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2012年6月

2012年6月29日 (金)

失われた風光明媚 <岡見ー三保三隅>

種々ある鉄活動のうち、撮影のジャンルに大きく意識を持つようになったきっかけは、大学のサークルに入り諸先輩の作品や部室の書棚に並ぶ数々の鉄道趣味誌に掲載されるグラビアに刺激されたことではないかと思います。時間とお金をかけて遠征すれば、国内いたる所で風光明媚な鉄道風景と出会えることに夢を抱き、やがてバイトで蓄えた少ない資金と長い休みを利用して全国各地を周り、その念願を少しずつ果たしていくようになりました。18きっぷの登場も鉄活動を活発にさせる要因のひとつであったのは言うまでもありません。


さて、大学3年の夏休み、山陰ワイド周遊券片手に乗り鉄&お立ち台巡りに出かけました。暑い夏は駅から延々と歩くのはバテてしまいそうなので(←もともと体力も根性もない)、できるだけ駅から近くアプローチできる撮影地をターゲットに決めました。山陰本線岡見ー三保三隅もそのうちのひとつ。

それからしばらくして、某鉄道趣味誌の巻末にある写真募集テーマ欄に「山陰線」の文字を見つけました。よっしゃ、いちど「腕試し」してみようと先述の区間で撮影したポジ数枚を封筒に入れ、万が一?採用されたら儲けもの、といざ応募。しかし、今考えるとたいした撮影技術など持ち合わせてもいないのに、なんて無謀なことをしてしまったのだろう。それでも実際には1カットだけ、やや小さめな画面ながらも辛うじて採用され、掲載誌が自宅に送られてきました。初めての投稿写真掲載に感動!



「はなぶさ」に集まる仲間たち

こちらが記念すべき初の雑誌掲載画像です。といっても、光線はまだ側面まで回っておらず、車体の露出も不足がちなのに・・・ビギナーズラックだったのでしょうか。それとも初投稿者への編集部の心遣い??それでも原本のままではコントラストが強すぎてとてもバランスの悪い画質だったので、この際だから修正しましたことをお許し下さい。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

線路の横の小山に上り、白い砂浜を軽く俯瞰。このカットも一緒に応募しましたが、そうアマくありません、当然ボツ。ところが掲載誌のページをめくっていたら、ほぼ同じ位置から撮影したと思われる大学サークルのT先輩の作品が採用されていました。やはり百戦錬磨である先輩にはかないませんね。ご本人様は覚えていらっしゃるのでしょうか。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

この区間は皆様ご承知の通り、火力発電所の建設による埋め立てで線路の経路変更はおろか、なんと風景そのものが失われてしまいました。因みに撮影したのは1984年、線路の付け替えは1992年。まさに山陰らしさを表現できる風光明媚な区間の一つであったのに、写っている風景も車両もすべて過去のものとなり二度と眺めることができなくなったのは残念な事でです。

しかし皮肉にもおかげで、自分の数少ないライブラリーの中に、かつて撮影したポジの画像が知らずのうちに“古き良き風景”と化していたことに、駄作でも日の目を見ることが来るものだ、と改めて写真の醍醐味を感じました。


ところで、なぜ今このネタなのか?

「わかった!名撮影地を消滅させるような火力発電所は本当に必要だったのかを、原発問題と関連付けて言及しようっていう魂胆だね」


いや、ポジをスキャンしていたらたまたまコレが出てきたものですから・・・。(出札掛)


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2012年6月27日 (水)

去る者(貨車)来る者(貨車) 2012-6-26

社会問題で大変だった方に比べれば大した問題でもないことなのでしょうが、ここ一カ月ほど、私事ですっかり落ち込んでいて、撮影もブログも、コメントすることすらできませんでしたが、決まってしまったことにクヨクヨしていても仕方ないので一区切りつけ、先週末からカメラを持って出かけてきました。


この日、情報誌で日車からホキ2000の量産車が出場するということでもともと午後出勤にしていたところ、直前になって友人から貴重な情報が届けられました。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

岡崎・西岡崎(13:33頃) 9863レ EF65 1117(新)タキ44000、タキ43000 25両
関東地区で役目を終えた石油タンク車の廃車回送で、3月改正後としては二回目とのことです。


その20分後

「はなぶさ」に集まる仲間たち

岡崎・西岡崎(13:52頃) 9775レ DE10 1546(愛)ホキ2000-9~2 ヨ8642


見方によっては東海道本線700kmあまりの内、豊橋・笠寺間わずか63km同じ線路を走った、ということにすぎないといわれるかもしれませんが、20分という短い間隔で、運命が相反する車両が走ったことになにか因念めいた気がします。単にメンタルが弱っている私だけの感覚でしょうか(^_^;)(検査掛)









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164.この時期の恒例、竹村の蓮 2012/6/26

 ブログ再開に続き、やっと朝練も再開できる状態になってきたということで、6月下旬から7月上旬が旬となる名鉄三河線の竹村の蓮を覗いてきました。今シーズンも例年どおり見事な花を咲かせてくれています。このポイントは晴れると完全逆光になってしまうので、曇りかいっそのこと雨の日が狙い目です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 蓮は7時を過ぎると計ったように花が開き始め、8~9時頃がピークとなります。その後、花は閉じてしまいますので、美しい姿を捕らえるには早朝が勝負となります。ひとつの花の寿命は3日程度、花が開き切ると徐々に花弁が落ちていき、最後はジョウロの先端のような残骸だけが残ります。新しい蕾が世代交代のように次々とできているので、7月上旬まで楽しむことができます。

【2012.6.26 竹村~土橋】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 縦構図だとこんな感じになります。もう少し時間が遅いと花がもっと開いてくれるのですが、出勤時間の関係で8時過ぎまでが滞在の限度でした。

【2012.6.26 竹村~土橋】(電車運転士)

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2012年6月24日 (日)

編成番号 S11

JR東海の117系は、今冬にはもしかしたら・・・と風の噂が聞こえてきました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち


引退するよ~、と言われてから慌てなくてもいいように、117系は何かのついでにボチボチとカメラを向けてきました。ただ、撮影する度に思うのは、JR東海色である白装束姿がオレンジ帯を纏えども、あまりの白さについ露出オーバーになりがち。まあ悩んだら暗めに設定すればいいだけの事なので、致命的なストレスまでには至りませんが。むしろ撮影してもまったく映えない某ブドウ色系塗装の車両に比べればよっぽどマシですね。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

白装束群のなか、嬉しいことに1編成(以下S11)だけはクリーム色にマルーン帯を纏った“純”国鉄スタイルで活躍してることは皆様ご承知の通りです。やはりこの塗装が117系に良く似合うように思えるのは、デビュー当時からの印象が強いせいなのでしょうか。西の地で活躍する不思議な単色系の117系と比較するとなおさらこの国鉄色が良く見えてきます。東海色ほど露出オーバーにもならず風景に溶け込んでくれる塗装なので写真の見栄えも悪くないし、そこで117系のなかのターゲットは、おのずとS11編成になるわけです。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

117系全盛期の頃は17運用もあり、そのうちからS11編成だけを目撃情報などからピックアップして運用予測するものの、撮影に好都合な運用に充当される日が会社の休日と必ずしも重なるわけではなく、撮影するにはやや労を要するものでした。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

17運用中、唯一しかも1往復のみ美濃赤坂に入線する運用が休日ダイヤに設定されていました。国鉄塗装後のS11はここへ何度訪れたのでしょうか。写真は2010年1月11日撮影。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

2009年10月の3連休は、団体列車として飯田線北部まで初入線しました。やがて、Train117の登場によりイベント列車としての座を譲ってしまったためか、S11の飯田北部入線はこのときが最初で最後になってしまいました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

ここしばらくは、4+4の重連限定運用に就いています。4日ローテで組まれているので、直近の目撃情報があれば数日先の運用予測もしやすく、おかげで獲物も狙いやすくなりました。(関連記事: http://ameblo.jp/b1hanabusa/entry-10954808358.html  )

平日に注目される新快速〈2306F〉岡崎運用に入った編成は、翌日が休日運用日なら、米原~大垣~名古屋〈3204F~5504F〉と走る休日唯一の名古屋運用に繋がるパターンになるので、ここに運良くS11が充当されればしめたもの。しかし、たまに運用の差し替えでハマるときもありますから要注意。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

S11編成は、なぜか東京方に組まれることが多いので、撮影チャンスの増える午前中に重連の先頭に立つ姿を順光で撮影できるのはとてもありがたいです。が、たまに大阪方に連結されることもあり、そんなときはいつもと違うアングルで狙えるとはいうものの、大半は逆光の後追い撮影。いや、もう贅沢言いません・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

いまやJR東海の貴重なジョイフルトレイン「Train117」は、117系一般編成が引退後も最後まで残るのでしょうね。写真は117系三態並び・あぁ窮屈!@熱田。


ともあれ、撮影はお早めに。あ、でも関西に行けば国鉄時代のデビュー当初の出で立ちと同じ6両固定編成が見られるのであった。(出札掛)






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2012年6月23日 (土)

163.アルバイトのついで鉄(3号車) 広島電鉄編 1979/夏

 6月に入ってすぐ、仕事の関係に大きなトラブルが発生、以来、3週間ほどの間はその対応に追われ、家にまともに帰れない状況が続いていました。このため、ブログの更新・コメントの記入が滞ってしまいましたが、やっと、普段のペースを取り戻すことができましたので、久々にブログを再開したいと思います。とはいうものの、新たな鉄活動などできる状態ではなかったので、アルバイトのついで鉄の続きをご紹介したいと思います。

 1号車では「こだま」で広島折り返し時のセノハチをご紹介させていただきましたが、当然、一番身近な広島電鉄もターゲットにしています。30年以上前の当時でも広島電鉄は路面電車界の優等生で、バラエティに富んだ車両達が次から次へとやって来て、利用者の数も多く、大いに活気が感じられました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは広島駅前からスタートしました。今は整備が行われて、今風の立派な路面電車のターミナルとして機能していますが、当時は駅前の通りに電亭があり、各方面への電車が次から次へと発車して行きました。写真は広電オリジナルの350型です。

【1979.7.30 広島駅】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 ロケハンがてら広島駅前から歩いて的場町方面へ向かいました。次の猿猴橋町までの間に歩道橋があったので、ちょっと寄り道してみました。1900型(元京都市電1900型)が通り過ぎて行きました。広電の他社からの譲渡車は、基本的にはなるべく外観を崩さず、塗色もほぼオリジナルのままとファン的には好ましい施策がとられていました。

【1979.7.30 広島駅~猿猴橋町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち
 猿猴橋町(えんこうばしちょう)電停に750型(元大阪市電1601型)がやって来ました。751号車は残念ながら広告電車となっていました。

【1979.7.30 猿猴橋町】(電車運転士)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この日は暑さの厳しい日でした。日傘をさして電車を待つオバサン達の表情も暑さでウンザリといった感じです。

【1979.7.30 的場町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 胡町から紙屋町にかけては広島随一の繁華街を通り抜けて行きます。人やクルマの動きも活発で、電車も次から次へと運転され、街に活気が感じられます。電停に停車中の車両は570型(元神戸市電500型)です。

【1979.7.30 胡町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 白島線を行く900型(元大阪市電2601型)です。白島線の運転系統は八丁堀~白島間を行ったり来たりで、他線区への直通運転はありませんでした。900型は白島線専用といった感がありました。

【1979.7.30 八丁堀】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 八丁堀から電車に乗って、海の見える宇品(現広島港)に向かいました。宇品港からは瀬戸内の各島などを結ぶフェリーが頻繁に発着しており、広島の海の玄関口の様相を呈していました。ビルかアパートの非常階段に登ってみたら、うまい具合にバックに海を入れることができました。ここも電停の整備が行われ、近代的なターミナルに生まれ変わっています。

【1979.7.30 宇品(現広島港)】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 再び広島の繁華街へ戻って来ました。紙屋町は本線と宇品線といった幹線系統が分岐する広電の一大ジャンクションで、ひっきりなしに電車がやって来ます。広電車両のウォッチングをするのには最適の場所でした。

【1979.7.30 紙屋町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 別の日にも広電を訪れています。紙屋町にあったデパートの屋上に登ると俯瞰撮影が可能でした。写真は己斐(現広電西広島)方面を見ています。原爆ドームは左にちょっと行ったところににあります。

【1979.8.18 原爆ドーム前】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 反対側の広島駅方面を見た風景です。色とりどりの電車がダンゴ状態でやって来るので、退屈することはありませんでした。

【1979.8.18 紙屋町】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 せっかくなので、鉄道線の終点、広電宮島口にも足を伸ばしてみました。今の宮島線直通はグリーンムーバーシリーズを中心とした連接車がその役割を一手に引き受けていますが、当時はひと癖もふた癖もありそうな鉄道線専用車両が健在でした。写真の1040型は戦後流線型車体に載せ換えた後、連接改造した車両です。

【1979.8.18 広電宮島口】(電車運転士)


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 元阪急500型の1070型です。阪急車が広電に譲渡されていたというのは意外な感じがしました。塗色・ドア位置などが改造されていますが、面影はよく残っています。

【1979.8.18 広電宮島口】(電車運転士)

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2012年6月22日 (金)

【アーカイブス】新旧対比

 昔、撮影した写真のデジタル化を進めていると、中には記憶の定かでない写真も少なくない。そんななかでも驚いたのは、この写真である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 これは、電車運転士さんも先日撮影した、富山の環状線の撮影名所、富山城をバックにした「国際会議場前」のかつての様子である。撮影日付を見ると、昭和51年2月10日になっている。


 不思議なのは、今のベストの撮影アングルとまったく同じ場所で撮影していること。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 富山城の写真を撮るならもう少し近寄って撮るはずだし、この位置から撮影した理由はまったく思い出せない。どう考えても必然性がない。
 将来、この位置に電車が走ることを知る神が、無意識にシャッターを押させた・・・なんてことはないだろうけど、でも、どうしてこんなアングルで写真を撮ったのだろうか。考えれば考えるほど、わからない。


 この写真だけでは面白くないので、新旧対比をもう1枚。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 これは、同じ環状線の西町交差点である。この場所のかつての様子がこの写真。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こちらの撮影は昭和47年6月。西町の交差点を亘る電車は、この写真を撮影した3ヶ月後に廃止となった。


 しかし、まさか、それから40年近くも経って、同じ場所に電車が復活するとは夢にも思わなかった。

 当時よりも高いビルが建っているが、写真を見るだけでも、なんとなく町の賑わいが薄れたようにも見える。

 しかし、40年前と現在とをこうやって新旧対比できるのも、長年、この趣味を続けている醍醐味といえるのではないだろうか。(駅長)

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2012年6月19日 (火)

【アーカイブス】床屋さん電車

 本日は台風接近ということで、早めの帰宅となった。職場待機のメンバーの方も居ると思われ、ご苦労様である。いまは、無事に台風が過ぎ去ってくれるのを願うのみである。


 さて、本日は貫通扉の形状に特色がある元阪神電車を紹介しよう。もちろん、阪神の現役時代ではなく、高松琴平電鉄に移ってからの撮影である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは、この形状。縦長にすらりと伸びた貫通扉のガラスと、それをあけるための取っ手の形状がいかにもお洒落である。この形状から、この電車は床屋さんとか喫茶店という愛称で呼ばれた。


では、この扉はどのように開いたのだろうか。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 その証拠?がこの写真。どうやら折り部に蝶番がついていて、片側に折り畳むように開いたようだ。開いた時にロックできるよう、穴があけられている。

 ところで、今になって気がついたのであるが、この運転台、出入り口が貫通路側にはないようで、運転台の後ろが開くようにも見える。となると、この運転台の座席はどのような形だったのだろうか?残念ながら、そこまでの記憶はない。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

 いかもに小私鉄の終着駅といった好ましい雰囲気の長尾駅。改札のところのホームが低いが、この部分で乗降したわけではなく、手前の高いホームで乗降が行われたのだろう。では、どうしてこの電車がその部分に停まっているのか、といえば、朝ラッシュ時の増結のためではないかと思う。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 元阪神の30形がいた頃の長尾線平木駅。右は、元京浜の120形、左の62も元京浜であるが、こちらは車体が更新されている。この頃の琴電は、実にバラエティに富んだ電車がいた。


 ところで某大学鉄研OB会のブログで、このブログのメンバーにも関心がありそうな記事が連載されている。


http://drfc-ob.com/wp/


 そのポイントは、このあたりにあるのだろう。

>>現状を記録することは、もちろん重要ですが、この齢になると、その後の整理はもっと重要なテーマになってきます。このまま行けば、せっかくの写真が何ら有為に活用されないまま、人間と一緒に葬り去られていくのではない

か、そんな危惧を持ちます。そのためには、撮影を差し置いてでも、整理の道筋をつけることが喫緊の課題となってきました。

 この一連の記事でも推奨されているように、将来の保存、そして活用、ということを考えると、ネガ・ポジのデジタル化は避けられない。特に、古い写真を探し出す時には、デジタルデータ化していればすぐに見つけだすことができるなど、一石二鳥である。まさにデジタル化は喫緊の課題ということができよう。

 小生のネガ・ポジのデジタル化は、ようやく30000カットに達しようとしている。しかし、まだ、ようやく学生時代の分がほぼ終了した程度である。さて、ある程度の目途がたつのはいつ頃であろうか。(駅長)


PS/記事中にあるビネガーシンドロームの発生理由であるが、メーカー、保存方法に加え、水洗の仕方も大きな要因になっているらしい。ちなみに、モノクロフィルムはF社よりS社の方の階調が好きだった(ちょっと硬調)こともあり、S社のフィルムが多いが、それにはビネガーシンドロームの兆候は見られない。 


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2012年6月17日 (日)

【アーカイブス】ポール電車 最後の日

 電車の集電装置は、ヘビーレイルではパンタグラフ、路面電車ではビューゲルなどが使われているが、はるか昔は棒の先に滑車状の車輪をつけたポールで集電していた。今は運行を停止しているが、明治村のN電の集電装置といえば、わかりやすいだろう。

 ポール集電の最後は、昭和53年の京福鞍馬線(但し、集電部分はスライダー)であったが、その前に無くなったのが昭和50年12月の京福嵐山線だった。なぜか、この最後を記録するために、京都まで行っている。わざわざこのためだけに京都に行くとも思えず、他に目的もあったのかもしれないが、なんとも思い出せない。


 さて、ポール最終日の12月13日は、沿線と車庫で撮影している。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 まずは三条口で京都市電とのコラボ。この光線状態だと、午前中に撮影しているようだ。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 車庫で、ポールとZパンタを取り付けた車両の並びを撮影している。このZパンタは、京都市電のお古だったはずである。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 車庫では、いろいろな角度から何カットも撮影しているので、随分、長い間、作業をながめていたのだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 終点、四条大宮で、最後のポール使いも撮影している。ただ、夜までは撮影していないようだ。どこかで飲んでいたのかな?


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その晩はどこに泊まったか記憶がないが、翌14日は嵐山の発車から撮影している。銀色に塗られたZパンタが目を引く。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 その後、北野線の鳴滝の桜並木、もちろん冬なので枯れているが、で撮影している。その後、鞍馬線に乗りに行っているようだ。

 ポールだけではなく、Zパンタの写真も今では貴重だろう。なんでも撮れる時に撮っておく、という必要性を今さらのように感じる。

とはいえ、これらの写真をご覧になってわかるように、ポール集電の最終日という結構大きな変化でありながら、ファンの姿は写っていない。思い出しても、そんなに同業者はいなかったように思う。今だったら、どんな状況になるのだろうか。(駅長)



 

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2012年6月16日 (土)

健康体

ここ最近、先日来から感じていた喉の痛みが表面化してきたのでしょうか。久しぶりに高熱にうなされました。いかんいかん、自己管理がなっとらんね、あーしんどい。

まさか先週末の深夜に名鉄チキの作業現場を撮影に出かけたのが良くなかったのか?う~ん、それほど無謀な行動をしたつもりはなく、普段の週末より少しだけ夜更かしした程度なんですけど。しかし、もしもこれが原因だなんてことになったら、今後は夜間外出禁止令が下されてしまうので余計なことは言わないようにしておきましょう。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

写真は、JR大畑線最終日~下北交通初日に合わせて北東北に出かけた際に野辺地で見つけた“保健車”スヤ42。構内の側線に、旧型客車に混じって留置されていました。もし、こんな車両が各地で催される鉄道イベントごとに配置されて機能していたらいつでも駆け込んで治療できる!?そうすれば体調などお構いなしに鉄チャンできますね~。 →くだらぬ妄想


そういえば、なんだか昨年末から病院通いが多くなったようですが?


◆耳鼻科にて、左耳が聞こえにくくなった件

「ゴミが溜まりやすい体質のようだね。そういう年齢だからこうなってもおかしくないが。ま、時々掃除に来て下さい。」


◆歯科にて、以前治療で歯に詰めたモノが欠けてしまった件

「数ヶ月に一度は歯垢の掃除をしに来てください。放っておくと年齢的に大変なことになりますよ。入れ歯になりたく

ないでしょ?」


ううっ、そんなに年寄り扱いしないでほしいのだ。


さらに、最近テレビで流れていたCMで「気を付けなければならない年齢は、男は8の倍数、女は・・・」というセリフを思い出しましたが、うわ、大当たり!?

無理やりこじつけるわけではないですが・・・。


体を壊しては仕事はおろか何も手につかず、ましてや鉄チャンを愉しむには健康体は必須条件であります。これから先、年を取っても今の趣味が続けられるよう、健康面には留意して過ごしましょう。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

本文とは全く関係ないですが、“健康体”だからこそ働くことができるのだ!というこじつけから、現場で活躍する鉄道マンの勇姿を載せてみます。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


「はなぶさ」に集まる仲間たち

おや、むしろ写っている車両のほうが気になったりして。(思いっきり私事ネタ:出札掛)

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2012年6月15日 (金)

ベルリンの2軸単車

 鉄道ではなく、オペラの話で恐縮だが、新国立劇場で上演されている「ローエングリン」が極めて評判がよい。「ローエングリン」とは、危機に陥った女性を白鳥の騎士が助けに来る話で、3幕で演奏される結婚行進曲を知らない人は居ないだろう。

 今回、この上演の評判が良いのは、タイトルロールを歌うクラウス・フローリアン・フォークトの声が素晴らしいことによる。新国立劇場がオープンして15年になるが、その中でも最高の上演、といわれると、なぜ聴きに行かなかったのか、悔やまれてならない。


 なぜ、こんな話をするかといえば、このGWにベルリンに行ったのは、「ローエングリン」を聴くためであったが、残念なことに、極めて運が悪く、このフォークトの「ローエングリン」を聴きそびれたからである。

 もともと、このベルリンの「ローエングリン」は別の歌手がクレジットされていたが、上演の2週間前になって、急に配役が変わり、フォークトが歌うことになった。しかし、5~6回の上演がある内、小生が聴く予定をしていた5月1日だけがフォークトが歌わず、変わりにステファン・フィンケという歌手が歌うことになった。それ以外の配役は、エルザが今回の新国立劇場と同じ、リカルド・メルベート、オルトルートがペトラ・ラングで、さすがドイツのワーグナーというべき、素晴らしい演奏であった。もし、この日、フォークトが歌っていたら、オケや指揮者も含めて、今回の新国立劇場の演奏を遙かに凌駕する「ローエングリン」が聴け、おそらく語りぐさになったと思われる。その数日前の演奏でフォークトが歌っていただけに、なんとも残念でならない。


 元々、新国立の「ローエングリン」は前評判が高く、今回、ベルリンで聴いていなければ、聴きに行っていたかもしれない。しかし、一部は同じ歌手で聴いていたことから、今回はパスしてしまった。評判を聞いた時には、すでに休日のチケットはソールドアウトしていた。これは、悔やまれてならない。

 こうなれば、またどこかでフォークトが「ローエングリン」を上演する時には、それにあわせて聴きに行かねばならない。また、宿題が増えてしまった。


 前置きが長くなったが、ベルリンの鉄ちゃんの話に戻る。


 この日は、ドレスデンで泊まり、朝、ライプチヒ経由でベルリンに昼前に到着した。ローエングリンは、夕方の5時からなので、準備を考えると4時にはホテルに戻らないといけない。撮影できる時間は4時間少々である。


 当初、ベルリンでは、新しく入線した新しい低床車、フレキシティ・ベルリンの撮影と乗車が目的であった。しかし、この日は天気が良く、また、ちょうど新緑の季節で緑が美しく、町中で撮るのはなんとも勿体ないように思われた。

 ベルリンで、緑が綺麗なところはどこがあるだろう・・・・となると、それは郊外に行かねばならない・・・・郊外なら・・・・2軸車が現役で活躍するウォルタースドルフ!そうだ、ウォルタースドルフに行こう。 

 しかし、ホテルのあるベルリン中央駅からウォルタースドルフまで、国電で1時間近くかかる。ウォルタースドルフの運転間隔は20分。このまま行っても、撮影できるのはせいぜい1時間程度だろう。なんとも勿体ないが、それでも行く価値はある。


 と、いうことで、ウォルタースドルフへの乗換駅であるラーンスドルフまで国電でトコトコ向かった。この日はメーデーで休日。4つ手前のWuhlheideで前から気になっていたナローの公園鉄道のホームを見ると、かわいいDLに牽かれた列車が停まっている。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 よほどここで降りて、この鉄道に乗ろうかと思ったが、それはかろうじて思いとどまった。

 この公園鉄道に関心のある方は、このHPをご覧ください。

  http://homepage3.nifty.com/762mm/berlinpark1.html


 さて、目的地のラーンスドルフで降りて、ウォルタースドルフ行きの電車乗り場に向かう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 ここに来るのは、多分、10年ぶりくらいで、3度目である。何時来ても、緑に囲まれて、気持ちの良い停留所である。とてもベルリンの郊外とは思えない。

 この停留所を出ると、2kmほど森の中を一直線に走る。森林浴のようで、ここがなんとも気持ちが良い。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この写真は、帰りに撮影したもの。線路の横は遊歩道として整備されていた。

 本当は、車庫のあるテールマン広場まで行きたいところであるが、そこまで行くと効率がわるくなってしまう。そこで、最初の停留所であるゲーテ通りで下車する。テールマン広場まで行くと、街路樹が線路上を覆っているので、多分、光線状態はあまり良くないはずだ。それに対して、ゲーテ通りあたりは、道路の横を走っているので、順光で撮影できる。雰囲気は、もうひとつであるが、これまでここでは撮影していないし、まあ、やむをえないだろう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 途中の停留所で行き違ってやってきたラーンスドルフ行き。風景、車両と揃っている中で、唯一残念なのが軌道が良すぎること。ヘロヘロ軌道なら、もう少し雰囲気が良くなるかもしれないが、しっかりした軌道である。もっとも、軌道状態が良いため、2軸単車でも乗り心地は素晴らしく、揺れない。

「はなぶさ」に集まる仲間たち

 

 次の電車を、停留所を入れて撮影する。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 その折り返し。道路がきれているあたりから先が、森の中を走る区間である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 沿線にあった倉庫には、こんな絵が描かれていた。現在は、運行パターンが変わり、森の中の信号所では行き違わなくなっている。一度、ここで撮りたかったが・・・。

 ベルリンの市内で、低床車の新車を撮りたかったので、この停留所で2往復を撮影しただけで、もう戻らなければならない。残念だが、やむをえない。思い出せば、これまでの2度の訪問もあまり余裕がなく、慌ただしかった。そのうち、ゆっくり来たいと思うのだが、多分、夢物語だろう。

 その後、アレクサンダー広場駅で下車し、シンボルであるワールドクロックをバックに低床車を撮影する。1時間弱の時間であったが、新車を数本撮影でき、とりあえずの目的を達成した。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 前回もそうであったが、ベルリンに行くと見所が多いので、どうしても目移りして、トラムの撮影場所が限られてしまう。いつも馬鹿のひとつ覚えのようにアレクサンダー広場で撮影ばかりしているが、まだまだ良い場所があるはずだ。

 次回に訪問する機会があれば、もう少し、乗り歩きを楽しめれば、と思うのだが・・・。(駅長)

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2012年6月10日 (日)

チキ@現場

わが地元・名鉄犬山線で久しぶりにチキ工臨が早朝に走る情報が舞い込んできました。運転日はありがたいことに6月10日(日)。通例なら、当日未明に運搬されてくるレールの取り下ろし作業が犬山線のどこかで行われるはず。その区間はどこだろう、と聞き耳を立ててみるとどうやら布袋~石仏であることが判明しました。

まさに週末ど真ん中でもあり自宅から比較的近いこともあって、深夜に出かけて現場の作業風景を見学、撮影するにはちょうどいいチャンス!(←これが出勤日前夜だったら、こんな気は起りません、ネ)。しかし、自宅から近いとはいえ機動性、深夜の危険性を鑑みると必然的に自家用車での移動となるわけです。したがって、出動前の夕食時はアルコールをじっとガマンし、食卓に並ぶ酒の肴が「麦茶の肴」に。ま、仕方ないですね。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

ライブカメラで大江からのチキが予定通り運転されているのを確認し、AM0:45、とりあえず布袋~石仏のほぼ中間を目指して自宅を出発しました。踏切を横断して辺りを見渡すと、現場は布袋駅立体交差工事に伴う仮線用地付近であることがわかりました。デキが停車している現場至近まで車を移動し、三脚を取り出して撮影開始~。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

レールは仮線用地側に下ろされますが、そちら側は防護壁が建てられているため撮影不可能。架線柱もあるし、撮影ポジションは意外と限られます。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

深夜に及ぶ作業、ご苦労様です。どうか事故のないように。(作業されている方々、やじ馬根性でジャマしてスミマセン)


陽が昇り、いよいよメインのチキ返却回送を迎えます。暦によると、6月10日の週はもっとも日の出時刻が早いようです。ここでまた天の邪鬼な考えが脳裏をよぎり、そんな時期なら逆光になっても影響度が少ないだろうと江南ー柏森のオーバークロスへ思い切って足を運びました。計算外だったのは、河川改修に伴う橋の架け替えによる仮線工事が行われていたこと。うわー、後方のデキが写るのかしら~?



「はなぶさ」に集まる仲間たち


雲に隠れていた太陽が通過数分前に顔を出して、あ~あ、逆光回避ならず、このような結果になってしまいました。陽が当たり朝もやが立ち上がると、順光では味わえない風景が展開されます、と無理に自分を納得させています。


もし今回運搬されたレールが仮線敷設用のものであるのなら、近いうちに今後も数回にわたりチキが運転される可能性があることが予想され、ちょっと期待してしまいます。はたして如何なのでしょうか?(出札掛)

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ひさびさのネタ列車ディ

 梅雨の晴れ間となった10日、情報を収集していると、午前中にいろいろネタ列車が運転されることがわかった。この日は、午後から用があるが、午前中は空いている。そこで、早朝から出撃と相成った。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、珍しい犬山線の工臨、9008レである。これはどこで撮ろうか迷ったが、結局、定番の西春と上小田井の間になってしまった。

 ところで、機関車がプッシュプルで運転される工臨をこの角度から撮影すると迷うのが、撮影のタイミング。パンタの位置を重視すると、こんどは後ろの機関車が架線柱に隠れてしまう。いつも撮影しているならともかく、たまにしか運転しないので、勘が働かない。もう少し早めの方が良かったか、とも思うが、悩ましい問題である。


 本日は、つくばエクスプレスの車両が甲種で回送されるというので、清洲で貨物を撮影しながら時間を潰し、稲沢駅東の跨線橋に。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 最近、このあたりでJRを撮影した記憶がほとんどない。以前、撮影したのは何時だったか・・・・少なくとも、まだゴハチが運転している頃である。(要するに、ゴハチが無くなってから、JR沿線に出没していない、ということだ)稲沢駅が改良されたのも知らなかった。まるで浦島太郎である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 この甲種は、稲沢で停車するので、その時間をつかって移動し、帰りがけの駄賃として庄内川で撮影する。

 これで、帰ろうか、と思ったのだが、もう一本貨物を撮ろうと思って待っていると・・・。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 こんなのがやってきた。JR東海の架線試験車、キヤ95である。これはラッキー。

 どうも、たまにJRの沿線で待っていると、ネタ列車が向こうからやってきてくれるというツキは、まだ健在らしい。(^^)


 撮影地でお会いした皆様、早朝からお疲れさまでした。(駅長)




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2012年6月 8日 (金)

【アーカイブス】水鏡の季節

 今日、愛知県は梅雨入りをしたらしい。梅雨の直前、あるいは梅雨に入ってもしばらくは晴れる時も多いので梅雨入り前後というべきなのだろうが、この時期は日の出が早いことから、夜行列車など、早朝しか撮れない列車写真を撮影するには最高の時期である。加えて田圃に水が入って水鏡の写真が撮れることもあり、写欲をそそる。しかしながら、日が高く上るとトップライトになることから、ベストの条件は早朝である。こうしたことから、この時期、どうしても朝練が多くなってしまう。


 たまたま、過去に撮影したこの時期の写真をスキャンしたので、ご覧頂くとしよう。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 まずは、朝練ではないけれど、この時期の写真を。

 この写真を見て、東武鉄道の熊谷線と思われた方がいるかもしれない。しかし、ブーである。

 では、関東鉄道の鉾田線かといえば、それも違う。

 これは、昭和47年9月に廃止となった加越能鉄道加越線である。北陸本線の石動から城端線の福野を経て、庄川町まで20kmほどの区間を運転していた。この車両は、東武鉄道の熊谷線と同型のディーゼル車で、廃止後は関東鉄道の鉾田線に移されている。

 バックは、越中散居村と呼ばれる火事に備えて住居が点在する、ここならではの農村風景である。


「はなぶさ」に集まる仲間たち

 この頃は、まだキハ07も現役で運行していた。こうした風情ある車両を撮った記憶があると、なかなか昨今の車両では写欲が沸かない。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 同じ頃、蒸機も撮影している。これは、友人から借りた広角レンズで撮影した七尾線の臨客。広角で撮影したことから、手前の棚田が綺麗に入って、印象的な写真となった。


 次は、それから10年ほど時間が経った昭和56年の朝練から。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 おなじみのブルトレ「さくら」であるが、場所は近江長岡と柏原の間である。この時期は、「みずほ」から撮影できたので、年に数回、ここまで朝練に行っている。まだ、朝練が一般的になる前であり、この頃にこの場所で撮影されたブルトレの写真は少ないと思う。朝4時に自宅を出て、高速を走り、この場所までちょうど1時間であった。この頃は、元気がありました。


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 朝練の最後は、大阪行きの「銀河」。ここまで撮影して、場所を他に移動している。東が開けたこの場所、朝はサイド光に足回りがくっきり出て、大好きな構図であった。


 それから30年ほど経った今年の朝練から1枚


「はなぶさ」に集まる仲間たち


 早起きが面倒になって、ちと行くのが遅れたため、苗が生長してしまって、せっかくの水鏡の写り具合が悪くなってしまった。本気で狙うなら、1週間前に来るべきであった。昔なら、チャンスは逃さなかったが、最近は撮れればいいと怠惰に流されているから、なかなかベストの写真は撮れない。反省すべきである・・・と、いつも書いているね。

しかし、40年前と同じようなアングルというのも・・・(^^;)。まあ、これ以外、撮りようがないのも事実なのだが。(駅長)

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2012年6月 3日 (日)

木曽川界隈通信

6月3日(日)、地元のネタ列車を求めて、カメラ片手にぶらり散歩と洒落込みました。目的地は自宅から車で20分強の一宮市木曽川町。曇のち雨模様の天気予報ではあまり乗り気でないうえに、JR東海道線の編成写真にもってこいのお立ち台付近も、皆様ご存じのように架線柱を建て替えている最中のため新旧の柱が混在しており、きれいな写真など撮れるわけもなく、それでもあえて承知のうえで、そこに出かけてしまう私・・・。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

木曽川鉄橋への勾配を進む下り列車の水鏡、どうしても柱が気になり広角気味にしてサイドから狙いました。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

定番位置に移動して上り列車を撮影。ここでも前述の理由で、あえて広角で引きつけました。風もなく、キレイな水鏡です。



「はなぶさ」に集まる仲間たち

こんなの来ました。珍しくこの日は多客臨の合間の団体運用でアルバイト。名古屋から客扱いのため方向幕は「回送」ですが、久しぶりにTrain117の正調の姿を見られました。画像は柱だらけでごちゃごちゃ、あー、うっとおしい。

ところで、よく見ると架線はようやく新しい柱への架け替えが終わったようです。あとは旧い柱の撤去を待つだけですが、いつのことになるのやら?



「はなぶさ」に集まる仲間たち

さて、お次は東海道線のすぐ横を走っている名鉄に目を転じてみましょう。こちらも水鏡をイイ感じで撮影することが出来ました。裏カブリも何のその。おかげで背後にある住宅地が隠れてくれましたから。

早朝の水鏡撮影において、大敵は風にあらず、線路沿いの脇道を犬を連れて散歩する地元の方々です。どこからともなく現れるので、予期せぬ出来事も起こりがち。かといって文句を言うわけにもいかないし、タイミング、すなわち普段の心がけですか?(地元の方、お騒がせしてゴメンナサイ)



「はなぶさ」に集まる仲間たち

予報に反して陽が差してきたので少しだけ粘ることにしたら、こんなの来ました。




「はなぶさ」に集まる仲間たち

日曜朝のお楽しみ、EF66牽引の8865レを撮影するべく木曽川を渡って少し北上。天気は再び曇り空になったので、晴れるとモロ逆光になるアングルで当該列車を待ちました。最近注目されている希少なEF66の0番代を巷では「ゼロロク」と呼ぶそうで、この日はその「ゼロロク」様の登板。伯備線運用に就くと思われるEF64を従えてのお出ましでした。


梅雨空の季節になりました。貴重な晴れ間が訪れたら、暑さ対策を施して気温が上がらないうちに撮影に励みましょう←つまり朝練ですネ。(出札掛)



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