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2014年9月

2014年9月30日 (火)

花電車へのオマージュ 

 10月は祭りの季節である。名古屋でいえば、名古屋まつり・・・連想ゲームではないが、名古屋まつりと聞くと、いまでも名古屋市電の花電車を思い出してしまう。

 名古屋まつりの花電車は、まつりのPRをかねて、期間中に市電の全線にわたり運行された。当初は6両が2組に分かれて運行し、路線廃止により4両2組となり、最後は3両1組となった。今から見ればレトロの極みかもしれないし、あるいはディズニーのエレクトリカル・パレードの電車版かもしれない。もちろん、当時はエレクトリカル・パレードのような華やかな催しはないので、花電車の夜の美しさは子供心に強く印象に残った。花電車の運行予定を新聞で調べて、ワクワクしながら見に行ったものだった。おそらく、当時、名古屋で子供時代を過ごした方なら、多かれ少なかれ、同じような思い出を持っているのではないだろうか。

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 こうした子供時代の思い出がトラウマになり、大人になっても花電車を追いかけることになる。

 現在、路面電車で花電車を定期的に運転しているのは、函館、広島、熊本、鹿児島ぐらいだろうか。このうち、もっとも名古屋時代の思い出に近いのが函館で、夏の函館港まつりに併せて3両1組で全線を運行している。しかし、夏の函館は観光シーズンでもあり、なかなか行く機会がなかった。

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 函館の花電車は、この夏に撮影しに行って、ようやく長年の課題を解決した。

 花電車、といえば、日本のもの、という印象が強いだろうが、実は外国でも花電車を走らせているところがある。正確には花電車というより、ライトアップしたイルミネーションカーなのだろうが、受ける印象は花電車そのものである。

 この花電車を走らせているのが、イギリスのブラックプールというリゾート地である。映画「shall we ダンス?」の舞台になった町で、エッフェル塔に似たタワーがある事で知られる。

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 このブラックプールでは秋のイベントとして、イルミネーションが150年近く続けられている。街路を光のディスプレィで装飾するもので、今でいうなら神戸のルミナエリかな?もっとも、装飾の仕方は昔から変わっていないと思われるので、現代の目で見れば、華やかさももう一つである。

 このイルミネーションに協賛して、1959年からイルミネーショントラムの運行が行われている。英国版花電車である。もっとも日本の花電車と大きく異なるのは、「お客を乗せない花電車」ではなく、イルミネーションを楽しむツアー客を乗せて運行することにある。

 実は、これを目的に、1996年にブラックプールまで行っている。しかし、訪れた日は天気が悪い、とかで運行されず、車庫で見ただけであった。

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 ブラックプールの路面電車は、1885年開業という英国一古い歴史を誇ると共に、最近まで昔ながらの2階建て電車が走ることで知られていた。しかし、2012年に全面的に改修され、低床連接車が走るLRT路線になった。この少し前にイルミネーションカーも大改装され、イルミネーション期間中に定期的に走るようになった。そのようなわけで、今回、18年ぶりにブラックプールを訪れることにしたのである。

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 コレがその花電車。花電車は3両あり、もっとも人気があるのがこの「ウエスタン・トレイン」。米国の蒸気機関車と客車の2両編成である。1996年に撮影した写真と比べると、だいぶ改装されているようだ。運転台は、煙突の下にある。

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 花電車のもう1両がこのボート。ボートの車両は2両あるが、残念ながら、もう1両は見ることができなかった。

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 訪問時、イルミネーションツアーは、点灯時間中、8時から30分間隔で3本が運転された。うち、1本は昔の2階建て車を改造したオープントップカーだったので、イルミネーションカーは1両しか運転していない。いずれもツアーにはウエスタントレインが使われており、ボートは団体貸し切りで運行されたのを偶然、キャッチできただけである。

 このような状況だったので、今回、イルミネーションカーの3両の内、2両しか撮影できなかったのは痛恨の極みである。現地のファン向け誌を見ると、昨年は必ず2両運行されていたようなので、今年は運行パターンが変わったのか、あるいはシーズンはじめなので、運行が少なかったのか。いずれにしろ、残念である。

 まあ、花電車が全車撮れなかったのは、また、ブラックプールに行く理由が出来た、と解釈することにしよう。いずれにしろ、今回はブラックプールタワーが改修中だったので、いずれ再履修しなければならない。

 実は、ブラックプールには、花電車以上に片付けなければいけないネタがある。しかも、それは花電車の運行時期には見ることができない、という。どうやら観光地らしく、何度も来てもらうように、運行者もいろいろと仕組んでいる、らしい。その術中にはまるのはなんともシャクではあるけれど、その車両はブラックプールで見てこそ価値があるし、世界の路面電車の中でももっともユニークな車両である。ブラックプールタワーの改修が終わったら、ぜひ、それを見にかけつけたいものだ。(駅長)

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302.日本海縦貫線+信越山線 弾丸鉄 1号車 2014/9/27

 今週末は秋晴れの予感、せっかくなのでどこへ行こうか思案していたところ、25日の木曜日に検査掛様から北陸新幹線の開業で激変が決まった信越本線の海沿い区間を中心とした撮影行のお誘いがありました。コストの面から単独行は厳しいと思っていたので、速攻で家族運用を調整し、駅長様を加えた3人で新潟県西部を目指しました。

1214927 検査掛様が8月の訪問で撃沈したリベンジを果たすため、早朝、鯨波海岸に到着しました。天気予報ではバリ晴れ予想だったのにもかかわらず、あたりには低い雲が漂い、あれっ?って感じでした。スマホで気象衛星の画像を見ると新潟以北の日本海側だけ雲がかかっていまいた。それでも時間を追うごとに雲がなくなっていく傾向が見えたので、それを信じて列車を待ちました。本命の「くびき野1号」はR編成、回復基調ではありましたが雲は漂ったままで、見事に撃沈でした。後続の貨物列車でやっと薄日が差す状況でした。
【2014.9.27 青海川~鯨波】(電車運転士)

2214927 「くびき野3号」」までには時間があるため、前々からどうしても行ってみたかった米山の日本海バックのポイントに場所を移動しました。この時間帯になると予想どおり雲がなくなり、絶好の条件になってきました。ちょうどいいタイミングで貨物列車が通過しました。この日は穏やかな日本海でしたが、次は冬の荒波の日本海を狙ってみたくなりました。
【2014.9.27 米山~笠島】(電車運転士)

3214927 後続の「北越1号」は縦構図をアップしておきます。
【2014.9.27 米山~笠島】(電車運転士)

4214927 ここの海沿い区間は下り列車の好ポイントは点在していますが、上り列車となるとポイントがかなり限定されてしまいます。そのひとつの上越大橋で「北越2号」を待つことにしました。現地に到着して唖然としたのは、橋が改修中で全体が防護ネットに覆われていたことです。これではベストポジションでの撮影ができません。仕方なく何とか撮れそうな場所を見つけて無理やり撮るしかありませんでした。ベスト位置でもう2スパン手前まで引っ張ると6両がちょうどよく納まるはずでしたが、想定外の状況の中でのポイント選びになってしまったため、後部が山影に隠れてしまいました。
【2014.9.27 米山~笠島】(電車運転士)

5214927_2 「くびき野3号」は国鉄色で来る予定だったので、再び鯨波海岸に陣取りました。この頃にはバリ晴れとなり、海の色もまずまず。本命でのVカットを確信しました。前走りの「越乃Shu*Kura」が絶好の条件の中を通過して行きました。
【2014.9.27 青海川~鯨波】(電車運転士)

6214927_3 「くびき野3号」は1時間ちょっと後の通過でたが、この間に怪しい薄雲が広がり始め、何とも消化不良の結果となってしまいました。神様に見捨てられたという微妙な孤独感だけが残りました。
【2014.9.27 青海川~鯨波】(電車運転士)

7214927_2 もう1か所の日本海バックのポイントでは115系を待ちました。485系ばかりに目を向けてしまいがちですが、風光明媚なこの区間を走る115系も3月の改正で見納めになるので、軽視することはできません。
【2014.9.27 笠島~青海川】(電車運転士)

8214927_2 せっかくここまで来たので、近くを走る北越急行にも足を運びました。黄色く色づいた稲穂と秋らしい青空のもと、「はくたか9号」が田んぼの中を一直線に貫く高架橋を160km/hでカッ飛んで行きました。
【2014.9.27 犀潟~くびき】(電車運転士)

9214927_2 実りの秋を迎えた稲穂が頭を垂れていました。この周辺は米どころで一面に田んぼが広がっています。稲刈りが終わった田んぼが多かったのですが、稲刈り直前というものも少し残っており、その点ではラッキーでした。この普通列車、よく見ると「ゆめぞら」編成で運転されていました。
【2014.9.27 犀潟~くびき】(電車運転士)

10214927_2 海沿い区間は午後になると光線状態が悪くなるので、塚山の峠越え区間に行ってみようということになりました。あらかじめ目星をつけておいたポイントでしたが、稲刈りはすべて終了、陽も反対側に回ってしまっていました。写真は「北越6号」ですが、4号あたりがベストの光線状態のようです。
【2014.9.27 塚山~越後岩塚】(電車運転士)

11214927 時間の都合で115系の普通列車しか撮れませんでしたが、塚山峠の定番ポイントです。紅葉の綺麗さや積雪期の美しさには定評があるようです。そんな時期に訪れてみたいと思っていますが、実現できるかどうか…。
【2014.9.27 長鳥~塚山】(電車運転士)

12214927_2 「くびき野3号」の国鉄色は「くびき野2号」で戻ってきます。当初は「北越6号」のポイントで待つつもりでしたが、光線状態がよくないので代替ポイントを探しましたが、満足できるポイントがなかなか見つかりません。ああだこうだやっているうちに時間切れとなって、結局、線路端に駆け込むことになりました。正面ドッカン写真ですが、光線状態はまずまずでだったので、これはこれでよしとしました。
【2014.9.27 塚山~越後岩塚】(電車運転士)

13214927 夕方はトワイライトな「トワイライト・EXP」を狙おうということになり、北陸道を爆走して一気に市振海岸まで広域移動しました。目論見に反して雲が広がり、太陽の位置も微妙に高かったため、空の赤さと海の輝きが足りなくイメージどおりの光景とはいきませんでした。何となくトワイライトの雰囲気を感じていただければ幸いです。
【2014.9.27 越中宮崎~市振】(電車運転士)

14214927_2 もう少し空が赤くなるのを期待して、「はくたか21号」まで粘ってみることにしました。「トワイライト・EXP」の時よりは多少空の赤味が増しましたが、立ち込めた雲のおかげで劇的な変化は望めまでんでした。
【2014.9.27 越中宮崎~市振】(電車運転士)

 結局、この日はあちこち撮影ポイントを転々としているうちに富山県まで来てしまいました。この後はさすがに新潟方面に戻る元気もなく、黒部市内でこの日の宿を確保しました。

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2014年9月29日 (月)

太多線訪問

彼岸も過ぎてもう10月は目の前、朝は長袖が必需品となりました。皆さんからの作品報告を拝見しながら、稲穂の実りや彼岸花の時季なんだと秋らしさを感じられるこの頃です。自分も真似事をと思い、間もなく置き換えが始まるであろう気動車を追って28日の日曜の朝に太多線を訪れました。結果は車両狙いの平凡な写真しか撮れていませんが、ご笑覧ください。

多治見から沿線を確認しつつ北上しましたが、良さそうな場所を見付けられずこの辺りでお茶を濁しました。稲刈りは終わっていました。

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彼岸花を探しましたが、隅っこにちょっぴりしかありませんでした。
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キハ11ばっかり来ますが、ミオのキハ11は定期では4連が最大なので、これを逃すわけにはいきません。後追いですが。

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朝1往復ある47/48も漏らさずキャッチしました。85系のホームライナーが無くなってからは、これが線内最長編成なのでしょうか。

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今年の改正で47オンリーではなくなってしまいました。2年前はこんな感じでした。この時は雨が降り出すような天気になってしまい冴えない写真ですみません。

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有名撮影地のダムのあるところは今回パスしてしまい、置き換え前に宿題ができるか心配です。最後におまけで、高山線内のキハ11×4連です。

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何れ消え去るキハ11、ちょっとは撮ってあげましょう。(資材担当)







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2014年9月26日 (金)

彼岸の秋を求めて “ま~いっぺん”

前回、当ブログにて9月21日に撮影した不服さ満載の画像を掲載しました。納得のいかない結果にストレス感が強まってこのままでは健康体に良くないと思い、23日の午後、家庭運用をこなした後に外出許可を得て再履修を決行しました。
この日の目的地は、高山線での彼岸花撮影において前回順光に恵まれなかった高山線中川辺~下麻生。飽きもせず再び彼岸花に挑戦ですが、我ながら往生際が悪いです。

231 さて、せっかくだからと当日午後のツートン車の運用を調べてみると、ちょうど美濃太田から岐阜へ向かうキハ483812の運用に当たりそうだったので、まずはこれを狙うべく鵜沼付近に向かいました。被写体は3730C。タイミングが良いのか悪いのか、ちょうど隣を走る名鉄各務原線の電車が写りました。因みに並走ではなく離合する瞬間です。

232 2日ぶりの中川辺~下麻生では、なぜか前回は気付かなかった彼岸花の群生を見つけることが出来たので、程なくしてやって来る4716Cの撮影はこの場所に決めました。花の咲き具合を見ると、最盛期を少し過ぎたようですが、なんとか再履修を果たせました。

233 すぐ近くの田圃では、刈り取った稲を干すために、ご夫婦(だと思う)でハサ掛け作業をしているシーンに出会えました。作業中の方に直接カメラを向けながら待機するのもはばかるので、列車が通過する直前まで辺りをブラブラしながら時間をつぶし、こちらの挙動をあまり悟られないように素早くカメラを構えてシャッターを押しました。←隠し撮りかよ。

234 岐阜から折り返してきたツートン車も、ハサ掛け作業を横目に通り過ぎて行きました。
撮影後、作業をされている方からは「いい写真は撮れたかネ?」と声をかけていただきまして、あら、やっぱりわかっていらしたのね、申し訳ありません。でも、おかげで今の時期ならではのシーンをカメラに収めることができました。作業中のご夫妻(だと思う)には、この場を借りて御礼申し上げます。

235 この後、もうひとつの目的を果たすために飛水峡まで向かいました。
現ダイヤでは、キハ11が美濃太田以北まで足を延ばす定期運用が一日1往復のみ設定されており、夕方の白川口折り返し列車がそれにあたります。同車両については、プレス発表どおり今冬から置き換えが始まるのか否かは不明ですが、キハ11の最後の記録の一つとして、露出が稼げる今のうちに唯一の美濃太田以北運用シーンを飛水峡で撮っておこうと考えた次第です。時間的に陽が当たらないのは百も承知。何しろ16:25頃しか来ないのですから。
特筆するようなネタではないとお感じであれば、あまり撮影対象にならないかもしれませんね。

秋本番を迎え、色付いてくる高山線への訪問頻度が高くなりそうです。(出札掛)

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301.彼岸花通信2014 【大垣界隈】 2014/9/23

 21日の三岐鉄道沿線は彼岸花が見頃を迎えていたため、昨年同様、大垣界隈はどんなものかと2日後の23日に覗いてきました。この日は午後から夜にかけて家族運用が控えていたため、活動時間は昼過ぎまでに限定されましたが、好天を指をくわえてじっと我慢してストレスをためるくらいなら行った方がいいやということで、強引に自宅を出発しました。

1214923 家族運用のことを考えて一瞬悩んでしまった関係で、出遅れ気味になってしまったので、とりあえず養老鉄道の揖斐線に向かいました。美濃本郷付近の彼岸花は昨年訪れた時はすでに時遅しといった状態でしたが、今年は少し時期を早めることができたため、何とか間に合いました。ただ、揖斐からの上り列車までに時間がなかったため、ベストなポイントを見つける前に列車が来てしまいました。こんな時に限って来たのは1600系のリバイバル塗色車でした。
【2014.9.23 美濃本郷~揖斐】(電車運転士)

2214923 美濃本郷の駅近くにはそれなりに彼岸花が密集していました。下り列車はどうしても逆光気味になってしまいますが、せっかくなのでとりあえずシャッターを押しておきました。
【2014.9.23 美濃本郷~揖斐】(電車運転士)

3214923 昨年も訪れた彼岸花元気いっぱいポイントです。午前中だったため、列車が逆光気味になってしまいました。2両の方がバランス的にはいいように思いましたが、時間の関係で長居することができず、ここはこの列車を撮っただけで撤収しました。
【2014.9.23 美濃本郷~揖斐】(電車運転士)

4214923 美濃本郷付近のベストであろうと思われるポイントです。ここで1600系塗色を撮りたかったのですが、時刻表を見ると朝だけの運用のようで、昼間には来ない感じだったので、一般の車両で我慢しました。
【2014.9.23 美濃本郷~揖斐】(電車運転士)

5214923 揖斐線の後は定番の犀川土手に行ってみました。東側の土手はここ最近草刈が行われていないようで、無理やりのこんなアングルしか撮れませんでした。彼岸花の見事な咲き具合は変わりませんが、樽見鉄道との絡みとなると年々撮りにくくなっています。しかも、やって来たのはオレンジのラッピング車両、何かテンションダウンしてしまいました。
【2014.9.23 横屋~十九条】(電車運転士)

6214923 昼前の下り列車に間に合いそうだったので、西濃鉄道に移動しました。神社付近のカーブにも彼岸花がありました。DD40を期待しましたが、残念ながらDE10でした。今のところDD40との相性は悪く、自分が行くと必ずといっていいほどDE10に当たってしまいます。DD40の宿題はまだまだ消化しきれていません。
【2014.9.23 美濃赤坂~乙女坂】(電車運転士)

7214923 西濃鉄道の後は犀川土手に戻りました。西側の定番アングルですが、微妙に時期が早かったようです。陽が回り切っていないので、列車側面に陽が当たっていませんが、時間の都合でやむを得ません。ここも木の枝や雑草が成長し、年を追うごとにポジションが苦しくなっています。
【2014.9.23 横屋~十九条】(電車運転士)

8214923 この日の締めくくりは東海道本線の犀川土手としました。昨年よりは多少密集具合はよかったかなって感じです。時間的にはもっと早い時間でなければならないのですが、昼過ぎでもなんとか側面には陽が当たってくれました。条件的にはいい日だったので、もう少し長居したかったのですが、家族運用をブッチするわけにもいかずこれにて撤収しました。
【2014.9.23 穂積~大垣】(電車運転士)




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2014年9月25日 (木)

久々の東京鉄ちゃん

 23日に東京に行く用があり、折角だからと一泊、撮影をしてきました。

 23日の夕方、ちょっと時間が出来たので、カシオペアを撮影。光線は期待していないけれど、どこで撮ったら良いかわからないし、また、ホーム端は立ち入り禁止と書かれているところも多い。そこで、南側に陸橋がない蕨でエイヤ!と降りたら、柵があって安全に撮れそう。

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 まあ、とりあえず撮った、という程度の写真ではあるけれど・・・・曇り限定のポイントです。

 翌24日は、台風の影響で天気は期待していなかったけれど、朝、起きたら快晴。これは行かねばならない、と頑張って蓮田に向かう。この日はトワイライトがないので、北斗星だけを撮影。

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 列車通過後、誰も帰ろうとしないので、何か来るかと尋ねたら、1時間後に工臨があるという。折角なので、それをゲット。

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 東日本の機関車が名古屋に来ることは無くなってしまったし・・・EF65 1118を撮るのは何時以来だろう?てっきりEF81と思ってました。 

 昼に予定していた用事が、前日にすんでしまって時間が出来たので、近くまで来ているからと、鉄道博物館を訪問。初めてです。

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 ちょうど12時のC57回転ショーがあったので、それを見学。

 今年の展示の目玉は、やはり新幹線開業50年。好き嫌いはともかくとして、日本の鉄道の歴史を語る上では、やっぱりこれは外せない。

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 やっぱり0系は存在感がある。さすがに50年を経て、ちょっとレトロ感が漂うけれど、久々に見た団子っ鼻や何度も乗った車内が懐かしい。

 ン?鉄博に0系ってあった?そりゃ、当然!0系の展示のない鉄道博物館なんて、わが国を代表する博物館とは言えないよね。ヨーク見てね。

 もっとも、新幹線ばかり並べていて、肝心な車両がない鉄道博物館もあるけどね。(^_^;)(駅長)

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300.彼岸花通信2014 【三岐鉄道】 2014/9/21

 おかげさまで自身のブログアップの回数が通算300回を迎えることができました。懲りずにご覧いただいている皆様には厚くお礼申しあげます。引き続き、過去・現在を順不同でアップしていきたいと思いますので、これまでどおりお付き合いいただければ幸いです。今回は300回記念なので、特別企画を考えたりもしましたが、300にまつわる車両の写真のストックがたくさんあるわけでもなく、結局、いつもと変わらない内容となってしまいました。どうかお許しください。
 出札掛様のご報告にあったように世間は彼岸花のシーズンを迎えています。先週の3連休に参戦できなかったうっぷんを晴らすべく、毎度の三岐鉄道に足を運びました。真っ赤な色が画面を占める写真ばかりで目がチカチカするかもしれませんが、どうかご容赦ください。

1214921 1501列車に間に合わせるため、早朝に自宅を出発し、定番のポイントに向かいました。線路の東側はちょうど旬の時期を迎えており、イメージどおりのカットをモノにすることができました。
【2014.9.21 三里~丹生川】(電車運転士)

2214921_2 いつものように北勢線を掛け持ちしました。いつもは三岐線ばかりに目が行ってしまい、北勢線はオマケみたいな感じになりがちだったので、今回は少し気合を入れて北勢線にも重きを置いてみました。眼鏡橋周辺も見頃になっていました。
【2014.9.21 楚原~麻生田】(電車運転士)

3214921_2 三里~丹生川ばかりでは飽きてしまいそうだったので、目先を変えたいと思い、3714列車は7月に訪れた紫陽花ポイントを覗いてみました。この時期は紫陽花に変わって線路端に彼岸花が連なっていたので、アングル的には苦しい部分もありましたが、何とかごまかすことがでjきました。
【2014.9.21 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

4214921_2 三岐線の彼岸花は三里~丹生川しか知らなかったのですが、昨年、工場長様が東藤原の見事な彼岸花写真をアップされていましたので、はそれを見習って501列車のタイミングの時に訪れてみました。花は微妙に時期が早かったようで、工場長様のような理想的なでき具合にはなりませんでした。
【2014.9.21 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

5214921_3 眼鏡橋の近辺に彼岸花があるのは知っていましたが、これまでは時期が遅かったり後方の道路に先客があったりと、なかなか思いどおりにいきませんでしたが、今回は運よく諸条件をクリアできたので、眼鏡橋との組み合わせをゲットすることができました。だだ、彼岸花の密度が小さいため、ボリューム感を出すためにアングル的な苦労はありましたが…。
【2014.9.21 楚原~麻生田】(電車運転士)

6214921_2 昼を過ぎると線路の西側に陽が回るので、502列車からは西側にポジションを変更しました。ED45の重連の後に続くのはホキ1000の2両、短い編成だったので、こんなことなら縦構図で待っていればよかった反省です。
【2014.9.21 三里~丹生川】(電車運転士)

7214921_2 撮影時点では西側の咲き具合は微妙に早いように感じましたが、3716列車は一番彼岸花が密集しているように見せかけるため、ギリギリまでポジションを微調整しながら列車を待ちました。
【2014.9.21 三里~丹生川】(電車運転士)

8214921_2 陸橋を越えた眼鏡橋の北側の彼岸花はドンピシャのタイミングでした。線路端の花も理想的な状況で咲いており、華を添えてくれました。
【2014.9.21 楚原~麻生田】(電車運転士)

9214921_2 紫陽花ポイントの反対側もそれなりに彼岸花が咲いており、3715列車はここで待つことにしました。この時間帯になるとゲリラ雲が元気になり、曇る確率の方が高くなってしまいましたが、幸い列車通過の時は何とか陽が当たってくれました。
【2014.9.21 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

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 できるだけ彼岸花の面積を大きく取りたいのと側道のアスファルト面をごまかすため、思い切ってローアングルで狙ってみました。思惑どおりまずまずの結果を得ることができました。
【2014.9.21 楚原~麻生田】(電車運転士)

11214921 陸橋の北側はあまり撮ったことがありませんでしたが、様子伺いのために覗いてみたところ、元気のいい彼岸花が密集しているポイントがありました。ちょうどいいタイミングで3718列車が来てくれました。
【2014.9.21 三里~丹生川】

13214921_2 陽も大分傾いてきたため、この日は3717列車を締めくくりとしました。夕方の斜光線を受けて3717列車が通過して行きました。本当はもう少しカメラを左に振ったアングルで撮りたかったのですが、自分の影で自爆することに気がつき、やむを得ずシャッターの切り位置を変更しました。ほとんどの田んぼは稲刈りが終わっていましたが、この1面だけは黄金色の田んぼが残っていてくれてラッキーでした。
【2014.9.21 三里~丹生川】


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2014年9月24日 (水)

LEカー登場の頃(補遺)

「LEカー登場の頃」にコメント頂いた皆様ありがとうございます。
ちょうど津島軽便堂写真館様が八百津線のLEカーを取り上げられたタイミングと、期せずして一緒になりました。
駅長様から、名古屋鉄道での富士重工LEカーの試験導入はないか、とのご要望に応えられているかどうかはfifty-fiftyですが、アップします。

Img516Img1871984年5月12日 明智
どのくらいの期間試験していたかはすっかり忘れましたが、実際の走行は線路閉鎖をして夜間に行われていたと思われます。御覧のように前後で顔つきが異なり、一方はのちに樽見鉄道に採用された非貫通全面1枚ガラスのパノラミックビュースタイル、もう一方は、名古屋鉄道に採用された貫通路付平面ガラス組み合わせタイプでした。また、貫通型のサイドには乗務員用扉も付いていました。
惜しむらくは本駅からやや御嵩寄りの側線に留置されていたため、時間的制約があって、名古屋鉄道車とのコラボが撮れず、どこで撮ったわかり辛いことです。

ついでなので、多少関連の写真を増やしておきます。

Img711_21984年9月18日 新可児
雨だったので軟弱に駅撮りです。LEカーのために建てられた研修庫で実車研修が行われていました。

Img784_21984年9月21日 西可児・可児川 
試運転は何度も撮りに行きました。この日の広見線は800形dayで、ローカル2本は801の編成と810+814という編成でした。

Img731_21984年9月21日 明智・兼山口 1660レ
従来なら800形の単行での運用のはずでしたが、LE化を2日後に控えすでに運用変更の過渡期だったためかHL車が入っていました。

このころは結構精力的?に撮っていましたね。若かりし頃の思い出です。(検査掛)










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2014年9月23日 (火)

LEカー登場の頃

出札掛様から「えっ、もうそんなに経つの?」と、30年前の樽見線さよなら運転を中心にアップされました。関連して、LEカー導入の様子をご披露したいと思います。
1984年といえば、国鉄民営化を3年後に控え、ローカル線の老朽化した車両の置換えが取り沙汰され始めた頃です。久しく使われなかった「レールバス」というコトバが再び復権?したのが、富士重工が開発したLEカーと言われるものでした。このLEカーを営業用に初めて採用したのが樽見鉄道と名古屋鉄道(八百津支線)でした。

Img6871984年8月10日 9195レ 名古屋
本来なら甲種輸送は名古屋を通過して稲沢まで直通するのが通例ですが、名古屋(鉄道管理局)初見参ということか、わざわざ10番線に引き込み展示を行いました。

Img7391984年9月1日 美濃本巣 6932D  (試9925D ハイモ180-202)
ハイモはしばらく大垣で留置されたのち、美濃本巣に新たに設置された車両基地に移され、定期列車の合間を縫って試運転が開始されました。

Img6711984年9月1日 尾張一宮 961レ
当時の神海までの区間で用意されたLEカーは3両、とても朝の通勤輸送を担える両数ではなく、国鉄からオハフ33(旧天
カメ所属車2両)を購入して充てました。

Img7991984年9月23日 東大垣・横屋 試9926レ
DE10のハンドル訓練のための試運転列車だと思いますが、客車を連結して行われていました。客車は塗装がまだ完了していませんでした。通常は単機牽引でしたから、重連による牽引は結構レアです。
Img8321984年10月6日 大垣 13レ
出札掛様が当日の様子をアップされましたが、なぜかテープカットは車両がないときに行われました。その後LEカーが到着し,くす玉が割られぎゅうぎゅう詰めで発車していきました。このあと一日沿線で撮影したのですが(カメラにアクシデント発生!)

チョット番外編。

Img804_21984年10月6日 穂積・大垣 回9106M
樽見鉄道の開業の日、こんなものが走りましたので、途中で東大垣に戻り撮りました。出札掛様の「えっ、もうそんなに経つの?」にコメントさせて頂いた165系の回送です。中間車3両が集中型クーラーですが、パンタのない2両がモハ→サハの改造車です。

一方、名古屋鉄道は

Img765_21984年9月16日 兼山・中野 1361レ
兼山ダムをバックに八百津支線を行くモ812単行。乗客は数名でした。

Img745Img6961984年9月16日 新可児
こちらは甲種輸送だったか?です。ただ留置されているのは貨物の引渡し線上で架線がありません。国鉄太多線の気動車とも並びました。

Img7761984年9月21日 善師野・西可児 試9レ
それこそ30年前なので覚えていませんが、日中の試運転は閉塞の関係からか広見線犬山・可児間で実施されました。

Img7261984年9月21日 善師野
善師野の待合室に貼ってあった告知です。

Img7871984年9月23日 八百津
路線を合理化するというのにこのように華々しい出発式をするとは・・・。このテープカットをしたお歴々は17年後の路線廃止をどう受け止めたのでしょうかね。

さて次は何年後に思いを馳せましょうか。(検査掛)









 

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2014年9月21日 (日)

彼岸の秋を求めて ー美濃加茂から関市ー

9月21日(日)の天気予報は朝から晴模様。チャンス!この時期しか目にできない季節の被写体を求めて、カメラ片手にぶら~りと高山線と長良川鉄道のお手軽エリアに足を運びました。

現在、3両現存する美濃太田区のキハ40系ツートン色車は何れも別々の運用に就いています。つまり3本の運用に充当されているわけですが、この日は早朝の美濃太田口に於いてツートン色車の運用が面白く重なり、3本とも短時間に美濃太田界隈で行き交う行路に入ります。まとめてツートン色を撮れる絶好の機会なので、彼岸花を絡めて撮れそうなポイントがないか、何の情報も得られないまま中川辺~下麻生ならどうにかなるのではないかと思い、ぶっつけ本番で挑みました。


1 朝6:30過ぎ、高山を一番に上る列車4702Cがツートン色キハ483812を先頭に向かってきます。まだ時間的には正面に陽が当たらず、おまけに彼岸花を絡めたくても順光側にはここぞといった地点が思うように見つからず、止むを得ず逆光側に回りロケハンしてみたら、ボリュームには欠けるものの、そこそこ咲いている箇所が見当たりました。しかし、やはり逆光のためかアングルも思うように定まらず、それでも列車はやって来る・・・えーい、朝日ド逆光だ~。

2 10分ほどすると、今度は反対方向からツートン色キハ406309を先頭にした回4707Dが走って来ます。予め目を付けておいたアングルに身を置き、いざ本番。そして踏切の警報機が鳴り出す直前から露出が徐々に落ちていき・・・うわ~、曇った。まぁ晴れても正面しか陽が当たらないので、しょうがないですが。
よく見ると、キハ47がユニット組んで連結されています。これって貴重?


3 撮影後、移動していたら稲刈りを終えた田圃の一区画で、はさ掛けが目に入りました。しまった、ここで4702Cを撮ればよかったと思えど、時すでに遅し。次に来る列車は4両編成の4706D。とりあえず順光気味に撮れたとはいえ、やっぱり編成に木がかかりました。2両編成の4702Cがバランス良く収まりそうで良かったのに、ネ・・・。

4 一休みする間もなく、15分後にはツートン色キハ486812先頭の4711Cがやって来ます。性懲りもなく彼岸花にこだわりますが、これといった場所やアングルも見出せず、苦し紛れに三脚を立てた場所がここ。なんだか窮屈です。画像を振り返ると、「絶対ここは縦アンだよ・・・」と誰もがツッ込みたくなる悪い見本です。
因みにこの場所、午後から夕方にかけての上りネタ列車が走ると、カメラマンが画面右横奥にある白い電柱の辺りから、編成の2両目にかかっている踏切まで並ぶ、俗に言う「お立ち台」の傍です。


5 高山線における一連のターゲットはひととおり撮ったので、ここから長良川鉄道に転じ、昼のネタ列車まで彼岸花を探しながら時間をつぶすことにしました。しかし感動する程の群生は、線路沿いにはそう簡単には見つかりませんね。なかなか納得のいかないカットばかりがデジカメ内に羅列されますが、なんとかサマになるアングルを関富加~富加で得ることが出来ました。列車は2両編成、うち1両が白塗装、もう1両が青帯をまとっており、アクセントを添えてくれました。

6 関口~関富加でもちょっとした群生を見つけましたが、ズーム倍率を誤り、窮屈な結果になってしまいました。おまけにこちらも2両編成で双方とも広告車体。う~ん、イマイチ、ということで次の列車で再履修を図ったら直前に曇られ、そのショックのあまりシャッターチャンスも逃してしまい、あまりにも悔しいので撮影画像は即行で消去しました。せっかく広告表記なしの単行車両だったのに・・・再々履修希望。

7 こちらが昼のネタ列車、と言っても、まぁ何の変哲もない相変わらずのナガラ1型です。団臨限定となってしまった今ではなかなか走行シーンを目にする機会も訪れないですが、とりあえず今秋には運転された、という証明写真を得ることができました。
12月には趣味団体による貸切があるそうで、おそらくそれがラストラン的な列車になりそうですが、今後の動向に注目です。

今回は合点の得られない画像が多くを占めましたことをお許し下さい。自戒の念を込めて、精進いたします。(出札掛)

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2014年9月20日 (土)

36年前の鯨波に走っていたものは(その2)

鯨波と言ったのに、(その1)では全く出てきませんでした。m(_ _)m
4月22日ははたしてどこに泊まったか、全く覚えていないのですが、(その1)の見附の「北越」の次のコマからがまさに鯨波でした。

Img469_2青海川・鯨波
光線加減から午前の早い時間帯とは思いますが、明確な時間はわかりません。これだけいい天気なのになぜASA400なんか使っているのだろう?シャッターのタイミングも?しかもこの鉄板位置での撮影はこの1カットだけ!


Img471青海川・鯨波
EF58も客レに荷レに活躍していましたが、まともに編成全てが写っているものがありません。一番まともそうなのをアップしておきます。↑の70系のカーブの先です。


Img473青海川
↑から歩いたのでしょうか?それとも一旦鯨波まで戻って1駅列車で移動したのか?


Img474青海川

当時はポピュラーな機関車でぞんざいな撮り方をしていますね。

Img475青海川
貴重なEF58牽引の客車列車ですが、尻切れです。

Img476青海川・鯨波
EF62牽引の貨物も来ました。

 

Img477青海川・鯨波
「雷鳥」or「北越」でしょう。今こんなのが走ってきたら激パになるのでしょうか。

Img478青海川・鯨波
EF15牽引の貨物列車も数本撮っていますが、海をバックに撮っているのはこのカットのみ。アァ~

Img485青海川・鯨波
一体一日に何本EF58が撮れたのでしょうか。それにしてももったいない撮り方をしています。

 

この夏、再訪した鯨波の風景は極端には変わっていませんでした。しかし36年の歳月はあまりにも長すぎました。それぞれ特徴のあった車両たちはほとんどが鬼籍入りしてしまいました。(検査掛)















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299.1980年夏 信州撮り鉄行脚 【信濃追分周辺・横軽】 1980/8/25

 先週の3連休、久しぶりの好天に恵まれ、メンバーの皆様方もしっかりと成果あげられたようで、ご報告を興味深く拝見しました。13日は高山本線でオレンジツートン3両運転、14日は紀勢本線にトワイライト編成入線など格好のネタが目白押しだったのにもかかわらず、想定外の家族運用が発生、3連休中の鉄活動は絶望となってしまいました。ということで、今回は過去ネタの続きをアップしたいと思います。直江津から乗った「妙高8号」を未明の軽井沢で降り、夜が明けるのを待ちました。駅前にレンタサイクル屋があったので、開店と同時に自転車を借り出し、とりあえず信濃追分方面に向かいました。
 

1280825 適当なポイントを見つけ、来る列車を撮影しました。この頃は169系の急行列車も元気な時代でした。
【1980.8.25 信濃追分~御代田】(電車運転士)

2280825_2 少し立ち位置を変えて189系の「あさま」を撮りました。当然のことながら100%国鉄色、当時は珍しくも何ともない光景でした。国鉄色の動向に一喜一憂する今を想うと隔世の感があります。
【1980.8.25 信濃追分~御代田】(電車運転士)

3280825_2 付近は高原野菜の産地、一面にレタス畑が広がっていました。
【1980.8.25 信濃追分~御代田】(電車運転士)

4280825 当時は1往復ながら信越本線にもEF62牽引の客車列車が残っていました。浅間山バックを期待しましたが、浅間山は残念ながら夏雲の中、仕方がないので、レタス畑メインのアングルに切り替えました。
【1980.8.25 信濃追分~御代田】(電車運転士)

5280825_2 信濃追分付近での撮影を切り上げた後はこの日のメインディッシュとしていた横軽に向かいました。自転車で碓氷峠の下り坂を快適に走り、熊ノ平に到着、定点撮影気味になりましたが、峠を行き交う列車の撮影を続けました。客車列車と同様、横軽を越える貨物列車も残っており、EF63とEF62の3重連も普通に見られました。
【1980.8.25 熊ノ平】(電車運転士)

6280825_3 晩年は立ち入り禁止になってしまいましたが、当時は自由に訪れることができました。信号場としての役目は終わっていましたが、その名残を感じることはできました。
【1980.8.25 熊ノ平】(電車運転士)

7280825_2 夏休み期間中は軽井沢発着の臨時急行が12系客車で運転されており、3重連となる列車が余分に撮れるという美味しいオマケがありました。先頭はラストナンバーの25号機で、ブロック式のナンバープレートが特徴でした。
【1980.8.25 熊ノ平】(電車運転士)

8280825 熊ノ平での撮影を終え、碓氷峠を軽井沢まで戻りました。行は下り坂でスイスイでしたが、帰りは当然、上り急こう配の連続となり、地獄の自転車漕ぎが立ちはだかっていました。何とかそれをクリアして線路端にポジション取りをしました。「あさま」をエスコートしたEF63が横川に向かって峠を下って行きます。
【1980.8.25 熊ノ平~軽井沢】(電車運転士)

9280825_2 上下線が別れるあたりに移動するとアングル的にはちょっと苦しいですが、下り列車も撮ることができました。ボンネットの「白山」が急こう配を登り切ってきました。
【1980.8.25 熊ノ平~軽井沢】(電車運転士)

10280825_2 たむろするEF63を撮るために軽井沢に戻ると運よくEF63のトップナンバーが次の仕事に備えてスタンバイ中でした。先行試作車ということもあり、スカートの形状が2号機以降と異なっていました。
【1980.8.25 軽井沢】(電車運転士)

11280825_2 夕方になって、3重連となる上りの客車列車を撮るため、再び構内外れの線路端に陣取りました。8月とはいえ、標高の高い軽井沢、気温が下がって肌寒さが感じられるとともに名物の霧が出始め、視界が悪くなってしまいました。
【1980.8.25 熊ノ平~軽井沢】(電車運転士)

12280825_2 夜の帳が落ち始める頃、軽井沢の待機線にEF63とEF62が仲良く肩を並べていました。こうして見るとEF63はEF62よりも一回り大きく、EF62が小さく見えました。長野新幹線開業により横軽が廃止されたのが1997年、ついこの間のことのように思っていましたが、すでに17年の月日が経過してしまいました。この当時はまさかこの区間が廃止されるなんて夢にも思いませんでした。
【1980.8.25 軽井沢】(電車運転士)

●次の目的地 小海線

●移動行程 軽井沢→小諸ステーションホテル→小海線

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2014年9月19日 (金)

「なつかしの尾小屋鉄道を守る会」に感謝をこめて

9月14日、駅長様を誘って粟津のいしかわ子ども交流センター小松館内にある「なかよし鉄道」を訪問しました。
タイトルの「なつかしの尾小屋鉄道を守る会」(以下「守る会」)が、同会で尾小屋に保存している、かつて遠州鉄道奥山線のキハ1803を、奥山線当時のマルーンに塗り直して「なかよし鉄道」で走らせる、という一大イベントに参加するためです。骨董品の気動車を動態で保存するのみならず、せっかくだから473m走らせよう、という実にスゴい人々です。

尾小屋鉄道の現役時代、全くナローに興味がなく、そういった意味では縁もゆかりもない私ですが、一昨年の頸城、木曽森林そして昨年の林鉄サミットと保存鉄道を訪れて、そのパワーに魅せられてしまいました。そして、DENTETSUCLUBをチェックするようになり、今回のイベントを知りました。

これは行かねばなるまい!と、8月24日に計画したのですが、如何せん土地不案内であり、駅長様に同行願おうと電話したところ、「今、ザルツブルグの食堂車の中」とのことで、天気も今一つだったこともあり、直前に断念、その後9月14日ならOKとの連絡を駅長様からもらい、なんとか最終日、訪れることができました。

幸い久々に天気にも恵まれたため、行きがけの駄賃で上り「トワイライトエクスプレス」を牛ノ谷と南条カーブで欲張ったため、通常運転の午前便(11:30)に間に合うか微妙なところでしたが、駅長様の念力か滑り込みセーフとなりました。

以下時系列でご紹介したいと思います。

113311:33 鬱蒼と茂った木々の中を今回のメイン、キハ1803先頭の3両編成が「なかよしの森」に向かいます。キハ+ホハフ+キハの編成は初めてだそうです。

113611:36 折返しキハ1先頭で戻ります。一瞬、妻面全体に陽が当たってくれました。

115711:57 午前の運転後、次の運転、13:00発まで「児童会館前」で佇むキハ1803。木洩れ日がマルーンの車体を照らします。

121912:19 13:00発に乗るために親子が駅に申し込みに来ました。

125612:56 発車5分前、乗車がはじまりました。

13113:01 午後一番の列車が「児童館前駅」を発車しました。発車後の一瞬、正面にきれいに陽が当たってくれました。この列車はキハ1803の単行です。

13513:04 「なかよしの森」から「児童館前駅」へ戻るカーブ、踏切のところだけ森が途切れます。キハ1803のマルーンの車体が輝きました。

132913:29 当日NHKの取材があり、臨時列車が走りました。どうやって撮ろうかと思いましたが、木々の陰が地面にきれいに映っていたので強調してみました。

134413:44 次の運転時刻まで「児童館前駅」で静かに時間が流れていました。

135913:59 乗客が増えたため、14:00発の列車は再び増結されました。

14714:07 特等席、姉弟?が楽しそう!

147_214:07 キハ1803の側窓は2か所しか開かないようでした。かわいいオツムがふたつ、こちらを見てくれました。

142114:21 最後の15:30の列車までしばらく間が開くため、3両編成で「なかよしの森」まで回送してくれて、撮影会になりました。

145214:52 なんて読むのでしょう?「ひきばの」?2両を切り離してくれました。 ちょっとムリをお願いして側窓を全て閉めて頂きました。

145514:55  キハ1+ホハフ8は先に「児童館前駅」に帰って行きました。

151215:12 今日は走る姿を見ることはできなかったDC121とホハフ3。またいつか走る姿を見に来ましょう。

151815:18 キハ1803の最終運転の前に「児童館前駅」で守る会の方々によるセレモニーが催されました。会長の坂井さん(中央右)が挨拶をされ、鵜藤さん(中央左)による尾小屋鉄道万歳三唱が唱えられました。私も唱和しながら「守る会万歳」と唱えさせて頂きました。

153615:38 満員の最終列車、「なかよしの森」発車前に坂井さんから乗客に挨拶があり、車内でも万歳三唱がありました。小さい子どもたちも一緒に手を挙げてくれました。

 

秋の一日、本当に楽しく過ごさせて頂きました。
「なつかしの尾小屋鉄道を守る会」の皆様、本当にありがとうございました。またいつかお会いできる日を楽しみにしております。

 

駅長様ご同行ありがとうございました。(検査掛)


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独立問題に揺れたスコットランドの鉄道

 世界中の耳目を集めたスコットランド独立を問う住民投票は、「No」の判断が示された。ご存じのように、英国とひと言にいっても、正式の国名はグレートブリテン及び北アイルランド連合王国であり、グレートブリテンはイングランド、ウェールズ、そしてスコットランドの3つの地域(国?)からなる。これらの地域は、民族的にも、歴史的にも異なっているが、ウェールズとスコットランドはイングランドに従属させられた、という不満が長年、続いていたようだ。

 16世紀おわりにイングランド女王エリザベス1世とスコットランド女王メアリー・スチュアートがイングランドの王位継承権で争い、死刑にされたメアリー・スチュアートの子供のジェームス1世がイングランドとスコットランドの王になることで、17世紀初めに現在のグレートブリテンの元が造られるのだけれど、このあたりのイギリス史は何度読んでもさっぱりわからない。

 まあ、そんな堅苦しいことは抜きにして、衆目を集めたスコットランドの鉄道である。

Royal
 スコットランドをめぐる豪華列車「The Royal Scotsman」。「誇りあるスコットランド人」とでも訳せば良いのだろうか。住民投票の結果が「YES」となっていたら、この列車にスコットランドの旗をたてて、スコットランド中を走り回ったかもしれない。

Royal_2

 それにしても、この列車。色といい、形といい、どこかの列車によく似ていると思いませんか?  

 それはさておき、イギリスの名列車、といえば、ロンドンとエジンバラの間を結んだ「フライング・スコッツマン」を思い出す方も多いだろう。ヨークやニューカッスルを結ぶ東海岸線は、イギリス国鉄の分割民営化によりEast Coastが運営しているけれど、その中にはズバリ、「フライング・スコッツマン」と名付けられた車輌がある。昔はロンドン・キングスクロスを10時に発車する列車に、「フライング・スコッツマン」の名前がつけられていたけれど、撮影した時間から見る限り、その列車への限定使用ではないようだ。

Photo_2

 エジンバラには、この5月に新しくLRTが開業している。都心と空港を結んでいるが、バスが多すぎて(イギリスはバス王国である)大渋滞のプリンセス通りに路線を敷いている。エジンバラでもっとも賑やかな通りであり、よくもこんな所に路線を敷いたものと感心させられる。

1
 例によって、雨である。エジンバラ城とのコラボという、もっともエジンバラらしい風景であるが・・・もっとも、このアングル、晴れたら逆光ではある

Photo_4
 バスは、これぐらい団子になってきます。(^_^;) まさにバス渋滞。

 さて、スコットランド最大の鉄道の見所、というと個人的にはコレでないかと思う。

Photo_5
 エジンバラの北、フォース湾に架かるフォース橋である。

 鉄の時代である1890年に造られ、鋼鉄で造られた世界最大?の鉄道橋で、長さは2500m、海面からの高さは46mもある。鋼鉄の恐竜という例えが似つかわしい。一応、車輌が写っているけれど、どこに写っているかおわかりかな?

Photo_6
 横から見ると、こんな感じで高さがわかる。スコットランド有数の観光地らしく、観光バスが集まってきており、橋のたもとから出る観光船もある。しかし、「地球の迷い方」誌には紹介されていない。

 このフォース橋、以前にもこのブログに書いたが、一度、この目で見ることが夢であった。しかし、実際に見てみると、あまり大きい、という感じを受けなかった。要するに大きすぎて、比較すべき対象がないので、大きさを感じられないのである。

 フォース橋は南側のエジンバラ側から見るのが一般的であるが、橋を列車で渡りたく、北側にも行ってみた。

Photo_7
 北側は、ごく普通の住宅地。ちょっと電線が煩いけれど、こちら側からのアングルは珍しいと思う。と、いうのは、このアングルの場所の木をちょうど切り倒していて、見通しが良くなった直後だったからだ。(駅長)

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2014年9月17日 (水)

鉄道の歴史のお勉強・・その1・・なのかな

 今回は、ちょっと真面目に鉄道の歴史のお勉強である。お勉強、という言葉を聞くだけで拒否反応をおこす方もいるかもしれないが、まあ、鉄道の話なのでご了解いただきたい。

 鉄道の歴史が産業革命をおこしたイギリスに始まることはご存じだろうと思うけれど、そのきっかけとなったのが蒸気機関の発明であり、それを交通機関に活用することにあった。

Photo
 まあ、こんな車輌はずーっと後なのだろうけれど、イギリスでは、こんな蒸気機関で動く蒸気自動車が町中を走ったのだろう。

 蒸気機関を鉄道に転用したのはリチャード・トレビシックで1804年にイギリスの炭鉱で蒸気機関車を運行したと伝えられる。しかし、軌道の状態が悪くて、数ヶ月で運行できなくなったらしい。

 蒸気機関車の運行、というとG.スチーブンソンが1825年にイギリスのストックトン~ダーリントン間で運行を開始したロコモーション号が頭に浮かぶ方が多いだろうが、それは旅客を運ぶ鉄道の話。それ以前に炭鉱では、さまざまな蒸気機関車が使われていたらしい。

Photo_2
 これは1815年製、というからロコモーション号の10年前に製造されたエレファント号。現在も、イギリスの博物館で動いているが、これは新たに製造されたレプリカである。

 ロコモーション号は、世界デザイン博覧会の名古屋港会場でレプリカが運行されたので、ご覧になった方もいるかもしれない。このエレファント号も仕組みはほとんど同じようだ。 

 1829年、リバプール&マンチェスター鉄道の開業を控え、蒸気機関車の性能対決というべきレインヒルの戦いが行われる。この戦いに勝って、蒸気機関車の交通機関としての位置を明確にしたのがジョージと息子のロバート・スチーブンソンが製造したロケット号である。

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 鉄道による人や貨物の輸送が実用化されると、次にそれを都市内の交通で使用しようとする考えが生まれる。まずは、馬で客車を牽く馬車鉄道が1835年にアメリカのニューヨークとニューオリンズで運行を始める。

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 しかし、馬車鉄道には、馬の糞や疫病など、さまざまな問題が生じた。そこで、より頑丈な蒸気機関車に客車を引っ張らせようということになる。

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 しかし、通常の機関車の外観のままでは無骨であり、都市の美観にそぐわない。そこで、機関車も客車と同じ箱形にしたスチームトラムが生まれた。

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 ン?この写真、前に見たことがある?いや、バックをよく見て欲しい。(^_^;)

 それはさておき、ここは雰囲気が良いのでもう2カット。

Photo_2
Photo_3
 しかし、小さいとはいえ蒸気機関車。軌道の負担は大きい。結局、軌道が蒸気機関車の重量に耐えられなくなって、スチームトラムの寿命は短かった。

 この後、都市の軌道系交通機関として登場するのがケーブルカーであり、1881年になると路面電車が実用化されることになる。

 とりあえず、今回はここまで・・・・続きはいずれ・・・できるかな?

 念のため、補足しますが、今回の写真説明は撮影した写真を説明するため記しただけなので、正確でない部分があるかもしれませんが、ご了解の程を。また、これら写真は特定の意図があって撮影をしたのではなく、たまたま撮った写真を整理していたら、鉄道の歴史が書けてしまった、というだけですのであまり深く考えないようにね。(^_^;)

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2014年9月13日 (土)

高山線80周年ツートン祭り開幕!

勝手に「高山線ツートン祭り」と名付けていますが、何を意味するのかはおおよそ察しが付くことと思います。

9月13日、JR東海からの告知どおり旧国鉄色風車両による「さわやかウォーキング」号がHMを掲出して高山線で運転されました。今シーズン内に述べ8回も運転されるのでこれから何度でも撮影チャンスは訪れるのに、せっかくの天候良好な日に撮影しておきたいのと、8月の天候不順によるストレスを一気に発散できる絶好のチャンスと目論みまして、早朝から高山線目指していざ出撃~。

1 岐阜発「さわやか~」号の前運用となる下麻生始発4704Dへの送り込み回4707Dから狙おうと、お気に入りのポイントである古井~中川辺に陣取りました。定刻になり、古井のトンネルから朝日を受けてツートン3連が姿を現しました。HMは既に掲出されていますが、当然幕は【回送】表示。その点はとりあえずこだわらないことにしましょう。
日の出から約1時間が経過しているので車体には周囲の影が幸いにも映りませんでしたが、次回の運転日10月12日の頃は微妙なところです。

2 約30分後、少し移動して岐阜へ向かう4704Dを狙いました。残念ながら太陽は雲に覆われてしまいました。次回の運転時に再履修してみようかと思うものの、それほど感動的ではない場所なので悩むところです。

3 今回は回送区間を含めて飛騨萩原までの運転なので、そのチャンスを活かそうと一気に下呂まで向かい、有名撮影地でいざ本番。やや薄い雲がかぶさってほんの僅か露出が不足気味でしたが、ツートンカラーがそれを補ってくれました。現地周辺はざっと15名前後で、激パというほどではありません。運転区間が長いため撮影者が分散したのか、運転日が多いためにそれほど集中しなかったのか、ちょっと意外な感を受けました。

4 下呂での長時間停車のうちに先回りして、第七飛騨川橋梁を眺める場所に三脚を立てました。逆光気味になりかけの光線状態でギリギリ陽が車体に当たった割には、ツートンカラーのおかげで存在感を示してくれました。

5 1時間強もすればターゲットは飛騨萩原から戻って来るので、無難な場所を選択しようと今度は順光となる対岸でスタンバイしました。こちら側には橋上に保線作業員用の退避場所が設けられてあり、シャッターチャンスが限られます。画像を見るとそれほど気にならない結果となったので許容範囲と判断。

6 上り「さわやか~」号は、お手軽な下原ダムにてサイドアングルを選択しました。待っている間は曇ったり晴れたりの空模様。結果はご覧のとおりとなりまして・・・。

7 曇られたタイミングにどうも納得がいかないので、もう一度晴れ間の撮影に挑戦したくなり、飛騨金山停車中に追い抜いて、雲が浮いていないエリアを探しながら移動していたら、鷲原信号所付近まで南下していました。空を見上げると幸い雲も少なめなので、「えいやっ」と信号所を俯瞰するポイントでHMが強調できるアングルでターゲットを撮影。見事リベンジを果たしました。
雑感:【臨時】幕表示のほうが、やっぱりイイですね。

8 上り列車はところどころで運転停車を繰り返しながら美濃太田に向かうので、願わくば追いついてもう1カット、などと思いながら車の流れに乗って下麻生まで来たら、ぎりぎりで追いつきました。裏道に入り下麻生の先にある定番撮影地まで駆けつけようとしたら、途中で道路工事による通行止めに遭い、迷っているうちに踏切が鳴り出しました。辛うじて見つけた稲穂をアングルに入れて後追い撮影となりましたが、半逆光の効果が少しは現れたでしょうか?と無理やりな言い訳・・・お粗末様でした。

9 夕日が綺麗だったので、美濃太田付近で印象的な車庫入区のシーンを撮れないものかと駅東に架かる人道橋で待つことしばし。定期列車の4両(おそらく4718D)を後部に連結しての堂々7両で、17:35に夕日を受けながら一日の務めを終えて帰区しました。

10 美濃太田区の留置線にはなぜかポツンとキハ11が、さらにやや離れた位置にももう1両が留置されていました。まさか廃車、休車扱いというわけではないでしょうが、そろそろこちらの車両のコトもお忘れなく。

下原ダムでご一緒しましたN様、お疲れ様でした。おかげで思っていたよりも多くのシーンを撮ることが出来ました。御礼申し上げます。(出札掛)

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36年前の鯨波に走っていたものは(その1)

前回、ガッカリの鯨波をご覧頂きましたが、ここへ行ったのは初めてではなく、36年前、1978年4月(22、23日)に行っています。主たるターゲットは115系置換えが始まった新潟色(赤と黄)の70系だったのですが、このときの機材は、アサヒペンタックスSP1台で、出初めたばかりのネガカラーASA400(しかもフジ)を使っており、その出来が実にガッカリで今となっては後悔しきりなのです。しかし、その頃学生の私には新潟往復はかなりの負担だったので、リベンジもままならず、36年経ってしまいました。

当時は上野から長岡まで、普通の夜行(電車)が走っており、これを利用したことは間違いないのですが、その後の行動はネガの順番から予測するしかありません。おそらく、東三条(駅)→東光寺→長岡運転所→長岡(駅)→見附→?(泊)→鯨波→?という順路だったようです。

Img440東三条
メモがないので列車番号すら不明ですが、この編成が来ることがわかっていたものと思います。基本6両+付属4両+クモユ141の11両編成です。実に壮観な編成ですが、駅撮りしかしていないところを見ると夜行から乗り継いでも途中駅へは行けなかったのかも。70系だけでは編成を組めなかったのか、80系のサハ85やクハ68なども編成に組込まれていました。
Img443東三条
クハ76のトップナンバーが来ることがわかっていたのか、一旦ホームを降りたようです。そこへ下りの「とき」が到着、発車直前に70系を退避させた「北越」が通過していきました。

この後、東光寺へ行きましたが、肝心の70系は1本だけ、その他の列車も出来が悪くて・・・。

Img609_2東光寺・三条
下りの気動車急行を後追いで撮っていました。(サボ受けに標板が入っています)調べてみましたが飯山線十日町からの「うおの」ではないかと思われます。それにしても非冷房はわかりますが5両中3両が55系とは・・・。

Img351長岡運転所
形式写真を撮るために昼には長岡に向かったようです。この頃はどこの車両基地も気軽に入れて頂けました。70系置換え用の115系も既に何編成か回着していました。
Img610長岡
新幹線工事の真最中でした。上野行き「とき」が発車していき、70系のローカルが新潟に向かいます。
Img612長岡
最後尾は32系クハ47改造のクハ68210でした。中線にEF81の貨物が入ってきましたが、全くの無視でしたね。(時計は14:40頃を示しています。)
Img361東光寺・三条(だと思います?)
このときは、せっかくの181系「とき」をこんな風にしか撮っていません。既に183系も投入されていましたが、「北越」同様モロのユニット(編成中央に組み替えられていますが)、サシも組込まれておりきれいな編成でした。
Img463見附・帯織
田圃が一面に広がる米どころ新潟の景色です。一部には水が張られ水鏡も撮れそうですが、全く考えていません。この塗色が70系に似合うかは意見の分かれるところだと思いますが、映える色には間違いないと思います。
Img465見附・帯織
同じ位置から下り列車を狙うとこのような景色になります。バックは見附の街です。両端がクハ76で70系のみの編成はそう多くはなかったと思います。最後尾は長岡所70系唯一の全金属車クハ76303です。
Img468_2見附・帯織
こちらはまもなく廃止される「北越」です。サロ、サシ組込みの12連で貧乏学生には憧れの特急でした。このあとモノクロに差し替えたようです。

翌日はいきなり鯨波から始まっていますが、もう一度頭を整理して次回に回すことにします。(ちっとも鯨波出てこないじゃん(^-^; 検査掛)










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2014年9月 8日 (月)

黒ホキ・白ホキ

 雨のよく降る今年の8月でした。9月になればもういい加減よくなるだろうとの期待は外れて相変わらずどんよりした朝が続いています。情報通の方から運転のあることを知り、自分にとっては最後の機会になるだろうからと小雨決行のつもりでいました。日曜日、朝起きるとやっぱりあやしい空模様で、傘を確認して出かけました。
 背後の山にはガスがかかっていますが幸い降られることはなく、露出の厳しい中を走り抜けていきました。こんな天候なのに、そこそこの人出がありました。

D90040907


 折返し便はパスし、帰宅途中に武豊線へ寄り道です。雲は多いもののだんだん晴れ間がのぞいてきて、良いタイミングで通過していきました。一部の田圃はもう稲刈りがなされていました。

D55700907


  消化不良だった夏の分も挽回できるようなさわやかな秋であってほしいものです。(資材担当)

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2014年9月 7日 (日)

298.久々のまとも鉄 【長良川清流鉄】 2014/9/6

 不順な天候は回復の兆しが見えないままに9月に入ってしまいました。7月20日の「サロンカーなにわ」以来、まともな鉄活動ができないままに時間だけが過ぎて行きました。そんな中、天気予報をチェックすると9月6日は朝からsunマーク、家族運用も設定されていなかったため、久しぶりにまとも鉄に出掛けることにしました。ただ、三重県など南方面は前線の影響でcloudがちの予報、北へ行けば行くほど条件はよさそうだったので、とりあえず長良川鉄道を目的地としました。

_dsc09982 この時期の長良川は鮎釣りのシーズンであちこちに太公望の姿を見ることができます。これをメインに長良川鉄道を訪れましたが、その前にカヌーとラフティングとのコラボを狙うべく、このポイントに陣取りました。ここの流れははカヌーの練習に適しているようで、夏にはカヌーの愛好家の姿を見ることができます。この日は残念ながらラフティング軍団の姿を見ることはできませんでしたが、カヌーは絶妙のタイミングでファインダーの中に入ってくれましたscissors。神様とカヌーを操っているお姉様に感謝です。
【2014.9.6 赤池~深戸】(電車運転士)

_dsc10112 目的の鮎釣り風景を撮るため、いつものポイントに移動しました。程なくして上り列車が来ました。ここは午前の早い時間は側面に陽が当たらないので、昼前以降に訪れることをお勧めします。
【2014.9.6 自然園前~山田】(電車運転士)

_dsc10242 郡上八幡で交換する上り列車はあまり時間がないこともあって反対側を向いた位置にポジション取りをしました。久しぶりの土日の晴れ間とあって結構な人出でした。
【2014.9.6 自然園前~山田】(電車運転士)

_dsc10362 ポイントの新規開拓と思い、万場の鉄橋を覗いてみました。いい位置に釣り人がいなかったため、下流の道路橋から狙ってみましたが、遠景になってしまったのは想定外でしたcrying
【2014.9.6 郡上大和~万場】(電車運転士)

_dsc10462_2 続いて新規開拓第2弾ということで、車を走らせていたら川幅の広い場所にたくさんの釣り人の姿が見えたため、何とかまとめられないものかとあれこれアングルを試してみました。釣り人がバランスのいい位置に立っていてくれたので、うまくまとめることができました。
【2014.9.6 自然園前~山田】(電車運転士)

_dsc10572 ここもいつも訪れるポイントです。高速道路ができる前はアングルにもっと自由度がありましたが、今は昔に比べてかなり制約を受けるようになってしまいました。
【2014.9.6 深戸~相生】(電車運転士)

_dsc10632_3 新規開拓第3弾となったポイントです。郡上八幡の市街地に近いということで、今までは敬遠してきたポイントですが、今回初めて立ち寄ったところ、思ったよりも使える感じだったので、いい方の想定外となりました。
【2014.9.6 郡上八幡~自然園前】(電車運転士)

_dsc10842 鮎釣りの釣り人ばかりではワンパターンになってしまうと思い、収穫間近の黄金色の田んぼを探して見つけたのがここです。隣の田んぼではすでに稲刈りが行われており、間に合ってよかったって感じです。せっかくのいい雰囲気でしたが、雲が広がってしまい、ベストの条件で撮れなかったのが心残りですsad
【2014.9.6 深戸~相生】(電車運転士)

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2014年9月 6日 (土)

「えっ、もうそんなに経つの?」

北勢線開業100周年、名鉄創業120周年、東海道新幹線開業50周年、高山線全通80周年 etc・・・、東海地方の鉄道だけでも今年は○○周年の当たり年のようで、各種イベントが目白押しです。
ある日、鉄道年表を眺めていたら「1984年10月6日・樽見鉄道開業」の文字が目に入りました。ということは樽見鉄道も○○周年の仲間入りをして、今年で開業30周年を迎えるのですが、3セク化されてからそれほどの年月が経過したことなど、まったく感じられません。そう思うのは私だけでしょうか?

ワタクシ、当時は大学生エンジョイ真っ只中。いつでも自由な身分であるのをいいことに、国鉄から第三セクターへの転換という歴史的瞬間をこの目で確かめたく、わざわざ樽見線沿線まで繰り出しました。もちろん授業そっちのけで。
 

2930d 国鉄樽見線最終日の10月5日(金)、さよなら列車に仕立てられた930Dを本巣北方で撮影しました。通常2両編成が4両に増結され、側面装飾も施されています。

8572 一日駅長などのイベントが催される美濃本巣駅では、貨物列車の発車前にささやかなセレモニーが行われました。

11 夜になって、大垣駅ホームで催された国鉄樽見線さよなら式典。乗客、見物客などでホームはごった返しています。

943d 式典後、さよなら列車943Dを「ミス十万石(だったっけ?)」と一緒に見送りました。

1055 最終列車947Dは美濃本巣止まりとなり、以遠はバス代行となりました。画像は、祝賀飾りで華やかに施された美濃本巣駅前を発車する代行バス。
そういえば、このバスに乗車していた大学サークルの後輩クンがおりまして、おいおい、帰り道の足は確保しておいたのか??と後日尋ねたら、徒歩で本巣まで戻って来たらしい!?

8410619 翌、樽見鉄道の初日も大垣駅を訪れました。レースバスのハイモ180、懐かしいですね。

106 祝賀式典が終了して一段落した樽見鉄道専用ホームに入り、記念撮影。

101 ここで別画像、5日前にさかのぼって10月1日(月)、東海道新幹線では、まさに開業した記念すべき日に20周年記念列車が運転されました。樽見鉄道開業とは僅か6日間の差なのに、なぜかこちらのほうがはるか昔に催された出来事のように感じられるのですが、やっぱりヘンな錯覚ですかねぇ?

いずれにせよ、あれから30年が経ちましたが、同時に自分もそんなに歳をとったのかという自覚症状まるでなく、ある意味危険かもしれません?(出札掛)

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2014年9月 2日 (火)

2014年8月の成果・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

8月が終わりました。
暑い中、天候不順にもかかわらず、メンバーの皆さんそれぞれご活躍のようですが、私はというと散々な8月でした。撮影に出たのはわずか3日で、それも決して天気は良くありませんでした。

ということで、すっかり時季外れとなりましたが、唯一撮影に行ったなぁ、と実感した8月12日のご報告をしたいと思います。
行った先はまもなく大きく変貌することになると思われた信越本線 青海川・鯨波間です。
事前の天気予報では、12日は長野は一日☂、日本海側は☁一時☀ということで決行したのですが・・・。

Dsc_08274061レ EF510-506
いうまでもなく、トワイライトエクスプレスを狙うべく、長野のベースキャンプを未明に出発、高速で行くと1時間程度で付いてしまうので途中から国道8号に降りて、現地に5:30頃到着、天気は薄曇り、既に同業者数名がお立ち台に陣取っており、私も加わりました。が、しかし、しかし定刻を過ぎても来る気配がありません。そうこうしているうち、下りの貨物がやってきました。牽引機は初見参のEF510-500番台でした。
同業者のひとりがスマホで検索して、台風11号の影響で全区間ウヤと教えてくれました。(´・ω・`)ショボーン
Dsc_08294075レ
お盆前ですが、コンテナ貨物はほぼ運転されていました。4061レの7分後に通過していきました。ベイシックなEF510もまともに撮るのは今回が初めてなので、これはこれで良しとしましょう。
Dsc_08321325M
下り一番列車が通過していきました。115系の3連には2パターンの塗色がありますが、こちらは非リニューアル車色です。
Dsc_08363371M「くびき野1号」
本日唯一の救いとなった国鉄色のK2編成が来ました。
Dsc_08491052M「北越2号」
たしかに一時的には太陽が覗きますが、厚い雲のせいで海の色が出ません。
羽越スジの「いなほ」が既にE653系に置換えが完了した直後で、3371M以外の485系使用列車はこのR編成ばかりでした。(´Д⊂グスン 辛うじて「北越」の表示が読み取れます。
Dsc_08531331M
このスジは二本木始発なので6連で来ることがわかっていましたが、リニューアル色のWでした。
Dsc_08621333M
もう一本の6連でようやく混色が来ましたが、結局湘南色も、3本いるはずの長野からの転属組も見ることはできませんでした。
雨も降ってきてすっかり気が萎えてしまいこれで撤収することにしました。
Dsc_0876犀潟・くびき 1008M「はくたか8号」
雨の勢いはますます強くなってきましたが、こちらこそ激変が予想されるので帰りがけの駄賃に寄りました。上り下りの「はくたか」を1本ずつ撮りましたが、いずれもJR車+北越急行車の組合わせでした。ここも今となっては同じような外観の車両しか来ませんが、天気のいい日にリベンジしたいです。(百間町の公開日に合わせるといいかも)

信越国境を越えるあたりで雨が止みましたので、少し長野地区の車両も撮っていくことにしました。
Dsc_0002二本木・新井 3323M「妙高3号」
せっかくなので、今まで撮ったことのない場所を探しましたが、時間切れとなり、どうせ曇っているので北側から狙ってみました。二本木から峠を越えて新井の市街に入っていくあたりです。国鉄色は2本とも中央線の応援に行ってしまっているので当然「あさま」色しか来ません。
Dsc_0012二本木・新井 349M
次のローカルがN9編成なので待って撮りました。
Dsc_0017二本木・新井 3326M「妙高6号」
3323Mが直江津で折り返してくるまで同じ場所にいました。上の場所を振り返ったアングルです。
Dsc_0021古間・黒姫 352M
最後はド定番のお立ち台で雲の中の黒姫山をバックにN9編成の折返しを撮って終了です。

天気も悪く、トワイライトもウヤ、新潟の485系もT編成は来ず、115系のバリエーションも2色のみと、全くの消化不良状態のこの日が、今年の8月の成果?でした。絶体リベンジ!(検査掛)
































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続・続 103形リベンジ

 もう数ヶ月前になるけれど、「続103形リベンジ」と名付けた記事中で、オーバーベーゼルでライン川をバックに撮影した103形牽引のIC(インターシティ)を決定版と記したけれど、ある方から「決定版と言うには側面が陰っているのが難点」というご指摘をいただいてしまった。

 これは手厳しいご指摘であった。すなわち、ここのポイントである中世の塔を入れた構図で撮影するにあたり、本来は順光側で撮りたかったが、ざっと見て立てそうな足場が見つからなかったのと、荷物を持って移動していたため、妥協してライン川をバックにする構図を選んでしまったのである。しかも、当日、この撮影地でバッタリ会った友人から、順光側に足場があり、そこで撮ったという写真を送ってもらったのである。

 言い訳のようになるが、その時、見た感じでは、この区間は築堤で、足場になるような場所はなかったはずである。しかし、実際に同じ日に写した写真がある。それは、どんな場所なのか。一度、気にしだすと、いつまでも気になってしまう。

 これを解決するには、やはり現地を見るしかない。さらに6月からの夏ダイヤで103形の運転が継続されたことが確認された。これは行きたい。しかし、夏の航空券は高い・・・・・

 そうだ!マイルがある。こうした時にこそ、マイルを使えば良いのだ・・・・・なんか、どこかで書いたような気もするが(^^;)・・・・・と、いうことで、マイルを航空券に換えて、ドイツに向かったのである。

 今回は、名古屋発のルフトハンザを使った。青い日系航空会社に比べて、やや早くフランクフルトに着く。少し早着してくれれば、フランクフルト空港駅からオーバーベーゼルに停まる快速に間に合う・・・・・と、ちょっと期待していたが、残念ながら?定時到着。15分差で間に合わなかった。

 では、どうするか。高速新線経由のICEに乗ってケルンに先回りするか、あるいは30分前に同じ路線を走るICに乗って、どこかで普通に乗り継いで、駅の端で撮影するか。迷った結果、車上から場所のロケハンが可能なライン川沿いの旧線を走るICに乗って、沿線のどこかで撮ることにした。

 この列車は、オーバーベーゼルを通る。車上から撮影場所を探すと、ある程度、様子がわかった。コブレンツで普通に接続していたので、それに乗り換えて適当な駅で降りて撮影する。

103
 とりあえず、103形が動いていることが確認できた。残念ながら、列車が来たときには太陽は雲に隠れてしまったが・・・。

 もちろん、折角の訪欧なので、103形だけ追っかけるわけに行かない。オーバーベーゼルで103形を狙うのは、1週間後の日曜の予定である。それまではオーストリアのザルツブルグを中心に行動した。そこからミュンヘン系統の103形を撮影に向かう。ちと朝が早かったが・・・・

1031 

 残念ながら、直前に雨が降ってしまったが、前回、撮影できなかったミュンヘン駅手前の跨線橋の上から狙うことが出来た。欧州で俯瞰気味に撮れる場所は少ないので、こうしたアングルが可能な場所はおさえておきたい。

 その日の午後、シュツットガルトに寄って駅に向かうと、見慣れたオーストリアの客車が停まっている。まったく意識していなかったが、103形牽引の列車の時間に駅に来てしまったのだった。意識していなかったのは、この日は103形の運用日ではないからである。

 ところが、なんと先頭には103形がついてるではないか。運用が変わったのだろうか。となると、この列車は毎日103形で運行されているのかもしれない。

 そこで、ついフラフラと103形の列車に乗ってしまう。目的地に着くのは1時間ほど遅くなるが、これも一つの体験だ。と、いうわけでマンハイム~シュツットガルト間の高速新線を走る103形の走りを堪能する。製造初年は昭和40年と言うから、EF60 500と同じくらいの年になるけれど、いまだ最高時速200km/hで突っ走る。いやー、素晴らしいものです。

103_2
 と、いうことで降りたマンハイムで1枚撮影。ICE登場前は、ここで103形のICが並んだものだけれどねぇ。欧州に初めて来た頃を思い出してしまいました。

 皮肉なことに、こうした乗り鉄をする日こそ、天気が良いんですよねぇ。

 その数日後、いよいよ103形の撮影の日。前日のフランスが快晴だったので、期待していたのだが・・・・・カールスルーエのホテルで目覚めると、なんと雨(>_<)。まあ、とりあえず行ってみないとなんともいえないので、ライン川沿いの撮影ポイントに向かうことにする。幸いにも、現地が近づくと雨がやみ、雲が薄くなって、薄日もさしてきた。

 オーバーベーゼルでの撮影は、午後の列車で行うこととして、午前のシュツットガルト行きはその一つ手前のバッハラッパで撮ることにする。ここは中世の建物が線路脇に残り、ドイツの鉄道雑誌によく紹介されるポイントである。

103_3

 薄日が差した状態なので、くっきりと影は出ていないが、まずは満足の状態で103形を押さえることができた。これが103形の新たな決定版写真、かな。

 さて、帰りのミュンスター行きまで6時間ほどある。この日は日曜で、ここから列車で2時間ほどのダルムシュタットでイベント列車が運転されているので、時間つぶしにそれを撮影に行くことにする。

 その列車とは、こんな感じである。

Photo
 松山の坊ちゃん列車じゃないっすよ。本物の蒸機ですよ。

 なんで、こんなのが街中を走っているのか・・・・解説は次回に行うとして・・・・

 ところがここで大問題発生!なんと、天候が悪化して来たのである。とりあえず、普通列車に乗り換えのマインツ行きの列車に乗ったものの、これでは駄目と判断して、ダルムシュタットに戻り、街中をはしる蒸機を撮影することにした。

 このため、今回の渡欧の一番の目的であるオーバーベーゼルの撮影地確認は、出来ずに終わってしまった。車上からの確認と、同じような角度で撮影できるバッハラッパの様子からある程度は想像がついたことは確かであるが・・・・・その後、天気は回復してきたので、現地に行っていれば撮れたかもしれないけれど、こればかりは何とも言えない。それ以上に、また、宿題を残してしまったことは間違いない。やっぱり、無理しても行くべきだったかなぁ。

 もう、今年は陽が短くなるので、午後のオーバーベーゼルは陰ってしまうから、宿題の解答をだすのは来年の課題になってしまうなぁ。その時まで103形は残っているかしら・・・・。

 今回、不幸にも4回撮影して、全部太陽は雲の中。まあ、さほど影響はなかったとはいえ、それもちと残念。今度は、ぜひ、晴れたときに撮りたいけれど、さて、どうなるか。(駅長)

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