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2013年9月

2013年9月30日 (月)

248.彼岸花通信2013【名鉄広見線】 2013/9/29

 メンバーの皆様方も先週末は彼岸花を求めて線路端へ繰り出されていたようで、成果を上げられたこととご推察いたします。自分も三岐鉄道沿線へ出向く気持ちは満々でしたが、家族運用が入ってしまい、泣く泣く諦めざるを得ませんでした。ここで彼岸花鉄を強行すると後々の鉄活動に大きな影響が出るので、ジッと我慢しましたが、それでも、早朝限定なら何とか時間が撮れそうだったので、短時間で彼岸花鉄ができる名鉄広見線をやっつけてきました。

_dsc80942 西可児~可児川にある小さな川の土手には小規模ですが彼岸花ポイントがあります。休日の広見線の2000系は6時台の1往復のみ、1か所だけそれなりに密集している花があったので、無理やり画面に取り込んでみました。
【2013.9.29 西可児~可児川】(電車運転士)

_dsc81122 ラッキーなことに周囲の田んぼはギリギリで稲刈りが終わっていませんでした。朝日を受けて黄金色に輝く稲穂とギラリと輝く車体、彼岸花よりもこちらの方がこの日のベストショットになりました。思わぬ副産物にテンション大幅アップです。
【2013.9.29 西可児~可児川】(電車運転士)

_dsc82072 2200系も朝の2往復だけ広見線に顔を出します。疎らな彼岸花を少しでも見栄えがするように編成が切れるのを承知で低いポジションから狙ってみました。
【2013.9.29 西可児~可児川】(電車運転士)

_dsc82112 5700系も運用に入っているので、こちらも忘れてはいけません。現時点ではこれを目当てにわざわざ狙いに行くような状況ではありませんが、葬式鉄で慌てることのないように撮れるときに撮っておきたいと思います。この列車の少し前まで畑のど真ん中に農作業の方の軽トラが鎮座していましたが、作業終了とともに撤収してくれたので助かりました。
【2013.9.29 西可児~可児川】(電車運転士)

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彼岸花の里

出札係さん、電車運転士さんが三岐鉄道の彼岸花の写真を1週間前にアップされました。その写真に刺激され、私も三岐鉄道を訪問しました。奇しくも駅長様とはニアミスだったようです。(工場長)

Ahsh25929dsc_1053【北勢線・楚原~麻生田 H25.9.29 工場長】私の家から、北勢線のこのあたりまで車で1時間弱です。早起きは苦手ですので、10時半頃に到着しました。雲が多くて心配しましたが、少し薄日が差してくれたようです。

Ahsh25929dsc_1078【北勢線・楚原~麻生田 H25.9.29】駅長様ほど心がけが良くなかったようで、列車が来るときに曇ってしまいました。最初の写真の1時間後です。この間に三岐線の貨物列車を撮りに行ったのですが、そちらも雲に邪魔されました・・・

Ahsh25929dsc_1110【三岐線・東藤原 H25.9.29】北勢線で撮ったあと、東藤原へ行きました。ここも彼岸花の里です。入換中の機関車を撮りました。ここも雲に邪魔されましたが、フォトショップエレメンツで修正しました。

Ahsh25929dsc_1127【三岐線・東藤原 H25.9.29】貨物博物館のヘッドマーク付の電車が来ました。この頃から雲が少なくなりました。

Ahsh25929dsc_1134【三岐線・東藤原 H25.9.29】電車が通り過ぎたところで、振り返るとちょうど見頃の彼岸花です。

Ahsh25929dsc_1171【三岐線・東藤原 H25.9.29】今となっては希少価値のセメントタンク車がたくさんいると嬉しくなります。またチョット曇ってしまいました。

Ahsh25929dsc_1185【三岐線・東藤原 H25.9.29】待ちに待った貨物列車の出発です。絶好の光線状態でした。13:24発の3716列車です。

Ahsh25929dsc_1191【三岐線・東藤原 H25.9.29】3716列車の後ろ姿です。絶妙の赤と黒!この写真で満足し、東藤原を引き揚げました。

Ahsh25929dsc_1198【北勢線・楚原~麻生田 H25.9.29】帰りがけの駄賃で、もう一度北勢線です。ここはちょうど帰り道になります。有名な眼鏡橋で撮りました。たぶんこの頃、駅長様はこの少し左の交差道路の西で撮っておられたと思います。

三岐沿線は、「彼岸花の里」と再認識した1日でした(工場長)


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2013年9月29日 (日)

愛知のデーデー原色重連

JR-Fの機関車運用情報に詳しい某サイトを眺めていたら、運用どおりならDD51の原色機が21日(土)の昼間に関西線を下る79レに充当されるよう。この日は幸いにも出勤日(→何をもって“幸い”なのかは、皆様のご想像にお任せします)なので、さっそく、自主的に少し長めの昼休みと称して名古屋車両区をまたぐ向野橋に向かいました。
1週間前の土曜日は、この79レに継走される中央線3088レがウヤだったために当該は重単機となったのですが、どうやらこの日も3088レはウヤのよう、ということは79レはやはり単機か・・・。しかし、せっかく天気もいいので青空にそびえる高層ビルを背景にカマ重視のアングルを撮ろうと目論み、どうせ単機運用でも原色カマなら撮影対象と判断して通過時間を待ちました。
12:06頃、ささしまライブ駅を通過する79レの姿が遠くに見えました。運用通り原色のようですが、予想どおり貨車は連結されておらず、やはり単機だった・・・、あれ、なんだか長い?お、この日も重連だ!あれれ、しかも次位までも原色ですか?

1
今や貴重な原色重連、久々の登場です。これは後追い撮影もしておかねば、と振り返ったら反対方向から5282レがこちらも重連で接近中。
笹島(信)では79レと5282レのオイルトレイン同士が行き違うダイヤになっているので、うまくいけばDD51重連同士が顔を合わせるシーンを目の当たりに見られます。これで79レに荷が付いていれば文句なしでしたが。

2
今年3月の改正で、重連ペアは所定運用で流れても長続きしなくなりました。翌22日は運用列車が所定ウヤのため原色ペアは稲沢でそのまま留置され、23日には運用どおり流れて5271レ(ただし重単)に就きました。わざわざ重単で関西線を下ったということは、その戻し運用に当たる5380レは荷が付くだろうと判断。天気も良いのでちょっと追いかけてみようと、昨年12月に当ブログで発表された施設担当様の記事を参考に、永和付近に車を進めました。
集まった同業者は5~6名ほどで意外と拍子抜け。それほど集結しなかったのはDD原色重連に興味があまり向けられないのか、情報を拾えていないのか、それとも順光の清州界隈に集中したのか、はたまた中央線に現れた長野の「彩」に足が向いたのか・・・。いずれにせよ、まったりできました。

3 稲穂が綺麗に色づき始めました。半逆光を活かして稲穂の輝きを入れようとしたら真ん中の畦道でオジサンが草刈りをしていましたが、運よく通過数分前にフレームアウトしてくれました

4永和の停車中に先回りして、西尾張中央道立体交差付近に進みます。時間的にド逆光なので、撮影してもおそらく原色ペアなんて判別できそうもないですが、稲穂が綺麗だったのでイメージ写真として狙いました。施設担当様が撮られた少し先のインカーブで狙えば若干は側面に陽が当たるようですが、線路端の雑草が足回りを隠してしまいそうな感じだったので、あえてここでスタンバイしました。こんなシチュエーションだからだ~れも寄らないだろうと思っていたら、通過直前で1名が来られました。

5もう1台のカメラで稲穂を入れて標準気味の画角で撮りましたが、ガードレールと背景がうるさいですね。光線状態はやはりアカン!です。

6撮影後さらに車を走らせて清州付近に向かいました。無理せず走って間に合えばラッキーかな、と現地に到着したのは通過15分前。順光となるのにこの地点にはなぜか誰もおりません。しかし目の前を通行する世間の目が気になっていやらしいので、通過直前までカメラをカバンに忍ばせていました。5380レを三度目でようやく撮れた順光写真、キレイです。

気が付けば、DD51が重連で走る姿を定期的に見られるのは岡見貨物とここだけになりました。ところが岡見も先行き不透明であり、そうすると重連定期運用としては関西線が最後の場となりそうです。百戦錬磨の諸先輩方には今さらの感があるでしょうが、中央線EF64や三岐貨物など、中京地区は重連機関車に恵まれている地でもあり、関東や関西の機関車ファンから見ればさぞかしうらやましく感じられることと思うので、地の利を活かして撮れるうちにひとつでも多く記録に残しておきたく思います。(出札掛)

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晴天マークに誘われて

 先々週の台風通過以来、好天が続いている。まだ、昼間の暑さは残るが、それでも一頃に比べると、随分過ごしやすくなった。この週末は、天気が崩れるかと思っていたら、意に反して土日とも晴天マークである。先週、遠出をしたこともあって、この週末はそれなりに所用があるのだけれど、こう天気が良いと体がじっとしておられない。そこで、時間を調整して、日曜に出撃することにした。

 行き先は、電車運転士さんや出札掛さんから彼岸花の報告があった三岐鉄道とした。ただ、朝、適当な時間にいくとちょうど貨物のない時間帯であることから、行きがけの駄賃として四日市港の末広可動橋に寄ることにした。これまで機会がなく、ここに行くのは、恥ずかしながら初めてである。

_mg_6091
 今日は日曜とあって、可動橋を降ろすところは見られなかったが、撮影するにあたって影響はない。残念ながら、機関車は国鉄色ではなかったが、それは贅沢というものだろう。

 撮影後に三岐へ向かう。末広可動橋から40分くらいで保々に到着する。行きがけの駄賃としてはちょうど良いし、違うアングルからも撮りたいので、今後、また同じ行程で行くこともありそうだ。

_mg_6128

 目的地の三里と丹生川の間に到着したが、電車運転士さんの撮影した位置はすでに彼岸花の勢いがなく、加えて天候ももうひとつで、安易な位置で妥協してしまった。東側から撮影するには、午前の早い段階でないと、陽が回らないようだ。

_mg_6156 
 次第に天候も回復し、線路の西側が順光なので、そちらから撮影することにする。足回りも見えるので、こちら側の方が撮りやすそうだ。この写真をご覧になっておわかりのように、意外に線路脇に彼岸花が咲いている。そこで、次の富田行きは線路際から狙うことにした。

_mg_6188

 ちょっと顔が陰ってしまったが、藤原岳をバックにまずまずの構図で撮影できた。続いて、藤原に向かう貨物をサイドから撮影する。

_mg_6209
 とりあえず合格点の写真が撮影できたので、北勢線に移動する。こちらの方が、彼岸花は多く、さらに花も鮮やかである。定番の楚原~麻生田間で、これは少々離れた位置から。実は、ここに先客がいたので、線路際に寄ることができず、横に並んで撮影している。

_mg_6222

 続いて、桑名行き。少々時間が遅いので、頭が陰っているのが残念。

_mg_6229
 最後に、線路際から阿下喜行きを狙う。理想的な光線状態で、まずは満足いく写真を撮影できた。

_mg_6263 

 本日は晴天予報であったが、昼過ぎまで、雲の多い天気だった。普段、こうした天気では、列車が来ると曇るのが常套パターンであるが、なぜか今日は「来る晴れる」で、列車の来ない時間には厚い雲で陰っているにもかかわらず、列車が来ると晴れてくれた。

 普段の行動から考えると、どう考えても不思議だが、まあ、たまにはこういうこともあるのだろう、と素直に幸運を喜ぶことにした。(駅長)

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247.彼岸花通信2013【大垣界隈】 2013/9/28

 先週の三岐鉄道に続き彼岸花鉄に出掛けてきました。目的地は大垣界隈、定番の樽見鉄道のほか、東海道本線・西濃鉄道・養老鉄道を巡り、ちょっと欲張った1日となりました。三岐鉄道沿線と同様、今年は9月に入ってから残暑が続かなかったため、開花が遅れることなく、文字どおり先週の彼岸の頃が見頃だったようで、ちょっと時期的に遅かったようです。

_dsc79102 花の様子を見がてら、まずは樽見鉄道の犀川の土手を覗いてみました。朝は光線の関係で鉄橋の東側から狙うことになりますが、最近は土手の草刈りも行われず、鉄橋付近の木が成長して1両を抜くことができず、おまけに、バックに携帯電話のアンテナが立ってしまい(写真では無理やりカットしてます)アングルが縦構図に限定されてしまうなど、非常に撮りづらくなってしまいました。
【2013.9.28 横屋~十九条】(電車運転士)

_dsc79642_2 すぐ近くにある東海道本線の犀川の土手は草刈りが行われており、土手に上がることができました。下り列車を撮る鉄橋ポジションは竹藪が伸びてしまって広いアングルが撮りづらくなっていたので、発想を転換して上り列車が撮れるポジションを探しました。こちらは邪魔になるものがなく、スッキリと撮ることができました。この日の赤坂貨物5780列車は牛乳パックの牽引でした。
【2013.9.28 穂積~大垣】(電車運転士)

_dsc79702 一応、下り列車の定番アングルも載せておきます。右には竹藪があるため、これ以上下がって撮ることができず、窮屈なアングルになってしまいました。彼岸花もピークを過ぎてしまっており、白くなって枯れかけた花がほとんどでした。
【2013.9.28 穂積~大垣】(電車運転士)

_dsc22602_2 8月に西濃鉄道を訪れた時は、予想外のDE10だったため、美濃赤坂を覗いてみたらDD40だったので、昼の貨物列車を撮ることにしました。下から背後の山を見上げるとガードレールが見えたので、ひょっとしたら俯瞰ができるかもという淡い期待を持ちながら登ってみました。背景はうるさいですが、定番とは違ったポジションもたまにはいいかなということで、そのまま居座ることにしました。
【2013.9.28 美濃赤坂~乙女坂】(電車運転士)

_dsc80152_2 西濃鉄道からも近い養老鉄道に寄り道してみました。彼岸花で有名な美濃本郷の揖斐寄りのポジションンは時すでに遅しといった感じで、まったく絵になりませんでした。線路から少し離れたところにまだ元気そうな彼岸花があったので、ここを代替ポジションとしました。運用を調べていたわけではありませんでしたが、ラッキーなことにラビットカー色が来てくれました。
【2013.9.28 美濃本郷~揖斐】(電車運転士)

_dsc22692 ラビットカー色ということだったので、撤収せずに折り返しも撮ることにしました。上り列車向きのポジションを探していたら、少し白っぽい花も混じっていたもののかなり密度の濃い彼岸花を見つけることができました。この後、西濃鉄道に戻って午後の上り貨物列車を撮ろうと思い、乙女坂を覗いたら貨物列車の姿がありません。貨物時刻表では13時55分の発車となっており、十分間に合うはずなのにどうしてだろうと思い、近くの踏切の看板を確認したところ、13時10分頃の通過となっており、すでに行ってしまった後でした。貨物時刻表の情報は鵜呑みにできない典型的な反省事例でした。
【2013.9.28 美濃本郷~揖斐】(電車運転士)

_dsc80462_6 夕方の貨物列車まで待てるわけもなく、速攻で木知原に向かいました。ここもピークを微妙に過ぎてしまっており、とりあえず元気そうな花が多いところを切り取ってみました。
【2013.9.28 木知原~谷汲口】(電車運転士)

_dsc80622_2 周辺をウロウロしながら次の列車のポジションを探しましたが、花が枯れてしまったり、咲いている位置が中途半端だったりして、なかなか納得のいくポジションが見つかりません。結局、ここで妥協せざるを得ませんでした。夕方の斜光線のせいもあって、思ったよりいい感じになったのは幸いでした。
【2013.9.28 木知原~谷汲口】(電車運転士)

_dsc80702_2 朝の下見で鉄橋西側の土手は真っ赤な絨毯状態になっていたので、夕方、再び犀川の土手に立ち寄りました。彼岸花の部分は最高の光線状態でしたが、鉄橋部分には手前の木の影が落ちてしまっており、残念な結果となってしまいました。ちょうど木知原で撮った列車をここで撮るのがベストだったようです。このポジションも周囲の木が成長しており、訪れるたびに撮りにくくなっているのを実感できます。
【2013.9.28 横屋~十九条】(電車運転士)

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2013年9月26日 (木)

関西遠征

 この3連休-正確に言えば、平日を1日含む22日から24日の3日間であるが-関西方面に飛び石で所用があった。一旦、名古屋に帰っても良いのだけれど、新幹線を使うとなると、その費用で宿泊できる。そこで、大阪に2泊して、普段なかなか行けない関西の鉄道を見てくることにした。事前に「スルッとKANSAI 2DAYフリー切符」を購入したこともあり、撮り鉄よりも乗り鉄重視の遠征となった。

 まず、訪れたのは、10月末で運転が休止される梅小路のN電である。

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 運転開始が何時だったか、記憶がないが、その頃以来の訪問で、デジカメで撮影するのは初めてである。今後は、梅小路公園に他の路面電車の保存車と並んで展示・運転されるようだが、バッテリーでの給電になると聞いている。電気で動いてこそ、文化財的な価値があるのだが、そうなると単なる見世物になってしまうのではないか、と危惧している。

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 せっかく来たのだから、と梅小路蒸気機関車館も見ることにした。しかし、死んでいる機関車は、正直、あまり面白くない。ちょうど、C571が解体修理中であり、また、8620やD51など3両が扇状庫から外に出されていた。なにかイベントでも計画されているのだろうか。

 翌日は、南海の加太線や多奈川線を乗りつぶし、昼頃、堺に戻って8月25日に登場した「堺トラム」の乗車と撮影を行う。堺トラム自体は、アルナの低床車で新味はないが、座席等の仕様が凝っている。現在は、堺市内だけの運行であるので撮影地は限られるが、全線の運行が始まれば、住吉あたりでも撮影ができるようになる。軌道状態がもうひとつのためか、50km/hで運転する新設軌道区間でやや揺れたのが気になった。

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 堺トラムを撮って、今度は一気に高野山まで「こうや」に乗車する。フリー切符の元を少しでもとるためである。ここも、昭和55年頃に旧「こうや」に乗りに来て以来である。

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 タイミング良く、30000系と31000系の「こうや」が並んでくれた。

 その翌日は平日である。こうした時でないと、乗れない、撮れない路線として、和田岬線に行くことにした。工場の通勤客専用で、平日の朝夕しか列車が動かない、まさに関西の東名港線である。事前に情報を仕入れていないので、何が動いているか-まさか、座席を外した客車がプッシュプルのDLに牽かれているとは思わないが-知らなかったが、103系6連が使用されていた。

_mg_6140 

 JR西日本の各路線で活躍してきた103系も、見られるところは少なくなってきているので、国鉄色の103系が使われているこの路線も人気が出るのかもしれない。もっとも、乗ってみると、線路が直線で、まったく面白みがないが・・・。

 

 地下鉄で三宮に出て、次は阪神の武庫川線に向かう。ここも機会がなく、乗り残している。

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 和田岬線同様、武庫川沿いに走るこの線も、景色がさほど良いわけではないので、乗ったという自己満足で終わってしまう。

 某大学の食堂で昼食を食べた後、向かったのが、今、関西で最も熱い視線を浴びている撮影ポイントである。

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 そう、城東貨物線の赤川鉄橋である。

 複線橋梁の片側を人の通行用に供しているが、旅客線化に伴い、10月末で通行ができなくなる。休日に訪れると同業者が多いと予想されるし、また、貨物も運休していることから、あえて平日に訪れることにした。

 しかし、廃止直前とあって、平日でも同業者は少なくない。50mほどの間隔で手すりに寄りかかって撮影しているので、極めて撮りづらい。ようやく同業者をカットできる構図で撮影できたと思ったら、こんどは自転車がはいってしまった。人の入る写真は、不確実性の部分が多いので、どうしても運が左右してしまう。おまけに、午後の訪問なので光線状態ももうひとつである。

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 ちなみに、同業者はこのような状態である。おそらく、休日には鈴なりとなって、撮影は難しい状態だろう。

 この赤川鉄橋は、阪急の淡路駅から徒歩10分ほどである。これも訪れるまで知らなかったが、淡路駅は現在、高架化工事の真っ最中で、地平時代が撮れる最後のチャンスであることがわかった。そこで、ホームの端に陣取って、阪急電車を撮影する。

_mg_6260

 3300系はなじみあるが、最近の特急車となると、ピンとこない。もう2800系はないし、6300系もなくなってしまっていたっけ?

 この淡路駅で撮影するのは、たぶん、43年ぶりである。その時には、こんな車両が走っていた。

2010aa5158
 万博の時に、この駅で撮影している。確か、その前に京都市電を撮影し、京都からこの車両に乗ったように記憶する。

2010aa5159
 いかにも重々しい車体で、普通とは言え、豪快な走りだったことを思い出す。古き良き時代の電車である。(駅長)

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2013年9月25日 (水)

246.彼岸花通信2013【三岐鉄道】 2013/9/22・23

 このところ朝晩を中心に涼しさが感じられるようになり、やっと酷暑から解放されたような気がしている今日この頃です。暦はお彼岸を迎え、世間は3連休と行楽シーズン真っ只中でしたが、この時期の代表的なアイテムは彼岸花、最近は9月に入っても残暑が続く傾向があり、見頃になるのは10月に入ってからということが多かったようですが、今シーズンは残暑が長続きせず、台風18号通過後は朝晩の気温が下がる状況が見られたため、今年の彼岸花は本来咲くべく時期に開花したようです。とりあえず、咲き具合を偵察してみようと三岐鉄道沿線に足を運んでみました。22日の午前中は出札掛様が現地入りされていましたが、自分は午前中に家族運用があったため、出札掛様とは入れ違いで午後からの参戦となりました。

_dsc74212_2 出札掛様がいらっしゃった午前中は絶好の条件で撮影が可能でしたが、自分が現地入りした14時20分頃には大きな雲が湧き、3715列車はあえなく撃沈、次の貨物列車までの間合いに北勢線の様子を窺ってみました。ラッキーなことに雲の切れ間から太陽が顔を見せ、それなりの条件で撮ることができました。出札掛様と同じポイントですが、自分の場合は電柱ワンスパン手前のアングルで撮ってみました。
【2013.9.22 楚原~麻生田】(電車運転士)

_dsc74522_2 楚原で行違いとなる下り列車は線路端に寄ってみました。本来なら左側の土手も彼岸花で赤く染まるはずでしたが、ちょっと時期が早かったようです。
【2013.9.22 楚原~麻生田】(電車運転士)

_dsc74712_2 16時前の3718列車の頃には大きな雲が移動し、陽が射すようになってきました。三岐線も多少時期尚早だったようで彼岸花の密集具合がもう一息って感じでした。
【2013.9.22 三里~丹生川】(電車運転士)

_dsc74972_2 線路から離れたところに彼岸花が密集したところがあり、おまけにこの1枚の田んぼだけ稲刈りがおわっておらず、赤と黄色と緑のコントラストが映えていました。貨物列車だと編成が切れてしまうため、電車狙いとしましたが、やって来たのは白の広告電車、他の条件は整っていたのに「もおっ・・・bearing」って感じです。
【2013.9.22】(電車運転士)

_dsc75302 夕方の3717列車は運よくエロエロ光線状態でした。雲にやられて撃沈した3715列車のリベンジを果たすことができました。
【2013.9.22 三里~丹生川】(電車運転士)

_dsc76012_2 前日に確認したところ、光線が早朝勝負となる線路東側の方が咲き具合がよかったため、翌23日は夜明け前に自宅を出ることにしました。ところが、その時間帯は土砂降りの状態で、気持ちが萎えてしまいましたが、雨雲の動きを見ていると一時的な通り雨のようで、その後は回復基調になると信じて現地に向かいました。現地到着時はまだ厚い雲が空を覆い、諦めて帰ろうかと思いましたが、1501列車の時には何とか薄日の状態となってくれました。今年は線路近くに蕎麦畑が出現しており、彼岸花とのコラボが実現しました。
【2013.9.23 三里~丹生川】(電車運転士)

_dsc76442 薄日だったら逆光もそんなに気にならないだろうと思って、線路の西側にも回ってみました。遠目に見ると密集具合はイマイチでしたが、レンズとアングルで何とかごまかせないか試行錯誤した結果がこの写真です。
【2013.9.23 三里~丹生川】(電車運転士)

_dsc76892 3712列車の通過時には一瞬でしたが、ラッキーなことに晴れ間が広がってくれました。3712列車でもまずまずの条件で蕎麦と彼岸花の競演をモノにすることができました。
【2013.9.23 三里~丹生川】(電車運転士)

_dsc77122_3 線路から離れた写真ばかりになりそうだったので、線路近くにも寄ってみました。正面に何やらHMが装着されていましたが、家に帰ってから調べてみると丹生川にある貨物鉄道博物館開館10周年の記念HMでした。現物を見るまでまったく知らなくて、普段の予習不足を露呈してしまいました。HMの装着は電車3編成に10月6日まで掲出されるとのことです。
【2013.9.23 三里~丹生川】(電車運転士)

_dsc77432_3 3711列車は晴れると側面にギリギリ陽が当たりませんが、このポイントに限っては薄曇りが正解でした。午後からは家族運用が待ち構えていたため、後ろ髪を引かれる思いでしたが、止むなくこの列車で撤収しました。
【2013.9.23 三里~丹生川】(電車運転士)

 今年の三岐鉄道沿線の彼岸花はかなり咲いているなという印象で、、早咲きの株には白く枯れかけたものもありましたが、完全な満開ではなく、出札掛様がおっしゃっているように蕾の状態のものもたくさんあり、来週末も十分楽しめそうなので、天気との相性を期待したいと思います。

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2013年9月22日 (日)

彼岸花鑑賞@三岐

秋分の日を迎え、季節の風物詩である彼岸花が咲き始める頃となりましたが、猛暑続きの今年ははたして例年通りに咲いてくれるのでしょうか。

最近、某ブログを覗いていたら彼岸花を絡めた三岐鉄道の画像を目にしました。
  「そうか、もうそんな季節になったのか」。
なかなか今まで三岐と彼岸花のコラボ撮影にトライできなかったので(→いや、都合つく日は天気が悪かったり、他のネタ列車に誘惑されて撮影チャンスを逃していただけですが)、よし、今度こそはと下調べ。
以前、電車運転士様が当ブログで作品を発表されていたのを思い出し、バックナンバーを拝見して目的地を三岐線随一の撮影地・丹生川~三里に定めました。北勢線との掛け持ちが出来るので効率もいいし、やはりこの周辺が定番で無難であろうと判断して22日の早朝に三重県いなべ市を目指しました。

 

1現地に着いたのは朝6時半過ぎ。撮影のメインとなる三岐線の貨物列車までには2時間近くあるので(あっ、早朝のフライアッシュ901レを忘れていた!)、まずはウォームアップと称して北勢線にカメラを向けました。順光になるポジションと彼岸花を探して適当に撮影開始。朝のラッシュ時間帯は本数も多いので撮影枚数を稼ぐことが出来ます。のんびりと走る列車に高速シャッターは不要。よって被写界深度を稼ぐことは出来ますが、かといって絞りすぎると回析現象が生じるし、痛しかゆしです。

 

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5続いて、三岐線の貨物列車と、その合間に北勢線を狙うために行ったり来たり。花はぼちぼちと咲き始めていますが、まだまだつぼみのままのところも多く、見頃となるにはもう少し先のようです。

 

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3そんな中、できるだけ花が密集している場所を探してアングルを決めますが、電車運転士様のブログ記事にあったとおり、その多くが線路に対して垂直方向に咲いているのが多いので思うように構図が決まらず、ファインダーを覗きながら悩んでいるうちに列車が来てしまいます。とりあえずシャッターを切りますが、う~ん、さえないですね。こういうときに感性の差が現れます。まだまだ修行が足りません。 
 

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7時間が経つにつれて時折り薄雲が湧くようになりました。午後は家族運用があるので、フライアッシュ501レの撮影を最後にして帰途に就きました。
温暖化の影響なのか、この周辺で彼岸花が最も見頃となるのは9月下旬以降かもしれません。出直してみる?(出札掛)

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2013年9月20日 (金)

【アーカイブス】懐かしの駅-その2

  6月下旬に懐かしの駅として、消えた駅舎を紹介したが、今回はその続きである。続きをすることにしたのは、この写真が出てきたからだ。

Photo

 撮っていそうで、撮っていないと愚痴を言った常滑の駅舎である。ちゃんと撮っていたのである。その一連の中には、こんな写真もある。

Photo_2

 常滑のホームに停まる3400形。そう、ここのホームは、4連が精一杯であった。しかし、ここに7000形や7500形の6連がかなりの頻度で入線している。もちろん扉は2両分、閉め切っているのであるが、今から考えると、よくもまあ、と思わざるをえない。もっとも当時の常滑線は、尾張横須賀を出ると、すべて4両ホームだったのだが・・・。

 さて、殊勝にも、よくこのような写真を撮ったと感心していたら、やはり、であった。

Photo_3

 要するに、常滑の駅改良で海側に新しいホームができ、旧駅舎とホームがなくなる、ということで、撮りに行ったようだ。今で言うところの××鉄である。

Photo_4

 それでも、駅舎やこうした角度の写真が、今、どれくらいあるのかわからないので、××鉄といえども、貴重な記録ではないか、と思う。

 しかし、常滑の駅改良が行われる前は、こうした角度から写真が撮れたのかなぁ。この角度の写真を撮っていないし、また、見たこともないので、意外に撮れなかったのではないか、とも思える。

2013a55781
 電車を入れずに、こうした角度で見ると、まさに昔のままの雰囲気を伝えている。どうやら、最初に1面2線のホームをつくって、旧駅舎とホームを撤去後に、もう1面2線のホームと、駅ビルを建てたようだ。現在は、高架駅となっているので、改良後の地平駅すらも、もう過去の記録である。

 おまけで、以前お見せした写真のカラー版。

Photo_5
 朝倉の駅も、この直後に高架化されているようなので、この頃、常滑線の改良が積極的に行われていたのだろう。昭和57年の記録である。

 常滑線100年のイベントの前に、発掘できていたら、もう少し良かったかもしれないが・・・。(駅長)

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2013年9月19日 (木)

245.C61リベンジ企画+上毛電鉄デハ101 2013/9/15

 昨年の9月22日、上越線ではD51498とC6120による蒸機2往復運転が行われ、HMも付かないこともあって気合を入れて参戦しましたが、C61はまさかの直前非常停止で撃沈、脱力感だけが残ってしまいました。今年の蒸機2往復運転は七夕の時期に実施されてしまいましたが、9月15・16日にはD51の運転はないものの、C61の旧客列車が運転されるということで、昨年のリベンジを果たすべく15日に上越線に足を運びました。今回は出札掛様と共通の友人の3名で上越線に向かいましたが、14日の深夜に出発、15日の夜に帰名という相変わらずの弾丸鉄を決行してしまいました。

_dsc71192 現地到着は5時、あたりはまだ真っ暗でしたが、とりあえず場所を確保し、2時間ほど車の中で仮眠をとりました。C61の通過までにはかなりの時間があったので、とりあえず来る列車にシャッターを押しました。何の変哲もない115系の写真ですが、湘南色の115系が普通に撮れるのも今や高崎地区だけになってしまいました。
【2013.9.15 上牧~水上】(電車運転士)

_dsc71252 午前中の貨物列車は下り2本、上り1本の設定があります。3連休の中日だったので、運休の可能性が高いと思っていましたが、3本とも運転されていました。EH200が結構なスピードで眼前を通過して行きました。
【2013.9.15 上牧~水上】(電車運転士)

_dsc71522_4 ここはほぼ車横付けで楽ができるだけでなく、上り列車もそれなりに撮れる効率のいいポイントです。線路の左側に家の屋根があるので、それをカットするために編成の短い電車は思い切って縦構図で狙ってみました。
【2013.9.15 上牧~水上】(電車運転士)

_dsc22192_4

_dsc71702_4 この日は台風18号が日本列島に接近しつつあり、ラジオのニュースによると首都圏では局地的な豪雨で鉄道各線のダイヤはボロボロの状況でしたが、幸い水上近辺は時折小雨がぱらつく程度の天気で、風もなく、台風の影響はほとんどありませんでした。ところが、C61の通過5分前くらいから雨脚が急に強まり、雨粒が画像にハッキリと写り込んでしまうような悪条件に見舞われてしまいました。去年のリベンジを果たそうと遠征したC61でしたが、今年の旧客はHMが付いてしまったこともあって、何とも消化不良の状態で終わってしまいました。なかなか納得のいく結果が得られず、自分の中ではC61は鬼門のような存在になりつつあります。
【2013.9.15 上牧~水上】(電車運転士)

_dsc71912 水上の発車くらいしか煙の期待できない上り列車は捨てて、午後からは上毛電鉄に転戦しました。ちょうど開業85周年を記念してデハ101の特別運転が行われていました。西桐生側はパンタグラフはないものの原型に近い顔なので、正面ドッカン構図で狙ってみました。
【2013.9.15 新里~新川】(電車運転士)

_dsc71962_2 一般車両は世代交代が進み、元京王井の頭線の3000系が700系として第2の人生を送っています。京王時代と同様に正面マスクの色は編成ごとに異なった配色となっていますが、使っている色は京王時代とは違ったものとなっています。
【2013.9.15 新里~新川】(電車運転士)

_dsc72442_3 デハ101の中央前橋寄りの顔は貫通化改造が施されて原型が崩れてしまっているため、サイド気味に狙おうと思い、開けたこのポイントに移動しました。ちょうど田んぼが黄色く色づいていたため、これをメインにしたアングルで待ちました。なぜか天候は回復基調で、時折青空も見られるような状況でしたが、通過時は微妙な光線状態になってしまいました。
【2013.9.15 粕川~膳】(電車運転士)

 今回のC61リベンジ企画を振り返ってみると、結局、本命のC61の時だけが土砂降りで、完全なリベンジとはいきませんでした。なかなか宿題が解決できないのは悩ましい次第です。今回は台風18号接近中での撮影行でしたが、たまたま自分たちは影響をほとんど受けなかった地域と時間帯に該当しため、無事に帰って来ることができました。台風18号は列島各地に甚大な被害をもたらし、多くの方が被災されたことについては心が痛みます。亡くなられた方のご冥福をお祈りするとともに、怪我をされた方、被害に遭われた方には心よりお見舞い申し上げます。

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2013年9月14日 (土)

【アーカイブス】朝練で頑張っていた頃

 朝練の季節が、そろそろ終了する。今年の朝練は、肝心の被写体があまり走らなかったうえ、天候の不順もあって、フラストレーションの貯まる結果となってしまった。

 昨今は、よほどでないと朝練に行かないけれど、30年前には頑張って朝練に出撃していた。狙いとしていたのは、コレである。

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 そう、当時、ブームを呼んでいたブルートレインである。この頃、ブルートレインは子どもを中心に人気はあったものの、国鉄の合理化の一環として、へードマークがついているのは東海道ブルトレだけという、いわば暗黒の時代であった。機関車もEF65PFに変わった頃で、その前のEF65Pやその後のEF66の時代と比べると、ちょっと地味であることは否めない。

 さて、この写真を撮影したのは、どこだろうか。実は、東海道線の関ヶ原と垂井の間である。「はやぶさ」がこのあたりを通過するのは午前5時頃。しかし、5月末期から6月の梅雨入り前のわずかな期間には、高感度のモノクロネガなら、何とか撮影が可能であった。

 この「はやぶさ」に続いて、ブルトレとして「みずほ」と「さくら」、さらに583系の「金星」が続き、「さくら」と関ヶ原ですれ違って、下り列車として大阪行きの「銀河」もやってくる。これだけの列車がわずか1時間ちょっとで撮影できるのである。この時期の関ヶ原は、そんなおいしく、魅力的な場所であったが、当時、ここで撮影している同業者に出会ったことは皆無であった。

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 今須のカーブをいく「はやぶさ」。さすがにまだ陽は当たっていない。
 

 とはいえ、「はやぶさ」から狙うと大変だし、また、ちょっとした天候の不順にも左右される。結局、ここで狙ったのは2度だけで、通常は「みずほ」から狙っていた。

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 続いて「金星」がやってくる。

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 さすがにこの時間になると、陽も十分に当たってくれる。

 「さくら」は、近江長岡の大カーブの柏原寄りで狙うことが多かった。

1981
 正面は陰るが、伊吹山が入るカット。結構、良い感じなので、もう少し、別の列車でも狙っておけば良かったかと反省している。

1982_3

 前記のように、「さくら」は関ヶ原構内で「銀河」とすれ違うので、関ヶ原近辺で撮影するときは、どちらかを捨てないといけなかった。これは「銀河」一本狙いで関ヶ原手前の築堤で撮影したときで、車体がギラリと光って印象的である。

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 近江長岡の名撮影地近くの直線で狙うときもあった。

19822
 東京ブルトレにしろ、「銀河」にしろ、伊吹山麓の撮影地で綺麗に撮れる場所は意外に少なく、今、改めて当時の写真を見ていても、同じような場所ばかり撮っている。とはいえ、これだけの写真が撮れたのだから、とりあえずは満足すべきかもしれない。

 これらを撮影した時期は、おそらく関ヶ原で機関車牽引の優等列車を撮影できた最後の時期にあたる。ここでの撮影は、撮影時間帯が早朝に限定されるとはいうものの、優等列車が行き交った全盛期の片鱗を感じることはできた。こうした時期を知っているだけに、たとえ6627が入るとしても、腰が重くなってしまうのは、しょうがないのかなぁ。(駅長)

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2013年9月13日 (金)

現場へ直行する日は朝練でも如何?

「高山線ツートン色の話はもう飽きた!」とお感じの方は、この記事に目を通さないでください(笑)。

9月某平日は仕事現場へ直行する日。前回の小生の記事でも触れましたが、直行する日の朝は自由な時間が多くなるので、ついカメラ片手に線路の近くまで寄り道してしまいます。幸い天気もいいことだし。
   

48この日の朝、高山線を上って来る3両編成の1702Dにキハ48の国鉄ツートン色ユニットが就いて先頭に立ちました。
  

続いて、その20分後に来る3両編成の1704Dではキハ40のツートン色が先頭に立ちました。

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平日のみの運用ですが、この2本の列車は岐阜到着後に連結されて回781Dとなって美濃太田に向けてまとめて回送されます。よってキハ40系が6両で組成されることになるので、回送とはいえなかなか見応えのあるシーンを展開してくれます。
この日の回781Dは下の写真のようにすべてのツートン色車がそろい、6両中3両も占める編成を拝むことができました。

Kところでこの回送列車は写真左手(岐阜方)からキハ48【ワンマン車】+キハ40+キハ40+キハ48【ツーマン車】の運用で成り立っていますが、当日はツーマン車運用の富山方(列車最前部)にキハ47が連結されていました→ちょっとわかり辛いですが。
ということは、海ミオのキハ40系列バリエーションが全て揃った編成ということになります。
   キハ48ツートン色+キハ40東海色+キハ40ツートン色+キハ48東海色+キハ47
ちょっと苦し紛れの副産物、失礼いたしました。

  

Yr変わってまた別の日です。この日は岐阜県西濃地方まで行かねばならず、せっかくなのでその方面で何かネタはないかなと考えて思いついたのが養老鉄道のラビットカー塗装編成。実は6月から定期検査でピットインしており、つい最近ようやく出場して姿を現したばかりです。某目撃掲示板によると、この日のラビット編成は揖斐ー大垣で朝の機織り運用に就くもよう。しかし適当な撮影地すら思いつかず、以前桜の木をバックに撮ったことのある東赤坂付近に立ち寄りました。案の定、線路のそばには草ボーボー。やや色付いた稲穂を入れてごまかしましたが、やや消化不良でした。
  
現場に直行する日は幸いなことにほぼ天候に恵まれ、けっこうな撮影仕事日和となりました。

  
「おい、そろそろマジメに仕事せえよ!」
 ・・・はい。(出札掛)

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2013年9月11日 (水)

244.1980年夏 九州撮り鉄行脚 3号車 【多々良川鉄橋定点撮影】 1980/8/8

 西鹿児島から乗車した「日南10号」を小倉で降り、多々良川鉄橋に向かうため、普通電車を香椎まで乗車しました。九州内の国鉄線で最も列車密度が高く、ローカル気動車以外の九州の代表車両のほとんどが記録できるのと終焉間近なED72・73を効率よく狙うことができそうということから、今回の目的地のひとつに入れていました。

14712 1980(昭和55)年当時でも鹿児島本線・日豊本線の優等列車は電車特急化が進んでいましたが、「ぎんなん」・「かいもん」・「ゆのか」・「日南」といった電車急行も生き長らえていました。交直両用急行型電車の475・457系で編成された「ゆのか」が終着駅の博多に向かってラストスパートをかけて行きました。グリーン帯は消されたものの編成内のグリーン車はまだ健在でした。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

24812_2 481系の「にちりん」です。サシ・サロ組み込みの特急らしい編成でした。九州の481系はボンネットの比率が高く、撮る側にしてみれば格好の被写体でした。なお、九州のクハ・クロ481は正面ライトケース上のヒゲが省略されていました。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

34212 3ドアセミクロスシートの元祖近郊型電車401系の60Hz版が421系です。博多近郊の通勤通学輸送を一手に引き受け、大車輪の活躍が見られました。153系と同様、初期車は低運転台で登場しましたが、廃車が進みつつあり、出会える確率は予想以上に低いものでした。残念ながらおでこの60Hz識別ラインはすでになくなっていました。
【1980.8.8 香椎~箱崎
】(電車運転士)

45812_2 関西夜行寝台特急の間合い運用で581系は「有明」にも運用されていました。13両の堂々たる編成で、サシも組み込まれていましたが、581系の場合はすでに営業休止となっていました。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

5ed732_2 この日のメインメニューのひとつ、ED73の「はやぶさ」です。電源車の次にA個室寝台のオロネ25が連結されています。ハト胸スタイルが特徴のED73は姉妹機のED72と共通運用でしたが、ED72は貨物運用が中心で、ブルトレにはほとんどED73が運用に入っていました。ED73は20系客車牽引対策として全車が1000番代化されており、ナンバーが黄色になっていました。この時期は東京機関区のEF65以外は合理化のためHMが省略されていたのが残念です。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

64812 少しポイントを移動するだけでアウトカーブ構図で上り列車も撮ることができました。ポピュラーなボンネットの「有明」も押さえておきました。九州のボンネット先頭車は前照灯がシールドビーム化されておらず、より原型に近い姿を保っていました。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

7121_3 カメラを左に振ると西鉄宮地岳線も掛け持ちできました。宮地岳線の橋はコンクリートアーチが連続し、趣がありました。当時、西鉄の車両には詳しくなかったため、とりあえず来る電車を適当に撮っていました。その中に9という番号がついた古風な電車が写っていたので、生い立ちを調べてみると宮地岳線の前身の博多湾鉄道汽船が1929(昭和4)年に製造したデハ1型という由緒ある電車というとのことでした。
【1980.8.8 貝塚~名島】(電車運転士)

83002_2 こちらは1948(昭和23)年製の300型です。5000系の増備により大牟田線から宮地岳線へ活躍の場を移しました。後に車体更新が実施され、外観は大きく変化しました。2007(平成19)年の西鉄新宮~津屋崎間の部分廃止までにほとんどが現役を引退しましたが、1編成だけは部分廃止後も残ったものの約9か月後には運用を離脱しました。晩年は姿かたちは大きく変わったとはいえ、比較的最近まで活躍する姿が見られました。
【1980.8.8 貝塚~名島】(電車運転士)

94812 九州には「かもめ」・「みどり」の併結特急が運転されており、肥前山口で併結・分割を行っていました。運転開始前にはクハ481-200番代の貫通ドアが初めて使用されるのかどうか話題になっていましたが、蓋を開けてみた結果は相変わらず開かずのドアのままでした。先頭は希少価値になりつつあったクロ481が連結されていましたが、このアングルだとクロだかクハだかまったくわかりません。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

104812  「かもめ」は両先頭ともクハ481-200番代の編成で、ボンネットが主力の九州ではレアな存在でした。8両の「かもめ」の後ろには4両の「みどり」が併結されていました。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

11ed722 早朝から粘っていたのにもかかわらず本命のED72はなかなかその姿を拝むことができませんでした。諦めかけていたところに宮地岳線の後ろに架かる福岡貨物ターミナルへの支線の鉄橋を渡って行く姿を目撃したので、その折り返しを撮るべく場所を移動しました。予想どおり来てくれたのまではよかったものの、残念ながらED73との重連単機でした。ED72は旅客列車を牽引するため、SGを搭載していた関係で、未搭載のED73よりエアフィルター2個分車体が長いのが特徴でした。
【1980.8.8 香椎~福岡貨物ターミナル】(電車運転士)

12ed762_2 重連単機とはいうものの、とりあえずED72をゲットできたので、元のポイントに戻りました。ED76の一桁ナンバー機がピカピカのオユとスハフ2両を従えて来ました。小倉工場出場後の配給列車と思われます。ED76は九州の電機では最もポピュラーな存在でした。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

13ed752 上りの鮮魚特急貨物を狙おうと再びアウトカーブポイントで待ちました。白色の冷蔵貨車レサ・レムフ10000系を連ねた列車は独特の編成美がありました。先頭はED75の300番代、ED75の60Hzバージョンとして九州に配置されました。軸重の関係で運用が北部に限定されたこと、SGを搭載していなかったために一般の旅客列車を牽引できなかったことから総数は11両と少数派でした。
【1980.8.8 香椎~箱崎】(電車運転士)

●次の目的地 西鉄北方線
  ※多々良川は午前中で撤収して小倉へ移動、午後からは西鉄北方線を訪れました。

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2013年9月 8日 (日)

【アーカイブス】黄から緑へ

 天気の悪い日曜日、昔のポジをスキャンしていたら、こんな写真が出てきた。

Photo

 ごく、当たり前の特急の写真である。ところが、この時にはなぜか、こうした写真を撮影している。その少し後に撮影した写真を見て、理由を思い出した。

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 特急板が黄から緑に変わったのである。時は、昭和57年3月である。それで、無くなる黄板の写真を撮影しに行ったのだろう。

 特急板の色が変わったのは、これが理由である。

Photo_3
 そう、白帯特急車の登場である。国鉄の117系の引退、じゃない、登場に合わせてパノラマカーも模様替え。車内設備を改良し、白帯をまいて颯爽と登場した。小富士(この頃、こんな言い方をしなかったが)の行き先のベースが緑になったので、それにあわせて一般車使用の特急でも板のベースを緑としたようだ。

 登場時は、座席指定特急以外に使うことを想定していなかったので、種別板がパタパタではなく、取り付け式になっていることに注意してほしい。

 この時のダイヤ改正は3月21日であるが、その10日前くらいから白帯車が営業についたようだ。

Photo_4 

 これが最初に撮影した1枚。

 ダイヤ改正の初日は天気が悪かったようで、その翌日に沿線に繰り出して、白帯特急を撮影している。

Photo_5

 これは、現在、検査場になっているあたり。この頃は、名古屋本線きっての撮影地であった。

Photo_7

 蒲郡線の三河鳥羽で行き違う白帯車と一般車。小富士の方向板の上は行き先であるが、なぜか三河湾だけ、名称が書かれていた。

 そういえば、特急板が緑になった頃から、特急の名称が単純化され、イベントの名称があまりつけられなくなったような記憶がある。もう、30年以上も前のことなので、記憶も曖昧であったが、こうやってスキャンしていると、段々、思い出してくるのは、ボケ防止にも効果があるのかもしれない。(駅長)

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2013年9月 7日 (土)

現場へ直行する日の朝は、

9月4日の夕方から名古屋都心部を豪雨が襲いかかりましたが、皆様無事帰宅できたでしょうか。被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

大雨の被害をもたらした台風崩れの低気圧が過ぎ去ってから2日後の9月6日(金)は、取引先の現場へ直行して機器設備の設置作業をする日。幸い天気予報は久々の「晴れ」を示しています。作業日程は以前から計画されていたため天気に合わせて変更など到底できるわけもないので、現場で仕事するにはまさにグッドタイミングな天気となりました。
さ~て、現場へ直行となれば朝の自由な時間をいつもより長く過ごせます。せっかく晴れることだし、こんなときに“鉄の虫”がうずうずしてくるのは毎度のことながら悪い癖。しかし、撮っておきたい魅力的な被写体なんて、もはやこの近辺ではまったく思いつきません。
いや、アレがありました。高山線のツートン車(うわ、またかよ)!
最近、キハ48ツートン車が正調編成となって久々に定期運用に就いているようで、目撃情報から推測すると、この日の朝は各務原でキハ48ユニットとキハ40のツートン車同士が離合する運用。さ、これで朝の行動は決まり!
本来なら坂祝カーブできれいな順光写真を撮るのですが何度となく履修しているので、今回は鵜沼付近の稲穂をアングルに入れて撮影してみようと目論んで各務原ー鵜沼に足を運んでみました。ここならツートンを短時間で2本も撮れるし、効率的です。

岐阜県美濃地方の天気予報は「晴れ、朝のうち曇」。空を見ると、確かに東の方角には雲が湧いて太陽の光をさえぎっていますが、「曇」というほどではなく時間が経つにつれて雲が徐々に少なくなり明るくなってきました。目的地に着けば、多少雲が浮いているもののほぼ晴れ渡った空。稲の色はほんの僅かに黄緑っぽくなっている程度。まぁ良しとしましょう、と朝日に照らされた稲穂の高さに目線を置き、勾配を下って来る1702Dをローアングルで待ちます。最後部にツートン車がぶら下がって来るため後追いになりますが、順光優先。ファインダーを覗くと、「よしよし、けっこう眩しいぞ」と露出を設定していたら、なんだか周りがうす暗くなってきましたねぇ~。

Dsc_1380曇った・・・
空を見上げると南から帯状の雲が太陽を覆っていますが、その動きを見ているとやがて過ぎ去っていきそうな気配。次の本命ターゲット:ツートンユニット1711Cが来るまであと8分。頼むよ、今度こそ晴れてくれ~。

Dsc_1390サイドにはギリギリ陽が当たる程度で、ちょっと想定を外しました。夏季はド順光で撮れたこの列車も、すでにこの時間(7:15)では太陽の位置がかなり南側に移ってきましたが、そういえばあと2週間で秋分の日、無理もないですね。
このあとは名鉄犬山線に移動して、名市交の「急行|犬山」を撮影して仕事場に向かいました。

   
さあ、気持ちを切り替えて仕事仕事・・・。(出札掛)

 

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2013年9月 4日 (水)

続・今年3度目の100周年記念電車

 さて、この時期、富山に行ったのは、100周年記念電車もあるが、もうひとつはこれが目的であった。

Photo
 左隅に小さく写っている車両である。

 当初、8月中旬頃に営業開始、と聞いていたので、それにあわせて予定を組んだのであるが、残念なことに1週間ずれて25日からの営業運転となってしまった。やっぱり、今年はツキがないのか?

 もうひとつ登場が予定されている車両は、現在、このような状況。

Photo_2
 こちらは9月に入ってから営業運転に入る、とのことなので、もうすぐ、そのニュースが聞かれるのではないだろうか。これら車両が入ると、廃車になる車両もでるはずだ。京阪Wデッカーが運用を代替した朝の上滝線の3連限定使用である10020系や、1本だけ残っている14720系あたりが危ないのかもしれない。

 あわよくば、京阪Wデッカーの動いている姿が撮れないか、と期待していたが、車庫に停まっているし、土日では試運転も望み薄。そこで、目的をまともに撮影したことのない元西武のレッドアローとする。この車両、一昨年に公開されたRAILWAYS2にちなんで中間車を整備して、現在は3両編成でアルプス・エキスプレスとして運行されている。

 まずは、100周年記念電車の間合いに、本線の越中三郷まで行って撮影する。

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 条件がよければ、こんな具合に後ろに立山連峰が見られるはずだが・・・・。

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 まあ、夏ではよほど条件が良くないと、こんなふうに山を見ることはできないけれども・・・・・。

 ちなみに、昔の撮影の反省として、撮影のため降りた駅で、駅舎を撮らなかった、ということがよく記される。この越中三郷駅は、このような建物で、まさに当時のまま・・・というか、開業時から変わっておらず、駅名のところにはなんと富山地方鉄道の前身である富山電鉄と書かれている。こうやって駅舎を撮ると、昔の再履修をしているようでもある。車両も撮影していたン十年前の車両が残っているし、時間の断絶がなく、当時の気分に浸れるのは嬉しい。

Photo_5

 まあ、富山地方鉄道の駅は、こうした由緒ある形態の駅舎が多いのは事実だけれど・・。

 翌日は、久しく撮影していなかった立山線の千垣と有峰口の間の常願寺川鉄橋に行くことにした。富山市内からここまでの列車を調べているうちに、南富山経由の上滝線で行った方が、寺田回りよりも時間が短いことがわかる。もともとは上滝線が立山への本線で、昭和45年のアルペンルート開業の頃に優等列車を寺田経由にした歴史がある。そこで、富山市内から市内電車で南富山に行って、そこで鉄道線に乗り換えて有峰口に向かった。

Photo_2 

 この常願寺川の鉄橋もおそらくン十年ぶりの撮影であるが、当時とほとんど状況は変わっていない。ひとつ異なるのは、木が大きくなって、線路脇から撮れなくなったことくらいだろう。

 この日の富山は、なんと37度。今年1番の暑さである。鉄橋の上にいれば、若干の風はあるものの、それにしても暑い。とてもではないが、陽のあたるところでは電車を待つ気になれず、近くの休業しているガソリンスタンドに行って、暑さをしのぐ。 

 光線状態が悪くなったので撮影をあきらめ、立山から戻ってきたレッドアローに乗って、寺田経由で上市へ。ここで特急「うなづき」のすれ違いを撮影する。

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 なんと、2本しかないカボチャ色が、2本とも特急に入っていた。やっぱり、運が良くない?

 今度は宇奈月行きの特急でやってくるレッドアローを撮るため、中加積で降りる。確か、ここはこんな感じで撮れたはず・・・・

2011b26495
 山は見えなくても、周りは開けて撮りやすい・・・と、地図やグーグルアースを見て予習をしていたが、なんと、撮影ポジションの真ん中に北陸新幹線の高架が貫いていた。(T_T) これは予測できなかった。と、いうことで、若干光線は悪いものの、南側の新宮川との間の直線に向かう。

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 こちらは、こんな感じ。ここも立山が綺麗に入るはずで、冬に立山が見えたら撮りにきたいポジションである。 

 今回は、Wデッカー登場記念の1日券を買っていたため、この後、これも久々の宇奈月温泉まで電車に乗って、再度、アルプス・エキスプレスで富山に戻ってきた。さすがにこれだけ暑くては、撮影も限界で、乗り鉄にしないと体が持たない。

 こうやってみると、富山の鉄道というのは役者が揃った感じである。再来年の北陸新幹線が開業するまでは、在来線は特急街道だし、485系のオリジナル塗装も残っている。また、これは条件が大変厳しいが、立山の見えるときには素晴らしい景観が広がる。

 おそらく、これからしばらくの間は、富山は撮り鉄ちゃんのメッカになるのではないか。あとは、いつ、山が見えるかである。どうやら、これまでと目的は違うが、富山通いが続きそうである。(駅長)

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2013年9月 1日 (日)

正しい?系統板の使い方【名鉄・犬山線編】

前回の小生のブログ記事で、名鉄のPR系統板向けデザインに関する意見を生意気にも述べました。
たしかにあのスペースは、沿線の催し物やキャンペーンなどをPRするにはうってつけかもしれませんが、そもそも本来の系統板の目的は、行先を掲出して利用客の誤乗を防ぐためです。ときには列車名も併記して名称列車用系統板と化したものもありますが、やはり白地に丸ゴシ風書体黒文字で「行先」をしっかりと記した一般板は基本中の基本で疎かにはできません。という無理やりなこじつけで、折に触れて地元で撮った珍しい行先板を掲出した画像を振り返ってみました。←あら、結局それが本題かい?


85866013f1985年夏、全国高校生クイズ選手権(←そういえばこんな番組あったね)の中部地区予選がリトルワールドで行われた際に、参加者輸送で臨時列車が犬山線に運転されました。行き先はリトルワールド最寄駅の「西可児」です。列車自身は、おそらく折り返し設備のある新可児まで回送運転されたものと思われますが、参加者にわかりやすくするように、この行先を設定したのでしょう。

8586026040f6503f分割運転用系統板も登場しました。6000系4+4編成ですが、所定は「新鵜沼」のみのところ豊橋方4両を犬山で分割して西可児まで臨時運転されたものと思われます。

8311岩倉駅引き込み線で待機中の「布袋」行き。こちらは正真正銘の定期列車ですが運転期間は短かったように思います。岩倉駅改良工事による配線変更に伴い一部のダイヤ修正が行われたことで、下り列車において緩急接続ができなくなったところが1件だけ生じてしまい(岩倉で急行を退避する普通列車が何らかの都合で急行を待たずに先行するダイヤに変更された、ような記憶がある)、それを補うために、急行に接続した岩倉発布袋行という短距離普通が設定されました。1983年11月撮影。

Dsc_0006毎年8月10日は、「日本ライン夏祭り」に伴う臨時ダイヤが施行されます。当時は犬山まで運転されていた地下鉄鶴舞線からの列車も多客輸送に借り出され、岩倉駅にて律儀に系統板を掲出して新鵜沼まで延長運転されました。画像は、祭り見物客を乗せて新鵜沼に到着した延長運転列車ですが、事情を知らない人が見たら「行先幕が壊れたのか?」と思われそうですね。2008年8月10日撮影。

現在、名鉄が定期的に行先表示板を掲出しているのは新可児ー御嵩の末端区間運転列車のみとなってしまいました。蒲郡ー吉良吉田の末端区間もかつては系統板を使用していましたが、いつの間にか取りやめになり寂しい限りです。(出札掛)

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