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2015年3月22日 (日)

338.豊橋鉄道市内線の35年前 1980/10/10

 各方面でお祭り騒ぎとなったダイヤ改正もひと段落し、間もなく訪れる桜の時期に向けて、今は充電期間といったところでしょうか。諸般の事情でしばらく過去ネタが途絶えていましたので、久しぶりに過去ネタをアップしたいと思います。今回は今も盛業中の豊橋鉄道市内線の35年前をご紹介いたします。当時の車両の陣営は3100型が主力で、その中に少数派の3300型が混じり、予備車的な存在として3700・3800型が赤岩口の車庫で休んでいるといった感じでした。3200型は名鉄から譲渡されたばかりで、赤岩口の工場で豊橋仕様に改造中でした。

12801010_2
 当時の駅前は道路上に乗降場があり、豊橋駅とは地下道で結ばれていました。現在は駅ビルも建て替えられ、市内線も駅のペデストリアンデッキの直下に乗り入れるようになり、大きく様変わりしています。
1980.10.10 駅前】(電車運転士)

 

22801010  札木近辺はセンターポール化され周辺道路も整備が進みましたが、全体的な雰囲気は変わっていないような気がします。
1980.10.10 札木】(電車運転士)

32801010 古い街並みが残る東田付近を電車が行き交います。右手前の3100型は元名古屋市電の1400型で、当時の主力車両として活躍していました。現在は3102がイベント用として生き残っています。
【1980.10.10 東田坂上~東田】(電車運転士)

42801010 競輪場前はマウンドアップされておらず岐阜市内線のように道路から直接乗り降りしていました。現在はマウンドアップされた上屋付きの電停が設置され、その関係で単線化されています。電留線から電車が顔を出していますが、この電留線は今でも健在です。
【1980.10.10 競輪場前】(電車運転士)

52801010 競輪場前から先は単線になっています。3300型は元北陸鉄道金沢市内線のモハ2300型で、金沢市内線の廃止まで約6年間の活躍後、豊橋鉄道にやってきました。間接制御・エアサス台車・パンタグラフなどを備えた高水準の車両でした。
【1980.10.10 競輪場前~井原】(電車運転士)

62801010 赤岩口の車庫を覗くと元名古屋市電1200型の3700型がいました。日本初の半鋼製低床ボギー車で、晩年は製造当時の茶色に塗りかえられ、レトロ電車として運転されていたのも記憶に新しいところです。2007(平成19)年3月に行われたさよなら運転には自分も参戦しました。後ろの工場建屋の中には改造中の3200型の姿が見えます。
【1980.10.10 赤岩口】(電車運転士)

72801010 奥の方には元名古屋市電の900型だった3800型が身体を休めていました。元々は呉市電の注文流れになった電車で、名古屋市電時代に改造された外吊りドアが特徴です。この頃の市内線の電車は側面窓下全面に広告が描かれており、これを嫌って走行写真は正面がちの写真ばかり撮っていました。
【1980.10.10 赤岩口】(電車運転士)

82801010 赤岩口でのスナップの後は、再び市内中心部に向かいました。午後の遅い時間になって陽も傾き、乗車客の影が長く伸びています。
【1980.10.10 新川】(電車運転士)

92801010 市役所前付近はは交通量の多い国道1号線上を走る区間です。この辺りもセンターポール化され、周辺の環境整備も進んだため、今はもっと小ぎれいな雰囲気に変わっています。
【1980.10.10 市役所前】

102801010 街路樹の並木が美しい前畑です。ここは電停が屋根付きになった以外はそんなに大きな変化はありません。自分的には市内線の中で最も好きな撮影ポイントです。
【1980.10.10 前畑】(電車運転士)

112801010 東田坂上は前畑から急勾配を登ってくる電車を狙うことができました。車体を大きく揺らしながら坂を登ってくる電車は路面電車らしい雰囲気を感じることができました。ここも当時とほぼ同じ構図で撮ることができるのはうれしい限りです。
【1980.10.10 東田坂上】(電車運転士)

122801010 1日かけてのんびりと撮影を続けてきた市内線ですが、そろそろ夕闇が迫ってきました。駅前電停からは帰宅客を乗せた電車が発車して行きます。この写真を撮った歩道橋はセンターポール化された今はなくなってしまいましたが、その代わりにペデストリアンデッキから新川方向を撮ることができます。
【1980.10.10 駅前】(電車運転士)


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コメント

35年前の豊橋市内線、懐かしく拝見しました。大きく変わったところあり、また、あまり変わっていないところあり、で興味深いですね。3700形もイベント仕様となる前で、柳生橋線で使用された頃の面影を留めています。路面電車は、町の変わりゆく風景が一緒に写し込めるのが良いですね。(駅長)

投稿: 駅長 | 2015年3月22日 (日) 18時59分

このころは全面広告電車など走っておらず、ほとんどが標準塗装だったので正面がちにカメラを構えれば普通の姿を収めることができたようですね。岐阜のほかに豊橋でも祭りのときには花電車が走ると知ったときから豊鉄市内線にカメラを向けるようになりました。でもここまできっちりと撮っていないので、例によって悔やまれます。
街並みや自動車、バスの形式が時代を感じさせます。路面電車撮影で得られる「副産物」もあなどれないですね。(出札掛)

投稿: 出札掛 | 2015年3月22日 (日) 22時49分

懐かしいですね~。当時私は高校3年生で、ちょうど就職試験を受けていた頃です。あまりにも当たり前の光景でしたので、こういう普段の光景はあまり撮っていませんでした。(豊橋まつりの装飾車は結構あるのですが…。)名古屋みたいに大きく沿線風景が変わっていることはありませんが、いろいろ懐かしい建物も見受けられますね。
ところで豊鉄モ3201は1976年12月28日デビューですから、この車庫の写真に写っている3201は改造中の姿ではなく、第一回目の全検中かな?。(施設区長)

投稿: 施設区長 | 2015年3月23日 (月) 22時54分

懐かしく拝見しました。じつは私は79年8月から81年1月まで、渥美半島の某所に勤務したとこがあり、周囲に鉄道のない生活にくさっていました。土日(しかも当時は土曜は隔週勤務)に行けるのはせいぜい飯田線南部まで。豊橋鉄道市内線に何回行ったか、そしてこの体育の日に行ったかどうかは覚えていませんが、他の撮影者を見かけたのは1,2度でした。(あまらぼ鍋屋町)

投稿: あまらぼ鍋屋町 | 2015年3月24日 (火) 20時15分

1980年といえば、中京地区に来て1年目。見るものなんでも珍しく、「印籠」があったのでアチコチ行きました。豊鉄市内線も、モ3702の存在を知って、訪ねましたが、もともとあまり路面電車を撮っていなかったので、今見ても面白みのないカットばかりで、電車運転士様の作品とは雲泥の差があります。それでも、当時はモ3100形を中心に、いずれもそれなりにいわく因縁のある路面電車然とした車両ばかりで、楽しかったです。車両はすっかり変わってしまいましたが、いつまでも市民の足として頑張ってもらいたいものです。(検査掛)

投稿: 検査掛 | 2015年3月27日 (金) 15時38分

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