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2013年1月

2013年1月31日 (木)

【アーカイブス】伊吹山麓のブルトレほか

 このところ、国鉄時代の列車の写真を載せていないので、久々にそれらをご紹介しよう。場所はタイトルからわかるとおり、東海道線の関ヶ原と柏原の間である。

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 まずは、伊吹バックのお立ち台をいく「みずほ」である。もちろん、遅れの列車ではなく、定時運転の列車である。GW明けの時期には、ここで撮影ができた。

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 続いて、「さくら」がやってくる。これは近江長岡をでて、トンネルに入る手前のあたり。「さくら」の通過は6時頃なので、十分撮影ができた。

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 「さくら」と関ヶ原ですれ違って、ゴハチの牽く20系「銀河」がやってくる。「みずほ」を撮影したお立ち台を北側から望むこのアングルは、夏の早朝には順光となるので、好んで撮影した。

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 これは、新幹線との交差部分をいくゴハチの20系。定期ではなく、創価臨の7112レであろう。

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 最後にこれは説明不要の写真。ここで、このアングルで撮影したのは、この1枚だけかな?それにしても、やはり絵になる機関車である。(駅長)

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2013年1月30日 (水)

祝 愛知環状鉄道開業25周年

明日31日は愛知環状鉄道が開業して25周年を迎えます。

1月26日、同社が開催した「愛知環状鉄道開業25周年祈念セレモニー・コンサート」に、一度見てみたいと思っていた「スギテツ」が出るということで、応募したところ当選したので行ってきました。

「スギテツ」はヴァイオリニスト岡田鉄平とピアニスト(アレンジャー)杉浦哲郎のデュオで、鉄ちゃんです。この25周年のイメージ曲「YES! I CAN」も作っています。うまく説明できないので、興味のある方は彼らのHPをご覧ください。

さて、ということで、愛環開業時を振り返りたいと思います。

まずは岡多線のさよなら列車です。

Img0581988年1月30日  岡崎 931M クモハ165-139ほか

翌日は、当然あちこちで開業式が行われたようですが、高蔵寺と瀬戸市での式をカメラに収めています。

Img0671988年1月31日 瀬戸市 248レ

このときは広角系のレンズを持っておらず、高蔵寺ではあまりに窮屈で、お見せできるシロモノではありませんので、そのまま祝賀列車に乗って、瀬戸市へ。開業当時、道床は複線用でしたがレールも敷かれておらず、ホームも片側だけでした。

Img0641988年1月31日 篠原 240レ

こちらは鉄道友の会のヘッドマーク付の祝賀列車です。

この日から遡ること3か月半前、愛環開業に備え日車から100系が甲種輸送されました。

Img054_21987年10月14日 下地・平井(信) DE10 1520(静)牽引9772レ

開業から早くも四半世紀、愛知万博という大イベントもありましたが、当初の400万人から1500万人弱と、着実に年間乗降人員を伸ばしてきている同鉄道の発展を祈念しております。(検査掛)



  

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206.富士山鉄2013(伊豆箱根鉄道) 2013/1/29

 先日、駅長様が静岡鉄道と絶好のコンディションの富士山をアップされていました。それに触発されたわけではありませんが、自分も今冬、富士山鉄ができるチャンスがありましたので、ご報告させていただきます。昨冬の富士山鉄は岳南鉄道と御殿場線でしたが、今冬は地味なところで伊豆箱根鉄道駿豆線となりました。なぜネタ列車もない伊豆箱根鉄道になったかといいますと、この日はたまたま横浜で所用があり、その前に富士山鉄をやろうとすると場所的・時間的な都合から伊豆箱根鉄道しか選択肢がなかったというのが本当のところです。朝の冷え込みは厳しかったものの雲ひとつない快晴、おかげさまで富士山はその秀麗な姿を余すことなく披露してくれました。実は伊豆箱根鉄道は3年前にも訪れていたのですが、この時は山頂付近に微妙な雲が湧き、悔しい撃沈状態だったので、そのリベンジも果たすことができました。

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 現地滞在時間はそう長くとれなかったため、日の出直前から行動を開始しました。現地に到着するといい感じで富士山が赤富士状態になっており、これを何とかモノにしたいと思って挑戦してみました。当然、線路の部分には陽は当たっておらず、苦しい条件でしたが、雰囲気だけでも感じていただければ幸いです。
【2013.1.29 三島二日町~大場】(電車運転士)

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 さっきの高台を降り、とりあえずインカーブ構図の定番ポイントも押さえておきました。西武の新101系は1300系として第2の人生を送っています。伊豆箱根カラーになりましたが、この色もそこそこ似合っているように感じました。
【2013.1.29 三島二日町~大場】(電車運転士)

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 定番ポイントから少し三島二日町寄りに移動したら富士山をバックにスッキリとした走行写真が撮れるポイントがありました。早朝は側面に陽が回らず、もう少し遅い時間になるとバリ順光になりそうでしたが、時間の都合で諦めざるを得ませんでした。写真の7000系は転換クロスシート装備のハイグレード車両です。
【2013.1.29 三島二日町~大場】(電車運転士)

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 光線状態がよくなってから、もう一度赤富士を撮った高台に登ってみました。暗いうちは目立たなかった真ん中の電柱が気になりますが、アングルの制約から立ち位置を変えることはできず、どうしようもありませんでした。写真の3000系は1次型で、車内は近郊型と同様のセミクロスシートとなっています。正面窓付近が大きく窪んだデザインはインパクトがあります。

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 最後の撮影列車は気になる真ん中の電柱を思い切ってカットするため縦構図にしてみました。型式は前の写真と同じ3000系ですが、こちらは2次型で、車体はステンレスとなり、正面デザインも多少スマートにマイナーチェンジされています。
【2013.1.29 三島二日町~大場】(電車運転士)

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2013年1月29日 (火)

遅ればせながら試運転

駅長様が営業運転開始の出発式をされてしまいましたが、遅ればせながら試運転をさせていただきます。

S60198127_3 名古屋の地下鉄名城線の1111号と1112号(運転台のみ)を名鉄住商岐阜工場でつなぎ合わせて、福井鉄道の601号が登場しました。

1998(平成10)年1月27日に、西武生から試運転列車が出発しました。

あれから15年、この601号は既に廃車になったようです。西武生の駅も駅名が変わりました。時が過ぎるのはあっという間ですね! (工場長)

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祝!営業運転開始

 新生「はなぶさ」の営業運転開始を記念して、とびきり新鮮な営業運転開始の写真-ただし海外ですが-をご覧に入れましょう。

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 これは米国ニューオリンズの路面電車、ロヨラ通線の開業式で、昨日、28日11時からセレモニー、12時に出発式を行いました。距離は1.6kmと短いですが、オバマ大統領の地域活性化策の一環で建設された路面電車の第1号として意義は大きなのもがあります。車輌は、PCCの車体を更新した2000形が使われています。「欲望という名の電車」の舞台に合わせたレトロ調の電車ですね。

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 電車のテープカットに続いて、マーチングバンドの先導でパレードが行われました。いずれにしろ、新規開業は喜ばしいものです。(駅長)

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2013年1月28日 (月)

【アーカイブス】30年前の香港

 鉄道ファンとしては海外に関心が高いほうだと思うけれど、その萌芽はすでに30年前には出ていて、海外の鉄道を撮影に行っている。その最初期の撮影が、昭和55年夏に訪れた香港である。この時は4日間のツアーに参加して、自由行動の2日を撮影に費やした。1日は香港島の路面電車、もう1日は九広鉄道で中国・広州との直通列車を撮影しにいっている。まだ、九広鉄道が電化する前で、DLが客車を牽いていた頃である。

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 香港といえば、誰もが思い出すのが2階建ての路面電車であろう。この頃は、まだトレーラーを牽いていた時代である。砲馬地(ハッピーバレイ)への分岐点でずらりと2階建て電車が並ぶ様は壮観の一言である。

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 これは、同じ場所でもう少し正面側から撮影。最近は、ちょっと電車が減ったのか、ここまで並ぶことは無いようにも思う。

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 これは香港島の中心、中環(セントラル)のSカーブ。香港政庁の建物をバックに狙うこの場所は行くたびに訪れてい
るが、風景ががらりと変わっていて、驚かされる。この写真には、4両続行で2階建て電車が写っているが、さすがにこれだけの続行運転は、それほどあるわけではない。

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 これは前にもお見せした、市場の中を走る北角の風景。現在は、この頃と比べると格段にきれいになっているが、まだ、この雰囲気は残っている。

 最後に広九直通特急。

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 香港と広州を結ぶ直通特急は、今では1時間おきに運転されているが、、この頃は確か2往復の運転であった。また、今は人口300万人を越えている国境の深センも、この頃はわずか10万人程度の都市であったと記憶する。数年後には、深センからの新幹線も開業して、北京まで直通運転が行われる予定である。

 この写真は、九広鉄路の大学前付近で撮影しているが、現在は電化されているだけでなく、周囲には高層マンションが林立していて、こんなにのどかな雰囲気はなくなってしまっている。香港のダイナミックに変わりゆく姿を見ていると、恐ろしいまでの力強さを感じずにはいられない。(駅長)

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2013年1月27日 (日)

当方も試運転

ブログ移転お疲れ様。

とりあえず登録と試運転を行います。

これを機会にニックネームを車掌長から施設区長に変更させていただきました。

画像の入れ方が…わからん???。

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205.1980年冬 東北周遊の旅12号車(弘南鉄道) 1980/3/12

 引っ越し先での試運転も何とかうまくいったことから、通常モードの投稿に戻したいと思います。長期にわたって続けさせていただいている東北周遊の旅もやっと終盤戦に入ってきました。今回は弘前周辺に2つの路線を持つ弘南鉄道をご紹介します。1980年代の弘南鉄道は四国の琴電ほどではないものの、さまざまな経歴を持つ旧型電車が主力として活躍しており、北の電車博物館的な様相を呈していました。

1280312_2 車両のバラエティーは大鰐線の方が豊かだったため、まずはそちらに向かいました。天気は前日に続き吹雪模様の悪天候で、最先はあまりよくありませんでしたが、とりあえず線路端で走行写真を撮ることにしました。吹雪の中、朝ラッシュ対応の4両編成が来ました。先頭のモハ2231型は1928(昭和3)年製の元武蔵野鉄道の車両です。
 
1980.3.12 津軽大沢~石川】(電車運転士)

2280312_3  津軽大沢~石川のポイントは奥羽本線と距離が近かったため、ちょっとだけそっちに浮気しました。「日本海1号」が悪天候の中、雪煙を上げて眼前を通過して行きました。当時はまだヘッドマークが復活する前で、せっかくのED75の前面が物足りない感じになっています。ここではその他に「津軽1号」・客車列車・貨物列車(いずれもED75牽引)などを撮影しました。
 
1980.3.12 大鰐~石川】(電車運転士)

3280312_8 奥羽本線の浮気を切り上げ、再び大鰐線へ戻りました。朝から降り続いていた雪も小康状態となり、少し遠めのアングルでの撮影が可能となりました。リンゴ畑の中で待っていると、前の画像の編成が後部を切り離して身軽な2両編成でやって来ました。
 
1980.3.12 津軽大沢~石川】(電車運転士)

4280312_3 大鰐線の車庫のある津軽大沢に立ち寄りました。洗浄線に富士身延鉄道から来た1927(昭和2)年製のモハ2250型が身を休めていました。本当はモハ2250型の走行写真を撮るのを目的のひとつとしていたのですが、この日は朝ラッシュが終わると津軽大沢の車庫や大鰐の留置線に引っ込んでしまったようで、走行写真を撮ることはできませんでした。
 
1980.3.12 津軽大沢】(電車運転士)

5280312_3 小康状態だった雪が再び降って来ました。洗浄台では係のオバサンがデッキブラシで車体を手洗いしていました。仕事とはいえ、水も冷たく凍えるような寒さの中でも黙々と作業を続ける姿には頭が下がる思いです。
 
1980.3.12 津軽大沢】(電車運転士)

6280312_2 車庫での撮影をひと通り済ませて駅に戻ると中央弘前からの電車が到着しました。降りしきる雪の中、地元の乗客が降りて来ました。厳しい条件の中でも電車は定時で運転されており、とくに冬場は住民の大切な足として頼りにされていました。写真のクハ1266型は元西武鉄道の車両で、1928(昭和3)年製です。正面窓がHゴム化されているのは残念ですが、深い屋根・おわん型ベンチレータ・半円状の水切りなど川崎造船製の特徴が残っています。名鉄の築港線専用だった3790系も同じ仲間です。
【1980.3.12 津軽大沢】(電車運転士)

7280312 午後からは弘南線に転戦しました。弘南線は元東急の3600系列で世代交代が進みつつある中、先頭は元17m国電のモハ11型でした。この頃の弘南線は朝夕のラッシュ時には6両編成が健在で、まだまだそれだけの需要があったということを物語っています。
【1980.3.12 館田~平賀】(電車運転士)

8280312 弘南線を訪れた最大の目的はED333の貨物列車でした。中小民鉄の貨物列車は当時でも貴重になりつつありましたが、弘南線では健在でした。ED3331923(大正12)ウエスチング社製で元武蔵野鉄道のデキカ10型です。現在はラッセル車の後押し役として注目度がアップしています。貨物列車は途中の平賀までの設定でした。
【1980.3.12 館田~平賀】(電車運転士)

9280312_2 大鰐にもう1両の電気機関車ED221が留置されているのを思い出し、貨物列車撮影後に大鰐に向かいました。ED2211926(大正15)ウエスチング社製の元信濃鉄道1型で、国鉄→西武鉄道→近江鉄道→一畑電鉄と渡り歩いた後、弘南鉄道が安住の地となっています。大鰐線はこの頃でもすでに貨物営業はなく、ラッセル車と組んだ冬場の除雪がおもな仕事でした。肝心のED221はラッセル車の後ろに連結され、残念ながらまともな写真を撮ることができませんでした。
【1980.3.12 弘南大鰐】(電車運転士)

●次の目的地 南部縦貫鉄道
●移動行程  所属していた鉄道研究会の冬合宿のため、大鰐温泉の国民宿舎泊まり

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2013年1月26日 (土)

御試乗列車

検査掛様がブログの試し書きに絡めて試運転列車の画像をアップされましたが、実は自分も当ブログに初めて記事を投稿したとき、同じような意味合いで試運転列車の画像を使っていました(→ http://ameblo.jp/b1hanabusa/entry-10504479287.html )。

そういえば引っ越し後のブログにはまだ画像アップを試みていなかったので、今回も試運転列車の画像を探して投稿しようと考えていたところ検査掛様に先を越されてしまいましたので作戦変更(笑)、試運転に類似したネタとして、過去に名鉄で運転された司法修習生御試乗列車の画像をアップすることにいたしましたとさ(試運転とあまり関連ないですか?やっぱり)。

12141御試乗列車は6000系2両編成で、栄生から犬山(新鵜沼かも?)に向かいます。撮影しようと発車時刻の少し早めに栄生駅に着いたら、すでに列車はホームのない中線にて待機中で、乗客も列車に乗り込んでいました。車内では何かのレクチャーを受けているのでしょうか。

12142御試乗列車は布袋駅で10分前後停車します。この停車時間を利用して、ホームではレクチャーが行われているようです。ちょっと覗き見したい気分。

12143系統板はともあれ、車両に施された白幕の装飾が気になります。もちろん何らかの意味があるからだと思いますが、もし事情に精通している方がいらっしゃいましたらご教示ください。

【以上、1983年12月14日撮影 試乗1レ】

8512102年後にも同列車を撮影しましたが、このときは5500系が充てられました。運転区間は栄生→新鵜沼で、たぶん先述と同様のスケジュールと思われます。

【1985年12月10日撮影 試11レ】

気が付いたら30年近くも前の記録ですが、こうした列車、今でも運行されているのでしょうか。(出札掛)







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2013年1月25日 (金)

試運転

駅長様

引っ越しおつかれさまでした。

勝手がわからないので、とりあえず1回アップさせて頂きます。

Img774_2単なるダジャレです。(検査掛)

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DD+KEでお試し

 無事に引っ越しできたようで何よりです。どうもありがとうございました。皆さん衣浦シリーズで順に確認発表されていますので、私もこれに倣ってみました。写真は当日の2発目、駅停車中のシーンですが、コン柱がこんな位置に建てられてしまい残念です。この後は大急ぎで明石公園へ向かい、何とか3発目に間に合いました。更に碧南市駅へ回りたかったため、駅長様にはろくにご挨拶もせず場を離れてしまい、大変失礼いたしました。

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 一年以上前のATS-P取付改造が始まる頃から噂されていたDD51の入線、ようやく実現し撮影することができました。先頭はKEだと思いこんでいましたが見事に外れました。今後またあるのかわかりませんが、その時はKE先頭にならないかなあと欲張りつつ期待しています。(施設担当)

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デーデーのあとは富士山見物

 とりあえずなんとか記事は書き込めるようになりましたが、まだデザインがよくないですね。いずれ、少しずつ直していきたいと思います。もう少しお待ちのほどを。(デザインをするためのスタイルシート(CSS)をカスタム化するための書き方がもうひとつよくわかりません。オリジナルのテンプレートでは写真を貼り込むと、一部切れてしまうのですよね。ご存じの方があれば、ぜひお教えください)
 
 

 さて、何人もの方が出撃された衣浦臨海のDD51入線、普段、この路線を撮影していないのに、こんな時だけ出撃するのもいかがなものかと思いましたが、まあ、かたくるしいことはいわずにレアなものを楽しむのも一興を割り切って、撮影してきました。場所は、線内最大の人気撮影地となった明石公園の歩道橋です。

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  ここへ行ったのは、もちろん沿線随一の撮影地、ということもありますが、実はこの日、静岡まで行く用がありました。当初はクルマでの撮影を考えたのですが、いろいろ調べていると、ここなら三河線北新川駅から徒歩10分少々でいけることが判明。貨物鉄道になんと電車利用で鉄ちゃんとなりました。意外に三河線から近いのですね。 

 さて、この撮影地、よい場所は定員が少ないと聞いていましたが、まあ、そこまで頑張らなくても、と15分前に撮影地に到着すると、すでに30人ほどが狭い橋の上に脚立を持ち込んで、数段にカメラを構えています。初日に電車運転士さんが撮影されたように、正面がちでねらえば確かに編成が木にはかからないものの、衣浦のKE65がうまく写りません。人が集中しているのは正面がちのアングルで、当方が撮りたいのはKE65を入れたアングル。というわけで、三脚のジャングルから離れて余裕を持って撮影できました。

 これだけの撮影地なので誰か知人がいるだろう、と思っても、誰も知った人がいません。と、思っていたら直前になって施設担当さんが登場。追っかけで、武豊線内から3回撮影されてきた、と聞いて驚きです。撮影後、話でもしようかと思っていたら、もう姿が見えません。さらに追っかけて間に合ったのでしょうか? 

 撮影後は知立、豊橋経由で浜松から新幹線に乗って静岡に向かいます。せっかくだから、と浜松で自笑軒のウナギ飯の駅弁を買ったところ、1500円もしたのに、とてもではなくウナギが固く、食べられたものではありません。昨今のウナギの値段から、高いのはともかくとしても、この味では残念です。

 
 この日の目的地は清水なので、静岡から静岡鉄道で向かいます。天気が良いので富士が見えるのでは、と期待していましたが、柚木のカーブを曲がると正面に見事なまでの雲一つない富士山が姿を現しました。

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 ちょっと電線がうるさいのが難点ですが・・・。とりあえず、記録として1枚撮影します。 

 さらに良い場所を求めて、ロケハンをしながら清水に向かいます。静岡鉄道は7分間隔なので、行き過ぎても戻るのが楽です。次に降りたのは県立美術館前。ここも富士山がきれいに見えたのですが・・・

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  電車の運転台からみるのとは異なり、撮影ポジションからはややアングルが低くなってしまうので、富士の見え方ももうひとつです。 さらに清水の方に向かいます。もう富士山を入れるアングルは難しいかな、と思っていたら御門台と狐ヶ崎の間で絶好のポジションを見つけました。線路がやや下り勾配となっているので、富士山が障害なく画面に写し込めます。

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 ところが、間の悪いもので、良いアングルで撮影しているときに限って、広告電車ばかりやってきます。結局、4本続けて広告電車がやってきて、広告のない電車まで30分近くも待つことになってしまい、目的の場所にはちょっと遅れての到着となりました。

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 やっぱり、広告のない方が良いですね。(v^ー゜)ヤッタネ!! 

 今回は、富士山との撮影は意識していなかったのですが、こういうときに限って絶好の条件となるものです。静岡鉄道など、滅多に撮影する機会がないですが、富士山を入れた良いアングルで撮影できて幸運でした。

 こんな幸運、また続かないかな。(駅長) 

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2013年1月24日 (木)

204.衣浦臨海の凸 2013/1/19

 今回のブログの引っ越しにつきましては駅長様にいろいろとご足労いただき、何とかうまくいきそうな感じです。面倒な手続きなどがあったかとは思いますが、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします。自分もブログアップできる環境が整ったようなので、試験的に写真をアップしてみました。

_dsc00802  
写真は駅長様も参戦された1月19日の衣浦臨海鉄道です。この日も国鉄色のDD51が5570列車の先頭に立ちました。現地到着がギリギリに近かったので、激パになっていた定番の明石公園の歩道橋は諦め、以前に出札掛様がお撮りになった後ろの陸橋に陣取りました。歩道橋は何とかカットすることができましたが、これだとDD51とKE65の重連がほとんどわかりませんねぇ。(^-^;
【2013.1.19 東浦~碧南市】(電車運転士)

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ブログ引っ越しましたー試運転

どのような表示になるのかわかりませんので、とりあえず記事のみ「試運転」いたします。ところで15~19日まで衣浦臨海のDD51がKEの助っ人として入線していましたが、自分も19日の5573レのみ尾張森岡南方に出動しました。同業者は他に2名、うち1名の方の写真がコチラに  →http://railf.jp/news/2013/01/20/121000.html 載せられていました。(試運転終了・出札掛)

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2013年1月19日 (土)

ツートン色に誘われて善光寺まいり

名鉄犬山線犬山遊園駅東口から成田山に向かう坂道をしばらく上り、途中で左に折れてさらに坂を上った先に犬山善光寺があります。

お寺の本堂を過ぎて公園への道標に従い山道を登っていくと、名鉄各務原線の名撮影地「にんじんカーブ」から鵜沼駅に至るまでを見渡せる展望台にたどり着きます。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

先日成田山で撮影した(→ http://ameblo.jp/b1hanabusa/entry-11447338080.html )国鉄ツートン色車が、この日も先日同様3707Dの運用に入ったので再び狙いを定めました。成田山側と比べてみると、撮影に支障となる電柱は線路にあまりかからないので編成は比較的すっきりと撮れますが、角度的にはちょっと窮屈のよう。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

その数分後、3707Dを追うように名鉄各務原線に3704Fの「ワンピース」ラッピング編成が名鉄HPの情報どおりやって来ました。しかし遠すぎて、よくわかんね~。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

にんじんカーブの方角を眺めると、名鉄電車と絡めて遠く金華山を望むことが出来ますが、列車が小さくなってしまうのが難点です。さらに遠く霞んで見えるのは奥揖斐の山系です。

(これは2009年11月に撮影した画像です。今回よりクリアな天気だったので、そちらを選びました)

「はなぶさ」に集まる仲間たち

景観を台無しにした鵜沼の新興住宅地をバックに、鵜沼駅に停車中の3707Dが見えます。この列車は後続の特急「ひだ1号」の通過待ちと反対列車の行き違いをまとめて行うため12分間(土・休日ダイヤの場合)停車します。よって3707Dは2本の列車をやり過ごすため一番南側の3番線に入るので、このように列車の姿を眺めることができるわけですが、3番線を着発する列車はおそらくこの列車のみで、そこにツートン色車ですから、少しはレアなシーンに巡り合えたのではないかと自己満足しています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

鵜沼を発車した3707Dが新興住宅地の隙間から姿を現しました。
以前は下の画像のように、名鉄「北アルプス」が通った名鉄/JR短絡線や貨物留置線の跡が空き地のままだったので編成を丸ごと見通すことが出来たのですが、昨年あたりから宅地造成が始まり、あまり面白くない景色に変わってしまいました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

こちらも2009年11月に撮影したものです。やがてその隙間も埋められてしまうのでしょうね。

木曽川を挟んだ正面の山の頂には、ときどきお世話になる「うぬまの森」展望台が見えます。ということは、向こうからもこの展望台がみえるはず。でも規模が違うので見つけ難いかも。

【メモ】
公園へ向かう山道を登っていく途中で相撲稽古が出来る土俵が目に入ります。調べてみると、夏の名古屋場所が始まる頃はどうやら某相撲部屋の稽古場として使われているようです。

そして秋は、モミジの木が見事なほど綺麗に色付きます。

撮影後は、撮らせていただいたお礼と初詣を兼ねて、本堂でお賽銭を投げて“合掌”。(出札掛)

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2013年1月16日 (水)

新春房総国鉄色DC鉄

 この3連休、メンバーの皆様方は如何にお過ごしになったでしょうか?

 かくいう小生は、土曜日に東京で所用があったので、翌日曜日に撮影に赴きました。元気な昔だったら、さらに1日、月曜日も撮影してくるのだけれど、天気予報がもうひとつだったので日曜のうちに戻ってきました。月曜も居たらどうなったかはご存じの通り。いや、珍しい雪景色が撮れたので、そのまま居た方が良かったかな?東京では雪の予報も出てましたから。

 さて、撮影の行き先ですが、咋秋に電車運転士さんが訪れ、このブログで素晴らしい写真を公開された小湊鉄道といすみ鉄道です。いずれも昭和レトロといってもよい落ち着いた国鉄色のDCが活躍していて、写欲をそそります。今時、撮りたくなる数少ない鉄道のひとつといえるでしょう。

 前夜は千葉に泊まり、一番列車で五井へ。まだ、周囲は暗く、ようやく白んできた状況ですが、まさにブルーモーメントで絶好の撮影タイムで、薄明かりの中にDCが浮かび上がってきます。こんなシーンを手持ちで撮れるのも、デジならでは。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 室内灯がついていればもっと良かったけれど、贅沢か。

 さて、小湊鉄道の一番列車で降りたのは上總大久保。発車していく列車を見ていると、朝が冷え込んだためか、一面に霜が降りて真っ白になっていて、なかなか良い雰囲気です。そこで養老渓谷から戻ってくる列車を東側の踏切で撮影。ちょうど陽が差してきて、絶好の条件です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これでうまく雰囲気が写し込めていないならば、それは腕の問題だな(^_^;)

 続いて次の上総中野行きを駅手前のカーブで撮影。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 うーむ、後ろのガードレールがやっぱりうるさいか。 

 続いて五井行きを上總大久保の駅を入れて撮影します。ここの定番のアングル。さすがに綺麗に纏まります。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ところでこの小湊鉄道、駅の雰囲気は確かに良いのですが、逆に言えば、駅のまわりに家があまり無いのですね。家があるのは、上總牛久と光風台のあたりくらい。その光風台も、新興の住宅地は駅から少々距離があるので、どれくらい利用者に寄与しているのか?上總川間に至っては、駅のまわりに家一軒ありません。よくこれで鉄道が維持できている、と思ってしまうのだけれど、意外に利用者は多いのかな?

 閑話休題、さて、先ほど中野行きを撮影したカーブにも、陽が当たってきました。この場所を訪れた本命である大俯瞰での撮影の条件が整ってきました。

 しかし、しかし、電車運転士さんの撮影した場所が、下から見ているだけではさっぱりわかりません。これまでの経験で、行けば場所はわかると思っていたのですが・・・。

 やむをえず、電車運転士さんに電話です。教えてもらってなるほど。こりゃわからんわ。この場所を発見した人は偉い!その場所を探し出した電車運転士さんも偉い!感謝、感謝です。電車運転士さん、ありがとうございました。m(_ _)m

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 いやー、流石にいい雰囲気です。しかし、惜しむらくは気動車が単行であること。これだけスケールが大きい風景の中では、1両では埋没してしまいます。

 ホントはここで2本撮影する予定だったけれど、半逆光でDCが暗い緑に浮き上がりそうだったので、中野からの帰りの列車は下から狙うことに。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さて、俯瞰とどちらが良かったかな?

 小湊鉄道はこれくらいにして、次はいすみ鉄道に向かいます。狙いは、キハ52の午後の急行です。

 新しく入線したキハ58が見られないかと大多喜で下車。しかし、キハ58と新しく入線したキハ52顔の軽快気動車は車庫の中でした。残念。

 さて、キハ52を「どこで撮影するか。チャンスは1往復だけですし、初訪問で場所もよくわからないので、悩ましいところです。

 実は、この1月にダイヤがちょっと変わり、国吉で8分間停車するようになりました。値段次第でタクシーで追っかけも、と思って値段を聞いてみると、大多喜から国吉まで2300円くらいとか。2000円以内なら考えようかと思っていたけれど、それをオーバーしたのでこれは取りやめ。 

 大多喜で下車してしまったので、ここから徒歩圏しか行けなくなったため、当初予定していた城見ケ丘と上総中川の間でキハ52を狙います。まずは、大原行き。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 雰囲気は悪くないけれど、ちょっと後ろの電柱がうるさいか。

 帰りは新田野に行こうかと思ったけれど、なんとか正面にも陽が当たりそうなので、上の写真に写っている踏切に移動。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 うーむ、ちょっと陽がまわらなかったか。残念。やはり新田野が良かったかな。撮影はこれにて終了です。

 キハ52は、さすが国鉄色が車体に似合っていて、撮っていても満足感が高いです。偽国鉄色の某キハはもうひとつ萌えないけれど、これは萌えます。近ければ、通いたいところです。

 小湊も良いですね。今時、これだけ広告がない車体というのも貴重です。さすが国鉄色だけあって、逆光にも、俯瞰の撮影にも充分耐えます。関東の鉄ちゃんが通うのもわかります。

 桜の時期、一度、小湊に行きたいですねぇ。場所撮り競争、激しいだろうなぁ。そう考えると憂鬱になるけれど・・・・。(駅長)

 

 

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203.衣浦臨海鉄道のKE65…ではなくDD51 2013/1/16

 1月16日は所用があって有給休暇をいただいておりました。そんな中、情報通の方から舞い込んできた情報が衣浦臨海鉄道にDD51が入線するらしいというものでした。理由はKE65にATS-Pを取り付ける工事のため、一時的に機関車が不足することによるピンチヒッターとのことのようですが、真相はどうなんでしょうか? 

 最近、KE65(国鉄色のDE10タイプ)の定期重連で高感度アップの衣浦臨海鉄道ですが、DD51の入線は今後は二度とないチャンスかもしれないということで、スケジュールを考えたところ朝の5570列車なら用事の前に何とか撮影可能だったので、スクランブル発進となりました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ポイントは明石公園の歩道橋しかないと思い、現地へ向かいましたが、平日朝の渋滞をあまり考えていなかったため、到着はギリギリに近い状態で、間に合わなかったらどうしようと肝を冷やす場面もありました。どっちの色が来るのかなぁと待っていたら、やって来たのは国鉄色、今まで何回か挑戦した紀勢貨物はことごとく更新色ばかりだったので、やっと神様が微笑んでくれたという感じでした。

【2013.1.16 東浦~碧南市】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 明石公園を速攻で撤収し、碧南市へ向かいました。5570列車は到着するとすぐに入換が始まりますが、何とか間に合いました。

【2013.1.16 碧南市】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 入換を終えて次の出番まで待機します。いつもの見慣れた風景ですが、DD51となると新鮮な感じがします。

【2013.1.16 碧南市】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 5570列車はどうしようかと迷いましたが、ナビ(車載ではなくスマホにインストールされているもので、情報量は少ないですが、高いお金を出して車載ナビを買わなくても道案内程度なら十分使えます。)で検索すると5570列車を撮ってからでも用事には間に合いそうだったので、結局、粘ってしまいました。5570列車はいつもどおりKE65の担当でした。

【2013.1.16 東浦~碧南市】(電車運転士)

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2013年1月14日 (月)

202.1980年冬 東北周遊の旅(11号車)1980/3/11

 東北周遊の旅11号車はもう1回津軽鉄道です。津軽鉄道はこの時が初めての訪問でしたが、青森ステーションホテルをベースに2日連続のスケジュールとしていたようです。前夜、青森まで戻った時には吹雪の様相を呈しており、当日の天候が心配されましたが、列車はほぼ定時で運転されていたので、とりあえず奥羽本線の始発列車に乗り込み、津軽鉄道に向かいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 川部で乗り換えた五能線の列車はちょうど沿線の高校の通学列車に当たっており、それぞれの最寄り駅では多くの高校生が下車して行きました。天気は吹雪模様となっていましたが、高校生たちはそれに臆することもなく、いつもどおりの通学風景が展開されていました。

【1980.3.11 林崎】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 五所川原に着くと雪は小康状態となっていました。前日の夕方と同じアングルですが、ホームは積雪で真っ白になっており、同じ列車から乗り継いだ女子高生が津軽鉄道の列車に乗り込んで行きます。彼女たちの聖子ちゃんカットのヘアスタイルが懐かしいです。

【1980.3.11 津軽五所川原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 中途半端に雪が溶けていた状態だった田んぼも前夜の積雪で真っ白な雪原に変わっていたため、ストーブ列車は前日と同じポジションで待つことにしました。風が強まり、積もったばかりの雪が巻き上げられ、天気は荒れ模様の雰囲気を漂わせていました。

【1980.3.11 嘉瀬~金木】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 風はますます強まり、とうとう地吹雪の状態になってしまいました。強風に巻き上げられた雪が顔に容赦なくたたきつけられ、体感温度は急激に低下、撮影は地吹雪との戦いになってしまいました。

【1980.3.11 嘉瀬~金木】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 悪天候に悩まされ、今日は撤収しようかと気持ちが折れそうになりながらも撮影を続けました。地吹雪のひどい時は完全にホワイトアウトの状態となり、どの方向をみても真っ白、方向感覚がなくなってしまうので、平地でも道に迷って凍死してしまうといった状況が理解できました。こんな状態でも津軽鉄道はほぼ定時で運転されており、冬場の地元住民の信頼感は大きかったものと思われます。

【1980.3.11 津軽飯詰~毘沙門】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 前日の反省から、この日は気動車の混合列車の走りを撮ることができました。地吹雪が吹き荒れる中を国鉄から払い下げられたキハ11の2両がワムを牽いて走り去って行きました。

【1980.3.11 津軽飯詰~毘沙門】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 やっとの思いで津軽飯詰までたどり着き、冷え切った身体を温めるため、しばらく待合室で暖をとりました。寒さには慣れているはずの地元の乗客もあまりの強風に顔を歪めて列車から降りてきました。

【1980.3.11 津軽飯詰】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 夕方近くには五所川原まで戻って来ました。沿線での撮影が終わった途端に風は止み、構内は静かな雰囲気に変わっていました。何とも巡り合わせのよくない1日でした。ラッセル車が留置されていましたが、出番はなさそうな雰囲気でした。

【1980.3.11 津軽五所川原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 帰りに弘前に立ち寄ったところ、雪の中、DD16が入換作業に勤しんでいました。東北にはDD16の配置はないものと思っていましたので、入換風景とは言いながらも思わぬ収穫でした。

【1980.3.11 弘前】(電車運転士)


●次の目的地 弘南鉄道

●移動行程   青森ステーションホテル3連泊→弘南鉄道

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2013年1月12日 (土)

復活コンビ

タイトルにするほどオーバーな出来事でもありませんけど。


美濃太田区に在籍する2両のキハ48国鉄色ツートン車は、ここしばらく各々が東海色車とコンビを組んでバラ売りされていましたが、昨年12月20日頃にようやく本来?の組み合わせに戻されました。それまでの間およそ5ヶ月、たとえバラ売り編成でも条件さえ整えば撮影に出かけていましたが、ツートン色が1両しか混じっていない編成の写真はどこか物足りません。被写体がキハ40ならまだしも、やはりキハ48なら2両ともツートン色で揃えられた編成のほうがはるかに見栄えが良いことは明らかです。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

久しぶりにツートンコンビの編成を写してみて、あらためて正調編成であることの重要さを認識しました。この日は早朝からウォーキングを兼ねて、うぬまの森にてひと仕事。空の様子はそれほど良くなかったので、もとから曇り空を覚悟していたところに少しモヤが出てしまい、クリアな画像が得られませんでした。とりあえず撮れたから、まあいいでしょ。列車は4706D。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

朝日を受けて4両編成の4706Dが岐阜を目指します。撮影日は今年の元旦、つまりこの朝日は初日の出となるのですが、説明してもわかりませんね(^^ゞ。よろしければExifデータをお渡ししますか?



「はなぶさ」に集まる仲間たち

好天に恵まれた休日の朝、成田山裏手の北側駐車場付近から3707Dを撮影したときは、空気も澄んでいるおかげで雪化粧の山を遠く望めました。ところでこの山の名前は何でしょう?方角的には奥揖斐地方のようですが。


撮影ターゲットに考えている方、コンビ解消されないうちにぜひどうぞ。でもそろそろ、イヤ~な予感。(出札掛)


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2013年1月 9日 (水)

1985年初春 紀勢本線のセメント貨物

あけましておめでとうございます。


もう松も明けて少々遅くなりましたが、2013年の初投稿させて頂きます。

寒さに負けて休日もあまり撮影に出ておりませんので、最近スキャンした1985年初春のものの中からアップいたします。


駅長様からも全く撮った記憶にないというものがアップされましたが、かく云う私もスキャンしている中にはそのようなものが多々あります。この頃はまだ団体臨時列車が多数走っており、特に紀勢本線~参宮線には年初から3月頃まで、各地から伊勢神宮への初詣客のための列車が頻繁に走っておりました。


そんなわけで、まず2月6日の本命。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

初入線となるSET9826レ  徳和・多気


このあと、客車のローカル列車を待っているときに来たのが

「はなぶさ」に集まる仲間たち

両端をヨに挟まれたホキ7両のセメント専用貨物。撮影メモにも列車番号すら書いていないので、全く知らずに撮ったものと思われます。


さらに3月7日、亀山・下庄間にでかけてます。本命は南シナの81系和式でした。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

DD51 1132(亀)牽引8826レ


その前に来たのが2月6日に上りを撮ったセメント専用貨物の下りと思われる列車です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

DD51 782(亀)


この日はさらにこんなものも来ました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

これも列車番号はわかっていませんので、予期せず来たものと思われます。


工臨はともかく、セメント専用貨物は定期的に走っていたものでしょうが、走行区間も列車番号もわかりません。(この頃はまだ天鉄局でダイヤの入手ができなかったものと思われます。)どなたかご存知の方、ご教授願います。


3月のダイヤ改正で、鵜殿までのコンテナ貨物(全く撮っておりませんが)が廃止されそうなので、たまたまスキャンした紀勢本線の貨物をアップしてみました。(検査掛)



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2013年1月 7日 (月)

201.ラストラン??「日本海」+雪鉄 2013/1/6

 メンバーの皆様は今年はどのような正月をお過ごしになられたのでしょうか? 駅長様は京阪3000系で今年の撮り初めを終わられたようですが、自分的には今年の正月は昼間から酒を飲んでも叱られないのをいいことにお屠蘇にどっぷりと浸かって、結局、鉄活動は行わずじまい、家族に言わせれば何とも平和な正月だったようです。とは言うもののいつまでもこんなストレスのたまる状態が続くわけもなく、5日(土)か6日(日)のどちらかで撮り初めをしようと密かに画策していました。天気は5日の方がよさそうだったので、行くなら5日かなぁと思っていたところ、直前になって5日は家族運用が舞い込み×、選択肢としては6日のみとなってしまいました。ところが、名古屋近辺では撮りたい列車もなく、どうしようか悩んでいたところ、各方面で「日本海」は今回の年末年始限りの運転で以降は設定がなくなるとの情報が飛び交っていました。もし、これが本当だとしたら上りの「日本海」は5日の青森発が最期となるので、今更とは思いながらも衝動的に福井方面に向かって車を走らせました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち
 天気がよくないとなったらどこで撮っても同じということで、せっかくなら積雪の期待できる南今庄付近に目的地を決めました。積雪はそれなりにあって条件としてはまあまあでしたが、細雪が降りしきる状況でした。目撃情報によるとほぼ定時での運転、現地通過は7時50分ちょっと前でしたが、その頃になると雪の降り方が一段と強まり、露出も上がらず、条件的には非常に厳しかったです。唯一の救いはHMが着雪で1円玉とならずに何とか文字が判別できたことでしょうか…。

【2013.1.6 南今庄~今庄】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち
 「日本海」の続行でやって来た「サンダーバード」です。電車特急となると高速でかっ飛んで行くため、雪煙が思い切り舞い上がり、顔しか見えません。

【2013.1.6 南今庄~今庄】(電車運転士)


 この後は敦賀での機関車交換の時間を利用して「日本海」を追っ掛け、後続の「トワイライトEXP」を撮り、湖西線か新疋田のループあたりで時間を潰すのが定番ですが、今シーズン初めての本格的な積雪を見たこともあって無性に雪鉄がやりたくなり、「日本海」の追っ掛けは捨ててクルマを逆方向に走らせていました。気象庁HPのアメダスの積雪深を確認したところ大野付近の積雪は30cmとなっていたため、目的地はえちぜん鉄道としました。写真はアップしてませんが、マスコットのテキ6は勝山の構内で屋根付きの場所が確保されており、大切に保存されていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 予想どおり、日陰の部分は雪が解けずに残っており、クリスマスツリー状態も維持されていたため、とりあえず定番アングルで1枚押さえておきました。

【2013.1.6 発坂~比島】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 さすがに日当たりのいいところは木々の雪は解けてしまっており、イマイチ中途半端な感じでした。えちぜん鉄道はほぼ終日30分間隔の運転で、空き時間が少なく、効率よく撮影ができます。

【2013.1.6 小舟渡~保田】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 えちぜん鉄道の車両は白基調のため、雪原だと風景に同化してしまうため、バックが黒っぽいところで狙う必要があります。ポイント選びには思ったよりも苦労がともないましたが、普段は何の変哲もない風景も雪景色となると新鮮に見えました。

【2013.1.6 発坂~比島】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 発坂にはポイント部分にスノーシェッドがあり、雪国らしいアクセントとなっていました。何とかうまくまとめたかったのですが、残念ながら思ったより引きがなく窮屈なアングルとなってしまいました。

【2013.1.6 発坂】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 おそらく、えちぜん鉄道では最も乗降の少ない部類に入るだろうと思われる比島です。案の定、期待した乗降はありませんでした。京福電鉄時代とは車両が変わり、待合室も白く塗られるなど変化はありましたが、全体的な雰囲気は変わっていないように思いました。

【2013.1.6 比島】(電車運転士)


 このままえちぜん鉄道に留まることも考えましたが、同じような写真ばかりになりそうだったので、どこかいいところはないものかと時刻表を見るとロケーションのいい越美北線の越前大野から奥で1往復撮れそうだということが判明しました。それじゃあせっかくだからということで、迷わず車を九頭竜湖方面へ走らせます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 九頭竜湖行の下りは国道からの定番アングルで待ちました。車両的にはレールバスもどきのキハ120オンリーなので、面白味はまったくありませんが、ロケーションが補ってくれます。できればタラコ色のキハ120に来てほしかったのですが、やって来たのは開業50周年を記念したラッピング車でした。

【2013.1.6 柿ヶ島~勝原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 返しの九頭竜湖からの上りはトンネル飛び出しポイントで狙ってみました。もう少し木々の着雪が残ってくれていればよかったのですが、思いつきで立ち寄ったこともあり、贅沢は言えません。

【2013.1.6 柿ヶ島~勝原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 このポイントはほんの少し徒歩移動するだけで柿ヶ島を挟んだ反対方向も撮ることができました。先程の山深い風景とは対照的に長閑な平野が広がり、同じ列車でまったく違う雰囲気を撮ることができるおいしいポイントでした。柿ヶ島停車中にいきなり雲の切れ間から太陽が顔を出したようで、幸運が味方してくれたと思いきや、陽が当たったのはトラス部分の左のワンスパンまでで、ギリギリ許容範囲といったところでしょうか。

【2013.1.6 下唯野~柿ヶ島】(電車運転士)


 ここまで来てしまうと帰りは九頭竜湖→油坂峠経由で美濃白鳥へ出て、長良川鉄道沿いに行くのが近道になります。油坂峠は路面にも雪が残っているだろうとそれなりの覚悟は決めていましたが、幸いにも取り越し苦労に終わり、スムースに峠を越えることができました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 美濃白鳥へ降りて来た時にはバックの雪山が夕陽に赤く染まっていい感じになっていたので、長良川鉄道にも寄り道してみました。時間的に上りの美濃白鳥の発車が遅かったため、タイミングがずれてしまい、イメージどおりの写真にはなりませんでした。

【2013.1.6 郡上大和~万場】(電車運転士)


 結局、この日は名古屋→今庄→勝山→九頭竜湖→白鳥→名古屋という周遊ルートとなり、随分遠回りしたように思いましたが、距離的・時間的にも単純な福井往復とそんなに差はありませんでした。今まで想定していなかったルートですが、今後はこのパターンもありかなということを感じました。

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【アーカイブス】昭和55年の写真から

 年末からお正月というのは、休みが続いて、一見、時間がたっぷりあるように思うのだが、何か雑用ができたり、あるいは飲んでいたりして、休みが終わってみると、さて何をしていたんだろう、と思ってしまうことが少なくない。今年の正月休みも、結局、鉄活動をしたのは大阪に行った1日だけであった。しかし、自宅に居る時はTVを見ながら意識的にフィルムのスキャンをしていたので、それだけはかなりの数を処理することができた。

 もっともそれらの出来は、というと余り良くなく、少々滅入ってしまった。撮り方がパターン化してきているうえ、この頃からワインダーを使い始めたためか、同じようなカットが多く、久しぶりに見直していても面白みが少ないのである。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、ならよいが、数打っても当たらず、無駄玉ばかりなのはなんとも歯がゆい。じゃあ、現在はどうなのだ、といわれると、あまり当時と変わっていないようにも思えるが・・・。


 今、スキャンしているのは昭和55年に撮影したポジである。その中にいくつか、撮影対象について記憶が定かでないものがあった。それらについて、ご存じの方があれば、ぜひ、お教えいただければ、と思う。


 まずは名古屋駅で撮影したクモハ40 050。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 スカイブルーの国電というと大糸線が思い浮かぶ。ただ、大垣に居た垂井線用の区間運転用のクモハ40もこの色だったように思う。そうするとこの写真は大垣の車輌の工場出場だったのだろうか?


 続いて、高山線のひだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ヘッドマークのまわりにモールが取り付けられている。ということは、何かのイベントに使用されたのかと思うのだが、これも思い出せない。

 ちなみに、撮影は昭和55年11月3日である。


 この年には東京でこんな写真も撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こんな頃でも、東急の本線で単行の荷物電車が動いていたようだ。

 この時は、奥沢でこんな写真も撮っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 検車庫の中に入って撮影している、ということは、東急に詳しい方に案内してもらい、単行の荷物電車もダイヤを教えてもらって狙って撮影したのだろう。

 この荷物電車の記憶は全くなく、スキャンして初めて撮影していたことを思い出した。今となっては珍しい写真のようにも思うが、当時の関東の鉄道ファンは結構、狙って撮った被写体なのだろうか?(駅長)

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2013年1月 5日 (土)

新春初撮り-リベンジ京阪

 正月休みとそれに続く土日休み、いかがお過ごしでしょうか?


 さて、正月早々、大変あせってしまいました。撮影したカメラの画像がパソコンに送れないのです。ブラウザソフトにも画像が出ない。ただ、ファイルソフトで見る限り、データはある。理由を考えると、どうも年末にサービスセンターでやってもらった、カメラのファームウェアのアップデートが原因らしい。

 そこで今日、電話で確認すると、どうやらカメラから取り込むためのパソコンのソフトと現像ソフトがアップデートしていないのが理由とのこと。そこでソフトをダウンロードし、パソコンにインストールしてようやく無事にコピーできるようになりました。てっきりカメラの故障かと思い、カメラをサービスセンターに持っていく準備までしてしまいました。カメラのファームウェアをアップデートしたら、こういうことがおこるということを、ちゃんと説明しなよ>C社サービスセンター

それとも、そんなこと常識??


 閑話休題、せっかくの正月休みなので、どこかに行きたい。しかし、近くで撮りたいものがない、と言っていては休み中、どこにもいけないので、頑張って大阪まで京阪旧3000系を撮りに行ってきました。11月の「洛楽」運転時にロケハン不足でうまく撮影できず、失敗したリベンジです。まあ、今時、頑張って撮りたいものというと、これくらいしかないかな?


 最初の目的地は出札掛さんも撮影された西三荘。光線の良い時間帯にここまで行こうと思うと、18切符ではチト苦しい。そこでやむをえず新幹線。もちろん、早得切符ですけどね。

 まずは、関目で淀屋橋行きを撮影。夏は10時過ぎでも陽が顔に当たらなかった記憶があるけれど、さすが冬の光線。すでに顔に陽は当たってます。それは良いけれど、建物の影がいかにもうるさい。まあ、これでも少ない駅を選んだのですが・・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 今回は、こうしたこともあろうかと、APS-Cのカメラをメインにしました。よってレンズは300mm相当です。

 続いて普通に乗って西三荘へ。さすがに前回よりも同業者の数は少ないけれど、それでも10人ちかく居ます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 適当に割り込ませてもらって撮影。この立ち位置も300mm必須です。できればもう少し長い方が良いけれど、そんなレンズは普段使わないから、持っていない。残念。ちなみにこの場所、お顔に陽が当たるのは11時頃まで。反面、建物の影は余り入らないので、早めの列車でも大丈夫かな。


 撮影後、地元ファンの方と話して撮影地をたずねます。

 複々線区間だと、野江、関目、午後からは森小路、土居あたりが狙い目、大和田は、ネタ列車の走る時には駅のシャッターが空くと同時に入らないと場所が確保できないとか。(T_T)

 一方、中書島から京都方面は、ろくな場所がない。中書島と淀の踏切は、立ち位置2~3人程度、などなど。結論から言えば、複々線区間の駅撮り以外にはほとんど撮影地はなさそうです。

 ちなみに、3000系のラストランはまだ発表されていないけれど、早ければ年度末、遅くても5月のダイヤ改正までとの噂。5月まで伸びると、走行距離調整のため、走行日が限定されるのでは、とのことでした。ご参考まで。


 さて、出町柳からの列車をどこで狙うと良い、とたずねると、カーブを曲がってくる列車が狙えるこの駅の淀屋橋行きホームはどう、とのこと。曇りか午後遅く限定の場所ですが、この頃から雪雲が次々とやってきて、天気も曇り気味。そこで、不謹慎ながら、曇る方にかけてここで狙います。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 予定通り、太陽が雲に隠れてくれて、ここではGOOD!(ここで、曇ればいい、などというから後で痛い目にあうことになるのだけれど)


 続いて大激戦地の大和田に。覚悟していったものの、同業者は5人ほどで意外とまったり。今日は余裕を持って撮れました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ここも曇り。ただ、晴れるとマンションの影が入ります。加えて、陽が正面に当たるのは11時半くらいまで。となると、やはり曇ってGOODだったのかな?


 一旦、昼食のため、京橋まで戻り、次は複々線区間を京都方面行きのホームで撮影しようとするも、午後2時前はまだ、陽は線路の南で、北側の側面にはあたらないのですね。京都方面のホームから撮影して、サイドに陽が当たるのは午後3時頃から。その頃になると、今度は建物の影が伸びてくる、ということでこれも今の時期は条件が厳しそう。一見、簡単な撮影に見えても大変です。

 ということで、定番の野江に。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 大阪近辺は晴れていたので、今度は晴れのカットが撮れるかと期待していたら、見事にゲリラ雲にやられて、今度は撃沈でした(>_<)。やはり、西三荘で曇れなどと祈ったむくいかな。(^_^;)


 最後は京都方で撮影しようと思っていたので、京橋に戻って特急に乗車。

 3000系は乗っている特急の1本後で追ってくるので、駄目元で樟葉で普通に乗換え、駅からすぐの踏切で撮影できる橋本で下車。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 皮肉なもので、こういう時になると、ちゃんと晴れてくれる。貫通扉に踏切が反射して写ったのは想定外だったけれど、ついでに撮ったとしてはまずまず?


 さて、最後の狙いは八幡市の三川合流地点。以前、昭和53年に撮影した3000系の写真をご覧にいれたことがあったけれど、それ以来、実に34年ぶりの訪問です。

 ここに行くことにしたのは、西三荘で話をした地元ファンの方から、観光案内所で無料のレンタサイクルを借りられるという話を聞いたため。少々、距離がある撮影ポイントも、自転車なら楽そう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さすが34年の歳月で風景は大きく変わり、京滋バイパスが如何にもうるさいけれど、きれいなカーブなので、贅沢はいっておられない。ここでも雪雲にやられて、電車通過後30秒後に陽が差してきたけれど、まあ、撮影時点で薄日が照っていたので、ギリギリ及第点かな?ちなみに、この踏切は定員1名。


 この日は、夜、京都の友人と一杯やる約束をしていたので、最後に京都まで3000系の乗り納め?をすることにします。まずは、石清水八幡宮にお参りして、普通列車で樟葉に戻ります。いつものパターンながら、こういう時に限って、夕日が綺麗。こうしたチャンスにシルエットで撮れないことに、またフラストレーションが募ります。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 結局、出町柳まで乗車。出町柳では旧色の2000系と並んだので、GOODな写真を撮れました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、3000系のラストランまであと数ヶ月。撮影地は極めて限られるので、今後、ますます同業者がヒートアップしてくることは間違いなく、行けば不愉快な目に遭うことになるだろうから、どうするか。

 まあ、一応、今回、最低限のカットだけは押さえたので、とりあえずの未練はないけれど、状況によってはもう1度くらい出撃をすることになるのかなぁ。悩ましいところです。(駅長)

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2013年1月 1日 (火)

【アーカイブス】昭和55年の初詣列車

 正月ネタということで、出札掛さんから飯田線の初詣列車の写真が紹介されているが、やはりお正月となると、こうした列車が撮影対象となる。昨今は、一時期に比べて初詣列車の設定が減り、また運転されたとしてもマーク等の掲出がされなくなって寂しくなったが、かつてはこうした臨時列車にはさまざまなマークを掲出してアピールに努めていた。

 昭和55年のお正月、いやその前日の大晦日から、こうした列車を求めて徹夜!で撮影に出向いている。まだ、元気だった頃の撮影行をご紹介しよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは豊川行きの「迎春いなり」号。いまでは正月の豊川行き特急自体が無くなってしまったが、当時は「いなり」号として、正月ダイヤ中、時間あたり2本が運転されていた。この「迎春いなり」は豊川稲荷にお籠もりで参拝する人のために運転された列車で、夜遅く発車し、早朝に戻ってきた。確か、2本ほど運転された記憶がある。


 その後、近鉄特急に乗って大阪に向かっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この頃、近鉄でも名称列車がいくつも運転されていた。せっかくだから、なかなか撮れないものを、とおもって撮りに行ったのが、御所行きの「葛城初日号」。確か、早朝の5時頃に御所に着いたと記憶する。初日号だから、もちろん早朝の運転のみ。さすがにこんな列車を撮っている好き者はいなかった。(^_^;)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、国鉄の御所に出て、桜井線の三輪明神行きの初詣列車「三輪号」を撮影している。その後、和歌山線に乗って和歌山市に向かった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 次に訪れたのは、和歌山港線の終点、水軒である。ここは1日に2往復しか電車がないという超ローカル線で、なかなか乗るのが大変であった。そこで、近鉄の終夜運転の機会をとらえて、乗車と撮影に来た、というわけ。多分、初詣列車の撮影よりも、この水軒に来ることが一番の目的であったと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その後、南海線で住吉に向かう。途中で特急「四国」を撮影。3000系の最後の頃である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 そして、もうひとつの目的地、南海(まだ阪堺電鉄ではない)阪堺線の住吉大社の正月輸送である。いまでもそうであるが、正月にはありったけの車輌を出して、初詣客を輸送した。当時は、雲の塗装の全盛期なので、何色もの雲塗装車が写っている。手前の253は元京都市電で、この正月がデビュー直後であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 最後は、天王寺に出て、近鉄南大阪線の「開運号」を撮影しながら、橿原神宮経由で名古屋に戻った。

 このお正月、南大阪線では、復活なったラビットカー塗装車に、この「開運号」のマークをつけて運転するという。(駅長)



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200.Happy New Year 2013/1/1

 ブログメンバーの皆様、いつもブログをご覧いただいている皆様、あけましておめでとうございます。2013年はどのような年になるのか、まだ想像もできませんが、誰もがポジティブになれて、少しでも多くの幸せを感じることができるような年になればいいなと思っています。本年もよろしくお願いいたします。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 今回のアップで自身のブログの通しナンバーがちょうど200となりました。偶然とはいえ、2013年の始まりが切りのいい数字となったのは新年早々縁起がいいと感じました。いいことがいっぱいあるような年にしたいです。初日の出ではないですが、朝日を受けて走るA社の2000系です。今回はマイナー路線にしてみました。

【北野桝塚~三河上郷】(電車運転士)

 

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あけましておめでとうございます


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 画像は、ミュンヘンからチューリヒへ向かうEC196の車内から見た朝日です。遠くに見える山並みはガルミッシュ・パルテンキルヘンあたりのはず。(駅長)

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平成25年 謹賀新年

ブログメンバーの皆様、およびブログをご覧の皆様、あけましておめでとうございます。


震災復興、原発問題、雇用と景気対策、社会保障、外交等さまざまな難題を抱えるなか、自民党が政権を奪い返して新しい年を迎えました。

経験豊富な政党に今度こそ我が国の将来を委ねて大丈夫なのか、それとも「やっぱりね・・・」という結末になるのか。問題解決や成長してゆくために打ち出される政策には、場合によって国民の負担を強いられることも覚悟しなければいけないのでしょうが、今年こそ少しでも良い方向に導いていただきたいものです。

某政治家は、今年は暇な時間を持て余して鉄活動が活発になる予感?


次の画像は1987年1月に豊橋駅で撮影したものです。飯田線の車両にしめ縄が飾られていましたが、この年のみ?だったのかもしれません。駅撮り画像で恐縮ですが、正月の挨拶代わりにどうぞ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日は何が目的で豊橋まで出かけたのか、あまり記憶がありませんが、おそらく名鉄初詣きっぷ消化の旅(←“消化”というところがポイント)に出かけた際にたまたま見かけ、珍しさにシャッターを切ったのでしょう。


本年もご指導のほど、お願い申し上げます。(出札掛)

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