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2013年6月

2013年6月30日 (日)

日々是朝練

日が長い今の季節は早朝列車の走行風景を撮影するのにうってつけ。

気がつけば、このところ毎週のように朝6時には列車めがけてシャッターを切っています。

早起きすることに抵抗がなくなってきたのは、やはり歳をとったせい?



Dsc_000121094_4
6月9日は、1094レに就いた「ニーナ」ことEF66-27を撮りに稲沢まで来ました。 現地の通過は6時15分頃。貨物のカマなら特に早起きしなくても日中のベターな運用に就いた時に撮ればいいのに、しかも天気は薄曇で露出もない状況下でわざわざ“この列車を”撮影する必要があるのかと思われるでしょうが、目が覚めてしまったのだからしょうがないです。それにしても誰が言い出したのか、「ニーナ」って・・・、せめて「ニーナナ」にしてもらえないでしょうか(ぉぃぉぃ)。

Dsc_00041週間後、今度は名鉄の本線上り工臨9004レを撮るため富士松ー一ツ木に陣取りました。通過予定時刻は6時5分頃。駅長様も記事にされたとおり、岐阜方にはデキ604がデキ402の代役を担っているため、この期間限定シーンを記録できるよう後追い承知で狙いました。因みにこの画像は、当ブログに投稿済みである6月16日の列車です。
 

Dsc_0374そしてまた1週間後、美濃太田のツートン国鉄色車・キハ48が久々にユニットを組み早朝の4702Cで高山線を上って来るので、今の時期なら北上しても撮れるだろうと白川口ー下油井に車を進めました。某掲示板によると、ユニット編成通過の直前にやって来る4703Dの岐阜方にも国鉄色車(キハ40)が連結されるようなので、まさに一粒で二度おいしいチャンスです。しかし天気は晴れの予報に反して早朝のためかあまり芳しくなく、山腹には霧状の雲が立ち込めていたので、あえて画面に取り入れてみました。撮影時刻は5時40分。この30分後に通過したユニット編成の時には雲が真白に厚くなり、趣が半減したので掲載は略します。
 

Dsc_0473さらに1週間後の6月30日、再び名鉄の工臨狙いです。この日は金山まで入るスジなので、やはり今の時期しか撮影出来ないだろうと記録性を重視して複々線区間で待ちました。おっ、この日も岐阜方のデキは604が代役のまま。これが呼び水となっているのか、通過推定時刻は5時20分頃ですが、その30分前に現地入りしたにもかかわらず既に同業者が方々で構えており、皆さんの熱心さには脱帽です。

ううう、体のバイオリズムが狂いそう。それなら止めときゃいいのに、

「だって撮りたい列車が走るんだからしょうがないじゃない」


朝練ばんざい!(出札掛)

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2013年6月27日 (木)

独・ザールブリュッケンのトラム・トレイン

 トラム・トレインという言葉を聞かれたことがあるだろうか。

 トラム・トレインとは、軌道線と鉄道線の直通運転のことで、ステップのある路面電車型車両が鉄道線に乗り入れる運行形態をさす。鉄道線を走るだけに性能的には妥協をしておらず、最高時速は100km/hに達するし、欧州の鉄道線は交流電化が多いだけに、交直両用の車両が用いられている。車輪径が小さく、また、機器の搭載スペースが限られる路面電車型車両で、こうした性能を確保するのは大変な技術が必要、ということは容易に想像できよう。

 こうしたトラム・トレインを運行している代表的な都市がドイツのカールスルーエであり、また、カッセルである。最近は、フランスやオランダでも運行が始まっている。

 今回、ご紹介するのは、ドイツとフランスの国境に位置するドイツ・ザールブリュッケンのトラム・トレインである。ザールブリュッケンのトラム・トレインは、ボンバルディア製の車両を用いて1997年に開業し、ドイツから国境を越えてフランスのサルグミヌまで直通したことで注目を集めた。

Photo_2
 これが国境を越えて、フランスのサルグミヌに到着したトラム・トレイン。ここからはLRTの聖地であるストラスブールが近い。

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 これはドイツ鉄道線を走るところ。近郊電車を置き換える形で、トラム・トレインの運行が始められた。

Img2187
 このように2両、連結して走る場合もある。この場合の編成長は75mとなる。これが市内の併用軌道を走るわけだ。車体幅はやや狭いが、日本の20m車の4両編成が道路上を走ると想像してほしい。

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 これがザールブリュッケン駅前。自動車の乗り入れを押さえて、バスとLRTのターミナルとなっている。

 さて、このザールブリュッケンのLRTは、2000年以降、北側に路線を延ばし、山を越えてリーゲルスベルクへ延長され、現在は旧鉄道線の線路敷きを使ってホイスヴァイラーまで延び、さらにレーバッハに向けて工事が行われている。このリーゲルスベルクの町中や鉄道線からの転用区間ではなかなかユニークな線路の敷き方をしている、との話を聞いており、一度、訪れたいと思っていた。

 そこで、昨年1月にパリからミュンヘンへの移動途中に2時間ほど時間をつくって立ち寄ることにした。しかし、この時はなんとパリを発車したTGVが高速線へ入る手前で1時間近く停車してしまい、現地への到着が1時間も遅れてしまった。ミュンヘンへの到着を遅らすことはできず、さすがに現地1時間ではリーゲルスベルクまで行くことができないため、涙をのんで諦めざるを得なかった。

 そこで、今回、ミュンヘンからパリへの移動にあわせて、3時間ほど時間を取ることが出来たので、再度のチャレンジをしたわけである。

 しかし、何度も書いているが、今年の訪欧は本当に運に恵まれなかった。

 まずは、これは予定を組むときのミス、というより、スケジュール的にこの日しか訪問することができなかったわけだが、訪れた日は祝日で、運行本数が大幅に少なかった。加えて天気である。ミュンヘンは快晴だったのに、マンハイムあたりから天候が崩れて、ザールブリュッケンに着いたときには雨が降っていた。雨でも小雨なら良い。こんな雨である。

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 さすがにこれでは耐えられない。我が身の不運を嘆くとともに、1本撮っただけでよほど帰ろうかと思った。しかし、幸いにも屋根のあるところで雨宿りが出来たのと、その後、雨もやや小降りとなってきたので、気をとりなおして終点まで乗ることにした。

 ちなみにこの反対側はこんな感じである。

_mg_2781

 狭い集落の中の道路を、Sカーブを描きながら、急勾配を下ってくる。少し先には教会も見える。丘の上に町が広がるりーゲルスベルクで最も絵になりそうな場所である。本当は、このあたりで数本、撮影したかったのであるが・・・・雨ではやむを得ない。

 やってきた電車に乗って終点のホイスヴァイラーに向かう。線路は、道路が狭いところは単線、広いところは複線と、道路幅に合わせて柔軟に対応していて面白い。道路に合わせて急カーブもある。ヴァルバースホーフェンで右折すると、こんどはいかにも鉄道線の跡地という雰囲気となる。

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 ホイスヴァイラーの終点。いかにも鉄道線の転用、というイメージであるが、そのまま転用したのではなく、一旦、廃線敷となったところに再度、レールを敷き直している。

 この日は祝日のため、運行は30分間隔である。さすがに豪雨から1時間も経つと雨も小降りになってきた。これなら撮影が出来そうと、再度、リーゲルスベルクの市役所前で降りる。このあたりの線路は複線で、周辺には小規模な商店街が広がっている。ユニークなのはここの停留場で、線路を歩道側に寄せて、歩道上に設けられている。そのため、電車が客扱い中は自動車は後ろで待たなくてはいけない。

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 これに対して、某国某市の路面電車はどんな扱いであったのか。思わず比較してしまう。道路が狭いから路面電車の運行に支障があるのでやめるのではなく、道路が狭いからこそ、工夫して、電車を使いやすくして、自動車を減らすことが必要ではないだろうか。それが公共交通機関の使命というものだろう。ドイツでできることが、なぜ、日本ではできないのか。いつもドイツのLRTを見る度に考えてしまう。

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 最後にリーゲルスベルクの市役所前に到着する電車。この手前にも良さそうな場所があるが、さすがに30分に1本の電車ではそこでの撮影はかなわなかった。

 ザールブリュッケンの電車は、リーゲルスベルクへの手前では高速道路の横を100km/hで走るし、リーゲルスベルクの町中は、急勾配の狭い道路を単線や複線となって路線が敷かれていて変化があり、乗っていて実に楽しい。天候や運行本数から、やや不満は多かったが、とりあえずホースヴァイラーの終点まで乗って、路線環境を調査するという目的はなんとか達することができた。変化のある車窓は、乗り鉄の方にはお勧めの路線と言える。(駅長)

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2013年6月25日 (火)

福知山線 電化前夜

今でこそ複線電化(新三田まで)され、呼称も宝塚線となって近代化され通勤路線となっている福知山線ですが、それ以前は殆どすべての列車が大阪に乗り入れているにもかかわらず、単線未電化のローカル線でした。

自分が訪れた1986年7月末の3か月後の11月には電化が予定されており、すでに架線が張られ、試運転を待つばかりでしたが、生瀬~武田尾~道場は別線となるため、ローカルムードのままでした。客車列車はすでに12系に置き換えられており、35系、43系といった鋼製客車に比べれば情緒に欠ける感じでしたが、今となってはそれすら贅沢な感覚ですね。

電化開業前に訪れたのは7月末と9月初旬の2回ですが、最初の訪問は、朝、名古屋を出て、三鷹区から宮原区に転属したクモニ83815(スカ色)の荷電を尼崎で撮ってから福知山線に入るという、福知山線を撮りに行くというにはやや真剣味に欠ける?ものでした。

Img719クモニ83815+クモニ83005 荷1043M  塚本・尼崎 1986-7-23

その後、武田尾へ向かいます。

Img720DD51 1126+大ミハ欧風客車 回9726レ 武田尾 1986-7-23

当日、大ミハ欧風客車「みやび」が宮原まで回送されるのは情報を得ていましたが、運転時刻は不明で、武田尾到着するとすでにホームに停まっていました。仕方なく、ホームを駆け下り、撮ったのがこのカットです。結果として武田尾の駅の雰囲気がわかるのはこの1枚きりです。

駅からすこし生瀬方に戻って列車を待ちます。

Img721「まつかぜ2号」 6D 生瀬・武田尾 1986-7-23

Img722_2「だいせん3号」 703D  生瀬・武田尾 1986-7-23

Img489

432D キハ47 1028+キハ47 170+キハ47 12 生瀬・武田尾 1986-7-23

この日はここでキハ47のと12系の普通列車を数本撮って、友人に教えてもらった三田の安宿に投宿しました。

翌、24日は再び武田尾に向かいます。

まずはこの日の本命?、20系客車による急行「だいせん」

Img491「だいせん?号」 706レ DD51 1121  生瀬・武田尾 1986-7-24

なぜかカラーがありません。。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

その後、上下の客車列車を狙います。

Img724_3741レ DD51 740 生瀬・武田尾 1986-7-24

この後、なぜかここを一旦離れ、すでに架線が張られた区間に。

Img728_3701D 「だいせん1号」 相野・藍本 1986-7-24

58系気動車堂々の9連でした。

再び武田尾に戻ります。同業者に教えてもらい、山に登ってみました。

Img7317D 「まつかぜ3号」 生瀬・武田尾 1986-7-24

Img732739レ 生瀬・武田尾 1986-7-24

今思えば、ここでもう少し粘って、58系の急行やキハ47のローカルを撮ってもよさそうなのですが、なぜか2本撮って山を下りています。

Img734_5740レ DD51 1185+DD51 762  道場・三田 1986-7-24

最後は里に下りてきました。ラッキーなことにDD51の重連が12系を引いてきました。

電化に伴って複線化したようです。今ではこの辺りも宅地化されていると思いますが、この頃はまだ田圃が広がっていました。

前にも書きましたが、電化開業前にもう一度訪れていますが、電車の試運転を優先したようで、旧線の武田尾を訪れたのはこの一回のみに終わってしまいました。(検査掛)



 











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【アーカイブス】懐かしの駅-その1

 今になって、あの時、撮っておけば良かった、という反省は山ほどあるが、その最たるものは駅舎であろう。撮影地へ電車で行けば、当然、駅舎通っているのであるが、関心が無かったのか、駅舎の写真はほとんどない。今にしてみれば、当時はまだ、開業時からの由緒ある駅舎がいくつも残っていたのだから、撮る価値はあっただけに、なんとも残念である。昨今の古い駅舎に対する関心の高さを見るにつけ、見る目がないなあ、と悔やむことしきりである。

 とはいえ、何かの拍子で撮影した駅舎もある。数は少ないけれど・・・。

 たまたま撮影した駅舎のいくつかをご覧に入れよう。といって、今回は駅舎はふたつだけだが。

Photo_2
 まずはこの駅舎。仏閣風で由緒のありそうな駅である。しかし、この駅、ネガを見て恥ずかしながらどの駅か、まったく記憶が無かった。

Photo_5
 これは、線路側から見た駅舎。

 いかにも由緒のありそうなこの駅、実は一ツ木である。三河三弘法の下車駅というで、こうした立派な駅舎にしたのだろう。もうこの時には無人駅だったと思うが、三弘法の時には駅員が配置されたかもしれない。 

 次は、河和線の知多半田駅。

Photo_8

 知多鉄道ゆかりの駅舎である。開業50周年の時に撮影している。

 次は駅舎と言うよりホームだけれど、これもユニークな駅だった。

Photo_6
 常滑線の朝倉である。高架駅かつ知多市の玄関駅となった現在からは信じられないほどのローカル駅である。狭いところに駅をつくったためか、常滑方面のホームは道路扱いで、ホーム上に民家の出入り口があった。それを偲ぶことができる1枚である。

 しかし、この写真を撮っていても、駅舎の写真は・・・ない。

 おまけでもう1枚。

Photo_7

 説明の必要は無いと思うけれど、今にしてみれば、タイル巻きの柱がなんとも古色蒼然としている。撮影は、昭和56年である。自画自賛ではないけれど、地下ホームで撮りづらいことから、意外に新名古屋駅のホームの写真はないのではないか。

 続く・・・かな。(^_^;) (駅長)

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2013年6月24日 (月)

236.今年の竹村の蓮 2013/6/24

 今年は梅雨入りが早かったと思ったら空梅雨が続き、水不足が心配されるような状態が続いていましたが、ここに来て梅雨らしい天気が戻って来たような気がします。この時期になると思い出せれるのが竹村の蓮。本当は先週のどこかで行きたかったのですが、雨の朝が続いたため、始発列車に乗るための自転車が使えず、このままでは旬を逃してしまいそうな雰囲気になってきたので、週の初めではありましたが、思い切って朝練してきました。

_dsc55412 今年も例年と同じように咲いてくれましたが、旬をちょっと過ぎてしまったような感じがしました。蓮は昼近くになると花がしぼんでしまうので、早朝勝負になります。ただ、ここは早朝は晴れると完全逆光になってしまうので、曇りか薄曇りの日が狙い目です。撮影の合間に地元の方と会話をしていたら、毎年の手入れが手間なので、来年は蓮畑自体がなくなってしまうかもしれないとの噂もあるそうで、何とか噂で終わってほしいと願わざるを得ません。
【2013.6.24 竹村~土橋】(電車運転士)


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235.初夏の高山本線を行くオレンジツートン 2013/6/23

 このところ、高山本線のさわやかウォーキング臨はわざわざオレンジツートンのユニットを組んで運転されています。何か意図があるのかどうかはわかりませんが、ネタに乏しいこの地区にとってはありがたいことです。5月19日の下呂、6月9日の飛騨古川に続いて6月23日にも下呂でさわやかウォーキングが開催され、午後の上りの臨時快速にはオレンジツートンユニットが運用されました。オレンジツートンユニットは前日の3756Cからが充当され、当日の4702C→4702D→3707D→4751Cと定期運用をこなした後、変運用で9630Dに入り、その後は再び定期運用に戻りました。最近の傾向としてはウォーキング臨が終了するとすぐにユニットが解消されていましたが、今回はそのようなことがないように長続きしてほしいものです。

_dsc53542 高山からの上り1番列車となる4702Dは奥地で狙おうかとも考えましたが、折り返しの3707Dも撮りたいと思い、近場のうぬまの森からスタートしました。うぬまの森には高山本線が見える展望台が2か所ありますが、今回は低い方の展望台を選択しました。
【2013.6.23 鵜沼~坂祝】(電車運転士)

_dsc53752 折り返しの3707Dは定番の坂祝陸橋で待ちました。以前はアウト側からトンネル飛び出しを正面がちに撮ったので、今回はイン側から定番構図にしてみました。最近では左下の木が成長し、昔のような自由度はなくなってしまいました。
【2013.6.23 鵜沼~坂祝】(電車運転士)

_dsc19982 4715Cは美濃太田で1時間20分ほどの休憩の後に下呂を目指します。せっかくのオレンジツートンユニットなので、俯瞰でも存在感が出るだろうと思い、このポイントを選びました。ここはキハ80系時代から何回も登っていますが、オレンジツートンユニットは撮ったことがなかったので、宿題のひとつを片付けることができました。
【2013.6.23 上麻生~白川口】(電車運転士)

_dsc54032_3 4715Cは下油井で10分ちょっとの停車時間があるため、あわよくばもう1回と必死に追いかけましたが、タッチの差で行ってしまいました。仕方なく後続の「ひだ」を定番アングルで撮りましたが、編成が長すぎて鉄橋上に納まりませんでした。やっぱり編成チェックは手を抜いちゃダメですね。
【2013.6.23 飛騨金山~焼石】(電車運転士)

_dsc20102 臨時快速の9630Dまでにはかなり時間が空くので、その間は場所を移動しながら適当に来る列車を撮って時間を潰しました。この日の飛騨川は前週の雨の影響からか水量が多く、流れに迫力がありました。
【2013.6.23 焼石~下呂】(電車運転士)

_dsc54602 本命の9630Dもせっかくのオレンジツートンユニットなので、結局、俯瞰を選択しました。このポイントもこれまでに何回か登りましたが、オレンジツートンユニットを撮るのは初めてでした。14時30分を過ぎた頃から、雲が湧き始めて時折マンダーラが出現するようになり、ヤキモキさせられましたが、列車通過時にはセーフの状態だったので、ホッとひと安心でした。チャンスがあれば紅葉の時期にも挑戦してみたいポイントです。
【2013.6.23 焼石~下呂】(電車運転士)






 

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2013年6月23日 (日)

タキ回送

 今年もはるばる北海道(東室蘭)からタキが回送されてくる、それも西浜松を挟んで土日の日中に運転と聞けば出かけたくなるのが人情です。先ず土曜、菊川へ向うもネットで目星をつけておいたところは何ともならん状態、どこか良い場所はないものかとうろうろし同業者の姿が見えたので仲間に入れてもらいました。

 未明に人身事故があったようでダイヤがかなり乱れており不安を抱きましたが、用宗
あたりで抑止をくらっていた64貨物が露払いとしてやってきました。

R0559
【3095レ】 2013.6.22



 続く普通電車の後に本命登場、PFが25両のタキを従えています。今回は黒タキが見られずみな緑タキで揃っていて、常備駅は塩浜となっていました。

R0565
【9861レ】 2013.6.22



 日曜は西小坂井の停車を利用しての2ヵ所狙いにしました。といっても発想が貧弱なプラン、ここでは最後部まで入りきりませんでした。機関車がEF64に替わっています。

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【9863レ】 2013.6.23



 そして最後は矢作川の橋。駅長様の371系のような見映え良さは全くありませんね。

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【9863レ】 2013.6.23




 こんな列車を2日もかけて追いかけてしまいました。なのに稲沢から折返し笠寺行(DD51牽引)は日没後のためパス、軟弱鉄です。(資材担当)

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371系がやってきた

 5月下旬から6月20日にかけて、名古屋にやってきた371系。東海道線と中央線で試運転を繰り返したので、追っかけた方も少なくないのでは。残念なことに天候に恵まれた16日の中央線試運転は、突発的?に中止になってしまったけれど、今後の運転に期待を持たせてくれます。

 普段は名古屋で見られない371系ということで、カメラを構えました。

3712_3

 まずは、定番の矢作川で1枚。ン?なんか屋根上に違和感がある?

 ついでに豊川を渡るところでも1枚。そういえば、今回、日車には入場したのかな?

3711_2
 と、いうことで、すでにお気づきの通り、これは今回の練習運転ではなく、1991年竣工時の大垣への回送を捉えたシーンです。

 しかし、この車両、もう出来てから23年も経つのですねぇ。まだ、この回送、昨日のことのように思い出すのに。

 それにしても、塗装といい、外観といい、20年以上経ったとは思えないインパクトのある車両です。名古屋の方では知る人は少ないから、ひょっとしたら在来線の特急の置き換え用かと思う人もいたかもしれませんね。

 ちなみにこれら写真は、ネガからスキャンしたデータです。真ん中の部分にやや色の濁りが見られるけれど、これは経年変化によるものでしょうか。うまく修正する方法はあるのかな。(駅長)

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「こまち」夜間見学会

秋田新幹線「こまち」が東海道線を走る!・・・言うまでもなく甲種輸送列車のことですね。

川重で落成されたE6系は秋田まで輸送されます。日本海縦貫線経由でもよさそうなのに、建築限界の関係もあるのか律儀に東海道経由の行路となりまして、おかげで名古屋地区においてもそのフォルムを我々の前に現してくれます。JR-C様は、撮り鉄対策にさぞかしやきもきしていることでしょう。
  
列車の最後部はE6系先頭車の顔がそのままむき出しとなり、しかも貨物扱いの証しとして後部標識円板が大きく開いた連結口の中に掲げられてなかなか滑稽な容姿です。ついその面白さをカメラに収めたくなり、雨天にもかかわらず21日の「こまち」甲種を撮りに出かけました。
件の列車・9866レを撮りに行こうにも稲沢着が19:20のため、走行撮影可能なエリアまで移動するには通常の仕事日なのでどうあがいても無理(えっ、ホントかな?)、ということで撮影は仕事を終えてからになってしまいます(カメラ持って直帰すればいいじゃん?などという意見はさておき)。ただ、ありがたいことにこの列車は稲沢貨物駅で2時間30分もの超バカ停をするので、自分にとっては距離的にも時間的にも稲沢が最も都合の良い目的地。仕事から帰って夕飯を終えて一服してから三脚担いで「よっこらしょ」と出かけても十分間に合うのは良しとしても、前回の甲種輸送時は結構多くのギャラリーが集まったとか。うっ、うまく撮影できるのかしら。
しかしこの日は雨模様だし、こんな天気に出かければギャラリーもそれほど多く集まらず、よって撮影場所も混雑が緩和されるだろうと都合のいい解釈をして現地に着いたら十数名の見物者を確認しました。

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雨が降って湿った空気で照明塔のライトが拡散されて、夜空は明るくグレーの雲で染められます。その空をバックに、先頭車の形状が浮かび上がりました。

Dsc_0331
「悪天候を逆手に取った、良い成功事例です。」

などと調子に乗ると後で痛い目に合いそうなので、謙虚に受け止めましょう。肝心な箇所には架線柱の影・・・ストロボ使えばよかったかな、と今になって思う次第です。独特なフォルムに、肉眼では感じ取れなかったレッドが鮮やかに映え、意外とカッコいい感じ、に見えますが皆様のE6系の評価は如何でしょう?やはり0系には敵わないですか??(出札掛)

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2013年6月22日 (土)

234.リトル・バファローズ日帰りトリップ 1980/5/11

 GWの宇部・小野田・山口線訪問から1週間後、まだその熱が冷めやらない時期ではありましたが、所属していた鉄道研究会の撮影会が内部・八王子線で開催されました。前回の訪問は雨にたたられ、まともな走りが撮れませんでしたが、今回は天候にも恵まれ、初夏のリトル・バファローズ日帰りミニトリップを楽しむことができました。

1280511_2 沿線での撮影の前に内部の検車区を訪れていまいた。ナロー鉄道にしては立派すぎる感じがしましたが、それでも雰囲気は悪くはありませんでした。
【1980.5.11 内部】(電車運転士)

2280511_5 車庫見学終了後、各自自由行動となり沿線に散らばりました。自分は隣の小古曽に向かいました。行違いのできない棒線駅ですが、駅員が配置され、ホームは未舗装ということもあり、自分的には好きな駅でした。
【1980.5.11 小古曽】(電車運転士)

3280511 続いて日永に移動、ここは八王子線との分岐駅ですが、駅舎・ホーム上屋・木製電柱などのアイテムがナローの雰囲気と絶妙なマッチングを見せており、長時間いても飽きることはありませんでした。四日市からの列車が到着すると程よい数の乗客が降りてきました。
【1980.5.11 日永】(電車運転士)

4280511_3 そろそろ走行写真を撮らねばということで、西日野方向に歩き田んぼの中で列車を待ちました。西日野系統はモニ210型の単行でした。1段窓のためモニ220型に比べて腰高な印象を受けます。車体に似合わない大きなパンタを振りかざして力走する姿は魅力的でした。
【1980.5.11 日永~西日野】(電車運転士)

5222680511_2 移動中に撮ったモニ226の車内です。ナローの車両だけあって向かい合わせの膝がくっつきそうです。吊革が思いっ切り揺れているとおり、ワイルドな走りっぷりがおわかりいただけるかと思います。
【1980.5.11 モニ226車内】(電車運転士)

6280511 サイドからシルエット風に狙ってみました。この頃になるとサを編成に組み込む時はモニがPPのかたちで連結され、終点駅での機回しは行わないですむようになっていました。
【1980.5.11 泊~追分】(電車運転士)

7280511 泊は常時行違いが行われていました。内部線は街中を走るため、生活路線として定着し、それなりの数の乗客があり、活気が感じられました。
【1980.5.11 泊】(電車運転士)

8280511_2 夕方近くになって陽もかなり傾いてきました。水鏡を狙ってみようと思いましたが、微妙に時期が遅かったようです。ここは内部線随一の撮影ポイントでしたが、現在は完全に宅地化され、残念ながらこのような長閑な風景を見ることはできなくなっています。
【1980.5.11 小古曽~内部】(電車運転士)

9280511_2 最後にもう一度泊に立ち寄りました。通票の受け渡しを撮ろうとしばらく粘りましたが、うまくいかなかったので、駅長と車掌のやりとりをスナップしたものをアップしておきます。この頃でもドアはまだ手動で、車掌がドアを手で閉めるためにホームを走っていた光景が思い出されます。
【1980.5.11 泊】(電車運転士)

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助っ人登場

 電車運転士さんや出札掛さんが撮影された、デキ400の舞木入場に伴う名鉄工臨へのデキ600の助っ人運転。情報通さんから、22日には神宮発金山返しで運転されるよ、との情報をいただき、撮影に行ってきました。神宮発なら、岐阜方についたデキ600が先頭で走ります。これは狙い目。

 ところが、定番の沢上の陸橋に向かうと、すでに定員オーバー。情報通さんが多くいることに驚くとともに、いったい、皆さん、何時からねばっているのでしょうか(T_T)。マアヒトノコトハイエナイガ・・・・

 そこでやむをえずイオンの前の道路脇から撮影です。

_mg_37321
 まあ、助っ人活躍のシーンを撮るなら、こんなものか。(やや不満だけれど・・妥協)

 金山折り返しは、手頃なところで堀田で撮影。

_mg_3741 

 ここで久々に撮りましたが、来る直前で曇ってしまったのには涙です。(駅長)

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2013年6月16日 (日)

振り回されて

【原色重連】
某目撃サイトを眺めていたら、どうやら14日に愛知区のDD51原色機の重連が現れたらしいです。ただでさえ減少しつつあるDD51原色機同士がペアを組むという低い確率に加え、3月のダイヤ改正で重連ペアは数日間で解消される運用になってしまったので、この機会を逃すともう巡り合えないかもしれない、という危機感を感じ、そうしたら是が非でも撮らねばならない、という衝動にかられました。運用を追っていくと次に撮影出来そうな列車は15日の昼間に関西線を上って来る5282レ。これに照準を合わせ、いざ庄内川右岸堤防へ。

51_2アウトカーブから望遠で機関車を強調してみました。車体を傾けながら力行してくる姿、うん、迫力があります。原色、しかも重連とはこの上ない贅沢です。

【代走】
16日の早朝は、名鉄本線豊明から運転される工臨9004レを狙いに朝練です。各目撃情報によると、豊明に留置されている工臨編成の岐阜方に珍しくデキ600が連結されているとのこと。そういえばデキ402が舞木に入場しているので、その代走なのでしょうか。とすればこの事象は期間限定の貴重なシーン。後追いでもいいからデキ600を中心に撮影してみようと、富士松~一ツ木の築堤に向かいました。線路際の雑草や木の成長が著しく、立ち位置が制約されます。

9004あら、少し離れたところに電車運転士様もいらっしゃいました。早朝からお疲れ様でした。
 
【ウヤ】
9004レの撮影後は、中央線で行われている371系の試運転を狙うべく大移動。しかし当日の371系は、皆様ご存じの通り残念な結末でした。

Tjmウヤになることなど知る由もなく、まずは前菜として多治見貨物にトライ。以前から気になっていた古虎渓の愛岐道路沿いに立ってみましたが、ちょっと窮屈な絵で貨車の姿もほとんど見えません。でもこの位置から順光で撮れる貨物列車はこれしかないので妥協しましたが、まぁ一度訪れておけばいいでしょう。
 
Kmdここは以前訪れたことのあるポイント、釜戸ー武並で本命の371系を待ちます。逆光ですが白い車体ならどうにかなるさ、と三脚を立てて待つことしばし。やがてはなぶさメンバーの方から「ウヤかも?」の連絡。えっ!?でもせっかくここまで来たのだから、気を取り直して大阪発「しなの」でお茶を濁して撤収しました。はぁ~。
 
Hrmせっかく昼過ぎまでの外出許可を得たのにこのまま素直に帰るのはもったいない、というわけで帰り道はちょっとコースを変えて名鉄広見線の末端区間に寄り、初夏の写真を撮りました。

【最終日】
自宅で一休みの後、西の空を見ると夕方もピーカン天気が持続しそうな気配。これなら「ほたるトレイン117」の送り込み回送が撮れそうだと再び外出。117系S9編成の多客臨としては最後の日?に相応しく、天候も味方して文字通りの晴れ舞台となりました。
 

117稲沢貨物線を経由するので、特長が出せるアングルを考え、以前駅長様が載せられたブログ記事(→ 3月3日参照)にヒントを得て稲沢貨物駅南端に出動しました。稲沢進入を真正面アングルで狙いましたが、貨車の姿がほとんどなくロクヨンが奥のほうで何やら訓練しているのみ。貨物線である雰囲気が伝わりにくそう。

あ~っ、何かとネタに振り回された週末でした。我ながらよく出かけるわ。(出札掛)

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233.中央西線371系再び、でも結果は…? 2013/6/16

 371系の試運転、先週に引き続き、今週末も運転されるという情報をいただいておりましたが、15日の土曜日は所用があったために断念し、16日の日曜日に参戦してきました。ダイヤは神領発が11時ちょっと前ということなので、その前にアルバイトができないかと思っていたところ、9004列車が運転されるという情報が舞い込んできましたので、そっちをやっつけてから中央西線に向かうことにしました。

_dsc52652 この日の9004列車は相方のデキ402が舞木検査場に入場中のため、いつもとは違う組み合わせになるだろうと予想していました。現地に向かう前に豊明を覗いたところデキ600が後部にぶら下がっていたため、デキ600がよくわかるようにとサイドから狙うポジション取りをしました。少し離れたポジションにはすでに出札掛様がスタンバイしてみえました。西の空は快晴状態でしたが、東の方は微妙に雲が居座り、残念ながら陽が当たりませんでした。撤収して次の目的地に向かおうとしたところ、雲が切れ、理想的な条件になったのは毎度のこととはいうものの、ストレスがたまる結果になってしまいました。こんなことなら、宇頭あたりに行けばよかったとちょっとだけ後悔です。
【2013.6.16 一ツ木~富士松】(電車運転士)

_dsc53082 9004列車の後に中央西線に向かってもまだまだ時間が余ってしまうため、今年、ちょっと気になっていた場所に行ってみることにしました。線路端の一角に菖蒲が植えられているのを確認していましたので、何とかまとめることができないものかとかねてから目をつけていました。たまたま現地にいらっしゃった地主の方とお話をさせていただいたら今年初めて植えてみたとのことでした。ちなみに近くの蓮畑は一部花が咲き始めており、次の週末あたりが見頃かなといった感じでした。
【2013.6.16 竹村~土橋】(電車運転士)

_dsc19592 本命の371系は先週は木曽路に出向きましたが、午後から家族運用が予定されていたため、今回の撮影ポイントは近場にせざるを得ませんでした。371系の通過予定時間はまだ側面に陽が当たらない状態でしたが、車体が白基調の371系ならそんなに気にならないだろうということで、俯瞰ポジションで待つことにしました。実は情報通の方から確認は取れていないものの計画が変更になり、16日は運転されないかもしれないという情報をいただいておりました。乗務員の訓練が目的のため、手配済みの乗務員の勤務を変更することは容易ではないはずで、まさかという思いがありました。通過予定時間直前に検査掛様から神領の発車時間になってもパンタが上がっていないとの連絡をいただき、そのまさかが起こってしまったと実感しました。たまにはこういうこともありますわね。暑い中参戦された皆様、お疲れさまでした。
【2013.6.16 瑞浪~釜戸】(電車運転士)

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ホタルの季節

 すっかり忘れていた「ほたるトレイン」、こないだネットに挙がっているのを見て気づきました。人に時刻を尋ねて教えてもらうと、昨年のような笠寺までの回送はないとのことで、この土日に賭けることにしました。といっても、例のごとく安直撮影です。

 空梅雨のはずだったのに15日(土)は雨が降り出し、それではというわけでもないですが回送を晴れたら逆光側から狙いました。こんな天気ですが、M’の扉は開いてました。この日の営業列車は雨のためパス。

Hotaru_1




 翌16日(日)は真夏日の良い天気。ごく普通に撮りました。当然、M'’の扉は開いています。なかなか閉扉状態をキャッチできません。折返しの営業列車は失敗してしまい、結局臨時マークでの撮影はできずじまいでした。

Hotaru_2

 噂によればこの先の活躍はあまりなく、間もなく引退とのこと。このS9編成あと何カット撮れることやら。皆様もどうぞお励みください。 (資材担当)

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資材担当様の期待に応えて!?

最近新作がないので、メンバーの方に送られた資材担当様のメールで触れられたチンドコ列車をご紹介したいと思います。

皆さんはよくご存じと思いますが、天竜浜名湖鉄道は1987年3月16日に発足しましたが、それを前に遠江二俣に鉄道公園を作るため2月28日に運転されたのがその「チンドコ列車」です。

微かな記憶では、この日二俣線を訪れたのはこの列車のためでなく(知らなかった)、TH形の試運転がはじまってその様子を撮るのが主目的で、撮影している途中、同業者から聞いたものと思います。

Img146宮口・都田  配9866レ

DE10 1517(静)+DD13 373+ヨ+ワム+トラ+トラ+ナハネ20 347+オハ47 2080+キロ80 43 

日照が一番短い時期で冬の雲が流れて編成後部が陰ってしまいました。 

これを撮って遠江二俣に向かうと、定期列車と交換で宮口に停車していたため、跨線橋からもう一回撮れました。

Img147宮口

さらに国道を横断してもう1ショット(後打ち)

Img148宮口 

Img152遠江二俣 

DE10 1517+キハ20 299+キハ20 470+スエ71 54 

遠江二俣に到着すると先ほどの配給列車を牽引してきたDE10が入換をしてこんな編成を組みました。残念ながらこの列車は発車が17時台で当時の銀塩では走行を撮るのは困難でした。

8733遠江二俣

2週間後、3月14日、さよならの日に再び遠江二俣を訪れました。保存されるキハ20 443はこの日すでに運用から外れ扇形庫に収納されていました。このときはこの扇形庫が今日まで残るとは思ってませんでした。

美濃太田に同様に珍編成で搬入されたJRの保存予定車も、そのほとんどが結局解体されました。鉄道車両の保存はそう簡単にできるものではありませんが、なんとか二俣の2両は残ってもらいたいものです。(検査掛)





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100周年を迎えた路面電車

 函館市電が、今月末にめでたく100周年を迎えて、記念イベントが行われるという。名物のササラ電車を含めた電車パレードや早朝撮影会などがあって、食指をそそる。普段なら間違いなく撮影に向かうところであるが、このところ私的に雑事が多く、なかなか時間が取れそうにないのが悩ましい。 

 http://www.city.hakodate.hokkaido.jp/transport/100th/100topics.html

 さて、今年開業100周年を迎える路面電車は、意外に多い。もちろん、たまたま目についただけだろうが、函館以外にスペインのマヨルカ島が100周年である。さらに、海外の雑誌を見ていたら、ここも100周年であることに気がついた。

Photo ベルリンの郊外にある小さな路面電車、ヴォルタ-スドルフである。

 ここの路面電車は、昨年5月に訪れ、本ブログでも紹介している。運行車両がゴータカーという戦後東ドイツで大量に製造された2軸単車であることに加え、沿線の風景が古きよき時代のヨーロッパの面影を今にとどめていて、なんとも魅力的な路線である。

 http://b1hanabusa.cocolog-nifty.com/blog/2012/06/index.html

 (6月15日をご参照ください)

 こうした路線であることから、日本の路面電車ファンの中にもこの路線が好きな方は多い。沿線風景にしろ、車両にしろ、一度、訪れると虜になってしまうだけの魅力をたたえている路線である。個人的には、世界の魅力的な路面電車路線の10本の指に入ると思っている。(ナショナル・ジオグラフィだったかは、ベルリンの68系統をあげているが、それよりもこちらの路線が遙かに面白いはずだ。もっとも、68系統はまだ乗っていないので、比較できないけれど・・・)

 こうしたイベントも知らなければそれですむが、知ってしまうとなんとも落ち着かない。なんといっても100周年、100年に一度の催しである。しかも、たまたまであるが、その時に欧州に行くことで計画しているのである。

 計画を練り直してみると、訪欧にあたって予定していた昼間のミュンヘン行きに乗るのではなく、前夜の羽田発夜行便に乗ってベルリンを訪れ、夜の夜行列車(City Night Line)に乗れば、翌朝ミュンヘンについて、当初予定の行動につなげられることがわかった。もちろん、チケットの買い換えや羽田までの交通費など、余分な出費もかかるが、なんと言っても100年に一度のことである。これはもう、行くしかない。昨年、ここを訪れたときには、まさかこんなに早く再訪することになるとは夢にも思わなかったが・・・。

 そんなわけで、フランクフルト経由でベルリンのテーゲル空港(まだ使っているのである)に到着したのは18日の午前9時。これから中央駅まで行って荷物を預け、Sバーンでラーンスドルフに向かうことにする。しかし、しかし・・・空港で中央駅行きのバスを待っていると、なんと、雨が降り出してきた。5月末の欧州中部の洪水は日本でも報道されたが、今年の春の欧州は天候が不安定で、GWに訪れた友人からも太陽を拝めなかった、との話を聞いていた。そろそろ安定してくるか・・・との期待もむなしく、雨である。一気に気持ちが萎えてしまう。

 とはいえ、ヴォルタ-スドルフのイベントが目的で来たからには、何時までも落ち込んでいるわけにはいかない。Sバーンに乗ると雨も小降りとなってきて、なんとか撮影は出来そうな気配だ。

 このままではなかなか目的地にたどり着けないので、話は一気にヴォルタースドルフに飛ぶ。ヴォルタースドルフの路面電車は、全長わずか5.6kmのミニ路線で、Sバーン(国電)のラーンスドルフが起点で、終点はシュラウゼ(水門)である。ベルリンの交通連合に入っていて、87の系統番号が与えられているが、他の路線とはつながっていない。全線単線で、途中、森の中の信号所とベルリン広場、テールマン広場の3カ所に行き違い場所があり、通常はベルリン広場で行き違って20分間隔で運転が行われている。

 今回の100周年イベントにあたっては、博物館に展示してあるような保存車両を引っ張り出して、全部の行き違い場所で交換を行いながら10分間隔で運転することになっている。通常、運行しているゴータカーだけでも魅力的であるが、今回は1913年開業時の車両や、同時期のベルリンの車両も運行されるらしい。100年前の車両が今も保存され、それが何両も同時に動くというのは、考えてみればすごいことである。

 まず訪れたのは、前々から撮りたかった森の中の信号所である。ここは1995年に最初に訪れたときに撮影できず、その後、通常の行き違い場所がベルリン広場に移ったことから、ここで撮ることは難しくなっていた。今日は必ずここで行き違うので、是非とも撮りたい。

Photo

 天候は悪く、暗いが、さすがにデジカメなら何とか撮れる。フィルムカメラなら、諦めざるをえないだろう。

 この路線は、起点のラーンスドルフを出発すると、このいかにもドイツらしい深い森の中を延々1.5kmくらい走る。吊りかけの旧型車は、ノッチを入れて、目一杯の速度で駆け抜ける。乗っていて、何とも楽しい区間である。

 ここで撮影しているのは、開業時の車両である「2」と、同じ1913年にベルリンで運行を開始した「218」のすれ違いである。不思議なのは、タブレットや信号など、閉塞の設備がまったくない(わからない)ことである。どうやって安全を確保しているのだろうか?

 ちなみに森の中を走るところはこんな感じである。

Photo_2

 もっと先に行った方が雰囲気が良いが、さすがに暗くて撮影には厳しく、比較的明るいこの場所で我慢をせざるを得なかった。車両は、戦時下に大量につくられたKSW形である。この仲間はポーランドでいまも現役である。

 http://b1hanabusa.cocolog-nifty.com/blog/2012/07/index.html

 (7月16日をご覧ください) 

2_2

 終点のシュラウゼまで乗って、テールマン広場まで撮影しながら戻る。天候は相変わらず悪く、ISOを1600にしないと厳しい時もあった。とはいえ、雨にしっとりと濡れた並木道の雰囲気は悪くない。晴れると並木の影が落ちて、撮影はしづらいはずだ。終点のシュラウゼの一つ手前のクランケンハウスのあたりは線路が緩やかな勾配とカーブになっており、大好きな場所である。そういえば、前々回(2003)年に訪れたときも、ここは雨だった。

 ちなみにこの「218」は長年にわたり整備がおこなわれていて、今回が復活なったお披露目運転らしい。

Photo_4
 次の停留所であるブルーメン通りもなかなか雰囲気が良い。ここで反対を向くと、こんなシーンが撮影できる。

Photo_5

 石畳の道路に、尖塔部分が望まれる教会が何とも良い構図にまとまる。まさに、古き良き時代のドイツの町、そのものである。ここはヴォルタ-スドルフのお立ち台ポイントとして、ドイツの雑誌によく紹介される場所である。車両は、1910年にベルリンで運行を開始した2990で、5年間にわたってベルリンから借りていたものを、今回のイベントを最後にベルリンに返すことになっており、そのお別れ運転も兼ねているらしい。

Photo_6
 テールマン広場まで戻ると、元ドレスデンのバスが応援にやってきていた。このバス、前面のオバQ顔もユニークだが、後部はもっと面白い。

Photo_7
 エンジンルーム?が飛び出している。詳しく調べていないが、初期のリアエンジン車両なのだろうか。

 この後、さらにベルリン広場まで歩いて撮影した。結局、20年近くかかって、3度にわけて、全線を歩いたことになる。全線を歩いたことで、ようやくこの路線の全貌がつかめたが、どこで撮っても絵になる路線であることを改めて認識した。

 ベルリン広場に着くと雨がひどくなってきたため、昼食を目的に(すでに3時過ぎであるが・・)目をつけていた終点シュラウゼのレストランに向かう。5月のドイツ、といえば、もちろんコレ!

Photo_8
  旬のシュパーゲル(白アスパラガス)である。これにシュニッツェル(子牛のカツ)とジャガイモ、そしてドイツビール。旧型車を眺めながら食べるシュパーゲルとドイツビールはいかにもおいしく、まさに至福のひとときである。これだけでドイツに来た目的が達せられた、というものだ。ちなみにこの料理、ビールを除いて8.5ユーロなので、お値打ちである。

 この後、21時の夜行列車発車まで、ここからほど近いケペニックの旧市街を訪れたりしたが、途中で2度も路面電車に乗り違いをしたり、Sバーンが工事でバス代行となっていたり、と散々な目にあった。天候を含めて、どうも今回の視察にはツキがなかったことを感じざるを得なかった。(単に事前の調査不足なのだろうけれど・・・)

 ちなみにこのウォルタースドルフの電車祭り、今回は100周年を記念してのイベントであるが、ネットで調べてみると前回は95周年で行っているらしい。要するに100年に一度ではなく、5年ごとに行っている催しのようだ。(まあ、この路線なら毎年やってもおかしくないけれど・・)

 となると、次の電車祭りは2018年5月、ということになる。その時に、また行くことになるのかなぁ。いや、それより間近に迫った函館の100周年をどうするかを考えないと・・・。(駅長)

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2013年6月10日 (月)

232.木曽路を駆ける371系 2013/6/9

 今年は例年より早く5月中に梅雨入りしましたが、梅雨入りしたと思ったら雨が降らずに夏のような蒸し暑い日が続いています。桜前線もそうでしたが、何か今年は気象異常が続いており、「どうなっちゃってるの?」といった感じになっています。こんな調子では夏の暑さは半端ではないという予想もあり、野外での鉄活動中の熱中症には注意したいものです。
 
自分的にはこのところブログ更新がペースダウンしてしまいましたが、5月の終わりに左耳の調子が悪くなったので、耳鼻科で診察を受けたら突発性難聴と診断されてしまいました。「浜崎あゆみと同じ病気だぜぇ」と一瞬おバカな気持ちになりましたが、我に返って冷静に考えてみるとこのまま耳が聴こえなくなったら大変なことになるので、医者の指示に従って、おとなしく治療を継続しています。原因はストレス・過労・睡眠不足が関係しているといわれましたが、はっきりとした原因はわかっていないようです。症状は耳の中の圧迫感や音の共鳴・耳鳴りが何の前触れもなく突然襲ってきます。治療方法は点滴と薬の服用ですが、点滴は治るまで毎日のように通わなけらばならず時間的・身体的・金銭的な負担が大きいです。完治までには個人差があるようで、長いと半年・1年スパンになることもあるようですが、何とか短期間で完治するように願うしかありません。ストレス・過労・睡眠不足は現代社会人とは切っては切れないものだと思いますので、このような症状を自覚されたらすぐに専門医の受診をお勧めします。情けない話ですが、50を過ぎた途端に網膜に穴が空き、50肩の痛みにに悩まされ、今度は耳の病気と身体がボロボロの状態になってしまいました。皆様も健康管理には十分ご注意ください。
 ということで3週間ほど本格的な鉄活動は自粛しておりましたが、いつまでもこんな生殺しのような状況が続くと別の意味でのストレスを抱えることになるので、これ以上ストレスを増やさないためにも久しぶりに本格的な鉄活動を再開しました。
情報通の方から東海道線で実施された371系の乗務員訓練が中央西線でも実施されるとの情報をいただいておりましたので、ちょうど手頃なネタということで早速参戦してきました。

_dsc51682_2 参戦した6月9日の日曜日は貨物列車は夕方の81列車のみ、371系のダイヤは北部では昼過ぎだったので、371系を釜戸あたりから追っかけるという選択肢も考えましたが、結局、貨物中心の撮影では撮れないポイントで電車を撮ろうということにして朝のうちから直接北部入りしました。長野地区にも211系が投入され、115系もいつまで活躍が続くか不透明な部分もあるので、今のうちに押さえていおいた方がいいかもしれません。
【2013.6.9 須原~倉本】(電車運転士)

_dsc51802 115系の俯瞰気味のポイントはバックに国道が写ってしまうので、「しなの」は下に降りて国道を隠してみました。紅葉の時期の3084列車と同じポイントですが、新緑の時期もそれなりにいい雰囲気でした。
【2013.6.9 須原~倉本】(電車運転士)

_dsc51892_2 紅葉の時期に太陽の位置と時間を読み間違って撃沈したポイントにも足を運んでみました。今年は6883列車と反逆光に光る紅葉を狙ってみたいです。この「しなの」は10両だったので画面に収まるか一瞬焦りましたが、結果は余裕でオーライでした。
【2013.6.9 宮ノ越~藪原】(電車運転士)

_dsc51952_2 
 中津川からの折り返しの115系は定番の跨線橋の上から広角気味に料理してみました。この時間帯はまだ逆光状態ですが、車体が白っぽいので、何とか助かりました。
【2013.6.9 藪原~奈良井】(電車運転士)

_dsc19112 続行の「しなの」は望遠縦構図で引っ張って背景の新緑を大きく取り込んでみました。ここまでのいずれのアングルも貨物列車で試した既出ものばかりですが、やっぱり電車じゃ何か物足りない感じは拭えません。
【2013.6.9 藪原~奈良井】

_dsc52072_2 371系の前の「しなの」は過去のポイントばかりではつまらないので、目先を変えたいと思い新たなポイントを探してみました。宮ノ越の集落を後に山間部を疾走するイメージを期待しましたが、やっぱり定番ポイントに軍配が上がりそうです。
【2013.6.9 宮ノ越~藪原】(電車運転士)

_dsc52222_2 本命の371系は車体色が白基調なので緑の中にも存在感が出るだろうと藪原の定番俯瞰ポイントで待ちました。ここは追っ掛け組を含めた同業者で劇パになるだろうと予想していましたが、通過30分前にスタンバイした時点では自分ひとりだけ、最終的には自分も含めて5人だけという状況で拍子抜けしてしまいました。木が元気な時期の訪問は久しぶりでしたが、編成後部に掛かる木が予想以上に伸びており、後部車両が隠れてしまいました。
【2013.6.9 藪原~奈良井】(電車運転士)

_dsc52282_2 371系は奈良井までの運転でしたが、折り返しの上松行は折り返し時間が12分しかなく、移動のリスクを避けるため、すぐ近くの跨線橋上からの鳥居トンネル飛び出しでお茶を濁しました。その後、371系は上松→奈良井→名古屋→春日井のダイヤで運転されましたが、北部でも夕方の設定で光線的に厳しかったのとメインを81列車に切り替えようと考え、一気に十二兼まで南下しました。
【2013.6.9 藪原~奈良井】(電車運転士)

_dsc19402_3

_dsc52502_4 この日唯一の貨物列車となる81列車は何とか新規開拓をしたいと思い、以前から気になっていた南木曽~十二兼のポイントに行ってみました。この区間は上り線は新線のトンネルでぶち抜いているので、旧線の下り列車しか撮ることができません。ただ、陽の長い時期限定のポイントなので、ダメ元でもいいやといった感じで挑戦しました。結果は思ったより引きがなかったため、ちょっと窮屈なアングルになってしまいまったのが残念です。
【2013.6.9 南木曽~十二兼】(電車運転士)

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2013年6月 9日 (日)

木曽路進出

“非”鉄の方がこのタイトルを見ると、

「しゃぶしゃぶの店がどこかでオープンしたのか」

などと思われそうですが(→思わないってば!)、ブログをご覧の皆様方なら何を意味しているのか、お察しいただけるかと思います。

先日東海道線名古屋口で試運転された371系が、今度はついに中央西線に入線し、ここでもやはり試運転が行われました。

 
Dsc_0017中央線へ向かう前にウォーミングアップとして長良川鉄道に寄り道し、美濃太田から運転される団体列車の送り込み回送を富加駅で撮影しました。本運転の時刻まで粘っていると371系の撮影に支障をきたす恐れがあるので、まぁ撮れればいいかな、という気持ちです。HMは白鳥側しか装着されていないので、これを意識すると逆光&後追いアングルになりますが、これは想定内。幸い充当車両は白ボディの503号だったので写り映えは申し分ないですが、1/250シャッターでは電光幕文字が判別できませんね。どうせ表示は「回送」なので写っていなくても構いませんが・・・。
 
 
Dsc_0150さて、本番です。中央西線定番お立ち台のひとつである武並アウトカーブでは同業者が集結しそうな気配だったので、あえてそこを避けて、比較的足場が広い瑞浪ー釜戸の直線プチ俯瞰で待ち構えました。同業者の姿はそれほど多くなく、拍子抜けでした。
 
 
Dsc_0162恵那のバカ停を利用して先回りします。手堅く無難に、確実に仕留めるため、あまり長距離移動せずに美乃坂本のオーバークロス笠置山バックで二発目を撮ることにしました。あら、ここでの同業者はおひとりだけ。みなさん中津川インター横へ向かったのか、それとも伊奈川定番まで移動したのでしょうか。
 
 
Dsc_0174371系の追跡を終えて帰路に就く途中、時刻表を見ると明知鉄道の急行「大正ロマン号」が恵那に到着する時間が近付いていたので、寄り道してみました。恵那方先頭には、列車愛称命名権に申し込まれた名称付きHMが掲出されています。

いよいよ371系の第二の職場が具体的になりつつある予感です。どんなシーンを提供してくれるのか、今後が楽しみです。

今回は「はなぶさ」メンバーの皆様方も参戦されたようで、ぜひ成果のアップをなにとぞ宜しくお願いいたします。(出札掛)











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2013年6月 7日 (金)

キームゼーの屋台店機関車

 屋台店機関車とは、かつての鉄道ファン誌(確か71年の130号)でこの鉄道が紹介されたときのタイトルである。より具体的に外観を表現すれば、屋根のついた蒸気機関車といえる。

 蒸気機関車に屋根?どうして、と思う方も多いに違いない。 

_mg_2636

  このように見ると、ボイラーがあるところは確かに蒸気機関車である。しかし、屋根のついた外観は機関車というより、客車に近い。屋台店機関車とは、言い得て妙である。 

 この屋台店機関車は、スチームトラムと呼ばれている。路面を走る蒸機?それはいったい何だろうか? 

 実は、このスチームトラム、路面電車が生まれるさらにその前の時代に、世界の多くの都市で実用化された都市交通機関なのである。 

 路面電車や地下鉄の前身である都市での軌道系交通機関は、1831年にニューヨークで馬が客車を牽く馬車鉄道で始まった。しかし、馬の世話やその糞の始末が問題となった。そこで、馬に代わり蒸気機関車で客車を牽くことにした。とはいえ、煙突のある無骨な外観は都市の街路に相応しくない。そこで、屋根をつけて客車と同じ外観とすることで、町中を走っても違和感がないようにした。それがスチームトラムである。 

 スチームトラムは多くの都市で運行されたが、あまり成功したとは言えなかった。もちろん煤煙もあるけれど、最も問題となったのは、馬車鉄道時代と変わらない貧弱な線路で運行したため、小型とはいえ蒸気機関車の重さに軌道が耐えることができず、脱線を繰り返したことにあった。こうして1881年にドイツで路面電車が開発され、1890年代になって世界に爆発的に普及・拡大すると、スチームトラムはその役目を終えることになる。 

 スチームトラムと同様に、路面電車が実用化されると役目を終えた軌道系交通機関の代表がケーブルカーである。そう、サンフランシスコのシンボルとなっているあの乗り物である。ケーブルカーは、サンフランシスコの事例から、坂道に強い乗り物、といわれているが、実際には平坦な地形でも多く使用された。なぜ、路面電車の前にケーブルカーが実用化されたのか・・・・それは、皆さんへの宿題ということで。(^_^;) 

 閑話休題、欧州の都市やあるいは都市間の鉄道でスチームトラムは数多く使用されたため、現在も多くの博物館で保存されている。中でも、スイスのベルンでは、月に1度、町中でデモ運行が行われている。しかし、定期的に運行しているのは、ドイツとオーストリアの国境に位置するキームゼー鉄道が唯一である。

_mg_5770
 スチームトラムを運行するキームゼー鉄道の存在は、件の鉄道ファン誌以来、気になっていた。しかし、それ以後、鉄道雑誌にも出てこないし、また、ネットに紹介されることもあまりなかった。

 その後、キームゼー鉄道にスチームトラムが健在なことはわかったが、1962年に同型のDLが増備されていて、蒸機が運行する日は限られるとも聞いた。折角行っても、DLでは面白くない。また、それ以前に行きたいところも多く、キームゼー鉄道を訪れる機会はこれまでなかった。

 しかし、この度、バルトリが主宰するザルツブルク精霊降臨音楽祭のプラチナチケットが運良く手に入り、ザルツブルクを訪れることになった。コンサートは夜なので、昼間は時間がある。そこでどこに行こうか調べる中で、候補となったのが、このキームゼー鉄道であった。また、当日はこの鉄道が毎日運転となる夏ダイヤになっての初めての日曜(4月以前は運休、5月の初めは土日のみ運転)であり、こうした日なら蒸機が動くのではないか、という期待もあった。

_mg_5799

 このキームゼー鉄道は、ドイツ南のバイエルンの州都、ミュンヘンから列車で1時間強のところに位置する。オーストリアのザルツブルクまでも50分ほどなので、ほぼその中間といっても良いだろう。

 キームゼー鉄道の乗り場は、ドイツ鉄道のプリーン・アム・キームゼー(キーム湖のほとりのプリーン)駅の裏手にある。路線はここからシュトックというキーム湖畔まで、その距離、わずかに1.8km。なぜ、こんなに短い距離の鉄道をつくったかといえば、ノイシュバンシュタイン城を築いたバイエルン国王ルートヴィヒ2世が、この湖に浮かぶヘレン島にベルサイユ宮殿を模した宮殿をつくり(実際には未完成らしい)、死後、それが公開されたことによるらしい。もちろんヘレン島までは船で行くので、港までの連絡鉄道、というわけである。

 こうして1887年にこの鉄道が開業した。稼働しているクラウス・リンツ製の蒸気機関車の製造もこの年で、130年もの歴史があることになる。

 キームゼー鉄道に興味をもったら、こちらのブログに詳しく載っています。

 http://homipage.cocolog-nifty.com/map/2012/12/post-fb9a.html

_mg_2594
 これがキームゼー鉄道のプリーンの乗り場。右側にドイツ鉄道の駅がある。緑に囲まれて静かな雰囲気であるが、実際には周囲には住宅が広がり、この左側には量販店もある。

 ミュンヘンからの列車でプリーンに着いたのは9時で、プリーン発の一番列車までは1時間以上ある。湖畔のシュトックを列車が発車するのは9時35分。30分あれば、シュトックまで歩けるはずだ。そこで、列車に乗るのをやめて、ロケハンをかねて、線路沿いに歩いて行くことにした。

 プリーンをでると線路は大きくカーブし、湖へ行く幹線道路に沿って走る。踏切でその道路を横断すると、住宅地の中の生活道路に併行して線路が敷かれている。しかしながらこの区間、線路に沿って生け垣があるので、撮影には向いていない。木立の間を緩やかなカーブで抜けると、南側が広がった場所がある。どうやらここが唯一の撮影地のようだが、残念なことに線路の反対側で工事が行われており、クレーンなどの邪魔者が入ってしまう。観光客のための駐車場が見えると、もう終点で、ヘレン島に行く観光船が停まっている。

 道路が線路に沿ってあったおかげで、なんとか一番列車がシュトックを発車するのに間に合った。期待したとおり、機関車は蒸機である。これは嬉しい。来た甲斐があるというものだ。

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 シュトックを発車する一番列車。後方に湖が広がっている。この時は晴れたが、以後はずーっと曇り。途中から小雨も降ってきた。まあ、唯一の撮影地で狙うとすると、この時間では晴れると逆光になるので、曇った方が良かったかもしれないが・・・。

 プリーンから帰ってくる列車を狙おうと、駐車場脇の撮影地に戻って、ハタと気がついた。チムニーと煙室扉はプリーン側にあるので、機関車のシュトック側はなんら蒸機の特徴はない。こうなると正面がちで狙うのは意味がないので、サイド気味に狙うことにする。

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 しかしながら、この角度で狙うと、どんな列車かよく分からないのが難点である。(^_^;)

 どうやらこの鉄道の撮影に適した場所は、シュトックを発車して、駐車場を越えたあたりしかなさそうだ。そこで、ここで2列車を狙う。しかし、途中まで煙を吐いてきても、撮影ポジションまで来ると、スカになってしまう。冬には運転していないし、そもそもスチームトラムなのであまり煙を吐かないのが本来の運行の筈、と、自らを納得させる・・・しかない。

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 レンズを広角気味としたら、かろうじてクレーンや工事現場がカットできた。

 同じ場所ばかりで撮影していては芸がないので、最後の列車はプリーン駅近くの幹線道路の脇を走っているところで狙う。

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 予想以上に踏みきりで自動車が停まってあせったが、なんとか道路脇の併用軌道らしきところで撮影して、スチームトラムらしい写真が撮れた・・・・のかな。

 結局、キームゼー鉄道では、往復とも歩いてしまった。乗り鉄の方々には許されないだろうが、さすがに蒸機となると、撮る方を優先してしまう。時間があれば片道くらいは乗っても良かったのだけれど・・・まあ、撮り鉄優先はいつものことかな。

 キームゼー鉄道の滞在は半日であったけれど、まずまずの条件で撮影できたので、ほぼ目的は達することができた。

 世界にはこんなユニークな列車が、いまなお現役(シーズン運転ではあるけれれど)で走っていることをおわかりいただけたかと思う。機会があれば、またこうしたユニークな鉄道を訪ねてみたいものだ。(駅長)

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2013年6月 2日 (日)

続・さわやかな季節

 今年は例年より早く6月になる前に梅雨入りしてしまいました。鉄は梅雨入り前が勝負ですが、これでは不作の年になってしまいそうです。少しでも収穫を得たいと天気予報に注意していると、土曜は何とか持ちそうだったのでまた出かけました。今回の目的は富山地区のDE10貨物です。貨物時刻表を眺めているとどうやら3線区掛け持ちできそうに思えてきたので、ダメ元で実行することにしました。
 最初は新湊線です。ネットで見つけた写真から場所の見当を付けて訪れましたが、この位置はハズレでした。よそへ移動する余裕がないため仕方なく構えましたが直前通過の電車が来たときにはハラハラしました。初めて見る3500番台にちょっぴり感動。高岡地区も今年の改正で西日本への委託がなくなり、東新潟のDEに変わりました。ここは午後に再履修しました。

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  【 2091レ DE103501東新 】

 撮り終えると即移動、次は高山線の有名撮影地へ。間に合いました、到着後5分も経たぬうちに列車はやってきました。うーん、後方のお膝元日産化学のタンクコンテナの存在がわかりません、もう少し横勝ちアングルにすべきでした。

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   【1090レ DE101728 東新 】

 さて、長居はできません。今度は城端線、といっても高岡と一つ先との駅間です。これも有名アングルですが、正直言って頭が外側に傾くので嫌いですが止むを得ません。余談ですが、後方に少し見えるのは建設中の新幹線新駅。キハ45の走っていた頃から通っていますが、ここ数年間でだいぶ周辺の様子が変わりました。

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 【 3081レ DE101687 東新 】

 

 この後ちょっと近くへ浮気し、また戻ってきて折り返し便を。薄曇りだったので逆光側から。内カーブなのでコキが10両で満コンなのがわかります。

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 【 3080レ DE101687 東新 】



 この先は思いつきで電化区間へ足を延ばしました。富山貨物までDEがスルー運転です。行き当たりばったりなのでイマイチです。追いつかれない迄の間でどこか良いところご存知ありませんか。

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  【 1085レ DE101687 東新 】

 最後は新湊線のリベンジです。それなりになっていて場所が確認できました。実はこの後また北陸線にまわり二塚行き午後便を狙ったのですが、中途半端な出来で撃沈、終了にしました。
 

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   【 2093レ DE103501東新 】

 

 ところで、皆さんは非対称スタイルのDE10はどちらエンドがお好みですか。ロングボンネット側が当たり前と思っていたのですがどうも違うんですよね。少なくとも通は2位側らしく、自分はミーハーだとわかりました。当方、貨物屋ではないので構内入替の様子や専用線のスイッチャーの細かい観察はしていませんが、少し興味だけは湧いております。のめり込むことはないと思いますが、鉄道貨物の衰退を憂えるこの頃です。(資材担当)

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2013年6月 1日 (土)

6月1日によせて

車から流れるラジオから聞こえてきたのが、

  「6月1日は『写真の日』なんですよ」

だそうです。写真を撮り始めて30年も経つのに知らなかったのは不覚でしたが、大きな催しがあるわけでもないし、特に気にしませんが。制定された理由や背景は各自でお調べいただくとして、この記念日に無理やり関連付けて思いついたブログネタですが、えーと・・・

  「デジイチを使い始めてから6月で早くも6年目を迎えます」

まったくつまらない個人的内容です、多謝。
半信半疑ながらもフィルムカメラに比べて数々のメリットが得られることを期待して使い始めたデジイチ。購入した頃はいったい何を追いかけていたのだろうと、2007年6月に撮ったネタ的列車を振り返ってみました。 
 

 

1001鉄向け初カットがこちらです。PF+66重連運用の貨物列車の先頭にPFトップが立つので、雨天にもかかわらず出動しました。今になってPF機がこれほど注目を浴びることになろうとは思いもつきませんでした。
【2007/6/9】

 

Dsc_04_5282知らないうちに姿を消したDD51青更新色。この塗装ガマがやってくると意気消沈してしまいましたが、そのせいか短命に終わりました。当時は青ガマ先頭でもしぶしぶシャッターを切りましたが、今に思えば撮っていてよかった、と思うべきでしょうか?
【2007/6/15】

 
  

7037fパノラマカーの廃車回送を撮りに夜間の金山駅へ向かいました。ここでデジカメの威力発揮。適当に感度を上げて三脚を使わずとも撮影できる使い勝手の良さに感動しました。
【2007/6/16】
 

 

1059試験塗装機PF1059号が赤坂ホキ運用に入ったので、美濃赤坂まで足を運びました。このようなレアガマを当時も意識的に残していたように、今でもわざとらしく広島色だの、岡山色だのとJR標準色に統一せずにあえてレアガマを存続させていますが、そのせいで同業者が沿線に出没して周辺に迷惑をかけたり列車の運行を妨げる原因を作ります。JR側も、そんな輩を批判する前に、いっそのことレアガマなんてやめちまえばいいのに(→本心にあらず)。
【2007/6/22】

 

Ss名鉄パノラマスーパー4両編成が消滅することを耳にして、今のうちに重連運用を撮っておこうと少し高い位置から連結面を流しました。
【2007/6/22】

 
 

6464EF64の0番台原色重連を庄内川の堤防で狙いました。いま振り返るとまさに垂涎ものですが、当時は原色ペアに出会える確率が幾分残っていたかと記憶しています。現在ここには防護用の網が張られ、この画角では撮影不可になってしまいました。
【2007/6/29】  

 

 
 
 

Katigawa中央線勝川駅に足を運び、高架工事中の風景にカメラを向けてきました。完成した下り線と、間もなく着手される上り線との混在風景を写して後々の記録となれば嬉しいことだと企んで出かけたわけです。左下に写る、役目を終えた跨線橋が悲しげに残っています。【2007/6/29】


デジ一眼になってからは事前に画像の確認もできるし遠慮なくシャッターを切れるのでストレスなく撮影していますが、購入後6年ともなると、さすがに最近のカメラと比較すると性能の優劣にストレスを感じるこのごろです。そろそろ一念発起かも・・・。(出札掛)

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