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2014年12月

2014年12月31日 (水)

年末のご挨拶

 2014年も今日で年末、1年経つのがあっという間と感じるのは年齢のせいなのでしょうか。世の中の動きにも車両界の動きにも追随しきれていないのが、ちょっぴり情けない小生であります。地元界隈だけでも動ける範囲内でこれからもコツコツ行こうと思っております。
 さて、というわけでもないですが、電化開業がせまっている武豊線の記録をと昨日出掛けたカットです。新設変電所をバックにするキハ25ですが、ぱっと見では電車の313とあんまり違いがわかりませんね。

Taketoyo



 また、非電化路線での気動車の顔ぶれが変わる前の様子も、悔いが残らないよう皆さんと一緒に記録していきたいと思っております。
 最後になりましたが、今年一年お世話になりました。月並みですが、皆様良い年をお迎えください。 (資材担当)

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321.2014年 年末ごあいさつ 2014/12/31

  2014年も間もなく終わろうとしています。今年も1年があっという間に過ぎてしまいました。歳を重ねることに1年が経つのがどんどん早くなっていきます。今年の一文字感じは「税」、何か直接的すぎてもうひと捻りほしかったような気もしますが、混沌とした世相はなかなか収まりそうにありません。また、雪害・台風・集中豪雨・噴火・地震など災害の多かった年でもありました。異常気象が異常でなくなっている傾向がますます強まっているようで、災害への備えも真剣に考えなくてはいけないと思っています。災害で亡くなられた方、怪我をされた方、被災された方には改めてご冥福とお見舞いを申し上げます。自分的には父親の他界など慌しい1年でもありました。また、年の瀬の27日には慣れない家の掃除を手伝ったところ無理な姿勢が祟って持病の腰痛が再発、29日には整形外科に行く羽目になりました。最後の最後までアクシデント続きの情けない1年の締めくくりでした。来る2015年は皆様にとりましても自分にとっても穏やかで平和な年になることを願ってやみません。

83_2_26_2_2 写真の特雪は就職を控えた1983年の冬に函館山線で撮ったものです。DD14の特雪も信越山線が最後のj活躍の場となっていますが、北海道では函館山線を初めとして積雪の多い各線で運転されていました。運転は直前になって決まることが多く、今のように情報網も発達しておらず、情報をキャッチするのはなかなか大変でした。たまたま夜行列車で一緒になった友人から情報をもらい、予定を急遽変更して函館山線に向かいました。冬のこの地方には珍しい雪晴れ、絶好の条件が整っていましたが、本当に来るのかどうか一抹の不安がありました。それでも針葉樹の向こうからエンジン音が聞こえてきた時には緊張は最高潮、2両のDD14はフルパワーで雪を飛ばしながら歩くような速度で近づいて来ました。側方投雪のDD14はパウダースノーを思い切りふっ飛ばして理想的な放物線を描いてくれました。DD14の特雪も信越山線で最後のシーズンを迎えようとしていますが、自分にとってはおそらくこれが最初で最後の特雪となりそうです。
【1983.2.26 銀山~然別】(電車運転士)

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今年1年お世話になりました

 2014年も終わろうとしています。今年1年、弊ブログをご覧いただき、ありがとうございました。

 来る2015年は、鉄道界において、いろいろ大きな変化が予想されます。その記録に、走り回ることになるでしょう。明年も宜しくお願いいたします。

2014

 写真は、米中部セントルイスのLRT。左に移ってるアーチ状の建築物はゲートウェイアーチと呼ばれ、この地が米西部開拓の起点であったことを示すモニュメントです。

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2014年12月30日 (火)

2014年締めくくりのご挨拶

何やかやで今年も年の瀬がやってまいりました。

今年は健康上の問題もあり、メンバーのように出掛けられませんでした。まぁ、以前に比べると、撮りたいと思うものがめっきり減ったせいもありますが、多分に歳のせいもありますね。
それはさておき、2014年は東海道新幹線50周年であり、来年2015年3月ダイヤ改正では上野東京ラインが開業ということで、これにまつわる写真をアップさせて頂き、今年の締めとしたいと思います。

Img744_21972年4月30日 東京
この趣味に入る前には、うろ覚えながら、高崎、東北線と東海道線を東京駅をスルーして運転されていた115系がそれぞれ1本あったように思いますが、この頃の東京駅発で高崎、東北線へ向かう定期列車は一部の特急列車だけになっていたと思います。
以前に0系はついでにしか撮っていない、と言いましたが、これもたまたまいい位置で並んでいたのでシャッターを切ったものと思います。

Img7551972年4月30日 東京
同じ日に撮った東京駅10番線に乗り入れた上越特急「とき」です。9番線には20系が停車しています。10番線は今でも東海道在来線ホームとして使われていますが、現在はこの線のすぐ隣が東北、上越方面の新幹線ホームとなっています。11番線は機回し線でした。

Img7441972年4月30日 東京
「白根」は上野、万座・鹿沢口間の特急でしたが、田町区の157系が使用されていたため、上野・東京連絡線を使用して回送されていました。当時の丸の内側駅舎の三角屋根を入れて撮ろうとしたようです。
上信越、東北線定期特急の東京乗り入れは翌年1973年4月に取りやめになったようです。

Img0821975年12月30日 東京
定期列車の乗入れ廃止後は専ら回送列車に使用されていた上野・東京連絡線ですが、年末に運転されていた臨時の帰省列車(主に急行)の始発が、混雑緩和のため品川に設定されたので、東京駅で撮影したいと思い、出かけました。3本あったと思いますが、狙ったEF57牽引の列車は最後の1本でした。このような設定もこの年末が最後になりました。

先日、所要があり東京に行くことになり、午前中西川口で撮影のチャンスに恵まれましたが、従来の高崎、東北線と湘南新宿ラインを合わせると、京浜東北線より多いくらいで、しかも土曜日とはいえ、上り列車のグリーン車が満員状態で驚きました。ことほど左様に住んでいた頃とあまりにも交通体系が変わっていて全く浦島太郎状態でした。やはり歳をとったことは否めませんね。
まもなくまた新しい年を迎えるわけですが、新たな鉄道のシーンを楽しみたいと思います。

2014年、みなさんはどのような一年でしたか。この一年お付き合い頂きありがとうございました。(検査掛)

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40年前のネガフィルムから

 年末にネガの整理をしていたら、スキャンをしていないネガフィルムがある事に気がついた。撮影は1975年の3月。今から40年前である。当時はすでにポジを使っているのに、なぜ、ネガで撮影したのか分からないけれど、結果的に貴重なカラーがいくつか残ったことになる。

 当時のネガフィルムの色がどれくらい残っているか、心配だったが、意外にそれなりの色が残っていた。評価はそれぞれだろうけれど、40年経ってこれくらい残っていれば、もう少し、ネガで撮っておいても良かったかな、とも思う。ちなみに、フィルムはサクラカラ-N100である。当時のネガの経年変化の傾向として、真ん中部分が黄ばんできている。これはフォトショップで調整した。あとは、多少バランスを取ったくらいで、それほど大きくはいじっていない。(というより、それだけの腕はない)

 撮影しているのは、昭和50年3月に廃止となった富山地鉄笹津線と、そのあともしばらく残った射水線である。まずは看板の付いていない射水線から・・・。

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 射水線と笹津線の特徴は、扉部分にステップのある路面電車形車両が、鉄道線を走行していたことにある。こうした車両を使っていたのは、もちろん、その昔に路面電車路線に乗り入れていたからである。いまでいうLRTと同じ発想である。

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 朝ラッシュ時には、4連も走っていた。4丁のパンタをあげて走る様は、電車ファンをぞくぞくさせるだけの魅力があった。

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 富山といえば、立山連峰をのぞむ風景を撮りたいところ。朝の4連の時間には逆光となるので撮りづらいが、1枚は残しておきたいと無理して撮影をしている。あまり良い出来ではないが・・・。現在、この場所には水墨画の美術館がたっている。

 続いて笹津線。

Photo
 終点笹津に停車するデ5010形。笹津は高山線との連絡駅で、貨物の取り扱いも行っていた。

2014a79264
 その笹津で、敷島紡績の工場との入れ換えに活躍していたのが、機械室部分が2つに分かれた異色の電気機関車。川崎造船で製造されたわが国最初期のの電気機関車で、庄川のダム工事に使用されていた。

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 ほぼ中間地点の大久保町でのすれ違い。当時は意識しなかったけれど、なんとも長閑な交換駅である。

Photo_3

 朝晩だけ、列車が行き違った上野(うわの)駅。昭和25年の再開業時に建てられた駅の筈だが、それ以上の風格を醸し出していた。

6502
 最終日、笹津で使用されていたデキ6502が南富山に回送されるところを上野でキャッチした。単機回送が若干惜しい。何かを牽いてくれていれば・・・。

 この鉄道は、当時入れ込んでいたので随分撮影しているが、断片的に残ったネガカラーで見ても、魅力的な路線であったことを思い出させてくれる。

 来年3月には富山で新幹線が開業する。その富山にこんな長閑なトロリーラインがあったことは、もう忘れ去られてしまっているだろうなぁ(駅長)

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2014年12月29日 (月)

さようなら北陸鉄道能美線-補足

 電車運転士さんから、北陸鉄道能美線の最後の様子が紹介されています。

 運転士さんの記事にコメントしましたが、この日には小生も撮影に訪れています。どこかに電車運転士さんが写っていないか、と確かめましたが、行動パターンが微妙に違っているようで、撮影されている様子を確認することは出来ませんでした。フォト・ストップについては、まったく知らず、こうした機会があったのを羨ましく思う次第です。

 では、最後の様子のいくつかをご覧にいれたいと思います。

201243013
 まずは、電車運転士さんに倣って、地元の方達を入れての撮影です。本寺井で撮影した悪ガキ、もとい、子ども達です。こういう所で、JKを撮っていないのは残念ですね。力が入らないのか、写真もアンダー気味で、顔がつぶれているのが残念です。

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 沿線は、手取川の鉄橋以外には撮る場所がほとんどなかった記憶があります。また、線路脇にはススキがビッシリ生えていて、サイドからは容易に撮れず、走行写真はこんなものしかありませんでした。どこで撮ったのか、駅名も分かりません。

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 夕方には、鶴来で形式風の写真を撮影しています。こうやって見ると、確かに鉄ちゃんの姿は少なく、地元の方ばかりですね。

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 夜になって、唯一の交換駅であった辰口温泉で行き違いを撮影しています。電車運転士さんと微妙に時間が違うのか、あるいは反対側で撮っているのかな?

Photo
 最後に新寺井を発車するサヨナラ電車。この時には、電車運転士さんは電車に乗られていたようです。

 北陸鉄道の路線は、昼間帯はバス代行になっていて、撮りづらいのか、あまり撮影していません。また、電車も中途半端に近代化していて、それも魅力を減じていた様に思います。しかし、今の視点から見れば、魅力的なローカル線ですね。サヨナラの時だけでなく、もう少し、普段の姿を一生懸命、撮っておけば良かったと反省しきりです。(駅長)

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320.さようなら北陸鉄道能美線 3号車 1980/9/11~14

 能美線のさよならセレモニーも終わった翌14日の朝は寝不足の目をこすりながらHMの後始末などを終えた後、鉄仲間とも別れ、鶴来を後にしました。とりあえず金沢に出て、そこから先は富山に向かい富山地鉄の市内線を少しだけ覗いてきました。

02374480914 金沢に向かう石川線の車内は、前日の能美線の廃線騒ぎはどこ吹く風のごとく日常の風景が展開されていました。当時はワンマン化はまだで、車掌が忙しそうに車内で切符を売っていました。
【1980.9.14 モハ3744車内】(電車運転士)

1280914 富山に向かうため、金沢のホームで列車を待っていると反対側の列車にオハ35 2395が編成の中に入っていました。オハ35 2395は大井工場で製作されたノーシル・ノーヘッダーの試作車で、オハ35の中でも特異な存在でした。
【1980.9.14 金沢】(電車運転士)

2280914 富山にに着いてからは、まず富山駅前電停に向かいました。当時の車両は7000型オンリーで、車両的な面白味には欠けましたが、富山地鉄の市内線は初見参だったので、車両よりもそちらを優先したものと思われます。車道との境に柵が設置されていますが電停自体の雰囲気に劇的な変化はないようです。ただ、日通の営業所をはじめとした背景の建物は大きく様変わりしています。
【1980.9.14 富山駅前】(電車運転士)

3280914 富山駅前から時計回りに西町方面を目指しました。途中、荒町付近は街路樹が元気な葉っぱを付けており、街中の路面電車らしい雰囲気を感じることができました。現在の電停はマウンドアップされていますが、当時は岐阜市内線のように道路上にラインを引いただけものでした。
【1980.9.14 荒町】(電車運転士)

4280914 道路を渡った反対側は順光で撮れました。このあたりの雰囲気は今と大きく変わっていないような気がします。
【1980.9.14 桜橋~荒町】(電車運転士)

5280914 西町に着いた時はちょうど昼休みの時間帯にかかり、OLのお姉さん達が一斉に会社の外に出てきました。西町は富山随一の繁華街で活気がありました。今年の12月に久しぶりに訪れた時にはシャッターの閉まっている店も多く、中心市街地の空洞化を身を持って感じさせられました。
【1980.9.14 西町】(電車運転士)

6280914 今年の12月に撮った西町とまったく同じアングルです。今は電停に上屋が設置され、それなりに近代化されています。でも、何となく寂しい感じは拭えませんでした。このカットを撮影後、富山から高山本線経由で帰路に着きました。
【1980.9.14 西町】(電車運転士)

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2014年12月27日 (土)

319.さようなら北陸鉄道能美線 2号車 1980/9/11~14

 9月13日は能美線の営業最終日、前日は午後から南越線に浮気してしまったため、能美線の本格的撮影はこの日1日だけとなってしまいました。普段は日中の列車がないので、撮影効率が非常に悪い路線でしたが、さすがに最終日ということで日中にも臨時列車の運転がありました。マイナーな路線ということもあって激パになるようなことはなく、比較的ノンビリとした雰囲気の最終日でした。

1280913 まずは鶴来に向かいました。駅の至る所にお別れ看板や紅白幕の装飾が施されており、お別れムードが盛り上がっていました。たまたま居合わせた中学生の彼女たちに声を掛けたら快くモデルになってくれました。身なりの怪しい鉄オタの声掛けにも警戒することなくリクエストに応じてくれた彼女たち、この頃の中学生はまだまだ純粋さが残っていたんでしょうね。今なら不審者として警察に通報されてもおかしくない状況でしょうか。当時、中学生の彼女たちも今では50歳前後のオバサンになっていると思いますが、幸せな暮らしができていることを祈るばかりです。
【1980.9.13 鶴来】(電車運転士)

2280913_2 これが自分たちが作製に係わったHMです。同じものを2枚作製しましたが、3752号車と3761号車の新寺井方にに装着していだだきました。
【1980.9.13 来丸~火釜】(電車運転士)

3280913_2 ローカルムード漂う火釜です。お名残り乗車の家族連れが列車を待っていまいした。3752号車の鶴来方には電飾が施されていました。夜には電飾が点灯されるものと思われ、バルブ撮影への期待が高まります。
【1980.9.13 火釜】(電車運転士)

4280913 少し歩いて三ツ口まで来ました。ここでもお名残り乗車の家族連れが列車を待っていました。普段から日中の時間帯でもこのような乗車があれば能美線の運命ももう少し変わったのではないでしょうか。
【1980.9.13 三ツ口】(電車運転士)

5280913_2 午後になって北陸鉄道側の出血サービス的な粋な計らいによりフォトラン企画が実施されました。HM作製に関連して自分たちもご相伴にあずかることができました。場所は能美線最大の見せ場である天狗山トンネルと手取川橋梁でした。トンネル内から手取川橋梁を渡る列車を撮らせてもらいました。
【1980.9.13 岩本~本鶴来】(電車運転士)

6280913 車両を天狗山トンネル飛び出し位置まで移動していただき、再びフォトランを行いました。能美線では誰もが狙いたくなるポイントでのフォトラン、会社側のご配慮に感謝でした。
【1980.9.13 岩本~本鶴来】(電車運転士)

7280913 フォトランの後もさらに撮影を続けました。手取川のトラス橋を強調したくて正面から望遠で引き付けてみました。ローカル私鉄の支線には立派すぎる構造物です。
【1980.9.13 岩本~本鶴来】(電車運転士)

8280913 フォトランを終え、鶴来に戻ってきました。石川線のホームは能美線の喧騒をよそに日常の光景が繰り返されていました。
【1980.9.13 鶴来】(電車運転士)

9280913 火釜の近くにススキが群がっている場所があったので、ファインダー内に取り込んでみました。こういう風景はさよならHM付き列車ではなく普段着姿の時に撮ってみたかったです。
【1980.9.13 火釜】(電車運転士)

10280913 手取川の河原からも能美線を狙ってみました。夕方近くになってお名残り乗車の乗客が増えてきたこともあってか2両に増結されていました。
【1980.9.13 岩本~本鶴来】(電車運転士)

11280913 夜になってお名残り乗車の数は増え続け、来る列車はどれも超満員の状態でした。各駅のホームは人であふれ、辰口温泉も例外ではありませんでした。最後の交換の時にはさよならムードは最高潮に達し、凄い状況になっていました。それでも、同業者で激パになっていたのではなく、地元の方々が別れを惜しむといった感じで、怒号が飛び交うようなことはありませんでした。この写真を撮った後、左のさよなら列車に乗車して新寺井へ向かった後、折り返しの鶴来行最終列車に乗車、その後はステーションホテルではないまともな宿で集まった鉄仲間と深夜までさよならの余韻に浸りました。
【1980.9.13 辰口温泉】(電車運転士)

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2014年12月25日 (木)

318.木曽路は冬の装い 2014/12/23

 去る12月18日はこの地方には珍しい突然の大雪、当日の朝は仕事か休日かは別として皆様それなりに対応に苦慮されたのではないでしょうか。自分的には雪対応のため、まだ真っ暗な早朝5時に自宅を出発して会社に向かいましたが、大きなトラブルもなく何とか無事に乗り切ることができました。そんな中、山間部はその後も寒い日が続いていたようで、雪景色も残っていそうだったため、久しぶりに木曽路を目指してみました。

12_dsc5673141223 その前段として6883列車の運転とカマ番の確認を兼ねて武並定番に立ち寄りました。ここは6883列車の数少ない順光ポイントですが、さすがに冬至の翌日とあってはギリギリ陽が当たりませんでした。せっかくの国鉄色先頭+うっすら雪景色でしたが、ちょっと残念な結果に終わってしまいました。
【2014.12.23 武並~恵那】(電車運転士)

22_dsc4939141223 その後は追っかけ体勢に入りましたが、どうしても雪景色とのコラボを押さえておきたいポイントがあったので、道中の定番ポイントは通過して直接ここに向かいました。陽の長い5月は夕方の81列車狙いでしたが、冬場は6883列車を狙ってみたいと思っていました。積雪があると登るのにかなりの苦労があるのではないかと覚悟していましたが、雪は思ったよりも少なく、30分ちょっとで目的のポイントにたどり着くことができました。
【2014.12.23 宮ノ越】(電車運転士)

32_dsc5687141223 もう1台のカメラでは手前まで引っ張って横構図で撮ってみました。EF64ダブルの力強いモーター音が山間に響きます。
【2014.12.23 宮ノ越~藪原】(電車運転士)

42_dsc5706141223 後続の「しなの5号」までここに居座りましたが、吹きさらしの場所だったため、下から吹き上げる冷たい風に耐えるのは忍耐が必要でした。ステンレス車体では雪景色の中に同化してしまい存在感があまりなかったのがちょっと残念です。
【2014.12.23 宮ノ越~藪原】(電車運転士)

52_dsc5750141223 3084列車は3月下旬にも行った中央アルプスバックのポイントに向かいました。その時とまったく同じアングルですが、積雪期のシーンも撮ってみたかったので、ここを選択しました。メインの空木岳に半分雲がかかってしまったのが心残りでした。
【2014.12.23 野尻~大桑】(電車運転士)

62_dsc5758141223 ここは5月下旬にも撮ったポイントでしたが、その時は 中央アルプスに雪がほとんどなかったため、再挑戦してみました。しかし、1年で最も陽が短い時期では13時30分頃の「しなの11号」では列車に陽が当たりませんでした。
【2014.12.23 木曽福島~原野】(電車運転士)

72_dsc5773141223 81列車は坂下以南が限界と思い、坂下インカーブポイントで待ちました。夕方の斜光線を期待しましたが、通過直前に太陽が山影に入ってしまい、結果はご覧のとおりです。
【2014.12.23 落合川~坂下】(電車運転士)

82_dsc5796141223 5875列車はお決まりの中津川IC裏の夕陽ギラリを狙ってみました。ここは最近では5875列車のメジャーなポイントになったこともあって、数人の同業者の姿が見られました。通過直前まではいい感じで陽が当たっていましたが、肝心の列車通過時に限って太陽が薄雲の後ろになってしまい、ギラリ効果が中途半端になってしまいました。81列車に続いて2回目のトホホでした。ここの夕陽ギラリは何回か挑戦していますが、まだ満足な結果が得られておらず、宿題の消化がかなかできないでいます。
【2014.12.23 美乃坂本~中津川】(電車運転士)


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2014年12月22日 (月)

願掛け

間もなく2014年が終わろうとしています。今年は何か得られるものがあっただろうか、と振り返ってもただ歳をとっただけ。特に後半期の仕事運に於いては、次々と事態が悪化して想定外の結末に落ち込むばかり。さらに年も押し迫った今月の中旬には風邪のウイルスに侵されて久々の内科通いとなる始末。いや~、散々な年末を迎える破目となりました。
もうこれで憂いごとは終わってほしいと、すがる思いで幸せを呼び寄せられそうな画像に無理やりこじつけて厄払いと願掛けの気持ちを込めることにしました。黄色は幸運を招く色とか・・・真偽のほどはわかりませんが。

10月18日(土)、豊橋へ市内線の花電車を撮りに出かけたときのことです。この日はドクターイエローが2本も東京から下ってくることは某情報で仕入れていました。うち1本は定期的に行われる“のぞみ”検測で時刻は把握済み、もう1本は博多総合車両所で翌日に行われるイベント向けの臨時回送と思われますが、運転時刻がまったくわかりません。ともあれ、「きいろいでんしゃ」が幾つか見られそうでラッキーな一日になればいいな、と心が浮き立ちます。

Sinai 午前中は豊橋駅前で花電車を狙います。現地で待つこと60分近く。豊橋まつりで電車は大増発しているのにウヤか?と思っていたらやって来ました。まずは1本目の「きいろいでんしゃ」。

Atumドクターイエローの目撃サイトにアクセスしたら、「小田原11時27分通過」の書き込みがありました。「え?定期検測より早いじゃない?とすれば博多への臨時回送だ!」豊橋の通過は12時を過ぎた頃と推定。まだ若干の時間があったので豊橋鉄道渥美線にカメラを向けました。ご存じのとおり同線の車両は「カラフルトレイン」と題して編成ごとに異なる塗装が施されており、何が来るのかは出かけてみてのお楽しみ。そして一発目にいきなりやって来たのは、これまた菜の花のイメージをを施した「きいろいでんしゃ」でした。おっ、ツキがよくなってきたかな?

T5 そろそろドクターイエロー臨回の時刻が迫って来たので、豊橋駅新幹線下りホームの東京方先端でカメラをかまえます。ここから狙うことが可能なのは事前に確認済みでしたが、何しろ姿が見えてからシャッターポイントに到達するまでには僅か数秒もなく、しかも何時に通過するのかも皆目分からない状況です。よってカメラを構えながら待ち続ける持久力に挑戦となるわけで、あぁ疲れる。列車はT-5編成です。

T4 50分後に続く“のぞみ”検測はT-4編成。定刻通り通過して行きました。通算4本目の「きいろいでんしゃ」。たまにドクターイエローが同一日に2本とも運転される日はありますが、近接したスジで同一方向に向かうのは極めてまれな事と思います。

0 たまたま隣に居合わせた同業者様の情報によると、「X0」編成が“のぞみ”検測の前に走っているとか?といっても運転時刻など知る由もなく、一般のN700系と外観上の区別はほとんどつかないので(運転席窓に記されている編成番号以外での見分け方は、各自でお調べください)、とにかく姿を現したN700系にはすべてシャッターを押しまくります、が、すべてハズレ。やがて“のぞみ”検測が先に通過したことに不安を感じ、もしや浜松で打ち切りか、と案じていたらようやくビンゴ!「きいろいでんしゃ」のツキに恵まれたようでした(→自己満足)。

これ以上落胆することはないくらい落ち込んだ2014年末も残すところ10日を切りました。さあ、ここからは上昇あるのみ。運気アップを信じて、2015年が皆様にも幸運が訪れる年となります事を祈念いたします。

Kaiun 最後に縁起担ぎとして「開運号」をご覧ください。撮影場所は奈良県橿原神宮の傍。(病弱時に考えるネタってこんなもんですね・出札掛)

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2014年12月21日 (日)

317.さようなら北陸鉄道能美線 1号車 1980/9/11~14

 北陸鉄道能美線は北陸本線の寺井に隣接する新寺井から鶴来までの16.7㌔を結んでいた路線で、当時路線が残っていた北陸鉄道の中でも地味な路線で、注目されることはあまりなかったように思います。ダイヤも列車が運転されるのは朝と夕方から夜にかけてのみで、昼間はバス代行という廃止間際の末期症状のお決まりパターンになっていました。同様の形態は北恵那鉄道や同じ北陸鉄道の金名線にも見られました。能美線は能美電気鉄道が1925(大正14)年に寺井~辰口温泉を開業して以来、地域の足として地道な輸送を担ってきましたが、1980(昭和55)年9月13日限りで廃止され、55年の歴史に幕を閉じました。これまで一度も訪れたことのなかった能美線でしたが、当時活動をしていた鉄道サークルでさよならHMを作製することになり、自分も係り合いを持つことができました。せっかく自分たちで作ったHMが付いたさよなら列車を見に行かないわけにはいかないということで、能美線の最後に立ち会うことにしました。

1280911 この時は直接現地入りするのではなく、武生ステーションホテルに宿をとりました。おそらく、福井鉄道の南越線のバルブをしたかったからだと思います。武生には国鉄の武生、福井鉄道の武生新(福武線)・社武生(南越線)と3つの武生駅があり、そのうち国鉄駅の裏手にあった南越線の社武生は木造の立派な駅舎で、最盛期の威厳を保っていました。
【1980.9.11 社武生】(電車運転士)

2280911 列車が到着したので、構内の外れからバルブ撮影しました。車両は末期の主力車両だった130型です。130型は自社製造の車両で、全長の短い小じんまりした車両でした。立派な駅舎とホームにはちょっと不釣り合いな感じがしました。
【1980.9.11 社武生】(電車運転士)

3280912 武生から一番列車で能美線の最寄り駅の寺井に向かいました。時刻表を見ると上野からの「越前」が撮れそうだったので、構内の外れまでダッシュしました。残念ながら2つ目のEF70牽引でしたが、後にはオロネ・スハネ・スロが続いており、長距離夜行急行列車らしい編成でした。
【1980.9.12 寺井】(電車運転士)

4280912 駅の裏手にある新寺井に向かいました。地味な路線とはいえ、さすがに廃止の前日ということもあって同業者の姿が見られました。今だったら激パになるのでしょうが、ノンビリとした雰囲気が漂っています。
【1980.9.12 新寺井】(電車運転士)

52377280912 新寺井から鶴来方面の列車に乗り込みました。通学のJKは明日で路線が廃止になるのを知らないかのようにいつもと同じ生活パターンを繰り返しているようでした。天井の白熱灯がレトロ感を盛り上げています。
【1980.9.12 モハ3772車内】(電車運転士)

6280912 唯一の交換可能駅の辰口温泉で下車し、交換風景を狙いました。同業者に混じって通学の高校生たちが普段と変わらぬ姿で、列車に乗り込んで行きます。ここでは廃止の喧騒と日常が交錯していました。左の列車のHMは鉄道友の会が作製したのもので、自分たちのものは後ほどアップしたいと思います。
【1980.9.12 辰口温泉】(電車運転士)

7280912 能美線の本格的な撮影は翌日に回すこととし、午後からは武生に戻り、南越線に向かいました。南越線も廃止の噂が取り立たされていましたので、手遅れにならないうちにと立ち寄ったと記憶しています。電車のほかに貨物と除雪用の電機が身体を休めていました。
【1980.9.12 社武生】(電車運転士)

8280912_3 ホームに木造車の廃車体がある村国に行ってみました。使われていない反対ホームに鎮座していましたが、まとめるのにはちょっと辛かったので、オーソドックスに定番のアングルでお茶を濁しました。
【1980.9.12 村国】(電車運転士)

9280912_2 沿線はちょうど稲刈りが始まったところでした。さすがに手作業ではなくコンバインが導入されていました。調子がよくないのか、農家の方が刈り取り口の先端をしきりに気にしています。
【1980.9.12 村国~塚町】(電車運転士)

10280912 引き続き沿線を歩いていると遠くの方に山が切り崩されたところが見えたので、俯瞰できないものかとりあえず登ってみました。予想どおり、田園地帯を行く南越線を俯瞰することができました。 後方に建設中の北陸自動車道の築堤が見えています。
【1980.9.12 村国~塚町】(電車運転士)

 夜行列車が通過してしまう寺井はホテル営業をしていなかったため、この日も終夜営業の武生ステーションホテルに連泊となりました。

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2014年12月14日 (日)

316.富山県の私鉄めぐり 3号車 【地鉄立山線】 2014/12/6

 昨夜からの雪は一晩中降り続いたようで、朝起きると20cmくらいの積雪になっていました。雪は想定していなかったため、当然、雪の装備は持ってくるはずもなく、このまま帰りたい気分になりましたが、とりあえず、立山まで行ってみてあまりにひどい状況ならそのまま引き返せばいいや感覚で立山行の1番列車に乗り込みました。途中、雪は止むどころか激しさを増しているような感じでした。立山行の列車は電鉄富山から自分の貸切状態で、岩峅寺から除雪要員の社員が乗って来たものの、結局、乗客は終点の立山まで自分一人、冬のオフシーズン、しかも、今シーズン初めての大雪とあっては訪れる人はいるわけがないですよね。

12_dsc534514126_2 人の気配がまったく感じられず静まり返った立山の駅に降り立ちましたが、積雪は50cmを越え、しかも、早朝のために除雪もされておらず、本当にこのまま折り返そうと思いましたが、こんな機会でもなければ雪の立山線をわざわざ訪れることはないだろうと思い、とりあえず定番の鉄橋まで行ってみました。雪景色はある程度は期待していましたが、ここまでひどいとちょっと降りすぎです。
【2014.12.6 本宮~立山】(電車運転士)

22_dsc534914126 周囲が少し明るくなってきたので、もう1本ここで粘ることにしました。あまり降りすぎると、ダイヤが大乱れし、最悪、列車が運休になるのではという不安がありましたが、さすがに雪国の鉄道だけあって、5分くらいの遅れで立山に到着しました。
【2014.12.6 本宮~立山】(電車運転士)

32_dsc535514126 列車を待っている間に道路の除雪も進んだので、少し先に俯瞰ポイントがあったのを思い出し、雪も小降りになってきたこともあって、とりあえず向かってみました。杉の木が見事なクリスマスツリー状態になっていたので、ちょっとだけやる気が出てきましたが、手前に木があるのに気づかず、列車にかかってしまいました。
【2014.12.6 本宮~立山】(電車運転士)

42_dsc538214126 ここまで来たら立山大橋も覗いてみることにしました。雪が止んでいる時は見事な雪景色を見ることができましたが、ひとたび雪が降り始めると真っ白の世界になってどこに列車がいるのかさえわからなくなってしまいます。祈るような気持ちで待っていたところ、何とか列車が見える状態でシャッターを押すことができました。
【2014.12.6 本宮~立山】(電車運転士)

52_dsc539414126 寒いし、前の写真が何とか撮れたので、さっさと帰ろうかと思いましたが、いつもの悪い欲張り根性が出てしまい、結局、もう1本撮ってしまいました。待ったかいがあってオリジナル塗色車が来ました。
【2014.12.6 本宮~立山】(電車運転士)

62_dsc539814126 ここまで来たら半分ヤケクソの感じで、有峰口の鉄橋まで行ってしまいました。雪のない時期には何回か訪れたことがありますが、雪景色もなかなかのものでした。
【2014.12.6 千垣~有峰口】(電車運転士)

72_dsc540314126 有峰口で交換となる上り列車は縦構図で撮ってみました。気温が低かったため、綿帽子になった雪が解けずに残っていてくれたのはラッキーでした。
【2014.12.6 千垣~有峰口】(電車運転士)

82_dsc541114126_2 これまで線路から離れたところからばかりから撮影していましたが、線路に近寄ったところからも撮りたいと思いましたが、装備が盤石でない状況では線路に近付くこともできません。左側の器具箱が邪魔ですが、仕方なく踏切から無理やり狙ってみました。
【2014.12.6 本宮~立山】(電車運転士)

92_dsc5425 有峰口の鉄橋に向かう途中に本宮の駅を覗いてみましたが、なかなかの雰囲気だったので、少し戻って列車を待ちました。雪に埋もれた小駅の雰囲気を感じ取っていただけたでしょうか。
【2014.12.6 本宮】(電車運転士)

102_dsc543514126 装備が盤石でない雪の徒歩鉄もそろそろ限界に近くなってきたので、駅撮りに切り替えようと有峰口を覗いてみました。まとめるにはちょっとハードルが高かったので、もうひと駅先の千垣まで歩きました。降車客期待で待ちましたが、当然のごとく乗降はゼロ、こんな状況では無理もないですよね。
【2014.12.6 千垣】(電車運転士)

112_dsc543714126_2 反対側はこんな感じです。駅のホームからとは思えない感じで撮ることができました。撮影後、この列車に乗って次の目的地に移動しました。
【2014.12.6 千垣】(電車運転士)

122_dsc544514126_3 夕方近くになってだんだん暗くなってきたので、走行写真は諦め、雰囲気のいい駅撮りをしようと岩峅寺で下車してみました。富山からの岩峅寺止めの列車が到着しました。立山線の主要駅ということも降車客もあり、人の動きが感じられました。
【2014.12.6 岩峅寺】(電車運転士)

132_dsc545714126_2 さっきの列車は折り返し富山行となるため、入換を行い隣のホームに転戦します。岩峅寺は上滝線の分岐駅ですが、配線の関係で、上滝線の列車を同一フレームに入れることはできなかったです。
【2014.12.6 岩峅寺】(電車運転士)

142_dsc546514126_2 日中の立山線の列車は有峰口交換ばかりなので、岩峅寺では交換風景を見ることができません。夕方になるとダイヤパターンが変わるため、数少ない岩峅寺交換をゲットすることができました。ちょうどブルーモーメントの雰囲気を捕えることができました。これを撮影後、上滝線の列車で富山まで戻りました。朝の時点ではさっさと帰りたいなどと思っていたのにもかかわらず、結果は夕方まで撮影を続けることになってしまいました。撮り鉄の悲しい性が今回も出てしまいました。
【2014.12.6 岩峅寺】(電車運転士)

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消滅する風景

さっそくですが、地元の新聞に先日載っていた記事をご覧いただきます。

125 記事内の地図を見て「あ!」と思われた方、いらっしゃるかと思います。ここは名鉄広見線の末端区間“新可児~御嵩”のうち、長閑な田園地帯が広がる撮影エリアです。もっとも、この区間を走る列車はほとんどが6000系2両、特に朝間帯を除いてはワンマン仕様の第三次車限定運用なので車両のバリエーションもなく、風景は田圃以外のアクセントに乏しいので長時間も粘れば飽きてしまうところかもしれません。

3400 しかし、線路はほぼ東西方向に敷設され、架線柱は線路の北側に建てられているので、時間を選ばずとも編成写真撮影が可能です。さらに田植えから刈り入れの間にうまく時季を選べば季節感を表現することができるので、風景写真にもうってつけ。上の画像は2001年の夏に撮影した名車3400系。懐かしいです。

940r 順光、半逆光など光線状態と組み合わせて様々な撮影者の意図に応えてくれるので、初めての訪問者でもそれなりの成果を得ることができる区間ではないかと思います。

5500 10年ほど前、まだ東海環状自動車道が建設中だった頃に盛土部にちょっと失敬して(時効ですよネ?)、当時まだ定期運用が残されていたSR車2両の御嵩運用を狙いに出かけたときの画像です。線路の左手側ほぼ一帯が将来イオンモールの敷地になると予想されます。

Mitake 御嵩駅近くの「みたけの森」から500mm(ややトリミング)でイオンモール建設計画地一帯を捉えた画像です。単にみたけの森からの遠望風景を撮っただけなので面白みに欠けますが、まさかこの周辺に上述のような計画が立てられるとは、誰が想像したでしょう。撮影日は2005年10月。すでに東海環状自動車道は開通しています。

843r 昔も今も変わらない風景でしたが、とうとうこれで見納めとなってしまうのでしょうか。今のうちに未撮影のシーンにトライしなければいけません、と言ってもこれから5年の猶予があるのでチャンスは幾らでも訪れるものの、気が付いたら周辺の田圃は休耕田となり、そして殺風景を穴埋めするかのようにそこにはコスモス畑の出現・・・そんな都合のいい妄想は・・・まだしないほうがいいですね。

またひとつ、日本の良き“鉄道のある”風景が姿を消してしまうのかと思うと、残念でなりません。(出札掛)

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315.富山県の私鉄めぐり 2号車 【地鉄市内線・万葉線・ライトレール】 2014/12/5

 2日目は所用が高岡にもあったので、地鉄市内線のほか、万葉線にも立ち寄ることができました。

12_dsc497414125 2日目も冷たい雨がそぼ降る天気でしたが、高岡に向かう前に少し時間があったので、富山駅前近辺で朝練することができました。一瞬雨が止んで傘いらずの状況になりましたが、富山駅前の電停は狭いうえに屋根がないため、乗降に手間取り、市内線の電車にも遅れが出ていました。
【2014.12.5 富山駅前】(電車運転士)

22_dsc498514125 地鉄ビル前方面に歩いているとレトロ塗色の電車が来ました。女性運転士だったので、思わずアップで撮ってしまいました。マスコンとブレーキハンドルを握る姿には凛々しさを感じました。
【2014.12.5 地鉄ビル前~富山駅前】(電車運転士)

32_dsc500314125 さっきまで止んでいた雨が一段と強く降ってきました。この辺りはオフィス街の様相を呈しており、朝はそれなりの乗降があります。
【2014.12.5 地鉄ビル前】(電車運転士)

52_dsc508314125 高岡駅は駅の改良工事も終了し、見違えるような駅になっていました。北側にはペデストリアンデッキができ上がっており、万葉線撮影の格好のお立ち台となっています。七夕の時期は通りが七夕飾りに覆われるので、その時に訪れてみたくなりました。
【2014.12.5 高岡駅~末広町】(電車運転士)

62_dsc510314125 とりあえずネコ電車で終点の越ノ潟まで乗車しました。新しく開通した新湊大橋で人や自転車も富山側に渡ることができるようになりましたが、駅前から出ている県営の渡し船は健在でした。
【2014.121.5 越ノ潟】(電車運転士)

72_dsc512714125 晴れれば立山バックの定番ポイントですが、こんな天気では見えるはずもなく、適当に来る電車を撮って時間を潰します。小型船が係留されたりしてそこそこ雰囲気のあるポイントですが、立山が見えた時の状況をなまじ知っていることもあって、物足りない感は拭うことはできません。
【2014.12.5 中新湊~東新湊】(電車運転士)

82_dsc519014125 吉久付近は昔ながらの雰囲気の中を走るので、併用区間の中では一番好きな区間です。乗降があることを期待して電車を待ちましたが、学校帰りの中学生が降りてくれたので助かりました。
【2014.12.5 吉久】(電車運転士)

92_dsc522214125 夕方、高岡駅に戻ってきた頃には周囲はすっかり暗くなっていました。雨はいつの間にか雪に変わり、うっすら白くなっています。ちょうど電車のいるあたりが旧高岡駅前の電停で、線路はここから急カーブで左に回り込むようにして高岡駅の直下に乗り入れています。
【2014.12.5 高岡駅】(電車運転士)

102_dsc524414125 富山に戻ってくると駅前でも5cmくらいの積雪あり、雪景色の状況になっていました。ただ、夕方の通勤時間帯と急な積雪が重なったため、周辺の道路は大渋滞、しばらくはこの交差点でしか撮ることができませんでした。
【2014.12.5 富山駅北~インテック本社前】(電車運転士)

112_dsc527214125 雪は止む気配もなく、ガンガン降り続きます。せっかくの街路樹のイルミネーションが寒さに震えてしまっているような感じです。
【2014.12.5 富山駅北~インテック本社前】(電車運転士)

122_dsc529314125_2 渋滞もひと段落し、やっと流し撮りポイントでも撮影できるようになりました。木の枝にもしっかりと雪が積もり、前の夜とは雰囲気がまったく違います。一足早いホワイトクリスマスといった感じでしょうか。
【2014.12.5 富山駅北~インテック本社前】(電車運転士)

132_dsc533914125_2 地鉄市内線の富山駅前側はこんな感じでした。交差点が工事中で散水装置が使えないのか、道路上にも雪が積もっています。翌日も富山に滞在の予定ですが、こんな状況では先が思いやられます。
【2014.12.5 富山駅前~新富町】(電車運転士)


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同じ人間に2度邪魔された話(>_<)

 鉄道の写真を撮影していて、特に意図しない限り、撮影者が入らないように撮れればと思う。このあたりの考え方は撮影者によっても違うだろうが、個人的には撮影者が入ることで、普段の状態からは異なってしまうと思えるからだ。

 しかし、注意していても突然飛び出してきて、撮影者が入ってしまうことがある。まあ、それも状況によってはやむを得ないときがあるが、1日わずか3往復の列車で、2度も同じ人間に邪魔されると、これは怒りを通り越して、不運を嘆くほかはない。その場所は、タイのメークロン線の終点、メークロンである。

 メークロンは、市場の中を列車が走る所として有名となり、多くの観光客が訪れる観光地である。テレビでご覧になった方も多いだろう。この結果として、列車が通るときには観光客があちこちに点在し、カメラを構えることになる。列車が胃通過すると、すぐに営業を再開するので、動画で撮ると面白い。スマホが一般化して映像を撮りやすくなったことから、カメラを構える観光客の数も増加した。よって、どうしてもこんなシーンになってしまう。

Photo_12

 ここに見られるだけでも、3台のカメラが写っている。まあ、これもここの現在のシーンなので、目くじらを立てる必要は無いのだろけれど。注目して欲しいのは、左側の男性。なんと、この戻りのシーンでは、列車が近づくと飛び出して、線路の真ん中にたってカメラを構えるではないか。

Photo_13
 線路の横でもいやなのに、線路の真ん中では写真が台無しである。(>_<)

Photo_14
 もっとも車両が見えたら、さすがに線路の脇にどいてくれたので、今回の影響は軽微だった。

 今、この場所にもっとも多い観光客は中国人である。そのため、あちこちから中国語が聞こえてくる。タイの空港でも、中国語の歓迎看板まであった。現在の政治を担っている軍事政権は中国好きのようで、その援助を受けてブルトレ客車の代替車両の新造を進めている。タイの町中には日本式のコンビニが数多くあっり、また、親日的な国民性もあって日本人には居心地がよい国であるが、そのうち中国に席巻されてしまうのではないか、ちょっと心配ではある。

 今回、メークロン線で狙いとしたのはこの市場ではなく、バンコク側の起点であるバーンレムの少しメークロン側にある併用軌道である。前回、乗車したときに、面白そうな風景として印象に残った。そして、実際に行ってみると、期待に違わなかった。こんな軌道を列車が走ってくるのである。

Hanabusa
 ナローのファンなら、こんなヘロヘロ軌道を見るだけで、萌えて来るのでは無いだろうか。ここを20m級の気動車が走るなんて信じられるだろうか。

 それがちゃんと走ってくるのである。

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 ね、ちゃんと走っているでしょ。(^_^) 何時、脱線するか分からないけれど・・・・。

 この反対側もなかなか良い感じである。

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 車両が新しくて似合わない?まあ、こうした風景があるだけでも、良いとしなければ・・・。

 しかし、今回、メークロンに行く途中に思わぬ光景を発見したのである。国道と交差するあたりに、3線の立派な車庫を建設しているのだ。コンクリートの枕木も大量に置いてあるようだった。これまで、検修のための側線すらなかったのに・・・。何を考えてこんな車庫を建設しているのか、また、軌道の状態がそれによって変わるのか、よく分からないけれど、来年行ったら、ガラリと様子が変わっている可能性もある。まさか、80km/hの速度で走って、所要時間が一気に1/3になった・・・なんてことはありえないだろうけれど、それを調べに、また、タイに行かなければならないようだ。(駅長)

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2014年12月13日 (土)

アルヒル桟道での撮影

 

 さて、カンチャナブリで2夜を過ごしたことから、一日、昼間の時間ができた。ここで行くのは、泰緬鉄道最大の難所、タムクラッセにあるアルヒルの桟道である。ここには、タイ訪問の度に行っているので、今回が三度目の撮影である。

Photo_6
 以前にも紹介したが、これがタムクラッセのアルヒルの桟道。観光客が写っているのが若干の興ざめだが、この写真を見ると、さすがに凄いところだと感じるに違いない。

 実は、この反対側はこんな様子で、リゾートホテルになっている。

Photo_7
 川にはコテージが浮かび、テラスも設けられている。ただ、このホテル、今年行ってもやはり営業をしていなかった。管理の人はいるので休業しているのではないだろうが、いつ、営業をしているのだろう。疑問である。

Photo_8

 一番上の写真を撮影したのも、公園として整備されたこの駅の端である。列車で行っても、上の写真を撮影して、撮った列車に飛び乗ることができる。想像以上に場所が開けていて、驚かれるのではないだろうか。

 今回、三度目にして初めてこの場所を通る列車に、カンチャナブリから終点のナムトクまで乗車した。車窓は単調と聞いていたが、その通り平坦な区間を走るところが多く、難所といわれたチョンカイの切り通しもあっという間に通り過ぎる短さで、そのあと、アルヒルの桟道まではまったくといって良いほど見所が無かった。アルヒルの桟道も300mほどの長さで、その後は終点のナムトクまでそれほど厳しくない地形が続く。難工事の死の鉄道といわれたイメージとは、やや異なっているのが意外だった。

 もっとも、泰緬鉄道はそこからさらにビルマに向けてさらに路線が延びており、「戦場に架ける橋」の映画のモデルとなった鉄橋も、さらに奥にあったらしい。本当に難工事だったのは、ここからさらに奥だったのだろうと思う。

 ナムトクへの列車は、カンチャナブリを1時間遅れて出発し、途中で遅れが増してナムトク到着は1時間半遅れとなっていた。途中、脱線するのではないか、と思われるような揺れの所もあったので、かなり軌道状態が悪く、速度の制限を受けているためと思われる。こんな所に豪華列車のイースタン・オリエント急行が乗り入れてくるのだから、驚きである。事実、こことは違うタイ国鉄の路線上で脱線したのだが・・・(>_<)

 終点のナムトクで仲間の車にピックアップしてもらい、戻ってアルヒル桟道の対岸で撮影する。今回は、まず先の写真に写っているリゾートホテルのテラスで狙う。

Photo_9
 以前、この場所で狙わなかったのはケーブルが邪魔したためだが、なぜかそのケーブルがなくなっている。この列車はナムトクをほとんど同時に発車し、ここには遅れてやってくるかと思ったら、カメラを構えるとすぐに姿を現した。タイ国鉄の運行は、どうもよくわからない。

 例によって、列車を追いかけ、歩いて次のポイントに向かう。

Photo_10

 今回、筆者は2回だが、同行者は3度、違った場所で撮影したという。同じ列車を歩きで異なるアングルから3回も撮れるのは、世界でもここだけではないか?以前の写真と見比べると、機関車がGE製の旧型、客車の色が青から赤に変わっている。

6
 遅い昼食後に次の列車を上記の橋のたもとで撮影。同じGE製の4000形DLであるが、塗装が新しくなっており、ちょっと残念である。ちなみにここを通る列車は、平日ならわずか3往復だけである。それも遅れてくる場合が少なくないので、撮影は簡単ではない。

 このあと、カンチャナブリまで車で戻ったが、撮影列車が戻ってきたのは、到着から1時間以上、経ってからであった。ひとつには対向列車の遅れがあるし、また、軌道状態の悪さによる遅延もある。さらに時間がかかる理由は、ここからカンチャナブリの間は線路が大きく蛇行していて国道より距離が大幅に長いためで、空襲を避けるためにあえて直線で線路を敷くのではなく、川沿いのルートを選んだためともいわれる。

 一度、この場所でイースタン・オリエント急行を撮ってみたいが、カンチャナブリのイベントの時期には運転されていないようで、なかなかチャンスが訪れないのが残念である。(駅長)

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314.富山県の私鉄めぐり 1号車 【ライトレール・地鉄市内線】 2014/12/4

 いささか鮮度落ちで恐縮ですが、12月の上旬に富山を訪れる機会があり、せっかくなので、所用の合間に少しだけ鉄活動をしてきました。この時期の北陸は「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい天候が不順で、時折り「鰤起こし」に見舞われるなど、鉄活動には最もふさわしくない季節です。予想どおり、富山に着いた時は生憎の雨模様、こんな状況ではテンションがアップするはずもなく、遠出は止めて市内の軌道系中心の撮影としました。結果、スナップ的な写真ばかりになってしまいましたが、仕方ありません。

12_dsc448514124 まずはライトレールに乗って終点の岩瀬浜に向かいました。富山港線時代の面影はほとんど残っていません。すぐ右側にはフィーダーバスの乗り場があり、K&R感覚で乗り継ぎをすることができます。
【2014.12.4 岩瀬浜】(電車運転士)

22_dsc450214124 富山港線時代からの定番ポイントですが、立山連峰は見えるはずもなく、適当に2・3本撮って移動しました。
【2014.12.4 競輪場前~岩瀬浜】(電車運転士)

32_dsc456114124 雨の中、富山方面にトボトボ歩いていると大きな街路樹の並木がありました。ちょうど葉っぱが落ち切った直後で、寂しい感じの風景になっていました。紅葉の頃だったらもう少し絵になったのではないかと思います。
【2014.12.4 東岩瀬~競輪場前】(電車運転士)

42_dsc457114124 東岩瀬は割と街中の雰囲気なので、ポツポツと乗降がありました。ライトレールはほぼ終日15分間隔の頻発運転なので、平日の昼中でもそれなりに利用者の姿が見られました。開業から8年以上経過した今は地域住民の足として定着しているようです。
【2014.12.4 東岩瀬】(電車運転士)

52_dsc458314124 
 大広田は交換駅となっており、列車が来るたびに交換風景を見ることができます。軌道系の車両としては車体が大振りのため、2両並ぶと結構迫力があります。
【2014.12.4 大広田】(電車運転士)

62_dsc462214124 大広田から電車で一気に奥田中学校前まで移動しました。ここまでが富山港線の線路で、ライトレールはここから急カーブで道路上に出て、富山駅方面に向かいます。富山港線はこのまま直進して富山駅にアプローチしていました。線路跡は歩道となっており、十分に面影を偲ぶことができます。ちょうどベビーカーを押した母親が電車に乗り込もうとしていますが、人に優しいライトレール本来の目的を達しているひとつの光景です。
【2014.12.4 奥田中学校前】(電車運転士)

72_dsc465414124 富山駅北まで戻ってきました。ウィンターポートラムのラッピング車両が到着しました。今年は動物をモチーフとした可愛らしいラッピングが施されています。
【2014.12.4 富山駅北】(電車運転士)

82_dsc470414124_2 ライトレールの後は富山駅前から市内線を環状線と反対回りで巡りました。環状線のセントラムが来ました。将来の直通運転を考慮してライトレールのポートラムとほぼ同じ仕様です。冷たい雨は止む気配はなく、シトシトと降り続いています。
【2014.12.4 荒町】(電車運転士)

92_dsc470814124 富山の最大の繁華街となっている西町です。ここの電停は上屋が設置されています。おかげでここだけは傘なしで撮影できました。以前はもっと賑わいと活気があったように記憶していますが、冬の平日の昼中ということを差し引いても少し寂しい気がします。賑わいは中心市街地からロードサイドに移ってしまったということでしょうか。
【14.12.4 西町】(電車運転士)

102_dsc479614124 富山城バックの定番ポイントで待っていると黒色のセントラムが来ました。セントラムは写真の黒色のほかに白色・銀色がありますが、黒色はカラスのような印象を受けるので、あまり好きではありません。
【2014.12.4 国際会議場前】(電車運転士)

112_dsc480714124 レトロ電車は平日も10~15時の間に運転されています。ダイヤがサントラムとともにホームページに公表されているので、撮影には助かります。自分たちの世代にはこういった落ち着いた塗色の方がしっくりきます。
【1014.12.4 富山駅前】(電車運転士)

122_dsc482314124 3月14日の北陸新幹線開業に向けて富山駅は改良工事が最後の追い込み段階に入っていました。市内線もライトレールとの接続工事が進んでおり、富山駅前の交差点にはデルタ線が出現していました。右に向かう線路がライトレールと繋がる予定ですが、在来線がまだ高架になっていないので、直通運転実現にはもう少し時間がかかりそうです。
【2014.12.4 富山駅前~新富町】

132_dsc487414124 富山駅北の路面区間は街路樹にイルミネーションが実施されていたので、夜練もがんばってみました。思ったよりも暗かったので、流し撮りで対応しました。うまい具合にウィンターポートラムが来ました。この年になるとほとんど関係ないですが、世間ではクリスマスムードが徐々に盛り上がっているようです。
【2014.12.4 富山駅北~インテック本社前】(電車運転士)

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2014年12月12日 (金)

タイのオカマさん その2

 では、続いてカンチャナブリのC56を紹介しましょう。前回訪問した2010年にはこのC56が動いていなかったので、今回の訪タイはそのリベンジが目的のひとつです。 

 カンチャナブリは、バンコクの西、自動車で2時間ほどの所にある街で、このあたりの中心都市です。「戦場に架ける橋」で有名になった泰緬鉄道のクゥエー川鉄橋があり、観光の拠点ともなっています。

 泰緬鉄道は、その建設の過酷さから連合軍の捕虜を含む多くの犠牲者を出し、「死の鉄道」とも呼ばれているのは、ご存じの通り。ここでなぜ、C56かといえばもちろんこの鉄道で活躍した機関車だからですが、この地最大のイベントとしてThe Bridge over the River Kwai Festival and Red Cross Fairを11月下旬から12月上旬に開催しており、「戦争から平和へ」というショーの中で、泰緬鉄道の開業シーンとしてC56が登場するからです。

 ショーの内容はお察しの通りで、我々が見ているとちょっと居心地が悪いのですが、イベントとしてみると、空襲を模して大規模に花火が使われたり、クライマックスでC56が盛大に汽笛を鳴らし、サーチライトを浴びて走行するなど、結構、面白い内容です。

 このイベントのため、かどうかはわかりませんが、タイ国鉄には715と723(C5615のプレート付)の2両のC56が現役です。昼間はカンチャナブリの駅に留め置かれているので、まずはそれを撮影。

C56_2
 本線用のパシフィック機とあわせて、ボイラーが緑色に塗られていて、なかなかシックです。C56が2両、並んでいると、小海線の中込にでも来ているような印象を受けます。

 夜の帳が降りるとショーの開始。ちなみに会場はこんな感じ。入場料は300バーツ(約1000円)です。

Photo

 ステージと鉄橋を観客席が取り巻いています。ちなみに左奥の白い椅子が並んでいる最上部が撮影ポイント。

 ショーの始まる30分前になると、カンチャナブリの駅からC56が回送されてきます。この回送の時にも汽笛がふんだんに鳴らされ、日本の蒸機全盛時を思い出させます。クゥエー川鉄橋駅に到着したところをまずは撮影。

C56
 ショーが始まり、40分ほどするとスポットライトを浴びてC56の登場です。列車の後ろでは花火もあがります。さすがに夜間走行で、しかもどのようにライトがあたるかわからない条件では、一回ではモノにする自信がありません。そこで今回は現地に宿泊して、2度撮影することにしました。

1203
 まずは1回目。ちょっと離れたところから、鉄橋全体を入れてC56を撮影。

12042
 2度目は、もう少し線路の近くから撮影。どちらが良いかな?

 あと、おまけでこんな写真も撮ってます。

Photo_3
 もちろん、こっちに向かってくる列車を撮影したわけではありません。

 C56の登場シーンが終わってからも、もうひとつ撮影の山があります。ショーの最後で留置中のC56の後ろに花火が打ち上がるのです。

Photo_4
 今回、このシーンのためにわざわざ三脚を持っていったのですが、一度目は場所の選択を間違えて失敗、二度目は花火が始まると機関車の横に人が立ってしまい、満足できるのはこのカットだけ、ということで、やや不満が残りました。

 2009年の撮影と併せて、4回、このシーンを狙ったのですが、さすがに夜の走行とあって難易度が高いです。ただ、大分、ノウハウもついてきたし、撮り甲斐のある対象なので、また、機会があればチャレンジしたいところです。

Photo_5
 最後に鉄橋の爆破シーン。現役の鉄道の鉄橋に火薬をしかけて良いのか・・・と思うのですが、このシーンそのものには迫力がありました。 (駅長) 

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2014年12月11日 (木)

タイのオカマさん その1

 このタイトルをみて、「マンボー」か「カリプソ」 の話かと思った方、ごめんなさい。オカマといってもニューハーフではなく、お罐さん、すなわち蒸気機関車の話なんですねぇ。ご期待に添えず、残念です。

 さて、タイの国鉄には戦後の食糧不足の時に、米と引き替えに輸出された蒸気機関車が今も残っていて、年に4回運転されています。具体的には、3月26日のタイ国鉄開通記念日、8月12日の王妃誕生日、10月23日のチュラロンコン大王記念日、そして12月5日の国王誕生日です。このうち、3月から10月の運転日は暑かったり雨期であったりして、撮影には耐えられないのに対して、12月の運転は気温も下がり(でも30度はある)、しかも乾期とあって、我々でも何とか撮ることができます。加えてこの時には、カンチャナブリでC56が走るイベントもあって、まさに鉄をするには絶好のタイミングなんですね。

 こうした情報を、当時、仕事で赴任していた友人に聞いてタイを訪れたのが2009年のこと。そのおもしろさに惹かれて、さっそく翌年にはインドへの途中に再訪しました。しかし、この時にはなぜかカンチャナブリのC56が動いておらず、残念な思いをした経緯は、当時のブログに書いてます。

http://b1hanabusa.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/index.html

 その後、タイのオカマさんの動向は気になっていましたが、2011年には例のタイの大洪水でそれどころではなくなってしまいました。ところが、2013年に現地を訪問した友人からの情報で、カンチャナブリのイベントで蒸機が復活していることが確認できました。これは、リベンジしなければならない。と、思っていたら、現地に長期出張していた友人から撮影に行きたいとのリクエスト、さらに東京の知人グループも同時期に訪タイを計画していることが判明。現地で一部、合流することにしてワゴン車をチャーターし、最大、8人で蒸機を撮影することになりました。現地に出張していた友人が事前にロケハンをしてくれて、詳細なガイドもあって、準備は万端。ここまで来ると、やっていることは日本と変わりません。

 さて、蒸機の運転は、バンコクから北の観光地、アユタヤに向かうことが多いのですが、今回は珍しく東本線のチェチュンサオへの運転でした。ここで大問題。この東線は、実はその半分ほどの区間で空港へのエアポートリンクと併走しているのです。いってみれば、東十条で新幹線の高架をバックに北斗星を撮るイメージ。これは面白くありません。加えて東線には、ほとんどカーブも勾配もなく、平坦線を一直線にチェチュンサオに向かっています。要するに、撮るのにまともな場所がほとんどない・・・これは困りましたね。

 まずは、蒸機の様子を見に、早朝のフォアランポン(バンコクのメインターミナル)に向かいます。すでにギャラリーが一杯。線路に降りたり、カマに登ったりして、記念撮影をしてます。そう、タイは何をやってもOKなんですね。まあ、日本の鉄道の昭和30年代みたいなものかな。安全性はともかく、こうしたのんびりとした雰囲気は悪くないです。

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 ちなみにオカマさんは、パシフィック型824号と850号の背合重連。10輌の3等客車を牽引してます。

 撮影をどこにしようか、先乗りして現地調査をしてくれたメンバーのすすめでオチェチュンサオから2駅バンコク寄りのクロン・バン・プラにしました。ここは通常、駅の中間部分にある跨線橋が、西側にあるので望遠を使うと俯瞰的に撮れるとのこと。タイでは高いところがなく、俯瞰できる場所が極めて限られているため、こうしたアングルの写真は貴重です。

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 もちろん、手前の駅名板を除いた写真ももう1台のカメラで撮ってます。(^_^;)
 

 驚いたのは、ここで構えていたら、キャノンの一眼を持った現地の鉄(高校生くらい?)が二人もやってきて一緒に撮影したことです。ひとりは無線も持って、かなり本格的。蒸機の運転は、日本人駐在員の間でブームとなり、それがタイ人に伝染して、どこかの国同様、にわか鉄ちゃんが増えていると言います。こうした若い鉄ちゃんがいるということは、タイでも鉄道趣味が一般化してきているのでしょうか。

 それはさておき、この日本製蒸機。数年前に大改造が行われました。すなわち、薪炊きからオイル炊きとなったのです。いわば蒸機の形をしたディーゼル機関車みたいなものです。もともと、タイの蒸機は暑いので煙は出ませんでしたが、オイル炊きになって、ますます煙は見られなくなりました。せいぜい、汽笛を鳴らすときに白いものが見えるくらい・・・イベント蒸機ならではの爆煙が見られないのは国が違うとはいえ、チト残念ですが。ちなみに、煙といえば、客車を牽引しているGE製のDLの方がよっぽど黒煙をはいてました。

850824
 チェチュンサオで入れ換えをするオカマさん。到着からこのシーンまで、4時間近くもホームに放置されていました。

 こうした角度で見ると、給水温め器が煙突の後ろについているので、イメージ的にはD51かな。イギリスの蒸機のように、深い緑色に塗られたボイラーがなんとも格好良いです。テンダはオイル炊きに改造されて、ちょっと外観が変わってます。制御は自動化されているようで、その電源のためか発電機が載っていて、動くときには罐を炊くのではなく、そのスイッチを入れて、ブーンという音がして動き出す・・・とあまり蒸機のイメージはありません。

 さて、帰りはチェチュンサオを16時半に出発です。この時期、タイの日暮れは早く、すでにこの時間になると影になってしまうところも少なくありません。当初はチェチュンサオの発車を考えていたけれど、どうも人が多そうで邪魔になりそう、という予感から、朝行ったクロン・バン・プラの東の踏切で構えることにします。

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 ちょっと足回りが陰ったけれど、まずまずのイメージでGOOD!遅れが心配されたけれど、ほぼ定時で通過しました。

 この後、高速を走って列車を追い抜き、フォアランポンに。午後6時半に到着と案内されていたけれど、それより30分近く遅れて午後7時頃にやってきました。わずか60kmの距離だし、ほとんど複線だし、どこで遅れるのでしょう。もっとも、タイ国鉄の列車が定時で走ることは、極めて珍しいので、遅れてきても不思議ではないですが・・・。

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 このフォアランポーンの駅は、ホームがアーチ形のドームに覆われていて、ヨーロッパの駅のような雰囲気。ここに蒸機が停まるのは、絵になります。ただし、この写真が撮れるまで、記念写真が相次ぎ、1時間ほどかかりました。この日は客車の回送が遅かったので、こうした編成写真が撮れたのはラッキーでした。

 タイ国鉄の本線蒸機の運転の撮影は2回目ですし、今回は友人の事前調査もあって、ほぼ理想的な場所で撮影できました。こんどはアユタヤ行きの列車を撮影したいなぁ。

 次回はカンチャナブリのC56を紹介しましょう。(駅長)

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2014年12月 6日 (土)

初雪景色

尾張と美濃を結ぶ県道を北上し、愛岐大橋を渡ったあたりから小雪の舞う天候になってきた、と思ったら徐々に雪は本降りとなり、「えぇっ」!天気予報で知らされていたとはいえ、ここまで降るとは想定外。目指すは長良川鉄道ですが、ノーマルタイヤだし、大丈夫かよ・・・。

1_2 湯の洞温泉口駅から集落を見下ろす地点で8:33発の上り6レを待つも、あれ?来ない?遅れているのかしら、と待つこと20分。8:53発の下り3レが定時で先に来てしまいました。ということは6レはウヤ?奥美濃では前夜までかなりの積雪があったようで、運行に影響が出たのかもしれません。

2 ここは桜並木(最近は花の元気がない)でお馴染みの福野~美並苅安のカーブ付近。雪化粧の山をバックに、上り8レが今度は数分ほど遅れつつも無事にやって来ました。

3 大矢駅付近の道路橋から長良川沿いを進む5レにカメラを向けました。雨混じりの雪も手伝って風景は霞み気味。右奥の山がもう少しはっきりすればキレイな雪景色がお目にかかれたのですが。

4 今年1月のコタツ列車運転時に見つけた赤池駅周辺の俯瞰場所から、上り列車を撮影。

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6 やはり雪の影響か、数分遅れで姿を現した10レは2両編成。おや、送り込みに該当する下り3レは単行だったのに? ははぁ、もしかしたらウヤになった6レの車両を連結してきたのかもしれません。

7 美濃市駅ではピークを過ぎた紅葉と雪山のコラボ。気温が低いとはいえ、午後の撮影では着雪した木の数が乏しく、ガスもかかり残念。朝に来ていたら、綺麗なグラデーションが見られたかもしれません。画像は9レと12レの交換シーンですが、あえてこれを掲載します。わかりますよね、目をつぶりたくなるようなモノが・・・。建造物がファインダーに入らない立ち位置も選べますが、このとき背景の雪山には徐々にガスがかかり始めてきたので、比較的マシな状態のときを選択した結果この画像になりましたが、ご理解ください。

ところで今回は、わざわざ雪景色を撮りに美濃路を北上したのではなく、もともとこの日に狙おうとしていたネタが長良川鉄道にあったわけで。

N1 12月限りで引退となる長良川鉄道元祖車両・ナガラ1型の貸切運転が催されたので、撮りに出かけた次第です。折しも冬型気圧が強まって初雪景色の中の走行となったのは、ちょっと早い自然界からのクリスマスプレゼントでしょうか。

N2 今回は鉄道趣味団体による貸切列車です。期待どおり?前後で異なるデザインのヘッドマークが装着されました。風景の割に道路上の積雪は脇道でさえもゼロ、というわけでノーマルタイヤのマイカーでも各所の道路で通常どおりにアプローチできたのはラッキーでした。

N3 大矢駅でバカ停があるので、先回りして再度ナガラ1を狙います。場所は2番目の画像にある8レの撮影と同一地点。後追い撮影の画像を載せますが、こちらのほうがまともな背景なので(→行けばわかる)お許し下さい。


ここしばらくは高山線のツートン車両に目を奪われがちだったため、気が付いたらナガラ1型の引退が目前に迫っていました。普段はあまり定期運用に入らないので、たまたま運行していても情報に疎いため、撮影チャンスを逃してしまいます(それほどまでして撮りたいと思わないのが本音ですが)。このたび最後の運行情報が公式発表されたので、車両が不調にならない限り確実に狙うことが出来ます。貴重となった3セクレールバスの最期の勇姿を見届けることにしましょう。(出札掛)

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2014年12月 5日 (金)

怪しさ一杯!鉄の不思議ワールド

 さて、キハ8500が保存してあるのは、烏山市の北部、那珂川のほとりにある那珂川清流鉄道である。ここは元工場の跡地を活用し、馬頭運輸の経営者が鉄道車両の保存に努めておられる施設である。

 この鉄道については、もちろん行く前に情報を仕入れていたが、驚いたのはスケールの大きさである。敷地の真ん中にセレモニーホールがあり、それを取り巻くようにレールが施設されている。それも1067mm、762mm、381mmなど何種ものレールが敷かれている。車両も多い。貨車も含めて140両くらいあるという。

Photo_6
 左側の建物がセレモニーホール。右が車両基地。なんと千葉モノレールの車両がある。こんなのよく持ってきたと思うし、設置にも少なからず費用がかかっていると思う。

3300

 お馴染みの車両としては、豊橋鉄道で活躍した元金沢市内線の3300形もある。鉄道総研でバッテリートラムの試験に供された車両である。どこに行ったのかと思っていたら、ここに来ていたのね。この右手には、ブルートレインの14系が2両。

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 もっとも、ここのお得意は大型車両ではなく、KATOなどの産業用DLである。木曽森林はじめ、立山砂防、さらには戦時下に海軍の航空隊で使われたという珍品(後ろの2両)もある。さらに驚くことに、これらはすべて稼働状態なのだ。運輸会社を経営しているので、こうした機関の修理にはお手のもの、ということらしい。訪れたときには数台の機関車にエンジンがかけられており、あちこちでディーゼルサウンドが響いていて、好き者にはたまらない雰囲気が漂っている。

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 さらに美術館と名付けられたこの建物の中には、驚くべき車両が留置されている。

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 なんと、クラウスの17号である。北海道の明治炭鉱の閉山後、西武百貨店で売りに出され、万博や大井川鐵道での展示を経て、岩手県の遠野で保存されていたらしい。それが現在、ここにある。この後ろには、昨年、協三工業で製造された日本でもっとも新しい蒸気機関車が鎮座している。

 この場所から川を渡った対岸には工場があり、修復中の車両が並んでいる。

Dc122_2
 写真は再掲であるが、左が尾小屋鉄道のDC122、右が伊予鉄道のモニである。こんな状態であるが、立派に修復できるそうだ。

 とにかく、何があるか分からない鉄の不思議ワールドが、この那珂川清流鉄道。車両をみるだけでなく、30分4,000円で運転体験もできるようで、いろいろな楽しみ方がありそうだ。(要予約) わずか500円で、中味がたっぷりのおいしいお弁当もある。ちょっと遠いのは難点だが、行ってみる価値は十二分にありそうだ。

 さて、最後に一番怪しい車両。さて、これはいったい何で、どのように使うのだろう。

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 考えてみてください。(駅長)

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2014年12月 2日 (火)

怪しさ一杯!鉄の不思議ワールドへ

  宇都宮での予定が終了した後は、かねてから気になっていた列車に乗って、気になっていた場所に行くことにした。

 その前に、せっかくここまで来たから、ということでまずはお約束の列車の撮影である。

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 早起きして、宇都宮から北へ25分ほどのところにある名撮影地の片岡に向かう。ただ、日が低いこの時期、ちょっと線路に木の影がかかってしまう。このため、遠くのポール間をメインとしてちょっと横位置から狙ったが、ベストポジションでも思ったほど影がかからなかった。やむをえないとはいえ、この位置では送電線が映り込んでしまっているので、時間ができたら送電線の処理をしなければいけない。

 次の目的は、烏山線で運転している新型電車の乗車である。え、なぜ烏山線に電車?と、思われた方。さすがです。

Photo_2
 なぜかといえば、烏山線は全線、非電化である。そこにどうして電車が走ることができるのか。実は、車体に蓄電池を積んで非電化区間でも走れるようにした最新鋭の電車なのである。

 この電車は、ACCUM(アキュム)と呼ばれており、電化区間と終点の烏山で蓄電池に充電して運行する。時刻表を見ると、列車番号には電車であることを示すMがつけられている。もう少し専門的に書けば、形式はEV-E301系で、蓄電池はリチウムイオン電池を使用している。

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 これが終点の烏山で充電中の電車。ここには大規模な変電設備が設けられている。運行中の車内では、どのように電気が流れているかが紹介されている。

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 もっとも乗っていると、当たり前ながら、ごく普通の電車である。

 烏山線には、国鉄色のキハ40も運転されている。縁起の良さそうな大金駅では、そのキハ40とすれ違った。

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 さて、烏山についてコミュニティバスに乗り、向かった先にはこんな車両が留置してあった。

8500

 あえて、説明は不要だろう。

 そこから少し離れたもう一つの場所には、こんな車両も・・・・

Dc122
 ここはどこ?なぜ、キハ8500がここに?このほかにもまだまだお宝車両がある怪しさ一杯の鉄の不思議ワールドの紹介は、次回のお楽しみ。(駅長)

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2014年12月 1日 (月)

非電化区間のC61

 29日に宇都宮で仕事に関連する仲間の集まりがあり、それにあわせて聴きたいコンサートが二つあったことから、東京で宿泊してそれらを聴くことにした。そのため、28日の昼間が一日あいてしまった。最初は、ちょうど紅葉時期で、しかも平日の金曜日に蒸機が走る秩父鉄道に行こうかと思っていたが、行く直前になって27~29日に水郡線でC61の試運転が行われるとの情報が入ってきた。水郡線で開業80年を記念して蒸機が運転されることは知っていたが、まだ先のことであり、東京への滞在中に試運転として運行されているとは夢にも思わなかった。

 当初、東京へはJRのハイウェィバスで安く行こうと考えていて、すでに切符も入手していた。しかし、時刻を調べると、新幹線から特急を乗り継げば、27日も撮影できることがわかった。そこで、バスの切符をキャンセルして、新幹線で東京に向かった。

 C61は、これまでに上越線で撮影したことはあるが、煙の出がもうひとつだったりして満足できるカットはなく、チャンスを伺っていた。今回の水郡線の運転は、その意味では千載一遇のチャンスであることは確かであるが、残念なことに運転は常陸大子への片道のみであり、列車での撮影では1回しか撮れず、効率は極めて悪い。とはいえ、C61が架線の下ではないところを走るのは、今回が初めてのはずである。それなら、効率が悪くても行く価値があると思い直し、現地に向かった。

 新幹線の中で撮影地を調べ(^^;)、玉川村のあたりに良さそうな撮影地があることがわかり、とりあえずそこに向かうことにした。ここから次の野上原にかけてちょっとした山越えがあり、煙も期待できそうである。ネットで見た作例からは、俯瞰もできそうだった。しかし、現地に行ってみると、俯瞰のポイントまでは100mほど線路脇を歩く必要があり、警備の方に制約されて、そこまで行くことは出来なかった。そこで、やむを得ず駅寄りの開けた区間で待つことにする。俯瞰のポイントよりはやや落ちるが、背景がすっきりしていてここも悪くはない。立ち位置が多いので、数多くの同業者がカメラを構えている。

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 半逆光の光線に、カマを光らせて通過していく。まずまずのデキである。惜しむらくは客車が4両と短いことで、もう1両つないでくれたら完璧だったのだが。 

 翌28日は東京の友人にクルマで案内してもらえることになった。東京を早朝に出て、クルマで現地に向かう。まずは前日に撮影した玉川村で、水戸への回送を狙う。

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 天気予報では晴れのち曇りであったが、残念なことにドン曇りである。暗い(>_<)。後ろにC61をつけ、DE10の牽く客車が通過していく。

 今回のC61運転は、常陸大宮、玉川村、上小川で10分程度ずつ、停車する。このため、クルマを使えば、数カ所で撮れそうであった。そこで、まず最初のポイントとして、上菅谷と常陸鴻巣の間の森バックの直線で狙うことにした。

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 バックもすっきりしていてまずまずの場所であるが、平坦線とあって、煙の迫力に欠けたのがやや残念。

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 続いて、前日にも撮った玉川村の発車。前日とカマの位置は同じだが、立ち位置がやや異なっている。曇って温度が下がったためか、煙の出はこの日の方が良い。

 さらに追っかけて、上小川と袋田の間の跨線橋から俯瞰する。

_mg_2324

 なぜか、カマの通過する瞬間だけ陽が照って、ちょっと逆光気味となってしまった。逆に煙が浮き立ったので、良かったのかもしれないが・・・。

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 最後に常陸大子の停車を駅の外れから狙う。これにて、今回の追っかけは終了である。2日目は天気にもう一つ恵まれなかったが、贅沢は言えない。

 東京の近くでの蒸機運転とあって、人出が心配だったが、平日の試運転であるとともに、三脚を持たず、カメラ1台の軽装備だったこともあって、狙いとした場所で撮影が出来たのは幸いだった。おそらく、12月5~7日の本運転はパニック状態になるのではないだろうか。

 事故がおこらないよう、無事、運転が行われることを祈念したい。(駅長)

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