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2014年2月

2014年2月25日 (火)

EF62 下関へ(1984年)

1984年頃まで、東海道線の客車列車の牽引機といえば、当たり前のように主にEF58が使用されていましたが、信越用として開発されたEF62が、定期の旅客用から撤退し余剰となったことから、EF58の置換えとして、東海道に投入されると聞き、驚きました。
所用の26両は下関に転属することになりましたが、通常機関車の回送は指定された貨物列車の機次位で無動力での回送となりますが、このときは対象車両が既に運用から外れていたためか、盛スジの臨時貨物として2~3両ずつまとめて輸送されるとの情報が入り、これは記録しなくては、と思い立ちました。

Img886_2 1984年2月7日 西浜松 9863レ EF60 66+EF62 19+EF62 23
東海道~山陽の全区間ではないと思いますが、この日はEF58同様、まもなく東海道から撤退するEF60が牽引の任にあたりました。
Img905
1984年2月8日 刈谷 9863レ EF65 123+EF62 13+EF62 21+EF62 30+ヨ
翌日にも同じスジで3両回送されました。このときの牽引機はのちに欧風客車「ゆうゆうサロン岡山」の専用機となり、塗色も専用色(茶色に金帯→オレンジ)となった123号機でした。

Img979 1984年2月21日 弁天島・新居町 9863レ EF66 51+EF62 24+EF62 26+ヨ
この日は下関区のEF66が牽引しました。この頃はまだEF66も0番台のみ55両全車下関区所属で、専ら高速貨物(コンテナ)に使われておりフル稼働していましたので、このような回送に使用されるのは珍しかった記憶があります。

このほかに2月18日に14、15号機の回送も撮っていますが、このときの牽引機はEF65 1127で、同機はこの回送で宇都宮区から広島区に転属しました。記録できた9両以外の17両はいったいどのように回送されたかは覚えていません。

大移動したEF62でしたが、荷物列車自体が1986年11月の改正で廃止になってしまい、東海道での活躍?はわずか2年半で終焉を迎えてしまいました。(検査掛)

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2014年2月23日 (日)

203系の新製と103系1000番台の転用

P誌の2014年2月号に旧国鉄203系のフィリピンでの現状が報告されていましたが、日車での1本目が出場したのが、30年前の2月20日だったことを思い出しました。
営団地下鉄(現 東京メトロ)東西線相互乗り入れ用として、103系1000番台を置換えるため、1982年に量産先行10連1本、1984年に10連7編成、改良型の100番台が1985~6年に同9本、合計170両が製造されましたが、2011年9月には全てが運用から外れ、インドネシアに50両、フィリピンに40両、日本の民間に1両が売却された以外は解体されたそうです。
一方、余剰となった103系1000番台は、当時の国鉄の台所事情により、奈良、和歌山線電化用に転用されることになり、各地の工場に回送されましたが、1984年の前半は、この回送に振り回されることになりました。

まずは、唯一撮った103系1000番台の定期列車。

Img335_2 1984年1月16日 金町

日車からの出場は

Img968 1984年2月20日 弁天島・新居町 試9971M クハ203-3他
豊川→掛川→豊橋と本線試運転が行われました。

Img399 1984年2月20日 弁天島・新居町 回9104M クハ203-3他
試運転終了後、東海道を上って行きました。日車ではその後0番台1本、100番台2本が製造されました。

一方、103系1000番台は様々な方法で回送されました。

Img467 1984年4月13日 弁天島・新居町 回9103M クハ103-11他
基本的には1000番台ですが、不足するクハについては一部0番台が充てられました。この編成は、中間のMM’が名古屋工場、他の4両は吹田工場に入場しました。
Img487 1984年4月27日 小野・塩尻 回9471M クモユニ82003他
善知鳥峠を下る長野工場入場編成。(後ろから)
Img491
1984年4月27日 姨捨・桑ノ原(信) 回9873M クモユニ82005他
長野工場入場車は方転のため一旦洗馬まで入り、折返しました。
Img539
1984年5月26日 上八木・中島 743M クモハ105-516他
幡生工場改造の早期落成車は一時的に可部線に投入され、オリジナルの105系とともに運転されました。
Img680 1984年8月6日 尾張一宮 回9101M クモハ105-506他
名古屋工場改造車が出場し配属のため東海道線を回送中、地平ホーム時代の尾張一宮で、名鉄パノラマカーと並びました。(112レ モ7027他)
Img682 1984年8月7日 奈良井・木曽平沢 回9822M クモハ169-18他
名古屋工場出場回送の翌日には、長野工場出場車の回送をここまで撮りに来ています。
Img697 1984年8月11日 棚倉 試9672M クハ105-5他と643D キハ35 5他
吹田工場出場回送を阪和線で撮影し、奈良線行って105系の試運転を撮りました。
Img810 1984年9月28日 柏原・近江長岡 回9101M クモハ105-507他
ダイヤ改正直前、名古屋工場を出場し、京都に向かう回送を伊吹山をバックに撮影しました。
Img819 1984年10月1日 奈良 8638M クモハ105-503他
遂には飽きたらず、奈良線電化開業式にまで行ってしまいました。

1M方式に改造されたことと、台所事情が厳しいJRWに配置になったが故にほとんど全車がいまだに健在な元103系1000番台、片や半数がすでに解体され、譲渡先、特にフィリピンでは過酷な状況にある203系、鉄道車両の一生?もなかなか興味が尽きません。(検査掛)



 

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272.再びロクヨン貨物鉄【中央西線】 2014/2/22

 出札掛様が先週、霞のないすばらしい中央アルプスを配した中央西線の画像をアップされており、それに触発されて自分的にもこういったチャンスをモノにしたいと思っていました。前日の天気予報を見ていると2月22日はそれに匹敵するような好天が予想されていましたが、21日の夜は夜間作業が入っており、22日に鉄活動するには厳しい条件でした。でも、行くならこの日でしょということで、作業終了後、自宅には帰らずに中央線沿線に車を走らせてしまいました。

1214222_2 まずは6883列車狙いで釜戸周辺で撮影ポイントを探しましたが、日の出が遅いこの時期は線路に陽が当たりそうな雰囲気ではなかったため、定番の武並アウトカーブポイントに向かいました。線路に近い正面がちのポイントはすでに何人かの同業者の方がスタンバイされていたため、今回はサイド気味の位置にポジションを決めました。
【2014.2.22 武並~恵那】(電車運転士)

2214222_2 恵那のバカ停を利用するいつものパターンで6883列車の追っ掛けましたが、恵那あたりから見た中央アルプスがすごくクリアに見えていたたため、中央アルプスバックができない6883列車は捨てて、3088列車にターゲットを変更しました。3088列車は時間が早く、中央アルプスバックのポイントのほとんどはまだ陽が当たらない状況だったので、結局、定番ポイントで撮ることにしました。
【2014.2.22 野尻~大桑】(電車運転士)

3214222_2 6883列車は須原でもバカ停があるので、さらに追っ掛けが可能です。今回は後の行動にちょっとした企みを予定していたため、深追いしたくなかったこともあり、上松よりも南でどこかいいポイントはないものかと探したのがここです。先週の積雪がまだそれなりに残っており、思ったよりもいい感じでまとまりました。
【2014.2.22 倉本~上松】(電車運転士)

4214222_2 企みというのは野尻の町と中央アルプスを一望できるこのポイントに向かうことでした。ここは出札掛様から事前に情報をいただいており、中央アルプスがクリアに見える日にぜひとも行ってみたいと思っていましたが、予想よりも早くそのチャンスが巡ってきました。出札掛様、ありがとうございました。ただ、いつもの悪い癖で風景を欲張ってしまったため、「クイズ、列車はどこでしょう?」状態の写真になってしまいました。一応、右下に「しなの」が写っていますが、おわかりいただけますでしょうか?
【2014.2.22 野尻~十二兼】(電車運転士)

5214222_2 「しなの」の反省から、メインの3084列車はもう少し列車の存在感を出そうと思って、縦構図にしてみました。これでもまだ列車が小さすぎといった感じは拭えません。このポイントは地図で確認すると車で悠々と登って行けそうな感じでしたが、案の定、冬季は麓から上は道路の除雪されておらず、先々週の高山本線の鉄塔俯瞰と同様、30分の程ラッセル付き雪中行軍を強いられることになりました。6883列車を深追いしていたら間に合わなかったかもしれませんので、今回の選択は正解だったと考えています。
【2014.2.22 十二兼~野尻】(電車運転士)

6214222_2 もう1台のカメラでは確実に列車がわかるようにするため、中央アルプスはカットしました。野尻の街並みにもう少し雪が残っていたらもっといい雰囲気になったのではないかと思いますが、この好天に恵まれたことを思えば贅沢は言えません。
【2014.2.22 十二兼~野尻】(電車運転士)

7214222_2 昼を過ぎても中央アルプスはまだまだクリアに見えていたため、前回の訪問時に3084列車を撮ったポイントで「しなの」でもと思い、現地に向かいました。同じアングルでは工夫がないなと思いつつ、さらに中央アルプスを強調したくて、もうちょっと高いポジションはないものかと試してみたのがここです。列車は小さくなりますが、思惑どおりの結果を得ることができました。
【2014.2.22 野尻~大桑】(電車運転士)

8214222_2 この日は夕方から家族運用が控えていたので、前の写真の「しなの」で撤収するつもりでいましたが、ダイヤを確認すると81列車を撮ってからでも何とか間に合いそうだったので、寄り道してしまいました。側面ギラリを期待しましたが、この時間では太陽の位置がまだ高く、ちょっと無理がありました。1時間後に来る5875列車なら確実に夕陽ギラリが期待できる状況でしたが、家族運用をブッチすると今後の活動に大きな影響を及ぼすため、次のチャンスを待つことにして帰路に着きました。
【2014.2.22 美乃坂本~中津川】(電車運転士)

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ナガラ臨時ダブル

タイトルからすると“ムーンライトながら”のネタ?と思いきや、いえいえ、“ナガラ”とカタカタで記しているからには、最近自分がごひいきにしてる長良川鉄道の車両を表しておりますね(オソマツ)。

2月9日もそうでしたが、23日は長良川鉄道に1日2団体の臨時列車が運転されました。同鉄道線ではごく稀にあるとはいえ、1日に団臨が2本も運行されることは3セク線においても珍しいのではないのでしょうか。
23日に運転されたのは、ナガラ10による「コタツ列車」と、ナガラ503による「Festival Express」の2列車です。ともに北濃方にヘッドマークを掲げ、快晴の奥美濃を走りました。最古参と最新鋭の共演という点に着目しても面白いものです。
  


Dsc_0080美濃白鳥駅では両列車が顔を揃えました。事前に公表されていた運転時刻から推測して、同駅で行き違いするだろうと待ち伏せしていましたが、その通りとなりました。このシーンがただ撮りたくて、わざわざ出かけてしまった私。でも沿線には白山連峰が見事に姿を現してくれたので、遠征した甲斐がありました。
  

Dsc_0023

この日の「コタツ列車」は郡上八幡から客扱いの行程でした。よって関駅から車両が回送されるので、途中でそのシーンもちゃっかりいただきました。
  

Dsc_4339 白山連峰をバックに「コタツ列車」が北濃を目指します(後追い撮影)。何の変哲もないシーンですが、ナガラ1型の走行シーンはあまりまともに撮っていないし、白山とのコラボなど、もちろん初撮影なので良しとしましょう。
 

Dsc_0082 白鳥高原駅を過ぎたあたりからところどころに残雪が目につきます。「Festival Express」は美濃白鳥で後続の定期列車を後部に連結して終点の北濃に向かいます。美濃白鳥以北はスタフ閉塞式区間になるための措置なのでしょう。

 
Dsc_0040 【PS】郡上大和付近から見た白山連峰ですが、さらに「ここぞ」という白山バック撮影地をご存じでしたらご教示ください。
 
2月から始まったプロジェクト「ぎふローカル鉄博」のおかげで、まだまだ長良川鉄道ネタも続きそうです。(出札掛)

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2014年2月21日 (金)

春を求めて~1981年の大糸線~

立春もとうに過ぎ、そろそろ春の便りが欲しいところですが、関東甲信地方のドカ雪には驚かされました。統計的には、2月の中旬から下旬にかけてがこの地方にもっとも降雪量があるとのことなので、異常気象ではないのでしょうが、いまだに孤立している集落の方々には心よりお見舞い申し上げたいと存じます。

「雪鉄」の報告が電車運転士様や出札掛様からもたらされる一方、駅長様からは海外から一足早い春が告げられております。かくいう私も出かけたいのはヤマヤマですが、その様な状況にありませんので、アーカイブから春の便りをお届けしたいと思います。

1981年、日本国有鉄道ににわかに暗雲がかかりつつある頃、全国各地の旧型国電もまた使命を終えつつありました。大糸線もこの夏には置換えが迫っており、行きやすさもあって、頻繁に訪れるようになりました。

Img467_2 1981年4月24日 有明・穂高 試6992M  クモハ43804他
初っ端からマニアックな写真で申し訳ありませんが、この日は天候が思わしくないのを承知で、この列車を撮るためだけに行ったので、敢えて一部マニア?な方のためアップさせて頂きます。
大糸線の旧型国電は基本的に3扉ロングシート車でしたが、仙石線の73系化による余剰車や、篠ノ井、中央西線電化に伴うローカル列車の電車化により、クロスシート車の転入があり、クモハ43804も後記の理由により、富士区より異動してきた車です。その後、篠ノ井、中央西線が80系に置き換えられてからは大糸線用となったのですが、片隅運転台が嫌われてか、ほとんど列車の先頭に立つことはなく、そのため、ご覧のように貫通扉が薄緑色に塗られています。たまたま情報筋から43804の長野工場出場試運転があると聞いて、飛んで行ったというのがことの次第です。(長々と失礼しましたm(_  _)m)

さて、気を取り直して頂いて

Img469_2 1981年4月27日 信濃常盤・安曇沓掛 221M クモユニ81003他
早くも3日後、再訪しています。この日は抜けるようないい天気で、白馬三山もバッチリでした。
Img471
1981年4月27日 信濃常盤・安曇沓掛 228M クハ68017(元信越)他
このころの大糸線はまだまだ沿線には重要な通勤通学路線で、6連がバンバン走っていました。この編成は2両目がクモハ54109(元仙石)、3両目がサハ45004(元身延)、5両目がクモハ54005(元仙石)と、6両中4両がクロスシート車です。
Img475
1981年4月27日 簗場・南神城 406M「アルプス6号」
ご存知のように165系の急行の中で、最後までサハシを連結していたのがこの「アルプス」系統で、サロ、サハシ込みの基本8両で南小谷まで乗り入れていました。この頃は、仁科三湖をバックに撮ろうとしており、一番大きな青木湖越しに雪山(五竜岳に連なる山並み)を狙ったものものです。水面がかなり低く残念でした。今ここにはヤナバスキー場前駅があり、このようには撮れなくなりました。
Img812
1981年4月27日 信濃常盤・安曇沓掛 荷2241M
午後再び戻りました。さすがに空は白っちゃけて山の稜線が溶け込んできましたが、そんな中、中央線からの直通クモニ83が信濃大町をめざします。
Img509 1981年4月27日 信濃常盤・安曇沓掛  337M クモハ51804他
大糸線にはこんな旧型国電の8連も走っていました。スカイブルー一色なので、飯田線や身延線に比べると同好の士の間では敬遠されがちでしたが、8連は実に見応えがあります。3両目までクロスシート車が並んでおり、3両目が1枚目で紹介したクモハ43804です。
Img515
1981年4月28日 安曇追分・細野 227M クハ55433他
さらに翌日、性懲りもなく出かけています。遅咲きの菜の花と常念岳を入れてみましたが、菜の花がまばらで中途半端でしたね。
Img516_2 1981年4月28日 安曇追分・細野 172レ ED60 1
こんなローカル線にもまだ数往復の貨物が運転されており、希少種のED60がその任に当たっていました。
午後は再び電化区間の超定番撮影地へ。
Img811
1981年4月28日 信濃常盤・安曇沓掛 4501D「白馬」
こちらも大糸線に花を添えていました。金沢・松本間(金沢・糸魚川間「しらゆき」に併結)に1往復運転されていました。
Img525
1981年4月28日 信濃常盤・安曇沓掛 6014M「あずさ14号」
1986年の改正までは大糸線に入れる183系は有効長の関係から、9連が基本編成の幕張区の0番台のみでした。
続行で
Img526_2 1981年4月28日 信濃常盤・安曇沓掛 6412M「アルプス12号」
いずれも6000番台の不定期スジですが、優等列車が続行で運転されるというのは当時いかに大糸線に需要があったということでしょう。
Img541
1981年5月5日 白馬・信濃森上 8812M「くろよん」
8000番台の臨時列車ながら、かなりの頻度で運転されていた大阪・信濃森上間の167系の急行で、167系4連でした。下り(中央線基準)夜行、上り昼行運転でした。
今では木々が育ち、すっかり撮れなくなった松川橋梁ですが、この頃はただただ石がゴロゴロした川原でした。
Img542 1981年5月5日 白馬・信濃森上 325M
十分6両が載る橋でしたが、シャッターチャンスを誤り、編成が切れてしまいました。それにしても素晴らしい天気、素晴らしい眺めでした。

今でも素晴らしいロケーションを見せてくれる大糸線ですが、優等列車の乗り入れもほとんどなくなり、普通列車も大半がE127系になって、魅力に乏しくなってしまいました。183系の後継、E351系ですら置換えが発表されており(大糸線には入線しないでしょうが)、写欲のそそられるような車両が登場しないものでしょうか。(検査掛)





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2014年2月18日 (火)

271.スクランブル雪鉄【高山本線】 2014/2/16

 関東・甲信越地方は南岸低気圧の影響により、2週連続の大雪に見舞われました。とくに甲信越地方の記録的な大雪は鉄道・高速道路・国道などをマヒさせ、市民生活にも影響が出始めています。雪害の被害や混乱に遭遇された方々には心よりお見舞い申し上げます。こちらの地方は14日の金曜日の早朝から昼にかけて積雪がありましたが、幸いにも大きな被害はなくホッと胸をなで下ろしました。
 そんな中、飛騨北部地方は結構な積雪があったようで、15日の土曜日に天気予報やアメダスの積雪深、オレンジツートンの運用を確認すると16日の日曜日がよさそうな感じでした。ということで、急遽、16日の未明にスクランブル発進を決行することとし、国道41号線を北上しました。飛騨小坂を過ぎたあたりから本格的な降雪となり、予定どおりの状況に期待が膨らみましたが、宮峠に差し掛かった頃には風も強まって吹雪の状況になってきました。このまま悪天候が続くと列車自体が運休になりかねず、一気に不安要素が広がりましたが、今さら引き返すわけにもいかず、とりあえず目的地を目指しました。

1214216 現地に到着した頃には幸いにも雪・風とも止み、木々の枝にはしっかりと着雪があり、見事な雪の華状態となっていました。早朝の静けさが漂う中、1824Dが轟音とともに鉄橋を渡って行きます。
【2014.2.16 押角~坂上】(電車運転士)

2214216 この日の飛騨北部のオレンジツートンの運用は午前中の1往復(1823D→1826D)でしたので、着雪が落ちないうちに撮れるということで、さらに雪の華状態の場所を探しました。1823Dは久々野~飛騨一ノ宮での踏切支障の影響で10分程遅れて来ました。
【2014.2.16 坂上~打保】(電車運転士)

3214216 折り返しの1826Dは往路に目を付けておいた雪の華ポイントに向かいました。曇りで日差しがなかったため、9時30分を過ぎても着雪が落ちずに残ってくれました。オレンジツートンは遠目でも橙一点状態でよく目立っています。
【2014.2.14 坂上~打保】(電車運転士)

4214216 メインディッシュのオレンジツートンは早々に終了しましたので、後は東海色のキハ48と「ひだ」を適当に撮ることにしました。高台にある集落のアプローチ道路を登って行くと線路とスノーシェッドが見渡せるポイントがありました。白基調の東海色はやっぱり俯瞰の雪景色ではあまり目立ちません。
【2014.2.16 坂上~打保】(電車運転士)

5214216 1023D「ひだ3号」は去年降雪で撃沈した押角の鉄橋俯瞰に向かいました。バックの木々の着雪もそれなりに残っており、何とかリベンジすることができました。
【2014.2.16 押角~坂上】(電車運転士)

6214216 午後になり打保以南では着雪がかなり落ちてしまい、下り列車に対するいい着雪ポイントがなくなってしまったため、打保以北に移動してみましたが、期待ほどではありませんでした。他のポイントに移動する余裕もなく、1827Dはとりあえず河原の雪をメインにしたアングルでお茶を濁しました。
【2014.2.16 打保~杉原】(電車運転士)

7214216_2 結局、着雪状態が一番よかったのは朝イチで1824Dを撮った鉄橋でした。ここはまだかろうじて着雪が残っていたので、オーソドックスな構図ですが、1027D「ひだ7号」を待ちました。1027Dは下呂付近の強風による運転規制の関係で30分近い遅れが出ていました。
【2014.2.16 押角~坂上】(電車運転士)

8214216_2 飛騨北部での撮影を終え、帰路に着くため、国道41号線を南下しました。飛騨古川まで来ると予想に反して晴れ間が見えていました。急遽、予定を変更して飛騨一ノ宮カーブの俯瞰ポイントに寄り道してみました。4719Dがカーブを下って行きます。田んぼの部分には陽が当たっていましたが、残念ながら北アルプスは雪雲の向こうに霞んでいました。写真ではほとんどわかりませんが、笠ヶ岳が超うっすらと写っています。
【2014.2.16 久々野~飛騨一ノ宮】(電車運転士)

9214216_2 1038D「ひだ18号」は夕陽ギラリと行きたかったところでしたが、ちょっと光が弱かったようです。日没との競争だったので、5分程遅れではなく定時だったらもうちょっと車体が光ったかもしれません。でも、曇り予報のこの日、予定していなかったこのポイントでの撮影ができたのはいいお駄賃となりました。
【2014.2.16 久々野~飛騨一ノ宮】(電車運転士)

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2014年2月17日 (月)

一足早い春を求めて-1

 今ではここだけと思われる現役の木造電車。

 Photo

 写真を載せたまま、場所を示していなかったが、それについて詳しくご紹介するとしよう。

 この写真を撮影したのは、地中海に浮かぶスペインのマヨルカ(マジョルカ)島である。と、いっても、マヨルカ島がどこにあるか、ご存じない方も多いに違いない。場所はここである。

Photo_2

 年間の晴天率が高く、温暖なリゾート地で、夏のシーズンにはドイツやイギリスから観光客が訪れ、70万人ほどの島内の人口が倍にふくれあがるという。

 この島の中心都市がパルマ・デ・マヨルカで、そこから北側のソーイェルまでの鉄道があり、さらにソーイェルで連絡して、港まで路面電車が運行している。ソーイェル鉄道で、いずれも車体が木で作られた木造車が、いまなお現役で活躍しているという極めて魅力的な鉄道である。今回、マヨルカ島を訪れたのはソーイェル鉄道が主目的というわけではないが、せっかくマヨルカを訪れたならば寄らないわけにはいかない。そこで、路面電車とあわせて撮影に行くことにした。

 名古屋からパルマまでは、直行の航空便は無いので、まる1日以上かかる。今回は航空券の関係で、フランクフルト、パリ、バルセロナの3回乗り換えで、バルセロナで一泊し、30時間弱を要した。イメージ的には、日本海縦貫線から青森、函館、札幌で乗り換えて、旭川電気軌道と旭川市電を撮影に行ったようなものだ。(たとえがわかりづらい?)

 マヨルカ島には、10年ほど前に訪れ、今度が二度目なので、状況はほぼわかっている。この鉄道は、パルマの町中は道路中央に線路が敷かれ、郊外に出ると農地の中を走り、荒々しい山渓のトラムンタナ山脈を2800mの長大なトンネルで抜けて、ソーイェルに一気に下っていく。撮影地としては、パルマの町中を走るところと、この鉄道の紹介写真によく使われているソーイェルの手前にある煉瓦造りのアーチ橋があるが、後者はやや遠そうだ。

 今回訪れた2月は、桜の花に似たアーモンドの開花時期であるという。マヨルカ島にはアーモンドの木が多く、開花すると島に雪が降ったように見えるとか。これは楽しみだ。ぜひ、電車と一緒に撮ってみたい。しかし、この時期、オフシーズンなので、電車は4往復しか動いておらず、効率は極めて悪い。もっとも、ピークシーズンとなっても電車の本数はわずか5.5往復である。

 パルマの空港に到着したのは午前9時過ぎ。中心部のスペイン広場にあるソ鉄道駅にソーイェルからの一番列車が到着するのは10時頃のはずである。空港からのバスは出た直後だったので、効率を考え、やむを得ずタクシーで駅に向かう。空港から町まで近いので運賃は18eである。 

 以前も撮影した駅北の併用軌道区間でカメラを構える。やがてピーという汽笛を鳴らして電動車を先頭に列車がやってきた。

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 頭がつぶれ、木の陰が入るのは残念だが、冬の低い光線に台車まで浮き上がり、実に美しい。

 この折り返し列車でソーイェルに向かう。乗客が多いのか、客車はここで増結 して、6両となる。車窓からアーモンドの木と電車が撮れるところを探す。花は満開でちょうど良い時期であるが、こと撮影となると、アーモンドの木は畑として整然と植えられており、さらにそれらの木々は柵で囲まれていて中には入れないことから、なかなかうまく撮れそうな場所が無い。

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 やがてトラムンタナ山脈のトンネルに入ってしまい、良い撮影場所は見つけられないままになってしまった。とりあえず終点のソーイェルで下車、折り返しパルマに発車する列車を撮影する。

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  車庫には、こんなゲテモノも停まっていた。

Photo_10

 この後は、駅前から出ている路面電車を撮影して、16時半の列車でパルマに戻る。これがパルマ行きの最終列車である。

 帰りの列車ではオープンのデッキから一生懸命、撮影地を探し、バンヨーラの少し南側に何とか撮れそうなところがあることを見つけた。鉄道に沿って走る路線バスがあり、その停留所から鉄道の沿線にいけることは、Google Mapで確認している。 

 パルマに戻って、折り返しのソーイェル行き最終を駅の北側で撮影する。

Photo_11

 これでこの日の撮影は終了である。もう、撮る列車がない。

 翌朝は、まず、ここに来た一番の目的を果たし、再び10時の列車を撮影した後、10時15分のバスでソーイェルの路面電車に向かう。昨日に続き、2度目の撮影であるが、この路面電車も素晴らしく、何度撮っても飽きない。道路はトラムンタナ山脈を長いトンネルで貫いており、列車では1時間半ほどかかる距離をわずか30分少々で到着してしまう。これでは鉄道はまったく勝ち目は無い。

 路面電車を撮影後、再度バスに乗り、撮影地近くのバス停で下ろしてもらう。ここからは徒歩で撮影地に向かう。撮影ポイントは、バス停から歩いて30分ほどの距離である。ここで、ソーイェルを14時発と、パルマを15時10分発の列車を狙う。14時発の列車が、この記事のトップの写真で、残念ながらサイドが陰ってしまった。ソーイェル11時40分の列車がもっとも光線が良かったのだが、その時間は路面電車を撮影していたのでなんともならない。もっとも、その頃には一時的に天気が悪くなっていたので、陽が当たったかどうかは確信が持てない。

 パルマ15時10分発の列車は、光線も悪いことから、サイドから狙う。

Photo_12

 アーモンドの木の間に、ギリギリ電動車1両が抜けたので、良い雰囲気の写 真となった。

 空港に戻る前、最後にパルマに到着する列車を撮影する。

_mg_6662

 ソーイェル16時30分の電車が夕暮れ時の17時25分に到着する。一面だけのホームがなんとも良い雰囲気を醸し出している。

 結局、2日間で撮影した列車は駅の到着・発車を含めて8本。2日間、フルにいても撮れるのは16本なので、路面電車と掛け持ちでこれだけの本数が撮れたのは、まずまずといわなければならないか。

 次回は、ソーレイユの駅から港に伸びている路面電車を紹介したい。(駅長)

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2014年2月14日 (金)

秀峰雪山ひねくれ写真

定番撮影地でもイレギュラーな撮り方を得意とする小生ですが(←要は腕が悪いだけ)、今回はそんな画像だらけになってしまいました。ご自身の画風にそぐわないと感じられた方は、どうぞ流し読みしてください。

2月11日の東海地方は前日の天気予報によると丸一日晴れマーク!山間部でも澄み切った青空が期待できそうな予報だったので、木曽路の雪山をカメラに収めようと昨秋以来ごぶさたしていた中央西線に向かいました。先週末に降った雪が少しでも雪晴れの山々を引き立たせてくれればラッキーです。
ただ、家の用事もあるので昼までの半日限定運用となりますが、それなら日の出前から出かけてしまえ~、と外へ出たところで景色が見えないうちからシャッターを切っても意味がないですね

  

Dsc_0182_3

雲一つないときの日の出前、木曽御岳のシルエットが暁の空に浮かび上がります。今回はせっかく日の出前に家を出たことだし、行きがけの駄賃として御岳シルエットに初挑戦してみました。
名鉄広見線西可児ー可児川には御岳バックの定番撮影地がありますが、物置小屋が出来たり、線路脇の雑草が伸びていたり、農作業車がフレームインしたりと手強い障害物もあります。日の出前ならそんな障害物を気にすることもなく、あとは車両の存在を如何に表現するかがポイントです。
時間は5:40、車体の屋根が辛うじて空の明るさを拾いました。次のチャンスがあるなら露出やシャッターのタイミングなどをもっと注視してできるだけ最小限の編集で済むようなカットになるよう、少しずつ学習していきたく思います。
シルエットを狙うには、空がまだ暗いうちに外出の準備をしないといけないので、山が見えるかどうか判断に迷っていたら周囲が明るくなってしまい、思い描くシーンに間に合わなくなるので朝5時発表の天気予報だけが頼りです。もしかしたらこのプラン、クセになるかも?

 
Dsc_0190

御岳撮影をそそくさと切り上げて、高速道で一気に恵那まで向かいます。貨物6883レの撮影が目的ですが、祝日なのでウヤの可能性もあり、あまり期待せずに恵那付近で待ちましたがやはりウヤだったので、次の目的である115系を狙うため機材をさっさと撤収して南木曽まで北上しました。
構図的にやや無理がありますが、今回のメインテーマに則して、中央アルプスをアングルに入れてシャッターを切りました。

Dsc_0202_3 近くまで迫る中央アルプスを拝むべく初めて訪れた野尻駅界隈。以前電車運転士様が撮影された画像を真似てみようと駅から少し南方に歩いた地点でスタンバイしました。時間的に3088レがやって来るはずですが、これまた祝日でウヤとなり、後続の「しなの」でお茶を濁しました。本当なら横構図でアルプスを収めたいのですが、民家がまともに写り込むため縦位置を余儀なくされます。
  

Dsc_0205 青空にそびえる中央アルプスの山々が真正面に!見事な眺めです。山バックのアングルは野尻駅南方の踏切が定位置ですが、架線柱がアルプスを区切ってしまうのでどうも好きになれません。
少しだけ移動して脚立を使えば架線柱をクリアしたシーンが得られるので、目障りなものも写りますが、雪山を強調したかったのでここで撮りました。
  

  
  

Dsc_0226 カメラを少し右に振ると駒ケ岳三沢岳(H26.3.5修正)がフレームインしますが、電柱の存在はどうしようもありません。左下に見える警報機のそばがベストポジションのため、場合によってはカメラマンが写り込んでしまいます。負け惜しみですが、この時は貨物がウヤだったおかげでまったりと撮影できて、かえって良かったかもしれません。山が見える日の貨物の運転時、特に原色先頭となれば激パ必至でしょう。
アングル周りの状況を伝えたかったので、わざとトリミングせずに載せることをお許しください。
  

  

Dsc_0238 贅沢な景色を満喫して、そろそろ帰路につきます。山バックを写す大桑ー野尻のインカーブ定番まで足を伸ばしても良かったのですが、作例も多く見かけることだし、おまけにタイムリミットも近くなり、これにて終了。
帰りがけの駄賃として、恵那付近で再びアルプスを撮るため見晴らしの効く地点に向かいました。何度も言いますが、撮影するには本っ当にジャマな電波塔ですね。通りすがりの地元の方によると、名古屋のTラジオの中継局だとか。
ここでも中央アルプスの山容を強調したかったので、電波塔を避ける目的もあってあえてこんな撮り方をしてみました。被写体は下り列車の後追いのみになります。この画像も、わざとトリミングせずに載せますのでご了承下さい。
  

  

Dsc_0244 少し立ち位置を変えて最後の1カット。この付近を将来リニアが通ることになりますが、その頃にはこの辺りの景色がどのように変貌しているでしょうか。自然が壊されないうちにいろいろカメラに収めておきたく思います。
  
もうしばらく粘ることができたら3084レはウテだったらしく、あーあ・・・。でもこれだけの景色を堪能できたので満足です。(出札掛)

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2014年2月13日 (木)

270.1980年夏 九州撮り鉄行脚 9号車【鹿児島交通1】 1980/8/13

 九州撮り鉄行脚もやっと終盤戦の段階になってきました。ここからは鹿児島交通をご紹介します。鹿児島交通はこの時の九州行のメインメニューに位置付けており、3日間にわたって撮影を続けました。1980年の頃でも駅舎をはじめとする沿線施設などに昭和30年代を彷彿させる超レトロな雰囲気が残っており、ローカル私鉄が地域の重要な輸送手段として元気だった頃を偲ぶことができました。この時、鹿児島交通は初めての訪問でしたが、一発でその魅力の虜となってしまいました。

Photo_2 路線は鹿児島本線の伊集院から指宿枕崎線の枕崎まで、薩摩半島の西側部分を南北に縦断するような線型となっており、営業キロは49.6キロとローカル私鉄にしては比較的長い部類に入ると思います。かつては阿多~知覧と加世田~万世の支線を有していましたが、いずれも昭和40年代までに廃止されています。残った伊集院~枕崎の路線は厳しい経営環境の中で何とか生き残りをはかってきましたが、1983(昭和58)年6月にこの地方を襲った集中豪雨により大きな被害を受け、日置~加世田で運転を再開したものの、結局、全線復旧することなく1984(昭和59)年3月17日限りで惜しくも廃止されてしまいました。

1280813 初日は「かいもん5号」を伊集院で降り、鹿児島交通入りしました。途中、雰囲気がよかった日置で下車し、駅周辺を中心に撮影を開始しました。駅のホームからのお手軽撮影ですが、これだけでもローカルな雰囲気を十分に感じることができました。
【1980.8.13 日置】(電車運転士)

2280813_2 日置には蒸機時代の名残である給水塔がほぼそのままのかたちで残されていました。こういった懐かしいアイテムが沿線の至る所で見ることができました。
【1980.8.13 日置】(電車運転士)

3280813_2 日置での交換風景です。ホームに植えられたフェニックスの木が南国らしさを主張していました。写真のキハ100型は鹿児島交通の主力車両で、国鉄のキハ07に準じた自社発注車両です。ドア下のステップがないなど微妙な違いはありましたが、国鉄ではすでに引退してしまっていたキハ07を彷彿させるには十分でした。
【1980.8.13 日置】(電車運転士)

4210380813_2 日置からは小さな峠越えのある伊集院~上日置にポイントを移動することにしました。その道中の車内の様子です。ちょうどお盆の帰省シーズンということもあり、結構な数の乗客でそれなりの乗車率でした。当然のことながら冷房などあるはずもなく、気だるい雰囲気が車内に漂っています。
【1980.8.13 キハ103車内】(電車運転士)

5280813 草生した線路がローカル線の雰囲気を盛り上げていました。当時の車体色は朱色に紺色の帯と決して垢抜けていたとはいえないものでしたが、南国の気動車らしい色で、違和感は感じませんでした。
【1980.8.13 伊集院~上日置】(電車運転士)

6280813 
 撮影を終え、最寄りだった上日置まで戻ってきました。やって来たのはキハ300型です。キハ300型は国鉄のキハ16を両運転台バージョンとした自社発注車で、国鉄の両運転台車だったキハ10よりも僅かではありますが先に登場しています。キハ300型には国鉄のATSが搭載されており、当時3往復あった西鹿児島乗り入れ列車はキハ300型の限定運用でした。左の石積みの構造物は蒸機時代の給水塔の土台です。上日置はかつてはスイッチバック駅でしたが、この時点でもはっきりした痕跡を見つけることはできませんでした。
【1980.8.13 上日置】(電車運転士)

7280813 せっかく訪れた鹿児島交通、伊集院口ばかりで撮っていてももったいないと思い、さらに南下を続けました。吹上浜近辺の雰囲気がよかったので、途中下車しました。海が近いためか線路沿いの木々は松が主体でした。バラストがほとんど見えない線路を車体を大きく揺らしながら列車がやって来ました。
【1980.8.13 吹上浜~薩摩湖】(電車運転士)

8280813_2 吹上浜の駅は日本3大砂丘のひとつである吹上浜に近い場所に立地していました。お盆に実家に帰省したついでに吹上浜での行楽を楽しんだ家族連れでしょうか、普段は乗降の少ないこの駅も少しですが賑やかな雰囲気を感じることができました。
【1980.8.13 吹上浜】(電車運転士)

9280813_2 キハ100型は半室運転台だったため、運転席の横は格好の前面展望スペースとなっていました。ここは子供たちにも大人気で、陣取った子供たちは常に笑顔が絶えませんでした。
【1980.8.13 吹上浜】(電車運転士)

10280813_2 永吉付近には石積みの眼鏡橋の道路橋があり、これを何とか料理できないかと試行錯誤してみました。アーチの中にシルエットの列車を配してみましたが、2両編成だったこともあり、構図的にちょっと中途半端な感じになってしまったのが残念です。
【1980.8.13 吉利~永吉
】(電車運転士)

●次の目的地 引き続き鹿児島交通

●移動行程 鹿児島交通→西鹿児島→「かいもん6号」→八代→「かいもん5号」→伊集院→鹿児島交通

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2014年2月11日 (火)

269.やっと巡った雪鉄のチャンス【高山本線+α】 2014/2/8・9

 2月8日は太平洋側を発達しながら進む低気圧の影響で、この地方の平野部でも今シーズン初の本格的積雪となりました。なお、関東方面は記録的な大雪となり、交通機関や市民生活に大きな影響が出て大変な状況になっていたようです。出札掛様から名鉄広見線と高山本線のご報告がアップされていましたが、自分も8日と9日に今シーズン初めての雪鉄を行うことができました。

221428 2月8日は未明の雨が雪に変わり、朝になると街中でも雪景色を見ることができました。どこに行こうかと思案した結果、多治見貨物に間に合いそうだったので、高蔵寺の定番カーブ付近へ向かいました。こんな天候にもかかわらず同業の方の姿が見られたので、ひょっとしたら国鉄色が来るのかなと淡い期待を抱いていましたが、やってきたのは普通に牛乳パックでした。雪景色のため、あまり目立ちませんが、築堤下に鉄除けフェンスが立ち始めており、ポイントとしての条件はかなり厳しくなりそうです。この後、広見線方面に向かう予定でしたが、よんどころない事情が発生、急遽、雪鉄は撤収となってしまいました。

 翌9日は平野部の雪はほとんど溶けてしまいましたが、山間部ではまだ雪が残っているのではないかという希望的観測のもと、先日ユニットが復活したオレンジツートン狙いで目的地を高山本線とし、木々への着雪を期待しながら国道41号線を北上しました。この日のオレンジツートンは4713C→4712C→4717C→(以下略)と美濃太田~下呂の運用が主体でした。飛水峡あたりまで来るとかろうじて着雪が残っていたため、4713Cは高圧鉄塔俯瞰しかないと考え、林道を登って行こうとしましたが、集落の奥は除雪されておらず、普通の車でのアプローチは困難な状況で、仕方なく林道を歩いて登る羽目になってしましました。幸い時間的に余裕があったので歩きでも間に合いましたが、ギリギリのタイミングだったら目の前の美味しそうなご馳走を撮り逃がすところでした。

321429_4 木々の着雪がもう少しあれば完璧でしたが、雪晴れ・オレンジツートンと条件が揃えば贅沢は言えません。白基調の東海色だったら雪景色に溶け込んでしまうところでしたが、雪景色のオレンジツートンはやっぱり存在感抜群です。
【2014.2.9 上麻生~白川口】(電車運転士)

42_8 定番のシャッター切り位置も陽が当たってくれました。これまでこのポイントは新緑・夏の緑・紅葉と訪れてきましたが、雪景色は初めてモノにすることができました。
【2014.2.9 上麻生~白川口】(電車運転士)

521429_9 もう1台のカメラで横構図も押さえておきました。飛水峡あたりでは北部山間部と違ってなかなか積雪が期待できないため、この日はいい記録となりました。
【2014.2.9 上麻生~白川口】(電車運転士)

621429_2 4712Cのポイントを求めてさらに国道41号線を北上しましたが、時間も経過したこともあってか期待に反して、とくに日なた部分の着雪はかなり溶けてしまっていました。いろいろロケハンをしてみましたが、結局、ここが一番まともな状態でした。
【2014.2.9 焼石~下呂】(電車運転士)

721429 4717Cまでには時間があるので、他の列車で時間を潰しました。第5鉄橋にも立ち寄ってみましたが、背景の山には着雪がほとんどなく、河原に残っていた雪を主体のアングルでまとめてみました。
【2014.2.9 焼石~下呂】(電車運転士)

821429_2 4717Cはどこで撮ろうか悩みましたが、適当なポイントが思い浮かばなかったため、結局、いつもの俯瞰ポイントに登ることにしました。着雪がほとんどなくなってしまって残念な状況ですが、気温が上がった午後の時間帯ではやむを得なかったです。
【2014.2.9 焼石~下呂】(電車運転士)

921429 この日のオレンジツートン撮影は終了となりましたが、最後は洞門上ポイントで締めることにしました。直前まで線路全体に陽が当たっていたのですが、ゲリラ雲の襲来にやられてしまい、撃沈してしまいました。
【2014.2.9 飛騨金山~焼石】(電車運転士)

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2014年2月 8日 (土)

立春を過ぎたら

35_2 ついに、とうとう、やっと、ようやく、    積もりました・・・雪。
さて、カメラを出してスタンバイ。

 

22 未明から降り出した雪は、天気予報によると昼ごろから雨に変わるとのこと。
撮影するなら勝負は朝からせいぜい午前中。ノーマルタイヤのマイカーでも難なく手軽にアプローチできる撮影地を考えたら、いや~、ワンパターンですが毎度の名鉄広見線善師野付近になりました。本数も多いし、ま、いいでしょ。
朝7時に現地着。7:15頃にやって来る特急送り込み運用751レを皮切りに撮影を始めます。1700系が来ないかと淡い期待をしましたが、そんなに世の中アマくない。

 

60 モノトーンの景色に赤い被写体が浮かび上がるフォトジェニックなシーン。しかし何時も似たようなアングルになってしまい、「創作性に欠ける!」とお叱りを受けそうです。
やはりベストシーンを得るにはほど遠く。

 

Tn 同業者らしき人影、車は何処にも見当たりません。このときばかりは有名撮影地を独り占め。トンネル正面に見える位置に立とうと思ってもスペースが狭く、敷地内侵入で通報されてもいけないので、この位置でご勘弁下さい。

 
Dsc_4225 雪も徐々にみぞれ混じりになってきたし、新たな撮影地や撮り方も思い浮かばず、無理な移動で思い掛けぬトラブルを引き起こしてもいけないので、9:30過ぎに大人しく帰還しました。
  
昼ごろから雨模様になり、あぁ~、積もった雪が溶けてゆくぅ・・・。しかしうっすらとはいえ、まだまだ白いところも残っています。そんな景色を見ていたら、いてもたってもいられずに次はJRをターゲット。
本日の高山線ツートン色車の運用は、キハ48ユニット編成は北部が中心で、単行キハ40は美濃太田を15:29に発車する3736Dの先頭に立つ予定。これに狙いを定め、また出動。
 

  

48あれ、やっぱり雨のせいで雪模様はまばらとなってしまいました。列車はほぼ定時で現れ、犬山城をバックに走っていきました。次はツートンユニット編成を真白な景色の中で狙いたいものです。要は、飛騨地方まで遠征すればいいだけのことなんですねー。

  
雪中移動でしたが、シャーベット状の道路だったので割と容易に動けたのは幸いでした。(出札掛)

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2014年2月 2日 (日)

269.ロクヨン貨物お手軽鉄【中央西線】 2014/2/1


 ついこの間「あけおめ」をしたと思ったら、早いものでアッという間に1月が終わり、2月に突入しました。1月12日の富士急以来、家族運用の都合で3週間ほど休鉄状態が続き、そろそろ鉄分補給をしなければ身体が持たないようになってきました。1年で最も寒いこの時期、雪鉄を企てていましたが、北海道や東北と違って北陸・奥飛騨エリアは雪が少ないようで、芳しい成果が上げられそうにないので、雪鉄は別の機会に譲ることとしました。また、美濃太田のオレンジツートンユニットも先週解消されてしまったため、高山本線もイマイチ気乗りしないしということで、結局、消去法で残ったのが中央西線のロクヨン貨物でした。今回は血眼になってロクヨンを追っ掛けることはせずにまったりとお気軽鉄を楽しんできました。

121421 通例なら早朝の6883列車からのスタートになりますが、急遽、早朝の家族運用が舞い込み、6883列車は諦めざるを得なくなってしまいました。スタートからつまづいたかたちになりましたが、ダイヤを確認すると釜戸あたりなら3088列車を捕獲できそうだったので、気を取り直して国道19号線を北上しました。ここは今まで同業者には会ったことはがないポイントです。3088列車は顔に陽が当たりませんが、午後の3084列車は順光で撮ることができます。本当ならバックに中央アルプスが見えるはずでしたが、晴れているものの霞がひどくて、残念ながら今日は(ノ_-。)でした。
【2014.2.1 釜戸~武並】(電車運転士)

221421_2 釜戸から中央アルプスを望むことはできませんでしたが、山との距離が近くなる大桑あたりまで行けば何とかなるだろうと信じて車をさらに北上させました。思惑どおり中央アルプスは(*^^)vでしたので、3084列車はここでスタンバイしました。前走りの普通電車はちょっと趣向を変えて横構図で狙ってみましたが、やっぱり山が小さくなってしまいました。
【2014.2.1 野尻~大桑】(電車運転士)

321421_2 3084列車は山をメインにしたかったので、冒険はせずに定番の縦構図で待ちました。このポイントは重連というのがほとんどわかりませんが、晴れれば理想的な光線になるので、重連がわからないというハンデは気にしないことにしています。
【2014.2.1 野尻~大桑】(電車運転士)

421421_3 この後3084列車を追っ掛けてもよかったのですが、せっかく中央アルプスが最高に近い状態で見えていたので、追っ掛けはせずに後続の「しなの」を定番のインカーブポイントで撮ることにしました。2+2+6というブツブツの10両だったので、運転台が連続した奇妙な編成でした。
【2014.2.1 野尻~大桑】(電車運転士)

522421_2 81列車はこの時期山間部では陽が陰ってしまうため、釜戸近辺に戻りました。ただ、時間的に太陽が列車の真後ろに来るため、線路のどっち側から撮っても真逆光になってしまうのが玉に傷です。ここは初めて訪れたポイントですが、緑の多い時期に再挑戦しようかなと思いました。
【2014.2.1 釜戸~武並】(電車運転士)

621421_3 5875列車は夕陽ギラリ狙いで中津川IC至近のアウトカーブポイントに向かいました。この日はこれまで同業者と出会うこともなく、まったり鉄を楽しむことができましたが、国鉄色先頭ということもあって、ここだけは7~8人の同業者が集結していました。昼過ぎまでは晴れ間が広がっていたのに天気が下り坂ということで、夕方には薄雲が空全体に広がってしまい、夕陽ギラリは撃沈でした。せっかく国鉄色が来たのに消化不良に終わってしまいました。
【2014.2.1 美乃坂本~中津川】(電車運転士)

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