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2014年7月

2014年7月31日 (木)

「グランシャリオ」のデビュー

駅長様から「トワイライトエキスプレス」への熱い思い?がアップされました。お仕事のついで、ということですが、これだけ集中的にこの列車を狙わなければならない状況になってきたということでしょう。

さて、この「トワイライトエキスプレス」が誕生したのは1989年7月のこと、その10か月前、のちに「トワイライトエキスプレス」が豪華寝台列車として名を馳せるに至った一端をになうことになるダイニングカー「グランシャリオ」、スシ24形を使った臨時列車が運転されました。
まずはご覧いただきましょう。

Img2451988年9月18日 田村・長浜 9215レ
天気が悪く、撮影条件はかなり厳しかったです。
チンドコ、とまでは言えないまでも、サシ481改造のスシ24 3両を14系で挟み、最後部にはマイテ49を配する超豪華編成です。このときのスシ24はまだ青く塗られており、その時はまだ「トワイライトエキスプレス」への使用を考えていなかったのではないかと思われます。
この列車の運転目的は、関係者・報道向けの試食列車だったと思いますが、今でもよく運転される、京都→米原→敦賀→湖西線→京都という経路で運転されました。
Img7831988年9月18日 木ノ本・余呉 9225レ
長浜での長時間停車ののち、後部にもEF81を連結し、PP運転となりました。

この後、どのような経緯で「トワイライトエキスプレス」となったのか、それとも、もともと「トワイライトエキスプレス」に組込む予定で改造されたのなら、なぜブルーで出場したのか、そのあたりは全くわかりません。(検査掛)








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2014年7月30日 (水)

夏のイベント-敦賀機関区編-

7月ももう末、とはいえ暑さはこれからが本番ですね。
タイトルの件、今でもあちらこちらの鉄道会社では多く催されており、若い頃はそれなりに出かけました。1月に駅長様が季節全く無視(*^-^)のこの話題をアップされたとき、敦賀機関区の一般公開にちょっと違和感を感じたので、どうしてなのかと思っていましたが、やっと思い出しました。それは2年連続、ほぼ同じ時期に開催されたために、記憶がダブっていたためでした。


駅長様がアップされた1984年7月29日(私の記録では7月26日ですが)に研修庫の前に並べられたのは、敦賀機関区の所属車両で、お召し装備のEF70 36を中心とした、EF70 4両とEF81 1の5両でした。
Img643この時はまだ、EF70も一部現役で、旧型客車の先頭に立っていました。
Img507とはいうものの、機関区内の上り本線にもっとも近い線上にはご覧のように休車となったEF70が20両以上が留置されて実に壮観でした。このほかにも4両、5両と繋がれて機関区内に置かれていました。
Img497機関区の展示とは全く無関係ですが、前年10月のダイヤ改正で貨物列車への緩急車の連結が省略されたため、拠点駅にまとめて留置されていましたが、敦賀にはワフ29000のトップナンバーがいたので、思わずシャッターを切りました。

そして1年後の1985年7月25日、再び敦賀機関区を訪れました。

Img154_2この年は各地のお召し機をわざわざ運んで5両並べていました。自区からは昨年のEF70 36とEF81 120、そのほか長町区のED75 121、鹿児島区のED76 55、そしてなんと場違いな直流機、篠ノ井区のEF64 58でした。
Img147一方、自区の車両も検修庫の反対側に並べられました。こちら側は4両で、EF81 1、EF70 1、EF70 33、EF70 1001という顔ぶれでした。
Img148EF70は遡ること4か月前に引退していました。しかし、前年に見たEF70の休車の大重連はそのままでした。現役を退いて1年以上たったEF70はローズピンクになっていました。

当時はEF70からEF81の過渡期でしたが、あれから30年が経ち、そのEF81が北陸線から撤退しようとしていることを目の当たりにして、感慨ひとしおです。(検査掛)


















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今更のトワイライトEXP

 では、今回の目的?であるトワイライトの結果報告から。

 ご高承のように、トワイライトエキスプレスは来年春に消えることが予告されているけれど、個人的には、トワイライトエキスプレスには乗ったことがなく、また、たぶん廃止まで乗る機会は来ない(乗れない)だろうから、思い入れはまったくない。とはいえ、無くなると聞くと、ちょっと残念に思うし、北陸線は昔から時折撮っていたので、それぞれの撮影地に若干の思い入れがある。列車の好き嫌いはともかく、機関車牽引の客車列車がなくなるのは、ゆゆしき出来事である。ただでさえ撮るものがなくなったと嘆く中で、トワイライトが廃止になると、北陸線で撮りたい列車がまったくといって良いほど無くなってしまうことになる。

 そんなわけで、機会を選んで、トワイライトを撮ってみることにした。「今更」という気もしないでもないが、この機会をなくすと、永遠?に北陸線沿線でカメラを構えることもなくなりそうである。無くなるから撮るのを最近では「×式鉄」とかいうらしいけれど、今回は最後の撮影チャンスと割り切ることにした。今ならさほど撮影地も混んではいないだろう。おまけに8月20日までは上下列車が毎日運転されるので、効率も良い。そうした中、たまたま北陸で仕事があったので、それにひっかけてクルマで行って、トワイライトを撮ることにしたのである。

 まずは、先に「あと10秒!」でご紹介した東滑川~魚津間の地鉄をまたぐ築堤区間での上り列車。

Photo_6

 ここは本来は、地鉄の線路の向こう側で撮るのだろうけれど、ご覧のように草が多い。やむをえずのアングルである。

 この先、線路はほぼ東西に走っており、上り列車で光線状態が良くなるのは南北となる東富山の南側であるが、編成が入らないようなので、ここには行っていない。で、次なるポイントは、以前、電車運転士さんが紹介した呉羽山の西側での下り列車。

Photo_7
 完全逆光を予想したが、思ったよりもサイドからの光が当たって、どこも光線が悪い下り列車ではまずは満足のカットとなった。ただ、ここはやはり曇りの方が良いかもしれない。

 次は、日本海や能登の撮影地として賑わった西高岡。残念ながら、日本海運行時には行っていないので、今回が初めての撮影である。

Photo_8

まずは上り列車の定番アングル。正面には光が当たらないが、綺麗な編成写真が撮れる。

Photo_9
 区分された歩道がないのでちょっと危険だけれど(歩行不可ではないようだ)、陸橋上からも撮れる。この角度なら、二上山がバックに入る。

Photo_10
 陸橋の西側で下りを撮るとこんな感じ。ややきゅうくつであるが、撮れないわけではない。金沢から富山の間では下り列車でもっとも光線が良い(といっても正面には光は当たらない)のがこの場所だろうか。

 曇った日なら、倶利伽羅の西側の定番撮影地でも下り列車の撮影は可能である。

Photo_11

 ただ、峠の東側は、鉄ちゃん避け?の電気柵のようなものが設けられていて、良いアングルでの撮影(あるいは立ち入りも)はできなくなっているのでご注意を。

Photo_12
 帰りの名古屋へは、トワイライトを撮りながら戻ってきた。

Photo_13
 まずは、牛ノ谷の定番アングルで1枚。このアングルは駅から近く、昔から好きなのだけれど、ネットを探してもガイドに載っていない。なぜなんだろう。

Photo_14
 芦原温泉でサンダーバード待避があるので、その間に追い抜いて、南条のカーブで撮影。撮影後にここから高速に乗れば、もう一度、新疋田で撮れるのかな。

_mg_7838
 最後は、前々から一度行きたかった、南条の俯瞰。ここはすぐ横にクルマを停めて撮れる。ゲリラ雲が心配だったけれど、運良く、列車の所は晴れてくれた。この時期、この場所はギリギリ順光になるんですね。知らなかった。

 ところでトワイライトは、日本海側の方の側面が2段窓もあって賑やかである。今度は、こちらの側で綺麗な編成写真を撮りたいものだ。

 今回、9箇所でトワイライトエキスプレスを撮った。梅雨末期(最終日に北陸でも梅雨が明けた)ゆえ、不安定な天気で、スカッとした晴れのカットは少なかったが、幸いにも雨に降られることなく撮影が出来た。しかし、こうやって何箇所も撮っていると、段々、欲が出てくるのは悲しい鉄の習性か。若干のミステイクもあり、再履修の箇所を含めて、再度の出撃も必要かと思えてくる。

 残された期間は、あと半年ちょっとである。今後の混雑や、青函トンネル工事によるトワイライトの運休を考えると、撮影するなら早めに動いた方が良さそうだ。(駅長)

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2014年7月29日 (火)

あと10秒!

 先週は、仕事で北陸に行ってました。ちょっと荷物があったのと、時間も余裕があったので、クルマで行くことにして、空いた時間を鉄にあてることにしました。何を撮ったかはそのうちに紹介するとして・・・。

 さて、この時期なので、当然、トワイライトエキスプレスは目的のひとつです。某所の撮影地ガイドを見て、東滑川と魚津の間の地鉄線をまたぎ越すオーバークロスの築堤に行ったのは良いけれど、草が伸びて足回りが隠れ、あえなくアウト。やむをえず、下が少々煩いのを覚悟の上で、交差地点の西側へ。

 地鉄と北陸線の列車が交差すれば良いな、と思いつつも、どちらも時間数本では期待薄です。やがてトワイライト通過・・・とカメラを構えていると、地鉄側の警報器も鳴り出しました。おお!同時に画面に入る。(T_T)

Photo_2
 交差地点では、残念ながら、地鉄の車輌の台車が見えない。

Photo_3
 台車が見える場所まで来ると、ちょっと離れすぎ?

Photo_4
 反対側は、ちょっとトワイライトがちょっと遅かった?

 願わくば、あと10秒、地鉄電車が遅いか、トワイライトが早ければ、ベストのタイミングだったんでしょうけれどねぇ。そこまで言うと、ちょっと贅沢すぎる?

 ちなみに、この1本前のレッドアロー使用快速急行でも北陸線の普通と併走です。

Photo_5
 こちらもやはり10秒!この反対側では20秒早かったかな。

 でも、交差した地鉄電車3本のうち、2本が北陸線と併走。まさか、それを意識してダイヤを組んでいるわけではないだろうし、10秒の狂いなど誤差にも入らないので、まあ、今回、極めて運が良かったと解釈すべきなんでしょうね。

 さて、今、宝くじを買うと大当たりするでしょうか?あるいは、もう少し普段の行いを良くすると、この10秒の差がドンピシャになるのか、果たしてどちらなんでしょう。(笑)(駅長)

 

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2014年7月27日 (日)

大井川鉄道トーマス列車 2014/7/26

暑い日が続いており、鉄活動に行く気力もなかなかおきない今日この頃ですが、以前からお誘いを受けていた大井川鉄道の納涼ビール列車に乗車の日がやってきまして、せっかく大井川まで足を延ばすなら、朝から頑張って鉄活動しようと覚悟を決めていってきました。

 本日はSL川根路号2本とトーマス号の3往復のSL列車が走るので、その前に撮影地にたどりつきたいと思い9:35金谷発の臨時急行列車に乗り一路千頭へ。

 千頭駅はトーマスフェアー会場としていろいろな装飾がされ、トーマス一色。保存蒸気の49616やDB1がトーマスのキャラクターに改装され、スタッフの方々もトーマス列車で来るお客様を受け入れる準備で大わらわでした。

 当方はSL列車を撮影のため大井川第4橋梁に急ぎます。現地に着くと先客は2組、人道橋の上の木陰で日差しを避けながら待つこと10分。

Dsc_3284
  やってきたSL川根路11号はたった3両。しかしオハニ367とスハフ432・433というトラストトレインの編成でした。

 次のトーマス号が来るまで38分ほどありますが、川風が案外涼しくてそれほど苦痛ではありませんでした。

Dsc_3289

 続いてきたのが、堂々7両の客車に多くの親子連れを乗せたトーマス号。蒸気列車としては???ですが、キャラクター的にはなかなかの出来です。

 で、撮影後に千頭駅に戻ると構内はトーマス号から降りた親子連れで大混雑。

Dsc_3303

 構内保存の49616はD51がモデルとされる「ヒロ」に改装されています。

Dsc_3305

井川線用のDB1型は「ラスティ」となっています。

いずれの車両も入場料500円のトーマス広場内にありますが、4番ホームよりこんな感じで撮影可能です。

駅構内は今まで見たことがないほどの人出でトーマスの人気のすごさにびっくりしました。千頭駅に着いたトーマス号はいったん客車を留置線に引き上げ、単機となったトーマス(C11227)は転車台へ。

転車台が見える3・4番ホームと井川線ホーム端はトーマスを見ようとするお客さんであふれかえっています。

Dsc_3323
 何とか3・4番ホーム端にもぐりこみ転車シーンを撮影できましたが、通常の半回転でなく、なんと1回転半のお客様サービス。

その後はトーマス広場内の「ヒロ」と並べる記念撮影のために単機で定位置へ。

Dsc_3352
 2両が並ぶと記念撮影の親子連れが群がってこの状況です。

 この人出の多さに驚きながら12:45発の普通列車で次の撮影地に向おうと思ったわけですが、この普通列車(2両編成)の混み具合が尋常ではありませんでした。下りSL川根路号やトーマス号で来たお客さんがすべて上りのSL列車やトーマス号に乗るわけではなく、早めに帰途に就くお客さんが乗ってきたのです。

 何とか途中の抜里で下車して撮影地に向かうとすでに10人以上がスタンバイ。まだ上り川根路号が来るまで1時間もあるので、線路の反対側のゲートボール場にお邪魔して木陰で一休みしてから撮影地に向かいました。

Dsc_3366

 川根路12号が来るころには同業者が先ほどより倍増していましたが、何とか場所を確保し撮影。ショート編成ですがヘッドマークもなく田舎のローカル列車風でまずまずでした。

Dsc_3375
 次のトーマス号までは30分。撮影場所確保のため直射日光を背中に浴びながらひたすら耐え続けていると車で追いかけてきたのでしょうか続々と同業者が増え農道には車がずらり。撮影のころには40人を超えていたと思います。

 撮影終了後、抜里に戻り普通列車で家山へ行ったのですが、この普通列車も家族連れで満席。やはり休日は普通列車の増結が必要かも。

Dsc_3393

 家山駅の留置線には廃車となった元京阪の3000形と西武の機関車E33・34が留置されていました。

 家山付近で順光で編成がきれいに抜けるところが思い浮かばなかったので、川根路2号は家山駅出発を狙うことにしました。

Dsc_3431

 家山駅停車中には煙を盛大に吹き上げて出発準備をする場面もありなかなか良い感じです。

Dsc_3437
 出発時はほとんど煙も出さず迫力には欠けますが、何となく昔日の旧客列車発車の雰囲気でよかったと思っています。

 この後、家山から臨時急行列車で一路新金谷へ。

Dsc_3497
 新金谷の機関区では先日十和田観光電鉄から移籍してきた7200形を撮影できないかと思い見て回りましたが、2両とも庫の中に入っているようでこの写真を撮るのが精いっぱいでした。今冬デビューとのことですので、また来年運転開始したら見に来たいと思います。

 そしてこの後、本日のメインイベントである大井川納涼ビール列車に乗ってビールと川風と白熱灯の旧客列車の旅を楽しんできました。
Dsc_3503
 以上が昨日の大井川鉄道撮影のご報告でした。長々とおつきあいいただきましてありがとうございました。【施設区長】




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ツートン色 入出場

ここしばらく調子がなんとなく芳しくなかった美濃太田区の国鉄色風ツートン車キハ483812が、名古屋工場における20日間ほどの検査を終えて25日(金)に出場しました。某目撃情報によると、出場前日に工場まで迎えに来た伴走車がこれまたツートン車キハ406309であるらしく、となると出場試運転列車はあたかもツートンユニット編成の出で立ちとなります。本来の組成ではないにせよ、東海道線内をツートン車がユニットを組んで走行するのは滅多にお目にかかれないことだろうと思い、その貴重なシーンを得るために庄内川に向かい、ターゲットを待ちました。

38122 そして撮影場所に着いてみると、あちゃー、橋の上で保線作業をしていらっしゃる。しかし、この炎天下に安全帽をかぶり日陰もない所で仕事をしていらっしゃる方々に対してジャマ呼ばわりでもしたら罰が当たります(こっちも仕事“中”だし・・・笑)。そんなわけで、保線作業の方々をアングルに入れて(というよりも避けようがなかったので)、綺麗にお色直しされた483812を先頭に庄内川を渡るツートンユニット編成をカメラに収めました。
因みにこの日、名古屋では記録的な最高気温でした。保線作業の皆様、本当にご苦労様です。

68121 キハ483812が出場して2日後の26日(日)、某サイトを見ていたら、今度は相棒のキハ486812が入れ替わり入場する気配のよう。そして伴走車には、再びキハ406309が抜擢されるらしく、なかなか意図的(?)ですね~。日曜日の設定というのもありがたいことで。

まずは高山線長森手前の定番ポイントで入場回送を捉えました。見た目は単なるツートンユニット編成ですが、それなりに絵にはなります。

681222 先回りして、先日同様にツートンユニット編成の東海道線走行シーンを撮るべく木曽川付近を目指しました。しかしこんなカットでは、どこを走っているのかキャプションを付けないとわかりませんね、反省。

68123 木曽川では快速列車を退避します。4分後、名古屋に向けて走り出しました。

秋からの高山線80周年記念イベントをひかえて、このタイミングでツートン車が相次いで検査入場するということで、すでに公式に発表されているようにさわやかウオーキング臨時列車への長期間登板を見据えての対処であろうと思います。引退に向けていよいよカウントダウンが開始されようとしているJR東海のキハ40系ですが、ツートン車にこだわることなく様々なシーンを少しずつ目に焼き付けていきたく思います。(出札掛)

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2014年7月24日 (木)

【アーカイブス】「サロンエキスプレス東京」高山線を行く 1984.10.25

 「なにわ」の写真を出したので、勢いで「サロン東京」の写真でも。

 「なにわ」は、大阪から予定を組みやすいためか、何度も高山線に乗り入れていると思うけれど、「サロンエキスプレス東京」はほとんど記憶がない。東京方面から高山を巡るツアーをくむと、平湯峠を越えることになり、列車では予定が組みにくいためではないか、と思うが、真相はわからない。

 その「サロン東京」であるが、運行開始間もない頃に高山線に入線している。昭和59年10月25日のことであった。

Photo_8

 この日は午後に岐阜から高山にのぼるダイヤであり、光線状態を考えたのと、どうしても下原ダムサイトの俯瞰が撮りたかったため、追っかけをせずにこの場所で狙っている。この場所では、キハ91の時代から撮影しているけれど、ほぼベストの写真が撮れた。

Photo_9

 続いて、渚と久々野の間の鉄橋に向かう。「なにわ」の最初の写真は、この鉄橋の反対側で撮影している。

 さきの「なにわ」に比べ、撮りづらかったのと撮影ポイントを絞ったため、サロンの入線の写真はわずか2カットのみ。でも、いずれもまずまずの写真だったので、不満はない。(駅長)

【補足】

 撮影の折、ご一緒した検査掛さんから、飛騨小坂と渚間の川沿いの区間も撮影しているはず、とのご指摘をいただき、確認したら、ちゃんと撮ってました。(^_^;)

Photo
 モノクロのネガを見て、記事を書いたので失念していました。m(_ _)m

 ついでに、渚の俯瞰写真のカラーも載せておきます。

Photo_2

  ご指摘のように、この列車の記録はカラーの方が良いかもしれません。

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2014年7月23日 (水)

【アーカイブス】「サロンカーなにわ」高山線を行く 1984.5.20

 電車運転士さんと出札掛さんの湖西線「サロンカーなにわ」運転の記事を見て、ちょうどスキャンしたばかりの高山線を運転した「サロンカーなにわ」の写真を。撮影は1984年なので、えー(T_T)、30年も前なの。そう考えると、「サロンカーなにわ」も元気だね。

 調べてみると、「サロンカーなにわ」は前年の9月に竣工しているので、まだ、出来たばかり、と言っても良い時期である。今では信じられないけれど、当時、高山線は観光路線とあって、各地から団体臨時列車が乗り入れていた。この時が「なにわ」の初入線ではないだろうけれど、ごく初期の入線であったことは間違いない。おそらく、休日の入線なのでこの日に出撃したのだろう。記憶はないけれど、ここのメンバーの誰かとご一緒していると思う。

 さて、当時の高山線の団臨は、昼すぎくらいに高山を出発して、ゆっくり岐阜に向かって降りてきた。単線故に行き違いも多く、クルマで追いかければ何度も撮影できた。

Photo 

 カラーもあるけれど、今回はシックにモノクロで(^_^)。

 まずは渚の北側の鉄橋から撮影を開始!

Photo_2
 たぶん、列車は渚で停車しているので、その間に追い抜いて、飛騨小坂との中間にある川沿い区間で2カット目の撮影。

Photo_3
 3カット目は、下呂の有名な鉄橋で。

Photo_4
 4カット目は、飛騨金山の南側。この日は下原ダムは間に合わなかったのかな。

Photo_5
 続いて、白川口の鉄橋。橋台がコンクリートで補強されて、目立つようになった。

Photo_7
 最後は鵜沼で、キハ82と行き違い。ジョイフルトレインなんで、ちょっと馬鹿にしていたけれど、今となっては懐かしい。いや、良い時代でした。

 この日は、天候がもう一つであったようで、カラーは下呂までしか撮影していない。鵜沼では、相当暗かった記憶がある。

 それにしても、この時は、どれくらいの同業者が撮影していたのだろうか?人気があった「なにわ」の初期の入線なので、それなりに人を集めたとは思うけれど、まったく記憶がない。ただ、いずれも三脚を立てるのに苦労はしていないはずだし、ましてや踏み台もつかってはいない。

 どうせ実現しないのだから考えるだけ無駄、というものだろうけれど、いま、原色機の牽引で高山線に入線したらどうなるのだろう。逆に言えば、入線しないから、湖西線に人が集まるのだろうけれど・・・。

 そういえば、濃飛バスが高山線撮り鉄きっぷを発売するという。

 http://www.nouhibus.co.jp/new/toritetukippu.html

 こんな列車が走っている時期ならともかく、今時・・・・でも、まだ、キハ40があるか。利用できるだけの本数があるか、疑問だけれど、それでも2時間に1本くらいはあるようなので、なんとか歩き鉄には使えそうだ。(駅長)

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2014年7月22日 (火)

懐かし?の115系横須賀(線)色

北陸新幹線の金沢開業まで半年余りになってまいりました。これに合わせるようにJR東日本長野支社の115系が徐々に211系に置き換えられつつあります。ご存知のように同支社では6連のC編成、3連のN編成のそれぞれ1本をスカ色、湘南色に塗装変更し、この7月19日~21日に「懐かしの115系横須賀色」、「懐かしの115系系湘南色」として、松本~南小谷(19、20日)、茅野~長野(21日)で運転されました。
なぜスカ色のC1編成が大糸線で、N9編成が篠ノ井線(まぁこっちはアリかな)なのか、企画者の意図がわかりませんが、それぞれクモユニ、クモヤが併結されるとのことで、思わず触手が動いてしまいました。
ということで、資材担当様を誘って20日に出かけました。管の列車は松本発10:58と遅いし、こんな列車にそれほど集まるものか、と訝っていたので、寄り道することにしました。

まずはみどり湖の松本寄りに。
Dsc_0668みどり湖・塩尻大門  424M
現在、中央西線が災害で不通のため、コンテナ貨物が迂回しているとのことで、とあるスジから東線の8090レが運転されている情報を掴んでここで張ってみましたが、日曜ということもあり、来ませんでした。ここでは115系普通1本、E257系「あずさ」1本を撮って撤収。C編成も既に2本、211系に置き換えられており、時間の問題です。ここは、駅近の午後の撮影地ですが、南側の木々がかなり育って、立ち位置も限られてきて、長い編成は難しくなってきました。

Dsc_0676坂北・聖高原 回9410D
基本的には長野~松本~南小谷に運転されている「リゾートふるさと」ですが、この3連休は松本~小諸の「リゾート八ヶ岳」としての運転のため、松本まで回送されます。
Dsc_0687坂北・聖高原 回9231M
回9410Dを追って「しなの4号」代走の臨時快速9204Mが来ましたが、某掲示板では115系C編成のハズが211系3連でガッカリ。9204Mと坂北交換で「ムーライト信州81号」の回送がやってきます。情報誌では国鉄色か旧あさま色かは運用次第ということでしたが、N101編成で来てくれました。緑の中ではよく映えます。回9410Dのときは鉄ちゃんはもう1人だけでしたが、回9231Mのときには10人を越えていました。
Dsc_0697姨捨・桑ノ原(信) 回9231M
姨捨公園に転戦しましたが、聖高原で30分程交換待ち停車の回9231Mをもう一回撮れます。
Dsc_0704姨捨・桑ノ原(信) 回9264M
回9231Mと桑ノ原(信)交換で、明日の「懐かしの115系湘南色」に運用されるN9編成がやってきました。回送列車ながら「普通」を掲出しています。
Dsc_0716姨捨 回9264M 3523M
回9264Mも姨捨でしばらく停車します。飯田発の3523Mと並びました。

この時点で9:30頃で、もう一回、回9264Mを撮れるとも思いましたが、次第に増えてくる鉄ちゃんを見て大糸線に移動することにしました。

天気予報は昼過ぎから降水確率50%で、「懐かしの115系横須賀色」は往路のみの勝負か、と思っていましたが、北を見ると青空がのぞいていたため、一気に白馬以北を目指しました。

Dsc_0730信濃森上・白馬大池 9361M 
最初は白馬大池・千国間の姫川鉄橋をめざしましたが、現地に着くともう立錐の余地もなく、これではダメだ、とあきらめ冬場の定番撮影地に移動しました。こちらも状況は変わりありませんが、以前の経験からどうにかなると思っていました。
今回、クモユニ側には何も掲出されず、長野支社としては上出来でした。

Dsc_0736白馬大池・千国 回9364M
南小谷到着後、一旦白馬まで回送されるため、白馬以北まで来れば少なくとも4回撮影チャンスがあります。と言ってもあまり場所がありません。最初めざした橋の200mくらい南にこのような場所がありますが、7両抜くのは難しく、クモユニが切れてしまいました。さらにゲリラ雲にやられました。

Dsc_0753白馬大池・千国 回9363M
復路のための回送を最初の予定地、姫川鉄橋へ向かいました。しかし、人間が入れ替わっただけで激パは同様。それでもなんとか足場を見つけどうにかゲットしました。
Dsc_0758海ノ口・簗場 9362M

復路の本チャンも迷いましたが、広いここにしました。アングルを下げれば国道も列車で隠れます。本来なら順光ですが、やはり雲がやってきて光線的には撃沈しました。
この先、信濃大町、穂高と停まっていくのですが、さすがに抜くことはできませんでした。
Dsc_0764平瀬(信) 回9261M
信濃大町以南ではとうとう降り出して(しかも大粒)しまいましたが、とりあえずここまで来てみました。どうにか止んでくれたので、だいぶ暗かったですがとりあえず撮れました。
同行頂いた資材担当様、一日お疲れ様でした。

と、撮影記はここまでですが、「懐かしの・・・」という以上、過去の記録があってのこと、その昔の115系をご披露したいと思います。

Img234_21980年3月20日 西条・潮沢(信) 432M
クモニ83×2+クモユニ82+115系8連の堂々11連です。このときは潮沢信号所経由の旧線です。
このネガはかなり褪色が進んでいます。
Img2401980年3月20日 姨捨 434M
長野発新宿行という今では考えられないロングラン普通列車が名古屋発長野行の2825レと交換です。JR化と同時に、1号機とともに西日本に行ってしまい、二度と撮影できなかった9号機が牽引しています。
Img0821980年9月17日 聖高原・冠着  427M
登場当時は富士急行線乗り入れのため、McM'TcTTMcM'Tcという編成だった非冷房の800番台車も、新製冷房車300番台が投入されると、McM'TTcMcM'TTcに変更されました。この列車も最後尾、新宿寄りにクモニ83を連結しています。

篠ノ井線電化の折に、中央東線からの普通列車は、基本的にスカ色でしたから、ごく当たり前で、よもやわざわざスカ色の115系を撮るために未明に中央道を走って来ることになるとは思ってもみませんでした。こうしてみると、国鉄時代の塗色というのはよく検討されて決まったものと思います。C1編成もN9,N101,N104も一日も長く生き延びてほしいものです。(検査掛)






































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2014年7月21日 (月)

294.「サロンカーなにわ」夏の湖西路を行く 2014/7/20

 今日(7/21)、東海地方も梅雨明け宣言が出ました。これで本格的な夏を迎えるわけですが、酷暑の中での鉄活動は辛いものがあります。単独鉄の最中に熱中症になって誰にも助けてもらえずに息絶えたなんてことになったら洒落にならないので、お互い気をつけたいものです。その前に、単独鉄をしないとか、この時期は活動を控えるとかそっちの方が大事じゃないのといったご意見も聞こえてきそうですが、ネタがあるとついつい参戦してしまう鉄の悲しい性はいつまで経っても治りそうにありません。
 先月、EF81牽引で「サロンカーなにわ」が琵琶湖を1周した時の様子を出札掛様がアップされていましたが、これに続いて7月も「サロンカーなにわ」が琵琶湖周辺で運転されました。最近は客車自体の稼働率がめっきり少なくなって撮影チャンスも激減しているので、撮れるときに撮っておかないと後で後悔といういつものパターンに陥ることのないよう、激パは予想されましたが、とりあえず参戦してきました。今回はDD51の牽引で京都~敦賀の単純往復という行程でした。

1214720 未明に自宅を出発し、まずは逢坂峠の国道俯瞰ポイントに立ち寄ってみました。5時45分頃に現地に到着しましたが、下りの「なにわ」の通過までにはまだ8時間近くもあるのにすでに数本の置き三脚が…、相当な気合が入っていることが伝わってきました。自分はここで撮る予定はしていなかったので、数少なくなったEF81の3097列車を撮ってポイントを移動しました。空は予報どおりのどんよりとした曇り空、デジカメといえども露出的には厳しかったですが、画像処理で何とか見れる状態に修正しました。
【2014.7.20 マキノ~永原】(電車運転士)

2214720 移動した先は棚田で有名な鵜川地区、早朝にもかかわらずここもすでに同業者の姿がちらほら。「なにわ」の時は激パを通り越して壮絶な状態になることが予想されます。ここでも「なにわ」は予定していなかったので、琵琶湖側で来る列車を適当に撮影しました。運よく国鉄色の117系を捕獲することができました。ミドリムシでなくてホッとしました。JR東海ではすでに過去帳入りした117系ですが、JR西日本ではまだまだ現役です。
【2014.7.20 北小松~近江高島】(電車運転士)

3214720 下りの「なにわ」は琵琶湖バックの俯瞰ポイントと決めていました。登った時点では相変わらずの曇り空、その上、霞がひどく俯瞰は撃沈かと思いつつも今さらポイントを変えるのも面倒なので、そのまま居座りました。スマホで衛星写真を見るとこのエリアだけに雲が掛かっており、気持ちも沈みがちになりましたが、時間が経つにつれ、徐々に雲が取れ始め、薄日が差してきました。「なにわ」の通過時間の少し前には霞もある程度なくなり、この時期にしてはまずまずの条件で撮ることができました。
【2014.7.20 北小松~近江高島】(電車運転士)

4214720_2 「なにわ」は近江今津で1時間15分の停車時間があるので、速攻で下山し、近江中庄の北側の田んぼが広がるポイントに移動しました。この日は未明に北陸地方でゲリラ豪雨が発生し、貨物列車は軒並み抑止を食らっていたようで、ダイヤはボロボロでしたが、南条・敦賀方面に参戦していた出札掛様から逐一貨物列車の運転状況をご連絡いただいたので、「なにわ」の反対側から来る貨物列車を捕獲することができました。出札掛様、情報ありがとうございました。おそらく未明に通過する貨物列車だと思いますが、列車番号は???です。
【2014.7.20 近江中庄~マキノ】(電車運転士)

5214720_2 近江中庄を通過した「なにわ」のDD51は後ろから「サンダーバード」と「トワイライトEXP」が追い掛けてくるので、フルパワーのエンジン音をあたりに響かせながら猛ダッシュで目の前を通過して行きました。このポイントはキャパが大きく、追っ掛けや徒歩鉄にも都合がいいので、100人くらいの同業者が集まり、大盛況でした。
【2014.7.20 近江中庄~マキノ】(電車運転士)

6214720_2 後続の「トワイライトEXP」は夏雲期待で空を大きく取り込んでみましたが、肝心の夏雲は浮かんでおらず、完全に撃沈でした。一応、保険として「なにわ」と同じアングルも押さえておきましたが、何とも消化不良の結果に終わってしまいました。
【2014.7.20 近江中庄~マキノ】(電車運転士)

12214720_2 天気は終日曇り予報でしたが、この日はいい方に外れて青空が広がってきました。この状況なら上りの「なにわ」のビラデスト俯瞰もいけるだろうと判断し、当初考えていた近江塩津の湖西線と北陸本線の交差地点からポイントを変更しました。。「なにわ」の少し前に抑止されていたと思われるEF510の貨物列車は立て続けに2本通過して行きました。ここでの貨物列車は撮れないはずでしたが、天気の回復と合わせて2重のラッキーとなりました。
【2014.7.20 近江中庄~マキノ】(電車運転士)

7214720_2 本命の「なにわ」がグリーンカーペット状になった田んぼの中を進んで行きます。ステンレス車両だとどこを走っているのかわからない状態になりますが、これだけ遠くても国鉄色のDD51は存在感があります。
【2014.7.20 近江中庄~マキノ】(電車運転士)

9214720_2 上りの「なにわ」も近江今津で35分の停車時間があるため、うまくいけばもう1回撮れると信じて鵜川地区の琵琶湖バックの定番ポイントに向かいました。ところが、世間は夏休み直後の3連休、国道161号線はあちこちで渋滞が発生、結局、近江今津から先の「なにわ」には間に合いませんでした。まあ、ある程度渋滞は予想していたので、撮れればラッキーと考えていましたが、そうは問屋が卸してくれませんでした。「なにわ」は撮り逃がしたものの、光線状態は申し分なかったので、通常の列車を普通に撮ろうと思いましたが、撤収の鉄車で農道は大渋滞、とても車で入れる状況ではありません。仕方なく国道付近に車を置いてポイントまで歩きましたが、撤収後に徒歩で農道を降りてくる同業者の数、国道に出ようと渋滞している車の数から見て、鵜川の棚田は想像を絶するとんでもない状況になっていたことと思います。「サンダーバード」が夕方の斜光線を浴びて駆け抜けて行きました。
【2014.7.20 北小松~近江高島】(電車運転士)

10214720_2 小1時間もすると「なにわ」の喧騒は納まり、陽の長いこの時期、光線はまだまだ元気があったので、もうひと踏ん張りして琵琶湖俯瞰ポイントに足を運びました。しばらくするとMT54の大きな唸りを響かせながら国鉄色の117系が姿を見せてくれました。このポイントは末期の485系「雷鳥」の以来でしたが、その頃と変わりなく撮れることに胸をなで下ろしました。
【2014.7.20 北小松~近江高島】(電車運転士)

11214720_2 カメラを左に向けると琵琶湖をさらに大きく取り込むことができます。9両の「サンダーバード」までなら後部が切れることなくバランスよく画面に納まります。この日は天気予報がいい意味で外れてくれたおかげで各ポイントではいい条件で目的の列車を撮ることができました。いつもは逆パターンで涙をのむことがほとんどですが、いろんな場面で幸運に巡り会うことができました。ただ、今夏の運を1日で使い果たしてしまったような気もしますので、サマージャンボ宝くじは期待薄になってしまいました。
【2014.7.20 北小松~近江高島】(電車運転士)

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豪雨遅延 のち 晴れ定刻

7月20日、「サロンカーなにわ」使用の湖西線40周年記念団臨を撮影するため北陸線方面に足を運びました。

どうせ行くのなら北陸線貨物や「トワイライト」にもカメラを向けようと思い、毎度の如く早朝から撮影しようと挑みました。最初の目的地は南条の定番ポイント付近。出発前夜に念のため上り「トワイ~」の運行状況を確認するためJR西のHPを見ると、「19日23時ころから北陸線は黒部付近で大雨のため運転見合わせ。開通は20日5時の予定」・・・ええっ?またJR貨物の輸送情報も覗いてみると、当然北陸スジはその影響で大幅遅延のよう。よって本来なら夜中に通過する貨物列車が明るい時間帯にやって来るので、シャッターチャンスが増えるのは良いことだが(不謹慎)、はたして列車はきちんとやって来るのでしょうか?

さて、現地に着くといきなり大雨洪水警報が発令され、やがて車外に出られないほどの豪雨と雷に見舞われました。徐行区間に指定されているのか各列車は警戒速度でゆ~っくりと目の前を通過するためダイヤは混乱状態。どうやら不通区間は生じていないようですが、ダイヤも天気もぐっちゃぐちゃ。貨物列車も、どちらから何時に通過するのか皆目わからない状況。こうなれば持久戦です。車中からでも列車の接近に気が付くように踏切の近くに車を停め、猛烈な雷雨がやむまでじっと車中待機。

3097車の中でじっと辛抱すること1時間半、ようやく雨も小康状態となった頃、EF81牽引の下り貨物がやって来ました。警戒速度なので遠くに姿が見えてから余裕でスタンバイできます。おそらく30分遅れの3097レ。

4096 しばらく下り貨物は来ないはずなので、富山県で抑止されていた上り貨物に照準を当てます。南条の定番ポイントから武生方向に移動したら上り列車向けのポイントがあったので、上り「トワイ~」8002レまで粘ることにしました。車を横付けできるので急な大雨にも対応できると思っていたら、案の定9時30分過ぎに天候はすっかり回復して青空も現れてきました。徐行運転も解除となりましたがダイヤは乱れています。約8時間50分遅れで4096レが通過しました。

80021 続いて8002レが35分遅れで姿を現しました。緑のじゅうたんが綺麗に映えます。昼を過ぎれば順光で撮れそうな場所ですが、午後まで粘ると本命の「サロンなにわ」に間に合わなくなるので、これで撤収して敦賀まで移動します。

80022 南条の撮影地を10:55に出発してこの地点に着いたのが11:25。8002レが敦賀で機関車交換して所定どおりの所要時間で来るとすればあと10分。一か八かで構えていたら特急が2本連続して通過し、その後を追うように築堤を上って来たのは現地着17分後の約45分遅れで通過しました。アクセントになる背景の山は頂が雲に覆われていますが贅沢は言えません。

4094 電車運転士様も湖西線内で「サロンなにわ」撮影に参戦されているらしく、電話での情報によると有名お立ち台は何処も同業者で一杯のよう。これはイカンと混雑回避。以前に某サイトを見て目星をつけておいた敦賀近辺の穴場的ポイントで本命を迎え撃つことにしました。ロケハンをしながら周辺をうろうろしていたら突然現れた上り貨物、ノーチェックでした。8時間10分遅れの4094レと思われます。
こうしてみると、やはり赤の車体は夏の風景によく映えますね。地元を走るM鉄電車も然り??

8001 「サロン~」の直前にやって来る「トワイ~」8001レはほぼ定通でした。しかしこの塗装は木々の風景に埋もれてしまうので、列車を目立たせるには一工夫しないといけません、と言いつつ、いつも結果論で終わってしまいますが。
画面をよく見ると、左上に写っている“柱”は同日15時に開通の舞鶴若狭自動車道の橋脚です。これを目立たなくするために270mm相当で引きつけました。

9515いよいよ本命の登場です。こちらもほぼ定刻通過。このカメラでは100mm相当でスタンバイしましたが、ご覧のとおり自動車道がモロにフレームインします。35mm前後の広角で撮影すると比較的目立たなくなりますが、今回の「サロン~」はデザインを公募したヘッドマークの装着が予告されていたので、あえてこの画角で狙いました。前述のカメラで望遠撮影を得ていたので、こちらのカメラではやはり広角で撮ればよかったのかなと若干後悔。
こんな背景には抵抗ある方もいらっしゃるかと思いますが、そのおかげで同業者は自分を含めて4~5名ほどしか集まらず、かえってまったりムードだったのが救いでした。

683 【参考】広角35mm相当の撮影画像です。特急と言えどもそれほどカッ飛ばして来ないので、どうにかタイミングはつかめそうです。

9516 「サロン~」の敦賀折り返し列車は、記念列車のタイトルに掛けて湖西線内で撮影することにしました。広がる青空をバックに走る姿を順光で確実に撮影したくなり、同業者が集結しても問題ないほどキャパの広い近江中庄のアウトカーブを目指しました。緑のじゅうたんと青い空に赤いカマで、納得のシチュエーション。
電車運転士様はこの周辺を見下ろす俯瞰ポイントに陣取っておられたようで、田圃と琵琶湖の見事な夏の彩りを満喫できたことと思います。

早朝から豪雨の洗礼を受けた分、後半は晴天に助けられて夏の風景を撮影することが出来ました。翌21日は東海地方も梅雨明けとなり、しばらくは暑さとの戦いが始まります。体調を整えて万全体勢で撮影に挑みましょう。(出札掛)

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【アーカイブス】愛環鉄道開業の頃

 ようやく梅雨が明けそうだけれど、これからは暑い日が続くので、撮影しようという気が萎えてしまう。(そうでなくても、萎えているが・・・)加えて、このところ、天候が不順だったこともあり、ますます外に出ようという気がおきない。そんなときは、クーラーをきかせて室内で古いネガをスキャンするに限る。

 今、ちょうどスキャンは1988年頃に達したところ。ようやく20年弱の分のネガをスキャンしたわけだけれど、まだ、20年分ほどのネガが残っている。まだ、先は長い。幸いにも、先日、スキャナーをオーバーホールに出したら、機械部分を安価に取り替えてくれたので、実質、新品に近くなったのではないだろうか。もう、生産は終了していて新規代替はできないので、まだ、しばらく使えそうなのがありがたい。

 スキャンしていると、この頃からモノクロの使用が激減し、カラー主体となってきていることがわかる。ただ、よせばいいのに?ポジだけでなく、モノクロの代わりとしてカラーネガを使っている。モノクロ現像が面倒になってきたことが大きな理由だろう。

 そのカラーネガであるが、なぜか理由はわからないが、この頃のF社のものは退色というかネガの変質が著しい。それ以前のカラーネガは比較的状態が良いのが多いのに対して、この頃のネガは部分的に黄みがかってしまって、修正も難しくなっている。モノクロネガのビネガーシンドロームはいろいろなところで問題視されているが、カラーネガの変質はどの程度、問題になっているのだろうか?

 さて、そんな中に愛知環状鉄道の開業時の写真があった。ご存じのように、愛知環状鉄道は、国鉄岡多線を引き継いで、JR発足直前の昭和63年1月31日に開業している。その時の一連の写真である。

 まずは岡多線では珍しい客車列車。愛環に引き継がれる直前には、プッシュプルで団体の客車列車も乗り入れていたようだ。

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 これはその列車の三河豊田への回送?ユーロ色のEF65が牽引している。岡多線への客車列車の運転は、伝説となっている昭和54年のお召し列車以来かな?

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 これはその返しで、こちらはユーロ色のDD51がヘッドマークをつけて牽引した。場所は末野原の南側かと思うけれど、この時には末野原はまだ未開業のはず。しかし、100形が停車しているようなので、すでに行き違い設備は使われていたのだろうか?

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 岡多線最終日の30日には、165系にヘッドマークを取り付けて運行されている。

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 翌31日は、愛環鉄道の発足の日。この時は、どこでセレモニーが行われたのか、把握していないけれど、わざわざ高蔵寺の発車式を撮影に行っている。この頃は、こんな写真も撮ってたんだ。(^_^;)

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 これは瀬戸口のあたりかな?ヘッドマークは、愛環と鉄道友の会の2種があったようだ。これは、愛環の記念マーク。

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 ポールの位置から順光での写真が撮りづらかったようで、順光で撮れる場所を探して、中水野で記念列車を撮影している。

 しかし、今になって見てみると、ここに写っている車輌は100形まで含めて、ぜーーんぶ無くなってしまった。いや、かろうじて形式的にはEF65とDD51が残っているかな。この時は、まさか車輌が無くなる、などと思って撮ってはいないのだろうけれど、四半世紀という時の流れはやはり重いものがある。(駅長)

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2014年7月13日 (日)

中国に占拠された?鉄道

 ちょっとセンセーショナルなタイトルをつけてしまいましたが、話題を賑わしている×閣諸島とは一切関係ありませんので、念のため。(^_^;)

 それにしても、現地にいると聞こえて来るのは中国語ばかり。電車に乗ったら、日本人は筆者ひとり、とあっては、まさにタイトルの通りと言ってもオーバーではありません。もっとも、ここに来る中国の方は、本土ではなくて、実際には香港や台湾の方が多いとか。

 さて、その鉄道とは、ここです。

Photo
 もう、おわかりですね。ネコの駅長で有名になったあの鉄道の終着駅です。
 行ってびっくり!駅舎がネコの顔になっている。

Photo_2

 駅舎内はカフェとなっていて、ご覧のようにネコグッズがいっぱい。たくましい商魂というべきか、訪問者へのサービス、というべきか。

 先日、大阪へ出張があり、午後から時間が余るので、かねてから一度行きたかった和歌山電鉄の終点、貴志駅を訪ねてきました。肝心のネコ駅長タマは、勤務時間が終了したとかで会うことは出来ませんでしたが、タマの絵をデザインしたタマ電車には乗ってきました。

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 ここに写っているのは、みーんな中国からの観光客。日本人は一人も居ません。

 観光客が集まるのも納得。香港では、こんなツアーも設定されているようです。
http://www.egltours.com/pdf_src/tour/tourpdf/JOKG05-152_201307291102.pdf

 観光ツアーが設定されている、ということは、メディアを通じて、このネコ駅長がかなり浸透している、ということの現れなのでしょう。

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 ネコ電車の車内は、こんな感じ。デザインは・・・言わなくてもわかりますね。やはり写っている方は、すべて中国からの観光客。ただ、時間的にいって、ツアーではなく、個人客のよう。もっと、びっくりです。

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 最後に鉄らしい写真を1枚。左がおもちゃ電車ですが、今回は乗ることが出来ませんでした。

 捉え方はいろいろあるにしろ、ネコ駅長が海外からこれだけ人を呼んで、赤字ローカル線を活性化したことは紛れもなく事実。柳の下にドジョウが二匹いるかどうかわかりませんが、ひとつの成功例であることは特筆できるでしょう。(駅長)

 





 

 

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2014年7月12日 (土)

名鉄広見線早朝散歩

このたびの台風で被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

7月12日の天気予報は台風一過の快晴模様。おかげで予想最高気温は思いっ切り上昇傾向で、とても日中の撮影なんてできるわけがない・・・かも。
こんな時こそ、名鉄デキの撮影で鍛えた朝練活動を実行してみましょう。道は空いているし、気温は低めだし、光線状態もGOODだし、朝限定の列車もゲットできるし。
ただ、「いや、そんなに無理してまで出かけなくてもいいんじゃないの?」とツッ込まれそうですが。

何はともあれ朝から天気が良さそうなので、無理なく向かうことのできる名鉄広見線まで早朝の間だけ軽~く出かけました。

1000 現行ダイヤにおいてパノラマスーパー(1000系列)が広見線に入るのは、休日ダイヤ74レの1本のみです。その運用に名鉄120周年スペシャルマーク掲出編成が充当されることが予測できたので、順光で撮れる送り込み回送にカメラを向けました。例によってマークに記されているのは小さ~な文字。これを少しでも大きく表現できるよう縦構図正面ドカンを撮るために、善師野を過ぎてカーブにさしかかるところでスタンバイ。朝のエロエロ光線を真正面に受けて1012F編成が通り過ぎました。

5000 犬山行の銀電で朝日ギラリに挑戦。結果の画像はインパクトが弱かったたようで、すみません、修行が足りませんね。グリーンカーペットも綺麗になってきました。

3304 この日は早朝からエコムーブトレイン編成3304Fが中部空港~新可児系統に入りました。夜までほぼ単独運用ですが、朝に限り2両増結で運用されます。今回はオール銀電となりました。

2204 ポケモンラッピング2204F編成も入線し、751~84レに充当されました。小1時間の僅かな間にちょっとしたネタ列車が広見線を走ったせいか、同業者の姿もちらほらと見受けられました。

暑くならないうちに、今回はこの時点で朝練“散歩”終了。夏バテせぬよう、暑さ対策をしっかりと施して鉄活動に励みましょう。(出札掛)

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2014年7月 7日 (月)

293.セメント貨物 運転再開 【三岐鉄道・四日市臨港線】 2014/7/6

 梅雨も後半戦に入って日々が鬱陶しい日々が続くようになりました。また、この時期としては異例の大きさの台風8号が日本付近に接近しており、大きな被害が出ないことを祈るばかりです。さて、このところ以前から治療を続けていた耳の調子が芳しくなかったため、鉄活動を控え気味にしておりましたが、そろそろ禁断症状が出始めたこともあって、近場なら負担も少ないだろうという自分の都合のいい判断で、久しぶりに鉄活動を再開しました。ターゲットは先週から運転が再開された三岐鉄道のセメント貨物、例年はGWから6月上旬までが藤原工場の定期メンテナンスにともなう運休措置が取られますが、今年は5月22日からの運休設定となり、先週から運転再開の運びとなったようです。この関係でいつもは撮れない水鏡が撮れた代わりに紫陽花が微妙なタイミングとなり、様子伺いも兼ねて沿線に足を運んでみました。

121476_2 6月は涙を呑んだ紫陽花ポイント、あれから3週間が経っているので、話にならないだろうと現地を訪れてみましたが、かなり色が抜けちゃってはいますが、何とか持ちこたえていました。
【2014.7.6 三里~丹生川】(電車運転士)

221476_2 三岐鉄道のセメント貨物が運転されるということは継走となる四日市臨港線の貨物も運転ということになります。スマホのナビソフトで検索すると、三里付近から四日市臨港線までの実質所要時間は約40分、三岐鉄道線で撮った同じ列車を四日市臨港線内でも撮れそうな感じです。さっそく行動に移したところ、余裕で末広可動橋での凸に間に合いました。
【2014.7.6 四日市~四日市港】(電車運転士)

321476_2 同様に逆パターンも可能でした。四日市港発の列車を末広可動橋で撮った後、同じ列車を三岐鉄道で撮ることができました。余裕で現地に到着できたので、上りの貨物にも間に合いました。ここの紫陽花もギリギリ許容範囲の状態でした。
【2014.7.6 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)

421476_2 先程のポジションを振り向くとこんな感じになります。昨年も訪れたポイントですが、今回はちょっと引いたアングルで試してみました。こっち側も紫陽花は微妙な状況でしたが、何とか間に合ったという感じでした。
【2014.7.6 伊勢治田~東藤原】(電車運転士)


521476 同じパターンで移動し、再び末広可動橋で凸を待ちました。今度は可動橋の櫓を強調したいと思い、正面がちに狙ってみました。
【2014.7.6 四日市~四日市港】(電車運転士)

621476 折り返しの四日市港発の列車は臨港線の雰囲気を出したいと思い、係留してある小船を取り込んでみました。このポイントは早朝以外は逆光になってしまうため、日中の列車を狙うなら曇りの日の方がよさそうです。
【2014.7.6 四日市~四日市港】(電車運転士)

72ss1476_2 凸を撮り終え、ダッシュで専用線の踏切へ急ぎました。間一髪のタイミングでサービスステーションに向かう列車を捕えることができました。今日はDD452の担当でした。
【2014.7.6 四日市港~四日市SS】(電車運転士)

82ss1476 凸と同様、こちらも誘導のために操車掛が最前部に添乗します。安全を確認する真剣な眼差しが印象的でした。
【2014.7.6 四日市港~四日市SS】(電車運転士)

92ss1476_2 この日はOD451とDD511が絶好のポジションに並んでいました。その横を入換中のDD452が通り過ぎて行きます。専用線機関車の3両並びというあたかもイベントのような光景を見ることができました。
【2014.7.6 四日市SS】(電車運転士)

102ss1476_2 入換中は連結・切り離し作業が繰り返されます。操車掛が連結作業を見守ります。
【2014.7.6 四日市SS】(電車運転士)

112ss1476_2 入換は1回の作業だけでは終わらず、機関車が構内を行ったり来たりします。その際、本線が引き上げ線の役割を担いますが、そのたびに操車掛がポイントを手動で転換します。転換後は機関車のステップに飛び乗って誘導作業を行います。
【2014.7.6 四日市SS】(電車運転士)

121ss1476_2 入換作業もひと段落し、しばしの休憩に入ります。この日の目的は三岐鉄道と四日市臨港線のセメント貨物でしたが、四日市SSでの入換作業が興味深くてついついシャッターを押しまくってしまいました。結果、タイトルとは違って四日市SSでのシーンがメインになってしまったようですが、どうかお許しください。
【2014.7.6 四日市SS】(電車運転士)

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近場に良いところがあって有難い!

駅長様が明治村の写真をアップされましたので、私も久しぶりに写真をアップします。(工場長)

 

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【H26.7.6 9:50頃-明治村】 この日、駅長様に会う前に撮りました。東京駅10時発の始発列車を牽引するため、SL12号が車庫から出て、転車台に乗ります。

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【H26.7.6 9:52頃-明治村】 ドレインを吐きながら、SL12号がまもなく客車の横を通ります。

 

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【H26.7.6 10:10頃-明治村】 名古屋駅到着後、機回しをして客車の前に連結します。

観光客が眺めます。SL復活前に比べると、乗務員の制服が格好良くなりました。

 

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【H26.7.6 12:00頃-明治村】 以前、このブログで検査掛様がアップされていた、日本庭園から京都市電の俯瞰場所です。夏場でも、この部分だけ見えました。

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【H26.7.6 15:30頃-明治村】 駅長様と修和女学校?(北里研究所)で別れた後、品川灯台から京都市電に乗り、名古屋駅まで来ました。 他では見られないポール回しです。

 

明治村は、春も秋も良いところですが、夏も良かったです。ちょっと暑かったですが・・・皆様も「名電1号形」に会いに行くついでに、SL列車や京都市電を撮られてはいかがですが 【工場長】

 

 

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2014年7月 6日 (日)

近場も捨てたものではない

 丸瀬布のコメントとして、出札掛さんから、遠くて行きづらい、とのコメントが寄せられた。この丸瀬布の保存運転は、すでに30年以上の歴史があるようだが、やはり行きづらいことから小生も今回、初めて訪れるまで、それだけの時間がかかっている。

 ところで、丸瀬布の蒸機を撮影していて、まっさきにイメージが浮かんだのが、ここである。

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 そう、ご存じの明治村である。30分毎の運転、保存運転でありながら、撮り方によっては往時そのものに見えるロケーションの良さなど、まさに丸瀬布と双璧である。丸瀬布は遠くても、明治村なら近い。

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 一旦、蒸機の運転が休止され、それが再開した後にまだ撮影していないことを思い出して、撮影に行ってきた。基本的には運行は変わっていないが、今回撮影をしていて、「とうきょう」を出発して「なごや」に向かう列車で、菊の世酒蔵横のお立ち台ポイントで、以前より煙を吐く可能性が高くなったことに気がついた。以前はこのあたりではまったく煙を吐かなかったが、2列車を撮影して、同じように煙を吐いていたので、ここで投炭をすることになっているのかもしれない。ただ、大変惜しむらくは、撮影ポイントからみると少々、手前である。できることなら、もう少し、近づいたあたりで煙を吐いて欲しい、と思う。

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 もうひとつの京都市電。2号車が放置状態で、先行きが危ぶまれたが、現地で修復され、美しさを取り戻していた。7月19日には子供の運転体験が行われるので、その頃までに運行を再開するかもしれない。

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 札幌電話局横には、札幌から里帰りした名電1号形も展示されている。これを見がてら、明治村を訪れてみるのも良いかもしれない。(駅長)

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2014年7月 5日 (土)

鉄ちゃんの楽園 丸瀬布

 今回、渡道の目的は、寝台特急の撮影もさることながら、前々から一度行きたいと思いながらもなかなかチャンスがなかった丸瀬布に行くことにあった。

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 ここの読者なら、丸瀬布について詳しく説明する必要は無いだろう。いこいの森で、昔の森林鉄道の機関車である雨宮21号を動態保存している。

 しかし、ここほど行きづらいところは無い。町営バスが運行しているが、丸瀬布でのJRとの連絡が悪いので、公共交通で行くことはかなりロスが大きい。また、いこいの森は丸瀬布駅から10kmもあるので、タクシーで行っても相当負担がかかる。

 そこで不本意ながら、レンタカーを使うことにした。旭川でレンタカーを借り、行きに駅舎を撮りながら丸瀬布に向かい、当日は生田原泊。翌日、もう1日丸瀬布をみて、旭川に戻るという行程である。結果的には、蒸機の運転は30分に1本あるので、かなり余裕のある行程となった。ちょっと頑張れば、旭川まで鉄道を使い、あとレンタカーを借りれば、札幌から日帰りでも行けなくはない。

 さて、丸瀬布の蒸機運転、路線が8の字に敷かれていて、なかなか雰囲気が良い。特に、ダム湖の横を走るところは、さまざまな角度から撮影ができる。同じ場所でも、角度を変えて撮影ができるので、歩きながらでも1列車で4~5回、撮影が可能である。

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 まずは、駅を出て鉄橋をわたり、キャンプ場に向かう。

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 キャンプ場の中を円形に走る。円形の線路の中には、ゴーカート場が設けられている。

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 ぐるりとまわって再び鉄橋にかかる。

 その後、駅を一旦通り過ぎて、ダム湖の横のループにかかる。ここが実に雰囲気が良い。

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 最後に、木立の中を抜ける直線区間。ここは10‰の勾配になっていて、力行してくるので、見応えがある。

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 朝、撮影していたら、湖の所でこんなシーンもみられた。

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 野生の鹿である。熊でなくて助かった。(^_^)

 ひとつだけ残念なのは、通常運行の時には、オープンカーを連結するので、やや遊園鉄道的な雰囲気になってしまうことである。これも正面から撮影したりすれば、若干、軽便鉄道的な雰囲気で撮影できる。ただ、いつも盛大に煙を吐くわけではないので、絵になる写真が撮れるかどうかは運次第となる。景色が良いから白煙でも絵になるので、撮影目的なら、温度の低いときに行った方が良いかもしれない。

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 ここには元井笠鉄道の客車が2両あり、イベント時には使用されるようだ。客車の不満(といっても、この客車も木曽森のものなので、イミテーションではない)も解消されて、絵になるシーンが撮れそうだ。次回には、そうした時に撮影をしてみたいと思う。(駅長)

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2014年7月 3日 (木)

ぶらり紫陽花電車旅【番外編】

6月21~22日にかけて箱根登山鉄道あじさい電車を撮りに出かけた際、遠征したついでにと小田原付近で撮影できるネタ列車もゲットしようと欲張り行動をしたときのレポです。

Mse 21日の朝、今なお健在の小田急LSEを1カットくらいは撮っておきたいと、充当される「はこね7号」を箱根湯本付近で待ち構えました。ただ、公式時刻表によるとこの列車は「運転日により車種が変わる」旨の注釈があり、まさかね、と思っていたらやって来たのはMSE?あらら、いきなりハマってしまいました・・・。この運用変更が、後になって思わぬ副産物を作り出していたとは想像もしていませんでしたが。
とりあえず撮影して小田原に移動、次はJR185系の「踊り子」を狙うのですが、通常の定期列車では面白くないので、どうせならネタ的運用列車を撮りたいものです。

157 185系「踊り子」は大半が湘南色編成ですが、109~110号と102号の二運用に限り伊東線系統車には新前橋区リニューアル塗装の7両編成(200番台)が充当されます。そこで今回は踊り子102号にカメラを向けました。しかし一般的な撮影地へ移動するのが面倒だったので、小田急小田原駅ホームから小田原城をバックに上り列車を撮れるポイントで妥協。運が良ければ157系リバイバル塗装編成が入るのですが、前日までの目撃情報も上がっていないのでほとんど期待もせずに待っていたら、まさか、来てしまいました!
因みに日曜日の踊り子102号は先頭側に修善寺編成が連結されるので、このシーンは不可能となります。この日は土曜日だったので結果OKでしたが←自己満足。

185r D誌の団臨情報によると、踊り子102号の20分後、185系の団臨が東海道を下ってきます。車両は何の変哲もない6両編成ですが、誌の運転予定表に記された「ヘッドマーク掲出」の文字に誘われて、ホーム先端から正面ドカンの典型的アングルで撮影に挑みました。
その後はしばらく東海道線のEナントカ系が行き来する様子を眺めていたら小田急ホームにLSEが新宿方から現れました。来るはずのない時間なのになぜ?

Lse2 LSEがVSEの代走で「スーパーはこね13号」に就いているようです。公式時刻表によると、この列車も「運転日により車種が変わる」よう。ははぁ、先のMSE代走に絡めて2段階で運用変更されているのですね。この列車の運用を追っていくと、もしやLSE同士の行き違いが単線区間で撮れるのではと思い、離合シーンが展開される箱根板橋駅で下車しました(あじさい電車そっちのけ)。もう1本のLSE運用にもやはり車種変更可能性の記号が時刻表に付されていましたが、案ずるに及ばず結果はご覧のとおり、運用変更のおかげで2編成しか存在しないLSEの離合シーンを撮ることができました。
代走運用の件、どうやら5月下旬からVSEが1編成入場していることに伴う処置だとか。

5000 一晩明けて22日は小雨交じりの朝、小田原のホテルをチェックアウトした足で、伊豆箱根鉄道大雄山線で運行している「5000系30周年記念マーク」掲出列車を撮影するべく、緑町駅へ向かいました。運用は公式HPに掲載されているので容易にゲットできます。小田原駅の場内信号が見えますが、同駅からは僅か400mの距離。

Lse 緑町から小田急の線路まで一歩き。ちょうどLSE「はこね2号」の時間が迫っていたので線路脇から素直にカメラを向けました。代走運用の件が気になりましたが、宿泊したホテルのネットでいろいろ調べたら小田急HPのロマンスカー空席サイトで予め車種をチェックできることがわかったので、今回はLSEで運転されることを確信していました。
LSEはデビューして34年が経ちますが、このデザイン、塗装はいつ見てもカッコいいですねー。

251 真っ直ぐ帰るのももったいない気がしたので、帰り道は熱海までは在来線でゆっくりと。途中根府川駅で降り、ホームから下り列車を狙うとアウトカーブでイイ感じに撮れるので、踊り子185系とS・V・Oこと251系を待ちました。ここではデビュー以来初撮影をした記念に251系を掲載します。編成が最後部まで収まらないのはわかっていましたが、それにしても関東の幹線系列車は長~い編成だこと。

185185 熱海に移り、前日同様に新前橋区塗装車運用の踊り子102号を撮影。ちょうど併結シーンに巡り合えました。この日は日曜日で、東京方に湘南色の修善寺編成が繋がれます。伊東からの編成はさすがに二日連続で157系塗装車が同じ運用に入るはずもなく、グレー基調のリニューアル塗装編成でした。いずれにせよ、日曜日の102号は混色編成が楽しめます。
最近185系にデビュー当時のストライプ塗装が増殖(復活?)しているようで、やがてすべての185系がストライプ化されるとか、157系塗装は2月までとか(←信憑性高い)、いくつかの噂が持ち上がっていますが、今夏の「ムーンライトながら」にも目を向けておきたく思います。

番外編と言いながら関東の鉄仲間から見れば、日常的出来事でニュース性に乏しいレベルのネタばかりと批判されるかもしれませんが、何卒お許し下さい。
熱海からは「こだま」自由席車でゆったりしながら帰宅の途に。お疲れ様でした。(出札掛)

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2014年7月 2日 (水)

秘境駅

 今回の渡道は、同行者があり、またレンタカーを使うということから、普段はなかなか行けないところに立ち寄ることにした。目的地は、列車本数が極限まで少なくなった石北本線白滝越えの区間の駅である。また、この区間の駅には、昔ながらの駅舎がいくつか残っている。それも興味をそそる。

 まず訪れたのが、上白滝の駅である。

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 相当寂れているし、また、窓など板が打ち付けられているが、蒸機時代を彷彿とさせる雰囲気を留めている。

 蒸機時代、この白滝越えの区間は早めにDL化されたり、撮影できる列車に限りがあることから、訪れる機会はなかった。そのため、白滝越えの各駅を訪れるのは初めてである。

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 駅舎内に掲げられた時刻表。上り下り、各1本ずつしかない。これ以上、列車本数を減らすことができない究極の秘境駅である。全駅乗降をするとしたら、この駅だけで丸一日かかる。どうしたらよいのだろうか?

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 駅舎を撮影中に、ちょうど列車がやってきた。この列車は、普通列車でありながら、この駅を通過する。方向幕には快速が表示されている。

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 特急オホーツクが通過するので、それも撮影した。これは駅のホームからの撮影であるが、まわりに人家はほとんどない。どんな人が利用するのだろう。こうした環境で鉄道を維持しなければいけないJR北海道は、大変だと思う。だからといって、最近多い事故を容認するわけではないが・・・。

 かつては長大編成だったオホーツクも、わずか4両編成。初夏の北海道は最高の観光シーズンのはずだが、列車の利用者は少なそうだ。

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 もうひとつ、良い駅舎のある下白滝にも行ってみた。ここは列車交換の設備がある。向こうから蒸機が姿を現しても、違和感がない。まさに時代が止まったかのようである。

 もっとも、北海道といえども、こうした風情のある駅は相当姿を消しているようだ。白滝越えの区間でも、残っているのはこの2駅だけという。

 最近、他でもこのような光景を見た。アメリカの大陸横断鉄道のデンバーからソルトレークシティの間で乗ったときである。時代の流れに取り残された・・・・といってしまえば簡単であるが、だからといって放置して良い話ではない。今後、こうした鉄道をどのように維持していくか、事業者任せにするのではなく、考える必要があろう。(駅長)

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