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2012年8月 5日 (日)

172.1979年夏 四国鉄道行脚(土佐電鉄編)1979/8/29

 琴電の次の日は土讃本線の夜行普通列車で高知に向かい、土佐電鉄を訪問しました。土佐電鉄の郊外線の末端区間には美濃町線の上芥見付近の風景を彷彿させる未舗装路側軌道が存在していました。今回は伊野方面ではなく、御免方面を中心に撮っています。ロケーションとしては伊野・朝倉あたりの方が優れているのに、なぜそっちに行かずに御免方面に行ってしまったのか記憶が薄れてしまっています。それでも、未舗装路側軌道の雰囲気は感じることができました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 夜行列車を御免で降り、徒歩と電車を組み合わせながら高知市内方面へと向かいました。長崎付近まで来ると撮影におあつらえ向きの歩道橋があったので、とりあえずここで1本稼ぎました。500型は1型式1両のカルダン試作車でしたが、すでに吊りかけ駆動に改造されていました。車体は200型に準じていますが、窓の上下寸法が拡大されているのが特徴でした。このポイントは軌道と道路が分離されており、路側軌道とはいえませんでした。

【1979.8.29 長崎付近】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 歩道橋から少し移動したら待ちに待った未舗装路側軌道が姿を現しました。複線とはいうものの田舎の長閑な雰囲気に包まれていました。200型は600型とともに土佐電鉄の主力車両でした。

【1979.8.29 長崎付近】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 北浦付近まで来ると背景に山があり、一段と雰囲気がよくなってきました。未舗装の草生した軌道、昔ながらの家並み、幅の狭い道路と条件が整っていました。この感じが気にい入り、ついつい長居をしてしまいました。

【1979.8.29 北浦付近】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 高知市内に近づいてもまだまだ未舗装路側軌道は続いていました。700型は下関を走っていた山陽電気軌道の車両です。郊外線に向かう車両は方向幕の他に「ごめん」・「いの」といった菱形の大型看板を掲出しており、いいアクセントとなっています。御免行と伊野行がすれ違うと「ごめん」、「いーの」といったあいさつが交わされているようで、何とも微笑ましい感じがしました。

【1979.8.29 高須付近】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 高知市内に入ると風景は一変します。街中の活気のある雰囲気が伝わってきます。600型は都電の7000系のような骸骨顔が特徴でした。写真の630は連結運転対応の車両で、連結器・ジャンパ・空気ホースを装備しています。

【1979.8.29 知寄町】(電車運転士)

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