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2012年8月 3日 (金)

「エ」なる電車・絵にならぬ電車(中部編Ⅱ)

もうゲテモノは飽きた、と言われそうですが、もう1回お付き合い願います。

最後を飾る?のは飯田線用に豊橋区と伊那松島区に配属されていた「エ」2両です。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

クエ28100(←サハ17122 1964年浜松工改)+クモル23050 浜松工場 1982年4月19日
唯一中間車サハ17から改造された救援車で、豊橋区所属でした。妻面は両サイドとも観音開き戸になっていました。山間部での救援作業用に各妻面にヘッドライト?が3灯並んでいます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

クモエ21009(←クモハ11235 1970年長野工改)+クモハ61005  赤木・宮田1981年4月14日
こちらは伊那松島区所属車で、台検試運転で伊那松島・宮田間で運転されたものです。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

↑の後、宮田に到着したところです。側面は元の扉が埋め込まれ、かなり原型とは異なりますが、従来の運転台側妻面はほとんど手付かずで、窓枠もHゴム化されていません。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

クモエ21009+クモヤ22112 弁天島・新居町 1981年9月19日

台検の4か月後に浜松工場に全検し、この日出場しました。新設運転台側は21800の様に1枚開き戸になっています。入場前までは、白く三角に塗装されていましたが、この入場でノーマルになりました。


以上3回に分けてご紹介しました不細工な救援車は、JRに引き継がれることなく、1986年までに廃車になりました。(検査掛)




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