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2012年10月

2012年10月30日 (火)

【アーカイブス】鳩の特急(2)

 タイトルにめざとく気づかれた出札掛さんのご期待に応えて(?)、鳩の特急の続きを載せるとしよう。


 何度も書いてしまうが、この頃、彦根に勤務しており、しかも夜勤が多かったことから、夜勤明けの日は関西へ撮影に行くことが多かった。特に京都は京都市電の最後の時期にあたったこともあり、何度も訪れている。


 そのついで、と言っては何だが、京阪も撮影している。特に京阪七条には、京都市電との平面交差があったため、両方が撮影できて効率が良かった。しかし、踏切で両者を入れての撮影は、直前に市電が逃げてしまうことが多かったので、なかなか撮ることができなかった。結局、3000系と京都市電のコラボはこの1枚だけである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 このアングルはあまり見ることがないが、どこで撮ったのか、まったく記憶がない。(^_^;)


 普段、撮影するのは京阪七条の橋の上からで、これはこれで京都らしい構図である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


煙と何とかは・・・のたとえ通り、高いところから俯瞰もしている。東山の山並みも入って、こちらの方がアングル的には纏まっている。京阪の川沿い区間が地下に潜って、もう何年になるのだろう。こうしたシーンを覚えている人も少なくなっているかもしれない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、鴨川沿い以外の京阪の撮影地はどこが良いのだろう?

 大阪の複々線区間はお正月に1900系と合わせて撮りに行っているので、ある日、石清水八幡宮に登る男山ケーブルのある八幡市に行ってみることにした。ここには木津川と宇治川を渡る2本の鉄橋があり、前々から目をつけていたのである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ケーブルで登った展望台からの俯瞰である。もう少し、天候のクリアな日に行けば良かったが、贅沢は言っておられない。現在は、ここに京滋バイパスが通ったり、浄水場ができたりして、かなり様子は変わっているようだ。

 より、近くで撮ろうとふたつの鉄橋の間まで歩いて行っている。上の写真に橋が写っていないことからわかるように、結構長い距離を歩いていった記憶がある。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この線形では、どうしてもアウトカーブからになってしまうが、定番の場所で撮影する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 続いて、線路際から鳩マークの正面と鉄橋を入れて撮影。最近はこんなアングルでは撮らせてもらえないので(^_^;)、かなり昔の写真であることがわかるだろう。(駅長)
 


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190.1980年冬 東北周遊の旅 7号車 (五能線) 1980/3/6

 先週末は日曜日は生憎の天気でしたが、土曜日は各地とも好天に恵まれ、メンバーの皆様方もそれぞれの成果を上げられたようで羨ましい限りです。かという自分は好天の土曜日に限って休日出勤となり、空を見上げては恨めしく思っていました。そんなわけで、活動報告をアップすることができませんので、引き続き東北周遊の旅を続けたいと思います。どうかお許しください。 

 蒲原鉄道の翌日は五能線を訪れました。冬の五能線の代表風景といえば強風に荒れ狂う日本海というイメージが強く、撮影条件は超厳しくなるものの、一度は冬の五能線の醍醐味を味わいたいと思っていました。「津軽1号」を東能代で降り、五能線乗客となりましたが、この日の沿線は移動性高気圧の影響で、風もなくバリ晴れの様相を呈し、日本海は荒れ狂うどころかとても穏やかな表情を見せており、とても厳冬期とは思えない光景が広がっていました。かなりの覚悟を決めて現地入りしたのにもかかわらずちょっと拍子抜けの感じでした。普段は晴れの天気に大喜びして鉄活動にも気合が入りますが、冬の五能線に限ってですが、晴れが気分が乗らない原因というのは罰当たりと言われても仕方がありませんね。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この日前半の撮影ポイントは五能線の中でもとくに海岸風景が美しい岩館~大間越と決めていました。大間越で下車して岩館方向に徒歩鉄を開始しましたが、1本目の列車が来る時間となったので、とりあえず、海と岩場を入れてウォーミングアップです。

【1980.3.6 岩館~大間越】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 周囲を見渡すと俯瞰できそうな丘がたくさんあり、次の列車との兼ね合いで手近なところに登ってみました。一部に砂浜が見えるこのポイントは海の穏やかさもあってとても冬の五能線とは思えません

【1980.3.6 岩館~大間越】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 五能線らしい風景を求めて岩館方面にさらに徒歩鉄を続けました。眼前にごつごつした岩場が現れたため、小さな鉄橋が俯瞰できるポイントに登ってみました。岩場の雰囲気はそれなりによかったのですが、ちょっと国道が目立ちすぎでした。

【1980.3.6 岩館~大間越】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 五能線には撮影できる時間帯に全線を走破する混合列車が1往復設定されており、これが目玉列車となっていました。先程のポイントから少し移動したら国道が目立たないアングルが確保でたので、混合列車はここで撮ることにしました。ところが、上下の混合列車は隣の岩館で行違いのダイヤだったため、どうしてもどちらかは捨てなければならず、ちょっとだけ悔しい思いがありました。今度は混合列車がわかるように+岩場の迫力も出したくて望遠で引っ張ってみました。列車が姿を見せたときは客車しか見えず、混合はハズレかと思いましたが、よく見ると最後部にワムが1両くっついており、かろうじて混合列車の体裁を保っていました。

【1980.3.6 岩館~大間越】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さらに岩館方面に進むと荒々しい岩場を望むことができる更地がありました絶景を目の前にして風景を欲張りすぎたために列車がどこにいるのかわかりにくくなってしまいました。このポイントは今でも五能線の定番アングルとして健在のようです。

【1980.3.6 岩館~大間越】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 岩館~大間越での撮影を切り上げ、列車で北上しました。毎度お馴染みの車内でのスナップですが、東北のローカル線の乗客それぞれいい雰囲気を出してくれているので、人と人との温もりが感じられます。

【1980.3.6 キハ40車内】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 一気に五能線が日本海と別れる北金ヶ沢まで移動しました。今から思えばなぜ岩館~大間越に引けを取らない絶景ポイントがある深浦・広戸あたりに寄らなかったのか記憶が定かではありません。何とももったいないことをしてしまいました。車窓から岩木山が見えたので思わず北金ヶ沢で衝動的に下車し、何とか海と絡められないかと探したのがこのポイントです。午前中はあれだけ晴れていたのに、午後になると薄雲が広がり、クリアな岩木山ではなくなっていました。

【1980.3.6 千畳敷~北金ヶ沢】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 前の写真の列車の背後に写っている道路を登って行くと北金ヶ沢の集落・日本海・岩木山が一望できるポイントがありました。寒々とした漁村の雰囲気が出ていて、自分的には結構好きな1枚です。

【1980.3.6 千畳敷~北金ヶ沢】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 鰺ヶ沢では夕方のラッシュに備えて、自分が乗って来た列車に増結が行われました。気動車や電車同士の増結は珍しいものではありませんが、客車の増結というのは何か新鮮さを感じました。タブレットを掛けた助役が連結作業を見守っています。

【1980.3.6 鰺ヶ沢】(電車運転士)




●次の目的地 東北本線 越河越え


●移動行程   五能線→青森→「津軽4号」→福島→貝田




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2012年10月28日 (日)

東京遠征・・・・の予定が(^_^&#59;)

 天候に恵まれたこの週末、メンバーの方々もそれぞれに鉄活動を楽しまれたようで何よりである。

 かくいう小生は、先にここに書いたよう27日(土)に東京で所用があり、それにあわせて翌日に千葉方面へ撮影を予定していた。東京での所用は上野で14時頃から19時頃なので、その前は撮影ができる。そこで、朝8時台のひかり早特きっぷを買って、東京に向かうことにした。


 さて、名古屋付近は蚊帳の外におかれているが、東阪ではリバイバル塗装の列車が目白押しである。157系塗装の185系も撮りたいが、運用がよくわからない。そこで運用がはっきりしているリバイバル塗装の中で、東武の8000系を狙うことにして北千住で乗り換えて、東武線に向かった。


 東武線の撮影、というか、東武に乗ること自体も久しぶりである。確か、前に訪れた時は、5700系の最後の頃だったか。そういえば、会津鉄道の8500系から「りょうもう」を改造した1800系の臨時急行に乗りにきたこともあったっけ。いずれにしても、名古屋から行きづらいので、東武は縁の薄い私鉄である。


 特に思い入れはないので、リバイバルの8000系をどこで撮っても良いのであるが、梅島という駅が撮りやすそうなので、とりあえずそこまで行くことにする。 駅について驚いた。列車の通過まで40分近くあるにもかかわらず、すでに撮影場所のホーム先端には、若い同業者が5人ほどいて、割り込む余地がない。何とか後ろから撮れそうなので、ここで撮ることにしたが、ネタ列車が走ると、東京ではホームでも、いつもこんな状況なのだろうか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 とりあえず、なんとか撮影できた。営団の車両が併走して、撮影者の中には気に入らないような人も居たようであるが、個人的には構図的にも纏まるし、撮影時期も明確になるので、好ましく思っている。

 名古屋付近は天候が良かったようだが、なぜか東京はドン曇り。これもやはり、普段の心がけの差?


 さて、撮影後は可能なら東京スカイツリーでも行こうかと思っていたが、小菅の駅について、曇っているので荒川を渡ってくる列車が撮りやすいことに気がついた。そこで急遽下車。ちょうとやってきたスペーシアを撮影する。スペーシアも、スカイツリーがらみで色が変わっているのですね。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 北千住で列車を乗り換え、路線図を見ていると、東向島に東武博物館があることに気がついた。この博物館、展示が充実していると聞いており、かねてから訪問したかったが、これまで機会がなかった。今日こそ、訪れる絶好の機会、と思い、スカイツリーをやめて訪れることにする。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さて、ここの展示であるが、民鉄の博物館の中ではまさにトップであろう。実物車両も多い上に、展示もしっかりしている。専用のホールがあるのも素晴らしい。シミュレーターや観覧者が動かせる模型コーナーも充実しており、子供連れには喜ばれるに違いない。こういう立派な博物館があると、企業の姿勢を見直すことになる。

 個人的には、後にED4001となったED101が、近江鉄道以来の出会いで懐かしかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 皮肉なもので、こうした博物館にいたり、あるいは用事がある時間帯になると天候が回復してくる。せめてもの憂さ晴らしに、東向島のホームから撮影する。隣の曳舟で半蔵門線に接続しているので、この区間にも10両編成がやってきて壮観である。ここでりょうもうを撮影した後、浅草経由で上野に向かった。


 用事を終えて、空を見上げると、煌々と月が輝いている。しかし、翌日の天気予報は「曇りのち雨」。さて、どうするか。天気予報を信じるか、誤報を期待するか。本来なら「雨」予報でもとりあえず現地まで行くべきなのだろうが、費用とリスクを天秤にかけ、中止することにした。もっとも、こうやって天気予報を信じて、これまで何度痛い目にあったことか・・・・さて、今日の関東地方の天気はどうだったのだろうか?


 せっかくなので、今が旬の観光地?を見て帰ることにする。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 外観も、ドームの内部も実に素晴らしい。復元ではあるものの、まさに文化財的な価値があるといえる。機会があれば、ステーションホテルにも泊まってみたいところであるが、お値段がちと高い(高すぎる)のが難点である。


 最後に、東京で電車を撮っていると悩ましいのがLED。遅いシャッター速度では電車が止まらないし、速くするとLEDが切れてしまう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まあ、こうしたアングルなら切れるのもやむを得ないが、さて、どうやって撮るのが正解なのだろう。(駅長)

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木曽森林鉄道乗車会2012

昨年、車掌長様がアップされた王滝村の林鉄乗車会の様子を見て、機会があれば是非、と思っていたところ、今年も10月27日に開催されるとの報が例のDENTETSU××に出ており、天気もよさそうなので行ってみることにしました。


会は13:00~とあったので、往路は中央線を撮りつつ現地に向かいました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

瑞浪・恵那  9837M

自宅を7:00に出発、ここに8:30ころ到着し、週末運転の「中山道トレイン」まで撮影し、北に向かいます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

大桑・須原 3084レ

途中、K交通本社横で「中山道トレイン」の回送を撮って、さらに19号を北上、大桑の通過時に時計を見ると12時過ぎで、ヒョットしたら3084レが運転されているかも、と思い伊奈川橋梁に行くと、定時に遠く須原に入るのが見え(^O^)/。1000番台に置き替わってからは初めてここで撮りました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

王滝村 松原スポーツ公園(以下すべて)

伊奈川に寄ったために、林鉄の乗車会の行われている松原スポーツ公園に着いたのは13:20すぎになってしまいました。

着くとすぐ、会の人が「乗車されますか?次は13:40発です。」と言われ、思わず「ハイ」と言ってしまいました。

遠くで「ピィー」と汽笛が鳴り、しばらくすると立山のDLが林鉄の客車を引いてやってきました。ふと見るとモーターカーが追っかけてきていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

DLを付替えて、出発を待ちます。今度の伴走車はこのNo.14のようです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

第3便の乗客は10人ほど。地元の小学生の女の子も乗ってました。「これに乗るのは初めて?」と声を掛けたら「幼稚園の時に乗った」と答えてくれました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

管理棟前で折返します。車内から伴走車のモーターカーを撮ります。メチャメチャ揺れているのですが、VRのおかげでなんとかブレずに撮れました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

残りは3往復、線路に沿って歩き、撮影場所を探します。4便は再び関西電力マークのついたオレンジ色のモーターカーが伴走してきました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

この雰囲気!素晴らしい!行ってよかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

公園内の木はきれいに紅葉していました。その中をオモチャのようなモーターカーがトコトコ走っていきます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

乗車会は15:00に終了、しばらく様子を見ていると客車を解放した立山がバックしてサカイと並びました。さらにその後方で動きが・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

ナントいうサプライズ!「工臨」です。ホッパー車?にユンボが砕石を積みます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

車庫から西へ新しく線路が敷かれており、工臨?はそこへ撒布して行きます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

残念ながら乗車会に間に合わなかったファミリーが工事の様子を眺めています。そのバックには山頂が雲に隠れてしまいましたが、御嶽山見えています。


来年2013年10月6日に、第4回の林鉄サミットがこの地で催されるとのことです。線路の延伸はそれに合わせたものかもしれません。会の方も運材列車を再現するとも言っておられました。出来ればまたその時に訪れたいものです。


さて、以下は番外編です。

実は遡ること6月10日には赤沢森林にも行っています。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

さすがにボールドウィンの復元は無理でしょうが・・・。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

以前来たときには気づかなかったのですが、赤沢森林鉄道の折返し駅?丸山渡から敷かれた別線にこのような車両が置かれていました。同行者がいてよく観察できなかったのですが、DL2両の後ろにホッパー車、タンク車と「やまばと」タイプの客車2両が繋がれているようです。


ナローは素晴らしい!

中央西線のD51がなくなろうとしていた1972年、高校生の私は蒸機ばかりに目がいっていた頃、先輩の一人は木曽まで一緒に行ったものの、上松で別れ、林鉄に行ってました。今頃気がついても遅いか・・・。(検査掛)




















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ドクターイエロー ×2 + 養老鉄道

10月27日、未明から早朝にかけて、地元の名鉄犬山線布袋駅付近に於いて高架工事に伴う仮線の切り替え工事が行われました。滅多に見られないシーンを野次馬根性で覗いてまいりましたが、画像等は別の機会に。


一旦帰宅し一眠りして、さて本日のイベントに気合い入れましょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


この日は珍しく新幹線ドクターイエローが上下2本運転されるらしく、天気予報もまずまずなので、2本とも狙うべく午後から垂井町の伊吹山バックお立ち台にいざ直行!しかし関ヶ原方面の空は真白で、伊吹山も霞んでいるせいかさっぱり見えずイヤ~な予感がしましたが、それでもお立ち台に近付くにつれてようやくぼんやりと見えてきたので、予定通りの行動に。

ここでの同業者はゼロで拍子抜け。山がはっきり見えないせいか、後追い撮影になるからか、いずれにしても私の行動は天の邪鬼?雲がかからず全容が見えただけでも取りあえずヨシとしましょう。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

次にシャッターを切ったシーンはこんな感じで、上り列車と裏カブリ!山バックならこの位置がベストアングルなのでしょうが、どうせ後追いアングルになるし完璧を求めるつもりはなっかったのでまあいいや、とたまには遊び心で“なんちゃって混色編成”の出来上がり。

ひとつ前の画像↑↑をよく見ると、その上り列車が画像の左端に写っています。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

上りイエローまでは3時間強も時間が空くので、サブプランとして考えていた養老鉄道に足を向けます。今年10月で第三セクターに移管されて早くも5年。これを記念して一部の編成には記念板や懐かしの愛称板が今月いっぱい取り付けられています。時間つぶしにはうってつけのネタ。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

そういえば1編成だけがラビットカー色に塗り替えられています。しかし限られた時間内に確実に撮影するにはあてずっぽうに狙うのも効率悪いので、養老鉄道の車両運用等の詳細な情報を載せている某サイトを事前に参考にさせていただきました。サイト運営されている方に御礼申し上げます。

ラビット編成にも何らかの記念板が付けられているようなので、今回は正面がちアングルで構えました。編成には養老鉄道開業当時に使われた記念マークが掲げられています。友江-大外羽にて。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

場所を移動して、開業5周年記念板を付けた編成をゲット。陽も傾いてきたのでとりあえず写ればいいや、と適当に撮影です。室ー北大垣にて。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

上りイエローの通過時刻が迫ってきたので、夕暮れを走るシーンをダメもとで狙おうと再び件のお立ち台に戻ります。当日の日の入り時刻は17:03で、上りイエロー推定通過時刻の直後です。しかし現地に着いた16:30には山の稜線に太陽が隠れはじめ、三脚をセットして1本目の列車が通過した16:38にはすでに陽の光がなく(想定内ですが)、辛うじて夕焼け空を車体が拾ってくれました。こんなとき、白い車体はありがたいですね。因みにホワイトバランスは曇りモード。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

上りイエローが通過するころは伊吹山が雲に覆われ、空の夕焼け色も消えてしまったので、思い切ってズームアップして流し撮りに挑戦。ちょっと雑な仕上がりになってしまいました。ただ、この10秒前に下り列車が通過しているので、ぎりぎり被りを回避できたのがせめてもの救いです。


一日に2度もドクターイエローを目撃したので、そのうち幸せになれないかな?(不幸だらけの人生・出札掛)




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2012年10月25日 (木)

【アーカイブス】鳩の特急(1)

 京阪3000系、いや8000系30番台が来年春の営業運転終了に向かって、引退興行を行っている。この9月には、鳩の特急マークも元に戻し、車号も3000系時代を偲ばせる表示に変えるという力の入れようである。昭和の電車特急の良き時代を伝える名車だけに、筆者も今年夏に撮影に行っているが、ここまで徹底してくれるなら、再度、関西まで足を運ばねば、と考えている。


 さて、この写真は京阪の野江で撮影した8000系30番台で、8月にこのブログに掲示している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 再度、この写真を掲示したのは、同じ場所で35年前に撮影した写真が出てきたからである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 レンズの焦点距離が違うから、まったく同じ角度とはならないが、同じ場所で撮影した3000系。当時に比べると、沿線にビルが増えているのがわかる。


 しかし、それだけでは面白くないので、もう1枚、別の鳩の特急をご覧にいれよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じ場所で撮影した1900系の特急である。


 ご高承のように、1900系は3000系の一世代前の特急車で、1963年に製造され、1972年に3000系の登場により格下げされ、塗装を変更すると共に3扉化された。ところで、今頃気がついたのですが、非冷房時代の1900系って、パンタがいっぱい付いていたのですね。前パンでもあるし、格好良いなぁ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは京都の鴨川べりを走る1900系特急。


 1900系は格下げ後は普通列車を中心に使用されたが、正月には特急が15分間隔から10分間隔に増発され、3000系だけでは車両が足りないことから、1900系が運用に充当された。この写真は昭和54年の正月に撮影している。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 写真を見ると、特急運用には2編成の1900系が使われているようだ。1900系は、その後、2008年の引退前に特急塗装となったり、イベントとしての特急運転が行われたようだが、その時、鳩マークを付けた運転はどれくらい行われたのだろうか?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは野江駅を通過する京阪三条行き。よく見ると、ホームの先端にファンの姿が見える。正月の1900系特急運転は、当時の関西の私鉄ファンにとって注目の運転だったのだろう。1900系が正月の臨時特急に使われたのは、いつ頃までだったのだろうか。


 今もこの場所には、3000系の引退興行を狙って多くのファンが訪れているようだ。ホームが結構狭いので、事故無く、最後の日が迎えられることを祈念したい。(駅長)

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2012年10月24日 (水)

189.1980年冬 東北周遊の旅 6号車(蒲原鉄道) 1980/3/5



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 蒲原鉄道は信越本線の加茂から磐越西線の五泉を結ぶ21.9キロの電化ローカル私鉄です。1923(大正12)年にまず村松~五泉、1930(昭和5)年に東加茂~村松・加茂~東加茂が開業し、この地域の重要な交通手段として機能してきましたが、モータリゼーションの進展により輸送人員は1967(昭和42)年をピークにその後は減少を続け、1985(昭和60)年に全線の80%に相当する加茂~村松(17.7キロ)を廃止して何とか生き残りをはかってきました。それでも輸送人員の減少に歯止めがかからず、残念ながら残った村松~五泉(4.2キロ)も1999(平成11)年に廃止されてしまいました。日本の原風景を感じさせる第一級のロケーションの中を行く田舎電車はとても魅力的で、1回目の訪問で自分の心は蒲原鉄道の虜にされてしまいました。





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 郡山から乗車した「ばんだい11号」から会津若松で磐越西線の普通列車に乗り換え、五泉へと向かいました。途中の野沢(だったと思う)で行違い列車から高校生(女子高生でなかったのが残念)が降りてきました。3月とはいえまだまだ寒々とした雰囲気が漂っています。


【1980.3.5 野沢】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 DD51の貨物列車が轟然と通過して行きました。磐越西線の非電化区間はまだタブレット閉そくでしたので、優等列車や貨物列車では通過授受が日常の当たり前の光景として繰り返されていました。


【1980.3.5 徳沢】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ちょうどこの時期は国公立大学の受験シーズンにあたっており、2人の女子高生がどこかの大学を受験する友人のを見送りに来ていました。微笑ましい光景に窓を全開にして思わずシャッターを押してしまいました。


【1980.3.5 徳沢】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 五泉で蒲原鉄道に乗換え、とりあえず村松へ向かいました。沿線最大の街である村松には本社・乗務区・車庫・工場などが置かれ、蒲原鉄道の中枢機能を担っていました。留置線を覗くと残念ながらこの日はお目当てのモハ11・12・51は動きそうにない雰囲気でした。


【1980.3.5 村松】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 電気機関車のED1は冬場は前面に折り畳み式のラッセル装置が取付けられ、村松で待機していることが多かったようです。急な豪雪でもない限り動く気配はありませんので、こちらも走行写真はお預けとなりました。


【1980.3.5 村松】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 村松から撮影ポイントのロケハンを兼ねて加茂行に乗車しました。乗客は地元の人たちばかりで、思い思いのスタイルで目的地まで乗車していました。高校生が学校に行っている時間帯とあって、どこのローカル線でも同じですが、高齢者の姿が目立ちます。


【1980.3.5 モハ61車内】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 撮影ポイントの情報が乏しかったため、地図で見当をつけておいた大蒲原で下車して撮り鉄を開始しました。やって来たのは正面2枚窓のモハ31でした。


【1980.3.5 大蒲原~寺田】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 列車交換を押さえようと七谷へ向かいました。七谷は駅員が常駐してタブレットの交換が行われ、駅の風情も超一級で、どのアングルから撮っても絵になる駅でした。ちょうど高校生の下校時間に当たっていたため、人の動きも感じられてイメージどおりの写真を撮ることができました。右は元武蔵野鉄道のモハ61、左は大蒲原~寺田で撮った蒲原鉄道オリジナルのモハ31です。モハ31の正面2枚窓は決してスマートとはいえませんが、運用頻度が高かったため、蒲原鉄道といえばこの顔がまず頭に浮かびます。


【1980.3.5 七谷】(電車運転士)





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 撮影ポイントを求めて七谷から村松方面へ徒歩鉄を始めました。冬鳥越まで来ると背後がスキー場になっており、俯瞰ができそうな感じだったので、銀箱を担いでスキーヤーの冷たい視線を浴びながらゲレンデをえっちらおっちら登ってみました。予想どおり眼下には蒲原鉄道の線路を望むことができました。


【1980.3.5 土倉~高松】(電車運転士)




●次の目的地 五能線


●移動行程   五泉→郡山→「津軽1号」→東能代→五能線




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【アーカイブス】秋の習作

 ようやく空も高くなって、秋本番という雰囲気が漂ってきた。これからひと月くらいが最も過ごしやすいし、鉄ちゃんをしていても楽しい季節でもある。(とはいえ、折角関東に遠征して鉄ちゃんを楽しもうと思っている今週末の天気が雨模様なのが辛い)

 

 秋と言えば、彼岸花に始まり、コスモス、紅葉と、春と共に自然の美しさに彩られる季節。それらを活かして、如何に季節感にあふれる良い写真を撮るか、試行錯誤を繰り返されている方も多いだろう。そんな試行錯誤の写真をお見せしたい。


 場所は、近江鉄道の高宮~多賀間。被写体は、例によってED14の貨物である。この頃のホームグラウンドである。

 ご存じの方もあるかと思うが、この区間はほとんど東西に一直線に線路が走り、変化には乏しい。しかし、ED14の貨物を撮るのはこの区間しかないため、すこしでも季節を感じられるものを画面に入れて、変化をつけて撮影しようと試みた。


 秋の風情を醸し出す写真として、以前、彼岸花をお見せしたが、次なるターゲットは柿の木である。もっとも、この区間に何本も柿の木があるのではなく、たぶん、一本か二本あっただけだったのはずだ。ただ、これらの柿の木は適当に線路から離れていたうえ、渋柿のためか、いつまでも実が残っていたので、絶好の被写体となった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、モノクロ。うーん、雰囲気はいいが、柿の実が目立たず、秋の風情が感じられないなぁ。

 と、いうわけで、コダクロームで撮影する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 やっぱりカラーの方が良いね。ちょっと離れすぎて、柿の実が目立たないか。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは上の写真とは撮影日が違うと思うけれど、葉が落ちて、柿の実が目立って良くなった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 もう少し近づいて、横位置から。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ちょっとアングルを変えて、彦根行きも撮影する。


 まあ、誰もが同じだろうけれど、こうやって色々なアングルで撮影して、腕を磨いて(その割に進歩していない?)いったのでしょう。


 とはいえ、最近、こうしたアングルは見ないですね。この頃、手前に花や木を入れて撮るのが流行ったけれど、最近はどうなのでしょうか?編成写真が主流となって撮影しなくなったのか、あるいはこうしたシチュエーションが減ったのか、もっと感性に訴える写真に人気があるのか・・・・。個人的には、こうしたアングルは今でも嫌いではないけれど、感性が古いと言われてしまうのでしょうかねぇ。(駅長)

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2012年10月23日 (火)

10月20日 復活二題

先週末、ネタ列車を追って、中央線を訪れました。実はそれ以前に出かけようと家族に粉を掛けていたのが10月20日でした。

というのも、JREの秋の臨時列車の設定で、189系「あさま」の復活運転が出ていたからです。当初情報誌では「旧あさま色」とあり、行くつもりはなかったのですが、地元の方々の掲示板から国鉄色に戻されるとの情報を得ていたからです。

それでも一週間前までは塗り変えられたとの情報がなく、かなり疑心暗鬼になりましたが、鉄道の日の長野総合車両センター一般公開前に臨時入場したため、安堵しました。

しかし、「あさま」だけでは正直、決行を逡巡していたところ、頸城から朗報がもたらされました。自走整備のためにしばらく見られなかったホジ3の修復が完了し、10月20日にお披露目をするとDENTE○○○CLUBに出たからです。


これはもう行くしかありません!


「はなぶさ」に集まる仲間たち

北新井・脇野田  341M

自宅から上越地方まで直行するのは、チョット自信がないので、前夜例の無料宿泊所で前泊してから新潟色115系の撮れる新井以北を目指します。雲一つない好天のなか、妙高バックに長野色の115系6連が直江津を目指します。


「はなぶさ」に集まる仲間たち 脇野田・南高田  1328M 

脇野田は北陸新幹線 上越駅となるところです。駅北側の踏切で、3321M「妙高1号」まで撮影します。1328Mは新井始発「くびき野3号」の送り込み列車です。

早くも2人の同業者がおり、それぞれ京都と静岡から、とのこと。ここで「あさま」の上りまで7時間以上いると聞いて!

私は早々に退散して、百間町に向かいます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち 百間町には10時少し前に到着。ホジ3の再出発セレモニーが始まって、まさに車庫から出てくるところでした。

来賓?を乗せてガガガガァーと力強いエンジン音を響かせ、先端まで1往復。復路、エンストを起こしてしばし停車しましたが、それでもどうにかホームのある車庫まで行き着きました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

そして再び車庫から出てきて撮影タイムとなりました。どうです、この愛嬌あるスタイル!しかも自走するのです!


「はなぶさ」に集まる仲間たち

その後、コッペルを先頭にした混合列車?が引き出されホジ3と並びます。云うことなしですね。

鉄ちゃんはおよそ50人くらいはいましたが、血走ることもなく、ゆったりと時間が流れていくカンジでした。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

地元の人たちも三々五々やってきて、「懐かしいねぇ~」とか言いながら記念写真をパチリ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

7月訪れた時にはかなり朽ちていた2両の有蓋車も立派にレストアされていて、一見新車と見紛うばかり。

11時からは乗車タイムになるので、当然ホジ3には乗ってみたかったのですが、次なる復活を見に行くため、後ろ髪を引かれながら百間町を後に・・・。


下り「あさま」は長野発11:00で、線形が北上一方なので、向かってくるほうは殆ど逆光になります。それでもなんとかマシな場所はというと。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

二本木・新井 9041M

この辺りしかない、さぞや来ているだろうなと思ったら10人足らず。周囲併せても20人くらいでしょうか、チョット拍子抜け。デジカメの普及で、光線を気にしなくなったのか草が高かったせいか?現地着は通過15分くらい前でしたが余裕でした。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

脇野田・南高田 9042M

最後は愛称大写しのため、脇野田の北側踏切に戻ります。最終的には同業者は30人くらいだったでしょうか。

国鉄色というもののさすがにJNRマークまでは復元されなかったのが惜しまれますが、6連モノクラスとはいえ、信越本線に特急が復活した日でした。


所詮、復元でしかないかもしれませんが、この2つの復活を素直に喜び、今後を見守っていきたいと思います。(検査掛)




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2012年10月21日 (日)

【アーカイブス】怪しい?名称板 あれこれ

 出札掛さんから、最近の「イラスト系統板を掲出した列車の運行」についてのご意見が出されている。文字が少々小さい、というのはまさに同感である。また、多くの要素を盛り込んでいるため、写真で撮るとイラストの見栄えがしない場合もあるようだ。


 もっとも、これは全国的な傾向かもしれない。ある民鉄の車両が無くなる時にも、そのさよならマークの文字が小さく、判別しずらかった。好みもあるだろうが、あまり情報を盛り込まず、もう少しすっきりとした看板でも良いのではないのか、と思う。


 ということで、文字がすっきりしていた頃の名称列車?の写真をご覧にいれたい。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは昭和53年の各務原航空祭の折りに運転された特急「ブルーインパルス」。今年も28日に航空祭が行われ、特急の延長運転が行われるが、7000系が無くなった後は名称が掲出されず、ちょっと寂しくなったようにも思う。


 まあ、この程度では「怪しい」名称板とは言えないので、より「怪しい」名称列車をご覧にいれたい。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは昭和53年秋催事「恐竜博」にちなんで走った「サウロタッチ」号。この時の正規の特急は「恐竜」という名称であったが、団体臨が「サウロタッチ」で、休日には一般の乗客も乗れる高速として運転された、と記憶する。紙を貼った行き先板がユニークである。


 まだ、これには行き先も書かれていて良いが、こうなると正体不明となる。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 たぶん、団体の種別板の付け忘れかと思うが(よく見ると種別板が付いていない)、これでは単に普通の「サウロタッチ」駅行きである。


 一方、当時の座席指定の特急は黄色の板に定期が漢字(多くの場合、終着駅名をそのまま名称としていた)、臨時がひらがなで文字が書かれ、それ以外に観光に適した列車に日本ラインや伊良湖などの名称を付けていた。知多方面行きは、伊勢湾で、これは伊勢湾フェリーに連絡する列車ではなかったかと思う。


 時には、車両運用の都合で、こんな列車も運転された・・・・・


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 と、いうのは嘘である。(^^;) 信じた方、ご免なさい。m(_ _)m


 さすがにこの列車では、指定料金は取れないですね。停車中の列車に特急の行き先板を付けさせてもらったのかな。実際にこんな列車が特急で走れば、面白かったでしょうけどね。


 最後に、これは本当に意味不明の特急板。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 鵜沼行きの特急である。但し、種別板は入っていない。


 おそらく、特急の名称は「日本ライン・犬山」で、新鵜沼行きと新広見行きを併結して運転し、この編成は犬山で分割した新鵜沼行きではないかと思う。そうであれば特急の場合、行き先板の所は名称のはずなので、本来は「犬山」で小さく新鵜沼と書くのが正当ではないだろうか。まあ、それは原則であり、乗客案内の点からは「鵜沼」と書いた方がわかりやすいのは確かであろうが、結果として特急板としてはイレギュラーな形態となったのではないかと思う。


 というような話はいままでまったく記憶になかった。(^^;)

 たまたまこの写真をスキャンしていて、黄色の特急板に鵜沼の文字が書かれていることから、この不思議な板に気がついたような次第である。


 さて、この怪しい?特急板の真相は如何に?(駅長)



 

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本宿と豊橋

このところ、名古屋鉄道のHPに掲載されるお知らせ欄で時々目にするのが、「イラスト系統板を掲出した列車の運行」という企画。

かつてのネームドトレインを装うかの如く、6000系貫通路タイプの車両に特殊系統板を掲げて沿線の催し物をPRするには格好の策ですが、最近ちょっと乱用気味?のよう。系統板を掲げることに不平はありませんが、そのデザインを見ると、描写が細か過ぎるせいで「何が描かれていたの?」というデザインでは、せっかくのPRも台無しです。

じっくり眺めないと理解できないほど凝ったデザインではなく、シンプルなイラストに太くて大きめな文字をド~ンと配置して配色を上手に施せば、何気なく目撃した人にもその内容が伝わるし、それなりに“カッコいいヘッドマーク”にもなり得るのではないかと思うのですが、さて如何でしょう?


10月20日(土)は本宿駅高架化20周年記念イベントが催され、その一環で東岡崎ー伊奈間の定期列車1往復に記念系統板が例によって掲出されました。掲出列車は6000系4連の運用なので、もしやと思って前日19日の名鉄電車目撃情報を見ていたら、当該運用に貫通路タイプの車両が充当されるように、ちゃっかりと前日の運用コース中に車両交換していました(鉄仮面から6007F編成に)。なかなか用意周到。

しかしわざわざ足を運んでこの列車を撮るほどの価値はあるのだろうかと悩んでいたら、ああそうか、当日は豊橋祭りが催されるから豊橋市内線の花電車を撮りに行く“ついで”に片付けられる!!

というわけで、名古屋で往復特割きっぷを購入して豊橋へ向かいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


記念系統板列車の撮影については、これのために都度下車しながら豊橋へ向かうとなると特割きっぷとは比較にならないほどコスト高になるので、軟弱に駅ホーム撮りに終始しました。

美合では急行を退避します。入線時刻は下り普通列車の発車とほぼ同時刻なので、万が一カブられてもいいようにと上りホーム先端から真正面ドカンで待避線進入を狙いました。結局、下り列車との競合はギリギリ回避できたかも?下りホーム先端の皆様、如何でしたか?




「はなぶさ」に集まる仲間たち

列車は伊奈に到着後、折り返して東岡崎へ戻ります。ここで系統板は別のデザインのものに交換されました。

逆光?陽が当たらない?ハイ、すべて承知です。あくまでも“ついで”仕事ですから。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


そういえば、独特なスタイルをした本宿駅旧駅舎は過去に撮っていなかっただろうかと探してみたら、一コマだけ写していたようです。高架工事が始まると取り壊されるだろうから、と途中下車可能である懐かしの「名鉄初詣きっぷ」で何処かへ出かけた際に、駅舎撮影のために立ち寄ったたものと思われますが、はっきり覚えていません。撮影は1991年1月13日。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

さてようやく本題、豊橋駅前で市内線花電車の到着を待ちます。なんだか次々と電車がやって来て、やけに運転間隔が短いようですが?しかも全電車が運動公園前行き!?ああ、豊橋祭りに伴う臨時ダイヤなのですね。日中では見られない続行(っぽい)運転シーンも時折り見られました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


これだけ増発されているなら車両もほぼ総動員されることだし、ならば花電車も使われることを信じて待つこと30分、現れました~。女性運転士が花電車に華を添えます。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

自分が使っている機材(N社のD80)は、某ムック誌に評価されているとおり、同じメーカーの他機種と比べると彩度が強めに記録される傾向にあるようで、特にブルー系が顕著です。実はこの画像もソフトでブルー系の彩度を抑えてあります。もっとも画像処理ソフトでどのようにでも味付けできるのがデジカメの良いところなので、この特性を否定するつもりはありませんが、撮影メニューの仕上がり設定はいつも標準モードにしているのにもかかわらずそうなってしまうので、もう少しナチュラルな色付けを望みたいものです。

余談:F社の一部のデジカメには、カラー設定にVelvia/PROVIA/ASTIAなどの名称がつけられています。さすがフィルムメーカー。


今回の本宿イベントについて疑問。新線開通や新駅開業の○○周年というのなら理解できるとして、なぜ今回は高架完成事業の周年を記念としたのか、チョイと無理がありませんか?単なるネタ作り?増収対策?いや、愚問でした。(出札掛)


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2012年10月20日 (土)

【アーカイブス】困ったコダクローム

 お気づきになった方もあるかと思うが、昨日、弊ブログはAmebloの鉄道部門でアクセス数が1位であった。これまでもランキングがヒトケタ台のことはあったが、1位は初めてと思われる。特に順位を気にしているわけではないが、とはいえ、折角書いているので多くの方に見ていただけるのは嬉しいことである。しかし、そのアクセスを解析してみると、大きな疑問がわいてくるのである。


 昨日のアクセス数は約1万5千PVで、通常の100倍以上である。さらに時間帯別に見ると、午前5時にそのほとんどがアクセスしている。ということは、このアクセス数はごく一般的にブログを閲覧している数字ではなく、なんらかの手段でブログにアクセスしている数字と見るべきなのだろう。いうならば、不正なアクセスがおこなわれているのではないかと推察される。


 以前からヒトケタ台のランクには、こうした異常なアクセスがあった。と、いうことはランクの上位に位置しているブログは、通常の閲覧というわけではなく、なんらかの作為が行われている、と解釈すべきなのだろうか。ランキングは人気や内容を反映するべきものなのだろうが、そうではない形でランキングがつくられているとなると、ちょっと悲しいものがある。

 ランキング上位が常連のブログは、実際にはどうなのだろう


 閑話休題、本日の題はコダクロームである。


 このところ、コダクロームの作品を精力的にスキャンしている。撮影時期としては昭和52~53年にかけてで、本数は100本近い。

 当時、コダクロームはすでにKⅡの時代ではなく、KRに変わっていた。コダクロームが好まれたのは何といっても外式による保存性の良さで、ポジを見ると今でもほとんど退色しておらず、それは掛け値なしで評価できる。反面、発色は渋くて重厚な色・・・というと聞こえがよいが、晴れた時はともかく、なんともくすんでいて、さらに曇りや雨で露出が不足すると完全にディテールが潰れてしまい、まっ黒に近くなってしまうという、なんともやっかいなフィルムであった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同時期、ブローニーはエクタクロームを使っていたが、ここまで潰れはひどくないので、こうした傾向はコダクロームの特性かと思われる。

 さらに困ったことに、スキャンをすると透過光で見えている暗部がいっそう落ち込んで、見えなくなってしまうのである。せめて、透過光で見える程度にディテールをスキャンしてくれればいいのであるが、どうもうまくいかない。これはスキャンソフトのせいなのか、設定方法が悪いのか、よくわからないが、こうした露出不足のコマは半端ではない数があるため、何らかの対応ができないか、と苦慮している。


 それ以外に、一部のフィルムでこんな現象が見つかった。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、画面の一部が乳剤がはがれたように青くなってしまう現象である。こうした現象は、フィルム1本まるごとに出るのではなく、特定のコマだけに発症する。それゆえ、影響はあまり大きくないので良いのであるが、とはいえ、好ましい事態ではない。

 この現象は、当時の鉄道誌にも取り上げられ、静電気が原因と書かれてあったように思う。さて、何が理由だったのだろうか。


 もうひとつ、これは新しく発見した症状。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この写真は、意識的に画像の明るさを落としているのであるが、ご覧のように上の部分と真ん中あたりの濃度が落ち込み、筋のようになっている。こちらは先の事例とは異なり、1本まるごと同じ症状である。

 とりあえず発見したのは1本だけなので、なにか特殊な要件でも加わったのかと思うが、いずれにしろこちらも好ましい事態ではない。


 こうした現象は、エクタクロームでは見られない(と、思う)。発色の傾向は当時からエクタクロームが良く、心配された退色も顕著ではない。(あったとしてもフォトショップを使えば直ってしまう)

 こう考えると、35mmも当時からエクタクロームをつかっておけば良かったと思うのだが、メンバーの皆様方はどうであろうか。(駅長)


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2012年10月18日 (木)

非鉄道の日関連 熊本・広島 宴会鉄 3

 さて、熊本から広島に移動し、連夜の宴会の最終日である。




 この日は、撮影旅行としては極めて珍しく、夜明けより後に起きて、朝食を摂るべく、朝8時にホテルの最上階にあるレストランに向かった。今日は9時半に千田車庫に集合なので、9時過ぎにホテルを出発すればいい。ゆっくり朝食を食べる予定である。





 普段、撮影旅行中の陽のある内は忙しく動き回っている人間が、どうしたのかといぶかしく思われる方もあるだろうが、当然、こうした行動をとるには目的がある。それは、この写真をホテルのレストランから撮ることが目的だったからだ。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 手前に原爆ドーム、そして太田川に架かる相生橋を渡る広電のシンボル、5000形コンビーノ!まさに、これぞ広電、という写真が撮れるのが平和大橋の横にある某ホテル最上階のレストランなのである。それが狙いで、広島に行く時はこのホテルを常宿にしており、今回はたぶん3回目の宿泊である。何時も泊まるチェーン店のホテルから見れば若干割高ではあるものの、このシーンが撮れるなら、なんら文句はない。





 1時間にわたり、朝食を兼ねた撮影を楽しんだ後、ホテルをチェックアウトして、集合場所の千田車庫に向かう。ここから、もう1両の被爆電車、652で西広島(己斐)に移動する。ここで本日、最初のサプライズがある。ここから、日本の路面電車史に残る画期的な車両、軽快電車3500形に乗車するのである。





 軽快電車とは、欧米で進められていた路面電車の近代化を日本でも具現化すべく、高性能の路面電車車両、すわなちLRVをつくろう、というプロジェクトで1980年に登場した次世代型路面電車である。広島電鉄向け3500形1編成と長崎電軌向け2000形2両が製造され、試験ののち、営業運転に供された。


 


 この車両が日本の路面電車に与えた功績を書き始めると長文になってしまうので割愛するが、軽快電車の大きな問題は試作車故、営業運転に供される機会が少なかったことである。特に広電の3500形はそれが顕著であった。こうしたことから、3500形に乗るまでに数年、かかってしまった記憶がある。


 さらに最近では、高性能車や低床車が増備されたことで出番がますます無くなり、数年前に故障になったことをきっかけとして運行を停止していた。それを今回はこの貸し切り運行のため?に修理し、運転をしてくれたのである。





 動く機会が少ない車両故、走行シーンも撮影したいが、乗車してクロスシートや1モーター2軸駆動の乗り心地も楽しみたい。ということで、撮影を犠牲にして乗り鉄を楽しむことにした。そこで、走行シーンを撮影したのは回送でやってくる時の西広島到着シーンだけである。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 類型的な走行写真ではなく、西広島への到着の後追いシーンであるが、この駅のシンボルである大屋根と一緒に撮れ、雰囲気も良いのでまずは満足である。


 


 ここから3500形の乗り心地を楽しみ、広電宮島で折り返して商工センターにある荒手車庫に到着する。ここで次のサプライズが用意されていた。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 それは2000形に始まる広電の宮島線直通車の勢揃いである。これも昨日の江波車庫に続いて、幹事の方々の準備の成果である。まさに、感謝、感謝である。


 この中でも珍しいのは、車籍こそ残っているものの、運行から外れて久しい2000形連結車で、すでに自力走行ができなくなっているものをわざわざ並べてくれたらしい。このように広電を特徴づける連接車、連結車がずらりと並ぶのは壮観である。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 


 5001コンビーノを後ろに下げて、3500形の形式を撮影する。同一行動はここまでで、解散となる。


 夕方に数人の仲間で再度、お好み焼きを食べに行くことを約束して、宮島口に戻る。目的は、鉄ではなく、宮島に渡って名物のあなご丼を食べることにあった。しかし、宮島までわざわざ船で渡ったものの、3連休に加え、大河ドラマ放映の影響か、すさまじい数の観光客で、どこの食堂も長蛇の列である。あまり列のない店に入ったものの、味はもうひとつで、満足度は低かった。天気が良いのに鉄ちゃんをしなかったので、その報いかもしれない。(^^;)








 コンビーノ5000形に続いて、日本で低床台車を開発して製造された5100形は、補助金などの関係で宮島線では1本だけの運行である。宮島に渡る前に宮島口の駅で確認しているので、まもなく戻るだろうと到着時間を確認すると、40分ほど後でやってくることがわかる。そこで、海をバックに撮影できる阿品東の定番の場所で撮影することにする。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

 


 この場所を訪れるのは数年ぶりであるが、思いの外、国道脇の街路樹が伸びて、撮りづらくなってしまっていた。もう少し線路寄りに近づいて、広角気味で撮ったほうが良かったかもしれない。




 続いて、広電廿日市で降りて、まもなく消えるという木造駅舎を撮影する。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 宮島線が鉄道線であった頃の名残であるが、いまだ駅舎が残っているのには気が付かなかった。模型にでもしたくなるような良い雰囲気である。




 ここを最後に撮影を終了し、ホテルで荷物をピックアップして友人の行きつけのお好み焼き屋のある土橋に向かう。新幹線の時間まで仲間内で後夜祭である。しっかり飲んで語らい、広電で駅に向かい、万一寝過ごしても良いよう、広島始発名古屋行きの新幹線で名古屋に帰ってきた。もちろん、広島を出発後は爆睡したので、名古屋まであっと言うまである。




 飛行機と新幹線を使った久々の国内鉄の遠出であったが、全国の多くの仲間と久々に会えて楽しかった。今年中に、もう一度こうした仲間の集まる機会があるし、それ以外にも東京や大阪に行く機会がある。天候次第であるが、可能ならその機会に、千葉県のローカル線や近鉄の工場公開、京阪3000系の撮影などに行ければと考えている。久々に国内の鉄に励む秋になりそうだ。(駅長)



 


 


 







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2012年10月17日 (水)

188.1980年冬 東北周遊の旅 6号車(角館線) 1980/3/4

 最近ネタアップのため、しばらく中断していた東北周遊の旅を再開したいと思います。「もういいや」と思われる方もいらっしゃるでしょうが、我慢してお付き合いいただければ幸いです。この日は撮り鉄の休養日として下北から野辺地経由で盛岡へ出て田沢湖線と角館線の乗り潰しに当てました。田沢湖線は本当に乗っただけでスナップ写真も撮っていません。角館から分岐する角館線の列車は朝・午後・夕方のわずか3往復、岩泉線と並んで東北の乗り鉄には難易度の高い路線でした。こんな運転状況では撮り鉄することもままならず、とりあえず2往復目の列車で角館~松葉を1往復、その時に撮ったスナップ的な写真ばかりになってしまいましたが、どうかご了承ください。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 1日3往復のダイヤでも地域住民の足としてそれなりに機能していたようで、途中駅でもぽつぽつと降車客がありました。羽後太田で若者が1人下車し、車掌と何やら会話をしています。当時の若者の必須アイテムだったmadisonバックが懐かしいです。

【1980.3.4 羽後太田】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 松葉へ向かうキハ52の車内です。車掌が一生懸命車内できっぷを発売しています。人と人との温もりが感じられる光景だったので、思わずシャッターを押してしまいました。今ではローカル線はワンマン化が進み、このような光景はほとんど見ることができません。

【1980.3.4 キハ52車内】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 西明寺でも2人の女性が下車、東北の田舎らしい服装をした手前のおばさんがいい雰囲気を出してくれています。

【1980.3.4 西明寺】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 終点の松葉に到着すると乗客は家路を急ぎます。この一瞬だけ駅に活気が蘇ります。当時の松葉は終着駅でしたが、今は秋田内陸縦貫鉄道が経営を引き継ぎ、松葉から阿仁合線の終点だった比立内はレールが繋がったものの、経営環境はかなり厳しいようです。

【1980.3.4 松葉】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 降車は一瞬のうちに終了し、すぐに静けさが戻りました。角館線は鉄建公団新線だったため、駅の風情は感じられず、ちょっと拍子抜けしてしまいました。

【1980.3.4 松葉】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 折り返しの列車で角館まで戻りました。角館はみちのくの小京都と呼ばれるように武家屋敷などが観光名所になっていましたが、鉄の悲しい習性ゆえにそういったものには一切目もくれず田沢湖線の残りの乗り鉄を続けました。女性の髪が大乱れしているようにかなり風が出てきたようで、翌日の天候に一抹の不安を感じました。

【1980.3.4 角館】(電車運転士)


●次の目的地 蒲原鉄道

●移動行程   角館→秋田→「津軽2号」→郡山→「ばんだい11号」→会津若松→五泉→蒲原鉄道

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2012年10月16日 (火)

非鉄道の日関連 熊本・広島 宴会鉄 2

 熊本と長崎で開催された鉄関係の集まりに参加した報告の続きである。




 前日、大変美味しい馬刺で盛り上がった集いの翌日は、7時に目覚ましをかけた。ホテルからの俯瞰と、昨日、一部が建物の陰となってしまった通町筋での撮影のリベンジが目的である。





 熊本城をバックにした通町筋での撮影は、道路がほぼ東西に走っていることから、熊本に到着した昨日は昼頃の撮影ゆえ、建物の影が入るのではないか、という懸念があった。実際に撮影してみると、正面に陽は当たっているものの、案の定、建物の影がうるさく、影が目立たない正面がちに撮らざるをえなかった。そこで光線が順光になると思われる朝8時過ぎに再度通町を訪れることにしたのである。





 しかし、このように周到に準備をすると、思うとおりにいかないのが常である。案の定、曇ってしまい、光線はまったく関係が無くなってしまった。まあ、普段の心掛けを思うと、えてしてこんなものである。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 やってきたのは、パト電。名鉄にもあったのを記憶している方もあるだろうが、県警の広告電車である。熊本でも人気があるようで、訪れた時にはこのデザインのチョロQが発売されていた。しかし、写真として撮るとなると、オリジナルカラーの方が良いことはいうまでもない。





 その後、集まりの会場である駅前に新しく建設されたくまもと森都心プラザに向かう。ここのホールのホワイエから見ると、熊本駅がホテルとは別のアングルで綺麗に撮れる。このアングルは初めて見るだけに、思わぬ拾いものである。





「はなぶさ」に集まる仲間たち




 新幹線が開業しても駅舎はそのままであるが、これは現在進行形の在来線高架化の折りに移転を考えているからなのだろう。しかし、現時点では新幹線からの乗り換えも不便で、やや使いづらい感じである。





 広島までは「さくら」の指定席に乗車する。九州新幹線の熊本~博多間の初乗りである。九州新幹線は、以前、新八代と鹿児島の間を乗ったことがあるので、熊本と新八代の間だけが未乗となってしまった。





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 指定席車に入って驚いた。一瞬、グリーン車かと思った。2+2のシート配置で、シートも重厚な雰囲気である。近くを走っている新幹線と同じ車両とは思えない。


 大阪~九州間はLCCも多く進出していて、競争が激しいため、JRも目一杯の設備とサービスをしているのだろう。確かに、これだけの座席と設備なら、多少、お金はかかっても乗って良いと思わせるだけのものがある。欧州でも多くの特急に乗ったが、それらと比べても遜色ない。このため、関西~九州間では、九州からの直通車の人気が高いという。


 これに対して、近くの新幹線は・・・まあ、輸送力確保が第一だし、競争もないのでやむを得ないのでしょうねぇ。




 2時間弱で広島に到着する。距離から言えば、名古屋~岡山間と同じくらいの筈だ。しかし、運賃はともかく、料金は名古屋~岡山が4890円に対して、熊本~広島間は6170円で2割強高い。最初は間違いではないか、と思ったが、どうやら九州新幹線からの直通列車は、山陽新幹線と九州新幹線それぞれの特急券料金を併算しているかららしい。理由はわからないわけではないが、他の交通機関との競争を考えると、従来型のこうした思考方法はなんとも辛い、といいわざるを得ない。




 広島では、仲間で路面電車を貸し切ることになっている。その集合場所である千田の広電本社に向かうと、本社の南にあるスーパーの前に、レストランに改造されたドルトムント電車が停まっていた。まだ、7月にオープンしたばかりの ドイツ料理レストラン、トランヴェール・エクスプレスである。今回はここで食べるチャンスはなかったので、次回にはぜひともここのドイツ料理を賞味したいものである。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 千田車庫からは被爆電車の651に乗車する。サプライズが用意されていると聞いていたが、それが何かと思えば普段は入線しない白島線への直通運転であった。白島線は八丁堀と白島の折り返し運転なので、八丁堀の分岐線部分には乗ることが出来ない。全線完乗を目指しているわけでもないし、普段乗れない線をあえて乗りに行こうとは思わないが、とはいえ、こうした区間に乗車できるのはなんとも嬉しい。




 さらに江波車庫に着くと、なんと驚くべきシーンが広がっていた。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 広電のレア車両の勢揃いである。




 左から、普段は車庫の中にいる2軸単車の156、ここまで乗車してきた被爆電車の651、元西鉄北九州線の602、復元車の101、花電車のタネ車である貨51、そしてハノーバー電車の238である。どの1両をとってもなかなか見ることができない車両ばかりで、こうして一同に揃うのは極めて珍しいはずだ。こうした機会をセッティングしてくれた地元の幹事さんに、感謝、感謝である。1時間にわたり、じっくりと撮影できた。




 その晩は懇親会、そして2次会でお好み焼き屋に繰り出すのであるが、残念ながらその写真はない。


 翌日も、さらなるサプライズが準備されているとのこと。さて、それは何だろう。(駅長)


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ネタ列車in信州 2012

鉄道の日、この地方ではほんとにネタがないので、今年も「東」エリアに足が向いてしまいました。

毎年この季節になると、なぜか長野支社内に茶色の客車列車が運転されます。今年の場合、13日は「篠ノ井線開業110周年」記念ということでしたが、翌14日は鉄道記念日という以外特段の意味もないように思いますが、走行する線路は14日のほうが面白いので、行ってきました。

43系客車3両をEF64 0番台PPで、「中央線紀行号」と名付けられ、松本・富士見間(辰野経由)の運転でした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

小野・塩尻  156M

まず、小野・塩尻間のオメガカーブに向かいます。現地に7:30頃到着、本命まで3時間、同業者は3人いました。

本命までに撮れるクモハ123-1は上下各2本、なんとか季節感を出そうとまばらに咲いているコスモスを入れてみました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

小野・塩尻  153M

朝2本だけ運転される115系です。このときはまだ空は青かったのですが・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

小野・塩尻  9542レ

本命が来るころにはだいぶ雲が広がってきてしまいました。最終的に、定番の踏切からと、こことで同業者は30~40人前後でした。

ここでの定番は、踏切からのアウトカーブでしょうが、草も高く、いつものことながらご覧のような無粋なHMが付いているので、ここはあえて遠目で撮りました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

岡谷・川岸  9542レ

国道20号線を走り、大八廻りする列車を先行しました。そうはいっても岡谷以南へは時間的に苦しく、岡谷近郊の跨線橋から2回目。この辺りに来たのは旧型国電以来なので、30年ぶりで、かなり住宅が建っていました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

青柳・茅野  66M

岡谷・茅野(普門寺)間は単線なので、盛りスジの「中央線紀行号」は、退避、交換で、各駅でかなり停車してきます。そうはいっても、混雑するであろう諏訪の市街を避け、湖南道路を東へ。当初はすずらんの里あたりを目指していましたが、途中「のぞみ大橋」というところで、同業者数人が構えていたので、20号線から左に入ると俯瞰できそうなので、ここにしました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

青柳・茅野  437M

のぞみ大橋の青柳側はこんな感じです。6両ではこのようにかなり厳しいカットになってしまいますが、3両のローカルなら右上の国道も、左の運送会社も入らずに、山中の雰囲気で撮影できます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

すずらんの里・青柳  9543レ

ネタ列車は富士見で1時間20分停車後、折り返してきます。しかし、この頃にはだいぶ天気が怪しくなってかなり露出が落ちてきました。復路も3回撮れると目論で一発目はここにしました。右後方の山の下の白い部分がすずらんの里です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

下諏訪・岡谷  9543レ

諏訪南ICから岡谷ICまでワープしたのですが、なぜか1枚くらいはHM大写ししておこう、という気になり、諏訪市街にハンドルを切ってしまいました。ところがこの区間、知らない間にほとんどが高架になっていて、結局、下諏訪を出てすぐの複線化用地?しかありませんでした。一時的に日差しが戻り、ホッとしましたが、この後再びドン曇りとなり、ここを最後に撤収しました。


思ったほどの成果はありませんでしたが、また何か走ったら行っちゃいそうです。(検査掛)
 

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2012年10月14日 (日)

鉄道記念日

10月14日は「鉄道の日」、せっかくの日曜日なのに、鉄道の日関連行事は一週間前に金山駅で中部運輸局主催のイベントが行われたきりで、東や西に比べて目立つネタすらありません。おかげでまったりと過ごせるので(←皮肉)、こんなときは、いざというときの鉄活動を快く承諾してくれるように、今のうちに家庭仕業してゴマすりしておきましょ。


某大型S・Cに行きたい、と家内のリクエストに応えて身支度。ふと時計を見ると、うまくいけば117系名古屋運用の大垣返却回送が見られそう。先週から車両運用がローテーション通り周っていれば、この日は国鉄色が充当される予定です。天気もいいし、目的地へ向かう途中にお手軽撮影地の木曽川近辺をちょうど通るので、せっかくだからとカメラを肩にぶら下げて車に乗り込みました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


現地は一面黄金色に染まっているのに、一番肝心なポイントでバルサンが襲撃して雰囲気ブチ壊し。仕方ないのでこんなアングルでバルサンを隠してごまかしました。列車が小さいですね。どうせ後追いだし・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

帰宅後、退屈しのぎにネットの各情報を覗いていると、例年の如く広島工場公開ヘッドマークを付けた機関車(EF66 33)がちょうど稲沢に来ているよう。他に予定もないので、暇つぶしに愛知機関区へ当該機を探しに出かけたら、お~、いたいた!ただし留置位置からは距離があるので、レンズを付け替え、雲の合間から陽が差すタイミングを見計らって思い切ってド~ン。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

すぐそばには、以前当ブログにも載せた(→ http://ameblo.jp/b1hanabusa/entry-11260401518.html  )旧コンテナ色のヨ8000が置かれていました。この様子を見る限り、使われる気配はなさそうですね。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


一大記念日なのに関連ネタが何もナシではつまらないので、30年前に走った鉄道110周年記念号(撮影・1982/10/11)を載せます。EF58 61が14系を牽引して東京ー神戸を往復しました。場所は岐阜駅東方で東海道線と高山線の分離付近。スキャン時の設定が悪かったのか、原版が悪いのか、いくらか補正しても見栄えの良い色が出ませんが、ご勘弁下さい。もっと画像処理ソフトを勉強せねばいけません。(2012.10.19追記:画像修正をさらに施したものと差し替えました)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

こちらは、名鉄が主催した鉄道ファン向けのイベントに伴う団体列車です。「テッピー」そのものをデザインしたシンプルな系統板は、細密すぎて何が描かれているのかわからない最近のものと比べれば好感が持てます。列車番号は3401レ、犬山線下小田井ー枇杷島分岐にて(1994/10/16撮影)。


おとなしい一日でした。(出札掛)



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2012年10月13日 (土)

187.今シーズン最後の名鉄工臨+竹村のコスモス 2012.10.13

 駅長様のご報告にあるように10月13日は豊明~矢作橋で9004列車が運転されました。ダイヤ・太陽の位置などを考慮すると今シーズンこれが最後の名鉄工臨をゲットできるチャンスではないかと思い、自分も参戦してしまいました。たまたま12日の夜から13日の朝にかけて夜業が入っていたため、業務終了後、速攻で宇頭~新安城の定番ポイントに向かいました。9004列車の新安城発車は6時20分、撮影後、家族運用までには時間的に余裕があったので、コスモスの咲き具合の偵察も兼ねて竹村にも転戦してみました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 現地到着は5時45分頃で、9004列車の通過までには少し時間があったため、仮眠でもとろうかと思っていたところ、東の空が朝焼けでいい感じになっていたので、無理な構図を承知でこんなパターンにもトライしてみました。

【2012.10.13 宇頭~新安城】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 本命の9004列車は駅長様と同じように豊明でシルエットという選択肢も頭をよぎりましたが、大事をとってこのポイントで待つことにしました。最初は後方の跨線橋の上から撮るつもりでしたが、予想以上に太陽が顔を出すのが遅い感じで9004列車の通過時は跨線橋の影がまだ残っているだろうと判断して直前にここに移動しました。ここなら周囲が開けているので多分大丈夫だろうと思っていたら、後方の運送会社の倉庫が思ったよりも高く、線路に陽が当たるかどうか微妙な状態でした。それでも何とかギリギリセーフで倉庫の影をクリアすることができ、朝のエロエロ光線を浴びた9004列車をゲットすることができました。

【2012.10.13 宇頭~新安城】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち
 前夜は貫徹で寝不足だったこともあり、9004列車の後はとっとと帰宅するつもりでしたが、ふと竹村のコスモスことが頭をよぎり、様子を見がてら立ち寄ることにしました。見頃には少し早いかなと思っていたところ、ご覧のような感じとなっており、結局、帰るに帰れない状況になってしまいました。今年のコスモスは竹村~土橋のほぼ中間地点に架かる跨線橋のすぐ北側に咲いており、俯瞰が可能でした。

【2012.10.13 竹村~土橋】(電車運転士)

 

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 今年は先程の場所以外にも一昨年と同じ場所にもコスモスが咲いていました。ここは線路から少し離れた高台という条件なので、風景を広めに取り込むことができます。

【2012.10.13 竹村~土橋】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 続いて、定番の線路端からのアングルです。本当はもう少しサイドに回りたかったのですが、バックにご立派な老人ホームが入ってしまうため、これを回避してみましたが、ちょっと窮屈な構図になってしまいました。

【2012.10.13 竹村~土橋】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 同じような構図パターンを繰り返していても面白味がないと思い、広角流し撮りを試してみました。狙いどおり先頭部分が止まってくれてラッキーでした。秋を駆けるイメージを感じていただければ幸いです。

【2012.10.13 竹村~土橋】(電車運転士)


 竹村のコスモスですが、ちょうど見頃になったばかりで、あと1週間くらいは華やかな雰囲気を楽しめそうな感じです。今年も線路の東側に咲いているので、午前中なら上下列車とも側面に陽が当たりますが、車体にケーブルの影が落ちない早朝が条件的にはいいと思います。

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非鉄道の日関連 熊本・広島 宴会鉄

 鉄道の日関連の催しが各地で行われた10月初めの3連休、メンバーの方々も好むと好まざるとに関わらず、さまざまな形で鉄活動に関わられたようで何よりです。さて、かくいう小生は、鉄道の日とはまったく関係ない鉄関係の集まりがあり、それを掛け持ちして参加してきました。もちろん、目的は昼間ではなく、全国から集まる友人たちとの夜の飲み会です。




 その催しは、5日から6日にかけて熊本、6日から7日にかけて広島でありました。そこで、5日に熊本に向かい、6日の昼間に九州新幹線初乗りで広島に移動、7日の夜に新幹線で名古屋に帰る、という予定をたてました。ホントは8日も広島あたりで過ごしたかったのですが、その日にはどうしても外せない家族運用があり、さすがにこれ以上、遊んでいるわけにはいかないので、帰名した次第です。(^^;)





 まずは、熊本への移動です。効率を考えると、さすがに新幹線では辛い、ということで、ここは飛行機を使います。しかし、熊本便は時間が悪い上に運賃も高いので、少しでも安く行くべく、福岡便を早割で購入し、福岡空港から高速バスで熊本に向かうことにしました。名古屋からは、たぶん、これが一番安い・・・・と、思っていたら、福岡空港で同じ催しに参加する大阪の友人とバッタリ遭遇。その友人は、関西から桃飛行機で飛んできて、運賃は4900円とのこと。(>_<) うーん、さすがLCCです。早く、空亜飛行機が名古屋をベースキャンプに飛んでほしいものです。





 福岡便を利用したのは、もうひとつ理由がありました。貯まっている某社のあるポイントの処理です。某社のマイレージに付帯するこのポイントは、せっかく貯めても、名古屋では使い道がほとんどなく、不良債権となってしまい、昨年度は何と6回分ものチャンスを無駄にしてしまったのです。やっと、今回、初使用できます。(^^)





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 このポイントを使うと、座席は最前部となり、しかも飲み物や食事がサービスされるのが有り難いです。
今年初めての松茸ご飯。朝食を食べてこなくて良かった。 (^^)


 調子に乗って、食前酒として朝からスパークリング・ワインを飲み、料理の写真を撮っていたら、降りる時に客室乗務員から「プレミアムクラスは初めてですか」などと言われてしまいました。うーむ、田舎ものに見られてしまったか。(^^;)





 福岡空港からは、高速バスで熊本に向かいます。運賃2000円。割安感があります。熊本には、ちょうど、お昼頃に到着。まずは通町筋の電停で熊本城をバックに定番のカットを撮影します。





「はなぶさ」に集まる仲間たち




 このアングル、これまでに何回も撮影しているのですが、周辺景観がガラリと変わってしまったので、改めて撮り直しです。変わったところは、熊本城に完成した本丸御殿、そして九州新幹線開業にあわせて昨年完成した芝生軌道。そして、2008年に登場したもっとも新しい連接車の0800形です。要するにまったく変わってしまったわけですね。





 ちょうどタイミング良く0800形がやってきて、すべてをフォローした写真を撮ることができました。しかし、0800形が動き始めてから熊本に来ていない、というのは、何年ぶりの熊本なんだろう。この間に海外の某都市は・・・・・・・。まあ、熊本は名古屋から遠いのです。





 さて、熊本市電で九州新幹線開業にあわせて最も大きな変化があったのは、熊本駅前です。線路位置を変更して駅舎寄りに路線を敷き直すと共に、大きな屋根をつけました。また、ここから南の田崎橋にかけては、線路を歩道よりに敷いてサイドリザベーションとすると共に、芝生軌道として面目を一新していました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 この通り、大きく変貌してます。

 この風景を撮りたくて、駅前の某ホテルに泊まりました。このホテル、24階建てですが、ネットの旅行会社からの予約では上層階の部屋は駄目、といわれて良いアングルで撮れるかどうか、心配でしたが、結果的にはこのあたりがちょうど良かったようです。あと、これで後ろに九州新幹線が入ってくれれば文句なしなのだけれど、それはちと甘いか。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 これは二本木口を田崎橋に向けて発車するところ。ここの芝生軌道はかなり出来が良くて、欧州のLRTを彷彿とさせるものがあります。






 夜は、旧知の地元の友人の紹介で馬刺を食べに、再度、通町筋の飲屋街に向かいます。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 さすが馬刺の本場。なにしろうまい。


 なかなかこれだけの味は食べられない、ということで、各地から集まった友人達も大感激でした。(駅長)

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シーズン終了

 本日の9004レ、太陽が築堤の上にあがるより2分ほど早く通過してしまいました。もう数日、早ければベストでした。

 もう少し雲があってくれたら申し分なかったのですが、それは贅沢というものでしょう。どうやら本年の工臨シーズンも終了のようです。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 何度も出動された方、お疲れさまでした。(駅長)

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2012年10月 9日 (火)

186.千葉県のローカル線めぐり 2号車(小湊鉄道・いすみ鉄道) 2012/10/7

 千葉県のローカル線めぐり2日目は小湊鉄道といすみ鉄道です。前日の夜は五井至近の八幡宿に宿をとり、早朝の五井に降り立ちました。10月7日の名古屋地方はバリ晴れだったようですが、関東地方は朝から生憎の雨、気分は重くなりがちですが、今さら予定を変更することもできず、房総半島横断きっぷ(五井~大原の片道割引きっぷで所定2,070円のところ1,600円、途中下車可)を購入して養老渓谷行の列車に乗り込みました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 五井に隣接する小湊鉄道の車両基地です。駅の自由通路から全景を撮ることができます。庫の建屋も昔ながらの雰囲気を伝えており、ここだけ時が止まったような感じがします。画面には写っていませんが、側線の右奥に木造有蓋貨車が放置されていましたが、時間の都合で撮影までには至りませんでした。

【2012.10.7 五井】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 養老渓谷行の車内です。JRや大手民鉄ではIC化、中小民鉄や三セクではワンマン化が進み、車掌が車内できっぷを発売する光景は貴重なものとなりつつあります。小湊鉄道の車掌は女性が主力で、この日自分が見たり乗ったりした列車の車掌は全員が女性でした。

【2012.10.7 キハ204車内】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 小湊鉄道の目的地は上総大久保としました。自分が乗った養老渓谷からの折返し列車はあまり時間がなかったので、とりあえず定番アングルで待ちました。この駅はいつ訪れても絵になります。

【2012.10.7 上総大久保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この後は上総大久保を俯瞰できるポイントに向かいました。林道から少し雑木林の中に入って行かなければならなかったので、ポイントを見つけるのにちょっと手間取りましたが、何とかたどり着くことができました。上総大久保に着いた時には止んでいた雨が再び降り始め、靄で視界が悪くなってしまいました。

【2012.10.7 上総大久保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 次の列車までは1時間程あったため、雨が止むのを期待して同じポイントにとどまりました。雨は小降りになったため、さっきよりはましな条件で撮ることができました。桜と菜の花が咲く春の時期は沿線屈指のポイントとなるので、場所の争奪戦は熾烈なものとなることが予想されます。

【2012.10.7 上総大久保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 カメラを左に振ると上総大久保を発車した列車を追いかけることができます。こちらもなかなかの雰囲気です。国鉄色に準じたオレンジツートンの塗色は悪条件の中でも存在感は衰えません。昨今流行りのステンレスや白基調の塗色ではこうはいきません。やはり、国鉄色というのはどんな条件・風景にでも映える秀逸な色だと思います。

【2012.10.7 月崎~上総大久保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 さらに同じ列車をもう1枚。典型的な里山風景の中を列車が通り過ぎて行きました。いろんな条件から難しいとは思いますが、桜の時期にぜひ訪れてみたいポイントでした。午後からはいすみ鉄道に移動するため、小湊鉄道はこの列車で撤収しました。

【2012.10.7 月崎~上総大久保】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 終点の上総中野です。右のホームがいすみ鉄道ののりばです。左奥の奇妙な建物はかなり以前に自治体が建てた公衆トイレです。この建物だけが異質な感じで、せっかくのいい雰囲気をぶち壊しています。もう少し景観に配慮した建物にはならなかったのでしょうか…。

【2012.10.7 上総中野】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 折り返し大原行となるいすみ鉄道の列車が到着しました。最近の乗り鉄ブームの影響か、雨でも土曜・休日となると結構な数の乗客が列車をを待っています。この両鉄道はたびたびメジャーなテレビCMに登場しており、認知度も上がったこともあって鉄道をおもな目的とした行楽客が増えているように感じました。

【2012.10.7 上総中野】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 いすみ鉄道の最大の目的は最近復活を遂げたキハ52です。土曜・休日に大多喜~大原間で2往復の定期運用があります。午後の1往復を撮るべく、撮影ポイントは西大原~上総東に決めました。名古屋近辺では先週が見頃だった彼岸花が何とか持ち応えていました。

【2012.10.7 上総東~西大原】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 大原から返しのキハ52は最近定番になりつつある俯瞰ポイントで狙いました。このポイントはバックの太平洋の水平線が見えるかどうかがカギとなります。水平線は見えてはいるもののこの天気ではいまいちパッとしません。「自分が訪れた時に限って何で晴れてくれないの…」と曇り空が恨めしく思いました。

【2012.10.7 上総東~西大原】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 俯瞰ポイントを降りて、線路端に咲いていた彼岸花をメインに列車を待ちました。列車通過10分くらい前になって、雲が切れて薄日が差してきました。本来ならもう少し光がほしいところでしたが、今日のこの天気では贅沢は言ってられない状況でした。

【2012.10.7 上総東~西大原】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 薄日は上総東で行違いとなる下り列車まで持ちそうな感じだったので、キハ52を撮ったほぼ同じアングルでリベンジです。条件はかなりよくなってきました。

【2012.10.7 上総東~西大原】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その後、西の空を見ると雲が急速になくなりつつあり、薄日は瞬間的なものではなく完全に回復基調だと信じて、再度俯瞰ポイントに登ってみました。予想どおり太陽が顔を見せ、太平洋も青色に変わり、諦めていた晴れの条件で撮影することができました。微笑んでくれた神様に感謝です。

【2012.10.7 上総東~西大原】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち


 俯瞰ポイントから見た全容はこんな感じです。真ん中の線路端にある高圧鉄塔の処理が悩ましいところで、前の写真では鉄塔をカットしました。この列車が通過後、太陽は山影に沈んでしまい、ギリギリセーフでした。いつもだと天気には悔しい思いをさせられることが多いのですが、前日の久留里線といい最後の最後にチャンスが巡ってきたのは本当にラッキーでした。たまにはこういうことがあっても罰は当たりませんよねぇ。

【2012.10.7 上総東~西大原】(電車運転士)

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2012年10月 8日 (月)

エトセトラ

10月の3連休はひととおり家の用事をこなし、非鉄ストレスがたまらないようにと最終日10月8日は外出許可を得て、名古屋近郊でうろうろとプチネタ探し。

では時系列でお伝えします。




「はなぶさ」に集まる仲間たち


多治見貨物にはここ数日間連続で原色機が充当されているのが気になったので、もしやと思い朝8時ころから稲沢付近で張っていたら、この日もやはり原色機が充てられるのを確認!それでは、と定光寺森林交流館の展望台に車を向けました。多治見貨物にはうってつけの俯瞰場所でありますが、この“お立ち台”は材質の痛み方が激しいらしく、そのためベスポジ位置は立ち入り禁止となり、ここから一望できる春日井~名古屋市街地方向の景色を入れての撮影は困難となってしまいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

次のターゲットは春日井貨物。10:35を過ぎると、入れ替え作業のため一旦多治見方向まで引き上げてくるのでそのときを狙いました。撮影場所は春日井ー神領間なので、これだけを見れば多治見貨物のようにも見えます。周辺では稲刈りが始まっています。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


目撃板によるとこの日は3088レが運転されているよう。春日井貨物を撮影してから約10分後に来るので、ほぼ同じ場所で待っていました。効率はいいですが・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

最近やたらと催事PR系統板掲出の話題が多い名鉄瀬戸線へ転戦します。喜多山ー大森間にて、立体交差の工事が始まると周囲の様子が一変してしまう前に、系統板掲出列車をしばらく撮影。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

キバナコスモスが線路端の一部に咲いていました。折しも6600系登場!しかしシャッターチャンスがほんの少し早かったですね。おまけに光線状態も今一歩。もう少し粘りたかったのですが、次のターゲットがあるのでやむなく移動。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

これが次のターゲット。黄色く実った稲穂の横をドクターイエローが走り抜けます。場所は五条川南方。特筆するほどの場所ではありませんがこの時期ならではの“黄色つながり”ということでお許しください。近くには同業者の姿がちらほらと。





「はなぶさ」に集まる仲間たち
事情通の方から、「きょうの2086レはEF66の0番代と64の1000代」とのこと。ドクターイエロー撮影から40分後にやって来るので、これまた効率がいい。清州駅南方に移動してカメラを向けました。次無動の64を従えて今や貴重な『ゼロロク』登場。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

さらに40分後に来る赤坂貨物8784レは事情通の方によると原色機とのこと。天気もいいし、この際だからついでに撮影してしまえ、と「撮れるうちに撮る」の法則?にのっとって無事ゲット。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

陽が暮れかけてきたので、帰りがけに名鉄犬山線布袋駅の下り仮線ホーム建設の進捗状況を見に行きました。信号機の点灯?試験をしていたようです。また、以前にもあったように岩倉方向から侵入できる留置線が設けられるようですね。仮線への移行まであと数週間。



さあ、いよいよ本格的な秋に突入です。どこかへ遠征したくなりますね~。(出札掛)

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185.千葉県のローカル線めぐり 1号車(久留里線)2012/10/6

この3連休は名古屋近辺は好天に恵まれたようで、メンバーの皆様方も秋の鉄活動に励んでいらっしゃることと思います。自分は10月6日の午前中に東京で所用があり、久しぶりにお上りさんをすることができました。ただ、用事が済んだ後はスカイツリーなどの観光名所などには一切目もくれず、翌10月7日を含めた2日間の駆け足でしたが、マイナーな千葉県のローカル線を巡ってきました。この2日間の東京・千葉の天候は名古屋と違って芳しくなく、別に悪いことをしているわけではないと思っていますが、やはり普段の行いが影響しているのでしょうか…。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 東京に行くからには、やっぱりコレは外せません。名古屋から夜行バスで東京駅着が5時45分頃、この時期は光線をほとんど気にする必要がないのと時間的にもあまり余裕がなかったため、東十条の定番ポイントに向かいました。空はどんよりとした曇り空、露出的にはかなり厳しかったのですが、そこはデジカメの強いところ、多少ノイズがあるものの画像修正で何とかすることができました。

【2012.10.6 東十条】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 所用があるのは千駄ヶ谷だったので、「あけぼの」撤収後は赤羽→新宿・湘南ラインで新宿→総武緩行線のルートで現地に向かいました。乗り換えの新宿駅ではたまたまこんなのが停車中でした。そういえば、10月6日は中央東線でE655系のお召列車が運転されたようで、おそらく、沿線は至る所で激パだったんでしょうね。

【2012.10.6 新宿】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 用事を済ませた後は総武緩行線で錦糸町→総武快速線で千葉→内房線で久留里線の起点の木更津へ向かいました。駅の隣に車両基地が併設されており、キハ30とキハE130が庫の中で休んでいました。久留里線の車両は今秋にはキハE130に置き換えられることになっています。両運転台・3ドア・ロングシートと同じ仕様ですが、デザイン・性能などには隔世の感があります。

【2012.10.6 木更津】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 途中の久留里は沿線最大の街で、ここでの折り返し列車も設定されています。停車中のキハ38は国鉄最末期に製造されたれっきとした国鉄型です。当初は八高線で活躍していましたが、電化とキハ110系化によって活躍の場を追われ、全7両が久留里線用に転用されました。それにしてもこの久留里線色、とても写欲がわくような塗色とは思えず、・・・といった感じです。

【2012.10.6 久留里】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 次の列車までは約1時間あったため、撮影ポイントを求めて上総亀山方面に歩きました。なかなかいいポイントが見つからず、結局、地図で目を付けておいた平山の上総亀山方向にある陸橋まで来てしまいました。肝心のキハ30は3両とも木更津で休んでいたので、運用に入らないものと諦めていましたが、遠くにオレンジツートンが見え、これまで曇りがちだった天気もここだけスポットライトのように陽が差し、超ラッキーでした。それにしても久留里線の線路、除草剤を撒かれることもなく雑草は伸び放題、写真的にはローカル線の雰囲気が強調されていいのですが、ローカル線とはいえ、とてもJR東日本の路線とは思えませんでした。

【2012.10.6 平山】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 上総亀山からの折り返しはさっきの陸橋からもう少し上総亀山方にある別の陸橋から狙ってみました。このポイントは久留里線の定番ポイントのひとつで、草生した線路がローカル線の雰囲気を盛り上げてくれています。

【2012.10.6 平山~上総松丘】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 陽も何とか持ちそうだったので、もう1本同じポイントで待ちました。ところが横の田んぼから急にバルサン攻撃の襲来に見舞われ、シャッター位置は煙の中、場所移動も時間的に苦しく、半分ヤケクソでバルサンの煙を入れた構図に変更して秋の雰囲気を狙ってみましたが、ちょっと無理があったようです。先頭のキハ37は国鉄末期に5両が製造されました。ローカル線の実情に合わせてコストダウンをはかり、国鉄で初めて直噴式エンジンを採用するなど試作的要素の強いものでした。5両のうちの3両は最初から久留里線用として木更津に配属され、以来ずっと久留里線で運用されています。

【2012.10.6 平山~上総松丘】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 前の列車の折り返しは最初にキハ30を撮った陸橋の反対側から狙うために場所を移動しました。これまで何とか持ちこたえていた天気ですが、雨雲が空を覆ってあたりは急に暗くなってしまい、とてもまともな走行写真を撮れる状態ではなくなってしまいました。ただ、2条の線路だけは鈍く光っていましたので、思い切って露出を切り詰め、イメージ写真風に遊んでみました。

【2012.10.6 平山~上総松丘】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 撮影終了後は乗り鉄を兼ねて終点の上総亀山まで乗車しました。通学時間帯にあたる列車でしたが、この日は3連休の初日のためか、降りてくる高校生は疎らでした。

【2012.10.6 上総亀山】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 列車は折り返し木更津行となりますが、発車までに少し時間があったので、バルブ風に狙ってみました。まだ18時00分過ぎというのに人の動きが感じられず、静かな佇まいを見せています。手持ちでこういう写真が手軽に撮れるのはデジカメさまさまといった感じです。

【2012.10.6 上総亀山】(電車運転士)


 ところで、久留里線といえばオレンジツートンに戻されたキハ30ばかりが注目されがちですが、よく考えてみるとキハ37・38もその姿を見ることができるのは久留里線だけ、今秋の置き換えはキハ30だけでなくキハ37・38も対象になっており、久留里線の車両は総入れ替えになる予定です。乗り鉄を中心とした同業者がやけに多いなという理由がわかりました。

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2012年10月 2日 (火)

184.彼岸花鉄2012 増1号車(名鉄三河線) 2012/10/2

 先回のブログで予告させていただいたとおり、10月2日は朝からバリ晴れ予報だったので、名鉄三河線に彼岸花の朝練に行ってきました。4日前の9月28日はまだまだしょぼい状況でしたが、今日はちょうど見頃になっていました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

 いつもとは違う畔筋に白い彼岸花が咲いていました。一般的な赤に比べて数が少なく、線路端で見るのは初めてでした。花の密度が低いので、あまりパッとしませんが珍しい品種としてご覧いただければ幸いです。

【2012.10.2 竹村~土橋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 上り列車のポジションですが、4日前とは花の咲き具合が全然違いました。日曜日の台風でかなりの花が倒れており、そのままでは絵にならなかったので、一生懸命花を起こして何とかここまで原状復帰させました。

【2012.10.2 竹村~土橋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 反対側の下り列車のポジションもいい感じになっていました。もう少し花を起こしてやりたかったのですが、あまり無理をすると茎がポキポキと折れてしまい元も子もなくなってしまうので、ここまでが限界でした。

【2012.10.2 竹村~土橋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 花の密度が濃かったので、横構図でも撮ることができました。ちなみに線路西側を流れる用水の土手も彼岸花が一面に咲きます。今日の様子ではちょっと早いようでした。2~3日後が見頃になると思われます。こちらのポジションは午後から光線がよくなります。彼岸花の次はコスモスです。今年は竹村からはちょっと遠くなりますが、竹村から土橋に向かっての最初の陸橋のすぐ土橋寄りがコスモス畑になっていました。次の朝練ネタとして活用したいと思います。

【2012.10.2 竹村~土橋】(電車運転士)

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2012年10月 1日 (月)

【アーカイブス】近江鉄道の彼岸花

 電車運転士さんの撮影された三岐鉄道の彼岸花の写真を見て、近江鉄道で同じような写真を撮影していたことを思い出した。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 場所は例によって、多賀と高宮の間である。この区間、線路はほぼ一直線であるが、東西に走り、周囲が開けていて、さらに適度に四季の変化があるので、好んで撮影した。というより、ED14をここしかまともに撮れる場所がなかった、というほうがあたっているかもしれない。


 この頃は、モノクロ主体であるから、まずはモノクロで撮影している。しかし・・・・モノクロでは、彼岸花がまったく浮いてこない。


 そこで・・・・


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 やっぱりカラーで撮り直し、というわけではないが、同時期にカラーでも撮影している。


 さすがに彼岸花は、モノクロでは辛く、カラーによく映える。当たり前か・・。


 デジタル全盛の現在では、モノクロを使う機会はまずないが、当時はカメラを2台用意して、カラーとモノクロを同時に撮影するのが主流であった。で、どちらがメインかと言えば、自分で引き伸ばしができるモノクロを優先した。カラーが高かったことや、保存性が心配であったこともある。


 デジタルで簡単にポジも処理できる今になって、もう少しカラー中心で撮っておけば・・・と悔やむのであるが、当時としてはやむを得ない選択であったといえる。(駅長)


 

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183.彼岸花鉄2012(名鉄・樽見鉄道・三岐鉄道)2012/9/28・29

 日曜日は台風17号が東海地方に上陸、幸い自分関係のところでは被害はありませんでしたが、メンバーの皆様方は大丈夫でしたでしょうか? これで季節は秋に向かって一直線ということになると思いますが、その前哨戦として彼岸花鉄をこなしてきました。今年は家族運用その他の都合で日程が限定され、朝練を含む2日間限定になってしまい、消化不良気味の結果になってしまいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 9月28日は朝から快晴の予報だったので、彼岸花の咲き具合を確認しがてら名鉄三河線の朝練に行ってきました。ここは午前中が順光ですが、遅い時間になるとケーブルの影が車体に落ちてしまうため、早朝勝負となります。肝心の彼岸花はご覧のとおりのしょぼい状況でした。今年は残暑がなかなか納まらなかったためか例年にも増して開花が遅いようです。

【2012.9.28 竹村~土橋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 反対側から来る列車はしょぼいなりにも何とかならないかと思い、彼岸花に思いっ切り近づいてごまかしてみましたが、限度がありました。明日(10/2)は晴れ予報なので、起きれたらの話ですが、朝練に再挑戦したいです。

【2012.9.28 竹村~土橋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 翌9月29日は台風の接近で天気が心配されましたが、午前中は何とかなりそうだったので、早朝、樽見鉄道の犀川の土手に向かいました。日の出直後の空の雰囲気がよかったので、彼岸花の前にちょっと冒険してみました。

【2012.9.29 東大垣~横屋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 去年は時期が早すぎて今年に持ち越された宿題を片付けるべく東側の土手に行ってみたところ、今年は土手の草刈りが行われておらず、彼岸花が雑草に埋もれた状態で見事撃沈でした。結局、こんな苦しいアングルでしか撮ることができませんでした。午後から順光になる西側を含めて、雑木や雑草が伸びており、年々アングルの自由度が制限されつつあります。

【2012.9.29 横屋~十九条】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 天気も薄日程度で何とか持ちそうだったので、樽見鉄道は早々に撤収し、三岐鉄道に転戦しました。三岐線の定番ポイントは満開かちょっと時期を逃してしまったかという状況でした。この日の501列車は機関車側に3両のタキが付いていました。

【2012.9.29 三里~丹生川】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 電車は編成が短いため、サイドから狙ってみました。この畔筋は元気な彼岸花ばかりで鮮やかな赤色が目に染みました。

【2012.9.29 三里~丹生川】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 貨物列車の合間は北勢線に浮気します。ここはまだ咲き始めといった感じで、時期的にはちょっと早かったようです。

【2012.9.29 楚原~麻生田】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 先程のポイントから少し離れたところではその一角だけ彼岸花の密度が濃い場所があったので、ボリューム感を出すため、望遠で引っ張ってみました。本当はもう少し短いレンズで構図に余裕を持たせたかったのですが、右側に俄か鉄の車が駐車しており、このアングルが精一杯でした。もう少し下がったところに停めるなど、気配りがあってもよさそうなものですが、諦めるしかありません。

【2012.9.29 楚原~麻生田】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 3716列車を撮影するために三岐線に戻りました。この周辺の彼岸花は線路に直角に植えられているところが多いので、どうしても引き気味のアングルになってしまい、花のボリューム感を出すのに苦労します。この畔筋は開花が早かったのかすでにピークを過ぎて白く枯れかけた花が混じっていました。

【2012.9.29 三里~丹生川】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 503列車は三里で先程の3716列車と行違いのため、ダッシュで別の畔筋に移動しました時には後方に列車が迫っていました。アングルを考える余裕もなく、編成全体が入らないのを承知でカメラを構えるしかありませんでした。列車を確認すると後に続く貨車はなく、重単でやって来ました。構図のバランス的には重単の方がよかったということにして無理やり自分を納得させました。

【2012.9.29 三里~丹生川】(電車運転士)

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