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2015年6月

2015年6月29日 (月)

361.大雪になった岐阜市内 1981/1/11~15

 

 1981(昭和56)年はやっと正月気分が抜けた1月中旬の成人の日あたりに東海地方も強烈な寒波に襲われ、岐阜市内も大雪に見舞われました。それも1日限りではなく、11日から15日くらいまで5日間も続いたようで、雪景色を撮るにはまたとないチャンスとばかりに自転車の機動力を駆使して岐阜市内を東奔西走しました。



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 11日の朝から降り始めた雪が夜になるとそれなりの積雪になったため、早速、徹明町でバルブと洒落込んでいます。ちょうど、市ノ坪の車庫に回送される560型が来たので、870型との並びになりました。870型の前照灯は片側しか点灯していませんが、故障ではなく、リニューアル前は片側しか点灯しない仕様になっていました。
【1981.1.11 徹明町】(電車運転士)



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 11日からの雪はその後も降り続き、12日には岐阜市内もかなりの積雪になっていました。学校帰りの夕方に新岐阜を通りがかったところ、運よく各務原線のホームに850系が停車しており、雪景色とナマズの発車シーンの組み合わせを撮ることができました。
【1981.1.12 新岐阜】(電車運転士)



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 夜になると冷え込みも厳しくなり、帰宅の乗客も足早に電車に乗り込んでいきます。この調子でいくと翌日も大雪の状態は続きそうな気配でした。
【1981.1.12 新岐阜駅前】(電車運転士)

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 寒波は収まるどころかその後も居座り続け、積雪は増えるばかりでした。雪は断続的に降り続き、時間によっては写真のように雪国の路面電車を連想させる光景も見られました。
【1981.1.14 本町~材木町】(電車運転士)

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 金華山もすっかり雪化粧し、クリスマスツリー状態となっていました。車が通らない路面はしっかりと雪が積もり、電車の乗降はいつもより苦労する場面が多かったのではないでしょうか。
【1981.1.14 公園前】(電車運転士)

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 岐阜市内線をひと通り撮った後は美濃町線に転戦しています。電車が着くたびに通票の授受が行われ、寒い中、淡々と日常の光景が繰り返されていました。この頃の競輪場前の市ノ坪方向は行き違い設備がありませんでした。
【1981.1.14 競輪場前】(電車運転士)

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 競輪場前の徹明町方向でも同様の光景が見られました。交通量の多い道路上での車の間を縫っての作業なので、危険がともなうこともあり、通票の授受は後に自動化されました。
【1981.1.14 競輪場前】(電車運転士)

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 夜になって新岐阜を覗いてみるとポイントの融雪器に火が灯され、幻想的な雰囲気になっていました。炎がそれぞれにゆらゆらと揺れる関係で4つともうまく写るかどうか心配だったので、何回かシャッターを押しましたが、この1枚だけいい感じで写ってくれました。
【1981.1.14 新岐阜】(電車運転士)

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 雪の降り始めから4日目を迎えても寒波は緩む気配はなく、金華山のクリスマスツリー状態は継続していました。一瞬、雪が止んだタイミングの時にてっぺんの岐阜城を見ることができました。
1981.1.15 本町~材木町】(電車運転士)

 

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 この日も競輪場前を訪れています。少なくなった600型の2両編成が到着しました。雪が降りしきる中、いつもどおりに通票の授受が行われていました。
1981.1.15 競輪場前】(電車運転士)

 

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 薄日が差してきたので、さっきよりも金華山と岐阜城がクリアに見えると思い、公園前に舞い戻っています。軒下にたまった雪を見るとここ数日の積雪がかなりのものだったということがわかります。
1981.1.15 公園前】(電車運転士)

 

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 夜になると再び雪が激しく降ってきました。帰宅を急ぐ人たちが足早に新岐阜駅前の交差点を渡って行きます。この寒波、いったいいつまで続くのでしょうか…。
1981.1.15 新岐阜駅前】(電車運転士)

 

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 徹明町にも足を延ばしてみました。寒波も長期戦になるとうんざりムードが蔓延してくることもあってか、そんなに遅い時間ではないのですが、人通りがめっきりと少なくなっています。
1981.1.15 徹明町】(電車運転士)


 この年のような長期の寒波の襲来は今に至るまで記憶にありません。温暖化の影響で当時よりも暖冬化が進んでいることもあって、今後、このような状況になるようなことは考えにくいと思われますので、寒さで手を震わせながら撮った記録はいい思い出となっています。

 

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2015年6月28日 (日)

ラストフェスティバル

《電車運転士様が美濃太田区キハ40ツートン色編成の27日撮影のご報告をされていたのに続き、当方は28日の撮影をお伝えします。単なる偶然ですが・・・》

美濃太田区キハ40系群の引退を迎え、関係者の配慮による最後のご奉公でしょうか、2両現存するツートン色車が26日から手を組んで久々のユニット復活となり、定期運用に入りました。高山線での活躍の締めくくりとして考案?されたお楽しみ。せっかくなので最後のチャンスを楽しんでみましょう。
所用により出かけられるのは28日(日)のみ。そして当日のツートン編成運用は美濃太田発下り朝イチ4703Dからスタートとなります。ところで高山線沿線の天気予報は、日本海を進む低気圧の影響で晴天予報の美濃地方に対して飛騨地方は曇天模様。どこで撮るかは移動しながら判断しましょうと、とりあえず未明の国道41号を北へ向かいました。明け方の上呂を過ぎたあたりから北の方角には怪しい雲行きが目に入り、これはイカンと北上をあきらめ、上呂ー飛騨宮田間で朝に集中する5本の40系運用列車を撮影することにしました。

Jouro1 この辺りは地理的にも美濃と飛騨の境目でしょうか。空を見上げると、ちょうど雲の切れ目に当たっているようで晴れたり曇ったりの“心臓に悪い”空模様。せめてツートン編成だけでも晴れてくれよと祈った結果、よっしゃ、叶った!

Ajsi2
Ajsi上の撮影地の近くで紫陽花が咲き誇っている場所を見つけました。見頃を過ぎて少し色褪せていますが、今の時季しか撮れないシーンは、他の撮影ポイントよりも優先してカメラを向けたくなります。というわけでタテ、ヨコの2丁切り。

Jouro2 徐々に晴れ間が多くなり、4709C通過時は見事なピーカンとなりましたが、相変わらず北部の空は雲に覆われております。上呂ー飛騨宮田に留まっての撮影は正解、だったのかな?

Hosoe 飛騨地方の天候は芳しくないですが、ツートン編成の誘惑に負けて北上を決行しました。途中で寄り道をして余計な時間を費やして、当初ツートン編成1826Dを撮影しようと目指していた山峡エリアまではたどり着けず第13宮川橋梁にギリギリ間に合いました。もっと時間があればアングルを考える余裕があったのに、ちょっと心残り。しかし遠征した甲斐があったようで、天候は回復してきました。実は曇天模様を当てにしていたので、嬉しい誤算。

Kokuhu 飛騨国府ー上枝の名撮影地でツートン編成1827Dを狙いました。何度となくここでは撮影していますが、今回は今まで撮ったことのない地点から狙おうと、左岸の河原に下りました。曇りがちの天気でしたが直前で陽が当たり、興奮して(笑)絞りを間違え、修正修正(汗)・・・。

Simoaso その後はしばらくキハ40系の運用列車は来ないので、ここでお開き。帰りがけの駄賃をいただきながら国道41号をゆっくりと南下して帰途に就きました。途中、下麻生付近の直線コースでキハ40系4721Cをキャッチ。稲も順調に成長していますが綺麗なグリーンカーペットが現れるまでにはもう少し先でしょうか。

これで高山線から姿を消すキハ40系ですが、紀勢線ではまだまだ現役。美濃太田区の車両の一部は伊勢に転属の噂もあるらしく、再会できるとは言うものの、自宅からはちと遠いのが難点かぁ・・・。(出札掛)

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360.実質の引退興行!? オレンジツートンペアの復活 2015/6/27

 630日限りで高山本線の運用から引退するキハ4048ですが、今日(28日)を含めてあと3日となり、本当の意味でのカウントダウンとなっています。「最後くらいはオレンジツートンペアが復活しないかな」と希望的観測を持っていたところ、粋な計らいにより26日の734Cから運用に入りました。このまま順番どおり運用が回れば30日の1714Cまでオレンジツートンペアが高山本線内、それも美濃太田以北を中心に走ることになり、実質の引退興行になりそうです。さよなら運転などのイベントは行われないようですが、さよなら看板などの装飾がない普段着姿でのお別れという方法もこれはこれでありかなと思います。参戦した27日は1820D4708C4709C1825D1828D4718D(前)という美濃太田から猪谷までの風光明媚なポイントをもれなく通るというおいしい運用でした。天気は芳しくない予報でしたが、高山本線でオレンジツートンペアが撮れるのは自分のスケジュール的に最後になるので、天気の良し悪しは気にしないこととして早朝(未明)の国道41号線を北上しました。

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 猪谷からの1820Dは早朝過ぎて山間では露出が厳しいと思い、スタートは高山からの1708Cからとしました。飛騨小坂~渚の定番ポイントも露出的に厳しいだろうということで、曇りなら逆光にならないこのポイントに行ってみました。時折小雨がパラついた関係もあってメリハリのない絵になってしまいました。
【2015.6.27 久々野~飛騨一ノ宮】(電車運転士)

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 下呂で折り返す4709Cはどこで撮ろうか悩みましたが、結局、俯瞰ポイントに登ってしまいました。天気はよくなくてもやっぱりオレンジツートンは抜群の存在感です。
【2015.6.27 飛騨小坂~渚】(電車運転士)

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 1825Dを宮川沿いの区間で撮るため、さらに北上を続けました。途中、1826Dをギリギリのタイミングで撮ることができました。川霧が出ていましたが、鉄橋の向こう側だったため、幻想的な雰囲気にはなりませんでした。
【2015.6.27 飛騨細江~角川】(電車運転士)

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 1825D5月にも行った俯瞰ポイントで待ちました。そのときはここでオレンジツートンを撮りたいなと思いましたが、とりあえず、最後の最後に宿題を消化することができました。
【2015.6.27 坂上~打保】(電車運転士)

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 1828Dもポイント的には5月に訪れたときのトレースになってしまいました。前日の雨の影響で宮川は増水、水も濁っていました。
【2015.6.27 杉原~猪谷】(電車運転士)

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 あわよくば1828Dをもう1回撮れないかと速攻で撤収し、折り返し国道360号線を南下しました。打保で「ひだ3号」と交換の間に追い越すことができたので、打保の南の川沿い区間に急ぎました。カメラを構えて数秒後に列車が現れるといったきわどいタイミングでしたが、何とか撮ることができてよかったです。
【2015.6.27 坂上~打保】(電車運転士)

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 東海色の1827Dを角川~坂上の中間地点の鉄橋で撮影後、高山方面に車を走らせていると角川の北にある鉄橋のそばに紫陽花が咲いていたので、ちょっと寄り道してみました。時間的には余裕があったので、「ひだ7号」をここで撮ってから4718Dのポイントに向かいました。
【2015.6.27 角川~坂上】(電車運転士)

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 この日の4718D4両のうち前2両がオレンジツートンでした。最初は飛騨小坂~渚の定番ポイントで撮ろうかと思いましたが、宮峠の手前に来たら薄日が差していたので、急遽、計画を変更して4708Dを撮った俯瞰ポイントに向かいました。今回は北アルプスの山々は関係ないので、列車が目立つように望遠で引っ張ってみました。グリーンカーペットとなった田んぼと一之宮の街並みを背景に混色編成が築堤を登って行きます。
【2015.6.27 久々野~飛騨一ノ宮】(電車運転士)

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 4718D1828Dと同様、あわよくばもう1回ということで、急いで南下しました。川霧を期待して下原ダム湖に向かいましたが、こちらは余裕で先回りすることができました。通過10分前くらいに到着したときは鉄橋の周囲に川霧が広がっており、期待が膨らみましたが、あっという間に消えてしまい、加えて、通過直前に微風が吹き、水鏡も微妙な感じになってしまいました。
【2015.6.27 飛騨金山~焼石】(電車運転士)

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 4718D通過後、東海色のキハ4048も撮ろうと思い、撤収せずに居座っていたところ「ひだ15号」の通過前に川霧が発生、見る見るうちに増殖し、列車通過時には幻想的な光景が出現しました。撤収せずに正解でした。
【2015.6.27 飛騨金山~焼石】(電車運転士)

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 川霧期待で4725Dまで粘りましたが、「ひだ15号」の川霧は短時間のうちに消えてしまい、その後に現れることはありませんでした。何の前触れもなく現れ、あっという間に消えてしまう川霧はまるで生き物のようで、列車とのコラボはハードルの高い代物ということを実感しました。
【2015.6.27 飛騨金山~焼石】(電車運転士)

 このところ積極的に撮り続けてきた高山本線の国鉄型気動車もとうとう終焉を迎えることになりました。ただでさえ魅力的なターゲットが少ないこのエリアですが、ますます撮るものがなくなってしまいました。紀勢本線ではもうしばらく活躍が見られそうですが、距離があるので高山本線のように気軽に通うことは難しそうです。凸の貨物列車が健在の頃にもう少し真面目に撮っておけばよかったとの反省材料がありますので、躊躇することなくスケジュールの許す限り通うように心掛けたいと思います。

 

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2015年6月26日 (金)

JR西日本のカラフルな気動車たち(1992年初秋 富山地区)

前回の小浜線に続き、9月5日、10月10日の2回、富山地区の氷見線、城端線そして高山線を訪問しています。
 
そのきっかけは、前年9月に七尾線が電化され、大量の58系気動車と12系客車が捻出され、あろうことか12系4両が気動車に改造され、氷見線で使用されているということで、珍編成を見ようというものでした。
Img672_2伏木・越中国分 426D キハ58 1016+キサハ34 501+キサハ34 1+キハ28 2411  1992年9月5日
氷見線なら普通海沿いの次の駅間で撮るのが定番ですが、小浜線でも言いましたように、当時の私と相棒は順光で編成がきれいに入ればOKなのでここになりました。
七尾線からの転属車が入る前は、35系、45系といった非冷房車がかなりの割合を占めていましたが、多少改善されました。しかし、いくら平坦線とはいえ4両をDML17H系エンジン 3台で運転するというのはかなりパワー不足だったのではないでしょうか。本来なら前後を58にするところなのでしょうが、日中は58+28で運用することと、冷房電源を28に依存していたこと、さらにはこの当時、まだ58系は主力気動車であり、58を多く配置することができなかったのでしょう。
Img684林・戸出 333D  キハ28 2351+キハ58 443+キハ58 795+キハ28 2412   1992年9月5日
城端線に移動しました。先頭の28が元高岡鉄道部色、後ろ3両が新色です。この編成を見ると58、28の向きは決まっていたわけではないようです。
Img682林・戸出 336D  キハ23 519  1992年9月5日
35系はほぼ淘汰されていましたが、45系はまだ多く配置されており、両運車は重宝なのか、福井鉄道部(越美北線)からの転属車も旧色のまま使用されていました。
Img743高岡・二塚 321D キハ45 72+キハ45 517+キハ28 2350+キハ58 443  1992年10月10日
二回目の訪問は朝から城端線へ入りました。58系より新しい45系はここではまだ主力で、新色化も進められていました。前回同様朝方は太陽も顔を見せていたのですが・・・。
Img745高岡・二塚 1322D キハ23 12+キハ53 1003+キハ58 438+キハ28 2346  1992年10月10日
当時城端線には富山から夜入線し、翌朝東富山行となる富山鉄道部(高山線)色の4両が運転されていました。両運車は七尾線 七尾・輪島間で使用されていたキハ58の両運化車1000番台が入っていましたが、まだキハ23も使用されていました。
そういうわけで、このとき、城端線では4色の45系が見られたわけです。一体何のための線別塗装だったか訳が分かりません。
Img794伏木・越中国分 431D キハ30 27+キハ23 519  1992年10月10日
この日は前回見られなかった35系で唯一残って新高岡鉄道部色となったキハ30 27が運用に入っていたので、氷見線に移動しました。3扉になるとさらに珍妙なカラーリングですね。
Img796越中八尾・千里 回9828D キハ58 704+キハ58 1012+キハ28 2316  1992年10月10日
キハ30を撮って高山線に移動したのですが、こんなものが長躯新潟から来ていました。この日に照準を合わせたのは、恐らくこの列車の乗り入れがあったからでしょう。なんのための団体だったか全く覚えていませんが、今ではありえませんね。

Img799越中八尾・千里 846D キハ53 1001  1992年10月10日 
↑でも書きましたが、かつて七尾線の輪島ローカルに使用されていたキハ58を両運化したキハ53 1000番台は3両とも富山鉄道部に転属して、高山線富山口で使用されていました。単行ではエアコンは使えません。
Img805速星・西富山 830D? 1992年10月10日
編成を失念していますが、当時はこんな列車も定期で走っていました。異なるJR会社の車両の連結運転は、最近まで「北斗星」が、現在は「サンライズ」だけとなっていると思いますが、いずれも長距離の優等列車で、ローカルではかなりレアな列車だったのではないでしょうか。西日本の車両も高山まで入っていましたね。

この後、485系の富山地鉄乗り入れを撮りに常願寺川橋梁へ立ち寄って帰名しました。
特に10月10日は天気が悪く、表題の「カラフル」がイマイチですが、ご容赦ください。後一回、これぞ究極、といった「カラフル」がありますので、お付き合いいただければ幸いです。(検査掛)


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2015年6月23日 (火)

359.三岐鉄道の紫陽花 再び 201/6/21

 昨年は東藤原の工場の定期修繕が例年よりも遅くなったため、貨物列車と紫陽花とのコラボが撮れませんでした。今年はそれのリベンジを果たすべく、先週、三岐鉄道に行ってきました。そのときにまだまだ撮れなかったアングルがあったこともあって、性懲りもなく2週連続で三岐鉄道を訪れてしまいました。

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 朝の家族運用をこなした後、930分頃の3711列車からスタートしようと思い、現地に向かいましたが、土砂降りで車から出ることができずに写真どころではありませんでした。次の貨物列車までは2時間近くあったため、気を取り直して北勢線で時間をつぶすことにしました。紫陽花の色合いは先週よりはいい感じになっていました。
【2015.6.21 楚原~麻生田】(電車運転士)

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 3714列車と501列車を撮影後は再び北勢線の紫陽花ポイントに向かいました。よく見ると紫陽花の上に小さなアマガエルがちょこんと乗っかっていました。たまには趣向を変えて列車をアウトフォーカスにしてみました。アマガエルがまるで「雨が小降りになったケロ、電車見物に来たケロ」と言っているかのようでした。
【2015.6.21 楚原~麻生田】(電車運転士)

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 貨物列車の実質スタートは雨が小振りになった3714列車からとなりました。先週は手前の雑草が編成にかかってしまったため、撮り直しをしました。紫陽花の色合いは1週間経っても持ちこたえていたので、助かりました。
【2015.6.21 三里~丹生川】(電車運転士)

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 3713列車と3716列車は伊勢治田の定番ポイントであ茶を濁した後、3715列車は同じような写真を量産するのも芸がないと思い、目新しいポイントはないものかと見つけたのがここです。紫陽花はまあまあの色合いでしたが、構図的にはちょっと窮屈で苦しいアングルとなってしまいました。
【2015.6.21 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

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 先週は時間の都合で電車でしか撮れなかったポイントで3718列車を待ちました。ここの紫陽花はひとつの株で違う色合いの花が咲いており、なかなか趣がありました。
【2015.6.21 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

 

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2015年6月21日 (日)

琵琶湖線トワイライト

確実に運転するときに、悪天候に見舞われないときに、ほかに予定がなく行けるときに行っておいたほうがよいかと思いまして、「トワイライトEXP」の琵琶湖一周コースの撮影に三たび出かけてしまいました。今までは北陸線内で撮影することにこだわっていましたが、たまには東海道線(琵琶湖線)での走行シーンも記録しておこうと思い、今回はお手軽な彦根~米原の俯瞰ポイントで狙うことにしました。

9022 なんだか木之本~余呉の俯瞰ポイントを連想させる雰囲気です(笑)。琵琶湖線であるという印象は薄いですがご了承ください。晴れるとモロ逆光になるので曇りがちの天気を期待しましたが、こんな時に限って晴天気味になるんですね。どんより雲よりはマシですから、まあ良いのではないのでしょうか。
ここは線路沿いの防護柵が目障りなのですが、季節柄うまい具合に緑化が進み、違和感のない風景を得ることが出来ました。

Kani_2 振り返って客車側の後追いにもカメラを向けました。デカい「JR」のロゴマークがうっとおしく目に映りますが、やがて見納めになるときがくるので、これも記録としては良いのではないのでしょうか。

221221系も時々姿を見せます。体質改善工事を施されてもなお、デビュー当時から変わらぬ塗装を纏って活躍する姿を見るとなぜかひと安心します。ヘンな単色塗装に変身しないことを祈ります。

先ごろ発表されたトワイライト編成による山陰クルーズ運行の走行区間に琵琶湖一周ルートは含まれておらず、こちらのエリアで撮るにはあと数回のチャンスです。秋季以降も運行が計画されるのなら琵琶湖ルート復活を望みますが、さて、そんなことより次はどうしよう?もう少し琵琶湖線を西へ行ってみましょうか?(出札掛)

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2015年6月20日 (土)

なんとなく違和感

 あまり新車を毛嫌いしてはいけない(^_^;)と、天候が良さそうだったのでお馴染みの場所に。

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 ひょっとしたら、名古屋市内で営業運転が撮れるのは、はじめて、かな?今日の同業者は4名でした。

 遠くまで追っかけるのは面倒なので、戻しも手近なところで。

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 晴れれば順光バリバリなんだけれど、残念ながら曇ってしまいました。

 見慣れないせいもあるかと思うけれど、やはり青色の方がしっくりくるなぁ。やはり、撮り手の気持ちがもうひとつ入ってない?もう一度、青色で走ってくれないかしら。(駅長)

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2015年6月19日 (金)

JR西日本のカラフルな気動車たち(1992年夏 小浜線)

最近はいよいよ国鉄時代に製造された車両の車齢が尽きかけていることもあり、国鉄当時の塗色に戻すことがJR各社でブームみたいになっていますが、今スキャンをしている1992年頃は、各社が個性を出そうと、独自の塗装を始めた頃ではないでしょうか。中でもJR西日本は気動車を線別にカラーリングして、イロイロな塗色になりました。異論はあるでしょうが、何かにつけてアウトサイダーな私としては、カラフルで見ていて楽しく、結構出かけています。

今回はまだ高速道路の開通前で、海水浴臨も多数乗入れて賑わっていた頃の小浜線の様子をご覧いただきましょう。私が自動車免許を取得したのは38歳の時で、この頃は専らはなぶさメンバーの資材担当様のナビ担当でした。我々二人はあまり風景にこだわりがなく、きれいに編成が撮れればOKだったので、そういった意味では全くと言って面白味がない絵ですが、そこで敢えて定点撮影したものを並べてみたいと思います。(特記以外は1992年7月19日 若狭本郷・加斗間で撮影)

9413d9413D「エメラルド」
皆さんご存知のことと思いますが、名古屋発の臨時急行です。最盛期は6両での運転もあったようですが、半分の3両になっていました。年を変えて様々なヘッドマークが付きましたが、それもなくなりました。基本は気動車急行色でしたが、海ナコの58系が快速「みえ」色に塗色変更中で、「エメラルド」にも1両、キハ58 1003が組込まれていました。
402d402D「わかさ2号」
福知山・敦賀間のローカル急行。日本全国走っていたこのようななんの変哲もない列車もすっかりなくなってしまいました。
9109d9109D「マリン小浜」
京都発の臨時特急です。先頭のキハ181 20が検査出立てでピッカピカでした。キハ181系による波動輸送の先駆けとも言える列車でした。
9011d9011D「マリンエーデル若狭」
こちらは大阪発福知山線経由での乗入れですが、定期列車「エーデル北近畿」6両を福知山で分割し、2両を小浜行としたものです。愛称板にも「マリン」の文字が追加されています。
930d930D
ワンマン化されたキハ58+キハ28の各停用編成で、これが小浜線色です。手前のキハ28 2510は知る人ぞ知る、58系気動車では貴重な?新製冷房車で、元を辿れば中央東線「アルプス」1等車(キロ58)冷房用に投入された車両で、その後金沢・松本間の急行「白馬」に使用された後、敦賀に転属したものです。
401d401D「わかさ1号」
種別は「普通」となっていますが、急行です。
9930d9930D「ブルー若狭」
この年に運転が始まったのか不確かですが、海水浴シーズンに線内で運転された臨時快速列車ですが、車両は七尾線急行「能登路」用のキハ58+キハ28を金サワから借り入れて使用しています。この後も1999年頃までは同様に運転されていたようですが、都度金沢から借り入れていたようで、後年「能登路」用車両が黄色主体の塗色になった時もその車両が使われました。

定点撮影はここまでですが、東側から小浜線入りして小浜止まりの列車もあったので、そちらに移動しています。

9924d小浜・東小浜 9924D アストル(金サワ欧風車)
単独では団臨、中間車を除いて2両で485系と協調運転できるとして一時北陸線で走りました。

Img498小浜・東小浜 9934D  ほのぼのSUNIN(米ヨナ 和式車)
海水浴臨以外に2本も団臨が走り、おいしい一日でした。

Img504_2十村・藤井 941D
小浜線の気動車はほとんどがキハ58系でしたが、唯一キハ53が1両配属され、単独や増結で使用されていました。この季節、非冷房は辛いものがあります。

Img506_2十村・藤井 9414D「エメラルド」

暑い一日をここで締めくくって帰路につきました。今は「海水浴臨」も死語になりつつありますね。(検査掛)

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2015年6月16日 (火)

358.三岐鉄道の紫陽花リベンジ 2015/6/14

 新緑→水鏡と季節は巡り、三岐鉄道沿線も紫陽花の時季を迎えました。昨年は東藤原のセメント工場の定期修繕が例年よりも遅い時期に設定され、紫陽花とED45のコラボが満足のいく状況で撮ることができませんでした。今年の定期修繕は例年どおりの設定で、紫陽花が見頃の時季にセメント列車が運転再開されましたので、14日に昨年のリベンジを行ってきました。

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 朝に家族運用があったため、撮影は3711列車からとちょっと遅めのスタートとなりました。伊勢治田の定番のポイントはちょうど紫陽花が見頃で、花の色づきもよく、ほぼイメージどおりの写真を撮ることができました。
【2015.6.14 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

22_dsc570815614 

 次の貨物列車までには2時間近く時間が開くため、北勢線を覗いてみました。ここの紫陽花は色が白っぽくなって時すでに遅しかと思いましたが、よく観察してみるとこのような色づきの木のようです。木が老朽化して鮮やかな色にならないのかどうかは定かではありませんが、せっかくいい位置に咲いているので、もう少し色合いがよければと思ってしまいます。
【2015.6.14 楚原~麻生田】(電車運転士)

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 大きな紫陽花の株は今年も健在でした。昨年はセメント列車が運転再開されたときには時季が遅くて色が抜けてしまって絵になりませんでしたが、今年はベストのタイミングで撮影することができました。写真の3713列車などの下り列車は立ち位置の関係でどうしても後追い気味になってしまいますが、やむを得ません。
【2014.6.14 三里~丹生川】(電車運転士)

52_dsc578515614 

 上りの3716列車が紫陽花の向こうを通過して行きます。ここの紫陽花は線路からかなり離れているため、どうしても列車が小さくなってしまいます。ここは昼を過ぎると逆光になってしまいますが、この日は薄曇りだったため、昼からの列車でも光線を気にせず撮影できました。
【2015.6.14 三里~丹生川】(電車運転士)

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 3718列車は伊勢治田の定番ポイントに戻りました。この列車は貨車なしのこともあったので、一抹の不安がありましたが、この日は後にタキを連ねてやって来たので、ホッと胸をなで下ろしました。
【2015.6.14 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

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 このあと、自分が現地にいる間に来る上りの貨物列車はないので、線路の反対側の紫陽花は電車で我慢しました。ここの紫陽花は同じ株なのにそれぞれの花の色合いが微妙に異なっていました。
【2005.6.14 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

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 夕方の3717列車は3711列車では撮れなかった横構図で撮ってみました。横構図でも紫陽花のボリューム感はそんなに変わりませんでした。この日は終日薄曇りでバリ晴れとはいきませんでしたが、紫陽花はバリ晴れでない方がしっとり感があってこれはこれでよかったのかなと自分に言い聞かせました。
【2015.6.14 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

 

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2015年6月14日 (日)

ホテルの窓から【旧(*)ホテルJALシティ函館 編】

(*)現在は「函館グランドホテル」として運営されています


15年前の2000年7月14~16日、2泊3日で函館に泊まりながら道南地方のマジメな観光旅行に出かけましたが、そのときの宿泊地に選んだのが「ホテルJALシティ函館」です。
函館山のロープウェイ乗り場に徒歩でアクセスできるので思い立ったら夜景を見に行ける、という単純な理由だけで同ホテルに決めたのですが、1泊目の翌朝、窓からふと函館山の方角を覗いてみると、おおっ、眼下に函館市電が見えることに気が付きました。しかもうまい具合に函館山がバックに入る!

7151 地図でホテルの所在地を確かめたときに谷地頭線から近い位置にあることは確認していましたが、泊まった部屋から電車が見えるとは思っていませんでした。しかし眺望が効くほど高いフロアではなかったので(部屋の階数は忘れました)、市電が姿を見せる地点をチェックしておいて、シャッターを切りました。

7154 十字街電停付近を走る函館どっく前方面の市電です。バックには函館造船所が見えています。

7152 折しも大型クルーズ客船が入港するシーンを捉えることが出来ました。画面の右上にご注目。ちょうど函館駅方面の電車が来たので、無理やりファインダーに収めました。

7153 その次に撮影したカットがこちらです。建物に阻まれて、これが精一杯のコラボです。
「トレインビュー」ならぬ「トラムビュー」のホテルなら、各地で至る所にありそうですね。

《副産物》

Aman レンタカーで道南地方の各所を周りましたが、にしんそばを食べるだけの目的(→どうも怪しい)で江差町へも足を延ばし、途中ではちゃっかりこんな場所にも立ち寄りました。

7159115 江差町からの帰り道、ELに牽かれた「ノースレインボー」が青函トンネルを通って青森から戻ってくるところにたまたま出くわしたので(→やはり怪しい)、せっかくだからとお立ち台にて記念撮影しました。

新幹線開通で変貌する津軽海峡線と、夜行列車の終焉。今のうち訪れたいのは山々ですが・・・。(出札掛)

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2015年6月13日 (土)

357.1年ぶりの立山砂防軌道ほか 2015/6/10

 昨年の5月に訪れた立山砂防軌道ですが、メンバーの中からぜひ行ってみたいというリクエストがありました。結果、駅長様・施設区長様にご参加いただき、自分を含めた3人で立山砂防軌道を訪れてきました。ちょうど梅雨入りするかしないかの微妙な時期でしたが、10日だけは天気がよさそうな予報だったので、それを信じての催行となりました。

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 富山入りは400頃でした。この時季は日の出が早いため、あいの風とやま鉄道で早朝の貨物列車でも撮れないかと沿線をうろうろしましたが、山沿いには雲がかかったりしてなかなか思うようなポイントが見つかりません。結局、東富山~水橋の定番ポイントに向かいましたが、直後に踏切が鳴り始め、3092列車が来てしまいました。構図を決める時間がなく、慌ててシャッターを押したため、中途半端な感じになってしまいました。
【2015.6.10 東富山~水橋】(電車運転士)

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 本命の時間までにはまだまだ余裕があったため、富山地鉄沿線で時間をつぶしました。朝の3両を撮ろうと上滝線に車を走らせました。この日は平日だったので、上滝線でも朝のラッシュが始まっていました。
【2015.6.10 大庄】(電車運転士)

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 3両運用を待っていたところ、次の列車で来るはずのダブルデッカー編成が来ました。どうも運用変更が行われたようです。
【2015.6.10 月岡~大庄】(電車運転士)

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 砂防軌道の発車時間に合わせて、撮影ポイントに向かいました。車庫になっている建物のシャッターが開き、続々と山を登る列車が出て来ました。数えてみるとモーターカーが2台、機関車牽引が4列車でした。順番に登って来る列車にシャッターを押します。メインとなる鉄橋はかろうじて列車に陽が当たってくれました。朝に撮れたのはモーターカーを含めて6列車、まあまあ幸先のよいスタートでした。
【2015.6.10 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 昼前の山下りの列車までには時間があるので、立山線の列車を撮影することにしました。定番ポイントで京阪のダブルデッカーを待っていたところ、西武のレッドアローが来ました。朝の運用変更はそのまま続いているようで、京阪のダブルデッカーの運用がわからなくなってしまいました。
【2015.6.10 本宮~立山】(電車運転士)

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 午前の立山行アルペン特急はてっきり一般車だと思っていたら西武のレッドアローでした。どちらかというとアルペン特急HM付きの一般車の方がよかったのですが…。でも、爽やかな青空のもと予定外の水鏡がゲットできたので、これはこれでよしとしました。
【2015.6.10 岩峅寺~横江】(電車運転士)

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 西武のレッドアローの折り返しは有峰口で交換でしたが、定番鉄橋でギリギリ間に合いました。鉄橋の高度感を出してみたいと思い、広角で川の流れを目一杯入れてみました。
【2015.6.10 千垣~有峰口】(電車運転士)

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 昼前の山下り列車を迎え撃つため、再び砂防軌道のポイントに向かいました。余裕を持って行ったつもりが、予想以上に早く山を降りて来たようで、ポイントに向かう途中に機関車の単行が来てしまいました。とりあえず撮れるポイントで慌ててシャッターを押しました。その後、撮りたいポイントに急ぎましたが、続行で次の列車が来てしまいました。いたところがちょうど線路を見渡せない場所だったので、走行音だけが聞こえ、みすみす撮り逃がしてしまうという大失態をやらかしてしまいました。山下りの列車はいつ来るかわからないので、時間はもったいないですが立山線に浮気せずに現地にとどまるべきでした。
【2015.6.10 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 気を取り直して午後一番の山登り列車は千寿ヶ原を出てすぐの4段スイッチバックを見渡せるポイントで待ちました。ところが、昼休憩が終わる時間になっても車庫のシャッターが開く気配がありません。ひょっとしたら運休かと最悪の事態が頭をよぎります。そうこうしているうちに外に留置してあった機関車が動き出しました。とりあえず、最悪の事態は避けることができました。ただ、登って行った列車はこれだけで、後に続く列車はなく、予想外の展開となってしまいました。
【2015.6.10 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 平野部の方は雲ひとつない青空が広がっていましたが、残念ながら立山の山々には雲がかかり、ベストの条件とはなりませんでした。立山は諦めて初夏の雰囲気を出したいと思い、青空を大きく取り込んでみました。せっかくの駅長様ご推薦のポイントでしたが、立山が見える時に再訪という宿題になってしまいました。
【2015.6.10 新宮川~中加積】(電車運転士)

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 砂防軌道は昼を挟んだ列車が消化不良に終わってしまったため、半ばやけくそ状態で再び砂防軌道に向かいました。今度は歩いている途中に列車が行ってしまうという状況はなく、目指すポイントにたどり着くことができました。程なくして人車の編成が山から下りて来ました。
【2015.6.10 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 続行列車に注意しながら同じ列車を追います。ところどころに線路が見える場所があるので、そのたびにシャッターを押します。
【2015.6.10 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 このポイントは同じ列車を全部で6ヵ所くらい撮ることができましたが、これが最後のカットです。夕方の斜光線を受けていい感じで鉄橋を渡って行きました。この後、続行列車を期待して待ちましたが、一向に列車が来る気配がありません。結局、撮れたのはこの1本だけ、ひょっとしたら、他の列車はこの列車の前に行ってしまったのかもしれません。山下りの列車は昼前・夕方ともその日の作業具合によって運転が決まるようなので、間合いで他に浮気しない方がいいというのが教訓になりました。
【2015.6.10 千寿ヶ原~中小屋】(電車運転士)

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 砂防軌道を後に帰路につきましたが、往生際が悪いといわれても仕方がないですが、立山大橋上のポイントに寄ってみました。ここは陽の長い時季の夕方しか順光にならないので、条件的にはバッチリの状態で、イメージどおりの写真を撮ることができました。ステンレスの東急車やカボチャ色が来たら嫌だなと思っていたところ、オリジナル色が来てくれたのでホッとしました。
【2015.6.10 本宮~立山】(電車運転士)

 

 相変わらずの弾丸鉄にお付き合いいただいた駅長様と施設区長様、改めてお礼申し上げます。砂防軌道は消化不良になってしまった感がありましたが、黒い大きな動物に出会うこともなく無事に帰ってこれてよかったです。秋の紅葉シーズンで今回のリベンジができればいいなと考えたりもしていますので、よろしくお願いいたします。

 

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2015年6月10日 (水)

初めての南紀の海 紀勢線のキハ40系とキハ11

早いもので6月になり、入梅との声も聞こえてきました。長くなれば1か月半の休業?を余儀なくされるので、その前になんとか未踏の地である南紀へキハ40系とキハ11を撮りに行きたいと思っておりました。
事前に4日(木)は全国的に高気圧に覆われよく晴れる、との予報でスクランブル!と思ったのですが、休めない事情があり、もうダメかと思っていたら、6日(土)は未明に雨が上がって晴れる、との予報に変わったので、慌てて準備をし、出発しました。

Dsc_0803阿曽・伊勢柏崎  325D
最後は波田須をめざすこととして、キハ11の4連の825Dをどこで狙おうかと思いましたが、電車運転士様の俯瞰を撮れるかな、と考えここに行きましたが、現地に着いたもののどこから登ったものか見当もつかず、期待していた太陽も厚い雲の中で、やむなくここで撮りました。
Dsc_0813阿曽・伊勢柏崎  322D
40系5連の322Dは325Dと伊勢柏崎で交換のため、あまり移動できませんので、同区間で狙いました。ツートンの運用を特に調べてこなかったので、こんな形でしか撮れませんでした。
Dsc_0823梅ケ谷・紀伊長島 324C
次は時間的なこともあり、荷坂峠で狙おうと車を進めました。最初は42号またはその側道から狙えると思っていましたが、どうも雰囲気が違う、と地図を改めて見直すと、どうやら上下の方向を間違えていることに気が付き、ナントカ間に合いました。雲もようやく切れて、緑がまばゆいばかりでした。
Dsc_0825梅ケ谷・紀伊長島 324C
ここは同じ列車を全く違う雰囲気で撮れると聞いていたのですが、足場となる場所がなにやら造成中で、立ち位置が非常に限定されました。しかし、一人なので、どうにか撮れました。
Dsc_0827梅ケ谷・紀伊長島 327C
大内山で交換で下りが来てしまうので、後追いとなりますが、同じ場所で縦位置で撮ることにしました。ここは本来だと左下と同じ木が植わっていたようですが、ちょうど伐採されていて、橋梁がきれいに俯瞰できました。
Dsc_0838紀伊長島・三野瀬 326D
さらに南を目指しますが、326Dは海を入れて撮れないか、ナビを見つつどうしようか迷いながら走っていくと、三野瀬の集落に降りる跨線橋があり、遠いながらバックに海も入るのでここで狙うことにしました。残念ながらまたも雲がやって来ました。ここでもツートンは最後尾でした。

ここから先、ナビに載っていない高速道を行くか、海沿いを行くか迷いましたが、尾鷲北まで高速で行って、そのあとは海沿いを行くことにしました。
Dsc_0851_2賀田 328C
ナビでは、正午前に波田須に着く、と出ていたのですが、とても無理と判断して、328Cは賀田のあたりで狙うことにしました。ここでもなんとか海バックで撮れないかと右往左往しましたが、時間が迫るなか再び曇ってきて、ともかく見えるところ、ということで、駅の発車を撮ることにしました。海というより、山峡の雰囲気です。
Dsc_0870二木島 329C
さらに先に進めますが、こんどは下りが迫ってきます。一つ先の二木島を見下ろせる場所があったので、後追いですがほとんど関係なさそうなのでここで撮ることにしました。あまり撮ったことがない構図ですが、これも一つの記録です。曇ってしまったのが残念ですが・・・。
Dsc_0880新鹿・波田須 330C
結局この場所に到着したのは、13時を大きく回っていました。上下の特急通過時は曇っていましたが、この列車は晴れてくれて、来た甲斐がありました。
Dsc_0886_2新鹿・波田須 332C
1時間ほど浜に行って波の音を聞きながらボーっとしたあと、お立ち台通信の場所を探しました。時折雲がやってきてヤキモキしましたが。本命の列車通過時はどうにか晴れてくれました。時期の加減かエメラルドグリーンとまではいってくれませんでしたが、初めて来てこれなら満足です。
Dsc_0891新鹿・波田須 331C
キハ48も撮りたくて、16時半頃まで粘りました。しかし、相変わらず曇ったり晴れたりを繰り返します。どうにか車両には当たってくれましたが、海は曇ってしまいました。
Dsc_0898_2相賀・尾鷲 333C
新鹿のICが近いことがわかりましたので、331Cを撮ったのち無料の高速に入り、相賀の橋を目指します。333Cの相賀発は16:58、果たして間に合うか?でしたが、なんとギリギリ間に合いました。夕方の光線の中、キハ48が新宮を目指します。
Dsc_0900相賀・尾鷲 336C
30分後の上り列車は少し右に振って沖の島を入れてみました。しかし、これ以上は足場もなく、木も茂っており、限界です。
この季節、日差しはまだ十分でしたが、諸般の事情によりこの列車を撮って帰路につきました。土曜でしたが、帰路の高速は全く渋滞に掴まることもなく、もう1本下りが撮れたとは、後の祭り。
現地の事情が全く分からない中、何とか納得できる1日を過ごすことができました。参考にさせて頂いた電車運転士様、出札掛様に感謝します。(検査掛)

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2015年6月 8日 (月)

東京遠征補足

 少々、旧聞に属するが、先月末に所用があって東京まで遠征した。所用自体はたいした時間を取るわけではないので、あまった時間にどこかで撮影しようかと思う。

 しかし、この時期、東京周辺では、北への寝台特急以外、これといって撮りたいものが無い。いろいろ考えて、結局行ったのはコレである。

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 小田急のLSEである。パノラマカーの流れを汲む流線型のフォルムは、やや時代が経ったとはいえ、我々の世代にフィットする。

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 乗るには、こちらの方が良いのかもしれないが、外観は断然、LSEの方が電車らしい。我々のイメージする小田急特急は、まさにLSEである。何時までも元気に走って欲しいものだ。

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 撮影場所は、秦野と東海大学前の間で、歩くとちょっと距離があるが、比較的近くまでバスがあるので、撮影には便利だ。小田急といえば栢山付近がすっきりしていて撮りやすかったが、柵が出来て撮りづらくなった。あとは、どこに撮れる場所があるのだろうか?

 LSEを待っている内に、いろいろ特急が通る。昔撮ったときは、SSE車とかSE車がいっぱい来たのだが・・・。

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 やってくるのは、こんな列車ばっかり。なんとも面白みが無い。この位置、LSEの場所より角度的には良いが、マンションが入るのが難点である。

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 伝統の「あさぎり」も、今はMSE車の運転。しかも、6両なので連結側が新宿寄りに来て、なんともしまりが悪い。

 この日は東京に泊まり翌日は、カシオペアを白岡で撮影した。その後、ちょっと趣向を変えて東武で東京に戻ろうと栗橋まで行ったら、ホーム端で何人か、三脚を構えている。そういえば、ここまで来る間も、カシオペア通過後にもかかわらず、沿線で同業者が目立った。

 まだ、東京に戻るまでには時間があるので、ベンチに座って列車を待つことにした。やってくるのは、EF81の牽く旧客か、あるいは黒磯への訓練運転か・・・・

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 ところが、きたのはこんな列車。東北線を走るキハ40?あるいは、後ろに付いているDCが目的?あまり、待ってまで撮るほどの魅力は感じなかったけれど、これくらいしか撮るものが無いのかなぁ。

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 東京に戻り、まだ、ちょっと時間があったので、一度も行っていなかったスカイツリーをバックにした写真が撮れる都電の荒川区役所前に。ちょっと霞んでいたし、やや時間が早かったので光線ももうひとつ。これは要再履修かな。

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 ちょうど、薔薇が満開の時期だったので、町屋駅前で狙ってみる。線路脇に生け垣があるので、足回りまではどうしても入らないが・・・。まずは良いムードで満足。

 それにしても、東京まで行っても撮りたいものがほとんどないのは困ったものだ。次に行くときには、何を撮れば良いのだろう。(駅長)

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2015年6月 7日 (日)

356.梅雨入り前の晴れ間鉄 2015/6/2~4

 先日、近畿地方が梅雨入りし、東海地方の梅雨入りも時間の問題となってきました。これから2ヶ月近く、曇りや雨のじめじめした日が続き、鉄活動も滞りがちになります。そういうわけで、ストレスをためないためにも梅雨入り前の晴れ間を利用して、近場ではありますが朝練も含めて鉄活動を実践してきました。

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 62日は朝から晴れ予報だったので、朝練で高横須賀の躑躅ポイントへ足を運んでみました。GW頃は最下段と最上段にピンクと白の花が咲きますが、中段の斜面には種類の違う木が植えられており、5月下旬から6月上旬が見頃となります。中段の躑躅は初めての挑戦でしたが、花のボリューム感を出すのにひと工夫必要でした。晴れ予報のはずなのに現地に到着すると上空には雲が広がり、出鼻をくじかれた感がありました。毎度のパターンですが、撤収して高横須賀の駅に着いた頃に雲が取れて晴れ間が広がり、ストレス解消の朝練がかえってストレスをためる結果となってしまいました。
【2005.6.2 高横須賀~南加木屋】(電車運転士)

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 64日は天気の確認のために早朝に目を覚ますと予報どおり朝からバリ晴れの予感でした。向かった先は竹村近くの菖蒲ポイントです。地主の方のまめな世話のおかげで今年も見事な花を咲かせていました。朝練の時間帯は前面にしか陽が当たりませんが、平日なのでいた仕方ありません。
【2015.6.4 竹村~土橋】(電車運転士)

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 4日は夕方までバリ晴れが続いたので、会社の帰り道に朝の菖蒲ポイントで夕練をしようと現地に向かいました。ところが、陽が山の後ろに入ってしまい、菖蒲ポイントは完全に影の中に入ってしまい撃沈でした。仕方なく周囲に色がっていた麦畑に作戦変更、夕方の斜光線の中、金麦の世界が広がっていました。
【2015.6.4 竹村~土橋】(電車運転士)

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 残照の中、知立からの電車が竹村に到着しました。夕方の帰宅時間帯のため、小さな駅でもそれなりの乗降があり、電車が到着すると活気が感じられます。間もなく日没を迎える時間帯、晴天に恵まれた1日が終わろうとしています。
【2015.6.4 竹村】(電車運転士)

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 66日は土曜日なので、会社は休み、前日の雨も上がり、昼前からは青空が広がってきました。遠出はできなかったため、光線状態がよくなる午後に菖蒲ポイントへ足を運んでみました。2日前よりも花の咲き具合はよくなっており、ほぼイメージどおりの写真を撮ることができました。
【2015.6.6 竹村~土橋】(電車運転士)

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 菖蒲は青紫色のものが一般的ですが、ここにはいろいろな種類の菖蒲が植えられており、目を楽しませてくれます。おそらく珍しい種類のものも混じっていると思いますが、菖蒲に造詣が深くないので、詳しいことはわかりません。
【2015.6.6 竹村~土橋】(電車運転士)

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 最初は菖蒲を撮ったら撤収するつもりでしたが、「せっかくのバリ晴れなのにここで帰ってしまってはもったいないよ…」という悪魔のささやきが耳元で聞こえ、意志の弱い自分はささやきに翻弄され、次の目的地に向かってしまいました。昨年も訪れた名電赤坂の額紫陽花ポイントでしたが、ちょっと時期が早かったのと光線が向こう側に回ってしまっていたこともあり、宿題が残ってしまいました。
【2015.6.6 名電赤坂~名電長沢】(電車運転士)

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 下り列車の編成写真でも撮ろうと線路端で待っていたところ、偶然、窓下に赤帯が入った2200系の増備車が来ました。すでに営業運転に入っているとは知りませんでした。試運転には参戦できなかったため、初めて実車にお目にかかることができました。
【2015.6.6 名電赤坂~名電長沢】(電車運転士)

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 この時期にしては比較的空気がクリアだったため、締めくくりは宮地山に登ってみました。バックの工場は目立ってしまいますが、田んぼには水が入り、初夏の雰囲気が感じられました。運よく下りの特急と上りの急行がいい位置で離合し、2列車を同時にファインダーの中に収めることができました。
【2015.6.6 名電赤坂~名電長沢】(電車運転士)

 

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湖北プチ遠征の収穫

当ブログにてご報告のとおり、去る5月23日、トワイライトEXPを田村山から俯瞰撮影をしたときはアングル的に客車主体の後追い撮影となったので、今度は正当に機関車側から狙いたくなり、6月6日に再びトワイ~編成目指して湖北エリアまで足を延ばしました。DJ誌にはこの日の運転情報が掲載されておらず、もしやツアー中止ではと案じていたところ、某サイトに「催行決定」の文字を見つけたので運転されることを確信。まず、前回訪れた一面麦畑の長浜を目的地に定めました。

8862の日は8862レのスジで東京メトロ16000系の甲種輸送が行わたので、ついでだからと遠征前のウォーミングアップとして木曽川の定番ポイントに立ち寄りました。運ばれるのは16117F。今回の編成から、黄色のラインが追加されたようです。風が吹いていたので水鏡は期待していませんでしたが、田植え作業の影響でいつもの立ち位置より1スパン岐阜寄りにカメラマンが並び、裏被りもされてこのような結果でした。個人的には特に不服はありませんが。

5780 準・広島更新色のEF64が赤ホキ5780レの運用に就いたので、長浜への道中に寄り道して大垣~穂積の築堤にてにカメラを向けました。希少な塗装機ということで、絶滅危惧種ではありませんが天候も良いので行きがけの駄賃としていただきました。バックの伊吹山が雲に隠れていたのは残念。

90211長浜に着きましたが、残念な事に麦は既に収穫されて跡形もありません。そこで急きょ木之本まで一気に北上し、先週電車運転士様が撮影されたポイントを目指しました。が、ありゃ?どこなんだろう??ついに見つけることができず、しかたなく同業者が陣取っていた場所に自分も便乗して、逆光覚悟の角度でトワイ~編成を迎えました。薄曇りの光線に救われたのは幸いでした。

90212 木之本停車中に先回りします。当初から余呉カーブは考えていなかったので迷わず俯瞰ポイントにてトワイ~編成を狙いました。駅長様とはニアミスだったようですね。先週電車運転士様が撮影された場所と同じポジションをとると、草木が車体の下半分を隠してしまうほど雑草が成長しており、サイド気味のアングルを選択しました。駅長様の記事にもありますように、通過時は太陽が厚い雲に遮られ露出が上がらず残念。リベンジしようかな?

9022 敦賀から折り返し湖西線に入るトワイ~編成の撮影は、今まで撮ったことのない場所を優先的に考え、近江塩津~永原の城山トンネル進入口で狙いました。結果は、計算外のズームアップし過ぎで窮屈な絵に。編成は切れかけて、もうちょっと引けば良かったかもしれませんが、架線支持柱がけっこう目立ち、ごちゃごちゃしています。そして撮影時は微量の太陽光線も、通過直後はバリ晴れというタイミング・・・。う~ん、リベンジするまでもないかな?

4076 トワイ~の約40分後にやって来る米原経由の貨物列車4076レは青いEF510が牽引機のはずです。EF510の500番はまともな画像が1つもないので、たまにはマジメにと、S字カーブを表現できる余呉付近の踏切から手堅く仕留めました。トップナンバー(501号)であることも、良い記念になったでしょうか?それにしても日本海縦貫線の機関車は相変わらずの汚れっぷりですね。

141 4076レの20分前にあった出来事。何も来るはずがない時間なのに警報機が鳴り出し、上り列車接近。「何??」、慌ててカメラを構えたら、こんなのが来ました!キヤ141、初見です。トワイ~編成の撮影はあまり天候に恵まれずに不満が溜まっていましたが、このサプライズで少し機嫌がよくなりました(笑)。

2070 木之本インターから高速道経由で急いで木曽川まで戻り、岐阜(タ)を夕方に発つ2070レを狙いました。この列車にも準・広島更新色のEF64が運用に就くので、できるだけサイド気味に撮れるポジションを探しましたが、ははは、ただ撮っただけ・・・。希少価値の被写体を撮るにつけ、梅雨に入る前の貴重な晴れ間を無駄にしたくなかった、それだけの理由です。

今月中に南へ北へと遠征したいし、トワイ~も走るし、あー気忙しい。梅雨に入れば、あきらめがつくかも・・・。(出札掛)

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2015年6月 6日 (土)

【続】まだまだ続くよー特に思い入れがあるわけではないけれど・・・・

 相変わらず変わり映えしないタイトルである。よって、車両もご想像のように、変わり映えしないトワイライトEXPである。今更、撮っても、という気もしないでも無いが、昨今、撮りたい車両となるとごく限られてしまうので、走っているとなると、一応、気になってしまう。今日は若干の所用もあったが、天気予報で晴れ予報が出たことから、限られたチャンス、ということで出撃することにした。

 しかし、ご高承のように、トワイライトは午後からの勝負である。よって、午前中にどこに行くかが結構、問題であったりする。今回、無理して出撃をしたのは、福井鉄道でGT4が運転する日でもあるからだ。これなら、朝、福井でGT4を撮影して、トワイライトにまわると効率が良い。

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 GT4と言ってもご存じない方も多いかもしれないが、この電車である。福井鉄道では、レトラムと呼んでいるのかな?ドイツのシュツットガルト(厳密には発音が違うはずだが、言いづらいので、これでご勘弁を)で活躍の後に、土佐電鉄が購入し、イベント用として走らせていた。しかし、最近は出番が無くなったので、福井鉄道に譲渡されたわけである。

 このGT4は、4軸で使いやすい車両のようで、ヨーロッパの東側に行くと、結構いろいろの国や都市で2度目のお勤めとして走っている。この前は、アラドで見たなぁ。本来は片運転台なんだけれど、両運転台にするため、どちらも運転台付の車両を連結して編成化しているので、扉の位置が斜交いになっているのが面白い。アラドの車両は、前照灯を改造しているのかな?

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 この後、三十八社で撮って、さらに追っかけて木田四ツ辻へ。

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 このあと、終点の田原町まで行ったけれど、フェニックスプラザで催しをやっていたようで、周辺の駐車場が一杯で、クルマを停める場所がない。泣く泣く諦めて、北陸線の余呉に転戦する。

 ここは激パが予想され、事実その通りだったけれど、かろうじて直ぐ近くの駅利用者の駐車場にクルマを停め、撮影できた。田原町で撮っていたら、停める場所が無かったかも?

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 写真には写ってはいないのだけれど、この横に三脚が3段に連なっている。一体、何時から構えると場所が確保できるのだろう。とてもではないが、そんなまねはできないが・・・。

 ということで、かろうじて隙間を見つけて、脚立に立って、横から抜いて撮影する。この場所、意外に撮りやすそうで撮りづらい。片持ちポールは良いが、パンタが抜ける位置で撮ろうとすると、この位置だけになる。ちょっとカツカツ・・・・実は、少しミスしているのだけれど・・・・。晴れ予報で期待していたのだけれど、列車の来る前に厚い雲がやってきて、かげってしまったのは何とも残念である。

 すぐにクルマに戻り、今回の本命の撮影地へ。

4_3
 近江高島と北小松の間のお立ち台である。トワイライトが準定期として運転していた時は、今回よりも3時間ほど時刻が早かったので、側面まで陽が回らなかった。今回の運転時刻では順光で琵琶湖バックに撮影できるので、ここだけは一度、行っておきたかったのである。本当はもう1時間ほど、遅くしてくれると良いのであるが、そこまでは贅沢というものだろう。

1171
 トワイライトが行ってしまうと、ほとんどの同業者は帰ってしまったが、天気も良いのでしつこくサンダーバードを狙う。すると、タイミング良く117系がやってきた。湖西線でこの時間に走るのは、珍しい?あるいは、ごく普通?そのあたりはわからないが、そのうち無くなるだろうから、撮ることができたのはラッキーである。もっとも、この色はいただけない・・・・それにしても、なんともセンスの無い色であろうか。

Ef811
 帰りがけの駄賃に、電車運転士さんの撮影した余呉と木之本の間の跨線橋から、EF81の貨物を撮影。来る直前に、晴れた!と思ったら、山の影で編成がかげってしまった。もう少し、線路脇から撮れば良かったか・・・。

 なぜかわからないが、今回は余呉でトライライトがかげったり、その他の細かいミスが頻発?要再履修であるけれど、もう一度、運転中にチャンスが巡ってくるかなぁ。(駅長)

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