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2012年8月13日 (月)

【アーカイブス】元祖パノラマカー




 こうしたタイトルをつけると、ネタバレになってしまうが、とりあえず珍しいと思われる写真から。





「はなぶさ」に集まる仲間たち




 電車の運転台である。しかも走行中である。さて、何の運転台だろうか。


 運転士から見ると、日本ではないようだ。ちょっと飛行機のコクピットのようにも見える。




「はなぶさ」に集まる仲間たち




 正面を向けば、こんな感じである。高運転台の車輌のようだ。





「はなぶさ」に集まる仲間たち




 運転台の下には、展望室があった。しかし、せっかくの展望席なのに、誰も前を見ておらず、新聞を一生懸命読んでいる。それに前面ガラスも曇っていて、あまり見晴らしは良く無さそうだ。





 さて、この車輌の正体は・・・





「はなぶさ」に集まる仲間たち



 これである。





 と、いってもピンとこない人も多いかもしれない。かつては一世を風靡した車輌であるが、ヨーロッパ鉄道のシンボルであるTEEから引退して30年近くたつし、廃車になってからでも15年以上になるはずである。


 ある程度の年代以上の鉄道ファンなら、おそらく知らない人はない超有名列車であるが、もはや過去の列車なので知る人も少なくなったことだろう。





「はなぶさ」に集まる仲間たち

 


 もったいぶったが、この車両。ETR300というイタリアの特急車で、「セッテベロ」の愛称が付けられていた。驚くべきことに、登場はなんと昭和27年である。


 外観を見ると、前面展望で、まさにパノラマカーや小田急NSEとそっくりである。それもそのはず、当時、欧州に視察に来た鉄道会社の幹部がこの車輌を見て、ウチにも欲しい、といって製造したのが、パノラマカーであり、NSEなのである。


 前面展望ではなくても、高運転台の構造も151系のこだまや東武のDRCに影響を及ぼしたことが想像される。すなわち、日本で昭和30年代に登場した数々の名車に多大な影響を与えたのが、この車両なのである。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 鉄ちゃんとしては、ぜひともこの名車を見たい。


 と、いうことで、すでに社会人となっていたが、無理をして休みを取ってヨーロッパに飛んだ。31年前の昭和56年9月のことである。





 この時は、撮り鉄というより乗り鉄の旅で、いろいろな名車に乗車した。TGVの1番列車やTEEミストラルの最終列車、ドイツのラインゴールド、ワゴンリーの1等寝台、スイスのゴダルド、パリーアムステルダムのTEEなどである。瑞西に行ったら行かなければいけない、ということでユングフラウにも登ったし、LRTという言葉はまだ無い頃のドイツの高速路面電車にも何都市かで乗車している。当然、セッテベロの乗車は、この旅行のハイライトであった。




「はなぶさ」に集まる仲間たち



 では、なぜ運転台の写真があるのか・・・。




 写真を撮っていて運転士に「運転台を見せて」と頼んだら、「どこまで行くの」「ボローニャまで」「じゃ、このまま乗っていきな」ということで、ミラノーボローニャ間を乗せて貰ったのである。これは、ホントの話。こういうことができてしまうのは、さすがにラテンの国ならではである。




 この時、乗務員は二人乗務で、途中まで写真の運転士が運転し、途中からは助手がハンドルを握った。さすがに、運転はさせてもらえなかったが・・・。と、いうことでボローニャの手前まで運転台で過ごしたはずである。


 パノラマカーとは異なり、運転台の下には客室はなく、広々としており、走行中でも出入りは可能であった。




 当時、セッテベロは1往復の運転で、ボローニャとフィレンツェの間ですれ違っていた。そこで、ミラノからボローニャまで乗って、ボローニャで若干写真を撮り、帰りもセッテベロでミラノに戻る予定をたてていた。帰りはさすがに客室であったが、全車1等にもかかわらず、コンパートメントスタイルの座席は満席であったことを覚えている。確か、食堂車でパスタを食べたはずだが、そのあたりの記憶はあまりない。




 この時が初の訪欧であった。欧州に行くのも、この時には一生に一度(あと、新婚旅行か)と思っていたが、高知より、チューリヒやウィーンの訪問回数の方が多くなるとは夢にも思わなかった。それも、この時の訪欧で、欧州の鉄道の魅力にとりつかれてしまったのが一因だろう。




 ちなみに、この時に乗った欧州の代表列車は、TGVなど高速列車の登場で、すべて姿を消して、博物館入りをしている。それどころか、パリパリの新車であったドイツの新型路面電車ですら、廃車の時期になっている。この、セッテベロも、乗車後3年ほどで第一線から退いている。




 さすがに現代では、テロの危険性もあるので、いくらイタリアとはいえ、簡単には運転台に入れてはくれないだろう。まだまだのどかであった30年前の欧州の一コマである。(駅長)











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