« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

2014年10月31日 (金)

トワイライト リベンジ

 また、トワイライトEXPの撮影に行ってきた。一番の目的は、先回、農家の方の自動車の乱入にあって満足いく写真が撮れなかった南条の俯瞰である。天候と運行日と当方の都合を見て、それらの条件が揃った29日にスクランブルをかけた。

 検査掛さんから、トワイライトEXPに執着とのコメントをいただいているが、必ずしもトワイライトに執着しているわけではない。イベント用の車両であるし、緑色の車体は緑の木々に沈み込んで写真写り、という意味では大いに問題がある。しかし、贅沢は言えない。なんといっても北陸線最後の客車列車である。681系の特急など、新幹線が敦賀まで伸びない限り、今後、撮る気はおきないだろうから、若干でも撮りたい列車がある内に、北陸線の主だった撮影地を潰しておくことが目的である。

 と、いうわけで、この日の最初のポイントは、電車運転士さんから秀作が発表され、一度登ってみたかった疋田ループの俯瞰である。

20141029

 天候に恵まれて、まずは満点の写真が撮れた。あまりに天気が良いので、1台のカメラは高速が入って煩いのを覚悟の上、敦賀の町と敦賀湾を入れて撮っている。もちろん、メインのカメラは高速をカットした構図である。

 一緒に撮影したファンによると、この場所ではゲリラ雲の影響を受けやすく、曇らずに撮るには大変な運がいるとのこと。この場所に登ったのは今回が初めてなので、こうした写真が撮れたのは、まさにビギナーズラックである。

 ところで、この場所に行くにあたり、敦賀インターからの道路が変わっていて、最初、迷ってしまった。インターからのバイパスが出来ているのである。そういえば、このループに何度か撮影に来たのは1990年頃の筈。ひょっとしたら、20年くらい、来ていないのかもしれない。まだ、つい最近の撮影のように思うけれど、そんなに時間が経っているのかなぁ。

 下りのトワイライトを撮るまでの時間つぶしとして、これまで行ったことの無い南今庄に行ってみることにする。なかなか良い場所で、駅からも近いので列車鉄をするには良いところのようだ。ただ、陽の低い冬は山の陰に入ってしまわないか、心配である。

20141029_2
 この場所に行くのに木ノ芽峠を越える国道476号を利用したが、あまりに良い道路で驚いた。しかもすいている。すぐ近くに国道8号や北陸道があるので、この道路が本当に必要な道路かどうか、疑わしい。こんな用もない道路をいつまでも造っているので、道路予算が湯水のように要るのである。その分、他に使い道もあるかと思うのだが・・・。

 南条について、トワイライトの少し前に上りの貨物がある。撮影時間帯に撮れる唯一の貨物列車なので踏切で撮影する。

Ef51020141029
 さて、肝心のトワイライト。到着数分前、併行する道路にクルマの来ないことを念じていたが、これはクリア。しかし、何か前回と様子が違う・・・・・

20141029_3

 そう、山の影がぐっと伸びているのである。この前と比べ、5mは伸びているだろうか。随分、影の面積が広がっている。わずか5日ほどしか経っていないのに・・・驚きである。それ以外は満点なのに。まあ、これは妥協するとしよう。もう、こんな状況では撮れないことだし・・・。この場所、今後、おそらく11月から2月頃まで、車体に影が落ちるのではないか、と思う。

 帰路に時間があったので、新疋田の駅に寄って見た。昔、何度も撮影したのが、ネットなどでは撮影禁止と書かれているので、それら撮影地がどうなっているか、確かめたかったからである。当時は入れた駅構内に立ち入れないのは当然として、かつて撮りやすかった上りホームの敦賀方は立ち入り禁止になり、不可。駅周辺で撮ろうと思うと、超望遠(400mm以上)程度を構えて下りホームの真ん中くらいから撮る以外に方法はなさそうだ。

 一方、敦賀方のカーブは、かつて何度も撮った上り線と下り線の間に入るのはもちろん御法度として、線路脇はかろうじて撮影は可能のようだが、線路間のススキが伸びて編成がかくれてしまう。いまさらあえて撮りに来るほどの場所ではなくなっている、ということが確認できたわけで、これは寄ってみて良かった。

 ところで驚いたのが駅の待合所。

Photo
 なんと、ファンのギャラリーになっている。そういえば、駅舎も新しく建て替えられたのか、記憶が無い。

 トワイライトEXPが無くなってからならともかく、無くなる前にすでに浦島太郎化してしまっているようだ。これは、どう考えたら良いのであろうか。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月28日 (火)

祝・高山本線全通80年・・・かな?

出札様から10月25日の「さわウォ」の様子がアップされましたが、私も10月19日、25日と2日もキハ40系ツートンカラー3両を追っかけてしまいましたので、ご報告したいと思います。

まずは19日。

Dsc_06031_2上麻生・蘇水峡(信)  回9723D
この日は効率の良い午後からの参加となりました。1本目の下り回送を、まずはおそらくJustFitの光線状態と思われた蘇水峡へ。通過30分前くらいに現地に到着したのですが、後追いになるのと、何回かあるためか、同業者は20人ほどでやや拍子抜け。思い通りの絶好の光線の中、本命がやって来ましたが、この場所はやはり2両編成が収まりがいいですね。
Dsc_0613中川辺・下麻生  9724D

この日は白川口折返しで、順光で撮れるところは限定されますので、側面は陰になることを承知の上で、かつて歩き鉄時代よく通ったカーブに向かいました。ここは41号線のバイパスができた関係で道が付け替わっていて結構迷いました。カーブを曲がり切ったあたりは資材置き場になっており、長い編成は難しくなっていました。ここで資材担当様と久々に会いました。
Dsc_0623下麻生・上麻生  試????D
2本目の下り回送はここしかない、という中川辺・下麻生間の直線でなるべく線路から離れて撮りました。折返し2本目の復路を撮るため、下麻生下り方の踏切へ。ダイヤにない時間に踏切が鳴り、何が来るかと思えば、キハ25の試運転が下って行きました。
Dsc_06351下麻生・上麻生  9726D
この場所は、150㎜くらいのレンズにすると、緑のトンネルから抜け出てくるように撮れるお気に入りの場所です。
この列車は中川辺で下り特急とバッテンするためしばらく停車するので、追い越してみましたがいい場所を探せませんでした。
これにて終了、と思いましたが、ダイヤをみると、唯一美濃太田以北に入るキハ11の4723Cが来るので、これを撮らないと資材担当様に叱られると思い、再び北上しました。
Dsc_0644古井・中川辺
どうやっても光線はド逆光となるので、全部陰でいいや、ということで「白川口」の行先狙いでここにしました。この日はこれにて終了です。

25日は珍しく1日外出のお許しが出ました。
実は、駅長様からお誘いがあったのですが、熟慮の結果、再び高山線に行くことにしました。(駅長様すみませんでした。)

Dsc_0650鵜沼・坂祝 4704D
今日もいい天気です。以前の出札掛様のレポートから、白川口回送はまだ山の陰が掛ってどこも難しいだろうとその折り返しの4704Dからにしました。このポイントもどうかと思いましたが、ちょうど山と山の間となって木曽川の水もきれいでした。4704Dの通過時は、国道の通行も運よく途切れてくれました。多少は覚悟していましたが、駅長様の言われる通り、車はないほうがいいに決まっています。
Dsc_0698鵜沼・坂祝 3711D
折返し3711D~9721Dは奥へ行くつもりでしたが、↑の場所でちょっとしたアクシデントが発生し、思わず時間を費やしてしまい、時計を見てここでお茶を濁すことにしました。上下周辺含め、50名ほどは居たでしょうか。
Dsc_0699上呂・飛騨宮田 9721D
長時間停車の飛騨萩原までは列車の10分後を追う格好でどうしようもありません。なんとか先行しましたが、目的の小坂へ行ったところで、駐車できるかも疑問だったので、ここで我慢しました。もう少し正面がちに構えられたら紅葉した山が入ったかもしれませんが、土地勘のなさ、致し方ありません。
Dsc_0701渚 9721D
小坂・渚間の超定番撮影地はバイパスのトンネルに入る前にチラッと見えましたが、同業者のものであろう車が数珠繋ぎの様相であり、追っかけで行ってでは、簡単に止められそうもありませんでした。
渚も結構停車するので先行するつもりでしたが、走っていたとき前方の山がまぁまぁ紅葉していたので停車中を撮るつもりで駅に寄りました。しかし、跨線橋の位置がまずく、こちら側からしか撮れませんでした。
Dsc_0704渚・久々野 9721D
かつて駅長様とSETを撮った橋で下りLastShotです。しかし、完全逆光ですね。デジタルに救われました。

昼前後は、高山以南にいても特急だけなので、国府方面に足を延ばしました。

Dsc_0706上枝・飛騨国府 1827D
盆地は紅葉にはまだ少し早く、季節感が今一つです。
隣で撮っていた同業者が「91号はここで撮れますかね。」というので、あぁそうか、今日のメインはそれなんだ、ということで、しばらくここにいることになりました。
Dsc_0713上枝・飛騨国府 9091D
件の「ひだ91号」は6両できました。ラッピングは地が薄いブルーのハズですが、光線の具合か白く飛んでしまいました。やや高い位置から「はなぶさ」仲間のNさんも撮影されていました。
Dsc_0717_2渚・久々野 9722D
高山からは乗鞍の峰々もくっきり見えていたので、電車運転士様が度々超パノラマを撮影されているスキー場に行くべきだったかもしれませんが、どっちのスキー場かわからず、結局往路に紅葉がきれいだったここに来ました。ところが、あろうことか雲が出てきて残念な結果になってしまいました。
Dsc_0721飛騨宮田・飛騨小坂 9722D
飛騨小坂で下りを退避することはダイヤ上わかっていましたが、ローカル、特急の2本待ちまでは判断できず、その上ローカルを見逃したため、またもや時間が無くなってしまい、なんとか国道の木々の間からゲットしました。
Dsc_0727白川口・下油井 9722D
もう一度下油井で追い抜きましたが、太陽は既に山に沈んでしまいました。
Dsc_0738白川口
露出はかなり厳しくなってきましたが、4723Cが到着するので、待って山あいに佇むキハ11を撮って帰途につきました。

せっかくの好天に恵まれながら場所の選択が間違いだらけの感が否めませんが、11月は出撃が難しく、来秋撮れるか?なので、ツートンの秋はこれで終了です。高山本線全通80年にまだ国鉄形が走っていて何よりでした。(検査掛)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月26日 (日)

【アーカイブス】ようやく昭和から平成へ

 コツコツと時間を見つけて続けてきたフィルムのデジタル化であるが、ようやく昭和の写真がおわり、平成に移行した。これまでデジタル化したデータ数は、およそ7TBで7万4千コマ。まだ、20年分ほど残っている。でも、20年分ほどデジタル化したことになるので、とりあえずは折り返し地点まで来たわけだ。幸いに、オーバーホールしてかなりの部品を取り替えてもらったスキャナの具合も調子が良い。この調子なら今のスキャナでデジタル化は完了できるのではないか、という期待も持てる。

 さて、デジタル化の平成移行を祝って、スペシャルバージョン。

 平成に移行した1989年はバブル経済の最盛期であり、その象徴のひとつとして各地で博覧会が開催された。名古屋でも夏から秋にかけて、世界デザイン博覧会が開催されたことを覚えている方も多いだろう。

 その展示(?)品にこんなのがあったのを覚えているだろうか?

Photo
 この古典的な蒸気機関車、イギリスで最初の公共鉄道として人を乗せて走ったロコモーション号である。G.スチーブンソンが製造し、ストックトン~ダーリントン間で使用された。デ博で展示・走行したロコモーション号は、この機関車のレプリカである。

 そこで、今になっての疑問だが、さて、この機関車、どこのものを持ってきたのだろうか。調べてみると、現在、ロコモーション号の展示を行っているのはヨークの博物館の分館で、ダーリントンにあるシルドン鉄道博物館と、先日訪れたビーミッシュ野外博物館のようだ。このうちシルドン博物館は、公共鉄道開業の地にあるだけに、その目玉であるロコモーションは動かすわけに行かないだろう。また、写真で見る限り、ボイラーの様子も違っているようだ。

Photo_2
 と、なると、ここで展示されたのはビーミッシュ博物館の機関車だろうか。この機関車は1975年に復元されていて、定期的に運転を行っているので、可能性はある。あるいは、博物館とは全く関わりなく、巡回イベント用につくられた車両なのかもしれない。

Photo_3
 しかし、当時はこうしたイベントの機関車展示には関心が無く、かなり頻繁に会場に出入りしていたにもかかわらず、撮影したのは終盤に1回だけである。この俯瞰写真は建物の影が出ているので、あまり熱心に撮影していないことは、一目瞭然である。

 蒸気機関車の黎明期の車両は、この前、ビーミッシュ博物館で同型のエレファント号を見て大いに喜んだ。しかし、考えてみたら、デザイン博の時に同じような車両をみていたわけだ。イギリスで見て喜ぶ前に、このロコモーションで蒸気機関車登場時の歴史にもっと思いを馳せるべきであったのだ。相変わらず、勉強不足である。

 参考まで再掲だけれど、ビーミッシュのエレファント号の写真をあげておきます。エレファントは3軸のCタイプ、ロコモーションは2軸のBタイプ。レプリカだけれど、ロコモーションはよく出来ています。Photo_6
 さて、名古屋港会場には、こんな車両も展示されていた。

Photo_4
 日本車両が米・ロサンゼルスに納入したLRVである。米国でLRTによる鉄道復権の立役者となった車両であるが、当時、どれくらいの人がその意義が分かったのかな。個人的には、その後、何度も乗ることになって縁の深い車両であるけれど。

 そういえば、この車両も登場後、25年を経て、そろそろ引退の筈である。考えてみれば、世界デザイン博からすでに四半世紀である。

 最後にこんなのもありましたなぁ、というものをもうひとつ。

Photo_5
 白鳥会場を走っていたモノレール。東山動植物園と同型で、泉陽工業の車両である。遊園地のアトラクション、と思って一生懸命には撮らなかったけれど、これも鉄道の一種なので記録としては大切なのかなぁ。(駅長)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年10月25日 (土)

一勝一敗

 資材担当さんから、北陸線の最新の写真が掲載された。北陸線には、9月中旬に検査掛さんと尾小屋鉄道のキハ復活運転にあわせて訪問したきりで、その後、訪れていない。その中のトワイライトを南条で俯瞰で撮った構図は、夏に一度撮影しているが、もう一度、違う時期に撮影したいと思っていた。しかし、この写真を見ると、影が伸びてきて、早めに訪れた方が良さそうな感じである。

 トワイライトの運行は、青函トンネルの工事の関係か、10月から若干運行日が変更になっている。それによると、水曜日と金曜日は1日に2本撮れるようだ。そこで天候に恵まれ、時間の都合がついた24日に出撃することにした。

 この日の最初の狙いは、このところ2度訪れたものの、一度はカメラのAFのミス、もう一回はすでに先着者がいて思い通りの構図を取ることができなかった南条のカーブである。ここでは天候に恵まれ、順光で狙ったとおりの写真を撮影できた。変哲もないインカーブの写真であるが、これだけ綺麗な構図を得ることができる場所は少ない。飽きの来ない写真というのは、おそらくこんな写真をいうのであろう。惜しむらくは、緑バックの緑色の車体で、車両が沈んでしまうことである。

201410242
 その後、福井鉄道で時間を潰して、もうひとつの目的地、南条の俯瞰に向かう。ところが現地に着いてみると、田圃で野焼きをしている。また、着いたときにはその農家の方と思われる車も停まっていた。野焼きは煩いが、通過までまで若干時間があるし、やはりこの角度で撮りたい。そこで農家の方のクルマが移動したのに喜んで、煙の影響がなくなってくれるのを期待して、当初予定の場所で撮ることにした。この付近には、まだ他にも撮影地はあるので、野焼きを嫌って場所を変えていれば、痛い目に遭わなくても済んだのだが・・・。

 しかし、しかし、あと数分で本命の列車がやってくるという時、なんと、線路に沿った小道に軽トラックが現れた。しかも、野焼きの場所で停まってしまった。どうも農家の方が様子を見に来られたようだ。

 トラックの停まった場所は、ちょうど機関車の切り位置である。これはいかにもバランスが悪い。やむを得ず、レンズを標準に変えて、ポール1本分、手前に寄せて撮ることにする。すでに警報器が鳴り出しており、三脚に取り付けたカメラを変えることができないので、やむをえず手持ち一台である。

Photo 

 野焼きの影響はほとんど無くなっていただけに、なんとも泣きの涙である。ただ、ひとつ救いは、これならそれほど手間がかからず、フォトショップでクルマを消せそうなことだ。なんと、邪魔をしたクルマは、列車通過後、すぐに消えてしまった。なんともタイミングが悪い・。不運である・・・・これは、要リベンジだ。

 さて、これだけでは単に嘆き節だけで、なにも面白くない。そこで今回、南条のカーブで撮影した写真が、結果としてレンズの性能試験となったので、それをご報告しよう。

 この夏に撮影した南条のカーブの写真は、極端な前ピンとなり、編成後部までピンが出ていないという大失敗であった。カメラのAFが位相差のある手前を測ってしまったのである。AFについては、中心だけで距離を測り、置きピンで撮影しているので前ピンとなる可能性は少ないはずである。ただ、この時は追っかけしていたため、レンズを単玉に変える時間が無く、装着してる標準系のズームレンズを使って撮影した。もちろん、置きピンにして撮影しているが、手持ちだったためチェックで確認するときに、カメラが測距位置ではない位相差のある手前を測ってしまってしまったようだ。こうしたことは過去に何度もあった。おそらく、カメラのAF性能がもうひとつなのだろう。

 そこで、今回はレンズが50mmがベストの位置である事から、フルサイズのカメラに50mmの単玉、そして三脚にAPSのカメラを取り付け、レンズは標準系のズームとして、念入りにルーペでピンを確認して撮影した。おかげでどちらも編成後部までピンが出て、まずは合格の写真となった。ところが、2台を同じ位置と角度で撮影していることから、はからずもレンズの性能試験をしたような形となってしまった。そこで、単玉とズームとどれくらい解像度が違うか、また、パソコンでどこまで補正できるかを確かめてみることにした。

20141024_2
 まずは、フルサイズの50mm単玉。さすがに等倍まで伸ばしても、バラストまでしっかり解像している。

Photo_2
 続いてAPSサイズのカメラで撮影した24-105mmの標準ズーム。フルサイズとは画素数が違うので、同じピクセル数にしても、写る範囲がやや広がる。さすがに50mm単玉ほどの解像度はない。ズームレンズなので、比較するのが酷というものだろうか、な。

 では、スマートシャープをかけるとどうなるか。

1

 軽くスマートシャープをかけると、俄然、エッジがはっきりしてくる。ただ、スマートシャープをかけてピクセルを間引く(という表現で良いのかな)ことになるため、同じピクセル数でも写る範囲は更に広がる。逆にいえば、それだけ画素数が少なくなる=大伸ばしできなくなる、ということなのだろうか。

 こうやってみると、ズームレンズを使ってやや甘め、というときには、スマートシャープ(アンシャープマスクも同じ)をかけてみると、エッジがたって、切れ味の良い写真になる、ということがわかる。

 ただ、やはり単玉の切れ味にはかなわない。やはり、いざというときには単玉を使った方が良いことが分かる。しかし、こうした差は、どれくらいに伸ばしたときに判別できるのだろうか?たぶん、よほど大きくしないと判別できないだろう。あるいは、拡大率が小さくでも、なんとなく甘めになるので、やはりスマートシャープをかけた方が良いのかな?正直、よくわかりません。

 こうした表現で良いのかどうか、わからないけれど、撮影および現像の時の参考になれば幸いです。

 最後に軽トラに消えてもらった写真です。

20141024_3
 やっぱりクルマは無い方が良い。(駅長)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

祝・10月25日

毎度のことながら、会社の休業前日に“晴れ!”の天気予報を見ると無性に落ち着かなくなるのは、しょうがありません。
「じゃあ10月25日(土)はどうなのよ?」ということで、中盤戦を迎えた高山線「ツートン祭り」に性懲りもなく参戦してまいりました。美濃太田以北ではキハ25の試運転も毎日のように走っており、いよいよキハ40系や11にとっては最後の秋を実感させるシチュエーション。撮り忘れて悔いの残らないように機会を大事にしたく思います。
車で移動中に、ふとラジオから流れてきたニュースに耳を傾けると、この日は高山線全線開通の日であり、富山駅では記念発車式が催されたよう。そんなめでたい記念日であるとはつゆ知らず、色付き始めた飛騨路でツートン3連のさわやかウオーキング臨を狙おうと、これまた性懲りもなく昨年も(&一昨年も)訪れた焼石ー下呂の益田川第四橋梁まで足を延ばしました。

4704 手始めに、「さわやか~」臨への送り込みとなる4704Dは、坂祝ー鵜沼でド順光勝負。とあるブログに掲載されていた19日運転の記事を拝見して、まさかこの場所、この時間で、影の影響も受けずにエロエロ光線で撮影できるとは思わなかったので、ちょっと参考にさせていただきました。周辺の障害物を避けようとすると、どうしても正面顔ドーンの画角になってしまうのは止むをえません。また、どうにかクリアできた樹木の影も、次回11月8日の運転時は間違いなく車体に掛かるでしょう。

32
31 益田川第三、第四橋梁付近の紅葉をご覧いただきます。過去に二度、何れも11月10日頃に訪れたときの画像と比較すると、落葉した木はそれほど目立たず、これから紅く色付いていく木々もあるのでベストなタイミングは11月初旬頃でしょうか。

Sw2
Sw いずれにしても期待する程のグラデーションではなく、どうもイマイチな結果で、そのせいか自分以外のカメラマンは1名様のみでした。やはり紅葉を撮るなら、飛騨小坂以北の名所区間ですね。お立ち台各所で激パを招くツートン車撮影に於いて、意外にもここではマッタリと撮れたので、よしとしましょう。

85 家庭運用の都合で昼過ぎには帰宅しないといけないので、飛騨路を南下しながら帰りがけの駄賃を上麻生でいただきました。高山線80周年記念ラッピングを記念すべき日に撮影したのはたいへん意義がある(笑)としても、曇ってしまったのは残念でした。

11月からは、高山線「ツートン祭り」終盤戦に突入します。シャッターチャンスは延べ4日間。すべてに出撃できるのかは、その時のお楽しみ。(出札掛)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月21日 (火)

【アーカイブス】1989年東京鉄ちゃん

 1989年は、元号が昭和から平成に変わった年である。また、バブル経済がもっともヒートアップした時でもあった。名古屋で世界デザイン博があったのもこの年である。

 この年に何度か東京に出張している。もちろん、それ以前から東京には年に何度か出張をしてはいるが、この年には泊まりの出張が何度かあった。日帰りの出張は時間的に制約を受けるし、仕事もあるのでせいぜい飲むくらいで、鉄ちゃんとは全く無縁であるが、泊まりの出張の場合は比較的余裕がある時がある。実は先に載せた南浦和の夜行列車の撮影も、こうした東京出張のついでに写したものである。

 それまで、東京に鉄ちゃんに行くということはあまり機会がなかったような気がするが、平成に入ると段々、機会が多くなっていったように思う。もちろん、経済的な面もあるだろうが、なんとなく敷居が高かった新幹線をビジネス以外でも気軽に使うようになっていったこともあるのではないか、と思う。そうした気分を醸成したのは、「シンデレラ・エキスプレス」など、JR-C社の宣伝があったからかもしれない。知らず知らずのうちに、JR-Cの術中にはまっていたのかもしれない。

 閑話休題、まずは北斗星など東北筋の列車から。

22
 まずは定番、蓮田の北斗星。ひょっとしたら、今年、蓮田に行ったのはこの時以来かもしれない。北斗星はこの時から、なんら変わらず走っているのだから、そろそろ限界、というのも、わからないわけではない。個人的には、いつでも乗れる、と思っていて、まったく乗っていないのが残念である。まあ、高いお金を出して乗るだけの価値があるか、というと、疑問ではあるけれどもね。

Photo
 この頃には、カートレインなどという列車も走っていた。名古屋もそうだけれど、やり方によってはこうした列車は需要はあると思うけれどもねぇ。

Ef5889

 今回もそうだけれど、なぜか蓮田に行くと工臨がやってくる。この時はEF58 89の牽引。

8008
 今年撮影した工臨を牽いてきたEF65 1019は、この時はエルムで撮影していた。これは北浦和での撮影だけれど、この頃は結構手軽に沿線で撮れた。今は高い柵ばかりで、撮れる場所はほとんど皆無。いつ頃、こうなっちゃったんだろう。

9877

 地方博ブームの絶頂期で、この頃、横浜では横浜博が開かれていた。それにちなんで、横浜までサロン東京の臨時列車を運転していた。ホントはロクイチが牽くはずで、頼んでホテルの非常階段から撮らせて貰ったような記憶があるけれど、なぜかこの時はEF65がトップ&テイルで牽引。

9989
 ロクイチで走った時もあるという証拠写真。狙っているときには来てくれないけれど・・・。

9991

 これは後追いでの撮影。

 まあ、ロクイチのサロンなど、さほど面白くはないので、意外に今から見ればこんなカットが貴重かも。

205
 今は無き山手線の205系。意外にこうしたカットの方が、今となっては珍しいかもね。(駅長)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年10月20日 (月)

特に理由は無いけれど嵐電など

 好天に恵まれたこの土日、皆さん、鉄活動に励まれたようで、成果を見ていると羨ましい限りです。かく言う私は、泊まりで京都で珍しくもお勉強?ということで、昼間は動きが取れず、じっと我慢の子でした。

 しかし、翌日は朝、少し時間が取れました。しかも、泊まっているホテルが四条大宮、となれば行くところはおのずから決定です。

 タイトルに「特に理由は無いけれど」と書いたけれど、一応、撮りたかったのはコレ。

Photo
 黒猫のマークをつけた電車です。なぜ、黒猫のマークをつけているのか・・・

Photo_2
 そう、電車で嵐山まで宅急便の輸送をやっているのですね。電車の定時性とトラック輸送の削減が目的。たぶんにイメージ的なものもあるかと思うけれど、まずは小さな一歩から。こうした取り組みは評価すべきです。

Photo_3
 続いて、太秦の広隆寺前。やはりここは夏に行かないと影が煩くて駄目、というわけで、見事撃沈。

Photo_4

 併用軌道の山ノ内。風景はもうひとつだけれど、やはり併用軌道区間では撮っておきたい。電車の塗装は紫になった(あまり好みではない)けれど、この金さん、銀さんはそのままです。

Photo_5
 山ノ内でいつも感心するのは、この風景。歴史的な背景もあるんだろうけれど、よくも警察がウンと言って安全島が造れたと思います。ちなみに、この停留場はシグナル・アイランドという、電車と信号が連動する方式で、電車が停まると信号が赤になる。ヨーロッパでは例はいくつもあるけれど、日本では知るのはここだけ。このシステムがもっと普及すれば、岐阜市内線は廃止にならなくて済んだと思うけれど・・・。

Photo_6
 最後に嵐電天神川で地下鉄に乗り換え。ここで半分くらい降りるのかな、と思ったら、1/4くらいでした。地下鉄が開業して、嵐電に行くのは随分便利になったけれど、経営にどのくらい寄与しているのか・・・・運賃の200円均一化の結果と併せて聞いてみたいところです。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月19日 (日)

西地区のEF81

 地元では直流機ばかりなので、交直機はそれだけでネタだと思っています。その中のEF81は「ぱあいち」とも呼ばれるようですが、呼び名として個人的にはどうも好きになれません。
 さて、そのEF81の牽く臨時列車があるとネットでたまたま見かけ、休みの日ならとちょっと湖西線まで足を延ばしてみたくなりました。大混雑が予想されるので、キャパの大きいであろうところにしました。詳しいことなど何も知らずに出かけたのですが、現地に着けばいろいろ聞こえてくるので助かります。青い寝台列車を見るのは本当に久しぶりです。

Rinn    【・・・・レ】EF81106敦

 有難いことにこの後に来る貨物に本来のEF510に代わりEF81が入っているようなのでもうしばらく待ち構えることにしました。

Kamo1    【3092レ】EF81404富山

 残念ながら上りのトワイライトは運転日ではありません。少し寝不足解消に努めたのちに、午後の下りを狙える北陸線へ移動しました。この場所、通り過ぎたことはありますが撮るのは初めてです。だんだん影が忍び寄ってきます。

Twi    【8001レ】EF81113敦 

 最後は東海道線へ。季節的に夕方の上り列車が撮りづらくなってきました。この列車も所定ではEF510の受け持ちです。せっかくのぱあいち貨物ですが夕日を受けてサイドの色が飛んでしまっています。

Kamo2    【4071レ】EF81725富山

 今年あと何回EF81に出会えるでしょうか。(資材担当)











| | コメント (4) | トラックバック (0)

同型異色

ここ最近催される近鉄の鉄道関連イベントは、けっこう楽しませてくれるものが目に付くようになりました。企画関係の部署に、どなたか“好きな方”でもいらっしゃるのでしょうか(笑)。そこで、あ~あ、とうとうやっちまったぁ~。

7601 10月19日、「かぎろひ」を含めた4色ブツ8編成の団臨が遂に登場。「青山町車庫・ラインナップ撮影会」の参加者を乗せて名古屋~青山町を往復しました。厳密にいえば現在の形式こそ各々異なりますが、もともとの車両は皆同じ、ということで本記事のタイトルどおりとしました。

7602 因みに編成番号は、先頭から順に「PN04+PN03+N55+PN51」とのことです。列車番号は760レ。近鉄関連はちょっと疎いので、某書き込み情報を参考にしました。「かぎろひ」側から撮影したほうが、写真的には分かり易かったでしょうが、なにぶん情報不足なもので・・・。

3105 同型異色の地元ネタとして思い出されるのが、2003年10月5日と11~13日に運転された名鉄5500系の3色ブツ6編成。鉄道の日記念運行と5500系引退興行の一環として、岐阜~豊川の定期急行運用で2往復運転されました。名鉄カレンダーに印刷されてある9、10月の写真は、このときのものですね。この画像は10月5日の5517F+5513F+5515F組成による1120レ。

031011 連結順序が日程毎に異なるという演出もなされて、撮影者の目を楽しませてくれました。こちらは10月11日の1120レ。


飯田線の119系においても、たしか3色ブツ6編成が実現したことがありました。自分は撮影したことはありませんが、以前、検査掛様が当ブログに載せておられましたでしょうか?

個人的にはたいへん興味を持つ混色編成ですが、不自然さを感じさせないのはせいぜい3色まででしょうか??(意見には個人差があります:出札掛)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月17日 (金)

【アーカイブス】朝の南浦和

 先に検査掛さんから、1989年のサーキット臨の写真がアップされたが、ちょうどこちらも1989年の写真をスキャン中である。1989年というと四半世紀前。名古屋では、世界デザイン博が開催された年である。随分、前のような気がするし、まだ、ついこの前の様な気もする。

 しかし、四半世紀というのは、やはり長い時間である。たとえば蒸気機関車のC62が誕生して特急を牽引し、さらに北海道にわたってニセコを牽引して実質的に引退するまでの時間がやはり四半世紀(実際にはもう少し短いであろう)である。C62の誕生から引退の間には、今、話題の新幹線の開業もあったし、新しい鉄道車両がいくつも誕生している。さて、この四半世紀には、鉄道はどのように変わったのだろうか。

 閑話休題、今回の写真はすべて同じ場所で、わずか2時間ほどの間に撮影した写真である。撮影場所の変化はないけれど・・・・とりあえずご覧いただこう。

602
 まずはEF62牽引の能登。

102
 続いて、EF65が重連で八甲田を牽引してくる。

Photo_8
  次は583系の臨時あけぼの。

Photo_3
 ブルトレのトップは出羽。

Photo_4
 続いて北陸。

Ef65

 そして奥羽線経由時代のあけぼの。

Photo_6

 
 そしてこれが最後かと思うけれど、583系のはくつる。

 同じ場所、同じ角度で面白みはないが、こうやって一堂に並べてみると壮観である。しかも、これは前半戦。このあと、通勤時間帯が終わった頃から、今度は北海道からの北斗星が続行でやってくるのである。

 青函トンネルがつながって、北斗星が走り始めた1989年は、おそらく夜行列車が最後の輝きを見せた年ではなかったか、と思う。わずかに北斗星とカシオペアが走る今から見れば・・・。

 もう少し前に撮影したら、EF58牽引の列車もあっただろうし、さらに前ならEF57だ。残念ながら、その頃に撮っていないけれど、今にして思えばこの最後の時期に撮れただけでも良しとすべきなのだろう。

 それにしても、と、繰り返してしまうが、この頃は本当にたくさんの列車が来たし、また、それが当たり前と思っていた。こんなのをスキャンしていると、なかなか1本の北斗星のために、撮影に行く気にならないのだよなぁ。そんなことを今時言うのはいかにも時代錯誤だし、そのうちに北斗星も撮れなくなることもわかっているのだけれど、ねぇ。(駅長)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2014年10月15日 (水)

中央線迂回

 台風18号による土砂流入のため東海道線の由比~興津間が不通となってしまいました。大動脈を分断されてしまった鉄道貨物輸送では様々な対処がなされたことと思いますが、この中に1日1往復だけですが中央線経由の迂回列車が設定されたことを知りました。この列車、どうも6883レ(のスジ)のようなので早朝頑張ることにしました。
 先ず10日金曜日です。朝日を浴びてEF64重連でやって来ました。コキは13両、でも後ろが切れてしまいました。2両目をよーく見ないと普段ここで見られるコンテナ貨物と違いはわかりませんね。

1010


 翌11日は土曜なのでちょっぴり足を延ばしました。すっきりとは晴れてくれず残念。アウトカーブなのでまたも後ろが切れています。よーく見ると5両目にタンクコンテナらしきものがわかりませんか?少し迂回らしいかも。

1011_2

 12日の日曜、ここでは天気がよくありませんでした。この日の編成はネットにいくつか写真が掲載されているので皆さんご覧になっていらっしゃるかもしれません。スーパーグリーンシャトルが載っかていました。これぞ東海道からの迂回!ですかね。

1012

 13日は運転されないだろうと思いつつネットでの観察。ありましたが天気悪いし間に合わないし・・・・。14日は無かったようです。本日15日は、383に被られて撃沈しました。
 なお、当初10月20日を目途に復旧できるとされていましたが、関係者の尽力により前倒しで明日16日に開通すると発表がなされています。本列車の観察はこれにて終了となりました。 (資材担当)

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2014年10月13日 (月)

F-1グランプリ鈴鹿に伴う輸送 1989年

すっかり足が遠のいてしまっているF-1グランプリ関連の輸送ですが、最近スキャンした25年前、1989年の様子をご覧いただきましょう。

F-1は予選を含め決勝まで3日間開催されると思いましたが、やはりメインは決勝の最終日で、団臨もこの日に集中していたといってもいいと思います。この年の決勝は10月22日に行われましたが、団臨は不作?で、20系が2本だけでした。

Img917一身田・津 9827レ DD51 1193(亀)広セキ20系8両
早朝加太越えをして20系の団臨が紀勢線を下ります。亀山経由の団臨の客扱いは何処だったのでしょうか?

Img920東一身田・津 9133D
まだ82系に余裕がないせいか、臨時快速は58系でしたが、最後尾には半年後の快速「みえ」用に整備したキハ65が入っていました。
Img921富田浜・四日市 9135D
もう1本の20系は同じく広
セキの20系ですが、往路は撮れない時間帯で、復路は名古屋から東海道を下るので、それを狙うため、あまり伊勢鉄道では撮っていませんでした。
2本目(3本目?)の快速ですが、こちらも58系6連です。9133Dもですが、どちらの編成にもキロ28が1両組込まれて乗り得でしたね。
Img923蟹江・永和 9904レ DD51 1037(美)広
セキ20(14)系7両
ユーロライナー塗装機の3両目、1037号機が牽引しました。記憶にありませんが、この列車は列車番号から復路で伊勢鉄道に入線して、鈴鹿サーキット稲生で客扱いをしたのでしょう。この編成はこのまま名古屋から回8101レに継走されており、お客さんの復路には使用されなかったようです。

当然、線内運用もあったでしょうが、この年は全く撮っていません。撮り方も決まりきっていて面白くありませんね。自身そういう時代でした。(またもや、反省゚゚(´O`)°゚)(検査掛)








| | コメント (4) | トラックバック (0)

たかおかくりから

北陸新幹線の金沢延伸まで、残すところ5か月となりました。その開通により3セク化されて大きく輸送体系が変わる長野~直江津~金沢の現在(いま)を少しでも多く記録しておこうと、今年になってからは少し意識して遠征する機会をうかがっています。秋本番を迎えた10月の3連休は、一日だけ外出許可を得て(台風の影響と家の都合で必然的に日程は11日となりますが)、“デジカメで撮影したことのない”エリアに向かおうと富山・石川県境の倶利伽羅峠を目指しました。
18日に施行される北陸エリアのダイヤ修正では、521系が増備されて475系等2ドア車の運用が縮小されるので、改正前のローカル車運用を見るのは最後の週末となり、ちょうどいい機会でもありました。また、東海道線不通に伴う迂回貨物も運転されており、貨物列車の撮影チャンスにも普段より恵まれました(それでも「見るだけ」が多かった?)。

14756 朝6時頃、倶利伽羅の下り列車向け定番撮影地に着きました。7時前に通過する「北越1号」から撮影を始めるも、空は晴れているのにベスポジの地点には樹木の影が伸びているため、それを避けるためにシャッターを切るタイミングが左右されたのは計算外でした。画像は倶利伽羅7:10発の427M。
30分もしないうちに影は消えましたが、別の目的の都合でいったんこの場を離れます。

2krkr2 10時過ぎには再び倶利伽羅に戻り、朝の立ち位置よりやや後方にポジションを取りました。画像は「はくたか9号」。そろそろ正面には陽が当たらなくなってきました。

3krkr3 さらに後方からは、やや高めの位置から狙える場所があります。9両編成の場合は引きつけてシャッターを切らないと編成が切れてしまいますが、好みの問題でしょうか。
以上3地点は、何れも立ち位置が制約されるためベスポジは数名程度しか確保できないので、特にネタ列車を撮影するときはそれなりの心構えが必要と思われます。

De 倶利伽羅での撮影を中断して向かった先は新湊線貨物2091レです。すでに同業者が線路端に数名陣取っていたので、もしや原色では、と期待しましたが更新色でした。やや空コキが目立ちますが、ベストな光線状態には納得でした。

40某ブログによると、2091レを撮影してから氷見線に移動すると、ちょうど上下列車が撮れるタイミングとなるようなので、真似してみました。掲載画像は後追いの531Dです。画面中央の岩場にはスポット的に雲がかかり、ギリギリ晴天撮影が叶いましたが、この数分後にやって来る上り列車は完全に曇られました。

Manyo 氷見線から倶利伽羅へ戻る途中、万葉線の走る道路沿いには早くも色付いている街路樹があったので、ここまで来た証しとして旭ヶ丘電停付近で記念撮影しました。
この日は万葉線本社にて「電車祭り」が催されるため、現地では職員の方々が準備に追われていました。本来なら「電車祭り」への参加や沿線撮影で万葉線を楽しむところなのに、今回は何よりも倶利伽羅峠での撮影を優先したかったので、泣く泣くあきらめました。

4fukan 某ブログに俯瞰画像が載っていたので、撮影場所を探すためおおよその見当をつけて山の小道を上っていくと、線路が見えるポジションが見つかりました。もう少し引いて風景重視の撮り方もできます。

5t13 倶利伽羅の上り列車撮影地といえば、言わずと知れた定番お立ち台。ハイ、もちろん自分も以前に訪れていますが、以下に記す目的のため今回も再び足を運びました。
この日は「北越4号」にT13編成が充てられるはずなので通過30分前に現地入りしたら、うゎ、すでに横一列に十数名のカメラマン!やはり485系原型タイプは、塗装はともあれ注目度が高いですね。露出オーバーになりかけるほど光線状態もちょうど良く、定時通過。

681 少し視点を変えて、何でもいいから撮影出来そうな場所がないかを探索していたら、少し高い位置から線路を見下ろす小道にたどり着きました。車を降りてカメラ片手にロケハンしていたら突然やって来たのはEF81の単機です。定期単回1564レと思われますが、この角度なら単機でも許容範囲とみなしていただけると幸いです。
【メモ】倶利伽羅駅基準で4060レの約10分前に通過しました。

780011 下り「トワイライト~」8001レの時間が迫って来ましたが、さて、どこで構えてもほとんど逆光となってしまいます。線路端のアングルは適度にあれど、せっかく遠征してきたのでそれは避けたいし、かと言って大移動するのも面倒なので、ギリギリ車体に陽が当たる倶利伽羅駅西の築堤で妥協しました。深緑色の編成が背景に埋もれてしまうのは想定内として、せめて屋根だけでももう少し光ってくれれば理想的な画像となったのですが、なかなか思うように結果が出せず、毎度の経験不足と情報不足に祟られました。8001レは手強い→言い訳。

T132 陽も傾きかけて、そろそろお開きの時間となりました。倶利伽羅峠から西に下ってきた直線コースの先に、夕日が沈もうとしています。定番ポイントで撮影したT13編成が「北越7号」で折り返して来るのは日没間近の午後5時前。最後にこの列車を夕日バックにギラリで決めようと試みました。このような結果となりましたがお許しください(笑)。

特急街道としての賑やかさを保つ北陸線ですが、金沢以東は運転本数が激減されて静かな路線に変わろうとしています。シャッターチャンスが稼げる今のうちに、また機会があれば北陸線の走る風景をカメラに収めたく思います。(葬式鉄にならないように・出札掛)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月12日 (日)

304.1980年夏 信州撮り鉄行脚 5号車 【小海線】 1980/8/26

 先週に続き、2週連続で台風が東海地方を直撃しそうな様相を呈していますが、大きな被害が出ないことを祈るばかりです。おかげで3連休の予定変更せざるを得なかったメンバーの方もいらっしゃったのではないでしょうか。自分的にはよんどころない事情で家族運用に縛られる状況が続きそうで、しばらく休鉄になるかもしれません。ということで、この3連休は鉄活動は封印状態となりましたので、続きの過去ネタで場を凌ぎたいと思います。

1280826 信州撮り鉄行脚の5号車は小海線としました。小海線の小諸~小海にはDD16の貨物列車が運転されており、それをターゲットとしました。天気はご覧のとおりのドン曇りか小雨模様、期待した浅間山バックは諦めざるを得ず、仕方なく代替ポイントを探すべく沿線をロケハンしましたが、満足のいくポイントを見つけられないまま時間切れ、中途半端なポイントでの撮影となってしまいました。ローカル線の貨物列車らしいいで立ちでDD16が姿を現しました。
【1980.8.26 八千穂~高岩】(電車運転士)

2280826_2 よく見ると牽引機はトップナンバーでした。DD16のトップナンバーは中込機関区に配置されており、小海線の貨物列車を地道に牽いていました。因みにDD16 1は車両メーカー製ではなく長野工場で新製され、当時では珍しくなった国鉄工場直轄製造の機関車でした。流し方が足りませんでしたが、トップナンバーのサイドビューを捕えることができたのは想定外の収穫でした。
【1980.8.26 八千穂~高岩】(電車運転士)

3280826_2 その後、野辺山に移動しましたが、霧雨状態で、標高が高いこの辺りは8月というのに長袖は必要なくらい肌寒い状況でした。こんな天気では八ヶ岳が見えるはずもなく、やる気をなくして待合室で無為な時間を潰していたところ、列車が来る時間ではないのに遠くで踏切の音が聞こえ、何が来るのだろうと列車の来る方向を覗いて見るとDD16の姿が見えたので、慌てて駅構内外れの踏切までダッシュしました。列車はDD16のホキ工臨で、わかっていればもっとまともなポイントで撮れたのにと悔しい思いが頭の中をよぎりましたが、後の祭り、まあシャッターを押せただけでもよしと気持ちを切り替えました。
【1980.8.26 野辺山】(電車運転士)

4280826_2 気温が下がるにつれて霧がどんどん濃くなってきました。 こんな状況では駅間で撮ってもどうしようもなく、駅撮りでお茶を濁すしかありませんでした。ちょっと前までは観光客で賑わっていた駅もその喧騒はどこへやら、ひっそりとしたたたずまいを見せていました。今は観光客受けするような駅舎に建て替えられ、駅を取り巻く雰囲気は大きく様変わりしてしまったようです。
【1980.8.26 野辺山】(電車運転士)

5280826_2 霧はさらに濃度を増し、辺りは見とおしも効かず、乳白色の世界に包まれてしまいました。ダメ元で近くの踏切まで行ってみましたが、列車の姿はまともに見えず、こんな写真しか撮れませんでした。一応、DD16の貨物列車は何本か撮れたものの、何か消化不良の1日となってしまいました。
【1980.8.26 信濃川上~野辺山】(電車運転士)

●次の目的地 上田交通

●移動行程 野辺山→小諸→上田ステーションホテル→上田交通

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月11日 (土)

豊橋市電花電車

 豊橋に行く用があり、今日から豊橋まつりに協賛して花電車が走る、というので撮影してきました。

_mg_0789
 これが今日から運転を始めた花電車・・・だけど、何か物足りない。

 そう、花電車を走らせる目的の豊橋まつりの文字も入っていないし、また、今年は豊橋鉄道創立90年の節目の年なのだけれど、それも入っていない。昔は、もう少し賑々しかった、と思うのですけど・・・。

Photo
 市役所前で歩道橋の上から撮影。よくみてみると、標準塗装を造花で表現しているのです。でも、その意味、わかるのかな?

Photo_2
 夜、というか、夕方ですが、こんな感じで電飾が光ります。

 まあ、いろいろ言いましたが、いまどき、こうやって花電車が走ることだけでも、貴重です。運行は来週日曜日の19日までです。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月 5日 (日)

伊勢線訪問(14年10月4日)

 タイトルの線名が正しいのかはともかく、F1輸送を確認しに行ってきました。今回の撮影にあたり伊勢鉄道のホームページで時刻表を入手しておきました。編成両数や部分的に発着番線の記載があって車両運用を予想する手掛かりにできるのですが、肝心の列車番号を書いてないところがとても残念です。
 それはともかく、せっかく早朝から出かけるならと紀勢線ローカルも併せて撮影しました。 こちらの線区での置換えは美濃太田の後だからと思っていると、すぐにその日が来てしまいます。

 少しでも長い編成が好きなので、11と40/48のこの列車は逃すことができません。3913Dは良い光線の中をやって来ました。
3913d

 ツートン486502の入った322D、こちらは後追いです。太陽はうす雲の中でした。
0322d

 さて、メインのF1臨の方です。(なお、掲載順序は時系列とはなっておりません。)イセからはキハ11×5連が駆り出され、午前中は1往復半の輸送にあたるようです。紀勢線で撮影していたため向かってくる9921Dは諦め、後追いの9922Dです。
9922d

 そして、ミオからは40/47/48×6連が充てられました。期待されたツートンは483812の1両だけでした。9931Dです。稲生から先は回送扱いなのでちゃんと方向幕も回送にされていました。
9931d
 折返し上り列車9932Dはこんな感じです。寄せ集めとまでは感じられませんが、色んな形式(といっても3形式)が組み込まれているのがよくわかると思います。
9932d

 85の臨時特急9013Dです。熊野花火の時のオール先頭車編成には及びませんが、先頭車の両数ならば同じ5両です。ネットには鳥羽での間接目撃情報が挙がっていたので、そこまで回送されたのでしょうか。
9013d

 最後に、伊勢鉄道自身の車両の114Cです。期間中は終日2両編成2本体制なのでしょうか。昔のように所有車全部繋げて、1運用不足分はJRから借用するなんてことはもう無い時代なのでしょう。
0114c

 午前の臨時が一段落したところでちょっとだけ紀勢線側に寄り道し(といっても11×2)、昼前に引き揚げました。(資材担当)













| | コメント (5) | トラックバック (0)

【アーカイブス】1988年秋の北陸線

 電車運転士さん、検査掛さんとご一緒した北陸・信越線の撮影行の後に、「北越」にK1編成が復活したという。

1015m

 これは、その復活したK1編成・・・じゃなくて、1988年10月に撮影した国鉄色・・・この頃は国鉄色しかなかったが・・・の「北越」である。場所は石動と福岡の間で、確か、検査掛さん,資材担当さんとご一緒して北陸、能登方面に行った折の撮影であったと記憶する。

 この写真をスキャンしていて気になったのは、今から四半世紀(25年以上だから凄く前だ!)前のこの写真と、復活したK1編成とはどこが違っているのか、ということ。外観から見る限りは、ほとんど一緒ではないか、と思える。

413
 これは同じ日に撮影した413系。ヘッドマークのあるなしはあるものの、これも当時と全く変わらないように見える。

 四半世紀前と変わらぬ写真を撮影できる、というのは、ある意味凄いことなのだろうなぁ。まだ、他にもこうした事例はいっぱいありそうだけれど。(駅長)

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月 4日 (土)

303.日本海縦貫線+信越山線 弾丸鉄 2号車 2014/9/28

 黒部市内の宿を後に2日目の鉄活動を再開しました。メンバーで協議の結果、近くで「トワイライト・EXP」を迎え撃って、その後は信越山線に転戦というスケジュールになりました。

1214928 上りの「トワイライト・EXP」は時間と場所を考えて、昨日と同様、市振の俯瞰ポイントとしました。サンライズな「トワイライト・EXP」が何とかなればとポジション取りをしましたが、残念ながら周囲にには低い雲が垂れ込め、狙いどおりの結果とはなりませんでした。テンションダウンしながら撤収作業を行っていたところ、急に雲の切れ間から太陽の光が差し込み、条件が格段によくなるといういつもの情けないパターンになりました。もう1~2分後の通過だったら列車側面に光が当たる状況でしたが、どうにもならず、泣くに泣けない思いだけが残りました。
【2014.9.28 越中宮崎~市振】(電車運転士)

2214928 その後は、一気に雲がなくなり、海の色もまずまずとなってきました。「トワイライト・EXP」は残念な結果に終わりましたが、気を取り直してやって来る列車にシャッターを押しました。475系を期待しましたが、来たのは413系、まあ海坊主ではなかったので、よしとしました。
【2014.9.28 越中宮崎~市振】(電車運転士)

3214928 
 「北越1号」はR編成でしたが、まずまずの条件で撮ることができました。次の予定もあるので、ここはこの列車で撤収し、北陸道を一路直江津方面に向かいました。
【2014.9.28 越中宮崎~市振】(電車運転士)

4214928 北陸道・信越道を必死に走った結果、「NO・DO・KA」を使用した「信州収穫祭号」に間に合いました。現地はちょうど稲刈りが終盤戦を迎え、ギリギリ秋色風景を捕えることができました。
【2014.9.28 関山~二本木】(電車運転士)

5214928 後続の「妙高4号」は6両を収めるために立ち位置を少しずらして待ちました。国鉄色を期待しましたが、やって来たのはあさま色、ちょっとテンションダウンでしたが、北陸新幹線開業後はあさま色も見納めとなるので、めげずにシャッターを押しました。
【2014.9.28 関山~二本木】(電車運転士)

6214928_2 同様に115系も疎かにすることはできません。期待に反して妙高の山頂部分は雲に覆われていたため、思い切って稲刈り前の田んぼの風景を切り取ってみました。
【2014.9.28 関山~二本木】(電車運転士)

7214928_2 稲刈り前の黄金色の田んぼがまだ残っていたので、逆光は承知の上で、それを強調したポジションどりをしてみました。
【2014.9.28 関山~二本木】(電車運転士)

8214928_2 前の画像の列車は二本木で上り普通列車と交換するので、速攻で順光側に移動しました。直前までゲリラ雲の襲来を受け、もうダメかと諦めかけていたところ、運よく雲が流れてベストな条件で捕獲することができました。
【2014.9.28 関山~二本木】(電車運転士)

9214928_2 線路端にススキが光っている場所があったので、「妙高3号」は逆光を利用してススキを強調してみました。もう少し線路端に群生していたらもっと雰囲気が出たと思いますが、贅沢は言えません。
【2014.9.28 関山~二本木】(電車運転士)

10214928 関山~二本木での撮影をひととおり終え、その後のスケジュールをどうしようか時刻表をめくっていたところ飯山線の「風っこ」を使用した臨時列車に間に合いそうだったので、そっちに転戦することにしました。移動が順調に行ったため、前走りの普通列車に間に合いました。幸い、稲刈り前の状況が残ってくれていました。
【2014.9.28 上桑名川~桑名川】(電車運転士)

11214928 秋の陽は釣瓶落としとはよく言ったもので、約30分後にやって来る「風っこ」の時にはかろうじてカーブのところだけ陽が当たるという微妙な条件になってしまいました。露出を切り詰めてスポットライト的な状況を狙ってみましたが、イメージにはちょっと遠い結果に終わってしまいました。
【2014.9.28 上桑名川~桑名川】(電車運転士)

12214928_2 「風っこ」は飯山で6分停車があったので、この間に追っかけができないかダメ元で車を走らせました。当初目星をつけておいたポイントはまったく×で、時間的に厳しい中、さらに移動を続けました。これ以上の追っかけは厳しいと判断し、エイヤッで妥協したのがこのポイントです。客席を見ると予想以上の乗客で賑わっていました。
【2014.9.28 替佐~蓮
】(電車運転士)

13214928 2日間の鉄活動はこれで撤収かと思いつつもまたまた時刻表を確認すると「信州収穫祭号」の折り返し列車に間に合いそうだったので、急遽、撤収を中止して信越本線沿線に車を走らせました。ここまで来ると往生際が悪いと言われても仕方がありません。夕方の斜光線を受けた「NO・DO・KA」が姿を見せてくれました。展望室では2人の少年が何やら楽しそうにしています。右側の少年が指をさしている先は新幹線の車両基地です。
【2014.9.28 三才~豊野】(電車運転士)

 結局、2日間で走った距離は1200キロ、名古屋からだと会津若松か山口線を往復できる距離に相当します。スケジュール的にはハードでしたが、メニュー的には盛り沢山な内容だったかなと思っています。ご一緒いただいた駅長様・検査掛様、ありがとうございました。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年10月 3日 (金)

飛騨高山観光

とりあえず真面目な観光は家庭運用時にこなしているので、今回は趣味的?観光と銘打って高山市~古川町を訪れました。9月27日(土)、現地の天気はまずますの予報。

01 某運用サイトの予測によると、猪谷発上り朝一の下呂行き4708Cにツートン車両付き編成が充てられるようなので、高山に向かう途中に“行きがけの駄賃”をいただこうと考えました。
家を未明に出発して国道をひた走っていたら久々野駅の辺りで当該列車を狙えそうなタイミングとなったので、駅北側の築堤カーブで小手調べ。周辺の田圃は刈り取りを終えて、ハサ掛けがところどころに見受けられます。太陽は顔を出しましたが、残念なことに撮影ポイント周辺では、まだ山の陰。それでも露出はそこそこ上がってきたのでとりあえずシャッターを押しました。ツートン車の連結位置ですが・・・この際、もうこだわりません。

02 飛騨一宮の観光ポイントは春の臥龍桜が有名ですが、趣味的には広大な田園風景を突っ切る大カーブシーンがお馴染み。次はここで美濃太田発下り朝一の4703Dを狙います。
列車は富山方2両ユニット+岐阜方1両の3両で組成される編成ですが、某運用サイトの予測によると岐阜方の2両がツートン車となるらしい。つまり「なんちゃって」ツートンユニットが組まれるはずです。撮影地周辺の田圃は黄色く実った稲刈り前の区画もありましたが、ハサ掛けも目についたので再びアングルに入れました。やがて定刻となり、予測どおりの編成が峠から姿を現し、朝日を受けながら大カーブを下ってきました。

03 撮影後、機材をそそくさと撤収して4703D(→高山から1823D)を追いかけます。高山12分間停車のうちに追い抜いて上枝~飛騨国府に架かる宮川鉄橋を目指しました。当該列車は、高山からは富山方2両ユニットのみとなるため、定番立ち位置から順光角度で写せばツートン車を奇麗に収められるので、後追いにはなりますが悩むことなくこの場所を選択しました。

04 その約10分後、高山で切り離された1両←キハ406309 が飛騨古川まで回送されてきます。実は、この運行シーンを撮影することが今回の最大の目的なんです。長くにわたり、ツートン車キハ406309の単行運用を是非とも飛騨古川~高山の定期運行区間で撮りたいと願望を抱いてきましたが、ようやくそれが実現する運びとなりました。今までチャンスは何度でも訪れていたのに、直前の運用変更や家の都合、天候、ネタ列車etc.に左右されて、なかなか腰が上がらなかっただけに感慨ひとしおです(笑)。
できればもう少し正面がちに狙いたかったのですが、前の撮影からあまり移動時間もなく、立ち位置も知らないので止むを得ず鉄橋を見下ろせる“木々の隙間”からの撮影になりました。

042 飛騨古川から折り返す1850Dは薄曇に遮られました。ところで、こんなにオイシイ?車両運用が所定では4日ごとに施行されるので、沿線の同業者の方々にはむしろ見慣れてしまったせいなのか、鉄橋付近でのカメラマンの姿は皆無でした。
それにしても、単なる定期普通列車なのに我が地元では決して見られない運行体系なので、自分にしてみれば、まるで今どきのイベント観光向けレトロ列車の如く思えてしまいます(→とりあえず当記事のタイトルに則しました)。

05 古川の観光スポット・古い町並みには目もくれず、線路に沿って山中へ分け入っていきます。自分としては未踏の撮影区間です。
次のターゲットは、猪谷から戻ってくるツートン車連結編成の1826D。角川駅北側で坂上ダム湖に架かる鉄橋にて、水鏡のシーンをバリ順でいただきました。しかし、せっかくカーブした鉄橋なのにその特徴を表現できず、ほぼ真横からのアングルとなってしまったのは少し後悔。頭上には撮影の障害となる電線が架かっていたので、これを回避するためにどうしてもこの角度になってしまうことをお許し下さい。

06 角川ダム湖のほとりから、高山からの下り1825Dを水鏡でお馴染みの鉄橋にて狙います。水面はやや波打っていますがどうにか水鏡は拝めそう。それでも本番時には状況が変化してもいいように、カメラ2台体制を活かし縦・横それぞれのアングルで待ち構えました。逆光になりますが仕方ありません。紅葉狩りや新緑狩りの季節ならピッタリなのですが。

07 角川集落の趣味的スポット・静寂さ漂う坂上ダム湖の鉄橋を眺めてみましょう。以前、当ブログで検査掛様、電車運転士様の作品を拝見して、一度はこの場所を押さえておきたいと思っていたポイントです。
時間的に近接して効率よく撮れる上り1828Dと下り1827Dにカメラを向けました。1828Dは太陽に嫌われたので、ここでは逆光ながらも陽が差した1827Dの画像を掲載します。中途半端に紅葉が始まっています。この立ち位置から狙う際は、脚立を使うとベターですね。

08 午後になり、飛騨細江駅北方に架かる宮川鉄橋をバックに稲穂が輝くシーンを「ひだ」とともに撮影しました。定刻より数分ほど遅れ気味でしたが、もしも定時で走ってきたら太陽は雲の中でした。
画像には写っていませんが、足元には8月の高山集中豪雨の爪痕でしょうか、流木が畦道に折り重なっている箇所が方々で目につきました。相当な川の水の量がこの画像に写る田圃にも流れ込んできたものと推測されますが、よくぞこの風景まで回復してくれたものだと感動するばかりです。

09 14時過ぎには再び『イベント観光列車』的なキハ406309の定期単行運用があるので、事前に下調べしておいた飛騨古川~飛騨国府の直線コースで高山発1853Dを待ちました。
「飛騨古川」幕を掲出した定期“単行”はこの1853Dのみなので、それを強調できるアングルをとりましたが、あら、面には光線が当たりませんでした・・・。

10 撮影場所のすぐ近くにはその土地の神様でしょうか、祠が祀られていました。それを覆い囲む木々には、ほんの赤く染まったものがごく僅かに見られます。それを絡めながら、黄色く実った稲穂のじゅうたんを画面の下に敷いて、こんなアングルで単行車運行とわかる撮り方をしてみました。対象は飛騨古川からの折り返し1854D。

夜には家庭運用が控えていたので、天気良好にもかかわらず、これで切り上げました。帰り道を運転中、目に入って来た夕日の、なんと恨めしかったことか。(出札掛)

《撮影中、ラジオから「御嶽噴火」の速報が流れてきました。鉄道撮影において時折り背景を引き立たせてくれた秀峰ですが、普段は美しくも雄大な姿なのに様相がこんなにも変わるものかと、ただただ驚くばかりです。亡くなられた方々にはご冥福をお祈りします。また被災された方々にもお見舞い申し上げます。》

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2014年10月 1日 (水)

祝・東海道新幹線開業50周年

巷で噂のこの話題、一鉄道ファンとして素通りしてしまうのもどうかと思い、この記念日に何かないかと考えました。
若い頃は、あんまり風呂敷を広げてもなぁ、という考えで、対象は例外を除いて1067mm軌間に限るとしていたこともあって、新幹線の撮影はほとんどしておりません。従って当然まともに撮っているものは皆無なのですが、偶然に写り込んだ、というものがあります。
Img500
Img5041983年1月28日 掛川・袋井 試8482M
この日は、浜松工場から静岡運転所牽引車のクモハ60069が全検を受けて、同業のクモハ12 2両に挟まれて出場するということで、そのためだけにこの場所に行きました。東海道本線と東海道新幹線に挟まれた茶畑の小山で、向かってくる方から狙って、走り去っていくところを連続してシャッターを押していたところ、踏切を越え、最後の1枚と思って切った一瞬、偶然走りゆく上りの0系新幹線がフレームインしました。
もう1枚は
Img227Img2291985年3月6日 弁天島・新居町 9992レ 
こちらは、まだ日車で製造した新幹線車両を、西浜松まで甲種輸送をしていた頃のものです。撮影に行ける日と先頭車の出場が重なる日がなかなか合わず、ようやくその日が来ました。以前はEF58だった牽引機もDE10に代わっているのは仕方のないことですが、第三浜名湖鉄橋へ出かけました。極めてゆっくり走る甲種輸送列車を200kmで0系が抜いて行きました。もう少し9992レが早ければ、しっかり並んだのですが・・・。
 
最後は偶然というわけではないですが・・・。
 
197441974年4月?日 多摩川橋梁(東京・新横浜)
高校時代、鉄研の青梅線撮影会の後、残ったフィルムを使うためにふらっと散歩に来た時のスナップだと思います。当時の長閑な東京の休日の多摩川を0系が渡って行きます。この頃の多摩川橋梁は防音壁もなく、低い柵があるだけでした。
  
新幹線なんて画一的でつまらないと思っていましたが、振り返ってみれば、この50年で新幹線こそが驚くべき進化を遂げた鉄道でした。(検査掛)
 
 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »