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2014年3月

2014年3月31日 (月)

2014年 桜だより-3月31日編

 本日、名古屋の桜は満開になったという。昨日の日曜はあいにくの天気であったが、本日は雨上がりの快晴で、澄み切った青空が美しい。天気予報を見ると、週の後半は天候がもうひとつのようだ。これは行かねばならない・・・というわけで、予定を変更してスクランブル発進とあいなった。 

 まず訪れたのは、名鉄桜駅北の東海通の踏切。ここは踏切の東側に桜の並木がある。このあたり、近い将来には高架となってしまうので、桜並木と併せて撮れるのは今のうちである。

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 続いて訪れたのが、本笠寺と本星崎の間の笠寺小学校横の桜。ここはちょうど今が見頃である。

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 信号のリレーボックスが邪魔になるが、南側からも1枚。

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 続いて、6000系のさよなら運転が行われている瀬戸線に転戦する。

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 まずは、さよなら(ありがとう?)の系統板入りの順光写真を矢田川の定番位置で撮影する。平日にもかかわらず、何人もの同業者がカメラを構えていた。

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 続いて、矢田の西の桜並木で撮影。平日でも場所の確保に苦労する。最終日の週末はどうなってしまうだろうか。ちょっと心配である。 

 瀬戸線での撮影後、どこに行こうか考えて、手近な犬山線の五条川に行くことにした。ここは、まだ五分咲きくらいである。

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 ここに来て、薄雲が張り出して光が弱くなったのと、夕方から用があったため、ミュースカイ1本を撮って撮影終了。この場所、バックが煩いので、あまり好みの場所では無いが、 ミュースカイと桜を入れて撮れる場所はごく限られているのでやむをえない。 

 今年の春は温度が高いので、咲いた桜も雨が降れば、一気に散ってしまいそうな気配である。反面、開花時期の天候はもうひとつ芳しくなさそうなので、タイミングをあわせるのが難しそうだ。また、予定を変更して、スクランブル発進をしないといけないのかもしれない。(駅長)

 

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278.桜鉄2014 2号車 【岡崎公園→豊田市内】 2014/3/31

   今年の桜は開花宣言が出た時点では去年より遅めかと思っていましたが、あっという間に咲いてしまい、油断していると旬の時期を逃してしまいそうな雰囲気だったので、早速、恒例の朝練に行ってきました。

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   定番の岡崎公園です。この週末で一気に咲いてしまい、満開に近い状態でした。このペースだと次の週末まで持つかどうか微妙な感じです。
【2014.3.31 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)

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   木を変えて縦構図でも狙ってみました。6・8両は編成後部が切れてしまうので、縦構図は4両限定です。
【2014.3.31 東岡崎~岡崎公園前】(電車運転士)

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   昼頃に豊田市内に出向く用事があったので、合間に愛環線の桜を覗いてみました。ここは複線化前はそれなりに撮れましたが、今はアングル的にちょっと苦しくなってしまいました。豊田近辺もかなり桜の開花が進行していました。
【2014.3.31 新上挙母~新豊田】(電車運転士)

   ということで、今年の桜は満開までの期間が短そうなので、例年のペースだと撃沈する可能性もありそうです。メンバーの皆様も悔いのない桜鉄をお楽しみください。

 

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2014年3月30日 (日)

気になる機関車

 ようやく暖かさと陽の長さから春を実感できるようになりました。一方でダイヤ改正も行われ、例年のごとく頭の中の修正をしなければならない時期でもあります。
さて、皆さん相次いで3月22日の成果をアップされていますので、小生もちょっぴりですが簡単にご報告をいたします。

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朝の中央線6883レはこちらで。良い光線でしたが心配した通りしなの回送に被られました。改正後はより確率が高くなったような気がしますので、わざわざいらっしゃらないでしょうがここはお勧めできません。それにしても毎土曜日はこの機関車が先頭、国鉄色なので喜ばしいことなのかな?


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もう一つは、富山のEF81です。貨物時刻表を見ると今改正でうんと運用が減っています。予想されたこととはいえ残念なことですが、現時点では一部のEF510の運用にも充当されているらしいので確認がてら出かけました。東から購入した青い500番台が順次運用に入ってきているのでいつまでの措置かわかりませんが、パーイチ狙いは出来る限り早めにということでしょう。(資材担当)

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寒さも彼岸まで

一時的な冬型気圧配置となり、小雪が舞う地域もあった今年の春分の日。「暑さ寒さも彼岸まで」の言い伝えどおりの気候となり、翌22日(土)は一日中温暖なピーカン予報になった!どこに行こう?

そこで、土曜日ならば貨物列車の運転される公算が大きいだろうと判断して、春うららかな中央線に足を向けました。偶然にもこの日は当ブログ記事にあるとおり電車運転士様も木曽路方面に行かれたようで、小生の画像ではとても比になりませんが、撮影地は異なりますのでどうか我慢してご覧ください。

  


6883  
朝の中央線名物6883レは果たして運転されるのかが心配でしたが、このときは前継走の6286レの動きを見て、ほぼ運転の確証を得ていました。それでも列車が来るまでは疑心暗鬼です(*)。
この日の先頭を務めるのは注目の原色カマ1041号機。よって激パが予想される有名お立ち台は避けて、無難に中津川インター横を目指しました。
定番の立ち位置から少し引いて竹やぶバックを選びましたが、線路際の柵が微妙に引っかかったのは誤算。経験不足がたたりましたねっ。
(*)29日も含めて結局3月の全土曜日は6883レが運転されました。しかもすべて1041号機が先頭の牽引を務めましたが、これは単に偶然なのか、それとも何かの予兆なのか・・・。
  

3088 
某ブログで目にした坂下カーブの大俯瞰撮影が今回の主目的。澄んだ空気だからこその挑戦です。坂道を進み、やがて線路が見えてきたものの目の前の樹木に視界を遮られ、これをクリアしようと法面を少し上ったらどうにか線路を見通せる立ち位置を笹やぶの中に見つけました。
ブログで見た画像はカーブ区間を600mm相当の超望遠でカットしております。しかしせっかく眺望のきく俯瞰場所なのだから周りの景色も取り入れないともったいないでしょ?というわけで、線路沿いに流れる木曽川を右側に配しましたが、これでも300mm相当です。遠く坂下駅を通過する3088レの姿が見えたときは、「あぁ~運転されてよかった」、胸をなでおろしました。 この撮影地もやがて木々の成長で、消滅の兆しです。
  

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そんなに無理して脚立を使ってまで写さなくてもいいじゃない?と言われても仕方ありません。そこまでしてまで撮るような場所なのかと問い詰められそうですが、せっかく中央アルプスの見事な容姿が見えているのに無視するわけにはいかないし、今まで撮ったことのない撮影ポイントを探した結果ですから、何卒ご容赦下さい。
  



Akt 
続いて、ツギハギ編成が楽しい明知鉄道の急行列車にカメラを向けます。この日は「じねんじょ列車」のマークを掲げて、真ん中に“元祖”アケチ型車両を連結した凸凹編成。その“元祖”車両も平成27年度には新車に置き換えられる計画があり、今のうちの撮影です。
  


  

3084
  
前日の冬型気圧の仕業なのか、恵那山は真白に雪化粧をしていました。この時期にここまで冠雪するのも稀なことだろうと、ついカメラを向けたくなり、再び中津川インター横まで戻り恵那山バックで定期列車を撮影ながら3084レを待ちます。通過時間が迫り、近くの警報機が鳴り出して3084レの運転を確証。光線状態は終日良くありませんが雪晴れの恵那山はあまり目にしたことがなかったので、記念撮影と洒落込みました。
  


81 
81レと5875レは、区間によっては通過時間が近接しているので、効率は良いもののあまり移動もできず、痛しかゆしです。この日は釜戸ー武並間にある、個人的にお気に入りのポイントに三脚を立てて先ずは81レを待ちます。
あ、81レって休翌日ウヤだったのでは?でもこの区間では5875レが後続で10分後に走ってくるのでウヤでもいいや、とあてにせずカメラを構えていたら、来た!
  

  

5875 
81レは望遠気味で撮影したので、後続の5875レは広角気味に構えました。編成の中に唯一つながれた黒タキがギラリ!
この近辺では電車運転士様も「しなの」を撮影されていたようで、ややニアミスでした。時間的にはすれ違いのようですが。
  

  
 

Ena 
空気が澄んだ晴天は、恵那以南でも中央アルプスがところどころに姿を現します。ちょっと気になった場所があったので、どのような写り具合になるのか試してみました。恵那を出た上り列車が夕陽を浴びてアルプスをバックに勾配を上って来ます。脚立必須。
ま、撮っただけ。ご容赦。
  

  
  
 


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日付は変わり23日(日)も朝からピーカン。早朝の高山線岐阜口にツートンユニット編成が来るので、いてもたってもいられず朝間限定外出許可を申請して坂祝へ向かいました。
アウトカーブに咲き誇っている梅の花が目につき、せっかくの正調ツートン編成ですが、今回は花を重視したアングルを選択しました。列車の光線状態は良くなく障害物もあってまとめ難い位置ですが、このシーンが撮れるのも今年限りかと思い、撮影条件が整わないのは承知のうえでシャッターを押しました。
  
できればこのあともツートン編成を追いかけたかったのですが、家庭平和を維持するため後ろ髪をひかれる思いで帰宅しました。(出札掛)

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2014年3月29日 (土)

277.桜鉄2014 1号車 【境川鉄橋】 2014/3/29

   今年も桜前線の北上にともない、この地方でも桜の開花の便りが届くようになりました。今年は3月に入ってからも寒い日が続いたため、昨年に比べて開花が遅いようです。今朝の新聞の桜だよりを見ると一宮市の木曽川堤が満開近しとなっていたので、ひょっとしたら笠松あたりもいい感じになっているのではないかと思い、足を運んでみました。現地の状況ですが、旧東笠松あたりは咲き始めといった感じで、絵になる状況ではありませんでした。ということで、様子伺いも兼ねて境川の鉄橋付近を訪れてみました。

1214329  こちらも全体的には咲き始めから2分咲き程度で、ピークにはまだ時間が必要って感じでした。せっかく来たのだから1枚もシャッターを押さないのはもったいないと思い、5分咲きに見えるようにアングルを工面してみました。天気は下り坂の予報でしたが、日の出直後は雲の切れ間から太陽が顔を覗かせてくれたので、何とかそれらしい雰囲気にまとめることができました。今日の感じからすると平野部は来週末あたりが見頃と思われますので、皆様方の成果を期待しております。
【2014.3.29 岐南~茶所】(電車運転士)

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2014年3月23日 (日)

電車はどこに行った(鉄橋編)

 電車運転士さんの記事にも良く出てくるが(例えて申し訳ありません)、鉄道を撮影していて陥りがちなのが、雄大な風景を入れたいがために、肝心の被写体である車両が小さくなってしまい、探さないと見つからなくなることである。これは、大きく引き伸ばせ問題がなく、かつ、スケールの雄大な写真となるが、ブログで見たり、せいぜい2L判くらいに引き伸ばすのでしかなければ、「電車はどこに行った」状態となってしまう。しかし、雄大は風景は画面に取り込みたい。このジレンマをどうしたらよいのか。

 ここでお見せするのは、鉄橋を題材とした作品である。スケールの大きな鉄橋は、当然、その全貌を入れたいが、あまりに規模が大きすぎると車両が埋没してしまう。そのもっとも典型的な事例は、英国スコットランドのフォース橋であろう。  

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E9%89%84%E9%81%93%E6%A9%8B

 しかし、まだここは見に行ったことが無い。今回ご紹介するのは、英国ではなく、北米の事例である。

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 これは、カナダ・バンクーバーを流れるフレーザー川に架かるスカイ・トレインのスカイ・ブリッジ。スカイ・トレインは、1986年に開催された交通博を機に開業したコンピュータ制御の新交通システムで、廃止された桃花台のものとは異なり、ゴムタイヤでは無く,リニアモーター駆動で車輪で軌道上を走る。フレーザー川を渡るこの橋は1990年に完成し、最大支間340mの斜長橋で、橋脚の高さは120mで水面からの高さは45m。この方式の鉄道橋としては世界最大という。あまりに雄大なので、走っている車両は豆粒であるが、探してもここ以外に撮る場所はないので、なんともならない。

 新しい橋はお好きでない方もあるかと思うので、今度はぐっとクラシックな橋をご紹介しよう。

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 これは、アメリカ西海岸はオレゴン州ポートランドのスチール・ブリッジ。STEEL BRIDGEでWIKIPEDIAでひっかかるのだから、相当有名な橋と考えても良いだろう。

 http://en.wikipedia.org/wiki/Steel_Bridge 

 1912年に完成したこの大鉄橋は、まさに「鉄の橋」と呼ぶのがふさわしい重厚な造りであるが、その特徴は上下2層となっていることに加え、船の通行に備えて中央部が上がることにある。

 さて、この写真、列車がどこに写っているか、よーく見て欲しい。下を走っているのは、AMTRAKのタルゴの客車を使った「カスケード」である。

 もう1枚、行ってみよう。

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 こちらは、3重連の貨物が下の鉄橋を通過中である。もう少し、どちらかのタイミングがズレればベストであるけれど、それは贅沢というものだろう。

 さて、ポートランドのスチールブリッジの上流には、ブロードウェイ・ブリッジがあり、この橋にも2012年にストリートカーが開業している。

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 この橋は、東京の勝ちどき橋のように中央部が跳ね上がる構造である。電車は、その開く部分を走っているのであるが・・・・小さくて良くわからないですなぁ。

 まあ、鉄道を見るのではなく、世界にはこんな橋もある、ということで見ていただくということにしましょう。願わくば、この鉄橋が上がる時を見てみたいものである(駅長)。

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276.木曽路の春はまだ遠き 2014/3/22

   この3連休は好天に恵まれ、線路端に出掛けられたメンバーの方も多かったのではないでしょうか。そういう自分は桜鉄の準備期間として家族運用をこなしながらおとなしくしているつもりでしたが、21日の夜空を見上げていたところ、月や星がクッキリと見えていたので、クリアな晴天が期待できそうでした。こうなると鉄の血が騒ぎ出すのは当然の成り行きで、クリアな晴天でないと達成できない目的もあり、22日の早朝、木曽路方面へスクランブル発進となりました。

1214322   いつもの年ならダイヤ改正後は運転されなくなってしまう6883列車でしたが、今シーズンはまだ運転が続いているようです。3連休中の土曜日ということもあって運休かもしれないという不安もありましたが、運よく運転されていました。3月も下旬となるとこの築堤も陽が当たるようになり、6883列車の撮影が可能となりました。先頭は白Hゴムと国鉄色を維持している1041号機でした。こんなことなら武並定番アウトカーブで待てばよかったとちょっとだけ後悔です。
【2014.3.22 瑞浪~釜戸】(電車運転士)

2214322   1041号機ということであれば1枚くらいは順光正面ドッカン写真をと思い、伊奈川定番が脳裏に浮かびましたが、激パ状態が想像できたのと3088列車との兼ね合いも考慮して、田立手前の跨線橋上で待つことにしました。見たところ正面・側面とも塗装がかなり色褪せており、検査期限が来るとこのまま廃車になってしまうのではないかということが危惧されます。
【2014.3.22 坂下~田立】(電車運転士)

3214322   3088列車は時間に余裕がないのと新たなポイントが思い浮かばなかったこともあり、以前にも撮ったことがある野尻ストレート付近の中央アルプスバックのポイントでお茶を濁しました。
【2014.3.22 十二兼~野尻】(電車運転士)

4214322   須原のバカ停の間にさらに6883列車を追っ掛けました。藪原付近まで来るとまだ残雪が見られるところもあり、木曽路の春はまだまだ遠いなぁといった感じでした。
【2014.3.22 宮ノ越~藪原】(電車運転士)

5214322   2月の時に試したポジションにも行ってみました。前回は縦構図で狙ってみたので、今回は横構図でにしてみましたが、中央アルプスはたくさん入るもののちょっと列車が小さすぎのような感じがしました。
【2014.3.22 野尻~大桑】(電車運転士)

6214322   今回のスクランブル発進の目的がこれです。前回は3084列車を別のポイントで俯瞰した後にここを訪れたため、「しなの」しか撮ることができませんでしたが、この日は3084列車を思いどおりの条件で撮ることができました。
【2014.3.22 野尻~大桑】(電車運転士)

7214322  そのまま3084列車を追っ掛けて国道19号線を南下しました。せっかく中央アルプスが綺麗に見えているので、もう1回山バックのポイントで撮りたいと思い、ここに向かいました。時間的に微妙なタイミングでしたが、ギリギリで間に合いました。それにしてもバックに写るアンテナ、どうにもならないのはわかっていますが、風景がすばらしいいだけにどうにかならないものか毎回考えてしまいます。
【2014.3.22 恵那~美乃坂本】(電車運転士)

8214322  前回は霞で見えなかった中央アルプスもこの日はここからでもその姿を見ることができました。高いポジションがないため、どうしても電柱や電線をクリアすることができないのが玉に傷です。もう撮影可能な上りの貨物列車はないため、「しなの」で我慢です。
【2014.3.22 釜戸~武並】(電車運転士)

9214322   81列車と5875列車はかろうじて側面に陽が当たる武並アウトカーブポイントで待ちました。今回は81列車の10分後に続行でやって来る5875列車をアップします。
【2014.3.22 武並~恵那】(電車運転士)

10214322_2   最後は5875列車を夕陽ギラリ狙いで中津川IC裏ポイントで締めくくろうと企みましたが、3月も下旬ともなると太陽の位置が高く、光り方も中途半端で空の赤味も足らないこともあって結果はイマイチでした。5875列車の夕陽ギラリは2月までの期間限定のようで、来シーズンの宿題になってしまいました。
【2014.3.22 美乃坂本~中津川】(電車運転士)

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2014年3月21日 (金)

名鉄「勝馬号」復活?

公式HPにも掲載されておりますが、名鉄では春の中京競馬場開催をPRする系統板が6種類用意され、3月15日から末まで3編成に前後2種類ずつ掲出されます。あぁ、またか~、とHPで公表された系統板のデザインを見てみると、相も変わらず細密に描かれたポスターまがいのイラストに混じって、ん?なにやら懐かしいデザインが・・・。

 

1_77 そこに見たのは、ご記憶の方もいらっしゃるかと思いますが(興味のない方、すみません)、かつて新名古屋から中京競馬場前まで、有料特急としては最短距離区間を走った「勝馬号」の一般板タイプのイラストでした。
某冊子によると、このイラスト板のデビューは1978か79年頃のようで、かれこれ35年も前のことです。パノラマ用板が黄色ベースのデザインであるのに対し、こちらのタイプは緑色ベース。列車名、イラストは同一なのに2種類のカラーが存在する名称板はあまり類を見ず、ちょっと面白みを感じました。
当時撮影したカラー画像は残念ながらお見せできそうにもないので、白黒画像でお許し下さい。【1983/12/18】

 

2_112f これは今回の「勝馬」板で、112F編成に掲出されています。まさか当時のモノを使用しているわけでもあるまい?と画像をよーく見比べると、微妙に書体やイラストの配置が異なるので当イベントに際し新調されたものと思われます。鶴舞線乗り入れ車に掲出されようとは全くの予想外でしたが、某ブログサイトによると、名鉄創業120周年・第12回名鉄杯など“12”つながりという理由で112Fに掲出されているのではないかとの話。
それはさておき、今の若い鉄ちゃんにはこのイラスト板を見ても特急現役時代のイメージは想像つかないかもしれませんね?【2014/03/16 711レ】
  
 
  

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この際なのでパノラマ「勝馬号」も掲載します。今から約20年前、 同号が姿を消して久しい1993年秋のこと、7000系白帯車による「勝馬号」が一時的に復活を果たしました。以前と変わらない系統板のデザインに懐かしさを覚えつつシャッターを押しました。もしや板自身も何所かで保管されていたのでしょうか?無難に駅撮り、ご容赦ください。【1993/11/27 518レ 7015F 撮影メモによると当列車の運転区間は新可児→中京競馬場前】
  

  

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記憶に新しい「勝馬号」は、↑ ですが、すでに10年以上も前のことになります。中京競馬開催日に新岐阜ー豊川稲荷間を走る定期急行822レ~1121レと922レ~1221レの2往復に掲出されました。2本とも6000系の運用なので、運が良ければ貫通タイプの編成が先頭を飾ってくれます。【2002/12/15 1221レ 6022Fほか】


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翌年の板はデザインが変更されました。JRA50周年記念マークが小さく添えられ、最近の傾向に反したシンプルなデザインは、かえって一昔前の名称列車らしさを感じさせました。【2003/03/23 1221レ 6004Fほか】 
  

 
  

  
6_604 さらにしつこく次の年の「勝馬」画像です。またまたデザインが変わりました。JRAのマスコットキャラクター「ターフィーくん」が描かれて好印象ですね~。【2004/05/29 偶然にコチラも1221レ 6004Fほか】
  

  
7_605 え~い、こうなりゃドンドン載せてしまえー!と続いてはスペシャルデザインの「勝馬号」。名馬“サイレンススズカ”展の催事をPRしたイラストが施されました。使用されたのは限られた僅かな日数のみか?【2002/05/25 822レ 6022Fほか】
  

  
「勝馬号」を語るも昔話ばかりになってしまうのは、それだけ時代が過ぎて自分も歳をとった証拠。なんだか悲しいです・・。(似たような写真ばっか!出札掛)

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2014年3月15日 (土)

4年前の首都圏遠征

そんなつもりはなかったけど、14日夜9時のNHKニュースで放映された中継に、思わず見入ってしまいました。
国鉄時代に誕生したブルトレのなかで最後まで残った「あけぼの」の定期運行ラストラン。汽笛一声ホームを離れていく列車をテレビの画面で見送りました。どんな列車でもラストシーンは感慨深いものがありますが、とりあえず今年の春臨としては存続されるので、少し冷静に・・・。

時は遡り4年前の冬、やはり夜行列車の廃止ネタで当時注目されていのはコレ ↓ でした。

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平成22年3月の改正では単に「北陸」、「能登」の廃止というだけでなく、ボンネット型485系定期列車の終焉と、「あけぼの」に見られたEF64 0番台唯一の特急仕業消滅という歴史的?な事象も含まれており、改正まで残すところ約1か月となった平成22年2月13日、これらをカメラに収めるべく早朝/深夜の大宮駅を目指しました。

 

2021 13日の夜、大宮で迎えた2021レ「あけぼの」のカマはノーマルの1000番台で、ごく一般的な編成の撮影でしたが、とうとうこの画像も過去帳入りとなってしまうようです。因みにこの機関車【EF64 1052】は上り「あけぼの」定期最終列車の牽引を務めました。
 

Hkrk メインディッシュの1本目、3011レ「北陸」も大宮にて10名ほどの同業者に混じって記念撮影です。機関車は双頭連結器を備えたEF64 1031。週末なので激パや罵声を恐れていましたが、いたって平和に事が過ぎました。続行の「能登」も同様に撮影し、本日終了。

 

Noto 翌14日、皆さん早朝からご苦労様ですね~。朝5時過ぎだというのに大宮駅ホーム先端にはすでに10名を超える同業者。「能登」はスカート部にうっすらと雪化粧をしてほぼ定時で到着しました。後続の「北陸」も無事撮影完了。

 

6437 陽も昇り、2022レ「あけぼの」を狙うに当たっては、上野近辺なら走行写真を撮れるほどの明るさになってきたので、たまには趣向を変えて尾久への推進回送を狙いました。牽引機は期待どおりのEF64 0番台、さらに茶ガマの登場で二重の喜びとなりました(←某機関車運用サイトで予め予測していましたが)。

 

2 せっかくなので、同年夏にEF510への置き換えが予定されていた「北斗星」も蕨付近で狙いました。当日朝の濃霧の影響で宇都宮線のダイヤが乱れ通過時間も定かでないなか、是が非でも被りを回避して確実にゲットするため歩道橋上から客車無視の牽引機重視アングルを選びました。現れた2レはカシガマ塗装機。赤の定番機は前夜に1レで取得済みなので、個人的にはイレギュラーな運用に感激ですが、好き嫌いが分かれそうです。こんなアングルなので絵的にはつまらないですが、ご容赦ください。

 

500 新幹線500系も同改正で新大阪以東のJR東海エリアから姿を消すことになりました。つまり東京駅を発着するシーンも間もなく見納めになるわけで、これをカメラに収めようと有楽町駅隣接の有楽町マリオン10Fの自由通路からガラス窓越しに発車シーンを狙いました。折しも東海道線を伊豆急のアルファリゾート21が並走してきました。時刻表を見ると双方とも東京を12:30に発車するスジで、タイミングよく顔を合わせてくれました。

 

253 続いて、こちらも同年夏で世代交代される成田エクスプレス用253系を、原宿の宮廷ホームをバックに撮影しました。山手線電車に被られなかったのは幸いでしたが、何やら工事作業が行われており、これがちょっと目障りでした。

そういえば当ブログには掲載していない内容だなー、と振り返ったらブログ開設2か月前の出来事でした。(出札掛)

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2014年3月14日 (金)

早春の明治村散歩

海外へ、ダイヤ改正を前に、とみなさんご活躍のようで、その行動力には感心させられるばかりですが、ここしばらくは遠出ができない身なので、春めいてきて体を動かしがてら身近なところに散歩に出かけてまいりました。

勤務先も加入している○×○×倶楽部の20周年特別企画で3月3日~9日、博物館明治村の入村料が無料とのことで、何かにつけ「無料」というコトバに弱い我が家は、その最終日に行くことになりました。
同行者の手前あまり重いカメラは持って行けず、コンデジをポケットに忍ばせ、チャンスがあれば、とそれとなく誘導するつもりでした。が、この日は「明治探検隊」なる宝探しゲームも無料という特典があり、これに参加するというのでなかなか思うようにはいきませんでした。

Ixy620f_287 それでもどうにか日本庭園まで行きました。まだ木々が芽吹く前で、結構スッキリ撮れました。

Ixy620f_290 こちらも9号機復活のニュースで明るい話題の東海道線?ですが、2014年明治村カレンダーの3月の図柄である菊の世酒造横の梅園も見頃を迎えていました。雰囲気にそぐわないお客サンがいたので、左はこれが精いっぱいで、ちょっと残念でしたが・・・。

久々にカメラを持ち出しました。撮影勘はすっかり鈍っていますが、それにしても近頃のコンデジはよくできてますねぇ!(検査掛)

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2014年3月11日 (火)

275.一足早い春を満喫するはずが…【小湊鉄道・いすみ鉄道】 2014/3/8

  翌3月8日は土曜日で休日だったこともあり、日帰りするのはもったいないと思い、そのまま居座ることにしました。向かった先は小湊鉄道といすみ鉄道、菜の花が咲いていれば一足早い春を満喫できる予定でしたが、今シーズンは2月の大雪の影響もあり、昨年に駅長様が訪問された時に比べると程遠い状態で、春を満喫するどころか真冬に逆戻りしたような寒い日に当たってしまいました。

121438  五井駅の自由通路からの定番アングルです。今回も昔ながらの変わらぬ情景は健在でした。朝日に赤く染まった光景が印象的でした。
【2014.3.8 五井】(電車運転士)

221438_3  五井から乗った下りの始発列車の車内からロケハンしましたが、沿線の菜の花ポイントは菜の花の気配すら感じられず、結局、上総大久保まで来てしまいました。養老渓谷で折り返しの上り列車は20分くらいしか時間がないこともあって上総大久保俯瞰ポイントに急ぎました。この時期はまだ冬枯れの状態で、風景に彩りがないのが残念でした。
【2014.3.8 上総大久保】(電車運転士)

321438_3  カメラを左に振ったアングルでは逆光になったものの、バックの田んぼが霜で白かったのとオレンジツートン塗色のおかげで思ったより列車の存在感が失われなかったのは助かりました。
【2014.3.8 月崎~上総大久保】(電車運転士)

421438_2  後の予定を考えると俯瞰ポイントに長居することはできず、1本撮っただけで下に降りて定番のアウトカーブポイントに移動しました。今さらといった感もありますが、オレンジツートンはどんな条件・風景にもマッチしてくれます。
【2014.3.8 月崎~上総大久保】(電車運転士)

521438_2  速攻でダッシュしたら前の写真と同じ列車をもう1回撮ることができました。一面に霜が降りた状態のままだと寒い朝の雰囲気が感じられてよかったのですが、日の出からそれなりの時間が経ってしまっていたため、霜は日陰部分しか残っていませんでした。
【2014.3.8 上総大久保】(電車運転士)

621438_2 昨年、駅長様が撮られた菜の花畑ポイントに向かいましたが、菜の花の菜の字のかけらもなく、何これ?といった感じでした。気を取り直して周囲を見渡すと花が咲いた梅の木があったため、これを取り込むことで少しでも春の雰囲気を出そうと試してみました。
【2014.3.8 上総大久保~養老渓谷】(電車運転士)

 721438 養老渓谷~上総中野は昨秋の台風26号による被害が復旧していないため、バス代行が続いていました。代行バスで上総中野に着くといすみ鉄道のキハ28+52の列車が乗客を待っていました。発車までに少し時間があったので、駅撮りをしようと大原寄りへ向かったところ大きな梅の木がありました。列車ともバランスよく納まってくれ、まるで国鉄時代にタイムスリップしたかのような光景でした。
【2014.3.8 上総中野】(電車運転士)

821438  キハ52はタラコ色に衣替えすることが発表されていましたが、実際に目にしてみた感想は当たり前ですがやっぱりオレンジツートンがいいということでした。キハ52は上総中野寄りに連結されていたため、下り列車はサイドから狙えるポイントはないかと探したのがここでした。杉の木の葉が真っ赤になって今にも花粉が大量飛散しそうな状態で、花粉症の自分にとっては非常に辛い状況でした。
【2014.3.8 総元~西畑】(電車運転士)

921438  今回はキハ28運用開始後の初めての訪問だったので、1枚くらいはバリ順光で編成写真風のものを押さえておきたいと思っていました。おあつらえ向きのポイントがあってラッキーでした。今のところ土曜日はHMなしの運行です。いすみ鉄道の配慮に感謝です。
【2014.3.8 総元~西畑】(電車運転士)

1021438_2  キハ28+52の撮影を終え、総元に戻る途中にまたまた梅の木があったので、一般車両でしたが、梅の木にお世話になることにしました。やって来たのは外観がキハ20風にデザインされたいすみ350型の2両でした。
【2014.3.8 総元~西畑】(電車運転士)

1121438_3  ある程度期待をしていた城見ヶ丘の菜の花は残骸状態でまったく絵になりそうにもなかったので、代替で考えていた国吉のゆる鉄ポイントに向かいました。空が抜けるような青空だったので、思い切って空を大きく取り込んでみました。空の青色とオレンジ・赤系統の国鉄色とのコントラストが絶妙でした。
【2014.3.8 国吉~上総中川】(電車運転士)

1221438_2  西大原に移動しましたが、付近の築堤の菜の花もどうにもならない状況でした。1か所だけかろうじてまばらに咲いているところがあったので、1枚くらいは何とか菜の花の写真を撮ろうと思い、無理やり的に撮ってみましたが、逆光に加えてアングル的にも苦しい感じになってしまいました。
【2014.3.8 西大原~上総東】(電車運転士)

1321438  最後は約1年半前にも行った俯瞰ポイントに登ってみました。前回のキハ52の時は曇りでイマイチな結果に終わってしまいましたが、タラコ色とはいうものの太平洋の水平線もクッキリでリベンジすることができました。
【2014.3.8 西大原~上総東】(電車運転士)

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2014年3月10日 (月)

274.上野口でブルトレ+α 2014/3/7

  3月7日に所用で東京方面に出向く機会があり、せっかくなので3月15日のダイヤ改正で臨時化される「あけぼの」をメインに上野口でブルトレを記録しようと計画を企て、とりあえず実行してきました。

121437  「あけぼの」は時間的な都合もあり、東十条で待つことにしました。東海道線系統ではすでに見ることができない211系ですが、東北・高崎線系統では風前の灯状態といいながらも何とか生き残っています。「あけぼの」の前走りの電車は211系なので、効率よく記録できるのはありがたかったです。
【2014.3.7 東十条】(電車運転士)

  この日は低気圧が三陸沖を発達しながら北に進み、北日本は季節外れの強い冬型の気圧配置となり、大荒れの天候となっていました。このような状況により「あけぼの」も大幅な遅れが出ていました。情報によると、高崎で新幹線への振替を実施、朝ラッシュ時間帯の上野到着を避けるため、その後は岡部で抑止となってしまいました。こうなると大宮からはこの日運転がなかった「カシオペア」のスジに乗っかることが予想されたので、東十条はとりあえず撤収しました。

221437  東十条から向かった先は北王子貨物線、こちらも今度のダイヤ改正で廃止が予定されています。1日3往復が運転されており、朝の便にちょうど間に合うタイミングでした。東十条からは徒歩で7~8分の至近に位置しており、掛け持ちにはもってこいでした。田端からの便がデッキ上の係員に誘導され、貨物線を進んできました。
【2014.3.7 田端~北王子】(電車運転士)

321437  北王子でのお馴染のアングルです。バックの桜並木が満開のときは圧巻の光景を目にすることができますが、今年は開花を待たずに列車自体が消えて行く運命が待っています。
【2014.3.7 北王子】(電車運転士)

421437  入換終了後、田端寄りにある歩道橋までダッシュして折り返しの便を待ちました。下町的な雰囲気の中をゴトゴトと進む貨物列車はなかなかいい味を出していました。
【2014.3.7 田端~北王子】(電車運転士)

521437  遅れの「あけぼの」は光線状態などを考慮して西川口で撮ることにしました。予想どおり、約2時間30分遅れで「カシオペア」のスジで来たのまではよかったのですが、姿を見せた直後に背後からタタン・タタンと怪しげな音が聞こえ、京浜東北線の電車が手前の線路を横切って行きました。慌ててズームを広角側にしてとりあえずシャッターは押しましたが、撃沈は避けられたものの中途半端な結果となってしまいました。
【2014.3.7 西川口~蕨】(電車運転士)

721437  定時なら10分後に来るはずの「北斗星」でしたが、こちらも荒天による運転規制の影響で1時間以上経っても一向に姿が見えません。実はEF510の「北斗星」は初めてのことだったので、撤収する勇気もなく、身を切るような寒さの中でしたが、時間の許す限り待つしかありませんでした。タイムリミットまで残り30分を切ったところで約1時間30分遅れの「北斗星」が眼前を通過して行きました。今度はカブリはなかったものの、陽が反対側に回ってしまい側面が潰れてしまいました。今回のブルトレは「あけぼの」・「北斗星」とも残念ながら消化不良の結果に終わってしまいました。
【2014.3.7 西川口~蕨】(電車運転士)

621437  「北斗星」までの待ち時間に撮った185系です。こちらもダイヤ改正で定期運用は651系にバトンタッチするとのことで、ついででしたが記録することができてよかったです。
【2014.3.7 西川口~蕨】(電車運転士)

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2014年3月 9日 (日)

瀬戸鉄

愛知環状鉄道で久しぶりに運転されたイベント列車。ちょっと撮りに行ってみようと沿線まで出かけました。
HMも掲出されるようなので、それとわかるアングルで撮影できそうな場所を検索します。駅のホームというお気楽な手もありますが、できればどこかの駅間で走行風景を狙いたく思うものの、条件的にかなり絞られそう。しかもイベント列車は太陽を背にして走行する時間帯となるので、先頭正面は何処で狙っても逆光でツブれがちになります。順光で狙うには、後追い撮影もしくは回送列車に頼ることになりそうだし、「とりあえず撮れればいいか」と半ばあきらめと妥協。
ところで、名鉄瀬戸線では「さよなら赤い電車」イベントの一環で、最後に残った赤電編成6035Fに今月からさよなら系統板を掲出して運転されています。ついでだからとコチラも撮って一石二鳥といきましょう、というわけで効率性を考えたら目的地は必然的に瀬戸市内となりました。
  

1083 
この日の赤電系統板運用は目撃情報によると1000レからスタートのようで、愛環イベント列車 の直前に撮影しようとすると、尾張旭で折り返す1083レ~1180レがターゲットになります。まずは愛環の撮影地をロケハンするため少し早めに現地入り。ともあれ「団体」表示が撮りたいので瀬戸市駅以南を目指さないといけません。瀬戸口駅付近でうろうろしていたらムリやりどうにか撮れる場所を見つけました。いったん尾張旭に戻り、赤電6035Fの1083レを待ちます。
  


1180_2 尾張旭からの返し1180レは、少しでも正面に陽が回るよう旭前駅手前のカーブにて。撮影後、30分後にやって来る本日メインの愛環イベント列車を撮影するべく、先ほど立ち寄った「どうにか撮れる」場所に戻ります。
  


  
9101

ほとんど逆光で、本当に「どうにか」撮っただけです。強いコントラストは、N社のアクティブD-ライティング機能が多少は救ってくれたでしょうか。当該列車は2両編成だろうと勝手に思い込んでそのように構えていたら、あら、4両編成だったのね。
  


時間は昼12時近く。この30分後、瀬戸線6035Fが尾張瀬戸にやって来るので、順光状態で撮影できるよう線路が東南東方向を向く尾張瀬戸ー瀬戸市役所前に移ります。

1103 実はこの場所でせとでんを撮影したのは意外にもこれが初めてでした。系統板掲出列車を撮るには最適です。さらにこの20分後、今度は高蔵寺から戻ってくる愛環イベント列車の回送を撮影します。
  


9102 トップライトではあるものの、瀬戸市ー瀬戸口の定番お立ち台にて奇をてらわず正当に、と思っていたところ、画像をご覧いただければおわかりのとおり、まさにドンピシャリで薄雲の洗礼を受けました。時間も場所もまさにピンポイント!いや、お見事でした。

HM付き列車の撮影は何かと疲れますね。気にし過ぎでしょうか。そんな事よりも、瀬戸市内の駅は「瀬戸」が付く名前がやたらと多いことに今さら気が付いた自分。(2014/03/09撮影:出札掛)

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2014年3月 4日 (火)

トルコの休日

 マヨルカ島の帰りには、トルコに寄ってきた。 

 目的は、もちろん「トルコ風呂」!(こういう言い方は古いか(^_^;))そして、夕暮れのボスポラス海峡のクルージングを楽しみ、さらにはアジアとヨーロッパをつなぐボスポラス海峡大橋のドライブをして、世界三大美食のひとつ、トルコ料理に舌鼓をうつ、という、話だけ聞けば相当、セレブ?な旅である。 

 これがボスポラス海峡の夕暮れ。モスクがシルエットで浮かび上がり、良い雰囲気である。こんな雰囲気で列車を撮れれば言うことが無いのであるが・・・・残念。

Photo_4

 まあ、このように書いても、誰も額面通りに受け取ってくれないだろう。 

 種明かしをすれば、イスタンブールに寄ったのは、トルコ航空を使ったための途中降機。ボスポラス海峡のクルージングは、こんな船であった。

Photo_5

 要するに、ボスポラス海峡をわたる渡し船である。運賃50円のクルージングである。 

 さらにボスポラス海峡大橋のドライブは、この自動車。

Photo_7

 要するに、路線バスである。最近のはやりの言葉で言えば、BRTである。ただ、このBRT、本数も多くて待ち時間が無いし、高速道路を走るので速度も速く、なかなか快適である。ボスポラス海峡大橋をわたるので、事前に導入空間や強度を確保していないと軌道系の導入は難しい。となると、このBRTは公共交通整備として良い方法で、利用者も多い。BRTは、鉄道の代替として使うのではなく、こうした使い方が本来の使い方ではないか、と思う。 

 このBRT、ちょっと特徴があるけれど、おわかりかな?走行方法に注目をしてほしい。 

 さて、ボスポラス海峡と言えば、昨年秋、開通した海峡トンネルがある。これに乗ることが、今回、イスタンブールを訪れた目的でもあった。

Photo_9

 これが、ボスポラス海峡トンネルを走る列車。このトンネル、日本のODAで建設され、開業式には首相も参列したが、なぜか車両は韓国・ロテム製である。乗ってみての感想は・・・・単なる地下鉄、ですな。全線地下で、当然ながら風景は見えないし。 ただ、ホームの長いことが印象的であった。過剰設備というよりも、将来の高速列車の乗り入れの対応とみた。

 あと、食事であるが、これは当然、ケバブとガラタ橋の名物・サバサンド。ファーストフードなので、かなり安く済む。(^_^;)肝心のトルコ風呂は、ホテルの中のバス。なんとかランドではなく、サウナ+垢すり+マッサージである。以前、トルコに行ったときにもトルコ風呂に行ったが、いろいろ調べたのだけれど観光客として足下を見られたのか、値段は高く、サービスもいまいちであった。今回は、ホテル内のトルコ風呂なので、値段もぼられることは無く、サービスもまずまずであった。

Photo_13

 それはさておき、ちょっとは?電車も撮影している。

Photo_12

 代表的なモスクであるスルタンアフメットをバックに走るLRT。右側が最近、導入されたフランス製のシタディスである。この写真が撮れれば、まずは目的達成である。この場所で待っていると、あやしいトルコ人から何回も声をかけられる。それも、実にうまい日本語である。どうして日本人とわかるのか、考えてみれば不思議だ。 

 こういう怪しいトルコ人の言葉には相手をしない方が良いので、黙っていると、「トルコ人、日本人に親切よ」と憎まれ口をたたいて去って行く。なかには、「あの方達は怪しいトルコ人なので、注意するように」とご丁寧に忠告していく怪しい人もいる。こういう怪しい雰囲気は、被害さえあわなければ、結構、楽しい。(^_^;)

 さて、そろそろイスタンブールを訪れた目的を・・・。もちろん、ボスポラス海峡の海底トンネルに乗ることは大きな目的のひとつだったが、以前、訪れたときに高床ホームで高床車が運行していたゼンティンブルヌからのT2系統が、T1系統と直通運転を開始して、ホームが低床化された、というので、それを見に行ったのである。

Photo_14

 これは高床車が運行していた当時のT2系統。この写真は、5年ほど前の撮影である。

Photo_16

 現在は、このように低床ホーム化している。 

 歴史的に見れば、イスタンブールのLRTはミニメトロのM1と同じ高床車を使い、ホームも高床であった。それが、ボンバルディアのスゥイフトA32を導入したときに、場所を一部移設し、ホームを低床化した。その延長であるT2は、当初、M1の車両を使い、また、ドイツのケルンからB80形を譲受して、高床ホームで開業した。これが低床化するときに、T1同様にホームの位置を変えるのか、あるいは同じ場所で低床化するのか、興味があったが、結論から言えば同じ場所で低床化している。ケルンのB80形はステップを持っているので、低床ホームでも乗降できる。それなら、最初から低床ホームにしておけば良かったと思うのだが・・・。

 最後に、線路が柵で覆われて撮影場所が無かったといわれるT4。

Photo_18

 新しくトプカピまで延長された区間には撮りやすい場所があった。車両は、韓国製である。

 このほかイスタンブールには、2箇所で古典トラムの運行もある。現在、高速鉄道の工事中なのでそれらが見られないのが残念だが、その完成の暁には鉄ちゃんには相当、魅力的な街になるはずだ。(駅長)

 

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地下駅 萌え

 スペインの地下駅の壮大さが話題となったので、驚くべきスケールで広大な地下空間が広がるマドリッドの地下駅。確か、チャマルティンだったように記憶する。どれぐらいすごいかは、実際にご覧になっていただこう。

Photo_3

  地下の滝。といって、水は流れていないが・・・。これでも、1層分が隠れている。人と比べると、その大きさが分かろう、というもの。

3_2

 地下の遙か下に電車線が見える。たしか、ここでは3線が交差していたはずだ。それにしてもねぇ。こんな大きな空間を持った駅、必要なのかしら。(駅長)

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2014年3月 3日 (月)

273.1980年夏 九州撮り鉄行脚 10号車【鹿児島交通2】1980/8/14

 鹿児島交通2日目も1日目と同様、「かいもん5号」を伊集院で降り、鹿児島交通入りしました。1日目は上日置・日置周辺が中心になってしまったため、さらにローカル色が濃そうな加世田以南の区間をメインにしようと思い、伊集院から「かいもん5号」に接続する下り1番列車で南下しました。

1280814_4 伊集院から乗った下り1番列車は加世田止まりだったため、一気に加世田以南に向かうことができず、広々とした風景が広がる南田布施で途中下車しました。線路が見下ろせるような高台がなかったので、仕方なく線路端で列車を待ちました。夏草が生い茂る線路をキハ106が進んできました。
【1980.8.14 南田布施~阿多】(電車運転士)

2280814_5 次の列車は朝日をバックにシルエット狙いとしたかったのですが、東の空には雲が広がってあえなく撃沈、何とも中途半端な状況になってしまいました。
【1980.8.14 北田布施~南田布施】(電車運転士)

3280814_4  この日の目的は南田布施付近ではなかったため、2本撮っただけで早々に撤収し、南田布施まで戻りました。長年風雨にさらされ廃墟となったような駅舎だったので、旅客の乗降は期待できないと諦めていましたが、列車到着直前になって地元のおばさんが1人現れ、びっくりでした。まさか人が現れるとは思ってもいなかったので、廃墟のような駅舎を大きく入れたアングルで構えてしまったのがちょっともったいない結果になってしまいました。
【1980.8.14 南田布施】(電車運転士)

4280814_4 南田布施から乗った列車も加世田止まりだったため、次の枕崎行きまでの時間に加世田構内の車両達を撮影しました。留置線にキユニ101とキハ103が休憩中でした。昭和30年代のローカルな雰囲気がプンプンで、どんなアングルで撮っても絵になる場所でした。
【1980.8.14 加世田】(電車運転士)

5280814_4 鹿児島交通にはDD1201と1202の2両のディーゼル機関車がいましたが、すでにこの時は貨物営業は行われていなかったため、動く機会はほとんどなかったと思います。DD1202が検修建屋横のいい位置に留置されていました。
【1980.8.14 加世田】(電車運転士)

6280814_4 前の写真でDD1202の後ろに怪しげな客車が気になった方も見えると思いますので、一部をご紹介いたします。ここに留置されていた客車は塗装こそ長年の放置によりほとんどはがれてしまっていますが、台車・車体は何とか原型をとどめていました。手前はテフ(手荷物緩急車)、奥の機関車の次位はダブルルーフ・オープンデッキのハフです。どちらも木造の2軸単車の客車で、おそらく明治時代に造られた古典客車だと思いますが、整備されれば間違いなく文化財的な扱いをおけただろうと思われる貴重な代物に見えました。
【1980.8.14 加世田】(電車運転士)

8280814_2 3両目にはダブルルーフの木造ボギー車がいました。形態から見るとホユニのように見えますが、ボギー車とはいえ、これはこれで貴重な存在だったのではないでしょうか。
【1980.8.14 加世田】(電車運転士)

7280814_4 客車の裏側には雨ざらし状態で放置された蒸機の廃車体が隠れていました。おそらく5号機だと思います。後で知ったことですが、横の検修建屋の中には他の蒸機が保管されていたようで、当時はそんな事前の知識を持ち合わせていなかったため、残念ながら記録することができませんでした。また、構内の伊集院寄りにはこれ以外にもかなりの数の客車や貨車、元ガソリンカーの廃車体が放置プレイされており、木造客車などは朽ち果て寸前の状態で自然に帰りつつあり、、この一角は独特の雰囲気を醸し出していました。
【1980.8.14 加世田】(電車運転士)

9180814 加世田構内の撮影をひと通りこなした後、枕崎行の列車でさらに南下を続けました。加世田以南はただでさえ少ない列車本数がさらに減少するため、効率が悪くなりますが、仕方ありません。上内山田~上津貫間は山間部を行く区間で、どこか俯瞰できるポイントはないものかとみかん畑の中を彷徨いながら探したポイントです。この日は朝から曇りがちでしたが、とうとう雨が降り出し、メリハリのない写真になってしまったのは残念です。
【1980.8.14 上内山田~干河】(電車運転士)

10280814_2 津貫方面に移動し、別のポイントを探しましたが、なかなかイメージどおりのポイントが見つかりませんでした。そうこうしているうちに列車の時間が迫ってしまい、ここで妥協せざるを得ませんでした。山間の雰囲気は味わえるかなといった感じはしますが、もう一工夫ほしいところでした。
【1980.8.14 津貫~上津貫】(電車運転士)

11280814_2 撮影を終えて津貫まで戻りました。この頃には雨も止み、蒸し暑さが戻ってきました。かつては交換可能駅だったようで、夏草の中に使われなくなった線路が残っていました。お盆のお墓参りの帰りでしょうか、乗車客があったのはラッキーでした。このカットを撮影後、加世田に戻るため、ダッシュでホームに駆け上がり、写真の列車に乗り込みました。
【1980.8.14 津貫】(電車運転士)

122301_2 乗り込んだキハ301はまずまずの乗車率で、車掌がきっぷの発売に車内を忙しそうに動き回っていました。座席はモケットではなくビニール張りで、こんなところにも中小私鉄らしさが感じられました。
【1980.8.14 キハ301車内】(電車運転士)

13280814_2 上内山田では家族連れが降りたので、停車中のホームに降りてシャッターを押しました。無人駅で車掌が集札する光景は当時は全国どこでも当たり前のように見られましたが、ワンマン化が進んでしまった今では限られた線区でしか見ることができなくなってしまいました。
【1980.8.14 上内山田】(電車運転士)

14280814 加世田は鉄道の管理部門・車両基地・乗務員区などがあり、鉄道線の中枢機能を担っていました。また沿線最大の町で乗降もそれなりに多く、列車が到着すると活気にあふれる光景が見られました。ホームには大きな木造の上屋があり、主要駅らしい雰囲気が感じられました。この後、近くに銭湯がないか駅で尋ねたところ、親切に教えていただくことができ、汗でドロドロになった身体をさっぱりさせることができました。この時の九州旅行では宿はすべて夜行列車の自由席だったため、一番の悩みは風呂でしたが、各主要駅の近くには銭湯があり重宝しました。
【1980.8.14 加世田】(電車運転士)

15280814_2 この日の宿は2日連続の「かいもん6号」だったため、22時くらいまでに西鹿児島に戻ればよく、乗り鉄も兼ねて枕崎経由で向かうことにしました。枕崎で顔を合わせたキハ106と指宿枕崎線の列車です。線路はもちろんのことホーム上も乗降に使用する場所以外は草ボウボウで、正直、ローカルな雰囲気を通り越して凄いことになってるなといった感じがしました。19時過ぎに発車する左の列車で西鹿児島に向かいましたが、何とこれが枕崎からの上りの最終列車、因みに右のキハ106は折り返し19時ちょっと前に発車する伊集院行になりますが、これも上りの最終列車でした。現在の枕崎は駅が移設され、ホームが1面だけの味気ない棒線駅になってしまい、当時の面影を偲ぶことはできなくなっています。
【1980.8.14 枕崎】(電車運転士)

●次の目的地 3日連続の鹿児島交通

●移動行程 枕崎→西鹿児島→「かいもん6号」→八代→「かいもん5号」→伊集院→鹿児島交通

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2014年3月 2日 (日)

東海道を駆け抜けたEF62

1984年の下関転属を紹介させて頂いたEF62ですが、ついでといってはなんですが、わずか2年半に終わった、その東海道線での一端をご覧頂きたいと思います。

Img854 1984年11月23日 大垣・垂井 荷36レ EF62 23
Img932
1984年11月23日 新垂井・関ヶ原 荷2031レ EF62 15
この頃の東海道の荷物列車には茶色の旧型はほとんど組込まれておらず、荷物はマニ50、マニ44、郵便も10系で、ほぼブルー一色で、一部にスユ41や客貨車ワキ10000のステンレスが入る程度でした。
Img275
1985年3月15日 木曽川・岐阜 回9446レ EF62 21+マニ50 2041+キハ82 98+キロ80 56+キハ82 105
最後まで残っていた播但線経由の山陰特急「はまかぜ」から82系が撤退し、向日町所の同系のうち3両が名古屋区に転属しましたが、この牽引の任にEF62が充当されました。今なら貨物列車扱いの甲種車両輸送となるのでしょうが、国鉄時代はこのように客車列車扱いでした。
Img946 1986年1月17日 熱田・名古屋 8104レ EF62 22+南シナ81系和式客車
下関転属後しばらくは専ら荷物列車の牽引に使用されていたEF62ですが、この頃になるとEF58の検査切れから団体列車の牽引にも使用されるようになりました。12系、14系及びその改造車が主流となっており、EF65でも問題ありませんでしたが、わずかに残った鋼体化改造の81系を冬期に運転する場合、電気暖房が必要であり、EF62の出番となりました。
Img365 1986年6月10日 木曽川・岐阜 9447レ EF62 15+広ヒロ20系(ホリデーパル)
EF62が20系を牽引するのはなかなか見られませんでしたが、この日ようやくキャッチできました(オシ14が入ってますが)。東海エリアでこの組み合わせが見られたのは、年始に運転されたトヨタ関連の団体列車だけだったと記憶しております。
Img365_2 1986年10月24日 木曽川・岐阜 回9109レ EF62 31+マニ36 2037+185系気動車7両
翌年にJR化を控え、四国向けに開発された185系気動車が日車、富士重工で製造され、富士重工製の回送の1回にEF62が使用されました。出札掛様が「面白甲種」でこの2年後、増備車の回送をアップされていますが、帯の色がわずか2年で変わったのがわかります。

番外編ですがなんとこの日富士重工からのもう1本運転されたので、特筆すべき事柄としてアップさせて頂きます。
Img366
1986年10月24日 清州 9861レ EF65 1007+ヨ+長良川鉄道ナガラ1形10両

105系同様、地味な話題で恐縮ですが、この頃は専らこのような列車を楽しみにしておりました。(検査掛)






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スペインのなんちゃってLRT

 2度にわたり、スペイン・マヨルカ島の木造電車を紹介してきたが、すでに記したようにマヨルカ島を訪れた目的は、これら電車では無い。では、何かと言えば、これを見に行くことであった。

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 バックに見られる梅のような木は、これまでにもご紹介したアーモンド。畑?になっていて、一面に咲き誇っている。そこを走るのは、スペイン・フォスロ製のトラムトレイン。自画自賛であるが、絵はがきのような綺麗なシーンである。アーモンドの花の中で、最新鋭のトラムトレインの車両を撮って、目的達成!と、言いたいところであるが、実はちょっと違うのだ。

 この路線はマヨルカ島の中心都市、パルマからインカの間を運行している。

Photo_2

 左の中程にあるのがパルマ、そしてその右にあるのがインカである。

 スペインはLRTの整備に積極的で、マドリッドやバルセロナなど、多くの都市でLRTが新設されている。最近は、より費用をかけずに鉄道線の近代化を進めるため、LRTの車両が鉄道線を走るトラムトレインの導入も進んでいる。その一環として、休止されていたマヨルカ島のマナコルとアルタの間の路線を復活するにあたり、トラムトレインとして運行することにして、フォスロ社に低床連接車6編成を発注した。

 しかし、スペインは2008年頃に建築バブルが崩壊して不況となり、さらに欧州の金融不安のあおりで金融危機寸前に陥って、新たな投資を続けるのが厳しくなった。このため、車両が完成し、さらに設備の工事も「60%が完了」していながら、工事が中止となってしまった。しかし、車両はすでに到着している。そこで、やむにやまれず朝のラッシュ時にインカまでの急行列車を(無理矢理)設定して、それに使うことにしたのである。

 ここで、大きな問題がおこった。インカへの路線は既に電化されて電車が走っているが、鉄道線の車両なのでホームは高床である。これに対して、フォスロ製の車両は低床車なので、高いホームでは乗降ができない。そこで、停車駅を3駅に限定して、低床ホームをつくることにした。そこまでは良いとしても、さらに大きな問題があった。起点のパルマは地下駅なので、低床ホームを造るスペースがないのである。そこで地下ホームの先端、通常では使っていない場所に仮設の低床ホームを設けて、客扱いをすることにしたのである。

 もっとも、こうしたことは現地を訪れてはじめてわかったわけで、海外誌のニュースを見ていると「?」「?」であった。だから現地を見に来たわけであるが、もちろん見たからどうなるというわけではなくて、単なる自己満足だけである。

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 こんな感じで、地下ホームの先端に低床ホームが設けられている。

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 乗り場への案内。地下ホームの先端なので、ここまで来るのにホーム上を100m以上、歩かなければいけない。そこまでして、運行する必要があるのかどうか・・・。

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 これがパルマの地下駅。何本もホームがあって、相当、スケールが大きい。

 なぜかわからないが、スペインは地下駅萌えで、どう考えても必要の無いレベルで巨大な地下駅を建設している。このパルマもそのひとつ。我々の感覚からいえば、地上に駅があっても何ら問題が無く、無理矢理地下駅にしているように思えてならない。某社の〇鉄名古屋駅と比べると、雲泥の差である。

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 ここは地方鉄道のTIBとパルマの地下鉄が運行している。左側が地下鉄の車両・・・と書いて、この車両を満足に撮っていないことに気がついた。まあ、撮りたくなるような車両では無いが・・。

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 これが終点のインカ駅。左が鉄道線の車両である。床の高さが、相当異なることがおわかりいただけよう。分岐部に車両が停まっていることから、かなり無理矢理低床ホームをつくったことがわかる。

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 インカ駅の自動改札機。わざわざこれを載せたのは、受光部を見て欲しいからだ。自動販売機で発売しているスペインの鉄道のチケットは、磁気では無く、バーコードを使っている場合がかなりある。バーコードを自動改札に使うのは、コストが安く済むので面白いアイディアかと思ったが、読み取り精度がわるいので、実用化には障害があると聞いた。チケット自体がレシートみたいなので味気ないが、バーコードを使えば、チケットの費用がかなり安くなるように思うのだけれど、実際にはどうなのだろう。ま、日本ではICカードに移行したので、まじめに検討する気は無いのだろうけれど。

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 さて、この低床車を使ったインカ行きの急行(インカ・エキスプレスと名付けられている)は、1時間間隔で3往復が設定されている。しかし、この時期、スペインは日の出が遅く、なんと午前8時である。そのため、なんとか走りが撮れる列車は1往復しか無い。

 撮影場所も分からない。インカまで来るとき、周囲を見てきたが、まだ日の出前で真っ暗(>_<)。やむをえず、駅から近いところにアーモンドの木があって、なんとか撮れそうだった一つ手前の駅まで戻ることにした。

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 結果的にはこれが大正解だった。来るときには気がつかなかったが、駅から1km程の所に跨線橋があり、そこから満開のアーモンド畑をバックに、写真が撮れたのである。(^_^)

 惜しむらくは、陽の位置が低いので、影が入ってしまうこと・・・・であるが、アーモンドの花の咲く時期はこの光線状態でしか撮れないので、許して貰うとしよう。ちなみに、後で気がついたのであるが、行きしなにドイツで買った専門誌にもこの場所で撮影した写真が載っていたので、この路線を撮影するにはベストの場所だったかもしれない。

 ちなみにもう少し光線が良くなった鉄道線の列車はこんな感じで撮れた。

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 狙いとしていた低床車より,こっちの方が良い・・・・。残念。

 このあたり、昔は鉱山があったようで、この跨線橋のすぐ脇にあるラウンド・アバウトにはこんなモニュメントが飾られていた。

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 この後、パルマに戻り、バスでソーイェルに行って、路面電車4本を撮影。その帰路に途中でバスを降りて撮影したのが、最初にご紹介したアーモンド畑の中を走る木造電車である。さらに、この日の夕方、パルマの駅で木造電車の到着を撮影し、空港まで行って飛行機でバルセロナまで戻っている。日本にいるときと同じ、あるいはそれ以上に効率よい撮影が出来ると、満足感が高いが、そうしょっちゅうあるわけではないのは、当然である。

 ところで低床車が走るこの路線、LRTになるのかなぁ?鉄道線でも低床車だけが走るならともかく、全線、鉄道線車両が走っていて、低床車を走らせる意義がまったくないからなぁ。どうしたもんでしょ?(駅長)

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面白甲種

春を迎えてさっそくの初日である3月1日、豊川市の日本車輌から東京メトロ銀座線車両と神奈川臨海のDDがまとめて川崎まで甲種輸送されるらしく、ちょっと面白い編成が見られそうだったので物見遊山で豊橋まで足を運びました。移動中に東海道線の車内から見えた豊川鉄橋お立ち台には、うわ、カメラマンうじゃうじゃ!
  

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面白い編成なので障害物がかからないスッキリした場所で狙おうと、架線柱のない場所を選びました。光線状態からすれば手軽に二川や高塚駅先端という手もありますが、豊川鉄橋の混雑ぶりから推測すると激パ必至だろうし曇天なのでここでいいや、と。結果、同業者は少し離れた地点に1名だけでマッタリと。ピーカンになると側面がツブれる場所ですが、僅かな薄日が差して、撮影にはちょうどよい条件となりました。
新製車の混成甲種が走るのも稀なことで、今回の場合はあたかも塗装の異なる機関車が重連で銀座線車両を牽引しているように見える・・・というのは無理がありますが、アカ、アオ、キイロ、の三原色を楽しむことが出来ました。
西浜松まではご覧のように原色のDE10が任務に当たりました。なんだか最近は「原色機」というだけで車種に限らずやたらと注目を浴びるようですが、そんな時代になってしまったんですねぇ?

  


  
Oden

豊橋駅に降り立ち、甲種撮影の前に豊鉄市内線のりばを覗いたら「おでんしゃ」が待機中でした。出発30分前に撮影したのでまったく活気がないシーンです。が、とりあえず記録として。

  


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ところで、新製車の混成甲種でインパクトが強かったのがこの列車です。富士重工で製造された 車両『四国キハ185+樽見ハイモ230+東海キハ85』をまとめてドン!と送り込もうと三社混結編成になりました。キハ185の運転台付車が連なり、後方ではレールバスがJRの特急車両に挟まれて、なかななかユニークな編成です。
【1988.12.18 9861レ】
  


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稲沢では、この先さらに四国まで運ばれるキハ185を切り離すため係員が集まります。陽も暮れてきたので、このカットで撮影を終えました。 ま、備忘録として。

  
「内容が薄い話ですね、いつも以上に」  ・・・たまにはいいじゃない?(出札掛)

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2014年3月 1日 (土)

スペインの片田舎でもできるのに・・・・

 このように書くと、スペインを見下している、と批判を受けるかもしれない。しかしこれは、経済破綻をしかかったスペイン(日本も実質的に変わらないかもしれないが)で行われていることが、なぜ、どこかの国では出来ないか、というぼやきである。これを見ているだけでも、自分たちの文化に対する誇りや愛着、また、あるべき街の姿に対する意識の違いが歴然と浮かび上がってくるのではないか・・・・・と思える。

 そんなことを考えたのは、スペインはマヨルカ島のソーイェルの路面電車を訪れたからである。この路面電車は、先回、ご紹介した木造電車が走るソーイェル電気鉄道の終点から、港に向けて走っている5kmほどの路線である。地図でご紹介すると、こんな感じである。Photo_3

 Stadt Sóllerと書かれたところが電気鉄道の駅で、そこから北の港に向けて延びているのが、今回ご紹介する路面電車の路線である。

 左から来ているのが木造車の走る電気鉄道の路線で、グニャリと伸びているΩカーブの線路を見て、萌える方もおられるのではないか。確かに街を眼下に見下ろすこの区間は見応えがある。

 路面電車の終点は、地中海の入り江に沿って半周する。青い空と海が眼前いっぱいにひろがり、実に景色が良い。終点近くには、美しいビーチもある。おそらく、世界の路面電車の車窓の10本の指の一つに間違いなく入るであろう。

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 このソーイェルの路面電車は、昨年、開業100周年を迎えた。この電車は、開業以来、使われている電車である。ということは、車齢100年ということになる。もちろん、こちらも木造車である。

 この路面電車は、今から10年ほど前にも訪れている。再訪するきっかけとなったのは、この終点の区間で大規模な路線の改良が行われた、と聞いて、それを自分の目で確かめるためである。10年前のこの区間は、こんな感じであった。

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 当時は、道路上を走るのではなく、海岸線に沿って専用軌道を走行していた。現在は線路を道路上に移設し、広げた道路全体を遊歩道として、その真ん中を路面電車が走るように改良したのである。

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 アングルの制約があるので若干角度は異なるが、ほぼ同じ位置からの撮影。上の写真では、道路に自動車がいっぱい停まっているが、それがなくなりすっきりした。もっとも、完全に自動車の通行を遮断しているわけではなく、一方通行としただけなので、たまに車が来る(それも、電車が来たときにやってくる(>_<))のであるけれど、大変、すっきりとして落ち着いた雰囲気となったことは間違いない。スペインのみならず欧州では駐車場のスペースが限られているため、狭い道路であっても場所を見つけて自動車を停めるのが恒常化している。自動車を道路上に停められないようにして、これまでの習慣を断ち切るのは大変だろうが、それをこうして実現してしまうのはなんとも素晴らしい。

 新旧比較をもう少し。

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 これは終点のビーチのあたり。

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 今回の訪問は冬なのでビーチは人がいなくて、閑散としている。若干、アングルが異なるが、EDENと書かれたホテルの位置は変わっていないので、若干、砂浜の位置も変わっているのかもしれない。

 このあたりから少し入り江の方を見るとこんな感じで、線路の位置が道路上に変わったため、写真が撮りづらくなった。

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 昔の方が写真としては良かったのだが、やむをえない。海に突き出した突堤からこのように撮影できたのだが、今は撮れなくなってしまったのは、ちょっとだけ残念である。

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 さて、これまでの車両をご覧になって、角張った車両と丸い車体の車両があるのに気づかれたと思う。前記のように、角張った車両は開業以来の木造車であるが、丸い車体の車両は元リスボンの2軸単車で、2000年頃に譲渡されてきた。前回訪れた時には、このような形でリスボン時代の面影を残して使われていた。

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 それが、現在はこのような姿となった。

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 オリジナルの車両にあわせて塗装を変更した。さらに、木造車のイメージを出すよう、側面には木を貼っている。偽スチール車ならぬ偽木造車であるが、こうしてイメージを統一するのは大変良いことである。

 ところで、このリスボンからの車両は20台の番号がつけられている。ところが、見ていると「22」の番号をつけたオリジナルのスタイルの車両がやってきた。

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 ン?「22」?「22」は、こんなスタイルだったが。

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 よく見ると、オリジナルの車両とそっくりだが、出入り口には扉が取り付けられている。今回、「2」の番号がついた車両を見ていないので、扉をつけて改良して改番したのか?それにしても・・。

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 実はこの車両、リスボンからやってきた「22」を、オリジナルのスタイルに似せて車体更新したのである。帰国してから、資料を調べていてその事実が判明した。オリジナルのスタイルの車両は、ここの路面電車のシンボルとなっているので、それに似せてリスボンの車両の車体を新たに造ったのであろう。周年の記念などにオリジナルの車体を復活することは日本でも例があるが、現在も走っている車両に似せた車体を新造することは聞いたことがない。

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 ソーイェルの車庫に並ぶ、オリジナル車とリスボンからの譲渡車。見比べても、改造車の違和感は無い。ひょっとしたら、全ての車両をこの外観に更新するのではないだろうか。これも凄いことである。

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 最後にソーイェルの町中を走るシーンをご覧いただこう。鉄道駅から坂を下りると町中にある教会前のカフェの間を走る。ここもなかなか良い雰囲気で、捨てがたい味がある。

 このように、ソーイェルの路面電車は、どこを撮っても絵になる実に魅力的な路線である。このように記事を書いていると、また行きたくなってくるから困ったものだ。(駅長)

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