階建てでも車体が変わっていることに気がついていることだろう。現在の車体は1980年代後半に更新されたもので、やや丸みを帯びて、スマートな外観となった。ただ1両、120号がメモリアルカーとしてそのままの姿で更新され、現在も運行している。

120
 あまり場所は良くないが、取りあえず新旧のすれ違い。

 さらにこの更新車体は、2012年頃から再び更新されているようだ。これが最近更新された車体と未更新車の並びであるが、見た限りでは方向幕がLED化されているくらいしか気がつかない。

2
 ところがWIKIPEDIAによると、車体は木骨!構造が鉄骨構造に変わり、さらに制御方式はVVVFインバータ制御となり、駆動も三相交流誘導電動機となっているという。また、車内に停留場案内も取り付けられている。

 こうした大規模な改造にもかかわらず、外観がほとんど変わっていないことは何とも好ましい。変えないことで香港の路面電車のイメージを大事にしているのかと思う。(あるいは、外観を変えると大変なので、そのままにしているのかもしれないが・・・)

 新聞報道によれば、都心の一部区間を廃止するような要望が出されていたり、あるいはその逆に都心部の自動車の通行を遮断してトランジットモール化の話も出るなど、これからいろいろありそうな香港の路面電車。風景も変化に富んでいるし、ちょっと我慢すれば東京より安く行けるようになったので、また、行く機会も出てきそうだ。(駅長)

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コメント

更新で随分とノッペリしましたねえ。ところで再更新車の2階正面の窓、ハメコロシですか?それとも偶々閉まっているだけ?
Sカーヴはウッカリ続行と思ったが、対向も入れて3輌ですね。(あまらぼ鍋屋町)

投稿: あまらぼ鍋屋町 | 2015年11月24日 (火) 22時29分

 おっと、そこまで気がつかなかった。(^_^;)
 写真を確認しましたが、途中まで開きます。これは更新車も同じ。更新車に見える窓の上段の窓枠のような棒は、車内の手すりです。ちなみに両側の窓は、どちらもほぼ下まで全開します。(駅長)

投稿: 駅長 | 2015年11月24日 (火) 23時15分

あえて未更新車を残しているあたり、なかなか粋な計らいです。観光名物としての策なのでしょうか。しかし運行本数の削減や、香港らしさを伝えるオブジェや街並みが時代の流れとともに一般的な都市の景観に変化していくようで、少し残念な気がします。訪問するなら今のうち、と思いつつ、何かと諸々事情が・・・。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2015年11月25日 (水) 08時43分

香港の2階建て電車は雑踏の中を行くごちゃごちゃ感が魅力でしたが、町全体が小奇麗になってイメージが変わりつつありますね。景観上はいいのでしょうが、その街ならではの個性が薄れてしまい、どこの街へ行っても似たような風景になってしまうのは残念です。日本だけの流れかと思っていましたが、海外にも波及しているんですね。(電車運転士)

投稿: 電車運転士 | 2015年11月25日 (水) 12時09分

香港は中国になる直前に観光のみで一度だけ行きましたが、三泊四日で結構ボラれた印象があります。ビクトリアピーク以外はたいした観光地もなく、食事もマズく数少ない海外旅行で最悪な印象で、二度と行きたくない土地です。が、二階建て路面電車だけは面白かった?ですね。跑馬地への分岐もスッゴイなぁ~と思ったことは記憶に残っています。車両的には更新しても外観的な印象を変えないとか、未更新車を残すとか日本のC県の鉄道会社のように観光資源と考えているのでしょうね。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2015年11月27日 (金) 00時07分

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