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2012年11月

2012年11月30日 (金)

2012年、秋  終章

秋も深まる11月三連休の最終日25日(日)、紅葉と雪山のコラボレーションに再び巡り合うことができました。


既に冬の装いとなった御岳と乗鞍を遠くに眺めながら、鮮やかに色付いた紅葉の山すそをツートン色車が走っていくところを撮りたくて、うぬまの森を目指しました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

うぬまの森に登る前にウォーミングアップ。自分が運用予測したツートン色車が予定通り入っているのかを確認することも兼ねて、手始めに坂祝の日本ライン景勝地で岐阜行を撮影しました。よく見ると列車の背後の辺りだけ木々が伐採されており、少し残念。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

昨年あたりから木の枝の成長が気になり、線路が見通せなくなるのではないかと案じられましたが、まだ大丈夫のようです。ただ、以前よりも木曽川が見えにくくなってきたように思えますが、逆手にとれば国道や建造物を若干隠すことが出来るので、痛しかゆしでしょうか。

ところで2両のキハ48ツートン車は未だにユニットを組まずにバラ売りをしています。こうして見るとやはりツートンは2両揃いのほうが見栄え良いのですが、せめて1両のみであっても岐阜方が先頭に出たときに目標のカットを押さえておかないと、同じシチュエーションに二度と巡り合えずに後悔することになります。「撮れるときに撮る」ように心がけましょう。

この列車、実は後追いですが、時と場合によっては、そんなことを気にしていたら何もできません、よね?



「はなぶさ」に集まる仲間たち

一つの目的を達成した後は、御岳バックが撮れる名鉄広見線西可児に移り、ここでも紅葉とのコラボを楽しむことができました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


善師野駅付近での彩り。やはり今年の紅葉は鮮やかでしょうか。

以上は2012/11/25撮影。


話は前後して24日(土)、鉄活動が今後も円滑に行えるように、たまには同居人を接待しておこうと(つまりご機嫌取りですね)行楽に出かけました。目的地は、やはり紅葉が美しい明治村。皆様ご存じのとおり、蒸気と京都市電が2年ぶりに復活を遂げましたが、けっしてこれを見に行くのが目的ではありませんので念のため(→たぶん誰も信じない)。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


機関車を見た同伴者の「何かカンバン付いてるよ」の一言で、鉄チャン根性に火が点いてしまいました。

ここ“東京駅”では機回しの様子を撮ろうと大勢の観光客がカメラを向けていました。人気の高さがうかがえます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


復活の秋。敷き詰められた落ち葉の上を“名古屋駅”に向けてゆっくりと進んできました。


さて、いよいよ枯葉が舞い散る季節を迎えました。予報によると今年の寒さは厳しいようなので、昨年達成できなかった「雪景色を走るツートン色車を撮る」を再び今冬の目標に掲げましたが、今度こそ期待できるかも・・・。(出札掛)


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2012年11月29日 (木)

【アーカイブス】35年前の三岐鉄道貨物

 先に近江鉄道のED14が牽引する貨物の写真をお見せしたが、そのコメントを拝見すると、この頃、多くの方が私鉄の貨物に関心がなかったりして、あまり撮影していないことがわかった。反面、近年は撮影したくなる対象が減ってしまったことから私鉄の貨物にも関心が高まり、特に重連運転の貨物が運転される三岐鉄道の貨物が絶好の被写体になっている。


 三岐鉄道の貨物については、昭和52年の10月に撮影に行っている。今から35年前である。その頃の三岐鉄道の貨物はどんな状態だったのだろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは伊勢治田と丹生川の間の鉄橋だろうか。こうしたカットを撮っているところをみると、結構頑張って、朝から撮影に行っているようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、順光側に場所を移して撮影している。この鉄橋、今撮影しても、同じような写真が撮れるのではないだろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて富田行きの貨物。当時は単機での牽引もあったようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時、カラーで撮影したのは4カットだけで、最後の1カットは三里と丹生川間のお立ち台の陸橋である。

 この場所は、今、こんな感じ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 線路脇に道路ができたのと、若干、家が増えたものの、イメージは大きくは変わっていない。

 

 機関車の前照灯も改造されいるので、さすがに35年前の写真を最近の撮影とはいえないものの、沿線風景はさほど当時から変化していないように思える。もちろん、アングル次第ではあるけれど・・・。

 こうやって見ると、三岐鉄道の貨物は、鉄道が輝いていた時代そのまま、といっても過言ではないようだ。今、人気を集めるのも、当然かと思う。(駅長)



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2012年11月27日 (火)

【アーカイブス】続・近江鉄道のED14

 先の3連休は、出撃したいところはあったが目的地の天気予報が芳しくなく、また、天候に恵まれた日曜には用があって、結局、2日にわたり自宅に居て、スキャンをする羽目になった。今回、スキャンしたのは昭和52~54年に撮影した近江鉄道の貨物列車である。

 すでにここで何度も書いているように、この頃、仕事の関係で多賀線に至近の場所に住んでいたことから、近江鉄道の貨物を撮影する機会があった。その一部は以前お目にかけているが、今回、スキャンした中からいくつかをご覧にいれたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 以前にもご覧にいれたが、多賀駅から多賀大社の裏を通り、多賀中学校の横を抜けて住友セメントの石灰石原石の積み込み場まで、1km強の専用線が伸びていた。この専用線は築堤となっており、丘の上にあった多賀中学校への通学路から俯瞰で撮影できたので、好んで何度も撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 中学校への通学路には桜が植えられており、まだこの頃は木が若かったが、それでも花が咲く春には良い構図が得られた。


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 これが貨物の出発点である原石の積み込み場。これは出発線で、実際の積み込み場はもう少し奥にあったと思うが、あまり記憶がない。貨物は1~2時間に1本くらいの運転であったが、時にはED14の並びも見ることができた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは原石積み込み場から築堤を降りてくるところ。多賀大社の裏のあたりである。現在、この築堤は無くなり、道路となっている。この築堤上を走るED14の写真は、ほとんど見たことがない。旅客列車が走っていないので、行きづらかったためだろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 多賀駅で専用線が分岐するあたり。多賀駅は右側にある。専用線の上を名神が跨ぎ越している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 多賀駅を出ると、平坦線となる。多賀から少し高宮寄りには、踏切脇に1本の桜の木があり、ここも春には好んで撮影した。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 高宮と彦根口の間の国道8号のアンダークロスの先では、伊吹山をバックに撮影できた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 一方、多賀駅の高宮寄りには麒麟麦酒の工場があり、ED14はその製品輸送にも活躍した。貨車はワム8000で、最大20両を牽引し、実に見応えがあった。

 なお、元東武のED4000は、この輸送用に購入したと書かれることが多いが、少なくともこの時期に貨物を牽いているのを見たことはなく、もっぱら彦根の入れ換え用であった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 線路から少し南側にアパートがあり、ここからの俯瞰も何度か狙っている。四季それぞれに記録しているが、雪原を走る時が一番絵になったように思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ビール列車は、撮影可能時間帯には、昼頃と夕方に運行されていた。多賀まではED14が牽引し、多賀からの専用線は非電化のため、DLが牽引している。夕方の列車を狙うことはあまり無かったが、このような印象的な写真が撮れるなら、もう少しまじめに撮影すれば良かったと思う。(駅長)

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2012年11月26日 (月)

【アーカイブス】岡多線にゴハチが走った日

 岡多線といっても、もう四半世紀前に線名が無くなっているので、どこの路線かわからない方もおられるかもしれない。現在の愛知環状鉄道である。自動車輸送を目的として昭和45年に岡崎から北野桝塚まで開業し、昭和51年4月26日に新豊田まで延伸、同時に旅客営業を開始した。昭和63年1月31日、高蔵寺までの開業にあわせて愛知環状鉄道に移管されている。

 この岡多線が鉄道ファンに記憶を留めることになったのは、昭和54年5月27日のお召し列車の運転であろう。藤岡町で開催された植樹祭に向かう天皇を乗せて、宿泊地の三河三谷(蒲郡だったかも)から新豊田まで運転された。EF5861の牽く1号編成が岡多線を走ったのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この時には、お召し列車の歴史に残る運転が行われている。なんと、お召し列車が退行したのである。

 戦前に天皇が神格化されていた時代、お召し列車は如何なる理由があろうと、退行することが許されなかったという。戦後はそんなことはなかろうが、それでもイメージ上、退行することは好ましいことではないだろう。では、この時、なぜ退行したのか。

 当時、新豊田駅は分岐線のない、行き止まり式の終着駅であった。このため、駅に到着しても、機関車の機まわしはできない。こうしたことから新豊田駅に到着したお召し列車は、そのままポイントのある(ということは閉塞の境である)北野桝塚駅まで退行を余儀なくされたのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この後、北野桝塚から岡崎まで、今では伝説ともなっている運行が行われている。お召し機EF5861と同時に製造されたEF5860とのプッシュプル運転である。 

 EF5860は、いつでも61号機の代役ができるよう、同一の外観で製造されたが、浜松区に配置されたこともあって、新製直後はともかく、その後は実際にお召しを牽引したり、その予備機になったことはあまりなかったはずだ。しかし、この時には晴れてお召し予備機になり、万一に備えた。そして、北野桝塚から岡崎まで、回送ではありながら、お召し列車の先頭に立ったのである。


 このお召しの写真は以前、ご覧にいれたことがあり、再掲である。再掲の目的は、この写真をお見せするため。お召し列車の運転に際し、その前に行われる訓練運転の写真である。

 訓練運転では、さすがに61号機やお召し編成を使うわけにはいかないので、同じくらいの重量の編成となるよう、客車を寄せ集めて運転した。この時、何日くらい訓練運転が行われたかわからないが、5月のある1日、それを撮影に行っている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは永覚と三河上郷の間くらいであろうか。(違っていたら教えてください)

ゴハチが牽引するグリーン車2両と寝台車1両が入った7両編成は、結構魅力的である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは、多分新豊田からの戻り列車で、推進運転中のものだろう。場所は、上の写真の少し北側であろうか。

 こんな列車が毎日走っていたのだから、今にして思えば、もう1日くらい撮りにきていれば良かったのだろうが、残念ながら、撮影はこの1日だけであった。ただ、平日のためか、まわりに同業者はおらず、ゆっくり撮影した記憶がある。昨今の状況からは信じがたいが、訓練運転はイレギュラーのため、あまり関心を呼ばなかったのかもしれない。(だから、良いとの話もあろうが・・・)


 以上、岡多線を走ったゴハチの記録であるが、意外にももっと貴重なのは、こうした写真かもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じ場所での撮影であるが、意外に岡多線の113系なんて、撮影している人は少ないのではないか。

 もっといえば、北野桝塚からの自動車輸送の貨物があれば誇れるのだろうけれど、さすがにそんなのは撮っていない。(駅長)




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2012年11月25日 (日)

194.街中紅葉鉄2012 2012/11/24

 11月後半の3連休、23日以外は天候にも恵まれ、今シーズン最後の紅葉鉄をお楽しみの方も多いのではないでしょうか。かと言う自分は3日間とも家族運用に縛られて自由が利かず、好天を横目にスキャンとブログ書き込みというストレスのたまる毎日でした。そんな中、24日の昼間、ちょっとだけという約束で自由な時間がもらえましたので、金山の公園の街路樹が紅葉しているだろうとの思惑から、昨シーズン撮りそびれた都市センターの11階に昇ってみました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 予想どおり、公園の街路樹はちょうど紅葉のピークを迎えていました。手前の桜は赤く、奥の落葉樹はカラフルに紅葉しており、街中にしてはボリューム感のある紅葉でした。3088列車が通過中に2000系が金山に進入して来ました。

【2012.11.24 金山~山王】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ここは名鉄・東海道本線・中央本線と3本の路線が並行し、列車は次から次へとやって来て、飽きることがありません。調子に乗ってバシャバシャ撮っているとデジカメのメディアの消費量が予想以上に多く、予備を持って行った方が得策かと思います。東海道本線をEF210の長大貨物列車が走って行きます。東海道本線はアングルとビームの位置関係から望遠で引っ張ってみました。

【2012.11.24 金山~尾頭橋】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 展望室の反対側は中央本線が何とか撮ることができます。春日井からの2087列車が金山手前のカーブを曲がってきます。8両が限度なので、編成の長い貨物列車は後部が切れてしまいますが、おまけの感じで撮ったということで割り切りました。

【2012.11.24 金山~鶴舞】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 昨シーズン、81列車と5875列車は跨線橋の上から撮りましたので、今回はそのまま居座ることにしました。81列車は土曜日なのになぜか運休、こうなると後続の5875列車も運休かと不安がよぎりましたが、国鉄色先頭でやって来ました。こんなことなら下で撮ればよかったかなと少し気持ちがぐらついてしまいました。

【2012.11.24 名古屋~金山】(電車運転士)

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2012年11月24日 (土)

1979年 中央西線の秋

皆さん、この秋も活発に鉄活動されているようですが、私はというと、10月のお祭り以降、泣かず飛ばずという状態に陥っております。そんなわけで、新作もありませんので、再び1979年撮影の中から、最近出札掛様、電車運転士様がアップされた、中央西線を取り上げてみたいと思います。


この頃は、80系が終焉を迎えつつあり、頻繁に訪れていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

奈良井・木曽平沢  832M  1979年10月26日

蒸機時代の名撮影地、奈良井川の鉄橋を渡る80系です。木曽平沢は標高900mちょっとですが、奥の紅葉している山は2000m級でしょうか。

この頃は、カラーはまだネガで撮っており、空の色に褪色が見られます。


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奈良井・木曽平沢  1012M  1979年10月26日

「しなの」も撮っていますが、来たからシャッターを押したというだけです。

実はこの日の本命は、↓です。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

奈良井・木曽平沢  回8829M  1979年10月26日
当時神領区所属の165系と80系の定期検査は長野工場で行われており、たしかこの日が80系の最終入場だということを聞いて、ここまで来たのだと思います。


この後、隣の贄川まで移動しています。


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贄川・日出塩  2802D  1979年10月26日

有名な下枠トラス橋の贄川寄りトンネルの出口です。写真左手に旧線跡が伸びています。贄川は標高約870mで、木曽平沢より40m低いのですが、環境なのかバックの山はきれいに紅葉しています。


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贄川・日出塩  836レ  1979年10月26日

この頃の私には、全区間架線化を走る58系DC「赤倉」も、旧型客車の普通列車も脇役にすぎないので、殆ど記録にありません。私自身には貴重な記録です。(貨物列車の写真は皆無です。)


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宮ノ越・薮原  804M?  1979年10月27日

翌日もまた、ここまで来ていますが、泊まった記憶はないので、前日は一旦名古屋までもどり、改めて出掛けたと思います。電車運転士様が「しなの」を撮られた場所と思いますが、今ではおそらく手前の木々が育って、こんなに離れては撮れないのでしょう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

宮ノ越・薮原  821M  1979年11月9日

ここも蒸機時代は有名な撮影地でしたが、いまではちょっと入れませんね。早朝で、薄っすら霧が掛かっていますが、バックの紅葉は見事です。しかし、ここで撮ったのはこれ1本です。

この日は、8連の塩尻寄先頭にクハ86063が入ることを調べて上で出掛けたと思います。専ら車両主体でしたね。


80系が無くなってからは、さっぱり足が遠のいてしまいました。(検査掛)

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2012年11月23日 (金)

【アーカイブス】高山線の紅葉

 出札掛さんから、高山線や中央線の美しい紅葉の写真が掲示されている。残念ながら、今年は予定が立たず、これらの線区に出向くこともできないので、せめて自宅で秋の風情を感じてみようと、紅葉の時期に撮影した高山線の写真をスキャンしてみた。高山線は、昭和47年頃から撮影に通っているが、もっとも熱心に通ったのはキハ80系が無くなる頃であろうか。それゆえ、これら写真は平成元年前後の撮影である。まだ、つい昨日のように思っていても、もう20年以上も経つのですね。(^_^;)


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 お馴染みの飛水峡の景観。奥の紅葉に時期をあわせて出撃するため、このあたりの紅葉はもうひとつである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 焼石と下呂の間の何番目かの飛騨川鉄橋。(すっかり失念している)常緑樹が入るので、全山紅葉というわけにはいかないが、高山線の鉄橋の中では絵になった記憶がある。それにしても、国鉄色はこういう時にバランスがよい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 結構好きだったのが、飛騨小坂と渚の間である。国道41号線の対岸を走るところも良いが、俯瞰で鉄橋を見下ろすこの角度も気に入っていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 上記場所から渚側を見ると、こんな感じで全山紅葉はこのあたりが一番見事だったような記憶がある。道路がややうるさいが、たまたま自動車が1台も入っていないので、ややうるささが減じられて良かった。


 最後にあまり紅葉は綺麗ではないが、お立ち台カット。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これはネガで撮影してスキャンした写真であるけれど、ビネガーにおかされていないので、何とか見ることができる。紅葉は、少々木々が色づいている程度なので、雰囲気的にはもうひとつである。とはいえ、このあたりでは常緑樹が多いので、これが精一杯であろう。このお立ち台、最近写真を見ないけれど、もう木が伸びてしまって撮れないのだろうか。

 しかし、後ろに連結されている車両はすでになく、前の車両も製造後はや四半世紀。もう少ししたら、後継車の話が出てくる・・・のかな?(駅長)




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193.福井・えちぜん・万葉めぐり 2012/11/21・22

 11月21・22日の1泊2日、所用で福井に行く機会がありました。せっかく福井に行くからには用事だけ済ませて帰って来るのももったいないと思い、その前後の隙間時間を活用して福井鉄道・えちぜん鉄道・万葉線と軽くお気楽鉄をやってきました。これといったネタ列車があったわけではありませんが、肩のこらないまったり鉄をすることができました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 用事は昼過ぎに集合のスケジュールだったので、早めに自宅を出発して鉄時間を捻出、まずは福井鉄道を撮ろうということで、市役所前に向かいました。電車通りの街路樹が程よく紅葉していたので、秋らしい雰囲気を出すことができました。折よく200型が来ました。午前中は200型の運用は2運用ありましたが、もう1本は現在の標準色(白ベースに青と緑のライン)で残念ながらオリジナルの急行色の編成は見ることができませんでした。

【2012.11.21 市役所前】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 街路樹の紅葉が綺麗だったので、逆光側からも狙ってみました。福井鉄道の路面区間の軌道敷きはまだまだ石畳が多く残っているので、逆光で撮っても絵になってくれます。770型が車体を揺らしながら路面区間を進みます。

【2012.11.21 仁愛女子高前】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 せっかく福井に来たからにはでえちぜん鉄道にも敬意を表さないといけないと思い、田原町から三国芦原線に乗車しました。ホームで列車を待っているとビルの後ろに白山がくっきりと見えたので、構図的にはちょっと苦しいですが、とりあえずシャッターを押しておきました。愛環からの譲渡車が主力となっている中、やって来たのは元阪神の車体を載せた1101型でした。

【2012.11.21 田原町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 田んぼが開けて撮りやすそうだった下兵庫で下車、撮影ポイントを探していたところ神社の境内の木々が紅葉っぽくなっていたので、時間があまりないこともあり、ここで1本稼ぎました。

【2012.11.21 西長田~下兵庫】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 近くを流れていた川の土手に登るとススキが逆光に光っていたので、思い切ってシルエット風にしてみました。バックがあまりよくなかったので台車部分が完全に抜けませんでした。

【2012.11.21 西長田~下兵庫】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 宿は市役所前から徒歩5分ほどのところにあるホテルだったので、少し早起きすれば朝連ができました。昼間は乗客も少なく閑散とした雰囲気が漂っていましたが、さすがに朝の通勤通学時間帯になると到着電車からドッと乗客が吐き出され、活気にあふれた光景が見られました。

【2012.11.22 市役所前】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 朝のラッシュ時は車が多くてどうしてもダイヤが遅れがちになるのと市役所前でのスイッチバックが時間をロスするので、福井駅前に入る電車は本数が少なくなります。そのためか、市役所前に比べて乗降はグッと少なくなります。JRの駅は北陸新幹線の関係で立派な高架駅になり、雰囲気は大きく変わりましたが、このあたりはさほど変化していません。そういえば、福井鉄道の車両はちょっと前までは広告電車が多くて撮影のネックになっていましたが、今回見た広告電車は赤のコカ・コーラの1両だけでこんなところにも不況の影響が出ているのでしょうか…。

【2012.11.22 福井駅前】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 えちぜん鉄道の車庫・工場のある福井口も覗いてみました。福井~福井口間も北陸新幹線がらみで高架化が計画されており、近い将来、この付近の風景も一変してしまうことと思います。前段として本社屋・車庫・工場・検車区は背景に写っている建物に移転ずみでした。

【2012.11.22 福井口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 福井での用事が終了後も少し時間があったので、特急で高岡まで移動しました。最後に訪れたのはまだ加越能鉄道の時代で、万葉線になってからは初めての訪問になりました。アイトラムも初めて実車を見ることができました。

【2012.11.22 高岡駅前】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 折り返し越ノ潟行のとなったアイトラムに乗車し、しばらくその乗り心地を味わいながら中新湊まで乗車しました。船が多数係留されたポイントに立ったところ、ついさっきまでは雲の中に隠れていた立山連峰がその姿を見せてくれました。今日はダメだろうと諦めていたので、思わぬ収穫となりました。

【2012.11.22 中新湊~東新湊】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 夕焼け雲を期待してシルエットにしてみましたが、時間が少し早かったのと太陽の位置がよくなかったため、思ったほどの効果が出ませんでした。万葉線の在来車は福井鉄道と違って広告電車が多く、どうしてもアイトラム中心の撮影になってしまいます。

【2012.11.22 中新湊~東新湊】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ひととおり撮影を終えて中新湊に戻ると立山連峰の一部が夕陽に照らされて赤くなっていました。構図・露出的な条件は厳しかったですが、慌ててカメラを取り出してシャッターを押しました。一見広告電車のようですが、これが現在の在来車の標準色です。

【2012.11.22 中新湊】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 高岡市内に戻った時は陽もとっぷりと暮れてしまいましたが、帰りの時間までにはもう少し余裕があったので、ダメ元覚悟で夜間撮影をしてみました。もう少し光があればとアイトラムが浮き上がったと思いますが、ポジの時代では絶対に無理な条件なので、写っていただけでよしとしました。

【2012.11.22 本丸会館前】(電車運転士)

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冬へ向かう



「はなぶさ」に集まる仲間たち



秋色の衣装を身にまとった木々の向こうに、冬の装いをした山々が姿を現しました。








「はなぶさ」に集まる仲間たち



紅葉と雪山のコラボが、季節の移り変わりを告げてくれます。


一度くらいはこの共演シーンを写真に残しておきたい、そんなささやかな願いがかなった一日。








「はなぶさ」に集まる仲間たち



一時的に強まった冬型気圧配置が造りだす、秋から冬のグラデーション。





今年の紅葉は見応え十分のようです。








「はなぶさ」に集まる仲間たち



この場所では上り貨物列車が格好の被写体。しかし撮影したのは日曜日で当然ウヤ。降水確率0%の好天気を優先した結果なので、お楽しみはまた来年。








「はなぶさ」に集まる仲間たち



日没間際の夕日を受けて、紅葉がより真っ赤に染まるとき。





ほんの僅かな時間、周りはオレンジフィルターに覆われます。






色彩豊かな“秋色”に魅せられて、このところ毎週のようにカメラ片手に出かけていたので、モノトーンの冬が訪れたらしばらくは家の中で大人しくしていましょう。でも禁断症状が現れそうな・・・。(出札掛)





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2012年11月19日 (月)

関西遠征

 所用が重なり、2週続けて大阪に行くことになった。関西方面に行くことはあまり多くなく、2週続けていくことは極めて珍しい。費用を安くあげるため、2度とも行きは近鉄、帰りはひかり・こだま自由席早得切符である。

 最初の11日は、用事は午後遅くからであり、それまでどこに行くか迷ったが、ちょうど五位堂と高安で近鉄電車まつり開催しているとのことなので、それを見に行くことにした。

 まずは、五位堂に向かうべく、大和八木まで近鉄特急に乗車する。到着した列車を見て、乗車する号車と編成があわないことを不思議に思ったら、なんと、大和西大寺行きを連結していた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 近鉄では、このような増結編成の号車に数字ではなく、アルファベットを使う、と聞いたことがあるが、実際に見るのは初めてである。大和西大寺行きの編成はA,B号車となっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 大和西大寺行きは、降車駅の大和八木で分割されるので、外からその様子を見ることにする。かつて、京都行きの特急と難波行きの特急を併結した10連の特急が大和八木で分割していたことがあるが、現在はそうした併結特急はあるのだろうか。

 いずれにしろ、近鉄特急における営業運転中の分割をの様子を見るのは初めてで、貫通幌をしまい、前面扉を閉める様子を興味深く見ることができた。偶然か、狙ってきているのかわからないが、結構多くのギャラリーが、この分割の様子を見ていた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、肝心の近鉄電車まつりであるが、訪れた11日は雨模様にもかかわらず、来場者はかなりあり、写真を撮影するには極めて条件が悪かった。

 ということで、五位堂ではお見せできるような写真がなく、高安で来年デビューする近鉄のデラックス特急「しまかぜ」を見ることができたのが、最大の収穫であろうか。

 「しまかぜ」はさすがにデビュー前とあって、車内には入れず、外に組まれた櫓から中をのぞき見るだけであったが、垣間見る内装の豪華さは、登場後に相当大きな話題を呼ぶであろうことが伺えた。


 その翌週は泊りがけで関西を訪れた。日曜の18日午前に時間が取れたので、どこに行くか迷ったが、モ161が動くという阪堺線を訪れることにした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 阪堺線を撮るとなると、どうしても雰囲気の良い住吉大社の横で狙いたくなる。この車両が整備を受けてデビューした時にもここで狙った記憶があり、再度の撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日のモ161は、イベントの貸し切りとして運行されており、恵美須町で折り返してくる。その帰りを、通天閣を入れて撮影できる東玉出で狙うことにした。

 折良く、雲間から太陽が顔を出してくれたことは良かったが、美しい車体に白いクルマの車体が反射して、おかしな光かたをしてしまった。こういう時こそ、光っている部分をフォトショップで修正しないといけないのかもしれない。


 この日は午後から名古屋で所用があり、撮影もモ161を2箇所で撮影したのみでお終いである。時間がなかったり、天候に恵まれなかったりして、満足な鉄ちゃんはできなかったが、これだけを目的に来ることはないので、撮れただけでも良しとすべきなのだろう。あまり成果がなかったが、関西遠征のご報告である。(駅長)




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2012年11月17日 (土)

逆光歓迎

今年の紅葉はキレイですか?


高山線の紅葉前線を見つけに、11月10日、久しぶりに国道41号を北上しました。この1週間前は、丸一日家を空けて関西まで足を伸ばしてきたばかりなので、きょうは少し自粛をして午前中で切り上げるつもりで早朝に家を出ました。本心では夕方まで目一杯撮影したいところですが、家をほったらかしにして家庭不和を招かないようにするためには苦渋の決断です。せっかく夕方までピーカン天気なのに、あぁー、もったいないけどしょうがないっ!



「はなぶさ」に集まる仲間たち

山の彩り具合を見ながら焼石駅周辺まで北上しました。陽が昇るにつれて徐々に姿を現してきた紅葉に向かってPLフィルターで着色してみましょうか。鮮やかに彩られた木々が半逆光に映えます。さすがツートン色、逆光にもかかわらず良く目立ちます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

物足りない紅葉を補おうと、辛うじて赤い木の葉が残っていた桜の枝を手前に配しましたが、枯れ枝が目立ってしまいました・・・。もう少し粘れば山の影がなくなり紅葉が現れるのかもしれませんが。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

イイ感じのところだけを切り取ってみました。バックのオブジェが多少目障りですが、影がかかってあまり目立たないのでどうにか妥協。半逆光のおかげで立体感が出ます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

上の写真の30分後、下り下呂行を撮影しました。紅葉が効果的に写るのなら逆光だってなんのその。ツートン色も、逆光の悪条件でどの程度映えるのかは、写してみてのお楽しみ。相方の車両も白いので存在感はばっちりですね。バックのオブジェには完璧に陽に当たっています。気にしないでください。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

この撮影をもって、残念なことにタイムオーバーとなりました。あと1時間も粘れば車体や山に陽が当たってもっと鮮烈なシーンを見ることができたのに、仕方なく帰り支度。


木が枯れてしまう前に、またいい天気に巡り合えるといいのですが(←アナタの心がけ次第ネ!出札掛)




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2012年11月14日 (水)

極楽への旅

 極楽へ行ってきた。もちろん、名東区ではないし(これは超ローカルだなぁ)、浄土の世界でもない。行ったのはここである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 明知鉄道の極楽駅である。

 2008年12月に新設された駅で、駅名は近くにあった極楽寺という寺名に由来している。

 このような駅なので、てっきり田圃の中(ちなみにこのあたりは、農村風景日本一と称されている日本の山村風景が広がっている)にあるかと思っていたら、なんと近くにはホームセンターのバローや書店など、郊外型店舗が並んでいた。駅新設にあたっては、バローも協力しているという。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 極楽駅に行ったのは、この列車に乗るのが目的である。恵那と明知の間を結んでいる急行「大正ロマン」号で、食堂車の連結が売り物となっている。この日は団体客が多く、食堂車には95人の予約が入っているとかで、4連での運行であった。

 さすがに4連となると見栄えがする。3両目には、アケチ1形が連結されている。

 なお、乗車日には寒冷前線の通過で、恵那を発車直後に豪雨となった。このため、雨に濡れたレールで車輪が空転し、飯沼にかけての33‰の登り勾配で速度は歩くほどに低下した。明知到着後、運転士氏に聞いたところ、本当に止まる寸前との話で、ノッチを1ノッチにすると空転してしまうため、2ノッチにして、砂をまいて慎重に運転した、という。止まってしまったらどうするのかと聞いたところ、車輪に砂をかませて起動させるとのこと。33‰からの起動そのものは、飯沼駅があるので、問題はないようだ。雨で車輪が空転して止まってしまいそうになるという話は、聞くことはあっても、実際に体験したのは今回が初めてである。

 なぜか、最近になって、途中停車に縁があるようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 秋のメニューは「きのこ」。松茸ご飯や土瓶蒸し、その他、地元のキノコが盛り沢山で、食べでがある。これに明知鉄道のフリー切符がついて、5000円である。95人の乗客は記録的と聞いたが、これだけ乗ってくれれば経営的にもかなり貢献していることだろう。明知鉄道のこうした列車は、確か、冬の「寒天列車」が最初で、これが人気を集めたことから、急行「大正ロマン号」として通年運転するようになったはずである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最後に城下町岩村名物の「線路萌え」。岩村醸造には倉庫と店舗の間に線路が敷かれており、その長さは100m近いという。現在は使われていないようだが、当時の車両?の上にグラスを置いて、お酒などを試飲させるコーナーとなっている。(駅長)





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2012年11月11日 (日)

192.木曽路紅葉鉄2012 2012/11/10

 朝晩は肌寒いくらいに冷えるようになり、季節はめっきり秋らしくなってきました。紅葉も山間から少しずつ平野部に降りてきているようで、紅葉鉄のシーズンが始まりました。11月に入り、例年どおり6883列車の復活運転も始まったこともあり、久しぶりに木曽路へ足を運んでみました。昨年は11月3日に木曽路で紅葉鉄をやっていましたが、天候がイマイチで消化不良の感が強かったため、リベンジの意味もあって、結果的に昨年の行動をトレースしたものが多くなってしまいました。天気予報と睨めっこしていたところ、11月10日はバリ晴れ予報で、木曽路に行くにはこの日しかないと決めて、早朝、自宅を出発しました。紅葉は南木曽~木曽福島あたりがピークを迎えており、薮原付近は広葉樹は微妙にピークを過ぎていたもののカラマツはもう少しいけそうな雰囲気でした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは6883列車から行動開始です。いつもなら定番の武並アウトカーブということになりますが、11月にはいるとギリギリ陽が当たらないのとたまには新規開拓をという思いから瑞浪~釜戸で陽が当たるポイントを探してみました。アングル的には目新しいものではなく、バックもちょっとうるさい感じですが、朝のエロエロ光線を浴びた6883列車をゲットすることができました。先頭は広島更新色の1049号機です。最近3両のうち1両が牛乳パックになったらしく、残りは2両で国鉄色より希少価値は高いのですが、自分的には後ろの国鉄色が先頭に出てほしかったです。また、情報では77号機が国鉄色に塗り直されるようですが、元お召機ということでサイドに銀帯が入ったお召仕様になるのか注目されるところです。でも、伯備線まで行かないと撮れないんですよねぇ。

【2012.11.10 瑞浪~釜戸】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 恵那の23分停車と須原の17分停車を利用して6883列車を追いかけます。3088列車とは大桑で行き違いなので、大桑~須原~倉本のどこかなら3088列車も撮ることができるだろうと思い、目を付けておいたポイントに向かったところ、陽が山影から昇り切っておらず暗い影の中、時間の都合でポイントを変えることはできずに撃沈でした。あまり欲張ってはいけないということへの戒めでしょうか…。気を取り直して6883列車を鳥居トンネル手前の陸橋で待ちました。黄葉したカラマツが逆光に浮かび上がってイメージどおりの写真となりました。

【2012.11.10 薮原~奈良井】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 もう1台のカメラでは広角で引き付けてみました。このアングルだと広島更新色がよくわかります。紅葉は微妙にピークを過ぎてしまっていたため、手前の広葉樹の葉っぱが落ちてしまっていたのが残念です。

【2012.11.10 薮原~奈良井】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 6883列車はさらに奈良井で33分の停車がありますので、もう1回撮ることができます。逆光承知で定番の贄川のトラス橋で狙ってみました。逆光に浮かび上がる紅葉が綺麗でした。この後、3084列車が来るので、とんぼ返りでクルマを南下させます。

【2012.11.10 贄川~日出塩】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 30084列車は紅葉がピークを迎えていた須原~倉本で狙うことにしました。少し上からの俯瞰ポイントは先客がスタンバイしていたので諦め、下方の線路に近いポイントで待つことにしました。光線・風景ともいうことなしの条件の中、牛乳パックの重連が通り過ぎて行きました。国道を機関車でうまく隠すことができたのと右側のとくに紅葉が綺麗だった山を入れることができたので、結果的にはこちらの方がオーライでした。

【2012.11.10 須原~倉本】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 3084列車とともに南下してもよかったのですが、あまりに条件がよかったので、3084列車の追っかけは諦め、後続の「しなの」もここで撮ることにしました。同じ構図では芸がないと思い縦構図で狙ってみました。

【2012.11.10 須原~倉本】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 昨年は曇りで撃沈した宮ノ越~薮原のポイントに向かうため、クルマを再び北上させました。現地に到着すると後ろの山が完全に陰になっていました。時間と太陽の位置の読みが甘かったようで大誤算でした。次回は6883列車でリベンジしたいです。またひとつ宿題が残ってしまいました。

【2012.11.10 宮ノ越~薮原】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 もう陽のあるうちに撮れる貨物列車はなく、車両にこだわる必要もないので、風景重視で乗鞍岳を遠望できるポイントに登ってみました。朝からすっと快晴状態だったため、乗鞍岳は見えて当然と信じていたところ、気流の関係か乗鞍岳の周辺だけ雲がかかり、残念ながらその姿を見ることはできませんでした。紅葉と冠雪した乗鞍岳のコラボは実現しませんでしたが、紅葉に彩られた木曽谷の雰囲気は十分感じることができました。

【2012.11.10 上松~倉本】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 下りの「しなの」は場所をちょっと移動して須原方面を狙う俯瞰ポイントに行ったところ、雑木が成長しており線路を見通すことはできなくなっていました。慌てて山を降り、代替でどこか紅葉が撮れそうなポイントはないかと国道を倉本から上松方面に向かいました。上方の高圧線が多少気になりますが、紅いモミジが適度に混じったポイントがあったので、ここで「しなの」を待ちました。ところが、スタンバイをした時は紅葉が午後の斜光線に光って最高の条件だったのに秋の陽は釣瓶落としとはよく言ったもので、15時をちょっと回ったくらいの時間にもかかわらず通過5分くらい前に太陽が山の稜線にかかり、肝心の列車と紅葉が一番映えていた部分だけ陰ってしまいました。

【2012.11.10 倉本~上松】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 本当はこのアングルで紅葉風景を撮りたかったのですが、雑木の成長で不可能となってしまいました。写真は定期で運転されていた頃の5883(現6883)列車です。

【2008.4.29 須原~倉本】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 先程の「しなの」で今日の撮影は終了ということで、クルマを走らせていたところ、伊奈川の鉄橋はまだ陽が当たっていたため、急遽、立ち寄ってみました。列車の時間と太陽の沈み具合が微妙で、時間との競争になりましたが、何とかギリギリセーフの状態でエロエロ光線状態の313系と夕陽に赤く染まった紅葉の山々を撮ることができました。

【2012.11.10 大桑~須原】(電車運転士)


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2012年11月10日 (土)

京浜急行230系の終焉

関西では来春、また名車と言われる1形式が過去帳入りするとのことで、最近当ブログでもよくアップされていますが、34年前にも同世代では関東で名車と謳われた京浜急行230系が引退の時期を迎えていました。

実家の近くを走っていながら、標準軌と言うこともあり、京浜急行はあまり撮影したことがなく、なぜ最後になってバタバタ撮影したのか思い出せませんが、ご紹介したいと思います。


既に、空港線からも撤退して、東京都では見られなくなっており、定期的に走っているのは大師線のみでした。引退まで既に2週間になっていました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

1978年3月17日 京浜川崎

行った時刻も今となってはあやふやですが、光線からすると比較的朝の早い時間だったようです。おそらく新町にある車庫から回送されてきた編成が、連絡線で本線から大師線に降りてきました。撮った時には気づきませんでしたが、2両目は3扉で、元は101形だったもののようです。右側の電留線にも2本並んでいます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1978年3月17日 京浜川崎

上の編成が営業列車として京浜川崎を発車していきます。高架駅の上に1000系が停車しています。


この日、何枚か撮っていますが、ロクな出来ではないので、1枚だけ。


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1978年3月17日  産業道路

ここは名だたる京浜工業地帯。当時は貨物輸送もまだまだ列車によるものが多く、各工場への引き込み線が縦横無尽?に走っていました。ご存知の方も多いと思いますが、終点の小島新田から川崎大師の先まで、この貨物輸送用に下り線だけ、3線区間になっていました。ちょっと判り辛いですが・・・。1997年貨物輸送が廃止され、その後中のレールは撤去されたそうです。


あっという間に、引退の時はやってきました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

どこで撮ったか覚えていませんが、こんなポスターが駅に貼られていました。これによるとさよなら運転は、5回実施されたようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1978年3月26日  品川・北品川
新町車庫からの回送が第一京浜国道から分岐する広い道を渡って、品川に向かいます。


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1978年3月26日  品川・北品川
折返しのさよなら電車を都営北品川アパートから撮っています。南に向かっているのに何故北品川か、ご存知ですか?


5回のうち、おそらく3回は行ったように思いますが、デキの悪いのが多いので・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

1978年4月2日  京浜蒲田

この日はこの上りしか撮っていないようです。向かってくる方も撮りましたが・・・。最近、長年の工事が完成し高架駅となった蒲田の地平駅時代です。この踏切のさらに右に、箱根駅伝でも有名になった空港線の急カーブがあります。当時はうらぶれた町だったのですが、今は一体どのようになったのでしょうか?


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1978年4月9日  戸部

さよなら運転は、お手軽に都内ばかりで撮っていましたが、最後は神奈川県に遠征?しました。この日に上りを六郷川で撮って、230系に別れを告げました。




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1979年11月25日  名古屋

皆さんご存知のようにこの車のうち14両が高松琴平電鉄に譲渡され、近年まで現役でした。最近は道路が多い鉄道車両の輸送ですが、この頃は軌間の違う車両ですら、仮台車で甲種車両輸送されていました。たまたま、情報を得て、名古屋で撮影することができました。


京浜急行230系と触れあえたのは、ほんの1ヶ月足らずのことでしたが、記録できて幸いでした。(検査掛)



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8531Fという名の鳩を捕獲せよ!

皆様ご存じのとおり、京阪電鉄では旧3000系(以下8531F)のラストランに向けて、鉄道ファンの心をくすぐる企画が次々と登場しています。毎日の運用も公開され、容易に撮影プランを練ることができるので、当初は「撮影は、機会があればそのうちに」という軽い思いでした。ところが、9月の終わりに正面の顔が車体更新前のデザインに化粧直しされたのを見たら8531Fへの思いがますます募ってきたところに、駅長様のブログ記事が拍車をかけ、さらに11月にはノンストップ臨時特急「洛楽」の運転と、8531Fになつかしのマーク掲出という二つの企画を知った途端、もうダメです。「11月中には絶対行くぞ」と時刻表をダウンロードしたり撮影地情報などを収集して出動態勢を整えました。早くしないと日照時間はどんどん短くなっていくし、だからと言って悪天候では行く気にもなりません。

11月の第一週末、3日(土)は家の用事でもともとNGだったので、翌4日の天気は如何だろうかと週初めの週刊予報を見ると“曇り時々晴れ”。「微妙だな?」、そしたら直前には降水確率0%の「晴れ」に修正され、ううう、我慢の限界・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

朝7時過ぎはまだ太陽が低いので、日影を避けるために周囲がかなり開けている橋本駅の西方へ向かいました。カーブを曲がり切ったところに踏切があり、早朝はアウトカーブから順光で上り列車を撮れますが、既に数名の同業者が待機していたため、少し先まで歩いて俯瞰気味のポジションで1発目の8531Fを捕獲しました。顔に陽が当たらないのは止むを得ないですが、「順光ばかりが写真じゃないさ」と言い訳。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

次に、折り返しの淀屋橋行を狙います。太陽が少しでも昇ってくれるように時間を稼ごうと、複々線区間まで南下しました。途中、京阪本線随一の撮影地・大和田駅ホームを覗いたら同業者と三脚でかなりの混雑。ここでの撮影画像は駅長様はじめ大勢の方が発表しているので潔くあきらめて、まだ誰もいない土居駅で下車してスタンバイしました。30分後、なるほど、ビルの影ですか・・・。おまけに淀屋橋行なのに「びわこ連絡」?  まあまあ、イベントですから。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

この駅で降りた理由はもう一つ。駅間距離が詰まっているところを写しておきたかったから。ところが、あまり期待していなかったシーンがなんと目の前で繰り広げられたので、その画像を載せます。外線を走る普通電車をめがけて、京橋を5分後に発車した特急がぐんぐん追い上げてきます。これぞ複々線の醍醐味。追い抜きシーンにファインダーを覗きながら興奮してしまいました。おおっ!後方から、きわどい!



「はなぶさ」に集まる仲間たち

二駅戻り、大和田と似たような構図が得られる西三荘で出町柳行を待っているとき、運よく旧塗装編成に巡り合えました。まだ数本ほど残っているようですが風前の灯でしょう。撮影出来てよかった。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

できるだけ被りを回避したかったので、あえて下りホームで陣取り、8531Fを捕獲しました。上下ホームとも同業者の姿はあれど比較的まったり。被りもなく順光で撮れたので、まあこんなもんでしょうか。この列車、大和田ではモロ被りだったようで、早朝から陣取っていた方々お気の毒様でした。でも、まだ撮影機会はいくらでもありますから。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

8531Fを追いかけながら北上します。電車に乗りながらロケハンするも、地平区間で開けた場所は意外と少なく(淀~八幡市は別として)、けっきょく橋本で再び下車してしまいました。せっかく開けた場所なので、引きの写真を撮ろうと少し歩きます。ほどなく8531Fが折り返してきて、天王山バックにギリギリ順光の中を駆けていきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

この7分後、急いで移動して、早朝に狙おうとしていた踏切から「洛楽」を撮影。ヘッドライト点灯はファンサービスでしょうか?この後しばし阪急電車撮影に転戦し、8531Fの捕獲活動は小休止。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

林立するビルから大都会・大阪を行く京阪電車を俯瞰できないかと、事前に展望フロアのあるビルを調べたところ、天満橋のOMMビル21階の屋上から京橋~天満橋の立体交差付近が眺められることがわかりました。

京橋駅方向を眺めると、遠く生駒山麓の北端を望むことができます。天満橋を発車した本線下り線は、後追いになりますが架線柱にあまり干渉されないので比較的撮影しやすいです。ガラス越しの撮影となるため、背景の写り込みにご注意。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

このビルは天満橋駅地下から直結しています。展望デッキの開放時間は10~16時。次の8531Fが天満橋に到着するのは15:48。太陽の光はちょうど列車の正面を照らし、幸いビル影に邪魔されることなく、薄日が差す中、シャッター切り位置ドンピシャリで下り列車と離合しました。絶妙です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

眼下を通過した8531Fが折り返し天満橋を発車するのは16:03。16時には展望デッキが閉鎖されるためここでの撮影はギリギリできないので、急いで天満橋駅へ戻り、直前走りの普通電車で野江駅まで先行して出町柳行を捕獲しました。反対ホームで構えていた方々、お気の毒様でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

日も暮れて走行写真は不可能となったので、ここからは夜の部の始まり~(←まだ撮るんかい)。どうせ停車中の写真を撮るのなら、そうだ、京阪唯一の存在である8531Fのダブルデッカー車を撮ってみよう。今度の8531Fは上り淀屋橋行。カーブしている中書島駅なら下りホームから撮影すればインカーブ側となるので、広角で狙えば少しは変化した写真が撮れないかとトライ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いい加減に疲れてきたので、出町柳にて淀屋橋から戻ってきた8531Fの撮り納めをし、三条まで乗車してお開きです。



今回は、できるだけ早く現地入りできるように未明の国道21号を米原駅までひた走り、同駅5時の初電に乗り、米原→京都→東福寺とJRを乗り継ぎ、京阪に入りました。土地勘もなく渋滞や駐車場に悩まされることを考えると、現地では電車での移動が賢明だろうと一日乗車券「京阪みやこ漫遊チケット」を駆使しました。

これから京阪詣でを予定されている方への一助になれば幸いです。(出札掛)











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2012年11月 7日 (水)

【アーカイブス】顔の電車

 昨今の電車の塗色やさらには広告電車のセンスの悪さには、当ブログでも少なからず嘆きの声が聞こえる。とはいえ、中にはハッとする広告電車が無いわけではない。筆者がこれまで最も感心した広告電車はコレである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 インパクトの大きさに、驚かれた方も多いのではないだろうか。

 場所は、高知の路面電車である土佐電鉄。ご覧のように、正面全体にひげ面の男性の顔が描かれている。窓ガラスの部分は眼鏡としてデザインされている。


 では、反対側は・・・・


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こちらはご想像通りの女性の顔である。


 電車の正面、特に2枚窓の湘南顔の電車は、人の顔を想像しやすいし、漫画などでそのように描かれることも少なからずある。しかし、電車の正面をそのものずばり人の顔としたのは、他にあっただろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この車両のスポンサーは、塗料メーカーであった。車体のサイドには、製品名を描いた広告が描かれている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 高知の中心、はりまや橋を行く顔電車。意外に違和感が無いと思うのは、ちょっとひいき目かな。しかし、こんな電車がカーブの向こうから突然現れたら、誰でもドキッ!としてしまうのではないだろうか。


 この広告電車、相当なインパクトがあったであろうことは、想像に難くない。さて、評判の方はどうだったのだろうか?残念ながら、聞き漏らしている。(駅長)

 

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2012年11月 6日 (火)

【アーカイブス】四国のDF50

 出札掛さんから、「鳩の特急」の続編のリクエストが出ているが、京阪電鉄をしっかり撮ったのは昭和50年代前半の一時期だけの筈である。その後も、折に触れて撮影してはいるものの、まとまった記録にはなっていない。ただ、京都市内の写真はまだ若干残っているので、いずれ近い内にそれらをご覧にいれたいと思う。


 さて、本日はちょうどスキャンをした四国のDF50の写真から。

 

 四国のDF50は、電車運転士さんの秀作が、このブログを飾っている。これに対して小生は、九州の特急牽引の姿を見ていることもあり、この頃、DF50に対してあまり食指が動かなかった。とはいえ、昭和54年3月に当時としては纏まった5日間の休みが取れたことから四国を訪問しており、この折りに少し時間を使ってDF50を撮影している。


 まずは、高松駅の夜景。宇高連絡船の深夜便を降りた午前4時頃の高松駅のホームには松山、高知、徳島方面の急行とあわせてDF50の客車が停まっていた。確か、松山行きの普通ではなかったかと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 残念ながら、全体的に蛍光灯の色かぶりがあるうえ、構内の水銀灯が写りこんで、写真の出来はもうひとつだが、雰囲気は伝わってこよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 場所は一気に松山に。これはDF50の牽く50系客車で、伊予鉄道との交差部分で列車待ちの時間に撮った写真である。DF50の牽く50系客車の写真は、50系の登場直後にDF50が廃車になっているので珍しいと記憶するが、どうなのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて場所は高知に。これは後免近くで土佐電撮影の合間に撮影した土讃線の客車。場所は土佐大津と後免の間で、遠くに見える山並みが長閑な雰囲気を醸し出している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 上の写真から、(多分?)反対側を向いたところ。手前の川は入れない方が良かったか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じ土讃線でも、こちらは峠越え区間の土佐穴内~大杉間である。土讃線なら新改や坪尻のスイッチバックや大歩危のあたりが有名で、なぜこの区間を訪れたのか記憶がないが、川沿いの風景にひかれたのだろうか。折良く、DF50重連の貨物がやってきた。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 少し離れた場所で俯瞰写真も撮影している。これは国道から撮影しているようだ。


 残念ながら、土讃線の山越え区間で撮影したDF50は、この2カットだけである。まだ他にも良い撮影場所があるので、もう少し時間をかけても良さそうだが、会社勤めをはじめているので、当時はこのあたりが限界だったのだろう。


 ちなみにこの時は、朝、土佐電を高知市内で撮影しており、翌日は岡山電軌と片上鉄道の撮影に向かっている。となると、午後を撮影にあてて、高知から夜行に乗っているはずだが、それでも2本しかDF50を撮れなかったのか、あるいは天気が悪くなってあきらめたのか。


 山越え区間はともかく、せめて、多度津くらいでもう少しDF50を押さえておきたかったと、今さらながら残念に思っている。(駅長)



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2012年11月 3日 (土)

黄昏鉄道

夕焼けが美しく空を染める今の季節、ちょいとホワイトバランスをいじって遊んでみたくなる時があります。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

自宅から比較的近い名鉄犬山線の江南ー柏森間は、南西から北東方角に線路が向いています。秋から早春にかけては、太陽が線路の上り方向に向かって沈むため、下り列車が夕日を受けながら接近してくるシーンを見ることが出来ます。

自宅でくつろぎながら夕方を迎えるとき、西の空に雲一つない快晴の天気を見ると、こんなにいい条件を見逃してはいけない!とスクランブル発進して、車で10分ほどの撮影ポイントに向かいます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

パノラマカーを真正面から捉えようとスタンバイしていたら、通過前に曇ってしまいました。しかしパノラマカーの証しである4灯のヘッドライトが浮き出てくれたので、結果はOK?



「はなぶさ」に集まる仲間たち


フィルム時代は、失敗したらフィルム代がもったいなくて、夕焼けの写真を撮ろうという勇気がわかなかったり、夕日の色を表現しようとしても、満足いくような色が出なかったり(つまり腕が悪い)、ところがこうしたストレスをデジカメは見事に解決してくれます。

ただ、納得のいくシーンやチャンスにはやはりそう簡単に出会えません。シャッターを切った瞬間は「よっしゃ」と手応えを感じても、自宅に戻りPCのモニターで確かめたら「えっ?そんな・・・」と落胆するので、再びトライ→撮影で納得→自宅でがっかり→検討→再挑戦、のPDACサイクル。だからこの趣味は永遠なのですね。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

中央西線釜戸ー瑞浪間で、夕日を受けた貨物列車撮影をしたついでに少し粘っていたら特急「しなの」接近。丸味を帯びたステンレス車体が空を映し出すので、おかげで多少は露出を誤ってもヘッドライトと相まって列車の存在を示してくれます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

これは紀勢線の名撮影地・多気の鉄橋にてキハ80系「南紀」撮影のついでに写したものです。霞みがかった空がフィルターの役目をしてくれたおかげで光が和らぎ、水鏡にも恵まれて二つの真ん丸太陽の日没を拝めました。撮影は20年ほど前の1月頃と思います。原版はリバーサルですが、淡い夕日の色は表現できているでしょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

最近では、線路が江南ー柏森間とほぼ同じ方角を向いている名鉄広見線の富岡前駅へ初挑戦。少しまとまり難い感じです。しかも列車の右側に太陽のゴーストが映ってしまい、「あ、フィルター外すのを忘れていた」。



画像処理ソフトの恩恵でいくらか修正は効くものの、できるだけ最小限の修正で済ませたいと思うのがカメラマンのプライド(???)。納得のいく写真は、やはり経験と学習と回数。

まあ“遊び心”ですから、失敗してもカリカリせずに楽しみましょう。


皆様ご存じの夕焼け撮影地ガイド、ご教示ください。(自己満足・出札掛)



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2012年11月 2日 (金)

191.名鉄沿線に秋のアイテムを求めて 2012/10/31

 ついこの間まで暑い暑いと言っていたと思っていたら季節はもう11月、気がつけば今年も残りはあと2か月で終わりで、年をとるにつれてますます時が経つのが早く感じられます。秋の代表的なアイテムといえば彼岸花に始まり、コスモスから紅葉へと続きますが、この地域の紅葉のピークは11月下旬、それまでの間はススキが秋のアイテムとして思い浮かびます。ところが、最近ではセイタカアワダチソウの侵食もあって、名鉄沿線で絵になるススキのポイントは少なくなってしまったような気がします。そんな中、広見線のワンマン区間にススキのポイントがあったことを思い出し、天気もバリ晴れ予報ということもあり、朝連に行ってしまいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 気になっていたポイントというのはメンバーの皆様もよくご存じの顔戸の鉄橋です。ここは太陽の位置関係からススキがいい感じで光るのは日の出直後の限られた時間になります。車両は6000系ばかりで面白味はありませんが、ほぼイメージどおりの写真を撮ることができました。

【2012.10.31 顔戸~御嵩口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ローカルムードが漂う御嵩口を覗いてみました。秋らしいシーンを期待しましたが、線路脇にススキはなく、左の桜も色づくにはまだ早かったようで、期待外れとなってしまいました。平日の通勤通学時間帯だったため、乗車客の姿があったのが救いでした。

【2012.10.31 御嵩口】(電車運転士)

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